澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

ピケティ読了ー格差拡大理論は納得・格差解消策には疑問符

ヤットと言おうか、トウトウと言うべきか。とにもかくにもピケティの「21世紀の資本」を読了した。文京区立図書館から200番を越える予約順番待ちで借り出した貴重な書籍。私のあとには400人を超える人が順番を待ちかねている。日本人の知的欲求はたいしたもの。すくなくとも文京区には、反知主義のはびこりはない。

この書を借りて手許に置ける期間は2週間。その間モクモク、コツコツ、エンエン、いったりきたり、ページをめくり続けた。正確な理解はおぼつかないが、「ひとのするものをわれもしてみんとて」の野次馬根性を支えに読破を成し遂げた。600ページ分の滓みたいなものがついた感はある。新聞に掲載された関連書物の「書評」がスラスラ読めるようになった。これだけでも大変な進歩。

私の理解した限りでの「21世紀の資本」の内容は次のとおり。

日本についての記述はほんの少ししかない。フランス革命以来の資料がそろっているフランスとイギリス、そして新世界アメリカの分析が中心。予想に反して、フランス革命は富の格差解消にはたいして役に立たなかった。第一次・第二次の両世界大戦が、大なたを振るって貧富の格差を大いに縮小した。日本ではGHQが断行した農地解放や財閥解体で地主や富裕階級が没落したが、イギリス、フランスなどの戦勝国でも同様だったという。財産を爆撃された富裕層がタケノコ生活に落ちぶれていったというわけだ。戦争は勝っても負けても、経済社会の格差にガラガラポンの平準化がもたらされるようだ。格差社会に絶望した若者たちが戦争を恐れないということには一理ある。人々を経済格差の絶望に追い込むことは、戦争を誘発する危険があるということでもあるのだ。

戦争によって格差が縮まって、戦後は貧富の差の少ない社会が到来するかと思いきや、21世紀を迎える今、格差は戦前の状態にもどりつつある。富が生む配当や利子や賃料などの利潤が増える割合(資本収益率)の方が、経済成長による所得の増える率(経済成長率)より高いからだという。金持ちはどんどん持ち金を増やせるが、給料の増え具合はたかがしれているというわけだ。

「働けど働けどなおわが暮らし楽にならざりじっと手を見る」の啄木がピケティを読めば、「俺はそんなことは前から知っていた」と言うに違いない。ピケティも、自分の本を「『経済学については何も知らない』と言いつつも所得や富の格差についてきわめて強い関心を持っている人々に読んで欲しい。産業革命以来、格差を減らすことができる力というのは世界大戦以外にはなかったことがわかる」と書いている。

格差が近年ますます大きくなってきていることについて、ピケティはスーパー経営者(CEO)の莫大な報酬について、販売員があくせく働いているそばから「レジに手を突っ込んでいるようだと」と評し、「2050年や2100年の世界はトレーダーや企業トップや大金持ちに所有されているだろうか、それとも産油国や中国銀行に所有されているだろうか?あるいはこうしたアクターの多くが逃げ場にしているタックス・ヘイブンに所有されているかもしれない。」と書いている。

では、どうしたら、格差を埋めていくことができるのか。ピケティは「民主主義が資本主義に対する支配力を回復し、全体の利益が私的な利益より確実に優先されるように」すべきだと提案する。具体的には累進富裕税、それもタックス・ヘイブンに逃げることができないように、IT技術を駆使したグローバル課税制度の構築である。これを選挙で実現しようというものだ。

しかし、言うは易く実現は困難な提案ではないか。偏った富の分配で潤っている人々は、社会の強者であり、政治的な支配者でもある。政治的民主主義は、はたしてこの富の偏在の是正という難事をなし得るだろうか。

もしかしたら、大富豪のバフェットは賛成するかもしれない。が、それ以外には任意の賛成者を思い浮かべることはできない。ユニクロの柳井やソフトバンクの孫も反発するだろう。法人税を下げ、「富者からのトリクルダウンを待て」という安倍は指一本動かそうとはしないだろう。オバマは資本主義大国アメリカで全く動きがとれない。ロシアのプーチンや中国の習も黙り込むだろう。EU諸国ならいくらか可能性があるのだろうか。はたして、資本家や企業の抵抗を押さえ込んで、彼らの富を剥ぎ取ってこれを再分配の原資にできるだろうか。

おそらくは、「万国の労働者団結せよ」と階級闘争を呼びかけたマルクスの方が、「現代世界の政治担当者を説得せよ」と言うピケティよりも、遙かに現実を深く見つめ、正論を言っている。あるいは、民主主義的手続でやれるところまでやって、限界を見極めることが必要ということなのだろうか。

読了したピケティ。その富の集中と格差拡大の「実証的論証」については大いに説得力がある。しかし、格差解消策の政策提言についての説得力には疑問符の印象。600ページ読んで疲れて、いささか頭痛がしてきた。
(2015年5月11日)

舞の海秀平の珍説ーこれは外国人力士への差別発言だ

今日(5月10日)から大相撲夏場所が始まった。結びの一番に、逸の城が白鵬を突き落としで破って座布団が舞った。外国人力士の活躍が大いに土俵を沸かせている。ところが、これを不愉快とヘソを曲げている一群の人々がいる。「日本人の活躍がない「国技」を面白いなどとは不届き千万」、「そのような輩は自虐ファンだ」というわけだ。国籍・人種・民族の違いに過度にこだわる人々。その多くが、すべての人を平等と見る日本国憲法の嫌いな人たちに重なる。

憲法記念日には、憲法が嫌いな人たちも寄り合って集会を行う。憲法を攻撃するために集会を開く権利も、憲法を貶める言論の自由も、懐広く憲法の認めるところだから堂々となし得る。この人たちも憲法の恩恵に浴しているのだ。

今年の5月3日には、東京・平河町の砂防会館別館で開かれた公開憲法フォーラム「憲法改正、待ったなし!」が、そのめぼしいものだった。
主催は、「民間憲法臨調」と「美しい日本の憲法をつくる国民の会」。この集会の登壇者は次のとおりである。さすがに公明党関係者はいない。
 古屋 圭司(衆議院憲法審査会幹事)
 礒崎 陽輔(自民党憲法改正推進本部事務局長)
 松原  仁(民主党、元国務大臣・拉致問題担当)
 柿沢 未途(維新の党政調会長)
 中山 恭子(次世代の党参議院会長)
 森本 勝也(日本青年会議所副会頭)
 舞の海秀平(大相撲解説者)
 細川珠生(政治ジャーナリスト)
 櫻井よしこ(両主催団体代表)
 西 修(民間憲法臨調運営委員長)

相も変わらぬ顔ぶれの中で、人目を引いたのが舞の海の発言。この人は、現役時代は器用な相撲を取っていた。きっと世渡りも器用なのだろう。現役を退いてからは器用に相撲解説をし、右翼の政治集会でも器用に「珍説」を披露して期待に応えている。

舞の海の珍説は、嗤ってばかりでは済まされない。かなりきわどい内容。これは外国人力士に対する差別発言ではないか。ヘイトスピーチと言ってもおかしくはない。

以下が、産経の報じる舞の海の発言内容。
日本の力士はとても正直に相撲をとる。「自分は真っ向勝負で戦うから相手も真っ向勝負で来てくれるだろう」と信じ込んでぶつかっていく。ところが相手は色々な戦略をしたたかに考えている。立ち会いからいきなり顔を張ってきたり、肘で相手の顎をめがけてノックダウンを奪いに来たり…。あまりにも今の日本の力士は相手を、人がいいのか信じすぎている。

「これは何かに似ている」と思って考えてみたら憲法の前文、「諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」に行きついた。逆に「諸国民の信義」を疑わなければ勝てないのではないか。

私たちは反省をさせられすぎて、いつの間にか思考が停止して、間違った歴史を世界に広められていって、気がつくとわが日本は国際社会という土俵の中でじりじり押されてもはや土俵際。俵に足がかかって、ギリギリの状態なのではないか。

