澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

森下俊三の責任を問う《NHK文書開示請求訴訟》。次回には、森下の尋問採用決定も。

(2022年9月6日)
 NHKと森下俊三経営委員長の両名を被告として、NHKの報道姿勢と総理大臣任命の経営委員会のあり方を根底から問う《NHK文書開示請求訴訟》。本日午前11時、その第4回口頭弁論が、東京地裁103号法廷で開かれた。

 前回の第3回口頭弁論以後、原告は被告森下に対して、2回にわたる求釈明を重ねた。本訴訟提起直後に被告NHKから原告に開示された「議事録のようなもの」の原記録である録音データの消去の真実性をめぐるものである。

 被告森下はまことに不誠実な対応に終始し、データの消去についてもバックアップの有無に関しても、納得しうる説明をしない。そこで、原告としては、本日提出の第6準備書面において、これ以上の求釈明を繰り返すことをやめ、被告森下俊三本人とデータ消去の担当職員の尋問によって、その存在を立証する方針を明確にした。

 今回の法廷では、この点の経過を、下記のとおりのパワーポイントを使って、原告代理人(澤藤大河)が説明した。傍聴者に分かりやすいものであったと思う。

 また、原告の一人浪本勝年さん(元立正大学教授・教育学)が意見を陳述した。NHKに対する国民の期待を語り、その期待を大きくはずれたNHKのあり方を慨嘆して、被告らには本訴訟においての誠実な対応をもとめ、裁判所には法に基づいた納得しうる審理と判決を求めた。

 裁判所は、両者の主張によく目を通しての無理のない訴訟指揮を行っているという印象を受けた。次回までに提出すべき、各当事者の「宿題」が明らかにされ、次回期日には人証の採用決定が見込まれる進行となった。

 次回・第5回口頭弁論期日の予定は、以下ののとおり。
  日時 10月26日(水) 午後2時
  法廷 東京地裁415号

 この訴訟で開示請求の対象になっている最重要文書は、2018年10月23日経営委員会議事録の未公表部分。下記のパワポで「未開示文書?」と表示されている文書。公表されているこの日の経営委員会議事録には、経営委員会が上田良一NHK会長に『厳重注意』を言い渡した経緯の記載が欠落している。これを開示せよという請求が第1の問題。

 NHKの良心番組「クローズアップ現代+」が、「かんぽ(生命)保険不正販売」問題を放映したところ、加害者側の日本郵政が、この番組をけしからんとしてNHKに圧力をかけてきた。経営委員会は、この外部の圧力から番組制作を護らなければならない立場であるにもかかかわらず、なんとその正反対のことをしでかした。

 当時経営委員会委員長代行だった森下俊三らは、日本郵政の上級副社長鈴木康雄らの番組攻撃に呼応して、番組制作現場への圧力を加える『会長厳重注意』を強行した。公共放送であるNHKの適正な運営を確保するための経営委員会が暴走して、番組制作現場とNHK執行部を攻撃したのだ。NHKの最高機関が、NHKの放送の自由を侵害している。

 放送法41条は、経営委員会委員長に経営委員会議事録の作成と公表を義務付けている。しかし、公表されている議事録に、『会長厳重注意』の部分は抜け落ちている。しかも、一定の場合、議事録公表義務免除の規定はあっても、議事録作成義務の免除の余地はない。だから、「公表されてはいないが、法の規定によって存在するはずの議事録を開示せよ」というのが原告の請求。

 もっとも、本件の提訴後原告には「議事録のようなもの」(「粗起こしの議事録草案」と言われる)が開示されてはいる。しかし、これは「のようなもの」ではあつても議事録ではない。法が必ず作成せよと命じている以上は、正式の議事録がなくてはならない。その、あるはずの議事録を開示せよというのが、「未開示文書?」の問題。

 仮にもし、被告森下が議事録を作成もせず、公表もしていないとなれば、明白で重大な法律違反である。なぜ、そのような違法を敢えてしたか。その動機は、経営委員に番組制作への介入を禁じた放送法32条2項に違反したことを正式な議事録に残したくないから、という以外に考えようはない。違法を恥じない人物が、NHKの最高幹部になって、NHKの放送の自由を攻撃しているのである。総理の任命責任は重大で、現内閣には罷免を求めなければならない。

 そして、もう一つが、「議事録のようなもの」の原資料である録音データである。これが、「未開示文書?」の問題。

 「のようなもの」には作成者の記載はなく、正確性を確認する術はない。そこで、録音の原電子データを開示せよと要求したら、なんと「消去しました」という。バックアップもとっていないと。

 えっ? こんな大事なものを簡単に消去? いつ、誰が、どうして、誰の指示で?と問い質しても、けっして回答しないのが森下俊三である。以上が、原告第6準備書面の内容。以下が、そのパワポ説明である。

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NHK情報開示等請求事件第4回期日
原告第6準備書面の概要

1.未開示記録の特定
 ? 未公表部分を含む完全な議事録
 ?「粗起こし」の原記録である録音データ
2.不誠実極まる被告森下の釈明
3.当事者意識を欠いた被告NHKの釈明

被告NHKは請求された文書を開示していない
開示請求文書目録
(1) 2018年4月24日に放送された「クローズアップ現代+」を巡ってNHK経営委員会でなされた議論の内容(上田良一会長に対して厳重注意をするに至った議論を含む)がわかる一切の記録・資料
(2) 「NHK情報公開・個人情報保護審議委員会」が提出した答申第797号、第798号、第814号、第815号、第816号を受けて、NHK経営委員会が行った当該議事録等の開示を巡る議論の内容がわかる一切の記録・資料

原告の開示請求には議事録が含まれる
原告開示請求対象の第1項
(1) 2018年4月24日に放送された「クローズアップ現代+」を巡ってNHK経営委員会でなされた議論の内容(上田良一会長に対して厳重注意をするに至った議論を含む)がわかる一切の記録・資料
経営委員会の正式な議事録があれば、「NHK経営委員会でなされた議論の内容・・・がわかる・・・記録」に該当する。
当然、本件訴訟の開示請求の対象となる。

争点となっている議事録(未開示文書?)
番組「クローズアップ現代+」の「かんぽ(生命)保険不正販売」報道に被告森下らが外部と呼応して圧力を加え『会長厳重注意』を言い渡した際の「経営委員会議事録」未公表部分(会長厳重注意言い渡しに関わる部分)

何ゆえ正式の議事録を作らないのか
? 合理的に推認すれば、番組制作への介入を禁じた放送法32条2項に違反したことを正式な議事録に残したくない
? 法的義務に違法することを恥じない人物が、NHKの最高幹部になっている
? 法廷で、自らの放送法違反行為を認めることは、驚愕の事態
? 放送法は経営委員長が違法行為をする場合の制裁等定めていない。考えられない事態。
? 総理の任命責任は重大で、罷免を求める政治的イシューへ

