澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

NHK文書開示等請求事件・第5回期日 ー 法廷でのパワポによる解説。

(2022年10月26日)
東京地裁令和3年(ワ)第15257・24143号NHK文書開示等請求事件
原告ら代理人弁護士澤藤大河

請求の縮減

これまでの開示請求文書
(1) 2018年4月24日に放送された「クローズアップ現代+」を巡ってNHK経営委員会でなされた議論の内容(上田良一会長に対して厳重注意をするに至った議論を含む)がわかる一切の記録・資料

(2) 「NHK情報公開・個人情報保護審議委員会」が提出した答申第797号、第798号、第814号、第815号、第816号を受けて、NHK経営委員会が行った当該議事録等の開示を巡る議論の内容がわかる一切の記録・資料

縮減後の請求の趣旨
 被告日本放送協会は原告らに対し、別紙開示請求文書目録記載の各文書を、いずれも正確に複写(電磁的記録については複製)して交付する方法で開示せよ

開示請求文書目録
1.放送法41条及び経営委員会議事運営規則第5条に基づいて作成された、下記 各経営委員会議事録(「上田良一会長」に対する厳重注意に関する議事における各発言者ならびに発言内容が明記されているもの)
?「第1315回経営委員会議事録」(2018年10月 9日開催)
?「第1316回経営委員会議事録」(2018年10月23日開催)
?「第1317回経営委員会議事録」(2018年11月13日開催)

2.下記各経営委員会議事録作成のために、各議事内容を録音または録画した電磁的記録。
?「第1315回経営委員会議事録」(2018年10月 9日開催)
?「第1316回経営委員会議事録」(2018年10月23日開催)
?「第1317回経営委員会議事録」(2018年11月13日開催)

請求の趣旨の縮減の理由
 請求の趣旨第1項の被告NHKに対する開示請求文書の範囲の減縮であって、第2項および3項については変更はない。
 本件提訴後、被告NHKは、請求の趣旨第1項に特定した文書の多くを原告らに開示し、原告らはこれを受領した。残る未開示文書についてのみ、判決での開示を求める趣旨を明確にするため、本申立をする。

原告第7準備書面の概要

債権侵害の不法行為
?被侵害利益
?加害行為
?故意過失
?損害
?(因果関係)

被侵害利益
? 原告らの「権利または法律上保護される利益」が被告森下によって侵害された
? 侵害されたのは、「各原告の被告NHKに対する本件各文書開示請求権」であり、憲法上の知る権利を実質的な内容とする重要な権利

加害行為について
 被告森下は、被告NHKに明示的に指示する態様で、各原告がNHKに対して有する本件各文書開示請求権の行使を妨害した。

加害行為にはあたらないが・・・
 被告森下は、放送法32条2項に違反し「番組編成権」を蹂躙した。また、放送法41条に違反し、経営委員会議事録も作成しない。被告森下の明らかな違法行為は、原告との関係では、被告森下の加害行為の動機や態様の悪質性を証明する間接事実である。これらの悪質性は、原告の慰謝料額を増大させる事由である。

故意・過失
 権利侵害行為は、被告森下の明示的な指示により行われた故意不法行為である。
少なくとも、被告森下において遵守すべき放送法やその下位規則に敢えて違反していることからも、重過失あることは明らかである。

損害
原告らの損害は二つ。
1.精神的損害
 原告らはいずれも、巨大公共放送機関であるNHKの運営のあり方を、我が国の民主主義の消長に関わる問題として重大な関心を寄せてきた。本件経営委員会議事録は、NHKの存在意義にも関わる重要文書。
 一万円を下回ることはない。

2.弁護士費用
 原告らは提訴を余儀なくされ、訴訟追行のための弁護士費用を負担した。その額が一万円を下回ることはない。

被告森下の加害行為
? 被告NHKに対して、その影響力を行使して、作成済みである本件議事録およびその録音データを開示させないように働きかけた。
? 本件各文書は、被告森下において強く隠蔽を望む内容を含んでいる
? 放送法第3条で保証されている放送の自由を侵害した。
? 同法32条2項で明示的に禁止されているにもかかわらず、経営委員として、個別の放送番組の編集について、介入した。

被告森下の加害行為の立証に関して
?被告森下の具体的な行為については、完全に被告の領域での事実なので、
原告には知る術がない
?だからこそ、被告森下の尋問が必要である。

文書の存在について
? 原告の開示請求対象文書は、3回の経営委員会議事録とその録音データに絞られた。
? 仮にも国会から選任された被告森下が、放送法に明確に違反して議事録を作らないなどあり得ないこと。
? 録音データについても、消去した日も、消去した人も、具体的な作業内容も示すことができない→当然存在するはず。

しかし、仮に議事録もなく、データも消去されていた場合
? 原告は、議事録もデータも存在しているが、開示されていないと考えている。
? 仮に、証拠調べの結果、議事録が作成されておらず、データも消去されていた可能性が高い場合には、新たな不法行為を主張する予定である。
? その場合、「被告森下において、議事録を作成しないことで、各原告の文書開示請求権を妨害したこと」「被告森下が録音データを削除して各原告の文書開示請求権を妨害したこと」を不法行為として追加する。

文書等が存在しない場合の予定予備的主張
? 「被告森下において、議事録を作成しないことで、各原告の文書開示請求権を侵害したこと」
? 「被告森下が録音データを削除して、各原告の文書開示請求権を妨害したこと」
? 被告森下は、議事録をつくらないことで、原告らの開示請求権を有名無実なものとしたのである。
? これらの不法行為の存在は、被告森下において先行自白がなされている

統一教会の信者獲得方法は、対象者の「信教の自由」を侵害する違法なものである。

(2022年10月25日)
 昨日、宗教研究者有志25氏による「旧統一教会に対する宗務行政の適切な対応を要望する声明」(代表 島薗進東京大学名誉教授・櫻井義秀北海道大学教授)が発表された。穏やかな内容ながら、良識の指し示すものとして影響は大きい。
http://shimazono.spinavi.net/

 「旧統一教会が行ってきた霊感商法や過度の献金要請、旧統一教会と政治家との関係、および宗教二世の問題」を指摘し、「現在、必要なことは、新たな被害を生み出さないために、現代宗教のあり方、宗教と政治の関係について認識を深めると同時に、透明なプロセスにそって所轄官庁が適切かつ迅速な宗務行政の対応を行うことだと考えます」と行政への要望を述べている。