今こそしっかり踏ん張って、体勢を整え、足腰を鍛えて、色々な技を兼ね備えて、せめて土俵の中央までは押し返していかなければいけない。憲法改正を皆さんと一緒に考えて、いつかはわが国が強くて優しい、世界の中で真の勇者だといわれるような国になってほしいと願っている。

言っていることが余りにせこくて情けない。論理が無茶苦茶なのは責めてもしょうがないだろう。なんでも日本国憲法のせいにするのも、右翼集会に出てきてのリップサービスとして目をつぶろう。しかし、外国人力士に対する差別には目をつぶれない。魅力ある相撲には拍手を惜しまない一般の相撲ファンにも失礼ではないか。

「日本の力士はとても正直に相撲をとる」とは、「外国人力士は正々堂々とした相撲を取らない」との中傷である。「相手は色々な戦略をしたたかに考えている」の「相手」とは文脈上外国人力士のことである。「外国人力士は立ち会いからいきなり顔を張ってきたり、肘で相手の顎をめがけてノックダウンを奪いに来たり…」とは、問題発言だ。こんなことを集会でおしゃべりする輩は相撲解説者として不適格と言わねばならない。

舞の海の発言は、明らかに民族的な差別意識からの発想である。力士を、「日本人力士」と「日本人以外=外国人力士」に分類して、「日本人力士」を「正々堂々と相撲をとる力士グループ」、「外国人力士」を「いきなり顔を張ってきたり、肘で相手の顎をめがけてノックダウンを奪いに来たりする」力士グループというのだ。力士個人に着目するのではなく、カテゴリーでレッテルを貼る。これが差別の手法である。

なお、相撲ファンの一人としての異論も言っておきたい。舞の海は、「今の日本の力士は相手を信じすぎて勝てない」「相手を疑わなければ勝てないのではないか」というが、勝負よりも相撲の美学に惹かれるファンは多いはずだ。「相手を疑っても、相撲の品格を落としても勝て」と聞こえる舞の海説の言は相撲の美学を否定するものとして愚か極まる。右翼とは、伝統の美学を重んじる立場のはず。この集会参加者で苦々しく聞いた人も多かったのではないか。

また、日本人力士が外国人力士の席巻を許している理由を「相手を信じすぎて勝てない」などと言っているのは見当違いも甚だしい。「相手を疑ってかかれば互角の勝負が可能」などと負け惜しみを言っているのではお話にならない。番付通りの歴然たる実力差を潔く認めなければならない。その上で、日本人力士の活躍を期待するのであれば、この実力差のよって来たるところを見極め、克服する努力をする以外にない。大相撲関係者が、憲法の悪口でお茶を濁している限り、日本人力士の巻き返しは難しそうだ。

なお、彼の考える憲法改正とは、「諸国民の公正と信義に信頼することは愚かだ。諸国民の公正と信義を疑え」という一点。それが、「強くて優しい、世界の中で真の勇者」であろうか。堂々たる正直相撲の美学を否定して、「ともかく勝つ方法を考えよ」という相撲解説者に、国際的な「真の勇者」を語る資格などない。

迷解説者の妄言を吹き飛ばして、国籍や民族にこだわりのない、夏場所にふさわしいさわやかな土俵を期待したい。
(2015年5月10日)

NHK 会長の居座りが国民の信頼回復へのネックだ

毎日新聞の投書欄に、NHK受信料についての投稿が続けて取り上げられている。NHKに対する不審・不満の人々の気持ちを反映したものであろう。これがおそらくは氷山の一角。

5月2日に宮崎市の66歳無職氏が、「NHK(BS)受信料徴収について」、その不合理・理不尽に抗議している。

「先日から、頻繁にNHKのBS受信料を支払えと言って職員が来ます。ケーブルテレビなどBSが受信できるようになっていれば、視聴しようがしまいが、支払ってもらうということなのです。
 これは、頼みもしないのに一方的に商品を送ってきて支払いを強制するのと同じことではないでしょうか。

 NHKが公共放送というのなら、本来、だれでも視聴できるべきではないでしょうか。そうでなければ、受信料を徴収する方向ではなく、受信料を支払っていないところは、視聴できないようにしたらいかがでしょうか。デジタル化された今、可能でしょう。徴収する職員の人件費も節約できますよ。」

この投稿者のケーブルテレビ利用はNHKのBS受信のためではない。おそらくは、NHKBSの視聴には興味もないのだろう。それなのに、「視聴しようがしまいが、受信料は支払ってもらう」というのがNHKの高飛車な姿勢。これは不合理だ。世の中の常識では、欲しいものは吟味して、欲しいだけの量を購入して、それだけの代金を支払う。ところが、欲しくもないもの、使わぬものにまで金を支払えとは、理不尽極まる。「頼みもしないのに一方的に商品を送ってきて、支払いを強制する悪徳商法と同じではないだろうか」と率直な感想が述べられている。もっとも至極。健全な消費者感覚ではないか。

とりあえず、この請求には断固拒否すればよい。NHKとご当人との間には、「地上契約」(地デジ受信だけを内容とする契約)だけが存在していて、「衛星契約」(BS受信も内容とする契約)は未締結だと思われるからである。契約未締結では高額な衛星契約受信料支払いの義務は生じない。

もっとも、放送受信規約取扱細則6条2項は、「地上契約を締結している者が、衛星系によるテレビジョン放送を受信できる受信機を設置したときは、衛星契約について所定の契約手続を行うものとする」となっている。「契約手続を行うものとする」は微妙な表現だが、少なくも、契約締結が擬制されるわけではなく、自動的に受信料支払い債務が発生するわけでもない。飽くまで、任意の契約締結が原則なのだ。

この請求を拒否し続けていれば、NHK側の対抗手段としては訴訟の提起をするしかない。視聴者に対して衛星受信契約締結を求め、その契約成立の日以後の契約に基づく受信料を請求するという訴え。NHKにとってかなり難しい面倒な訴訟である。この訴訟における判決の確定までは、受信料支払い義務は生じない。

そもそも、契約とは締結するもしないも自由である。この投稿者の感覚こそが、法常識に適っているのだ。ところが、放送法64条が、本来自由であるはずの受信契約について、「契約をしなければならない」とする不思議な規定を置いた。「協会(NHK)の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」というもの。

BS受信だけのことではない。地上波受信の基本契約についても同様に、受信契約締結があってはじめて、受信料支払い義務が発生することになっている。これは、NHKの放送内容やその姿勢に国民が共鳴して、公共放送としてのNHKを国民が自発的に支えることを期待しての制度にほかならない。

仮に最終的には面倒な訴訟手続を経てNHKが受信料を強制徴収できるにせよ、法は国民のNHKに対する信頼を基礎とした任意を支払いを期待しているのだ。だから、普通の感覚からは「そこまでやるの?」「NHKやり過ぎじゃない?」「悪徳商法並みの請求」などと批判されるような請求は控えるべきが当然であろう。

次いで、5月4日「NHK受信料、見た分だけに」という、横浜の主婦66歳の投書が掲載された。
「私はNHKのテレビ番組はほとんど見ません。見るのは天気予報、ニュース、地震速報くらいです。それもNHKだけに頼っているのではなく、民放との見比べです。
 歌やサスペンスは好きなので民放では結構見ていますが、NHKの歌番組やドラマはBSを含めてもまず見ません。
 昭和時代は、テレビといえばNHKでした。あの頃の番組にはNHKらしい品格、安心感がありました。今でも懐かしく思い出します。
 NHKのテレビ番組はほとんど見ない今、2カ月4560円の受信料は年金生活の我が家にとっては、最大の出費です。
 私はプリぺイドカードの導入を希望します。電気、ガス、水道、電話のように使用した分だけの料金にしてほしいと思います。」

