澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

天皇が公布せしめた「国民主権」憲法

1946年11月3日「日本国憲法」が公布された。よく知られているとおり、この日は明治節(明治天皇・睦仁の誕生日)を特に選んでのもの。憲法記念日「5月3日」は、「公布の日から起算して6箇月を経過した日」(憲法100条1項)にあたる日本国憲法の施行期日を、国民の休日としたものである。

67年前の今日、天皇裕仁は、午前8時50分宮中三殿において憲法公布を「皇祖皇宗」に「親告」し、次いで午前11時、国会議事堂貴族院本会議議場において、日本国憲法公布の勅語を読みあげた。その全文は以下のとおり。

「本日、日本國憲法を公布せしめた。
この憲法は、帝國憲法を全面的に改正したものであつて、國家再建の基礎を人類普遍の原理に求め、自由に表明された國民の總意によつて確定されたものである。即ち、日本國民は、みづから進んで戰爭を放棄し、全世界に、正義と秩序とを基調とする永遠の平和が實現することを念願し、常に基本的人權を尊重し、民主主義に基いて國政を運營することを、ここに、明らかに定めたものである。
朕は、國民と共に、全力をあげ、相携へて、この憲法を正しく運用し、節度と責任とを重んじ、自由と平和とを愛する文化國家を建設するやうに努めたいと思ふ。」

これに対する総理大臣吉田茂の「奉答文」が次のとおり。まさしく、「臣・吉田茂」としてのものである。

「まことにこの憲法は,民主主義に基いて国家を再建しやうとする日本国民の意によつて,確定されたものであります。そして,全世界に率先し,戦争を放棄することをその条項に明らかにしたことにつきまして,私どもは,かぎりない誇りと責務とを感ずるものでござゐます。今後私どもは,全力をあげ,相携へて,聖旨に添ひ奉る覚悟でござゐます。」

この日、午後2時より、皇居前で東京都主催による新憲法公布の祝賀会が開催され、天皇夫妻が参加、約10万人の民衆が参集した。翌日の各紙は、「群衆は両陛下の周りに殺到し、帰りの馬車は群衆の中を左右に迂回しつつ二重橋に向かった」と報じている。(以上の時刻などは川島高峯氏による)

こうして公布された日本国憲法には、前文の前に以下のとおりの「上諭」と御名御璽が付せられている。「朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。」というもの。

何とも珍妙な光景ではないか。また、何とも形容しがたいパラドックスではないか。徹底した国民主権原理に基づく日本国憲法が、天皇主権の帝国憲法第73条による改正手続として行われたのだ。昨日までは主権者であり、神聖な現人神でさえあった天皇が、「ここにこれを公布せしめる。」と上から目線で国民主権憲法を裁可し、主権者の代表であるはずの内閣総理大臣が「私どもは,全力をあげ,聖旨に添ひ奉る覚悟でござゐます。」と奉答している。そして、民衆は、天皇を糾弾するでもなく、戦争責任を追及するでもなく、天皇の馬車の周囲に蝟集している。

中江兆民の「三酔人経綸問答」に、「世の所謂民権なる者は、自ら二種あり。英仏の民権は恢復的の民権なり。下より進みて之を取りし者なり。世また一種恩賜の民権と称すべき者あり。上より恵みて之を与ふる者なり。」という有名な一文がある。

私の言葉で翻訳すれば、「勝ち取った民権」と、「与えられた民権」の区別である。前者の分量の多寡は人民が随意に定めることができが、後者は与えられた限りのものとならざるを得ない。

日本国憲法の場合は、必ずしも人民が勝ち取った主権とは言いがたいが、旧天皇制権力はその分量の多寡を定める力も権限も持っていなかった。それゆえの、67年前の今日の、天皇と首相と群衆の珍妙な光景だったといえよう。

日本国憲法が、人類普遍の原理に基づいた民主々義憲法として定着するか、それとも日本固有の歴史・伝統・文化にそぐわない借り物として廃棄されることになるか、憲法公布の日には定まってはいなかった。この、混沌とした憲法の運命を確固たるものとしたのは、ひとえに国民の憲法意識と憲法運動とであった。

国民自身が、憲法擁護を我が利益とし、改憲の策動を人権や平和を侵害する危険なものとして意識的に抵抗し続け、憲法を日々選びとってきた歴史が、今日まで一度の改憲も許さない成果を収め、憲法を国民自身のものとして定着させてきたのだ。

今、かつてない規模の改憲策動に直面しているが、憲法擁護の運動の始まりの日である67年前の今日に思いを馳せ、改めて憲法の理念を確認するとともに、これを堅持する決意を固めたいと思う。
(2013年11月3日)

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Published in 日曜日, 11月 3rd, 2013, at 19:25, and filed under 未分類.

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