(2023年1月4日)
暗いニュースばかりが続く。本日、読売に「北朝鮮、李容浩元外相を処刑か…在英国大使館勤務経験の外務省関係者らも」という記事。この人、北朝鮮の核問題を巡る6か国協議の首席代表だった。北朝鮮を代表する米国通の外交官として知られ、米トランプ前政権との非核化交渉にもあたった人物だという。それがなぜ粛正。
「昨年夏から秋頃」だというこの人の処刑と前後して、いずれも英国大使館勤務経験の外務省関係者4〜5人も相次ぎ処刑されたとの情報もあるという。粛清理由か明らかではないだけに、野蛮な権力の不気味さや恐怖が募る。人の命を大切にしない国は本当に恐い。
野蛮さではイラン政府も負けてはいない。「ヒジャブ」抗議デモ参加者や連帯の意思表明者を逮捕するだけではなく、次々と死刑を宣告し執行している。しかも、クレーンに吊しての公開絞首刑だ。いたましいことこの上ない。政権批判を抑え込むための徹底した弾圧だが、人々に政権への怨念を募らせることにならざるを得ない。この事態に、命を掛けて抵抗運動に立ち上がる人々の姿勢に胸が熱くなる。
ロシアが占領するウクライナ東部ドネツク州マキイウカで1日未明に、ロシア軍臨時兵舎がウクライナにミサイル攻撃された件について、ロシア国防省は当初63人死亡と発表していたのを、4日朝、少なくとも89人が死亡と再発表し、複数のロシア兵が携帯電話を使用していたから、攻撃目標とされたとの見方を示した。ウクライナの戦果に、思わず快哉を叫びたくなる自分の気持ちが恐い。動員されたロシアに同情せざるを得ない。
そのロシアについて、本日の毎日夕刊に、「今年の『10大リスク』ロシア首位 『世界で最も危険なならず者国家』 米調査会社報告書」という記事。
国際政治のリスク分析を行う米調査会社「ユーラシア・グループ」は3日、今年の「10大リスク」をまとめた報告書を発表した。首位にウクライナ侵攻を続けるロシアを挙げ、「世界で最も危険なならず者国家になる」と指摘。核兵器による威嚇を強め、サイバー攻撃などを通じた「非対称戦争」に転じると予測している。
報告書は、欧米の武器供与を受けたウクライナの防衛力を前に「(ロシアには)戦争に勝つための有力な軍事的な選択肢は残されていない」と指摘。欧米を不安定化させるため、ロシア系ハッカーによる政府や企業へのサイバー攻撃、インフラの破壊工作、偽情報の拡散を通じた選挙妨害などを強めると予測した。何よりも核兵器使用の恐怖は拭いようがない。やはり、プーチンのロシアは恐ろしいのだ。
今年の『10大リスク』の2位は、中国共産党総書記として異例の3期目に入った習近平。昨年の「10大リスク」のトップは、中国の「ゼロコロナ」政策の失敗だったという。習近平、今年はプーチンに後塵を拝したことになった。それでもなお、権力集中を「極限」まで進める彼にはチェック機能が働かず、「重大な間違い」を犯すリスクが高いと指摘され。「現代の皇帝」が下す決定によって、公衆衛生や経済、外交の3分野でリスクがあると説明されている。
北朝鮮・イラン・ロシア・中国だけでない、ミャンマーも、アフガニスタンも、…。民主主義のない国が、人命をないがしろにする。民主主義のない国が世界の平和の脅威となる。民主主義のない国、報道の自由のない国ほど恐ろしい。そこでは、抑制の効かない権力の横暴が暴走するのだから。
(2023年1月3日)
あらたまの年のはじめである。正月にふさわしく、格調高く明るい希望を語りたい。…とは思えども、なかなかそうはならない。結局は本日も、格調もなく楽しくもない話題を取りあげることになる。
「世界日報」が、12月31日付けで「22年の日本 保守の後退と民主主義の危機」と題する【社説】を書いている。統一教会の立場を代弁するものだが、自民党と安倍晋三を持ち上げつつも、関係断絶宣告されたことへの怨みを述べて、自民党にすがりつき抱きつこうとする姿勢を露わにしている。自業自得とは言え、自民党にとっては迷惑この上ない「深情け」であろう。
【社説】は、「7月8日、奈良市で起きた安倍晋三元首相暗殺は、日本の保守政治を大きく後退させ、民主主義をかつてない危機にさらすことになった」と断じる。しかし、「日本の保守政治を大きく後退させた」のは、安倍晋三銃撃それ自体ではない。安倍銃撃の動機として明るみに出た『統一教会と安倍・自民党との長年にわたる醜悪な癒着の実態』なのである。問題をすり替えてはいけない。
隠されていた保守政治の大きな汚点がようやく語られるようになって、実は、虚飾のイメージで国民の信頼と政権与党の地位を騙し取っていた自民党が、等身大の正体を現したというだけのことなのだ。「民主主義をかつてない危機にさらすことになった」は、見当外れも甚だしい。安倍晋三と自民党の正体が露見して、支持率が下がるのは「民主主義が健全に機能している証左」以外のなにものでもない。
また、【社説】は「脅かされる信教の自由」の小見出しで、「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への恨みが動機であったとの容疑者の供述が警察から流されると、マスメディアの関心は旧統一教会叩(たた)きに集中した。一方的な中世の「魔女狩り」を思わせる報道によって形成された世論を意識して、岸田文雄首相は自民党と教団との関係断絶を宣言した」とも言う。
私は、「日本の報道は信頼するに値する」とも、「世論は常に正しい」とも思ってはいない。むしろ、日本の報道は権力や政権与党に甘く、その報道に誘導された日本の世論は適正な自民党や安倍晋三批判をなし得ないことを残念に思ってきた。その私の目からは、統一教会に対するメディアや世論の批判が『一方的な中世の魔女狩り』を思わせるものとはとうてい思えない。
さらに、【社説】は、「(岸田首相の)旧統一教会との絶縁宣言は、日本政治をワイドショー政治に堕としめるものである」とも言う。悔しさや怨みだけは伝わってくる。「今までさんざん利用しておいて、具合が悪いとなったらポイ捨てか」と言わんところは分からぬでもない。が、悲しいかな。この一文には、人を説得し、人に訴える何物もない。