これも、まことにまっとうな経済感覚ではないか。「必要なものを必要なだけ買いたい」というのが消費者としてのあまりに当然の要求。電気、ガス、水道、電話、みな代金は従量制ではないか。野菜を買っても、魚を買っても、余計なものまで買わせられることはない。抱き合わせで不必要なものまで渡されて、食べても食べなくても代金だけは支払え、などと理不尽なことは言われない。NHKだけがなぜかくも不合理・理不尽を主張できるのか。

2日の投稿者は、「受信料を支払っていないところ(BS)は、視聴できないようにしたらいかがでしょうか」と言い、4日の投稿者はより積極的に、「プリぺイドカードの導入を希望します。使用した分だけの料金にしてほしいと思います」と言う。それがあるべき方向ではないか。

何よりも大切なことは、契約にもとづく受信料支払いの制度の基本が、視聴者にとって魅力のあるNHK、信頼される公共放送であることなのだ。視聴に値する魅力に乏しく、政権への迎合を疑われるジャーナリズムにあるまじき報道姿勢で、しかも人格識見まことに不適格な会長や経営委員人事が実態となれば、国民が任意には受信料を支払いたくないと思うのも当然ではないか。

強制によって受信料の徴収をはかろうというのは邪道なのだ。何よりも、視聴者の信頼を勝ち得なくてはならない。これ以上の不適格はないという現会長を解任し、政権の息のかかった経営委員を交代させ、権力から独立した公共放送としての信頼を取り戻すことが喫緊の最重要課題だと知るべきである。公共放送としての信頼の回復こそが、NHKの経済的な充実の鍵であり、その最大のネックが不適格会長の居座りなのだ。
(2015年5月9日)

「切れ目のない安全保障」とは、「切れ目のない戦争誘発」である

山内敏弘(一橋大学名誉教授・憲法)が、5月5日付赤旗で「軍事に大転換 断固阻止」と語っている。その中で、「戦争に備えたら戦争に」というフレーズが出て来る。言うまでもなく、「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制を整備する」という安倍政権の戦争立法を批判してのもの。だから、「平和を望むなら平和に備えよ」との9条の理念が説かれている。

ローマ時代から「平和を望むならば戦争に備えよ」という言葉があったという。おそらくは「備えあれば憂いなし」と同じ感覚での言い習わしなのだろう。
当時、平和とは「外敵の進攻から自国の人民が守られている状態」の意であろうから、ことあるときには進攻してくる外敵と戦って勝てなければ平和を守ることはできない。戦いに勝てる軍事力は一朝にしては作れない。だから、隣国からの侵攻の気配のないときにも、戦争に備えた常備軍を保持しなければならず、訓練も怠ることはできない。そのことが「平和を望むなら、平時にも戦争に備えよ」と言い古されることとなった。

この命題は一面の真実である。しかし、真実の一面でしかない。各国がそれぞれ他国に猜疑心を持ち、相互に疑心暗鬼で国家が並立するときの真実であろう。国際協調が育たなかった人間の歴史は、長くこれを真実としてきた。しかし、今もなお真実であろうか。

古来この言葉を金科玉条としてきた諸集団・諸国家は平時から軍事力を競い合ってきた。いつか軍事の均衡が破れたときに戦端が開かれ、勝者に束の間の「平和」が訪れる。しかし、その「平和」が長く続くことはなく、勝者はまたやがて別の強者と闘わなければならない。平和とは常に暫定的なもので、戦争の恐怖から逃れることができない。

そのために、いずれの国も国民も、平時に一見友好的な隣国にも心を許すことはできない。常に戦争に備えよ、他国の軍事力を凌駕できなければ安心できない。ところが、その事情や考えは、隣国とて同じことなのだ。お互いに、「平和のためには軍備の増強が必要だ」「平和を望むからこそ戦争に備えなければならない」「国民の望む平和を保障するための精強な軍事力を」とならざるを得ない。こうして、各国とも際限のない軍備の負担に苦しまなければならない。ローマから、二つの世界大戦を経験するまでの長きにわたって、この呪縛から抜け出すことは夢物語でしかなかった。

しかし、この論理は、論理自体が戦争を誘発するリスクを内包している。その意味では悪魔の論理と言わねばならない。

「備えあれば憂いなし」は、自然災害への備えの場合には妥当する。しかし、相手国のある軍事に関しての「備え」は、相手国を刺激して別の「憂い」を誘発する。軍事的備えの増強は隣国から見れば、相手国の戦いの準備であり、軍事的進攻への対抗的な備えを増強しなければならないシグナルとして映るのだ。これへの対抗措置が、また新たな対抗措置を必要とし、相互に軍備の増強競争が始まることになる。

そのことを山内は、「戦争に備えたら戦争になる」と言っている。戦争への備えの主観的な意図如何にかかわらず、である。かくて、戦争へのスパイラルが作動を始めることになるのだ。

「戦争に」ではなく、反対に「平和に」備えたらどうだろうか。相手国は、敵対心のないことに信頼して軍備の負担を軽減してもよいと考えるだろう。相互に、軍備の増強の必要はないことになる。これは、平和へのスパイラルの作動である。

山内が言うとおり、まさしく「戦争の準備をすれば戦争になる」。歴史がそれを示している。だから「真の平和を望むなら平和の準備をしよう」。これが憲法9条の思想である。人類の歴史の進歩によって国際協調主義が成熟しつつあるとの認識にも支えられている。

安倍政権の戦争法案は、明らかに「切れ目なく戦争の準備をすれば、切れ目のない平和と安心がもたらされる」という考え方だ。これがローマ時代の常識であり、以来牢固として変わらず生き残ってきた思想。しかし、実は「切れ目のない戦争への備えとは、切れ目のない戦争誘発策」でもある。戦争準備が戦争を呼ぶことになるのだ。いまや、この考え方のリスクを見据えなければならない。

われわれはあらためて、「戦争の準備」を拒否して、「平和の準備」をしなければならない。このことを近隣諸国にも、全世界にも呼びかけよう。戦争を避けるために。平和な世界を実現するために。
(2015年5月8日)

「命こそかけがえのない宝」ー特攻を美化してはならない。

昨日のブログでは、戦場での投降を「勇気と理性ある判断」と称賛した。これに少し付言したい。
もう20年近くも前のこと。沖縄の戦跡をめぐって現地の人から話を聞く機会があった。中部にも南部にもたくさんのガマ(洞窟)があり、多くの避難民がここに逃げ込んだ。よく知られているとおり、米軍の投降勧告に従ってガマから出て命を永らえた人もおり、投降を拒否して自ら命を断った人もいる。その差はどこから生まれたのか。

私の聞いた説明ですべてを理解したは思わない。しかし、次のような印象深い話をそれぞれのガマの中で聞いた。
一つは、100人に近い規模の避難民集団のリーダーが看護婦経験者だった例。彼女は統率力もあり親切な人柄でもあって、自ずとリーダー格となってみんなに信頼されていた。しかし、中国での従軍看護婦としての自らの体験から、捕虜になることは死を意味することと思い込んでいた。皇軍の投降者に対する取扱いから学んだことである。こうして、このグループは、投降勧告を最後まで拒否して殆どが亡くなった。多くは手榴弾による自決であったと説明を受けた。

もう一つのグループは、沖縄からハワイへの移民者の二世としてハワイで生まれ若い頃をそちらで過ごした経験をもつ初老の男性がリーダーだった。こちらは、米軍の降伏勧告を受け入れて、ほぼ全員が投降し命を永らえている。このリーダーは、「アメリカでの生活経験から、米軍が捕虜を殺したり、虐待するはずはない」と考えていた。その思いから、苦労してみんなを説得したのだという。

前者は、日本軍の鬼畜の行為から、「米軍も鬼畜に違いない」と思い込んだ例。後者は、自分の生活体験から、「鬼畜米英」というレッテルを信用しなかった例。この考え方の差異が多くの人の生死を分けることとなった。理性ある判断の基礎にこんな事情もあったのだ。多くの沖縄県民が、捕虜になりさえすれば助かるところを、刷り込まれた種々の情報や観念によって投降できずに、あたら「宝とされた命(ぬち)」を落としたことを無念と思う。国家とは、大日本帝国とは、罪の深いものと、あらためて考えざるをえない。