当該の議事録は本当にないのか?
? 原告らに開示された「粗起こし」は正式な議事録ではない。
「議事録のようなもの」でしかない。
? 議事録作成は放送法41条で経営委員長(2018年12月24日以後は被告森下)に課された法的義務である。
しかも、議事録作成義務が免除されることは一切ない。
? よって、「のようなもの」ではない、法が求める適式のものとして存在する議事録の開示を求める。
? 仮に当該部分の正式な議事録が未作成とすれば、被告森下の明白にして重大な違法であり、経営委員としての不適任を意味し、これを任命した内閣総理大臣の責任も追及されざるも得ない。

審議委員会は何を見たのか?
? 審議委員会答申は、議事録を開示すべきとしている。
? 今まで、4年間も議事録が存在することを前提に手続きが進んできたのに、いきなり「実はない」と言われても・・・・・。

録音データ(未開示記録?)の隠蔽がなされている
? 原告の請求は、「一切の記録・資料」の開示
? 当然、録音・録画も含まれる
? 被告は経営委員会の録音があったことを認めつつ、消去したとしている
? 消去した日も、消去した人も、具体的な作業内容も示すことができない
? 審議委員会の審議にかかっている最重要な録音データを消去するはずがない

本当に消去されたのか?
? 被告森下は、録音は担当者の個人的なメモのようなものでありすでにその担当者が消去したとしている
? 誰が?→答えない
? いつ? →答えない
? どんな作業をしたのか? →答えない
? とにかく「存在しない」とする
? NHK経営委員会のシステムにはバックアップはないのか?

被告森下による「存在しない根拠」その?
? 令和3年4月7日時点における本件録音データの不存在が確認されていること
? 誰が、どうやって確認したのか?
? 存在確認はできても、不存在の確認は難しい

被告森下による「存在しない根拠」その?
? 個人の備忘録として補助的な使用に留まる本件録音データが、それを基に作成された議事録の完成後に廃棄されることに何ら不自然・不合理な点はないこと
? 経営委員長の法的義務である議事録作成であるのに、担当職員の私的活動として録音がなされる不自然さ
? 経営委員長が私的録音を許していたのか?
? データの管理はどうなっていたのか?
? 議事録が作成されていないのに、職員の一存で消去できるのか?

被告森下による「存在しない根拠」その?
? 本件録音データの廃棄は、経営委員会における録音データの一般的な取扱いに従って行われていること
? 「私的録音」だったはずなのに、データ廃棄だけは突然「経営委員会における録音データの一般的な取扱い」に従って行われる矛盾
? 「経営委員会における録音データの一般的な取扱い」とは何なのか具体的には示されない

被告森下による「存在しない根拠」その?
? 既に開示済みである議事経過(粗起こし)に記載された内容以外の内容が本件録音データに含まれていることを疑わせる事情は存在しないこと
? 粗起こしが正確であることは検証不能
? 「かつて録音はあったが削除されていた」と自発的に申告したわけではない
? 原告に指摘されて突然無かったことが確認されていたと主張して、どうして信頼できるか

被告森下による「存在しない根拠」その?
? 録音データは、担当職員が議事録の作成のための個人的な備忘録として補助的に使用するものであって、「NHK役職員が業務上共有することは予定されていないから、本件録音データがNHK情報公開規程(丙36)3条の「開示の求めの対象となる文書」に該当しない
? NHK情報公開規程3条「開示の求めの対象となる文書は、NHKの役職員が業務上共用するものとして保有している文書(電磁的に記録されたものを含む)」

被告森下らの尋問が不可欠
? 被告森下
経営委員長としてどのように議事録を作ったのか、法的義務を果たしたのか、果たさないのならその理由
? 上田元会長
経営委員会に臨席した者として粗起こしの正確性、被告森下の議事録非公表についての違法性の重大さ
? 経営委員会の事務責任者
議事録作成の経緯、録音データの管理

安倍国葬、もともと無理なことだった。すみやかに国葬実施撤回の閣議決定を。

(2022年9月5日)
 安倍国葬反対の声は澎湃として全国を席巻しつつある。そもそも国葬とは、国民の圧倒的多数が死者に対する敬意と弔意を有して始めて成立するものだろう。あらゆる世論調査の結果がその真逆の民意を示している。国葬推進派も、「大多数の国民が、安倍元首相に対しての国を挙げての敬意と弔意の表明を望んでいる」とは、けっして言わない。とうてい、言えない事態なのだ。

 ならば、安倍国葬はもうあり得ない。もともと無理だったのだ。「過ちては改むるに憚ることなかれ」ではないか。また、「過ちて改めざる是を過ちと謂う」とも。岸田君、今こそ君が隠し持っているというあの「国民の声を聞く力」を初めて発揮のときだ。君は不得意なようだが、自分が間違った理由を、国民に丁寧に説明し謝罪すれば、まだ続投の目はある。過ちを認めず、改むるを憚り、結局改めざるの過ちを重ねれば、傷が深くなるばかり。

 傷は浅いうちに治癒すべきが鉄則ではないか。幸い、国葬の実施は国会を通さずに閣議決定で決めただけのものだ。それなら、国葬実施撤回の閣議決定をしさえすればよい。簡単なことだ。

 ところで、国葬反対の理由は、当初は違憲論が主調だった。《安倍国葬》よりは、《国葬》そのものが違憲・違法とする立論。憲法19条・14条違反。あるいは、財政民主主義に反する、そもそも立憲主義に反する…等々。やや、小難しい。

 次第に論調は《安倍国葬反対》に移ってきた。理由は、よく考えて見れば安倍晋三が国葬に値する人物ではないという分かりきったことの再認識。こんな人物を国葬にするなんて、日本の恥ではないかという真っ当な感覚の復活である。「ウソつき晋三の国葬反対」「政治を私物化し忖度文化をはびこらせた安倍の国葬を認めない」「歴史を偽造しヘイトを煽った人物の国葬などとんでもない」「こんな人に、敬意や弔意なんてまっぴら」と、分かり易い。

 しかも、安倍国葬反対の世論高揚に決定的なインパクトとなったのは、統一教会問題だった。岸信介・安倍晋太郎・安倍晋三の三代にわたっての、統一教会との醜悪な持ちつ持たれつの関係の一端が暴かれて世論は急速に変わった。明らかに白けた。