【社説】は、安倍晋三を天まで持ち上げている。「『日本を取り戻す』を目標に、国家の安寧と民族の誇り回復のために活発に行動してきた安倍氏がいなくなったことで、保守政治は大きな柱を失った」「安倍氏亡き後、誰が日本を取り戻す主体となるのか、大きな課題である」という。なるほど、安倍晋三と統一教会、思想的には気の合った双子みたいな間柄。かくも一体、かくも紐帯が強いのだ。
そして、【社説】は本音を語る。「国会でも信教の自由の重みに対する認識を欠いた発言が、平然と飛び交うようになっているのは憂慮すべき状況だ」「政府は同教団への解散命令請求を視野に質問権を初めて行使したが、信教の自由をないがしろにすれば民主主義の基盤を揺るがす。日本を中国のような全体主義国家に転落させてはならない」と。
要するに、これまで統一教会には安倍晋三という強力な後ろ盾があった。安倍亡き後も、細田、下村、萩生田等々の頼むに足りるコアな同志的関係の政治家がいる。その支持をつなぎ止めておきたいのだ。そのための呪文が「シンキョウノジユウ」である。「シンキョウノジユウは民主主義の基盤である。だから、統一教会のシンキョウノジユウを貶める言動は、民主主義の基盤を揺るがす」という「論理」ないしは「屁理屈」。
全ての基本権は尊重されないが限界を有している。ヘイトスピーチは表現の自由(憲法21条)の限界を超えて許容されない。裁判を受ける権利(32条)の限界を超えたスラップの提訴は違法となる。信教の自由も、他の基本権に優越する特別の地位をもっているものではない。他者の基本権と衝突する局面での調整において限界を有する。
人の弱みに付け込んだ霊感商法の勧誘、非常識な高額寄附の要請、真意に基づいたと言えない婚姻の斡旋、未成年の子供の人権への配慮のない養子縁組…。どれもが、信教の自由の限界を超えたものとして違法たりうる。その指摘は、けっして「」民主主義の基盤を揺るがす」ものではなく、「中国のような全体主義国家への転落」を意味するものでもない。人権を大切に思う人々が、統一教会の所業を黙過してはならない。
(2023年1月2日)
新年にふさわしい明るい話題ではない。それでも、野蛮な大国の現実について警鐘を鳴らし続けねばならない。
我々は、香港についての報道を通じて、野蛮と文明との角逐を垣間見ている。残念ながら、そこでは野蛮が文明を圧倒しているのだ。野蛮とは、剥き出しの暴力に支えられた権力である。そして、文明とは『法の支配』や『権力分立』によって権力を統御し人権を擁護しようという制度と運用を指す。疑う余地なく、この意味での文明あってこそ人身の自由があり、思想の自由・表現の自由の謳歌がある。
暮れの各紙が、「中国、香港最高裁判断覆す」「国安法違反、外国弁護士の参加巡り」という見出しで、香港発の共同通信記事を報じている。
「中国の全国人民代表大会(全人代)常務委員会は(12月)30日、香港国家安全維持法(国安法)違反事件の被告の弁護人を外国の弁護士が務めることができるかどうかを巡り、香港政府トップの行政長官の許可が必要だとの解釈を示し、香港最高裁の判断を事実上覆した。許可がない場合は、香港国家安全維持委員会の決定が必要だとした。
同法違反罪に問われた民主派香港紙、蘋果日報(リンゴ日報=廃刊)創業者、黎智英氏の裁判で、香港最高裁が香港当局の主張を退け英国の弁護士の参加を認める判断を示していた。司法の独立性が後退したとの懸念がさらに高まりそうだ」
黎智英は中国共産党によって表現の自由を蹂躙されて、この上なく声価の?かった新聞(蘋果日報)の発行停止に追い込まれた。それに伴い、中国共産党によって財産権を侵害され、営業の自由を蹂躙された。さらには、不当に逮捕され、人身の自由を蹂躙された。そして今、彼は中国共産党によって刑事被告人としての弁護人選任権までが侵害されているのだ。恐るべし、野蛮な権力。
以前にも指摘したことがあるが、黎智英が英国の弁護士を弁護人として選任したのは香港の刑事訴訟法がそれを許容する制度になっているからだ。ところが、香港司法当局(日本での法務省に当たるのだろう)は、これにイチャモンを付けて、香港籍の弁護人への変更を申し立てた。その理由は、「(国安法上の)『外国勢力との結託による国家安全危害共謀罪』で起訴された被告人の弁護人を、海外で働く外国人が担当するのは国安法の立法趣旨に反し不適当」だというのだ。無罪の推定も、弁護権の保障も念頭にない、まったく無茶な権力側の発想。
さすがに、香港の高裁と最高裁はいずれも司法当局の訴えを退ける判断を下した。ところが、ここで奥の手が出てくる。香港の最高裁の判断は、全人代常務委員会の胸先三寸でひっくり返されることになった。これが、一党独裁のグロテスク。
「非理法権天」という、出所定かならぬ駄言がある。楠木正成が報じたとの伝承され、戦艦大和のマストに掲げられた幟にも書いてあったそうだが、《非は理に勝たず、理は法に勝たず、法は権に勝たず、権は天に勝たぬ》という文意だという。この中で、《法は権に勝たず》だけが意味のある内容、もちろん権力をもつ者にとっての意味である。
元来、法は権力を抑制し掣肘するためにある。「王権といえども法の下になければならない」のだ。実力に支えられた権力が、正義や理性の体系である法に縛られ従うことで文明社会の秩序が保たれる。これが《法の支配》の理念であって、《法は常に権力に勝つ》べき立場にある。これを、《法は所詮紙片に書かれた文字の羅列に過ぎない、実力装置に支えられた権力に勝ち目はない》というのは、野蛮な世界の認識なのだ。
一党独裁とは、共産党に敵対する政党の存在を許さないというだけのものではなく、徹底した国家権力の集中を意味するのだ。一国二制度の下、ごく最近まで香港には常識的な三権分立の制度が確立していた。中国が香港の自由を蹂躙したとき、香港の教科書から「三権分立」の文字が消えた。同時に香港の人権と民主主義も失われた。