戦場での敵陣への投降が、「投降すべからず」という国家の命令に叛いても個人の生命を大切にする行為の典型であるとすれば、その対極にあるものが「特攻」であろう。国家のために、自分の命を捨てる行為である。「一身を犠牲にして、多数の敵を殺す行為」、これをどう評価すべきか。特攻が強制であれば国家の非道これに過ぎるものはない。特攻が真に自発的な意思によるものと仮定すればなおのこと、個人の命をも飲み込む国家の凶悪さが際立つものと言わねばならない。

そもそも戦争とは相互の殺戮と破壊の集積である。あらゆる戦闘行為が殺戮と破壊をもたらす罪である以上、特攻も同様の罪でしかない。しかも、積極的に、できるだけ多数の殺戮を企図するものとして、より重大な罪なのだ。特攻を元祖としこれに倣って現代に蔓延しているのが「自爆テロ」。これと本質において変わるところはない。

5月3日の未明、たまたま「ラジオ深夜便」保坂正康インタビューで特攻の話を聞いた。そして、その日の午後、立教大学で行われた全国憲法研究会が主催した憲法の日記念講演会で、ほぼ重なる保坂の話に接した。

印象に残ったことのいくつかの要約。
「特攻機が離陸した後は無線機のスイッチはオンのままとなる。基地では特攻隊員の『最期の叫び』を聴いて、これを通信記録として残していた。厖大な記録だったが敗戦時にすべて焼却されている」「それでも、個人的なメモを残していた参謀もいた。殆どの最期の声は『お母さーん』か、恋人と思しき女性の名前だった。『大日本帝国万歳』というのはほとんどなかった。中には、『海軍のバカヤロー』と叫ぶ者もあった」

「特攻は志願を建前としてたが、実際には強制だった。知覧で特攻機の整備兵だったという人から話を聞いたことがある。『特攻が決まると、殆どの者は茫然自失し、痛々しいほど取り乱す。私は、そのような若者を次々と死地に送り出したことに、いまだに心の痛みが消えない』と言っていた」

「特攻での死者は学徒兵と少年兵とが圧倒的に多く、職業軍人は少ない。これは、指揮官を育てるのに金を費やしているからだ。ここに、生死を分ける差別の構造が見える。ある参謀は言っていた。『息子を戦死させない方法を教えてやろうか。陸大に入学させることだよ』と。エリートは前線に行かず死なないのだ」

「特攻は軍事として外道だ。どこの国にも、その国の軍事学が育った。しかし日本にはそれがなかった。フランスとドイツに学んだ上っ面だけの西洋軍事学に武士道をくっつけた。それも『武士道とは死ぬこととみつけたり』という葉隠の文字面だけを都合良く利用しただけのもの」

保坂の言は傾聴に値する。特攻を命じた旧軍のシステムに怒りを露わにしていることには大いに共感する。しかし保坂は、特攻隊員の死に感傷的なまでに感情移入している。特攻隊員の死を他の戦争犠牲者の死とは分けて特別視しているやに覚えて、多少の違和感を禁じ得ない。むしろ、思う。どうして、知性も勇気も持ち合わせた人々が、「海軍のバカヤロー」と言いつつも、敵艦に突っ込んでいったのだろうか。形式的にもせよ、どうして「志願」したのだろうか。「命が大切」「命が惜しい」「生きながらえたい」「この命、国家なんぞに呉れてやってたまるものか」と考えるべきではなかったか。

いささかも特攻を美化してはならない。国家のための死の選択を美しいなど言ってはならない。国家が、国民の生を謳歌する自由を奪った非道として断罪しなければならない。特攻は、戦争の非道、戦争の悲惨、戦争の醜さ、戦争の愚かさを際立たせた一つの事象として記憶されなければならない。
(2015年5月7日)

降伏は勇気ある賢明な決断だった

気合いの入った5月3日憲法記念日の東京新聞社説は、「戦後70年 憲法を考える 『不戦兵士』の声は今」というもの。最初の小見出しが、「白旗投降した海軍中尉」とされている。戦後は、島根県浜田市で地方紙の主筆兼編集長として健筆を振るった「不戦兵士」・故小島清文を取り上げたもの。

社説は、「小島氏が筆をふるったのは約11年間ですが、山陰地方の片隅から戦後民主主義を照らし出していました」と戦後の生き方を評価している。しかし、私の関心は、もっぱら彼が太平洋戦争の最終盤で、ルソン島の激戦のさなかに米軍に降伏した、その決断と背景にある。

小島は戦時中、慶応大を繰り上げ卒業し、海軍に入って戦艦「大和」の暗号士官としてフィリピンのレイテ沖海戦に従う。その後、ルソン島に配属され、中尉として小隊を率いることになった。なんの実戦経験もなく、陸戦隊の指揮官として激戦の中に放り込まれたのだ。

戦況は絶望的だった。極限状況において、彼は部下を連れての降伏を決断する。この決断を、社説はこう解説している。
「小島氏は考えました。『国のために死ね』という指揮官は安全な場所におり、虫けらのように死んでいくのは兵隊ばかり…。連合艦隊はもはや戦う能力もない…。戦争はもうすぐ終わる…。考えた末に部下を引き連れて、米軍に白旗をあげ投降したのです。」

ルソン島の戦闘には日本軍25万が投入され、約22万人が戦死・戦病死したとされている。無傷の者は一人としてなかったろう。降伏したことによって、小島は辛くも生還し得た。そして、強烈な反戦・反軍主義者となって後半生を送ることになる。

玉砕か降伏か。国家のために命を捨てるか、国家に叛いて自らの生を全うするか。国家と個人と、極限状況で二者択一が迫られている。さて、どうすべきか。

戦争とは、ルールのない暴力と暴力の衝突のようではあるが、やはり文化的な規範から完全に自由ではあり得ない。ヨーロッパの精神文化においては、捕虜になることは恥ではなく、自尊心を保ちながら投降することが可能であった。19世紀には、俘虜の取扱いに関する国際法上のルールも確立していた。しかし、日本軍はきわめて特殊な「生きて虜囚の辱めを受けず」という戦陣訓のローカルなルールに縛られていた。

しかも、軍の規律は法的な制裁を伴っていた。1952年5月3日、新憲法施行の日に正式に廃止となった陸軍刑法(海軍刑法も同様)は、その第7章に、「逃亡罪」を設けていた。以下はその全文である。

第七章 逃亡ノ罪
第七十五条 故ナク職役ヲ離レ又ハ職役ニ就カサル者ハ左ノ区別ニ従テ処断ス
 一 敵前ナルトキハ死刑、無期若ハ五年以上ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
 二 戦時、軍中又ハ戒厳地境ニ在リテ三日ヲ過キタルトキハ六月以上七年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
 三 其ノ他ノ場合ニ於テ六日ヲ過キタルトキハ五年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
第七十六条 党与シテ前条ノ罪ヲ犯シタル者ハ左ノ区別ニ従テ処断ス
 一 敵前ナルトキハ首魁ハ死刑又ハ無期ノ懲役若ハ禁錮ニ処シ其ノ他ノ者ハ死刑、無期若ハ七年以上ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
 二 戦時、軍中又ハ戒厳地境ニ在リテ三日ヲ過キタルトキハ首魁ハ無期若ハ五年以上ノ懲役又ハ禁錮ニ処シ其ノ他ノ者ハ一年以上十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
 三 其ノ他ノ場合ニ於テ六日ヲ過キタルトキハ首魁ハ二年以上ノ有期ノ懲役又ハ禁錮ニ処シ其ノ他ノ者ハ六月以上七年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
第七十七条 敵ニ奔リタル者ハ死刑又ハ無期ノ懲役若ハ禁錮ニ処ス
第七十八条 第七十五条第一号、第七十六条第一号及前条ノ未遂罪ハ之ヲ罰ス
(以上はhttp://www.geocities.jp/nakanolib/hou/hm41-46.htm「中野文庫」で読むことができる)