 注目すべきは、統一教会の組織的活動を違法とする、以下の一節。

 「私たちはこの問題に対してかねてより懸念をもってきました。正体を隠した勧誘は『信教の自由』を侵害しますし、一般市民や信者の家計を逼迫させ破産に追いこむほどの献金要請は公共の福祉に反します。そして、こうした人権侵害に対して教団としての責任を認めてこなかったことは許容できることではありません。…」

 錚々たる研究者らが「正体を隠した勧誘は『信教の自由』を侵害」する故に違法とする見解で一致した。つまり、統一教会側は、「自分たちこそが憲法が保障する『信教の自由』という輝かしい理念の担い手である」と信じ込んでいたに違いない。ところが実はその逆で、信者獲得の勧誘行為が、勧誘される側の『信教の自由』を侵害しているという指摘なのだ。このことの意味は、大きい。

 信者獲得のための勧誘は、諸々の被害の入り口である。この入り口での違法行為を防止できれば、その後の「霊感商法」や「過度の献金要請」「政治家との関係」「宗教二世の問題」などを阻止することが可能となる。

 問題とされたのは、「正体を隠した勧誘」という統一教会の常套手段。この手口の伝道・強化活動は違法で、勧誘対象者の『信教の自由』(=自らの意思に基づいて信仰すべき対象を選択する自由)を侵害することになる。

 以前からこのことを説いていたのは札幌の郷路征記弁護士、私の同期の友人である。近著、「統一教会の何が問題かー人を隷属させる伝道手法の実態」(花伝社)の中でこう述べている(同書58頁)。

 「統一教会の伝道・教化活動の違法性を考える場合、保護されるべき法益を特定することが重要である。最重要の法益は、伝道される側である国民の信教の自由である。それが統一協会の伝道・教化活動によって侵害されていないかどうかという視点が必要である。国民が信教の自由、すなわち宗教上の自己決定権をその最も基本的で重要な内心の権利として保障されていることは明らかであって、それを侵害する伝道・教化活動が認められるはずはない。以下の判決のとおりである。」

 「統一教会が信教の自由を有しており、その伝道・教化活動もその信教の自由の一環であるとしても、対象者も信教の自由、すなわち当該宗教に帰依するか否かを選択する自由を有しているのであり、対象者のこの信教の自由を侵害する方法による伝道・教化活動は許されないのは当然である。(札幌地方裁判所2014年3月24日判決)

 「信教の自由」は、勧誘する側にのみ保障されているのではない。勧誘される対象者の側にも信教の自由はある。具体的には、勧誘する側が有する「宗教教義を伝道して信者を獲得すべく勧誘活動を自由に行う権利」と、勧誘される側が有する「正確で十分な情報に基づいて、自己の信仰すべき宗教を選択する権利(もちろん、宗教を信じない自由を含む)」とが、憲法価値として並立していて調整が必要となっている。

 判決もここまでは認めて、「対象者のこの信教の自由を侵害する方法による伝道・教化活動は許されないのは当然である」とは認めめた。だが、「この信教の自由を侵害する方法による伝道・教化活動」のなんたるかまでを具体的に特定したわけではない。

 郷路弁護士は、勧誘される側が有する宗教的な自己決定権を侵害しないためには、伝道活動を行う宗教団体の側には、以下の要件が必要であるという。

(1) 伝道目的の活動であることを明示すべきであること
(2) 他の宗教の宗教教義を伝道活動の主要な手段(概念)として用いるべきではないこと
(3) 事実である・真理であるとしてではなく、宗教教義であることを明示して伝えること
(4) 宗教的回心を発生させる前に、信仰した結果行わなければならなくなる、宗教的実践課題について開示しなければならないこと
(5) 違法な行為や社会的に相当性を欠いた行為をさせるために、信者を組織に隷従させてはならないこと

 以上のうちの(1)については、宗教研究者が受け容れるところとなった。今や、通説化しつつあると言って良いのではないか。(2)以下の要件も、今後具体的に整理されたかたちで、判決に定着することになることが期待される。

 大きな被害はあったが、ようやくにしてその被害を世に知らせる人があり、被害回復や防止に努力するさまざまな人々がいて、着実に問題解決に道筋が見えてきているという手応えを感じている。

《NHK文書開示請求訴訟》明後日・10月26日14時の法廷傍聴を ー 森下俊三経営委員長の不法行為責任を追及

(2022年10月24日)
 NHKと安倍晋三任命の森下俊三経営委員長の両名を被告として、NHKの報道姿勢と、最高意思決定機関経営委員会のあり方を根底から問う《NHK文書開示請求訴訟》。その第5回口頭弁論が、明後日に以下の日程で開かれます。
  日時 10月26日(水) 午後2時
  法廷 東京地裁415号

 また、閉廷後下記の報告集会を開催いたします。こちらにも、ご参加下さい。
  時刻 同日 15時30分?
  会場 参議院議員会館 B102会議室

 今回の法廷では、原告主張の第7準備書面の要約を、パワーポイントを使って、弁護士澤藤大河が解説いたします。テーマは、被告森下俊三の不法行為責任にしぼった陳述です。ぜひ傍聴をお願いいたします。

 なお、今回傍聴券の配布はありません。先着順に415号法廷に入廷してください。コロナ対策としての空席確保の措置はありませんので、傍聴席の座席数は十分と思われます。
 また、閉廷後の報告集会では、関係者からNHKにまつわる詳細な報告を予定しています。ぜひ、こちらにもご参加下さい。

 この訴訟は、原告114名の情報公開請求訴訟です。もっとも、行政文書の公開を求める訴訟ではなく、被告NHKに対して、その最高意思決定機関である経営委員会議事録の開示を求める訴訟です。いい加減に誤魔化した議事録ではなく、手抜きのない完全な議事録と、その文字起こしの元になった録音・録画の生データを開示せよという訴訟になっています。

 問題の議事録は、経営委員会が当時の上田良一NHK会長に「厳重注意」を言い渡したことや、その前後の事情が明記されているものです。なにゆえの「厳重注意」だったのか。経営委員会が、NHKの報道番組に介入して、良心的な番組の放送を妨害する意図をもっての「会長厳重注意」だったのです。とうてい、看過できることではありません。

 NHKの良心的看板番組「クローズアップ現代+」が、「かんぽ(生命)保険不正販売」問題を放映したところ、加害者側の日本郵政の幹部がこの番組をけしからんとして、NHKに圧力をかけてきました。経営委員会は、この外部の圧力をはね除けて、番組制作の自主性を護らなければならない立場であるにかかかわらず、なんとその正反対のことをしでかしました。当時経営委員会委員長代行だった森下俊三が先頭に立って、日本郵政の上級副社長鈴木康雄らの番組攻撃に呼応して、番組制作現場への圧力を加える意図をもっての『会長厳重注意』を強行したのです。明らかに放送の公正を歪める、放送法違反の行為です。