三権分立の核をなすものは、司法権の独立である。法の支配において、最終的に法の解釈を確定する権限は司法にある。が、この常識は中国では通じない。香港の司法の独立は、中国共産党の支配にまったく歯が立たないのだ。
それを見せつけたのが、今回の《黎智英弁護人選任権否認事件》である。「香港の司法は、中国共産党という権力に勝てず」が立証された。
かくて香港の《文明》は、南北朝時代あるいは近代天皇制権力時代と同じ《野蛮》に敗れたのだ。
(2023年1月1日)
元日には、父と母のことを語りたい。
私の父澤藤盛祐は、1914年1月1日に黒沢尻に生まれた。尋常小学校6年を飛び級で旧制黒沢尻中学の2期生に合格している。将来を期するところがあったろうが、家業の零落で中学卒業後の進学の夢がかなわなかった。株屋に就職して真面目に働いたが樺太の支店長の時代に株式不況で株屋が倒産。その後盛岡市の吏員として職を得たところで徴兵され、敗戦まで合計7年余の兵役と徴用を余儀なくされる。満州にも送られているが、幸いに実戦に参加することなく帰還して内地で終戦を迎えた。戦後はある宗教に帰依し、盛岡市職員の地位を捨てて教団の布教師となった。後半生は教団に奉仕し尽くした生涯だった。
母・光子(旧姓赤羽)は盛岡の人。兵役にあった父の求婚に応じた。結婚式など望めぬ時代、挙式は40年後になっている。敗戦直前、小規模ながら盛岡にも空襲があった。母は、ハシカで泣き止まぬ私を背負って、防空壕で心細い思いに耐えたと繰り返し語った。戦後は父の転身を受け容れ、教団の中で4人の子を育てている。
二人が相次いで亡くなって25年になる。私たち兄弟の父と母への感謝の気持ちを「歌集 『草笛』 澤藤盛祐・光子 追悼」の巻頭に記した。
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お父さん
お母さん
まことに遅ればせではありますが、
お二人に感謝の言葉を捧げます。
何よりも命を授けていただいたことに。
健康な身体と心とを育んでいただいたことに。
そして、この上なく慈しんでいただいたことに。
お父さん
お母さん
きっと私たちは、
お二人を選んでこの世に生まれました。
私たちがものごころついたころには、
お二人と私たち兄弟が世界のすべてでした。
私たちは、その温かい世界でのびのびと
それぞれの自分をつくりました。
生きていくための芯となるものを得たのです。
お父さん
お母さん
私たちはよく覚えています。
お二人の手のひらの温もり
ゆっくりと語りかけるその声や
まなざしのやさしさ。
お二人が亡くなった後も、
私たちは決して忘れることはありません。
あらためて、心からの感謝を捧げます。
お父さん
お母さん
若くはつらつとしていたお二人も。
齢を重ね、やがて老いを見せて、
そして生を全うされました。
私たちはお二人の後を追い
その後姿を見ながら齢を重ねてきました。
常に、お二人の昔の姿に、
今の自分を重ねています。
お二人を忘れることのないよう、想い出の歌集をつくろう。
そう提案して作業を進めてきたのは、次男の明でした。
その作業が完成せぬまま、
明はお二人の後を追って帰らぬ人となりました。
残された私たちは無念でなりません。
明の作業を完成させて、今、この「草笛」をお二人に捧げます。
お二人が生きてこられた証しを残すために。
私たちの尽きせぬ感謝の気持を表すために。
そして、明の遺志を生かすためにも。
2022年 万緑の頃
(2022年12月31日)
よく晴れた大晦日だが、時代は視界の開けない昏い印象である。世界も、国内も、どんよりと重苦しい。だれもが望んできたはずの平和が蹂躙されている。大量の兵器が世に溢れ、核の脅威さえ払拭できない。軍需産業とその手先の政治勢力が、不気味にほくそ笑んでいる。18世紀のスローガンであった、『リベルテ、エガリテ、フラテルニテ(自由・平等・友愛)』が、いまだに虚しいスローガンのままだ。明日の元日が、一陽来復とか初春の目出度さを感じさせるものとなろうとは思えない。
それでも、今年の私生活は比較的順調だった。身内の不幸がなかったことだけでもありがたいと思う。この夏には、「DHCスラップ訴訟」(日本評論社)を上梓した。表現の自由についてだけでなく、民事訴訟のあり方や、政治とカネ、消費者問題についても、それなりの言及が出来ていると思う。
そして、この夏にもう一冊、兄弟で父と母を偲ぶ歌集(兼追悼文集)を自費出版した。数年前に兄弟4人で作ることを決め、次弟の明(元・毎日新聞記者)が選句し編集していたが、昨夏突然に没した。そのあとを三弟の盛光が完成させた。明の遺した歌も入れ、編集後記は生前に明が書いた通りのものとなった。
B6版で88ページ、装幀と印刷は株式会社きかんし(東京都江東区辰巳2-8-21 TEL03-5534-1131)にお願いしたところ、手際よく手頃な値段で立派なものを作ってくれた。できあがってみると感慨一入である。200部の非売品である。
表題は「歌集 『草笛』 澤藤盛祐・光子 追悼」。歌集の題は、「草笛」という。歌集冒頭の父の一首からとった。
校庭の桜の若き葉をつまみ草笛吹きし少年のころ
この校庭は旧制黒沢尻中学(現黒沢尻北高)のもの。父にも、多感な「少年のころ」があったのだ。そのことを書き留めておく意味はあろうかと思う。
11月12日に、縁者が秩父の小鹿野町に集まって、このささやかな「追悼歌集」の出版記念会を開いた。盛祐・光子の子・孫・ひ孫と、その配偶者27名の賑やかな集いとなった。楽しいひとときではあったが、次弟・明の姿はなく、小鹿野に家を建てた妹の夫も鬼籍に入っている。時の遷りに、さびしさも感じざるを得ない。