敵前逃亡は「死刑、無期もしくは5年以上の懲役または禁錮」である。党与して(徒党を組んで)の敵前逃亡の首謀者は「死刑または無期の懲役もしくは禁錮」とされ、有期の選択刑はない。最低でも、無期禁錮である。
さらに、「敵に奔(はし)りたる者」は、「死刑または無期懲役・禁錮」に処せられた。単なる逃亡ではなく、敵に投降のための戦線離脱は、個人の行為であっても、死刑か無期とされていたのだ。未遂でも処罰される。もちろん、投降現場の発覚は即時射殺であったろう。

小島は、帝国軍の将校として叩き込まれた戦陣訓を捨て、敢えて軍法にも背いて「敗戦の結果が見えている無謀な戦争の犠牲」を避けようと、合理的な選択をしたのだ。もともと、小島は自由主義者であったという。欧米の文化にも理解があった。そして何よりも「大和」の暗号士官として、戦況が敗戦必至であることをよく認識していたのであろう。

投降の決断は部下に強制できることではなかった。説得に応じた兵ばかりではなく、降伏を拒否して自決を選択した兵も少なくなかったという。必ずしも生を希求する合理的判断が教育された道徳観念に優越するというものではない。刷り込まれた戦陣訓や軍の規律への盲従が、死の恐怖にも優越する選択をさせたのだ。

私が盛岡にいたとき、共産党県委員会の幹部であった柳館与吉という方と懇意になった。私の父の知り合いである。旧制盛岡中学在学の時代に社会科学に触れ、盛岡市職員の時代に治安維持法で検束を受けた経験がある。要注意人物とマークされ、招集されてネグロス島の激戦地に送られた。彼は、絶望的な戦況と過酷な隊内規律との中で、犬死にをしてはならないとの思いから、兵営を脱走して敵陣に投降している。

戦友を語らって、味方に見つからないように、ジャングルと崖地とを乗り越える決死行だったという。友人とは離れて彼一人が投降に成功した。将校でも士官でもない彼には、戦陣訓や日本人としての倫理の束縛はなかったようだ。デモクラシーの国である米国が投降した捕虜を虐待するはずはないと信じていたという。なによりも、日本の敗戦のあと、新しい時代が来ることを見通していた。だから、こんな戦争で死んでたまるか、という強い思いが脱走と投降を決断させた。

その顛末を直接聞いて、私は仰天した。世の中が「鬼畜米英」と言い、「出て来い。ニミッツ、マッカサー」と叫んでいた時代のことである。当時20代の若者が、迷いなく国家よりも個人が大切と確信し、適切に状況を判断して生き延びたのだ。予想のとおり、米軍の捕虜の取扱いは十分に人道的なものであったという。私は、「貴重な体験を是非文章にして遺してください」とお願いしたのだが、さてどうなっているだろうか。

小島や柳館の投降は、智恵と勇気にもとづく合理的な判断であった。この体験を経て、柳館は戦後共産主義運動に身を投じ、小島はジャーナリストとなって、「日本に民主主義を根付かせ、二度と戦争をしない国にするという思い」から筆を執った。小島は、新聞界を退いてから後、1988年に「不戦兵士の会」を結成し、最期までひたすら次のように『不戦』を説いた。

<戦争は(中略)国民を塗炭の苦しみに陥れるだけであって、なんの解決の役にも立たないことを骨の髄まで知らされたのであり、日本国憲法は、戦勝国のいわば文学的体験に基づく平和理念とは全く異質の、敗戦国なるが故に学んだ人類の英知と苦悩から生まれた血肉の結晶である>
<権力者が言う「愛国心」の「国」は往々にして、彼らの地位を保障し、利益を生み出す組織のことである。そんな「愛国心」は、一般庶民が抱く祖国への愛とは字面は同じでも、似て非なるものと言わざるを得ない>
<われわれは、国歌や国旗で「愛国心」を強要されなくても誇ることのできる「自分たちの国」をつくるために、日本国憲法を何度も読み返す努力が求められているように思う。主権を自覚しない傍観者ばかりでは、権力者の手中で国は亡びの道を歩むからだ>

東京新聞社説は最後を次のように締めくくっている。
小島氏は02年に82歳で亡くなります。戒名は「誓願院不戦清文居士」です。晩年にラジオ番組でこう語っています。
<戦争というのは知らないうちに、遠くの方からだんだん近づいてくる。気がついた時は、目の前で、自分のことになっている>
「不戦兵士」の忠告が今こそ、響いて聞こえます。

付言したい。「不戦兵士の会」は、今「不戦兵士・市民の会」と名称を変えて、貴重な活動を継続している。以下はその入会の呼びかけである。

戦場体験兵士が、「生き地獄絵図を見てきた数少ない証人」として、戦争だけは二度としてはならない」と、1988年1月に創立した「不戦兵士の会」は、憲法9条を生み出した源にある戦場・戦争体験を語り継ぐ活動が重要と考え、1999年2月、「不戦兵士・市民の会」に改称。今年(2013年)1月、創立25年を迎えました。
貴重な戦場体験者・老兵士はまもなく消え去ろうとしています。戦場・戦争体験世代とともに、戦後世代市民のご入会を心から訴えます。
 292-0814 千葉県木更津市八幡台2?5 C?1
 tel 0438-40-5941 fax 0438-40-5942
 mail fusen@kmj.biglobe.ne.jp
 http://www.home.f01.itscom.net/fusen

不戦兵士たちの「平和の語り部」としての活動を支え、戦後世代市民が「戦争体験の伝承」に心掛けなければならないと痛切に思う。ほかならぬ今だから、なおさらのこと。
(2015年5月6日)

メルケルの爪の垢を煎じて、安倍晋三に飲ませたら…

第2次大戦の敗戦から70周年。この事情は日本もドイツも変わらない。そのドイツでは、ナチス・ドイツ降伏の5月8日を目前にして、メルケル首相の活発な動きが注目されている。

5月2日、メルケルは国民に歴史と向き合うよう呼びかける映像メッセージを政府ホームページに公開した。「『歴史に終止符はない。我々ドイツ人は特に、ナチス時代に行われたことを知り、注意深く敏感に対応する責任がある』と訴えている」「ドイツ国内のユダヤ系の施設を警官が警備している現状を『恥だ』とし、『意見を異にする人々が攻撃されるのは間違っている』と指摘。学校や社会でも歴史の知識を広めていくことの重要性を強調した」(朝日)という。このビデオでは、「独国内で戦争責任に対する意識が希薄になっていることについて『歴史に終止符はない』と強い口調で警告。『ドイツ人はナチ時代に引き起こした出来事に真摯に向き合う特別な責任がある』と述べ、戦後70年を一つの『終止符』とする考えを戒めた」「人種差別や迫害は『二度と起こしてはならない』と訴えた(毎日)とも報じられている。

また、メルケルは3日、4万人以上が犠牲となった独南部のダッハウ強制収容所の解放70年式典で演説し、「『我々の社会には差別や迫害、反ユダヤ主義の居場所があってはならず、そのためにあらゆる法的手段で闘い続ける』と述べ、ナチス時代の記憶を世代を超えて受け継ぐ重要性を訴えた」「式典には、収容所の生存者約130人や解放に立ち会った元米兵6人も参加。メルケル氏は『収容所の経験者が、まだ自らの経験を語ってくれるのは幸運なことだ』と述べた(毎日)。「ナチスがこの収容所で犠牲者に与えた底知れない恐怖を、我々は犠牲者のため、我々のため、そして将来の世代のために、決して忘れない」と語ってもいる(朝日)。