 森下俊三はその後経営委員会委員長となり、さらに再選されて今なお、経営委員会委員長におさまっています。こんな経営委員を選任したのは、あんな内閣総理大臣、安倍晋三でした。NHK経営委員会人事は、安倍政権の負のレガシーです。大きな責任が清算されずに放置されたままです。正常な事態を取り戻さねばなりません。

 本件文書開示請求訴訟はその第一歩としての基礎作業です。これまで出てこなかった資料が、提訴によってある程度は開示されました。しかし、完全なものではありません。

 本件の提訴後原告に開示された「議事録のようなもの」(部内では「粗起こしの議事録草案」と言われる)は、議事録ではありません。「のようなもの」ではなく正式の議事録を開示せよ、というのが原告の要求です。仮にもし被告森下が議事録を作成もせず、公表もしないとなれば、明白で重大な法律違反です。当然に内閣の任命責任が問われなければなりません。

 そして、もう一つの開示請求対象は、「議事録のようなもの」の原資料である録音データです。「のようなもの」には作成者の記載はなく、正確性を確認する術はありません。そこで、録音記録を開示せよと要求したら、何と、「消去しました」というのです。バックアップもとっていないという。どこかで聞いたような話。さすがに、安倍が任命した経営委員長の弁明。

 訴訟までされながら、なぜNHKは、原告たちに開示を求められた議事録やデータを出さないのか、あるいは出せないのか。NHK執行部に議事録を出せない理由はありません。むしろ、経営委員から不当な「厳重注意」の処分を受けた会長側とすれば、きちんと議事録を提出してことの曲直を糺して欲しいという希望があるに違いないのです。

 しかし、経営委員会側は、出したくないのです。番組制作への介入を禁じた放送法32条2項に違反したことを正式な議事録に残したくないのです。違法を恥じない人物が、NHKの最高幹部になって、NHKの放送の自由を攻撃し、さらにはその証拠を残したくないとして、正式の議事録の開示を妨害しているのです。これを任命した総理の責任は重大で、現内閣には罷免を求めなければなりません。

 原告たちは、被告NHKに対する文書開示請求権を持っています。その請求権の行使を妨害しているのが、経営委員会委員長の森下俊三なのです。これが、不法行為に当たるとして、損害賠償を請求しているのです。

 NHKという組織では、経営委員会が最高権力者です。NHKの会長を選任することも、クビを切ることもできます。何といっても、その議事録には経営委員の放送法違反が書き込まれているという微妙な問題です。NHKが独自の判断で経営委員会議事録の開示も非開示もできるはずはありません。お伺いを立てて、経営委員会のご意向次第。

 以上のスジを約10分のパワポにまとめて、ご説明いたします。本来、権力を監視することを本領とするのがジャーナリズムです。権力から独立していなければならない巨大メディアが、こんなにも権力にズブズブなのです。そして、自浄能力がない。NHKという巨大メディアの政治権力への従属性という問題の本質がよく見える法廷となるはずです。

本日は悪名高き「10・23通達」発出の日

(2022年10月23日)
 本日は、私にとっての特別な日。いや私だけではなく、憲法や人権や真っ当な教育を考える人々にとって、忘れてはならない忌まわしい日。毎年、この日がめぐってくると、当時の自分の記憶をあらため、闘う気持ちを新たにする。

 19年前のこの日、東京都教育委員会が「日の丸・君が代」の強制を教育現場に持ち込んだ。悪名高い「10・23通達」の発出である。東京都教育委員会とは、石原慎太郎教育委員会と言って間違いない。この通達は、極右の政治家による国家主義的教育介入なのだ。以来、卒業式・入学式などの学校儀式における国旗・国歌(日の丸・君が代)への敬意表明が全教職員に強制されて現在に至っている。

 「10・23通達」の形式は、東京都内の公立校の全ての校長に宛てた命令である。各校長に所管の教職員に対して、入学式・卒業式等の儀式的行事において、「国旗に向かって起立し国歌を斉唱する」よう職務命令を発令せよ、職務命令違反には処分がともなうことを周知徹底せよ、というものである。実質的に、知事が校長を介して、都内の全公立校の教職員に起立斉唱命令を発したに等しい。この事態は、教育法体系が想定するところではない。

 あの当時、元気だった次弟の言葉を思い出す。「都民がアホや。石原慎太郎なんかを知事にするからや。石原に投票するセンスが信じられん」。そりゃそのとおりだ。私もそう思った。こんなバカげたことは石原慎太郎が知事なればこその事態、石原が知事の座から去れば、「10・23通達」は撤回されるだろう、としか考えられなかった。

 しかし、今や石原慎太郎は知事の座になく、悪名高い横山洋吉教育長もその任にない。石原の盟友として当時の教育委員を務めた米長邦雄や鳥海巌は他界した。当時の教育委員は内舘牧子を最後にすべて入れ替わっている。教育庁(教育委員会事務局)の幹部職員も一人として、当時の在籍者はない。しかし、「10・23通達」は亡霊の如く、いまだにその存在を誇示し続け、教育現場を支配している。

 この間、いくつもの訴訟が提起され、「10・23通達」ないしはこれに基づく職務命令の効力、職務命令違反を理由とする懲戒処分の違法性が争われてきた。この訴えを受けた最高裁が、
 秩序ではなく人権の側に立っていれば、
 国家ではなく個人の尊厳を尊重すれば、
 教育に対する行政権力の介入を許さないとする立場を貫けば、
 思想・良心・信教の自由こそが近代憲法の根源的価値だと理解してくれさえすれば、
 真面目な教員の教員としての良心を鞭打ってはならないと考えさえすれば、
 そして、憲法学の教科書が教える厳格な人権制約の理論を実践さえすれば、
「10・23通達」違憲の判決を出していたはずなのだ。
そうすれば、東京の教育現場は、今のように沈滞したものとなってはいなかった。まったく様相を異にし、活気ある教育現場となっていたはずなのだ。

 19年目の10月23日となった本日、関係17団体の共催で、恒例の「学校に自由と人権を!10・23集会」が開催された。メインの企画は、小澤隆一さんの講演「憲法9条の危機に抗して」。教育の危機は、戦争の危機につながるのだ。本日の私の気持ちを、下記の集会アピールが代弁してくれている。

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?10・23通達発出から19年にあたって? 
 「学校に自由と人権を!10・23集会」アピール