 安倍と教団との相寄る二つの魂をつないだものは、反共という黒い糸。今世論は、安倍晋三と統一教会の関係に敏感な反応を示している。「統一教会の広告塔である安倍晋三の国葬はあり得ない」「統一教会の正体隠しに加担し、霊感商法や高額献金を支援した安倍晋三ではないか。糾弾すべき人物を国葬なんて」「反共・極右の政治信条で統一教会と結びついた安倍晋三の国葬には、危険な政治的意図の臭いがする」…。

 岸田や茂木など自民党幹部は、「統一教会と自民党との接触はない。教会と接触を持っていたのは議員個人でしかない」という論法で、世論をかわそうとしているようだが、さてどうだろうか。自民党と統一教会・勝共連合とが公式には接触していないのか、今のところは分からない。しかし、統一教会は、信介・晋太郎・晋三と自民党の要職を嗣いできた世襲三代と親密な関係を築いてきた。何よりも、自民党総裁として権勢を欲しいままにしてきた安倍晋三が、統一教会・勝共連合とは抜き差しならぬ関係にあったのだ。

 他の議員のことは後回しにしても、安倍晋三と統一教会・勝共連合との抜き差しならぬ親密な関係を徹底して真っ先に調査すべきが、自民党の世論に対する責務であろう。いま、これをやる気があるのかが問われている。

 自民党の幹部は、「亡くなった人への調査には限界がある」と言っているそうだが、そりゃまるで安倍流の流の嘘だ。「限界」は調査回避の口実に過ぎない。安倍晋三が生存していたとて、任意の自白をするはずはない。そのことは、モリ・カケ・サクラで、国民が身に沁みている。むしろ、安倍なき今こそ、安倍に忖度のない調査環境が調ったと言うべきである。安倍なき今だからこそ、遠慮のない徹底した調査が可能となってる。その上で、あらためての安倍晋三の身体検査がどのくらいできるのか、自民党自身が、その自浄能力の有無を問われているのだ。

 それにしても、泉下の安倍晋三の心情を忖度するに、国葬は迷惑至極な押し付けであろう。家族葬だけにしておけば、銃撃の犠牲者であったものを、国葬なんぞにしようとするから、「ウソつき」「政治の私物化」「ヘイト、歴史修正主義者」「反共・霊感商法擁護」と生前の悪行を暴かれ数え上げられているのだ。自らの不徳の致すところとはいえ、気の毒ではないか。安倍晋三自身のためにも、一刻も早く、安倍国葬実施の撤回をしてあげるべきだと思うのだが。

NHK森下俊三経営委員長の責任を問う。《NHK文書開示請求訴訟》次回9月6日(火)法廷。

(2022年9月4日)
 NHKと森下俊三経営委員長の両名を被告として、NHKの報道姿勢と総理大臣任命の経営委員会のあり方を根底から問う《NHK文書開示請求訴訟》。その第4回口頭弁論が、以下の日程で開かれます。
 9月6日(火)午前11時
 東京地裁103号法廷

 今回の法廷では、原告主張の要約をパワーポイントを使って、原告代理人(澤藤大河)が説明いたします。原告の一人浪本勝年さん(元立正大学教授・教育学)の意見陳述もあります。ぜひ傍聴をお願いいたします。

 なお、今回傍聴券の配布はありません。先着順に103号に入廷してください。コロナ対策としての空席確保の措置はありませんので、傍聴席の座席数は十分だと思われます。
 また、引き続いて下記の報告集会を開催いたします。
  同日午後1時から、
  参議院議員会館102会議室

 こちらにも、ご参加下さい。時間をかけてのご報告をいたします。意見交換の機会もあります。

 この訴訟で開示を求めている最重要文書は、2018年10月23日経営委員会議事録の未公表部分です。公表されているこの日の会議の議事録には、経営委員に不都合な経過の記載が欠落しているのです。

 この日の経営委員会で驚くべきことが起こりました。経営委員会は、呼びつけた上田良一NHK会長に『厳重注意』を言い渡したのです。しかも、その理由がとうてい看過し得ません。

 NHKの良心的番組「クローズアップ現代+」が、「かんぽ(生命)保険不正販売」問題を放映したところ、加害者側の日本郵政がこの番組をけしからんとして、NHKに圧力をかけてきました。経営委員会は、この外部の圧力から番組制作を護らなければならない立場であるにかかかわらず、なんとその正反対のことをしでかした。当時経営委員会委員長代行だった森下俊三らは、日本郵政の上級副社長鈴木康雄らの番組攻撃に呼応して、番組制作現場への圧力を加える『会長厳重注意』を強行したのです。

 公共放送であるNHKの適正な運営を確保するための経営委員会が暴走して、番組制作現場とNHK執行部を攻撃している構図なのです。NHKの最高機関が、NHKの放送の自由を侵害しているのです。こんな経営委員を任命したのが、安倍晋三。国葬なんぞ、とんでもない。

 放送法41条は、経営委員会委員長に経営委員会議事録の作成と公表を義務付けています。しかし、公表されている議事録に、『会長厳重注意』の部分は抜け落ちています。しかも、一定の場合、議事録公表義務には免除の規定がありますが、議事録作成義務の免除の余地はありません。ですから、「公表されてはいなくても、存在するはずの議事録を開示せよ」というのが原告の請求です。

 もっとも、本件の提訴後原告には「議事録のようなもの」(「粗起こしの議事録草案」と言われる)が開示されてはいます。しかし、これは議事録ではありません。法が必ず作成せよと命じているのですから、正式の議事録はあるはずと言わねばなりません。

 「のようなもの」ではない、正式の議事録を開示せよ、というのが原告の要求で、仮にもし被告森下が議事録を作成もせず、公表もしていないとなれば、明白で重大な法律違反です。おそらくは、番組制作への介入を禁じた放送法32条2項に違反したことを正式な議事録に残したくないのです。違法を恥じない人物が、NHKの最高幹部になって、NHKの放送の自由を攻撃しているのです。総理の任命責任は重大で、現内閣には罷免を求めなければなりません。

 そして、もう一つの問題は、「議事録のようなもの」の原資料である録音データです。「のようなもの」には作成者の記載はなく、正確性を確認する術はありません。そこで、録音記録を開示せよと要求したら、なんと「消去しました」というのです。バックアップもとっていないという。どこかで聞いたような話。