同所の演説では、「『われわれは、皆、ナチスのすべての犠牲者に対する責任を負っている。これを繰り返し自覚することは、国民に課せられた義務だ』と述べ、一部の若者らにみられる反ユダヤ主義や、極右勢力による中東出身者を狙った犯罪に強い懸念を示しました」(NHK)、「昨年起きたベルギーのユダヤ博物館のテロ事件などを例に、今もユダヤ人への憎しみが存在すると指摘。『決して目を閉じてはならない』と呼び掛けた(共同)」とも報じられている。

さらに、メルケルは、自身が10日にモスクワを訪れ、ロシアのプーチン大統領と無名戦士の墓に献花する。「ウクライナ危機でロシアと対立していても『第2次大戦の多数の犠牲者を追悼することは重要だ』と理解を求めた」(朝日)という。

世に、尊敬される指導者、敬服に値する政治というものはあるものだ、と感服するしかない。安倍晋三に、メルケルの爪の垢を煎じて飲ませたい。そうすれば、次のことくらいは言えるようになるのではないか。

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某日、安倍晋三は、こう語った。
「歴史に終止符はない。我々日本人は、過去天皇制政府がおこなった近隣諸国民に対する蛮行について、敗戦時意図的に隠滅し隠蔽された証拠を誠実に探し出して、よく見極め注意深く敏感に対応する責任がある。学校でも、社会でも過去の日本人がした行為について、歴史の知識を広めていくことの重要性は最大限に強調されなければならない」
「われわれは、皆、私たちの国がした蛮行のすべての犠牲者に対する責任を負っている。これを繰り返し自覚することは、日本国民に課せられた義務にほかならない」
「現在なお、歴史修正主義が横行し、被害者からの抗議の声やそれを伝える報道を『捏造』と切り捨て、あまつさえ排外主義の極みとしてのヘイトスピーチが野放しとなっている現状を大いに恥辱だと認識しなければならない」
「日本人は、旧天皇制の時代に引き起こした、侵略戦争と植民地支配に真摯に向き合う特別な責任がある。これまで、その責任に真摯に向き合って来なかったことに鑑みれば、戦後70年を一つの終止符として、『もうそろそろこの辺で謝罪は済んだのではないか』『いつまで謝れというのだ』『これからは未来志向で』などという被害者の感情を無視した無礼で無神経な発言は厳に慎まなければならない」
「人種差別や民族迫害は、絶対に再び犯してはならない。我々の社会には差別や迫害、他国への威嚇や武力行使があってはならず、そのような邪悪な意図の撲滅のために、あらゆる法的手段で闘い続ける覚悟をもたねばならない」
「天皇制政府と皇軍が被侵略国や植民地の民衆に与えた底知れない恐怖を、我々は今は声を発することのできない犠牲者のためだけでなく、我々自身のために、そして将来の世代のためにも、決して忘れてはならない」
「脱却すべきは戦後レジームからではなく、非道な旧天皇制のアンシャンレジームの残滓からである」「取り戻すべき日本とは、国民主権と人権と平和を大原則とする日本国憲法の理念に忠実な日本のことでなければならない」
「厳粛に宣言する。われわれは、日本と日本国民の名誉にかけて、決して過去に目を閉じることなく誠実にその責任に向かい合うことを誓う」

こうすれば、日本は近隣諸国からの脅威と認識されることなく、真の友好関係を築いてアジアの主要国として繁栄していくことができるだろう。もちろん、戦争法の整備による戦争準備は不要になろう。

ところで、国民はそれにふさわしい政府や政治家をもつ、という。ドイツはワイツゼッカーやメルケルの政府をもった。日本は、安倍や橋下のレベルの政府や政治家しか持てない。このレベルが、日本国民にふさわしいということなのだろうか。私も、恥の文化に生きる日本人の一人である。まったくお恥ずかしい限り。
(2015年5月5日)

各紙調査に見る「9条改憲反対」世論の定着

毎年、憲法記念日には、各紙(社)の改憲への賛否を問う世論調査結果が気になる。もちろん、世論なる複雑なものを厳密に把握することは不可能であって、いずれの世論調査も科学的というにはほど遠く、客観的なものでもありえない。さはさりながら、各紙それぞれの客観的であろうとする姿勢や努力の差異は見て取れる。また、世論の傾向を解することは可能といえよう。

まずは産経の調査結果である。下記は今年の憲法記念日直前の世論調査の報道(デジタル版4.27 11:50更新)である。見出しは、「【本紙・FNN合同世論調査】戦後70年談話 “未来志向”を60%が「評価」 TPPの交渉進展「期待する」52%」というもの。見出しでは、憲法改正問題については、触れられていないことに注目しなければならない。
http://www.sankei.com/politics/news/150427/plt1504270035-n1.html

この記事は、「産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が25、26両日に実施した合同世論調査」についての報道だが、テーマとしては「戦後70年談話」と「ドローン」と「TPPの交渉」問題について結果を述べ。最後に次のように述べる。

「一方、憲法改正に賛成は40・8%で、反対は47・8%。賛成者のうち9条改正に60・3%、緊急事態条項の新設に88・2%、環境権の新設に82・8%、財政規律条項の新設に72・3%がそれぞれ賛意を示した。」

つまり、産経の調査によっても、明文改憲賛成派は40・8%にとどまり、改憲反対派の47・8%に水をあけられているのだ。しかも、改憲賛成と回答した内「9条改正に賛成した者は60・3%」に過ぎないという結果は衝撃的ですらある。回答者全体を分母としての「9条改憲賛成者」の割合は、24・6%(47・8%×0・603)に過ぎないというのだ。

「(当然のこととして9条改憲反対を含む)改憲反対」派47・8%と、「改憲には賛成だが、9条改憲には与しない」というグループ(40・8×(1?0・60)=16・3%)を合計すれば、64・1%である。つまり、「分からない(DN)」「無回答(NA)」を除外して、明示の「9条改憲賛成派」が24・6%なのに対して、明示の「9条改憲反対派」が64・1%である。その比率は2・6倍。これは大差だ。勝負あったと言ってよいだろう。

ところが、産経はこの「自ら調査した民意」を「不都合な真実」として、直視しようとしない。見出しではまったく触れないこと、記事の末尾でしか触れていないことは既に見たとおりである。できるだけ、読者の印象を薄めようとしているのだ。

それだけではない。上記の記事に続く、同日の世論調査の追加報道(4.27 20:29更新)をご覧いただきたい。見出しは、「【本紙・FNN合同世論調査】民主党支持層は憲法改正『反対』多数」というもの。敢えて全文を引用する。
http://www.sankei.com/politics/news/150427/plt1504270049-n1.html

産経新聞社とFNNの合同世論調査で、自民、公明、維新の3党の支持層では憲法改正への賛成が多数を占めたのに対し、民主党支持層では反対が6割を超えた。平成24年12月の第2次安倍晋三政権発足で憲法改正の機運は高まったが、各党との改憲論議に後ろ向きな民主党の姿勢に拍車がかかりそうだ。
憲法改正に賛成したのは自民党支持層で57・3%、維新の党支持層で54・3%に上り、公明党支持層でも42・0%が賛成した。反対はそれぞれ3割台だった。
民主党は現行憲法に関し「GHQ(連合国軍総司令部)が短期間で作った代物」とする安倍首相の見解を問題視し、衆院憲法審査会での議論に難色を示してきた。こうした民主党の態度を反映するかのように、同党支持層では改憲賛成は26・9%にとどまった。
一方、全体でみると25年4月には6割を超えていた賛成は徐々に減り、昨年3月は反対が賛成を上回る結果に。その傾向は今回も続いた。船田元自民党憲法改正推進本部長は「憲法改正の議論の中身が十分理解されていないため」と分析。「国民のみなさんが十分理解できるような分かりやすい議論を心がける」と述べた。

ごく一般的な言語感覚の持ち主が、この見出しを読めば、「民主党支持層という特殊な範疇の人々の中では憲法改正『反対』の意見が多数」なので、「国民全体では憲法改正『反対』は少数だという世論調査結果が出た」と思い込むだろう。いや、そのような思い込みで全文を読んだあとでも、最初の印象は消せないのではないか。