 東京都教育委員会(都教委)が卒業式・入学式などで「日の丸・君が代」を強制する10・23通達(2003年)を発出してから19年経ちました。これまで「君が代」斉唱時の不起立・不伴奏等を理由に延べ484名もの教職員が処分されています。10・23通達と前代未聞の大量処分は、東京の異常な教育行政の象徴です。

 小池都放下で都教委は、卒入学式で不起立を理由とした処分の強行などこれまでの命令と処分の権力的教育行政を続けています。新型コロナ感染拡大の最中の今年の卒業式は、昨年に続き、式を短縮しても、式次第に「国歌斉唱」を入れ生徒・教職員を起立させ、CDで「君が代」を大音量で流し、「起立」を命じ、まさに「君が代」のための卒業式という異常さが改めて浮き彫りになりました。
 岸田政権は、安倍・菅政権を継承し、参議院選挙の結果を受けて、憲法改悪の動きを一層加速し、ロシアのウクライナ侵略に便乗し、敵基地攻撃能力の保有、防衛費2倍化の検討など「戦争する国」へと暴走しています。何としても憲法改悪を止めるために、草の根から、大きな闘いを構築しなければなりません。
 また、小中学校の「道徳」の教科化、高校の科目「公共」、教科書の記述への露骨な政治介入等、教育の政治支配と愛国心教育による「お国のために命を投げ出す」子どもづくりが狙われています。

 最高裁判決は、職務命令は思想・良心の自由を「間接的に制約」するが「違憲とはいえない」として戒告処分を容認する一方、減給処分・停職処分を取り消し、機械的な累積加重処分に歯止めをかけました。
 一連の最高裁判決とその後の確定した東京地裁・東京高裁の判決により、10・23通達関連裁判の処分取り消しの総数は、77件・66名にのぼります。

 これまで都教委は、違法な処分をしたことを反省し謝罪するどころか、減給処分を取り消された現職の都立学校教員を再処分(戒告処分)するという暴挙を行いました。また、2013年3月の卒業式以降、最高裁判決に反し、不起立4回以上の特別支援学校、都立高校の教職員を減給処分にしています。また、被処分者に対する「再発防止研修」を質量ともに強化し、抵抗を根絶やしにしようとしています。

 しかし、これらの攻撃に屈することなく、従来の最高裁判決の枠組みを突破し、戒告を含む全ての処分及び再処分の取り消しを求め、東京「君が代」裁判五次訴訟が東京地裁で闘われています。粘り強く闘う原告団を支え共に闘います。
 破処分者・原告らは、19年間、都教委の攻撃に屈せず、東京の学校に憲法・人権・民主主義・教育の自由をよみがえらせるために、法廷内外で、学校現場で、粘り強く闘いを継続しています。多数の市民、教職員、卒業生、保護者がともに闘っています。

 本日、10・23通達関連訴訟団・元訴訟団が大同団結し、「目の丸・君が代」強制に反対し、「憲法を変えさせず、誰も戦場に送らせない」運動を広げるために、「学校に自由と人権を!10・23集会」を開催しました。
 集会に参加した私たちは、広範な教職員、保護者、労働者、市民の皆さんに「日の丸・君が代」強制と都教委の教育破壊を許さず、共に手を携えて闘うことを呼びかけます。何よりも「子どもたちを再び戦場に送らない」ために!

2022年10月23日


   「学校に自由と人権を!10・23集会」参加者一同 

経済大国中国の、度しがたい人権後進国性。

(2022年10月22日)
 本日、第20回中国共産党大会が閉幕。胡錦濤強制退去の一幕も含めて、面白くもおかしくもないシラケたセレモニー。要するに習近平一強独裁体制を追認し、さらに習近平個人崇拝路線確認の儀式。一党独裁にも辟易だが、個人崇拝となるとカルト並みの不愉快さ。

 かつて、毛沢東の権力集中と個人崇拝に鄧小平が異を唱えたとき、私は事情よく分からぬまま「社会主義の正統に修正主義派の横槍」と解した。今となっては、不明を恥じるばかり。だが、その開明派・鄧小平も、天安門事件では民衆に銃口を向けることをためらわず、人権と民主主義の芽を摘んだ。以来中国は、社会主義の理想も民主主義の理念もない、専制と拝金主義社会に堕したまま今日に至っている。

 改革開放政策が始まった当時には確かな希望を感じた。中国が外部世界に開かれ、人と物と情報の流通が繁くなれば、水が高きより低きに流れて落ちつくように、自ずから中国の民主化も進展するだろうと楽観しのだ。が、この期待は見事に外れた。

 中国は経済的には興隆し発展した。しかし、政治的自由は育たなかった。そもそも民意を反映する選挙制度がなく、相も変わぬ一党独裁。国内少数民族の弾圧が続いている。人権は無視され、言論の自由も、信教の自由も、三権分立も、裁判の公開原則すらない。経済大国ではあっても人権後進国と言わざるを得ない。

 鄧小平の言葉として知られる「黒い猫でも白い猫でもネズミを捕るのが良い猫だ」論。改革開放政策の合理性の説明として耳にした。目的さえ見失わなければ手段にこだわる必要はないの比喩だが、目的と手段の内容の理解次第で、どのようにも解釈ができる。

 「資本主義でも社会主義でも、役に立つならどちらでもよい」「私的利潤追求活動が貧富の差を拡げるとしても、社会の富を増すのだから肯定してよい」として、「先富論」を肯定したと理解した。

 大事なことは、けっしてこれを政治原則の理解としてはならないことである。「民主主義だろうと専制だろうと、人民を喰わせることができればどちらでもよい」「究極の目標は国家の富の蓄積である。そのために民主制が有用であればこれを採用し、独裁がより合理的であればそちらを採用する」「人民の自由の獲得という条件が成熟するまでは、一党独裁でも個人崇拝でも『良い猫』である」などと言ってはならない。
 
 人権・民主主義は、手段的価値ではない。それ自体が目的的価値なのだ。他のどんな究極的目標をもってしても、人権・民主主義をないがしろにしてはならない。「人権・民主主義にはバリエーションがある。中国では中国式の人権・民主主義を実践する」などと詭弁を弄する姿勢は醜悪というほかない。
 
 好意的な報道では、高度成長に成功した鄧小平時代が終わり、中国の伝統とマルクス主義をミックスした「中国式現代化」を目指す「習近平時代」が本格的に幕を開けた、という。
 