 えっ? こんな大事なものを簡単に消去? いつ、誰が、どうして、誰の指示で?と問い質しても、けっして回答しないのが森下俊三さん。まったく困ったお人です。

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《NHK文書開示請求訴訟》経過

◎2021年4月7日 文書開示の求め(その後、2度の延期)
◎2021年6月14日 第1次提訴 (原告104名・被告2名)
 ・被告NHKに対する文書開示請求
  開示対象は2グループの文書だが、
  その主たるものは、下記経営委員会議事録の未公開部分
   「第1315回経営委員会議事録」(2018年10月 9日開催)
   「第1316回経営委員会議事録」(2018年10月23日開催)上田会長厳重注意
   「第1317回経営委員会議事録」(2018年11月13日開催)
 ・被告両名に対する損害賠償請求(慰謝料・弁護士費用、原告一人2万円)
◎同年   7月9日 NHK「3会議の議事録・粗起こしの草案」(「議事録の原告らに開示
(◎同年 9月16日 第2次提訴 (原告10名・被告2名)1次訴訟に併合)
☆同年  9月15日 被告NHK答弁書(現時点では対象文書は全て開示済み)
★同年  9月21日 被告森下答弁書(不法行為はない、請求棄却を求める)
◇同年  9月23日 原告 被告NHKに対する求釈明
◇同年  9月24日 原告 甲1の1?4 NHK開示文書提出
◎同年  9月28日 第1回口頭弁論期日
(西川さん・長井さん・醍醐さんの原告3名と代理人1名の意見陳述)
☆同年 12月 3日 被告NHK準備書面(1)「現時点で、所定の議事録作成手続は完了しておらず、放送法41条の定める議事録とはなっていない」
★同年 12月 3日 被告森下 準備書面(1) 「本件各文書はいずれも開示済」と言いながら、「粗起しのもので、適式の議事録でない」ことを自認している。
★同日        被告森下丙1?32号証 提出
◇2022年1月12日 原告第1書面(被告森下の求釈明に対する回答)提出
☆同年   1月17日 被告NHK 乙1(放送法逐条解説・29条部分)提出
◎同年   1月19日 第2回口頭弁論期日
★同年   2月28日 被告森下 準備書面(2)
◇同年   3月 2日 原告第2準備書面
◇同年   4月 7日 原告第3準備書面
☆同年   4月22日 被告NHK 準備書面(2)
★同年   4月22日 被告森下 準備書面(3)
◎同年   4月27日 第3回口頭弁論期日
◇同年   4月28日 原告第4準備書面(求釈明)
★同年   6月14日 被告森下 準備書面(4) (電磁記録は消去済みである)
◇同年   7月 1日 原告第5準備書面(求釈明)
◎同年   7月14日 進行協議
★同年   8月22日 被告森下準備書面(5)  (求釈明に対する回答)
◇同年   8月30日 原告第6準備書面
◎同年   9月 6日 第4回口頭弁論期日(予定)

死もまた社会奉仕、あるいはまた政界浄化の政治貢献である。

(2022年9月3日)
 毎日新聞に毎月一回の大型コラム「時の在りか」。ベテラン政治記者伊藤智永の健筆で、知らないことを教えてくれる。本日は、「石橋湛山は国葬に反対した」。石橋湛山の山県有朋国葬反対を評価する立場からの、「安倍国葬」論である。さすがに読ませる。が、途中の違和感ある一文ですっかり白けた。

 「明治の元勲、山県有朋が83歳で病没したのは1922(大正11)年2月。時に37歳の雑誌「東洋経済新報」記者、石橋湛山(後の首相)は「死もまた社会奉仕」とコラムに書いた。」

 石橋湛山よくぞここまで書いたもの、また東洋経済よくぞこの記事を掲載したものと感嘆せざるを得ない。今、安倍晋三の死を「社会奉仕」「政治浄化への貢献」と、公然と論じるメディアは見当たらない。大正デモクラシー侮るべからずである。

 「山県の国葬予算に議員2人が反対したのも変化の表れだった。湛山は…親の葬式さえ出せない貧民が多いのに、彼らも納めた間接税で山県の葬式を行うのかという批判に賛成する。反対演説中、衆院議長は「他人の身上を論議するな」と制した。湛山は問う。国葬にすることがすでに山県への評価である以上、議長の整理は自己矛盾だ。それこそ国葬なるものの不自然さを示すものに他ならない、と。」

 「(山県)国葬当日は雨上がりで寒かった。1万人収容の仮小屋に数百人しか参列せず、議員数人の他は軍人と官僚ばかり。たまたま1カ月前、同じ東京・日比谷公園で行われた政敵、大隈重信の国民葬に30万人が詰めかけ、沿道に100万人が並んだ盛況との明暗を、毎日新聞の前身・東京日日新聞は『大隈侯は国民葬 きのうは<民>抜きの<国葬>で 中はガランドウの寂しさ」と伝えた。」

 このあたりは、面白い。伊藤自身の国葬に対する姿勢は、以下のようにまとめられている。

 「1883年の岩倉具視以下、戦前・戦中を通じて皇族・華族・元勲・軍人ら21人の国葬が行われ、大正末に国葬令も制定されたが、敗戦で失効。あくまで天皇主権国家の恩賜であり、国民主権の世では役割を終えた儀式だ。必要なら国民主体の新しい形で、趣旨や対象や条件を法制化するのが筋である。
 1967年、佐藤栄作首相(当時)が吉田茂元首相の葬儀を法的根拠なく閣議決定で「国葬」にしたのは、戦後も「臣茂」を公言した政治の師に対する弟子の恩返しだったらしいが、その後は例がない。やっぱり無理があったのだ。」

 ところが、唐突に、「そもそも天皇ご一家以外の国葬って何だ。」という一文に出くわし、ギョッとし、興醒めし、このコラム全体が色褪せてしまった。伊藤智永はよくもまあこんな文章を書いたものだし、毎日新聞はよくもまあこんな記事を掲載したものと嘆息せざるを得ない。戦後民主主義とは、「表現の自由」の現状とは、こんな程度のものなのだろうか。

 伊藤は「天皇ご一家」と書き慣れてるのだろうか。伊藤の筆はこのような表現に抵抗感はないのだろうか。「そもそも天皇ご一家以外の国葬って何だ」という言葉の響きには、「天皇ご一家の国葬ならあって当然」「天皇ご一家の国葬なら、全国民が弔意を表明しても当然」という立場を感じさせる。とうてい、自覚的主権者の文章ではない。

 天皇や皇族の葬儀なら国葬も当然、国民に弔意を要請しても(強制できるはずのないことは自明)不自然ではないなどと言ってはならない。それは主権者の言葉ではなく、自尊の矜持を捨て去った奴隷の言葉なのだから。権威主義的な政治支配には、このような奴隷の言葉を受容する被治者が必要でなのだ。安倍国葬も天皇の国葬も、主権者として、人権主体として原理的に拒否しなければならない。

 ところで、「週刊金曜日」(9月2日号)《編集委員から》欄の想田和弘コメントに、目が行った。
 「『ツィッターで、安倍氏国葬で黙祷を強制されたら、黙祷の時間どうしますか? 大喜利よろしく』と呼びかけた。すると、『壺を割る』だの『黙々と仕事』だの多数のアイデアが寄せられたが、最も多かったのは『赤木俊夫氏の冥福を祈る』という趣旨のものだった。あなたなら?」