この記事に拾われている数字は、調査結果を正確に伝えようとするものではない。明らかに読者の誤読を誘おうとするもので、「捏造」とまでは言い難いが、「過剰な演出」の域を遙かに超えている。真実に誠実ならざる報道姿勢がよく表れている。読者に対して罪深いといわざるを得ない。

これに較べて、さすがに朝日の世論調査結果の報道は誠実な姿勢に徹している。しかも、格段に全面的で本格的なものである。産経に比較すること自体が非礼ではあろうが、メディアとしての力量の差は覆いがたい。また、ジャーナリズムの在り方として当然ではあろうが、まったく作為を感じさせるところがない。これは本格的な国民の憲法意識の調査結果として、今後多方面で引用されることになるだろう。
http://www.asahi.com/articles/ASH4H4KBCH4HUZPS003.html

朝日の見出しは、「憲法改正不要48%、必要43% 朝日新聞社世論調査」(15年5月1日21時53分)というもので、結論は産経と大差ない。

冒頭のリードは、以下のとおり。
憲法記念日を前に朝日新聞社は憲法に関する全国郵送世論調査を実施し、有権者の意識を探った。憲法改正の是非を尋ねたところ、「変える必要はない」が48%(昨年2月の調査は50%)で、「変える必要がある」43%(同44%)をやや上回った。

調査手法や質問文が異なり単純に比較できないが、…改憲の是非を聞いた97年の調査以降は賛成が反対を上回ってきたが、安倍政権が憲法解釈を変えて集団的自衛権を使えるようにする議論を進めていた昨年の調査から再び逆転していた。

厖大なアンケート結果の報道量となっているが、とりあえずの重要テーマは「9条改憲」の是非を巡るものである。

◇9条「変えない方がよい」63%
 憲法9条については「変えない方がよい」が63%(昨年2月は64%)で、「変える方がよい」の29%(同29%)を大きく上回った。女性は「変えない方がよい」が69%に及んだ。
◇憲法第9条を変えて、自衛隊を正式な軍隊である国防軍にすることに賛成ですか。反対ですか。
 賛成 23          反対 69
これも、産経と大差ない。

そして本日(5月4日)の毎日が同様の世論調査結果を発表した。
http://mainichi.jp/select/news/20150504k0000m010056000c.html(最終更新5月3日23時06分)
「本社世論調査:9条改正、反対55%…昨年より増」というもの

毎日新聞が憲法記念日を前に実施した全国世論調査によると、憲法9条を「改正すべきだと思わない」が55%で、「思う」の27%を大きく上回った。昨年4月の調査では「改正すべきだと思わない」51%、「思う」36%だった。政府・与党が集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法案の準備を進める中、9条改正慎重派は増えている。
一方、憲法を「改正すべきだと思う」は45%、「思わない」は43%でほぼ拮抗した。

産経、朝日・毎日の各調査の主要な調査結果と、その差を比較してみよう。
憲法9条の明文改正について
  朝日  賛成29%    反対63%   2・17倍
  (自衛隊を国防軍とすることに
       賛成23%    反対69%   3倍)
  毎日  賛成27%    反対55%   2・03倍
  産経  賛成24・6%  反対64・1% 2・60倍
である。

昨日の当ブロクは、「危機感に溢れた憲法記念日」とした。政権の動きや国会情勢を見る限りでは危機感を持たざるを得ないが、世論調査の結果は、9条明文改憲に反対する、「9条擁護」の世論が確実に国民に根付いていることを明らかにしている。
(2015年5月4日)   

危機感溢れる中の憲法記念日

本日は68回目の憲法記念日。戦後70周年に当たるこの年の憲法施行記念日でもある。1946年11月3日に公布された新憲法は、国民への周知のための半年の期間を経て68年前の今日が施行日となった。

その日、政府主催の新憲法施行記念式典が催され、記念国民歌「われらの日本」が唱われた。慶祝の花電車が走り、憲法音頭が踊られた。しかし、68年を経て、いま政権は憲法に冷ややかという域を遙かに超えて、敵意を剥き出しにしている。

第1次安倍政権の時期も憲法受難の時代であった。この政権が、2007年7月の参院選挙で与党大敗となり、その直後に安倍晋三がかつてない醜態をさらして政権を投げ出したときには憲法に替わって快哉を叫んだものだ。その後しばらくは、「憲法の安穏」の時期が続いた。しかし、よもやの第2次安倍政権発足以来、毎年の憲法記念日は改憲をめぐって緊張感が高い。

「憲法の危機」は、明文改憲としての危機でもあり、解釈改憲による憲法理念なし崩し抹殺の危機でもある。今、両様の危機の切迫に警戒しなければならない。

本日の赤旗「安倍壊憲政権に立ち向かう」という標題で、森英樹(名古屋大学名誉教授・日民協理事長)がこう述べている。
「容易ならざる事態の中で迎える今年の憲法記念日は、例年と質的レベルを異にするといわざるを得ません。『戦争立法』=壊憲の先に、文字どおりの改憲を公言する安倍政権のもと、それこそ『壊憲から改憲へ』という『切れ目のない』憲法敵視策の中で迎えることになるからです」

ここでは、「壊憲」=解釈改憲・立法壊憲、「改憲」=明文改憲と使い分けられている。その指摘によれば、「改憲」には前科があるという。

「再軍備が54年の自衛隊設置に及ぶや、政府は…憲法を変えようとしました。しかし国民の反撃にあって改憲は失敗します。すると今度は解釈を変えて『必要最小限の個別的自衛権』保持・行使なら憲法に違反しない、と言い始めました。
 いま、憲法解釈を変更して集団的自衛権行使を合憲にしようとする『解釈改憲』が問題になっていますが、実はもう前科があるのです。ただ、9条があり、…最初の解釈があるので、これを気にして、せめて海外に出て戦争することはしない、という『専守防衛』の『歯止め』を維持してきました。ここを崩そうとするのが今の解釈改憲です」

森が引用する奥平康弘の言葉が印象に残る。
「1月末に急逝された『九条の会』呼びかけ人で憲法研究者の奥平康弘さんが、生前最後の対談で指摘したように『九条は自衛隊設置を許した「個別的自衛権」で歪められ、「集団的自衛権」で無くされようとしている』(『季論21』26号での堀尾輝久氏との対談)のです」

個別的自衛権という名目で、軍事力の保持を認めたことには二面性がある。わが国が保有できる軍事力を「自衛の範囲のものに限定」し、その活動を専守防衛におしとどめたという一面は確かにある。しかし、森や奥平が鋭く指摘するとおり、一切の軍事力の保持を禁じた9条を解釈と立法で「壊した」もう一面があることは否めない。森は、これを「壊憲の前科」というのだ。

今、安倍政権がたくらむ「壊憲」は、「専守防衛」の「歯止め」まで外して、9条を事実上無にしようというものだという、この重大な警鐘を肝に銘じなければならない。

明文改憲に関しては、今さらの「押しつけ憲法論」が安倍晋三の口から繰り返されている。しかし、戦争と軍国主義、国民監視体制から解放されて、平和と自由を獲得した国民は、明らかに新憲法を歓迎した。この憲法を「押しつけられたもの」と意識したのは、旧体制の支配層の生き残りであったろう。いま、安倍晋三が、その立場と自分を重ねて「押しつけ憲法」というのは、旧憲法体制での「既得権益」の再現を狙うものと解するほかはない。

本日の毎日新聞は、十分なスペースを確保して「日本国憲法制定過程をたどる」「憲法はどう作られ、変えられようとしているか」という、いずれも充実した検証記事を掲載して読み応え十分である。これだけの充実した紙面だと、あらためて「新聞ほど安いものはない」と思わせられる。

憲法制定経過の検証の末の毎日の結論は、「押しつけ(憲法論) 薄い論拠」というもの。そして、社説において「押しつけ改憲にさせぬ」と小見出しを付して、「憲法の根本原理を作りかえ、政治が使い勝手をよくするための『押しつけ改憲』には明確にノーを言いたい」と立場を鮮明にしている。