なお、今年も365日このブログの連続更新は1日も途切れなかった。あと3か月、来年の3月末で、満10年の連続更新となる。その10年を一区切りにして、しばらく擱筆しようと思う。第2次安倍晋三政権の危険性に触発されて連載を始めた当ブログである。幸いに、明文改憲だけは許さずに、10年になろうとしている。そして、安倍晋三は、既に世に亡い。
目も歯も悪くなった。腰は痛い。筆が遅い。それでも、気力だけが健在である。あと3か月このブログを書き続けて、その後しばらくは今引き受けている仕事に専念しようと思う。
(2022年12月30日)
2022年が間もなく暮れてゆく。この年を振り返って、世界を揺るがした最大の出来事は、疑いもなく「プーチン・ロシア」によるウクライナ侵略である。事前には、まさかそんなことが現実にはなるまいと楽観していただけに、衝撃は大きかった。
2月24日の開戦以来、無数の人が無惨にも殺され傷付けられた。戦闘員も非戦闘員も、男も女も老人も子供も。多くの家が焼かれ、街が焼失し、家族が引き裂かれた。故郷を追われて逃げざるを得ない人が難民となって世界に散らばった。どこの国でも、殺人・傷害・放火・略奪の犯罪となる行為が、戦争の名で大規模に実行された。悲惨な歴史が繰り返されている。人類は、少しも賢くなっていないのだ。
この戦争の勃発が、我が国の安全保障に関する世論や政策に与えた影響も衝撃だった。右派勢力は大声で叫んでいる。「9条が前提とする国際環境は崩壊した」「9条の理念では国を守ることができない」「国民自身が、自らの国を守る覚悟をもたねばならない」「軍備の充実なくして国家の安泰はない」「防衛費を倍増せよ」
さらには、具体的にこうも言う。「今日のロシアは、明日の中国であり北朝鮮である」「中国・北朝鮮からの攻撃に備えよ」「防衛力の整備こそが、敵の攻撃の意図を思いとどまらせる」「古来言われているとおり、『平和を欲せば戦争の準備が必要』なのだ」。
だから、「専守防衛論は、今や誤りである」「敵基地攻撃能力の保有こそが不可避の安全保障政策である」「敵基地とは、ミサイル発射基地のみを意味するものではない。戦略的指揮系統の中枢を含むものでなくては意味がない」「自衛力を最小限度の実力に限定してはならない」「敵の攻撃が確認された後にのみ反撃できるとするのでは遅く実効性に欠ける」「敵が攻撃に着手することが明確になれば、躊躇のない反撃ができなくてはならない」
かくて、攻撃的な武器の取得を自制してきた防衛政策は大転換されようとしている。スタンドオフミサイルを備えようというのだ。1機2億とも3億とも言われるトマホークを500機も購入するという。
この道は、いつか来た道だ。暴支膺懲、鬼畜米英…。いつも我が国のみが正しい。我が国の軍備は自衛のためのやむを得ないもので、邪悪な諸国が我が国を狙っている。自衛のための装備の充実、自衛のための攻撃能力、そして、自衛のための先制攻撃。
こうして、相互が軍事優越を求めての悪循環に陥る。安全保障のジレンマこそが、悪魔のささやき、唆しである。こうなってはならないとするのが、9条の理念である。今、その実効性が試されてる時を迎えている。
そして、今年の国内ニュース最大の衝撃は、7月8日の安部晋三銃撃事件である。第一報での背筋の寒い思いは、テロの時代の到来かという恐怖感だった。幸い、この銃撃は、政治的な主張貫徹のための殺人ではなかった。その後に続く報復的なテロは起きていない。宮台真司襲撃事件の未解決が気がかりではあるが。
この事件の影響はまったく思いがけないものとなった。銃撃事件の被害者が悲劇の殉教者に仕立て上げられるのではと一瞬は考えた。保守政権は、当然にそのような思惑で動いた。改憲を悲願とした国家主義政治家安倍晋三をテロの殉教者とすれば、改憲に国民意識を動員できるだろう。おそらくはこのような思惑からの政治利用が安倍国葬強行の動機であったろう。
しかし、この政治利用は成功しなかった。世論は銃撃犯の動機に同情し、安倍晋三は銃撃犯に象徴される多くの統一教会信者の悲劇への加害者と捉えられた。しかも、岸信介、安倍晋太郎、安倍晋三の3代にわたるカルトとの深い結びつきが国民の目に晒されることとなった。
安倍晋三だけではなく、自民党そのものの加害責任を問う声が高まる中で歳を越すことになる。年明け、銃撃犯山上徹也が起訴されてその刑事訴訟が始まる。統一教会と安倍晋三との関係が、さらに深く暴かれることになるだろう。統一教会への解散命令請求も避けて通ることのできない事態に立ち至っている。そして、統一教会が起こしたスラップ訴訟には、私も関与している。
気候変動問題に展望は開けない。コロナもおさまらない。日本の経済力は長期低落の中で危機的な状況だという。国民生活の低迷と格差の開きは厳しい。原発再稼働のみならず造設問題には腹が立つばかり。政治とカネの醜悪な関わりは、いっこうに改善されない。日本学術会議問題や大学の自治も心配でならない。国家主義の傾向進展も危うい。ヘイトや差別の問題も解消にはほど遠い…。
問題山積の年の瀬である。嘆いてばかりはいられない。力を合わせて何とかしなければならない。微力な者どうしで。
(2022年12月29日)
新型コロナの猛威は、中国における武漢の発症報告から、世界に知られるところとなった。その武漢での蔓延を中国当局が総力をあげて制圧したとき、世界は舌を巻いた。あの巨大都市をロックダウンし、全住民に繰り返しPCR検査をし、新規に病院を建造し、必要な医療スタッフを全国から集めて、住民に有無を言わせることなく強権的に有効な手立てを断行して…、成功した。
中国当局の強権的な手法に眉をひそめた者も、武漢での成功には脱帽するしかなかった。少なくともあの局面では、民主主義的な手続による対処よりは、中国共産党流の強引なトップダウン方式が有効に見えた。党、即ち当局、はその成果に胸を張り、自信を深めたに違いない。正しい党の指導こそが、人民を幸福に導くと。