 なるほど。安倍晋三の冥福を祈るよう命じられての黙祷で、実は安倍のために命を奪われたに等しい赤木俊夫さんの冥福を祈ろう、という提案。これぞ、究極の面従腹背。その立場如何にかかわらず、自尊の矜持を護る方法はあるものなのだ。

人権侵害の指摘は内政干渉ではない ー 国連ウイグル報告書への中国反発に思う。

(2022年9月2日)
 「鳥のまさに死なんとするや、その鳴くや哀し。人のまさに死なんとするや、その言うや善し」という。名言の一つだろう。人の引き際の言葉は、真実を語るものという意味だが、引き際にならなければ語りにくい真実もある、ということにもなる。

 私は何度か、定年間際の裁判官から思い切ったよい判決をもらった経験がある。裁判官が有形無形の圧力に抗してその良心を貫くのは、なかなかの難事なのだ。そしてこのことは、どうやら日本の裁判官に限った特別の事情ということでもなさそうだ。

 国連人権高等弁務官バチェレの5年の任期が一昨日8月31日までのことであった。正確にはその任期切れは、ジュネーブ現地時間深夜12時。その10数分前に、バチェレは中国の新疆ウイグル自治区における人権侵害疑惑に関する報告書を公表した。中国の有形の圧力に抗してのこと。事態は、幾重にも深刻といわねばならない。

 バチェレは今年5月23?28日に訪中し、滞在中に新疆の刑務所や職業技能教育訓練センターだった施設を視察し、任期中に報告書を発表する方針を示していた。その言は、かろうじて守られた。

 報告書は46ページ。中国政府の公式文書や統計、それに衛生画像やウイグル族・カザフ族らの男女40人へのインタビューなどを元に作られているとのこと。

 同報告書は、中国政府がテロ対策や「過激派」対策として、新疆ウイグル自治区で深刻な人権侵害を行っていると指摘した。中国政府には「恣意的に自由を奪われた人は直ちに釈放されるべきだ」「深刻な人権侵害の継続、または再発を防止するために迅速な対応が必要」として、13項目にわたる勧告がなされている。

 翌9月1日、国連のグテレス事務総長の報道官は定例記者会見で、この国連人権高等弁務官事務所の報告書で示された勧告を「中国政府が受け入れるよう事務総長は強く望んでいる」と明らかにしている。

 報告書は、多数のウイグル族らを収容した同自治区の「職業技能教育訓練センター」について、「(収容経験者への調査の結果)自由に退所できたり、一時帰宅できた人は一人もいなかった」と指摘した。ウイグル族らは「恣意(しい)的かつ差別的に拘束されている」とした上で、同センターへの収容は「自由の?奪だ」と批判。「人道に対する罪に相当する可能性がある」との見解を示した。

 報告書では、収容を経験した人たちのインタビューが紹介されている。2ヶ月から2年間に及ぶ期間の間、施設から出ることを禁じられたほか、手足を椅子に縛りつけられて通電した警棒で殴られたり顔に水をかけられながら尋問されたりしたという。さらに共産党を賛美する歌を「毎日、できるだけ大きな声で、顔が真っ赤になり血管が浮き出るまで」歌うよう強要されたという証言もあった。
 レイプを含む性的暴行があったと話す人もいた。何が起きたかの説明もないままに集団の前で「婦人科検診」が実施され、「年配の女性は恥じ、若い女子は泣いた」こともあったという。

 これに対する中国の反応が凄まじい。「でっちあげ」と「内政干渉」が反発の柱である。中国の張軍・国連大使は「政治的な目的を持って作られた嘘だ。人権高等弁務官は西側諸国の政治圧力に屈するべきではない」などと述べている。

 中国外務省の汪文斌副報道局長は1日の定例記者会見で「報告は偽情報のごった煮であり、違法かつ無効だ。OHCHRが一部の国外反中勢力の政治陰謀に基づいてずさんな報告をまとめたことは、改めてOHCHRが発展途上国を圧迫し、虐げる米国や西側勢力の共犯者となっていることを示す」と批判。報告書について「60カ国以上の国家が公表に反対した」と指摘し、「不法で無効」「海外の一部反中勢力の政治的なたくらみに基づくでっち上げの報告」「国連を代表するものではない」と主張した。国連側も、約40カ国から公表に反対する書簡を受け取ったとしている。

 なお、中国では同日、報告書について報じたNHK海外放送のニュース番組の放映が中断されたと報じられている。中国メディアはこの件について報道を行っておらず、国内では報告自体を抹殺する構えだという。

 中国が人権侵害の指摘に反発することは興味深い、やはり恥ずべきこととは思っているわけだ。だから、反論は「事実無根のデッチ上げ」だということになる。ならば、事実を全て公開すればよいではないか。あの天皇制帝国も、リットン調査団の調査を妨害することはしなかった。バチェレ報告に疑義があるなら、再度の国連調査を積極的に受け入れるべきだろう。

 そして、お決まりの「内政干渉批判」だ。国連加盟国である中国が、国連の人権活動に内政干渉というのは恥ずべき発言である。そもそも、人権とは国境を越えた普遍性に支えられた法的価値である。むしろ、国家と対峙し、常に国家による侵害に瀕している。その人権侵害国家が、人権擁護を使命とする国際機関に、介入するなという図式は克服されなければならない。

 国際法上は、1993年国連世界人権会議における「ウィーン宣言」が人権の普遍性を確認している。中国の国連に対する「内政干渉批判」は、臆面もなく人権後進国であることを曝け出しているに等しい。中国が世界から、大国にふさわしい敬意を求めたいとするなら、自国民への人権侵害は根絶しなければならない。少なくとも、「内政干渉批判」をあらため、他国のジャーナリストの取材も自由にさせるべきであろう。

「国恥の日」に、「統一教会広告塔安倍」「統一教会ベッタリ晋三」の国葬を思う

(2022年9月1日)
 9月1日、私が名付けた「国恥の日」である。1923年9月1日発生の大震災にともなう混乱の中で、軍と警察に煽動された関東一円の民衆が朝鮮人と中国人を集団虐殺した。侵略戦争と並ぶ日本近代史の汚点であり、国恥というほかはない。

 しかもこの国は以後99年間、この痛ましい被害とおぞましい加害の実態を検証しようとしてこなかった。この態度も国恥である。そして今、被害者たちを追悼する心ある人びとの営みに、敢えて水を差そうというのがこの国の首都の知事・小池百合子なのだ。首都の選挙民は、いまだにこんな人物を選任している。このことこそが本当の国恥なのかも知れない。