さらに東京新聞の特集が充実している。
同紙の一面トップは、「平和をつなぐ」と題するシリーズの第1回として、美輪明宏を取り上げている。「憲法や平和について議論を深めよう」などという、中途半端で生温い記事ではない。下記のとおり、改憲の危機意識を露わに、平和と憲法を擁護する立場を鮮明にしてのものだ。

「戦争をしない国」を支えてきた憲法9条は今、危機を迎えている。政府は集団的自衛権が行使できるようにする法整備を着々と進め、その先には改憲も視野に入れる。「これからも憲法を守りたい」。戦争を体験した世代から、20代の若者まで、世代を超えてその思いをつなぎ、広げようと、メッセージを発信する人たちがいる。

三輪を語る記事の標題は、「危機迫る憲法 自作反戦歌 今こそ」というもの。
第2次安倍政権発足以来、三輪のコンサートは、反戦を唱うものに変わったという。それも、徹底した筋金のはいった反戦の姿勢。

ロマンあふれるシャンソンとは趣が違う、原爆孤児の悲しみを描いた歌詞。長崎で原爆に遭った自身の体験を重ねた。70年を経ても拭い去れない悪夢。不戦を誓う憲法を手にした時、「もう逃げ惑う必要がない」と安堵した。その憲法が崩れるかどうかの瀬戸際にある。
「私たちは憲法に守られてきた。世界一の平和憲法を崩す必要はない」。若い世代も多い観客に伝えたくて、反戦歌を歌う。原爆体験や軍国主義への強い嫌悪が美輪さんを駆り立てている。

しかも、三輪の語り口はけっして甘いものではない。「そんな(憲法の危機をもたらしている)政治家を舞台に立たせたのは、国民の選択だった。そのことをもう一度考えてほしいと美輪さんは歌い、語り続けている」とする記事のあと、最後は三輪の次の言葉で締めくくられている。
「無辜の民衆が戦争に狩り出されるのではない。選挙民に重い責任があるのです」

憲法記念日の紙面の、一面トップにこのような記事をもってきた東京新聞の覚悟が伝わってくる。社と記者と、そして三輪明宏に深甚の敬意を表したい。

また、同紙は今日で3日、連続して「戦後70年 憲法を考える」シリーズの社説を掲載している。いずれも読み易く立派な内容である。
 戦後70年 憲法を考える 「変えない」という重み (5月1日)
 戦後70年 憲法を考える 9条を超える「日米同盟」(5月2日)
 戦後70年 憲法を考える 「不戦兵士」の声は今 (5月3日)

戦争と統制に抗う、健全なジャーナリズムを衰退させてはならない。その国家統制や社会的なバッシングによる萎縮を許すとすれば、三輪が言うとおり「無辜の民衆が被害に遭うのではない。国民自身に重い責任がある」のだから。
(2015年5月3日)

宗教弾圧を阻止し平和を守るための宗教協力ー「新宗教新聞」を読む

月に一度、律儀に「新宗教新聞」が送られてくる。購読申込みをした覚えはなく、継続配達を希望したこともない。それでも、毎月々々月末ころに確実に郵送される。岩手靖国訴訟受任時に新宗連とのささやかな交流があって以来のこと。既に30年にもなる。

かつて私は、厳格な政教分離を主張して、国や自治体と対立した。そのとき、自ずと宗教者とは蜜月の関係となった。ところが、霊感・霊視商法が跋扈したとき、私は被害者の立場から宗教団体(あるいは「宗教団体まがい」)の批判に遠慮をしなかった。おそらく、そのときに宗教者との「蜜月」は終わった(のではないか)。

今私は、新宗連だけでなく、どこの宗教団体や連合体とも交流はない。唯一の「交流」が、毎号送られてくる「新宗教新聞」である。私はこの新聞の愛読者として毎号よく目を通している。加盟各教団の行事紹介にはさしたる興味はないが、紙面の真摯さに好感を持たざるを得ない。

ご存じのとおり、「新日本宗教団体連合会」(新宗連)の機関紙である。毎号題字の前に、3本のスローガンが並んでいる。「信教の自由を守ろう」「宗教協力を進めよう」「世界の平和に貢献しよう」。私の記憶では、かつてはもう一本「政教分離」のスローガンがあったが今は消えたのが残念。もっとも、同紙の政教分離違反への監視の眼は鋭い。安倍晋三の靖国参拝や真榊奉納に対する批判声明などは、意を尽くして行き届いたものだ。何より、宗教者らしい礼節を尽くしたものとして心に響くものがある。

毎号のことだが、紙面は、まさしくこの「信教の自由」「宗教協力」「平和」という3本のスローガンにふさわしいものとなっている。

まずは、「平和への貢献」。今号(4月27日号)にも、「平和」があふれている。「戦争犠牲者慰霊並びに平和祈願式典(8・14式典)準備」「沖縄慰霊平和使節団」「平和への巡礼」「長崎・原爆落下中心地講演慰霊祭」「終戦70年特別事業」「アジア懺悔行」「前事不亡・後事之師」「世界平和を誓う」「平和への祈り」…。

次いで、「信教の自由を守ろう」。東北総支部の「信教の自由とは何か」をテーマとした学習会が紹介されている。そこでの組織内講師の発言が注目される。
「これまでの信教の自由のとらえ方は、教団の信教の自由が中心だったが、宗教界の既得権益を守る活動のような誤解を受けがちだった。基本的人権の根源である個人の信教の自由を出発点としたい」というもの。そのうえで、「教団の自由」と「個人の自由」の関係を、大学の自治を例に挙げて、「個人の自由」を基本としながら、その保障のための「教団の自由」の大切さを説いている。国家権力による個人の信教の自由攻撃に対する防波堤としての教団の自由という位置づけ。なるほど、テーマとしてたいへん興味深く面白い。

そして、「宗教協力」である。「新宗連活動の原点と歴史」という連載コラムで、新宗連の設立にGHQの関与があったことを初めて知った。見出しが「信教の自由守るための団結を」「宗教弾圧知るウッダート氏が提案」というもの。
1951年3月末に、GHQ民間情報教育局の調査官ウィリアム・ウッダートなる人物が、後に新宗連初代理事長になる御木徳近(元ひとのみち、現PL教団の2代教祖)に面会した。この調査官は、「ひとのみち教団」や「大本教」などへの戦前・戦中の過酷な宗教弾圧をよく知っており、日本において、再び宗教弾圧が起きることを懸念して新宗教団体が団結する必要性を次のように説いたという。

「戦後、新憲法ができて信教の自由が得られても、日本という国は、いつか右傾して、宗教の弾圧がまた始まる可能性がないとは言えません、そんな時にはやはり新宗教が主として弾圧の対象となるでしょう、そんな時に、戦前のひとのみち教団や大本数のように孤立していて個々バラバラであっては、国家権力に対抗することは不可能です。そこで、これからは新宗教も手を握りあい、団結・協力してそれに対抗しなければいけません」
この経過は、新宗連の初代事務局長を務めた大石秀典の『真生滔々』(新宗教新聞社刊)に詳しいそうだ。

これがきっかけとなって、同年10月17日新宗連結成の運びとなる。元々、新宗連は権力による宗教弾圧を避けようとして結成されたものなのだ。

同じコラムの中に、御木徳近が後年こう語ったと紹介されている。
「神仏の道を説く者がなんのためにいがみ合うのでありましょうか。いかなる宗教も平和を欣求してやまぬものであるはずです。神仏のみこころは、平和な人間世界を具現することにあると思います。心の平静を保ち、みんなで仲良く世界中の人が、信教の別を超越し、無信仰者もともに、平和社会具現のために尽くしてこそ、神仏のみこころにかなうのであります」

宗教協力は、国家権力から信教の自由を擁護するためのものでもあり、平和社会具現のためのものでもあったという。3スローガンが三位一体の調和という次第なのだ。
(2015年5月2日)

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