 鄧は経済が遅れた中国では資本主義的手法が許される初級段階が少なくとも100年は必要だと考えた。これが、社会主義の旗を降ろさずに資本主義経済を進めることの方便となり、不均等発展を容認する「先富論」をもなった。
 今大会での習の報告は、「なお初級段階にある」と触れただけで「長期」は消えた。代わりに「中国式現代化」「時代に適合したマルクス主義の中国化」という言葉が登場した。こうして、「先富論」は、「共同富裕」というスローガンに置き換えられることになろう。

 だが、こうも報道されている。「鄧は、毛沢東に権力が集中し個人崇拝を生んだことを反省して、『任期制』を採用し、『集団指導体制』を強めた。そのどちらも、習近平によって破られた」。こうして、習近平に権力が集中し、習欣平個人崇拝が生まれることになる」

 なんとも憂鬱な中国状況である。

杉田水脈の「いいね」に、損害賠償を命じる逆転判決。

(2022年10月21日)
 昨日言い渡しの、下記東京高裁民事判決報道が大きな話題となっている。昨日の東京はこの上ない晴天。その天候同様の晴れやかな判決だった。

「杉田水脈議員に一転、賠償命令 『いいね』で伊藤詩織氏への侮辱」(朝日)
「伊藤詩織さん逆転勝訴、杉田水脈氏に賠償命令 中傷投稿に『いいね』」(毎日)
「伊藤詩織さん中傷ツイートに繰り返し『いいね』…自民・杉田水脈氏に2審は55万円の賠償命令」(読売)

 この愚行を繰り返した杉田水脈なる人物、信じがたいことだが政治家である。現在なお衆院議員、そして総務政務官。政治・政治家の劣化を嘆く声は高いが、政治家としての劣度においてこの人の右に出る者は少ない。日本の主権者が、このような政治家に貴重な議席を与えているのだ。我が国の民主主義の水準が嘆かわしい。

 杉田は2018年6?7月、ツイッター上で「枕営業の失敗」「ハニートラップ」「売名行為」などと伊藤を中傷した第三者の投稿計25件に「いいね」を押した。なにゆえの愚行だったか。その動機は、単に暇だったからではあり得ない。おそらくは、安倍晋三を中心とする政治グループへの帰属意識と忠誠心の証しであったろう。

 安倍晋三あればこその政治家杉田水脈である。その杉田の伊藤詩織攻撃は安倍陣営へのエールではあろうが、この上なくみっともないことになった。安倍晋三亡き後の寄る辺なき杉田水脈、果たしてこれまでのようにはしゃぎ続けることができるだろうか。

 私は、この判決に目を通していない。報道された限りでの理解だが、本件は名誉毀損訴訟ではなく、侮辱を請求原因とする訴訟である。名誉毀損の請求原因が「公然事実を摘示する表現で、原告の社会的評価を低下させた」という構成になるのに対して、侮辱では「公然と原告の人格を毀損する表現をした」となる。

 一般に、名誉毀損では「事実の摘示が必要」だが侮辱では不要、名誉毀損の侵害法益は「社会的評価」だが侮辱では「名誉感情」だと説かれる。しかし、厳密には、名誉毀損と侮辱とを分けるものは微妙である。その意味では、伊藤・杉田事件は貴重な侮辱事案の判決となった。

 この事件、本年3月の一審・東京地裁判決では請求棄却判決となっている。ツイッター上の「いいね」は、「必ずしも内容への好意的・肯定的な感情を示すものではない」「ブックマークなどの目的で使われることもあり、」「感情の対象や程度は特定できず、非常に抽象的、多義的な表現行為にとどまる」と、名誉感情を毀損する人格攻撃としての侮辱表現があったと認めなかったようだ。

 控訴審では一転、名誉感情の毀損を認めて原判決を変更し、杉田に55万円の支払いを命じた。決め手となったのは、「いいね」を押した行為だけに着目するのではなく、杉田が以前からインターネット番組などで伊藤の批判を繰り返していたことなどを勘案して、「名誉感情を害する意図があった」「国会議員の『いいね』は一般人とは比較しえない影響力がある」と、目的(主観)・効果(客観)両面での侮辱の成立を認め、賠償請求を認容した。欣快の至りである。

 昨夕の毎日(デジタル版)が、「杉田水脈氏の差別発言の数々」の解説記事を掲載している。その一部を抜粋しておきたい。杉田水脈とは何者であるかがよく分かる。

「性暴力被害に『女性はいくらでもウソをつけますから』」

 「20年9月の自民党内の会議では、行政や民間が運営する性暴力被害者のための「ワンストップ支援センター」を全国で増設する方針などを内閣府が説明した際、「女性はいくらでもウソをつけますから」と、被害の虚偽申告があるように受け取れる発言をした。 この発言を巡っては、大学教授らでつくる「公的発言におけるジェンダー差別を許さない会」が21年2?3月に実施したネット投票で、ジェンダーに関する問題発言のワースト1位に選ばれた。」

待機児童問題でも持論

 「保育園への入所選考に落ちた母親がブログにつづった「保育園落ちた日本死ね!!!」という言葉が話題になった16年には、保育所の増設などを求める動きに対し、産経新聞のニュースサイトでの自身の連載で「子供を家庭から引き離し、保育所などの施設で洗脳教育する。旧ソ連が共産主義体制の中で取り組み、失敗したモデルを21世紀の日本で実践しようとしているわけです」「コミンテルン(共産主義政党の国際組織)が日本の一番コアな部分である『家族』を崩壊させようと仕掛けてきました」などとつづり、物議を醸したこともある。」

「生産性がない」発言で雑誌が休刊に

 「18年、月刊誌「新潮45」8月号に「『LGBT』支援の度が過ぎる」とのタイトルで「LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がないのです」と寄稿。
 『多様性を受け入れて、さまざまな性的指向も認めよということになると、同性婚の容認だけにとどまらず、例えば兄弟婚を認めろ、親子婚を認めろ、それどころかペット婚や、機械と結婚させろという声も出てくるかもしれません』と性的少数者を差別する主張を展開した。 この寄稿に対して当事者や支援者から批判が殺到し、自民党本部前などで抗議集会が開かれる事態となり、「新潮45」は18年10月号で休刊となった」

杉田氏「多様性否定したことない」

 「一方、今年8月15日の総務政務官の就任記者会見で「新潮45」への寄稿について問われた杉田氏は「私は過去に多様性を否定したこともなく、性的マイノリティーの方々を差別したこともございません」と説明した。」

 この「多様性否定したことない」という杉田発言について、「なるほど、『女性はいくらでもウソをつけますから』というとおりだ」などと言ってはならない。「いくらでもウソをつける」のは、『女性』ではなく『杉田水脈』という政治家なのだから。

