ロシアの侵略に抗議する人と、その抗議の声明を削除する権力と。
(2022年3月10日)
3月10日、東京大空襲の日。日本人が戦争の悲惨さを、自らのこととして身に沁みて知った日である。この日、一夜にして10万人の東京の住民が焼き殺された。悲劇の極みである。東京の下町を歩けば、あちこちに77年前の劫火の爪痕を見ることができる。もちろん、日本も被侵略国に同様の惨禍を与えたではないか、という批判にも謙虚に耳を傾けなければならない。
いかなる戦争も容認してはならない。いかなる理由があろうとも、武力に訴えることを許してはならない。戦争は、限りのない悲劇の連鎖を生む。愚かな戦争を、けっして繰り返させてはならない。その思いが、日本国憲法第9条に結実した。
今年は、ウクライナの人々に進行中の惨劇と重なる3月10日となった。ロシアという専制国家が新たな侵略戦争を起こし、ウクライナの民衆に無数の悲劇をもたらしている。連日新聞の紙面を大きく飾る砲撃・爆撃の犠牲者、無数の避難民の写真に胸が痛む。が、この戦争に胸を痛めている者ばかりではない。この経過を冷徹に見守っている国もあり、指導者もいる。その落差は大きい。
毎日新聞デジタル 2022/2/28 19:09の記事が、こう伝えている。
「中国の歴史学者ら、ウクライナ侵攻は「不義の戦争」 閲覧制限でも称賛」
「中国の歴史学者5人が26日、ロシアのウクライナ侵攻を「不義の戦争」と批判し、撤退を求める声明を通信アプリの微信(ウィーチャット)で発表した。中国政府はロシアの立場には一定の理解を示し「侵攻」と呼んでいない。声明はまもなく閲覧できなくなったが、保存された画像はインターネット上で繰り返し転載され、国内外で「歴史家のあるべき姿」「勇気ある行動だ」と称賛の声が相次いでいる。」
当然のことだが、中国にもロシアのウクライナ侵略を「不義の戦争」と言い切り、これを公表する人がいる。しかし、その見解は、すぐに削除されたというのだ。ウクライナの民衆の悲劇に胸を痛めるて寄り添おうという人と、冷徹にこれを許さないとする人と、落差は大きい。
「声明を出したのは北京大、南京大など中国本土や香港の大学の教授5人。『ロシアにどんな理由があろうとも、武力で主権国家に侵攻するのは、国連憲章を基礎とする国際関係のルールを踏みにじるものだ』と指摘。祖国を守るウクライナ人の戦いを支持するとともに、プーチン大統領や露政府に対し、戦争をやめて交渉で問題を解決するよう強く求めた。」「5人は、ウクライナの戦禍とその苦痛は、かつて戦争で国土を踏みにじられ、家や家族を失った中国人として『我がことのようだ』と表現。声を上げることが必要だと説明した。」
ところが、この声明は数時間後、「『ネットユーザーの情報サービス管理規定』に違反するとして閲覧できなくなった。中国政府は、ロシアの安全保障面での要求は重視されるべきだとの立場を取る一方で、ウクライナの主権と領土も尊重すべきだとし『侵攻』かどうかについて言及を避けている。5人の声明は政府方針にそぐわないと当局が判断し、削除した可能性がある。」
この声明はその後、中国ネットユーザーらの手でコピーされ、中国政府側の手の及ばないツイッターなどで国内外に拡散。注目すべきは、「中国語でのツイートには『中国の知識人の見識を示した』『5人に心からの敬意を表する』などと賛辞が並ぶ一方で『国の恥だ』と批判する声もあった」という。
この声明の全文を読みたいと思っていたら、「リベラル21」のサイトに掲載された、阿部治平さんという方の訳文を教えてもらった。引用させていただく。
「ロシアのウクライナ侵攻と我々の態度」
2022年2月26日
孫 江 南京大学教授
王立新 北京大学教授
徐国埼 香港大学教授
仲偉民 清華大学教授
陳 雁 復旦大学教授
戦争は暗闇の中で始まった。
2月22日夜明け前(モスクワ時間21日夜)、ロシア大統領プーチンはウクライナ東部の民間武装組織、自称ドニエツク人民共和国とルガンスク人民共和国を独立国として承認することを宣言し、これに続き24日には陸海空三軍によるウクライナへの大規模侵攻を開始した。
国連常任理事国であり核兵器を保有する大国が、意外にも弱小兄弟国に対して大打撃を与え、国際社会を驚愕させた。ロシアは戦争をしてどうするつもりなのか?大規模な世界大戦をやるのか?過去の大災害はしばしば局部的な衝突から始まっている。国際世論はこの事態に心を痛めることこの上ない。
この数日、ネット上ではリアルな戦況を伝えているが、廃墟・砲声・難民……ウクライナの傷口はことごとく我々を痛めつけている。かつて戦争によって踏みにじられたわが国では、家族が離散し、肉親を失い、多くが餓死し、領土を奪われ、賠償を取られた……。この苦しみと屈辱が我々の歴史意識を鍛えた。我々はウクライナ人民の苦痛をわが身のものとして受け止める。
連日、到るところで戦争反対の声がわき上がっている。
ウクライナ人民は立ち上がった。ウクライナの母親は激しくロシア兵をとがめ、ウクライナの父親は戦争の罪悪を激しく非難している。ウクライナの9歳の女の子がなきながら平和を叫んでいるではないか。
ロシア人民は立ち上がった。モスクワでもサンクトペテルスブルクでも、ほかの町々でも市民は街頭に出た。科学者たちは反戦を声明した。平和、平和、反戦の声は国境を超え、人の心を揺り動かしている。
我々が注目してきたことの推移が、過去を思わせ、未来を心配させる。人々の叫びの中、我々もこの思いを声にしなければならない。
我々は、ロシアがウクライナに仕掛けた戦争に強く反対する。ロシアにはそれなりの訳があろうが、すべては言い訳に過ぎない。武力による主権国家への侵入は、すべて国連憲章を基礎とする国際関係の準則を踏みにじるものである。現有の国家間の安全の仕組みを破壊するものである。
我々は断固としてウクライナ人民の自衛行動を支持する。我々はロシアの武力行使がヨーロッパと世界全体の情勢を動揺させ、さらに大きな人道上の災難を引き起こすことを憂えている。
我々はロシア政府とプーチン大統領に対し、即時停戦と対話による紛争解決を強く強く呼び掛ける。強権行動は文化と進歩の成果と国際正義の原則を破壊し、ロシア民族にさらに大きな恥辱と災禍をもたらすであろう。
平和は人心の渇望するところである。我々は不正義の戦争に反対する。
以上
「強権行動は文化と進歩の成果と国際正義の原則を破壊し、ロシア民族にさらに大きな恥辱と災禍をもたらすであろう」という言葉は重い。当然のことながら、強権行動の主体はプーチンに限らない。 「ロシア民族」は、他の民族に置き換えても理解できるのだ。だから、この声明はすぐに消されたのであろう。