それから3年、自信を深めた「正しい党」の指導のもと、中国は強権を発動してのゼロコロナ政策を継続した。これも、最初はうまく行きそうではあった。しかし、結局は破局を迎えることになった。民衆の不満が山積して噴出してのことである。
中国各地で同時多発的に生起した「白紙革命」の動きに押される形で、ゼロコロナ政策は終焉を迎えた。しかし、それと同時に中国全土でコロナの感染大爆発という報道である。これまでの事態をどう総括するのか、「正しい」はずだった党は説明らしい説明をしていない。そして、これからどうするのかもよく分からない。
いくつかの気になる報道がある。
12月26日付の毎日新聞朝刊1面トップの記事が、「中国 民間ゲノム解析制限」「コロナ 変異株情報 統制か」という大見出しの記事。これに続けて「感染者と死者数 公式発表を中止」との記事がくっ付いている。何とも、気の滅入る報道である。
中国政府は、11月下旬、国内に拠点を置く民間の企業や研究機関に対して新型コロナウイルスのゲノム(遺伝情報)配列の解析を当分の間、行わないよう通知したという。「感染爆発に直面する中国政府は、情報を厳格に管理することで、新たな変異株が見つかった場合などに、国内外の世論に与える影響を最小限に抑える狙いがあるとみられる」というのが、毎日の見方。
要するに、当局だけが重要な情報を独占しておればよい。民間が知る必要はない、必要な限りで党が情報をコントロールする、というのだ。人民を支配の対象としか見ない独裁権力の典型姿勢である。「由らしむべし、知らしむべからず」そのものなのだ。「正しい党」さえあればよい、みんなはこれに従おう。その方が気楽だし間違いはない、と教え込む。カルト並みの姿勢と言わざるを得ない。
また、ゼロコロナ政策終焉に伴って、コロナの危険性に関する当局の説明の様変わりが話題となっている。ゼロコロナ時代には、危険を強調されていたオミクロン株での感染を「新型コロナ風邪と言える」程度と喧伝しているのだという。
中国政府の新型コロナ専門家チームのトップとして著名な鍾南山という呼吸器研究の専門医がいる。この人が、「ゼロコロナ」政策の緩和以降感染が急拡大するなか、今月になってから急に国民の不安を払しょくしようとする発言を繰り返している。オミクロン株について、「致死率が低く、通常の季節性インフルエンザにほぼ等しい」「怖いものではなく、これは新型コロナ肺炎ではない。“新型コロナ風邪”と言える」「99%の患者は1週間ほどで回復する」などと危険性が低いことを強調する発言を続けている。
ネット上では、「なぜ先月はそう言わなかったのか、この2、3日で急に悟ったのか」「これは風邪なのか。国民を誤解させるな!」「誰かにプレッシャーをかけられてそう言っているのか」など、批判的なコメントが相次いでいるという(TBS)。
3年前には、権力的にゼロコロナ政策を強行した中国当局が、今度は権力的にウィズコロナに舵を切った。情報も、医学的知見も、それを実行する人材も、全て当局が独占し管理しているからこそ可能なのだ。しかし、権力による情報操作は、結局は破綻して、民衆の不信を招く結果とならざるを得ない。
東京新聞などによれば、中国国家衛生健康委員会は今月25日、2020年1月から毎日行ってきた感染状況の公表を取りやめた。理由の説明はなく、下部機関の疾病予防コントロールセンターが発表を引き継いだ。24日の全国の感染者数は前日より3割少ない2940人。20日以降の死者はゼロとなっている。死者数の定義が変更されたからだという。
公式発表の感染者数は小さくなったが、各地で感染者が激増し、火葬場の混乱が話題となり、著名人の死去のニュースが連日報道されている。だれの目にも、公式発表が実態を示していないのは明らかだ。そのような事態で、中国の地方政府当局で、新型コロナウイルス感染者数の推計値を相次いで公表し始めているところがある。
山東省青島市は23日、直近の感染者数が1日当たり49万〜53万人に上るとみられると発表。これに続いて浙江省政府当局の幹部は25日の会見で、「元日にピークを迎え、1日の新規陽性者は最大で200万人に上る」との見通しを示し、重症者の移送や治療態勢の確立を急いでいると説明した。交流サイト(SNS)では「真実のデータを公表した浙江省の勇気をたたえたい。民衆は虚偽のデータを見たくない」とのコメントが投稿されている。
香港星島日報は29日、「人口5200万人の四川省防疫当局が25日に標本15万人を調査した結果、人口の63.52%が感染したことが明らかになった」とし「全国的に少なくとも6割の人口が感染したとすると、8億人以上がすでに感染したとみられる」と報じた。
コロナは権力におもねらない。オミクロンは中国共産党のご威光を忖度しない。常に正しい党の指導に基づく中国当局の強権的人民支配は、一見効率よく政治目標を達成するように見えて、結局は人民の信頼を失うことになった。
民主主義とは、本来効率で評価されるべきものではない。しかし、コロナ対策においても、強権的対策よりも愚直な民主的手続による支配に軍配が上がったのではないか。
(2022年12月28日)
安倍後継の菅政権発足が2020年9月16日、その初仕事が学問の自治・学問の自由を蹂躙する、日本学術会議の新会員候補6名の任命拒否だった。有りうべからざる暴挙である。菅義偉という人物は、後世この一事をもってその悪名を語り継がれることになるだろう。
その後、「抜本的な組織改革」が必要として学術会議の自主性を奪おうとする政府と、学問の独立を擁護しようとする研究者側の緊迫した綱引きが行われてきた。やや水面下で進行した感のあるこのせめぎ合いが、2年を経て再び表面化している。この事態に注目せざるを得ない。
本日の朝刊各紙に、次の見出しが躍っている。
「政府の改革案は『日本学術会議の独立性侵害』 研究者らが反対声明」(朝日)
「学術会議巡る政府方針『任命拒否上回る介入』 守る会が撤回要望」(毎日)