宗教法人解散命令の要件には、刑事法令違反だけでなく、民事法令違反も含まれる。

(2022年10月20日)
 今朝の各紙の見出しには、「民法の不法行為も該当」というフレーズが躍っている。〈裁判所による宗教法人解散命令〉及び〈行政の解散命令請求〉の要件について、岸田首相答弁報道におけるものである。

 「首相は10月18日の衆院予算委では民法は『入らない』と答弁しており、1日で答弁を変更し、『民法の不法行為も入り得る』との認識を示した」という記事になっている。

 併せて、「旧統一教会を巡っては、幹部による刑法上の違反行為を認定した裁判例はないものの、民事裁判では組織的な不法行為責任が認定された例が2件ある。答弁変更により、解散命令に向けたハードルが下がる可能性がある」(毎日)とも報じられている。

 この論争、「宗教法人に対する解散命令の根拠としては刑事的な違法が必要ではないか」「民事的違法では足りないのではないか」というかたちで、提起されている。しかし、宗教法人法を素直に読めば、本来こんな論争が出てくる余地はない。にもかかわらず、政府が「刑事違法」にこだわったのは、できれば統一教会を温存したかったからではないか。その政府見解の根拠は、オウム真理教に対する解散命令における理由の誤読によるものと思われる。

 やや面倒だが、以下に、この点に関する関係条文とオウムの事例における裁判所の判断を確認しておきたい。

★ 宗教法人法81条(抜粋・リライト)

法81条1項(解散命令)

 「裁判所は、宗教法人について左の各号の一(どれかひとつ)に該当する事由があると認めたときは、所轄庁(文科大臣)の請求により、その解散を命ずることができる。
一 法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為をしたこと。
二 第二条に規定する宗教団体の目的(宗教の教義をひろめ、儀式行事を行い、信者を教化育成すること)を著しく逸脱した行為をしたこと。

 条文上の文言は、「法令に違反」である。「法令」が民事法を含むことは当然であって、「刑事法に違反して」となっていない以上は、民事法違反の場合を除外するとは読みようがない。また、「法令に違反」が仮に刑事法違反に限られるとすれば、条文の文言は「犯罪行為をしたこと」、あるいは「刑罰法規に違反する行為をしたこと」「犯罪の構成要件に該当する行為があったこと」などとなるだろう。「公共の福祉を害する…と認められ行為をしたこと」は、明らかに民事的な違法行為を含むという以外に解釈の余地はない。

★ 民事違法排除論

 にもかからず、首相は18日の衆院予算委で、オウム真理教に対する解散命令で裁判所が示した「刑法等の実定法規の定める禁止規範または命令規範に違反」との基準を根拠に、民法上の不法行為は含まないとの認識を示していた。
 はたして、この認識は正しいだろうか。オウムの事例における裁判所の判断を検討してみよう。

★ 対オウム真理教・解散命令の経過概略 

 1995年、東京都知事鈴木俊一と検察官は、宗教法人法第81条1項に基づいて、宗教法人オウム真理教の解散命令を東京地方裁判所に請求した。サリン生成を企てた殺人予備行為が、法第81条1項1号と2号に該当するとしてのことである。

 解散命令請求事件は、訴訟ではなく非訟手続である。請求を受理した東京地裁はこれを認めて宗教法人解散の決定をした(1995年10月30日)。これを不服としてオウム側が東京高裁に即時抗告をしたが抗告棄却となった(同年12月19日)。さらに、最高裁に特別抗告がなされたが、これも棄却され(96年1月30日)て解散命令が確定した。

★ オウム・地裁決定抜粋

 「刑法上の犯罪は、自然人を主体とするものであって、宗教法人自体がこれを犯すことはできない。」「(しかし)宗教法人と法令違反行為・目的逸脱行為の主体との厳密な一致を必ずしも要求していないと解される。」
 「宗教団体構成員の大部分あるいは中枢部分が、宗教団体の組織的行為として犯行に関与するなど、重大な犯罪の実行行為と宗教団体の組織や活動との間に、社会通念上、切り離すことのできない密接な関係があると認められる場合は、宗教法人法81条1項1号又は2号前段に基づき、宗教法人の解散を命じることができると解すべきである。」「あくまでも実質的にみて、宗教団体の組織的行為と認められるかどうかを基準とすべきである。」
 「本件殺人予備行為は、オウム真理教の教祖であり相手方の代表役員である松本智津夫の指示あるいは少なくともその承認の下に、オウム真理教団の組織的行為として実行されたものと認めるのが相当であり、重大な犯罪の実行行為と宗教団体の組織・活動との間に、社会通念上、切り離すことのできない密接な関係があると認められる場合に当たるから、宗教法人法81条1項1号及び2号前段に定める解散命令事由が存在するというべきである。」

 以上のとおり、地裁決定の関心は、「法人の犯罪といえるか」にのみあって、「解散命令の要件として民事違法を含むか」への言及はない。高裁決定は次のようにこのことに触れている。

★ オウム・高裁決定抜粋

 「宗教法人法が宗教団体に法人格を取得する道を開くときには、これにより法人格を取得した宗教団体が、法人格を利用して取得・集積した財産及びこれを基礎に築いた人的・物的組織等を濫用して、法の定める禁止規範もしくは命令規範に違反し、公共の福祉を害する行為に出る等の犯罪的、反道徳的・反社会的存在に化することがありうるところから、これを防止するための措置及び宗教法人がかかる存在となったときにこれに対処するための措置を設ける必要があるとされ、かかる措置の一つとして、右のような存在となった宗教法人の法人格を剥奪し、その世俗的な財産関係を清算するための制度を設けることが必要不可欠であるとされたからにほかならない。

 右のような同法81条1項1号及び2号前段所定の宗教法人に対する解散命令制度が設けられた理由及びその目的に照らすと、右規定にいう
「宗教法人について」の「法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為」(1号)、「2条に規定する宗教団体の目的を著しく逸脱した行為」(2号前段)とは、
(1) 宗教法人の代表役員等が法人の名の下において取得・集積した財産及びこれを基礎に築いた人的・物的組織等を利用してした行為であって、社会通念に照らして、当該宗教法人の行為であるといえるうえ、
(2) 刑法実定法規の定める禁止規範又は命令規範に違反するものであって、
(3) しかもそれが著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為、又は宗教法人法2条に規定する宗教団体の目的を著しく逸脱したと認められる行為
をいうものと解するのが相当である。」