 以上のことは、ぜひ下記の過去ログをご参照いただきたい。

https://article9.jp/wordpress/?p=17481
https://article9.jp/wordpress/?p=11012

 さて、もう一つの国恥である。政府は9月27日に安倍国葬を強行するという。私は国葬そのものに反対だが、今回の国葬に反対の理由として分かり易いのは「統一教会ベッタリ」で「統一教会広告塔」である安倍の国葬だからである。「ウソつき晋三」の国葬でもある。こんな人物を国葬とは、これこそ国恥ではないか。

 安倍晋三とは、反共という政治信条で統一教会とベッタリ結びついた恥ずべき政治家である。統一教会信者票をとりまとめこれを動かしていた男。統一教会や勝共連合の幹部とズブズブの関係にあった政治家。実は、こんな輩の長期政権を許していたこの国の民主主義の実態こそが真の恥である。

 それにしても、不可思議なのは岸田文雄という人物の頭の中。昨日の記者会見で「統一教会との絶縁宣言」をしたはず。「関係を断つことを党の基本方針とする」とまで言った。にもかかわらず、 「統一教会ベッタリ晋三」の国葬は強行するというのだ。恥ずかしくないのかね。  

 この国恥、いや安倍国葬の企画については内閣府のホームページで概略を把握できる。URLは以下のとおり。注目しなければならない。

https://www.cao.go.jp/kokusougi/kkusougi.html

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故安倍晋三の葬儀の執行について
令和4年7月22日
閣 議 決 定
1 葬儀は、国において行い、故安倍晋三国葬儀と称する。
2 葬儀に関する事務をつかさどらせるため、葬儀委員長、同副委員長及び同委員を置く。
葬儀委員長は内閣総理大臣とし、同副委員長及び同委員は内閣総理大臣が委嘱する。
3 葬儀は、令和4年9月27日(火)、日本武道館において行う。
4 葬儀のため必要な経費は、国費で支弁する

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故安倍晋三元総理の葬儀について
1.葬儀の主催者 国
2.葬儀の名称 故安倍晋三国葬儀
3.葬儀の日程 令和4年9月27日(火)
4.葬儀の場所 日本武道館
5.葬儀委員長 内閣総理大臣
6.葬儀形式 無宗教形式
7.葬儀の費用 国費

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「故安倍晋三国葬儀」実施概要
令和4年8月 31 日
故安倍晋三国葬儀
葬儀実行幹事会決定
1.日時・場所
・令和4年9月27日(火)午後2時開式
・日本武道館
2.参列者
・現・元三権の長、現・元国会議員、海外の要人、立法・行政・司法関係者、地方公共団体代表、各界代表 等
・最大で約6000人程度
・案内状については9月初から順次発送する。
3.一般献花
・9月27日午前10時から午後4時までの間、日本武道館外に設ける献花台において、一般献花を実施する。
・献花用の花は各自で用意いただく。
4.葬儀当日の会場周辺の立ち入り制限
・国葬儀当日は、日本武道館周辺について参列者以外の立ち入りを制限する

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故安倍晋三国葬儀の当日における弔意表明について
令和4年8月 31 日
葬 儀 委 員 長 決 定
故安倍晋三国葬儀の当日には、哀悼の意を表するため、各府省においては、弔旗を掲揚するとともに、葬儀中の一定時刻に黙とうすることとする。

《NHK文書開示請求訴訟》次回口頭弁論期日・9月6日(火)11時、103号法廷で。

(2022年8月31日)
 NHKと森下俊三経営委員長の両名を被告として、NHKの報道姿勢と内閣任命の経営委員会のあり方を根底から問う《NHK文書開示請求訴訟》。その第4回口頭弁論が、以下の日程で開かれます。
 9月6日(火)午前11時
 東京地裁103号法廷

 今回の法廷では、原告主張の要約をパワーポイントを使って、原告代理人が説明いたします。原告のお一人浪本勝年さんの意見陳述もあります。ぜひ傍聴をお願いいたします。
 
 なお、今回傍聴券の配布はありません。先着順に入廷してください。余裕をもって時間までにお願いいたします。
 また、引き続いて報告集会を開催いたします。
  同日午後1時から、
  参議院議員会館102会議室で

こちらにも、ご参加下さい。資料を配付し法廷よりも時間をたっぷりとって、パワポの解説をいたします。

 この訴訟は、興味津々の進行となっています。提訴以前には意図的に隠蔽されていた問題の経営委員会議事録(「NHK会長を厳重注意した会議の議事録」)ですが、提訴後にそれらしきものが出てきました。いま、問題は「粗起こしの議事録草案」と言われる、「議事録みたいなもの」の取り扱いが問題となっています。

 放送法第41条は、経営委員会委員長(被告森下俊三)に経営委員会議事録の作成と公表を義務付けています。この「公表」の実行は、NHKがそのインターネットホームページ(NHKの公式サイト)に掲載して、視聴者の誰もが閲覧できるようにすることになっています。NHKは準備書面において、経営委員長(被告森下)の指示さえあれば、ホームページへの掲載に何の差し支えもないことを明言しています。

 放送法で義務付けられている経営委員会議事録の公表がなぜ実現しないのか。その責任は、NHK執行部にではなく、もっぱら被告森下俊三の側にあることが明白になりつつあります。放送法32条2項によって禁じられている番組編成に対する露骨な介入の違法を隠蔽しようという動機以外には考えられません。

 しかも、一定の場合、議事録公表義務には免除の規定がありますが、議事録作成の免除はありません。だから、「公表されてはいなくても、存在するはずの議事録を開示せよ」というのが原告の主張です。もし被告森下が議事録を作成もせず、公表もしないとなれば、明白で重大な法律違反です。任命した安倍内閣の責任も生じますし、現内閣には罷免事由になるものと考えます。

 そして、もう一つの問題は、「議事録みたいなもの」の原資料である録音データです。この資料は作成者の記載はなく、正確性を確認する術はありません。そこで、録音記録を出せと要求したら、何と、「消去しました」というのです。

 えっ? こんな大事なものを簡単に消去? いつ、誰が、どうして、誰の指示で消去したの? バックアップはあるはずでしょう? と問い質したのですが、大事なことはけっして回答しません。森下俊三、そりゃひどい。
 法廷では、この点をパワーポイントを使って、原告代理人が説明いたします。

 もとはと言えば、「クローズアップ現代+」の「かんぽ生命保険違法勧誘問題」報道に端を発した「会長厳重注意の議事録」隠蔽問題です。放送法違反の違法行為を重ねた被告森下俊三の責任だけでなく、これを選任した政権の責任問題が浮かび上がっています。そして、森下を罷免しない現政権の責任も。