「『人類社会の福祉、さらには日本の国益に反する』 学術会議を巡る政府方針、学者らグループが撤回求める」(東京新聞)
「学術会議の独立性侵すな 学者・文化人127人、政府方針撤回要求」(赤旗)
昨日、学者やジャーナリストらが「学問と表現の自由を守る会」を結成し、127名連名の声明を発表して記者会見した。
声明は、日本学術会議の会員選考と運用に介入しようとする政府方針を厳しく批判し、政府が目前の通常国会での成立を目指すという関連法案を、学問や表現の自由を脅かす内容だとして撤回を求めるものである。127名の危機感・切迫感には厳しいものがある。
東京新聞望月衣塑子記者の記事では、「会見で、科学史が専門でアカデミーの歴史に詳しい東京大の隠岐さや香教授は『政府が独裁的な方向へ進む時は、学者の任命権や発言権が真っ先に攻撃対象となる。民主主義の危機が来ている』と訴えた」という。
問題が急浮上したのは、今月(12月)6日のことである。内閣府は、まことに唐突に「日本学術会議の在り方についての方針」を公表した。
https://www.cao.go.jp/scjarikata/20221206houshin/20221206houshin.pdf
この「方針」は、学術会議の会員の選考と運用に政府が介入することで、同会議の独立性・自律性を根幹から変質させる内容と批判せざるを得ない。しかも、政府はこの方針を盛り込んだ法案を目前の通常国会に提出し、この国会で成立させるという。強引極まりない。
この「方針」に対して、12月21日、日本学術会議総会はこれを批判して再考を求める声明を採択した。
https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-25-s186.pdf
さらに同月27日、日本学術会議梶田会長による「声明に関する説明」が発表されている。そして、同日の「学問と表現の自由を守る会」声明となった。
https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-25-s186-setumei.pdf
学術会議は、科学者が戦争に協力したことの反省から生まれた。平和主義を掲げる国家の学術機関として、科学者の自主性・独立性が尊重されてきた。学術は、国家目的に従属してはならない。これまで、学術会議は軍事研究に反対する声明を繰り返し出してきている。これが、現在の政権にとっては目障りなのだ。とりわけ、軍事優先の国家構築に舵を切ろうとしている現在、学術会議の硬い骨を抜いておかねばならない。これが政府の本音と見なければならない。
学問が権力の下僕となり下がることの危険を日本国民は戦前の体験から身に沁みている。そのための、憲法23条(学問の自由・学の独立)である。学術会議の政府からの独立性・自律性を失うことは、広く国民・市民の、学問、思想、良心、表現、信教等の精神の自由一般の喪失につながり、強権的国家の戦争への道を開くことにもなりかねない。
学術会議の会員人事の自律性は、学術会議の独立性の根幹をなすものだが、提出予定とされる法案は、会員選考のルールや選考過程への「第三者委員会」の関与が明記され「内閣総理大臣による任命が適正かつ円滑に行われるよう必要な措置を講じる」との文言まであるものという。明らかに、政府の息のかかった人物を通じて学術会議を支配しようとの魂胆が透けて見える。
権力は一極に集中してはならない。これが民主主義を標榜する国家における権力構成の大原則である。とりわけ権力は、司法や教育や学術や報道に介入してはならない。それぞれの分野を担う機関の独立性・自主性を尊重しなければならない。
学術会議の「改革問題」は、民主主義の原則と強権的国家主義との、極めて重要で象徴的なせめぎ合いである。『政府が独裁的な方向へ進む時は、学者の任命権や発言権が真っ先に攻撃対象となる。民主主義の危機が来ている』という、研究者の危機感を共有したい。
(2022年12月27日)
慌ただしい 年の暮れに、慌ただしい閣内の人事。秋葉賢也復興相と杉田水脈・総務政務官が更迭された。形の上では、任意の辞表提出が受理された。
岸田首相は、いつもながらの口先だけの「私自身の任命責任について重く受け止めている」。既視感ある光景というほどのことではない。何度も見飽き聞き飽きたことの繰り返し。この内閣発足は8月10日。4か月前のあのときから「秋の山寺」という言葉が飛び交い、誰が見ても不適切な杉田水脈の政務官登用には、世論への挑戦という臭いがした。あるいは安倍晋三後継勢力への阿りであつたか。
これで、「秋の山寺+1」の閣僚と、ヘイトの杉田が一掃されたことになるが、この間岸田の支持率は下がり続けた。世論は、「岸田内閣の本性見たり」という気分になったのだ。
岸田首相の、杉田更迭の説明は以下のとおりである。
杉田から、「差別意識はなく、その旨説明を尽くしたが、結果として国会審議に迷惑をかけることになった。過去の言動について精査して、問題があると判断したものは撤回することとしたが、自らの信念に基づき、撤回できないものもある。行政に迷惑をかけることはできないため、区切りがついたこの時点で辞任したいとの意向が示された」
おやおや、杉田はちっとも反省していないのだ。むしろ、「自らの信念に基づき、撤回できない」とさえ言ってのけている。岸田は、杉田の無反省を咎めていない。叱責するでもなく、更迭理由とするでもなく、聞き置くだけ。さすが、「聞くだけが特技」のお人。
また、辞表を受理した松本総務大臣は、「政府の一員として迷惑をかけてはいけないと考え、判断したという報告だった」と述べている。杉田水脈には、政府に迷惑をかけたという認識があるだけ。差別された少数者や、人権を重んじる市民社会への責任は感じていないのだ。
そして、杉田水脈自身が、「真意伝わらなかった」と開き直っている。「こんな人物」が大手を振って歩けるのが、日本の保守政界であり、「安倍政治」であり、岸田政権なのだ。