 オウムの事例は刑法犯案件であったが、高裁(抗告審)決定はわざわざ「刑法」と、刑法案件に限定されないことを明示した。また、「実定法規の定める禁止規範又は命令規範」は、刑事法に限らないことの明示の表現と言ってよい。さらに、「反道徳的」「反社会的」も同じ意味をもつものと解する根拠となる。

★ オウム・最高裁決定
 同法人は、憲法20条の定める信教の自由を侵害しているなどとして最高裁判所に特別抗告をした。結論は特別抗告棄却である。
 特に解散命令の要件に触れるところはなく、宗教法人に対する不利益をもたらす解散命令という制度が、憲法20条による信教の自由を侵害することにはならないという憲法解釈論に限られている。

「より速くより高くより金儲け」 ー 東京五輪川柳から

(2022年10月19日)
 東京五輪の汚職事件摘発は止まるところを知らない。またまた本日、「ミスター電通」が収賄容疑で4度目の逮捕となり、併せて広告業大手ADKホールディングス社長らが贈賄の容疑で逮捕された。が、もっと大物の立件はないのだろうか。あの政治家や、このJOC元会長など、疑惑の報じられている人は多い。是非とも徹底的に、五輪の膿をしぼり出してほしいもの。

 石原慎太郎の思いつきに猪瀬や小池がはしゃぎ、安倍晋三が悪乗りした東京五輪である。その背後には、巨額の利権がうごめいている。その汚さは底なしに見えるが、さて、どこまで疑惑の解明が進んでいるのだろうか。庶民のモヤモヤ感が、新聞の川柳投句欄に溢れている。毎日新聞の「仲畑万能川柳」欄から最近のものを拾ってみた。実に見事なもの。

 今頃になって五輪が盛り上がり 高槻 かうぞう

 より速くより高くより金儲け 甲府 千徳紘美

 豪邸で高齢なのに汚職する 取手 はにわゆう

 じいちゃんが五輪の件で留置場 北九州 はっちゃん

 おもてなしなんだ賄賂のことなのか 別府 タッポンZ

 「おもてなし」東京五輪は裏多し 大牟田 西のニシ

 開幕の前に汚れていた五輪 射水 江守正

 五輪理事ドンというよりガンですな 北九州 はっちゃん

 結局はカネで決まったスポンサー 相模原 アンリ

 やっぱりね復興五輪じゃなかったな 日立 小雪

 五輪ほど汚れてないぞ野良着だが 兵庫 新ポスト

 オリパラを巡るお金はまだ巡る 下関 タケロー7

 五輪色全て疑惑のグレーだな 西東京 矢ケ崎耕一

 五輪後に残ってました金の輪が 下松 暇人

 電通は越後屋なのか代官か 横浜 おっぺす

 五輪とは利権者達の宴なり 北九州 まんまる

 終っても東京五輪まだ汚点 奈良 一本杉

 五輪後に赤字と汚職だけ残る 千葉 東孝案

 東京は汚職五輪と総括し 和歌山 屁の河童

 甘い汁又吸えそうだ札幌で 横浜 樫原雅良

 角川の辞書にも載ってる贈収賄 川崎 ゆさこ

 AOKIから着服をした?五輪理事 神奈川 荒川淳

 五輪史のスーツのしみを見てしまい 会津若松 やぶ空坊

統一教会の解散命令に向けて歯車が回り始めた。これを止めてはならない。

(2022年10月18日)
 昨日消費者庁に設置された『霊感商法等の悪質商法への対策検討会』が、7回の審議を終えて報告書を発表した。私には意外な印象だが、世人の関心の的となっている統一教会に対する解散命令請求問題に踏み込んだものとなった。
 「旧統一教会については、社会的に看過できない深刻な問題が指摘されているところ、解散命令請求も視野に入れ、宗教法人法第78条の2に基づく報告徴収及び質問の権限を行使する必要がある」という結論。

 さらに意外なことに、同日岸田首相が永岡桂子文科相に、上記の報告に従った「質問権の行使」手続への着手を指示した。こうして、事態は急進展の兆しを見せている。うまく行けば、以下の工程が進展することになる。重かった歯車が回り始めたのだ。

 宗教法人審議会の開催と答申⇒文科省職員の調査⇒文科大臣の解散命令請求⇒裁判所の解散命令⇒法人格剥奪と選任された清算人による財産清算手続

 岸田首相が、この歯車を回し始めた政治責任は重い。途中で翻意することも、失敗することも許されない。

 さて、馴染みの薄い宗教法人法第78条の2である。その第1項を、本件の事例に当て嵌めて書き出してみるとこうなる。

 「文科大臣は、統一教会について、解散命令の要件(「法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為をしたこと」「宗教団体の目的を著しく逸脱した行為をしたこと」)に該当する疑いがあると認めるときは、〈統一教会の業務又は事業の管理運営に関する事項に関し〉報告を求め、または担当職員に統一教会の代表役員その他の関係者に対し質問させることができる」。但し、その調査の強制力はない。

 なお、同条の第2項以下も書き出しておこう。
第2項 前項の規定により報告を求めまたは担当職員に質問させようとする場合においては、文科大臣は、あらかじめ宗教法人審議会に諮問してその意見を聞かなければならない。

第3項 前項の場合においては、文科大臣は、報告を求めまたは当該職員に質問させる事項及び理由を宗教法人審議会に示して、その意見を聞かなければならない。

第4項 文科大臣は、第1項の規定により報告を求めまたは担当職員に質問させる場合には、宗教法人の宗教上の特性及び慣習を尊重し、信教の自由を妨げることがないように特に留意しなければならない。

第5項 第1項の規定により質問する担当職員は、その身分を示す証明書を携帯し、統一教会の代表役員その他の関係者に提示しなければならない。

第6項 第1項の規定による権限は、犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならない。

 信教の自由に配慮し、軽々に宗教団体に対する不当な弾圧とならないように制度設計ができているのだ。検討会の報告書は、この点をこう言っている。

 「宗教法人法第81条に基づく解散命令については、団体としての存続は許容されるとはいえ、法人格を剥奪するという重い対応であり、信教の自由を保障する観点から、裁判例にみられる同条の趣旨や要件についての考え方も踏まえ、慎重に判断する必要がある。
 また、宗教法人法第78条の2に規定する報告及び質問に関する権限は、解散命令の事由等に該当する疑いがあると認められるときに、宗教法人法の規定に従って行使すべきものとされ、これまで行使した例はない。しかし、これらの消極的な対応には問題があり、運用の改善を図る必要があるとの指摘があった。
 旧統一教会については、旧統一教会を被告とする民事裁判において、旧統一教会自身の組織的な不法行為に基づき損害賠償を認める裁判例が複数積み重なっており、その他これまでに明らかになっている問題を踏まえると、宗教法人法における『法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為をした』又は『宗教団体の目的を著しく逸脱した行為をした』宗教法人に該当する疑いがあるので、所轄庁において、解散命令請求も視野に入れ、宗教法人法第78条の2第1項に基づく報告徴収及び質問の権限を行使する必要がある。」