 NHKが暴走することのないよう、放送法は、NHKの最高意思決定機関として経営委員会を置き、その重責を担う経営委員12名を「国民の代表である衆・参両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命する」という制度設計をしました。当然に良識を備えた経営委員の選任を想定してのことなのです。

 ところが、この経営委員の選任が、安倍政権以来ムチャクチャというしかないのです。政権の思惑で送り込まれた、明らかな違法をして恥じない経営委員たちが、今回の事件を起こしているのです。この訴訟は、その問題に切り込んでいます。
 ぜひとも、ご注目ください。傍聴にも、報告集会にもお越しください。

被疑者山上徹也の弁護人の発言はないのか。

(2022年8月30日)
 世は、安倍国葬と統一教会への対応で揺れている。岸田内閣の支持率は大きく低下し安閑としておられない事態となった。黄金の3年間どころではない。泥沼の政権運営となりつつある。

 何もしないことで支持率を保ってきた岸田政権だったが、決断して動いたことで世論の批判を招くことになった。安倍国葬と内閣改造である。その発端は、安倍晋三銃撃事件。銃撃犯山上徹也の動機は、統一教会への復讐であったという。なぜ、安倍銃撃が統一教会への復讐となるのか、その理由が明らかになるにつれて、統一教会批判が大きな世論となった。統一教会批判は、これとの結びつきを暴かれた安倍への批判にも跳ね返り、安倍国葬反対の世論が噴出した。慌てた岸田は、統一教会との結びつきを指摘された閣僚を挿げ替えようとしての内閣改造に失敗して、さらなる窮地に陥っている。

 あらためて確認しておこう。統一教会とは、宗教団体(カルト)であり、反共政治団体であり、かつ経済的収奪組織である。

 山上徹也は、安倍晋三銃撃という手段で、この三位一体構造を撃った。反共政治団体としての統一教会が反共政治家と緊密に結びついていたからこそ、安倍晋三銃撃が統一教会全体を撃つことになったのだ。

 その山上徹也の現在の動向を知りたいと思うのだが、まったく報道がない。現在鑑定留置中で、その期間は7月25日から11月29日までとされている。長い。そして、常識的にこの被疑者が刑事責任能力を欠如しているとは考え難い。

 まさか、検察側に山上を心神喪失者として起訴を避け、公開の法廷で安倍晋三と統一教会との癒着の立証を回避したいということではなかろう。とすれば、国葬が終わるまではできるだけの世論の静謐を保ちたいとの政権の思惑を忖度してのことなのだろうか。

 ともかく、間接的にもせよ、今山上が何を考えているかを知りたい。起訴前弁護を受任している弁護士がいるはずではないか。被疑者本人に代わって語るべきことはないのだろうか。

 近しい弁護士から教えられた。山上徹也の伯父(徹也の亡父の実兄)は、どうやら大阪弁護士会に所属していた29期の弁護士であるようだ。現在はリタイアしているが、信頼できる弁護人を紹介することは容易な立場だ。また、奈良弁護士会が複数の被疑者国選弁護人を推薦したとも聞く。

 弁護人が山上本人と接見して社会の様子を伝え、その意向を確認したうえで発言を控えているのならそれでよい。が、予想される裁判員裁判で、選任される裁判員が山上にとっては不本意な報道による思い込みにさらされないとも限らない。鑑定留置中に接見できるのは、弁護人だけである。被疑者のスポークスマンとして果たさなければならない役割もあるのではないか。

『DHCスラップ訴訟』「松の廊下事件」紹介 ー 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第206弾

(2022年8月29日)
 本日は、私の誕生日。夏の終わりの誕生日、誰も気にする人とていない、のだが、「お誕生日おめでとうございます」の便りが届いた。 はて? 私の誕生日を知る人とてないはずだが…。たよりの末尾に、「2014年のお誕生日とは違う、よい誕生日でありますように」という一文。ああ、この方、『DHCスラップ訴訟』を細かく読んでくださったのだ。

 DHC・吉田嘉明から、私に2000万円の名誉毀損損害賠償請求の訴状が届いたのが2014年5月16日。その後当ブログで反撃に出たところ、2000万円の請求が6000万円に跳ね上がった。その、6000万円請求拡張記念日が2014年8月29日、はからずも私への高額な誕生日プレゼントとなった。

 この方の読後感も、「松の廊下事件」に言及している。献本差し上げた方からの暑中見舞い・残暑見舞いの中のこの本の感想が面白い。私と妻のことを知っている人は、口を揃えて「東京高裁松の廊下事件」のくだりが一番面白い、とおっしゃる。それは、そうかも知れない。その一節の抜き書き。

?東京高裁「松の廊下」事件
 反撃訴訟結審の日のこと、思いがけない小事件が出来した。私の妻・政子の筆になる一文を記録しておきたい。

 「閉廷します」と裁判官3名が正面扉の奥に消えると同時に私は素早く、傍聴席後ろにある出入り口の前に立った。
 6年余り、1回も休まずこの裁判傍聴に通っていたので、DHC吉田氏側代理人の今村憲弁護士と会うのは、これが最後の機会と思ったからだ。今村弁護士は、判決の法廷には姿を見せないし、いつも法廷が終わるとさっと消えるように法廷を立ち去ることも知っていた。
 いつもの通りそそくさと帰りを急ぐ今村弁護士の前に立ちはだかって、私は声を上げた。「今村さん、私は澤藤の妻です。今日で法廷が終わりなので、もうお会いすることもないでしようから、一言申し上げたいのです。…本当にこの6年間、大きな迷惑を被りました。こんな裁判の代理人をして、弁護士として恥ずかしくないのですか」と一気に言った。それに対して、今村弁護士は「ハア」と言いながら廊下に出ようとした。相手にしたくはないという感じ。
 続いて私も廊下に出て、しつこいと思いながらも「こんな事件の代理人をして恥ずかしくないんですか」と、再び言い募った。すると今村弁護士は、「仕事ですから」とだけ言いながら、脱兎のごとく駆け出した。私は思わず追いかけた。「あなたは仕事ならなんでもするのですか」「こちらにはたいへんな迷惑ですよ」と大声で言いながら、東京高等裁判所の長い広い廊下を大の男が逃げ、小さな白髪の私が追いかける珍妙なことになってしまった。
 おそらくこの人は、これまでこんな羽目に陥ったことが一度もないんだろう。でも逃げるんだから、きっとやましい思いはあるに違いない。そう思いながら追いかけた。弁護士が逃げるので同伴していたDHCの社員らしき人も必死について行く。
 それを私がわめきながら追いかける。法廷から出てきた私の息子が、これもなにごとならんと追いかけてくる。思い出せば思い出すほどにおかしい。
 今村弁護士も、きっと悪人じゃないんだ。他人には言えない事情があって代理人引き受けたんだろうなとは思ったが、それでもこんなことはやっちゃいけない。もう2度と、こんなみっともない仕事をすることがないようにと心から祈るばかり。
 息子(澤藤大河弁護士)には忘れられない情景になったろう。どんな事情があろうとも自分は、こんな恥ずかしいことはするまいと心に刻んだに違いない。