杉田の「辞任記者会見」の要旨は、「私の過去の発言、拙い表現に厳しいご指摘があり、それを重く受け止めて反省し、一部を取り消したが、その真意がなかなか伝わらないということもあった」「内閣の一員として迷惑をかけられないということで総合的に判断して、年末の節目としてこのタイミングで(辞職願を)提出した」(朝日)というもの。虚飾を剥げば、次のようなものである。
「私の過去の差別発言、本音の表現が、思いがけなくも厳しい世論の批判に遭い、その批判に対して、心ならずも『重く受け止めて反省し、一部を取り消します』と言わねばならない羽目に陥った。それを『私の真意がなかなか伝わらない』と誤魔化してきたのだが、岸田内閣がとても支えきれないと私を切る判断と知らされた。たいへん不本意ではあるが、力関係を総合的に考慮して更迭に抵抗できない。やむを得ないので、年末の節目のこタイミングで(辞職願を)提出して、多少の体面を保つより仕方がない」
各社が、記者会見の一問一答を載せている。その一部を引用しておきたい。質問に対して、きちんと答えずにはぐらかす回答の仕方は、安倍晋三に学んだものだろう。何を言っているんだかよく分からず不愉快なやり取りだが、分かることは、この人のヘイトスピーチは「自分を応援する支援者もいる」という自信に支えられていることである。
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――このタイミングで辞職願を提出した理由は。
◆先の国会で、私の過去の発言、拙い表現にいろいろ厳しいご指摘があり、それを重く受け止めて反省し、一部は取り消したが、さまざまな発言を精査する中で、やはり私の真意を分かっていただきたいという思いがある一方、その真意がなかなか伝わらないのではないかということもあった。私自身、信念を持ってやってきたので、信念を貫きたいと思う一方で、内閣の一員として迷惑をかけるわけにはいかないという思いもあり、総合的に判断して、年末の節目ということでこのタイミングで辞表を提出した。
――信念を貫くために辞職願を提出したのか。
◆国会でも、私の発言の追及でずいぶんと時間をとってしまったこともあり、これ以上、迷惑をかけるわけにはいかないと思った。また、この間、岸田文雄首相と松本総務相にすごくしっかり支えていただいて、私からは感謝しかないが、これ以上、迷惑はかけられないと思った。
――謝罪、撤回した発言以外も精査したとのことだが、そういったものも含めて発言自体は、信念を持って発言したことであって問題ないという考えなのか。
◆そうだ。そういう発言を聞いて応援をしてくださっている支援者もたくさんいる。
――これ以上、謝罪、撤回することはないか。
◆はい。しっかりと皆さんに真意を理解していただければ(と思う)。何度も申し上げているが、差別はしていない。ただ、その真意が伝わりづらいということだ。
――過去の発言で性的少数者の団体などが抗議したが、対応はどう考えているのか。
◆何度も申し上げているように拙い表現によって傷つかれた方がいるのであれば、謝罪する。ただ、それ自身が差別ではないということはずっと申し上げている。国会の場で謝罪、撤回したので、それをもって今回の謝罪と撤回にさせていただいたということだ。
――今後の政治活動についてはどう考えているか。
◆私を支援してくださっている方々がいっぱいいるので、代議士として、その方々の代弁者として、しっかり政治家として頑張ってまいりたい。
――杉田氏の貫きたい信念とはどういったものか。
◆私自身は差別は絶対にあってはいけないと思っている。そんな中で、やはり正直者がばかを見るというような社会にはしたくないと思っている。やっぱり、一生懸命頑張っている人が報われる社会にしていきたい。(毎日より)
(2022年12月26日)
年の瀬に、今年亡くなった人物を思い起こせば、まずは安倍晋三の名を上げねばなるまい。その亡くなり方が衝撃的だったからだ。「虎は死して皮を留め、人は死して名を残す」という。はたして彼は、どのような名を残しただろうか。
「棺を蓋いて事定まる」ともいう。しかし、安倍晋三については、容易に「事定まる」様子がない。「棺の蓋」を動かして噴き出てきたものが、統一教会との癒着だった。岸・安倍の3代にわたって、カルトと保守政治の接着役を果たしてきたその一端が明らかとなった。「反共」という黒い糸で結ばれた、統一教会と安倍晋三。その実態は、まだ十分には解明されてなく、十分な批判にも至っていない。
生前の政治家としての所業にも資質にも批判の大きかった安倍晋三である。加えて、その死後に統一教会との癒着が明らかとなったのだ。にもかかわらず、岸田文雄は、安倍国葬を強行した。独断専行したと言ってよい。この頃から、岸田の特技は「国民の声を聞かずに物事を決めること」として知られるようになった。
果たして、国葬は国論を二分した。世論調査では、およそ6割の国民が安倍国葬反対の意を表明した。独裁国家ではいざ知らず、民主主義を標榜する国家において、国民の過半が反対する国葬の強行はあり得ない。
9月の国会審議で国葬強行の追及を受けた岸田首相は、「国葬についての検証をしっかり行う」と約束せざるを得なかった。しかし、10月召集の臨時国会で議論するはずだった論点整理は、会期終了まで出てこなかった。「しっかり」は口癖だが、やる気がないのだ。
本来、安倍国葬の検証とは、だれのどのような思惑から、なにゆえにかくも奇妙な国葬が構想され強行されたかを解明しなければならない。そして、国葬がもつ、権力によるイデオロギー操作としての罪業と効果を徹底して暴くことでなくてはならない。安倍国葬は、安倍政治を美化する役割を果たすためのもので、安倍後継の保守政権をも美化することにつながるものであったのだから。