なお、同報告書はこの点に関する高裁判例を引用して次のように解説している。

 「東京高等裁判所決定(1995年12月19日)において、解散命令制度が設けられた理由に関し、『同法が宗教団体に法人格を取得する道を開くときは、これにより法人格を取得した宗教団体が、法人格を利用して取得・集積した財産及びこれを基礎に築いた人的・物的組織等を濫用して、法の定める禁止規範もしくは命令規範に違反し、公共の福祉を害する行為に出る等の犯罪的、反道徳的・反社会的存在に化することがありうるところから、これを防止するための措置及び宗教法人がかかる存在となったときにこれに対処するための措置を設ける必要があるとされ、かかる措置の一つとして、右のような存在となった宗教法人の法人格を剥奪し、その世俗的な財産関係を清算するための制度を設けることが必要不可欠であるとされたからにほかならない』との考え方が示されている。
 あわせて同決定においては、オウム真理教の解散命令に関し、
 ?法人の代表役員等が、法人の人的・物的組織等を用いて行ったものであること、
 ?社会通念に照らして、当該宗教法人の行為といえること、
 ?刑法等の実定法規の定める禁止規範又は命令規範に違反すること、
といった要件を満たす必要があるとの考え方が示されている。」

 解散命令が確定すればどうなるか。宗教法人法49条3項の規定に従い、「文科相の請求により又は裁判所の職権で、清算人を選任」して、清算手続が開始されることになる。

 こうして統一教会の法人格は剥奪され、その財産は清算される。しかし、教義が断罪されることはなく、宗教団体としての存続は可能である。布教活動も制約を受けることはない。しかし、税制上の優遇措置を受ける資格は失う。なによりも、行政と司法から、『法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為をした』との烙印を押されることの不利益を甘受せざるを得ない。

 権力の暴走は恐ろしい。憲法20条の理念を承けた宗教法人法は、再びの宗教弾圧の時代を繰り返さぬよう十分な配慮をもって宗教団体を遇している。それでも例外的な措置として宗教法人に対する解散命令の制度を設けざるを得ない。長期間にわたっての統一教会の反人権的・反社会的な行為は、例外的な措置の適用を必然としている。解散命令に向けて回り始めた歯車の回転が止められることにならぬよう多くの目で、監視を続けなければならない。

《NHK文書開示請求訴訟》次回10月26日法廷は、森下俊三の不法行為がテーマ。

(2022年10月17日)

NHK森下俊三経営委員長の不法行為責任を問う
《NHK文書開示請求訴訟》10月26日(水)14時・415号法廷。

 NHKと森下俊三経営委員長の両名を被告として、NHKの報道姿勢と総理大臣任命の経営委員会のあり方を根底から問う《NHK文書開示請求訴訟》。その第5回口頭弁論が、以下の日程で開かれます。
  日時 10月26日(水) 午後2時
  法廷 東京地裁415号

 今回の法廷では、原告主張の第7準備書面の要約を、パワーポイントを使って、弁護士澤藤大河が解説いたします。テーマは、被告森下俊三の不法行為責任にしぼった陳述です。ぜひ傍聴をお願いいたします。

 なお、今回傍聴券の配布はありません。先着順に415号法廷に入廷してください。コロナ対策としての空席確保の措置はありませんので、傍聴席の座席数は十分だと思われます。
 また、閉廷後報告集会を開催いたします。時刻・場所は未定ですが、決まり次第お知らせいたします。こちらにも、ご参加下さい。

 この訴訟は、原告114名の情報公開請求訴訟です。もっとも、行政文書の公開を求める訴訟ではなく、NHKに対して、その最高意思決定機関である経営委員会議事録の開示を求める訴訟です。いい加減に誤魔化した議事録ではなく、手抜きのない完全な議事録と、その文字起こしの元になった録音・録画の生データを開示せよという訴訟になっています。

 問題の議事録は、経営委員会が当時の上田良一会長に「厳重注意」を言い渡したこと、そしてその前後の事情が明記されているものです。なにゆえの「厳重注意」だったか。経営委員会が、NHKの報道番組に介入して、放送を妨害する意図をもっての「会長厳重注意」だったのです。

 NHKの良心的看板番組「クローズアップ現代+」が、「かんぽ(生命)保険不正販売」問題を放映したところ、加害者側の日本郵政がこの番組をけしからんとして、NHKに圧力をかけてきました。経営委員会は、この外部の圧力から番組制作を護らなければならない立場であるにかかかわらず、なんとその正反対のことをしでかしました。当時経営委員会委員長代行だった森下俊三が先頭に立って、日本郵政の上級副社長鈴木康雄らの番組攻撃に呼応して、番組制作現場への圧力を加える『会長厳重注意』を強行したのです。放送の公正を歪める、放送法違反の行為です。

 森下俊三はその後経営委員会委員長となり、さらに再選されて今なお、経営委員会委員長におさまっています。こんな経営委員を選任したのは、あんな内閣総理大臣、安倍晋三でした。大きな責任があります。

 訴訟までされながら、なぜNHKは、原告たちに開示を求められた議事録やデータを出さないのか、あるいは出せないのか。NHK執行部に議事録を出せない理由はありません。むしろ、経営委員から不当な「厳重注意」の処分を受けた会長側とすれば、きちんと議事録を提出してことの曲直を糺して欲しいという希望があるに違いないのです。

 原告たちは、被告NHKに対する文書開示請求権を持っている。その請求権の履行を妨害しているのは、経営委員会委員長の森下俊三なのです。これを、不法行為として、損害賠償を請求しているのです。

 何しろ、NHKという組織では、経営委員会が最高権力者です。NHKの会長を選任することも、クビを切ることもできます。NHKが独自の判断で、経営委員会議事録の開示も非開示もできるはずはありません。お伺いを立てて、経営委員会のご意向次第。何しろ、議事録には経営委員会の放送法違反が書き込まれているのです。

 以上のスジを約10分のパワポにまとめて、ご説明いたします。本来、権力を監視することを本領とするのがジャーナリズムです。権力から独立していなければならない巨大メディアが、こんなにも権力にズブズブなのです。NHKという巨大メディアの政治権力への従属性という問題の本質がよく見える法廷となるはずです。

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