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DHCスラップ訴訟 」ースラップされた弁護士の反撃そして全面勝利

著者名:澤藤統一郎
出版社名:日本評論社
発行年月:2022年07月30日

≪内容情報≫
批判封じと威圧のためにDHCから名誉毀損で訴えられた弁護士が表現の自由のために闘い、完全勝訴するまでの経緯を克明に語る。

【目次】
はじめに
第1章 ある日私は被告になった
1 えっ? 私が被告?
2 裁判の準備はひと仕事
3 スラップ批判のブログを開始
4 第一回の法廷で
5 えっ? 六〇〇〇万円を支払えだと?
6 「DHCスラップ訴訟」審理の争点
7 関連スラップでみごとな負けっぷりのDHC
8 DHCスラップ訴訟での勝訴判決
9 消化試合となった控訴審
10 勝算なきDHCの上告受理申立て
【第1章解説】
DHCスラップ訴訟の争点と獲得した判決の評価 光前幸一

第2章 そして私は原告になった
1 今度は「反撃」訴訟……なのだが
2 えっ? また私が被告に?
3 「反撃」訴訟が始まった
4 今度も早かった控訴審の審理
5 感動的な控訴審「秋吉判決」のスラップ違法論
【第2章解説】
DHCスラップ「反撃」訴訟の争点と獲得判決の意義 光前幸一

第3章 DHCスラップ訴訟から見えてきたもの
1 スラップの害悪
2 スラップと「政治とカネ」
3 スラップと消費者問題
4 DHCスラップ関連訴訟一〇件の顛末
5 積み残した課題
6 スラップをなくすために
【第3章解説】
スラップ訴訟の現状と今後 光前幸一

あとがき
資料(主なスラップ事例・参考資料等)

https://nippyo.co.jp/shop/book/8842.html

石川啄木と難波大助と山上徹也と

(2022年8月28日)
よく知られた啄木の短い詩に、「ココアのひと匙」がある。

われは知る、テロリストの
かなしき心を――
言葉とおこなひとを分ちがたき
ただひとつの心を、
奪はれたる言葉のかはりに
おこなひをもて語らむとする心を、
われとわがからだを敵に擲げつくる心を――
しかして、そは真面目にして熱心なる人の常に有つかなしみなり。

はてしなき議論の後の
冷めたるココアのひと匙を啜りて、
そのうすにがき舌触りに、
われは知る、テロリストの
かなしき心を。

 明らかに、「おこなひをもて語らむとする心」を肯定したテロリストへの共感が詠われている。この詩には、「一九一一・六・一五 TOKYO」と付記があるが、同じ日付の詩に、「はてしなき議論の後」がある。「われらは何を為すべきかを議論す。されど、誰一人、握りしめたる拳に卓をたたきて、‘V NAROD!’と叫び出づるものなし」という、あの鮮烈な言葉。こちらは、理論倒れで行動に出ることの出来ない軟弱な自分を責めている趣きがある。

 啄木がこの詩を編んだ1911年の1月18日、「大逆事件」の判決が言い渡されている。幸徳秋水以下24名が死刑となった。罪名は大逆罪、よく知られているとおり、「(天皇等に)危害ヲ加ヘ又ハ加ヘントシタル者ハ死刑ニ處ス」という条文。「危害ヲ加ヘントシタ」だけで死刑、未遂でも、予備・陰謀でも、死刑なのだ。他の刑の選択の余地はない。

 管轄は大審院、一審にして終審である。上訴はない。早々と1月24日に11名、25日に1名の死刑が執行された。他は、「天皇の慈悲による」特赦で無期刑に減刑という。恐るべし天皇制、恐るべし天皇制刑法とその運用。ムチャクチャというほかはない。

 こんな時代、「奪はれたる言葉のかはりに おこなひをもて語らむとする心」に共感を寄せつつも、「冷めたるココアのひと匙を啜りて、そのうすにがき舌触りに、われは知る、テロリストのかなしき心を」と唱うことが精一杯であったろう。

 啄木はかなり詳細に、大逆事件でっち上げの経過を知っていたようである。従って、啄木が共感したテロリストを秋水とするのは当たっていないようだ。

 むしろ、啄木没後の1923年、関東大震災直後の虎ノ門事件(1923年12月27日)における難波大助の方がテロリストのイメージに近い。当時の皇太子裕仁(摂政)をステッキを改造した仕込銃で狙撃した。銃弾は車の窓ガラスを破って同乗していた東宮侍従長車が軽傷を負ったが皇太子にはかすり傷も負わせなかった。それでも、死刑である。

 これは大事件だった。震災復興を進めていた第2次山本権兵衛内閣は引責による総辞職を余儀なくされた。警視総監から道すじの警固に当った警官にいたる一連の「責任者」の系列が懲戒免官となっただけではない。犯人の父はただちに衆議院議員の職を辞し、門前に竹矢来を張って一歩も戸外に出ず、郷里の全村はあげて正月の祝を廃して「喪」に入り、大助の卒業した小学校の校長ならびに彼のクラスを担当した訓導も、こうした不逞の徒をかつて教育した責を負って職を辞した、と丸山眞男の「日本の思想」(岩波新書)の中に、「國體における臣民の無限責任」という小見出しで記されている。

 山上徹也は皇太子ではなく、元首相を銃撃した。こちらは既遂である。時代は変わった。難波大助に比較すれば、まともな裁判を受けることができるだろう。そして、今、世論の風当たりは山上にけっして厳しくなくなっている。

 さて、仮に石川啄木が今にあって山上徹也に、「われは知る、テロリストの かなしき心を」と共感を寄せるだろうか。私は思う。けっしてそんなことはない。あの時代の、あの天皇制の苛酷な支配下の大逆事件であればこそ、啄木は「テロリストへの共感」を詩にし得た。今の世、山上の行動への共感は詩にならない。

 今の世、まだ言葉は奪はれてはいない。奪われた言葉のかはりにおこなひをもて語らむとする心は、詩にも歌にもならない。
 やはり100年無駄には経っていないのだ。私はそう思う。銃撃に倒れた安倍晋三をいささかも美化してはならないにもせよである。 

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