政府は12月22日、安倍国葬を検証する有識者ヒアリングに基づく「論点整理」を公表した。A4約200ページにわたる大部なものだが、検証の実はあがっていない。集約の方向も見えてこない。国葬に関する7つの論点について大学教授やメディアの論説担当者ら21人から対面聴取した意見が羅列されただけのものだという。
『法的根拠の必要性』『国葬実施の意義』『国葬の対象者の決定』などのヒアリングでは、「賛否が分かれた」という。当然であろう。安倍政治が国論を大きく、深く二分するものだった。安倍国葬の評価も、安倍政治への評価の分裂をそのまま反映するものとなったのだ。
このヒアリングでは、「国葬でどのようなレガシーが残ったか」という設問もあったという。こんな調子で、真っ当な検証ができるはずもない。結果の誘導を試みたが、成功に至らず、「21論」併記の羅列的「論点整理」となったものと思われる。
また、国葬を巡っては、衆院も議院運営委員の6会派6人による協議会の報告をまとめた。こちらの報告は、わずか3ページ。が、中身はけっしておかしなものにはなっていない。その全文を下記に掲載しておきたい。安倍晋三、どうやら葬儀のあり方までを含めて、民主主義社会の反省材料として「名を残した」ようである。
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◆衆院各会派協議会がまとめた検証結果(全文)
議院運営委員会は、国葬儀の検証等を行うため、各会派の代表者からなる協議会を設置し、令和4年11月1日から12月2日にかけて、計5回協議会を開会し、政府からの説明聴取・質疑、2回にわたる有識者からの意見聴取・質疑も含め、各会派の代表者間で協議を行った。その議論の概要を以下のとおり報告する。
1、国葬儀の検証に当たっての基本的な認識
今般の国葬儀は、戦後において慣例の積み重ねがなく、またその在り方等について一般的な議論がなされていないことから、国民の間で国葬儀についての共通認識が醸成されていない状況にあった。結果、国葬儀の実施に当たって、世論の分断が招かれた。
2、国民、国会への説明
今般の国葬儀は、7月8日の故安倍晋三元総理大臣の逝去の後、同月14日に岸田総理大臣が国葬儀を行うことを表明し、同月22日に閣議決定が行われた。その後、9月8日に岸田総理大臣と松野官房長官が議院運営委員会に出席し、説明を行った後、同月27日に国葬儀が執り行われたが、この実施に至るまでのプロセスについて様々な意見・批判が示された。
すなわち、決定に際して国会への事前報告等がなされるべきである、閣議決定後1カ月以上経過してから国会へ説明を行ったのは遅きに失したなど様々な具体的意見が述べられた。
3、国葬儀の法的根拠及び国葬儀を行う理由についての政府の説明
政府は、今般の国葬儀を内閣府設置法上の国の儀式として、閣議決定を経て実施したものである。この点について、意見を聴取した有識者からは、国葬儀を行政権の裁量として行うことが直ちに違憲・違法であるとは言えないという見解、政府による法的根拠、理由の説明が国民の理解を十分に得られていないとの見解、内閣府設置法自体が、国葬儀を行うことを内閣限りで決定できることの根拠になるものではないとの見解が示された。さらに、国葬儀の実施に関する制度上の問題は解決していないとの見解もあった。
各会派の代表者からは、閣議決定自体には問題はなかったとの意見、示された法的根拠、実施理由に対して国民の理解が十分に得られておらず、国権の最高機関である国会の審議を十分に経ず国葬儀を実施したことはいわば行政府の独断であり適切でないとの意見、憲法の保障する国民主権、法の下の平等、思想及び良心の自由や政教分離原則との関係で違憲であるといった意見も示された。
4、国葬儀の対象者についてのルール化
国葬儀の対象とすべき者に一定の基準・ルールを設けることについては意見が分かれた。
各会派の代表者からは、法的根拠や基準を設けることで国民の理解に資するといった積極的な意見がある一方で、在職期間や功績等様々に考慮すべき事項があり、事前に基準を設けることは難しく、時の内閣が責任をもって判断すべきとの消極的な意見も示された。
意見を聴取した有識者からも、あらかじめ定められた基準があればここまで政治問題化されることはなかったのではないかという意見がある一方で、民主主義国家である以上、特に政治家の場合は国民による功績の評価は様々であることから合意形成は容易ではなく、一定の基準を設けることは非常に困難であるとの意見、国葬儀についての慣例のない中で改めてルールを作ろうとすると、ルールの在り方自体が論争の種になりかねないとの意見など、消極的な意見も多く示された。
5、国会の関与の在り方
今般の国葬儀の実施により、結果として世論の分断が招かれたとの共通認識の下、国民の幅広い理解を得られるよう国会による何らかの適切な関与が必要であることについては、大方の意見が一致した。一方、政治家の国葬の実施は認められないとの意見も出された。
国会の関与の具体的な方法としては、国葬儀の実施に国会の承認を要するものとすべきという意見も示される一方、国会の行政監視活動を通じて政府に説明責任を果たさせることによって対応すべきものであるといった意見、また、国会での承認に際して行われる審議が故人の評価に関する議論を招き、政治問題化が避けられず、故人及び遺族にとっても望ましくない事態になりかねないとの懸念も示された。
このように国会の承認を得るには合意形成に困難を伴うとの議論を踏まえ、代替案として、例えば、国会内のしかるべき委員会等における政府からの報告のような形にとどめる、両院議長への報告や相談を経るという方法もあり得るとの見解も示された。また、あえて国葬儀という形にこだわらず、他の形式で故人を偲(しの)ぶ方法もあるのではないかとの見解もあった。
いずれにせよ、国会が国葬儀に関し的確な行政監視を行う機会が確保されることが望ましく、政府は、適時・適切な情報提供を行うべきである。