憲法記念日に平和的生存権を語る
2018年5月3日。日本国憲法施行から71年目となる憲法記念日。アベ改憲策動のせめぎ合いの中でこの日を迎えている。改憲派・改憲阻止派ともボルテージは高いが、公平に見て改憲阻止派の勢いが圧していると言って差し支えなかろう。
本日の両勢力のメインとなる集会について、毎日新聞は次のように伝えている。
改憲を目指す「美しい日本の憲法をつくる国民の会」のフォーラムには約1200人(主催者発表)が参加。安倍晋三首相のビデオメッセージが流され、気象予報士でタレントの半井小絵氏が「北朝鮮の核・ミサイル開発など危機的な状況にもかかわらず、国会では大切な議論が行われていない」と述べた。
改憲反対の署名活動を展開する護憲団体などの集会では、野党4党トップも演説。約6万人(主催者発表)が参加して安倍政権退陣を訴え、和光大の竹信三恵子教授は「平和ぼけという言葉があるが、憲法のありがたみが分からなくなっている」と警鐘を鳴らした。
本日の朝刊各紙の社説のタイトルを並べてみよう。
朝日新聞 「安倍政権と憲法 改憲を語る資格あるのか」
毎日新聞 「引き継ぐべき憲法秩序 首相権力の統制が先決だ」
日本経済新聞 「改憲の実現にはまず環境整備を」
読売新聞 「憲法記念日 自衛隊違憲論の払拭を図れ」
産経新聞 「憲法施行71年 『9条』では国民守れない 平和構築へ自衛隊明記せよ」
東京新聞には本日社説の掲載はない。が、一面トップの大見出しが「9条 世界の宝」である。社会がもっている各紙のイメージどおりの内容の社説となっている。
朝日・毎日・共同の各世論調査が、いずれも安倍政権下での改憲には、過半数が反対している。そして、安倍政権がなくなれば、改憲は遠のくことになる。「アベのいるうち、各院に3分の2の改憲議席があるうち」。これが、千載一遇の改憲のチャンスなのだ。
昨日(5月2日)発表の朝日の調査の一節。
今回の憲法に関する全国世論調査(郵送)では、2020年までの改憲をめざす安倍晋三首相と国民との隔たりがはっきり表れた。国民が求める政策優先度でも「憲法改正」は最下位。安倍首相は「新しい時代への希望を生み出すような憲法を」と語るが、その意気込みは国民に広く伝わっていない。
◆次の政治課題の中で、あなたが安倍首相に優先的に取り組んでほしいものに、いくつでもマルをつけてください。
景気・雇用 60
高齢者向けの社会保障 56
教育・子育て支援 50
財政再建 38
震災復興 34
外交 23
安全保障 32
原子力発電・エネルギー16
憲法改正 11
その他・答えない 4
朝日が9項目上げた政治課題の中での最低の数字。しかも、「いくつでもマルを付けてください」に、わずか11%の選択。「景気・雇用」「 高齢者向けの社会保障」「教育・子育て支援」が国民にとっての最優先課題であるのに比して、「憲法改正」は最劣後課題と言ってよい。「アベのいるうち」でなくては、改憲問題が喫緊の政治課題になるはずはないのだ。
また、産経新聞・阿比留瑠比(論説委員兼政治部編集委員)の署名記事が興味深い。「国会は国民の権利を奪うのか 憲法改正の時機を失っては悔やみきれない」と題するもの。
同記事は、こう言う。
「そもそも、国会でかつてなく改憲派・改憲容認派の議員が多い今は、千載一遇のチャンスである。与党内からは『国民世論が盛り上がっていない』という声も聞くが、国会が論議をリードしなければ、世論が高まるきっかけも生まれない。」「ポスト安倍候補に挙げられる政治家の中に、安倍首相ほど憲法改正に意欲を示す者はいない。安倍政権のうちにやらなければ、もう憲法改正はずっとできないというのは、衆目の一致するところである。この機を逃して、自民党はいつ『党の使命』を果たすつもりなのか。今やらなければ、長年にわたり、『やるやる詐欺』で有権者をたばかってきたといわれても仕方がないだろう。」「もちろん、改憲を使命とする自民党と長く連立を組んできた公明党にも、議論を前に進める義務と責任があるのは言うまでもない。」
?「現行憲法は施行71年を迎えたが、この間、国会は一度も改正の発議をしていない。従って国民は、憲法に関して意思表示をする機会を、今まで全く与えられてこなかった。憲法は改正条項(96条)を備えており、社会の必要や時代の要請に応じた改正を当然の前提としている。そして国会が発議した改憲案に対し、是非の意思表示をするのは国民の権利であり、その機会はつくられてしかるべきだ。憲法改正の国民投票が実施されれば、独立後初めてのことであり、画期的な意義を持つ。」「自民党をはじめとする国会の不作為でその時機を失うことがあれば、悔やんでも悔やみきれない。」
「アベのいるうち、3分の2の議席があるうち」が千載一遇のチャンスとの認識のもと、改憲世論が盛り上がらないことを焦りもし、嘆いてもいるのだ。
私には、「他人の嘆きは蜜の味」という趣味はない。が、産経の焦りや嘆きを、人権や平和への朗報と認識する理性は持ち合わせている。
本日は、有明に参集の6万人の内の1人にはならなかった。 立川の柴崎学習館で行われた憲法集会に招かれた。「やめよう改憲 生かそう平和憲法」というメインタイトル。例年続けて、32回目となる地域の「手作り憲法集会」。参加者は200人弱といったところ。熱気のあふれる立派な集会だった。
私は、求められたタイトル「憲法を支える平和的生存権」での2時間余の講演。いささかくたびれた。
以下は、レジメの一部
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第1 憲法記念日にちなんで
1 日本国憲法は、大日本帝国憲法の改正手続によって成立している。
主権者が、国民投票という形での直接の関与をしていない。
2 第90帝国議会が日本国憲法の制憲議会となった。貴衆両院の審議を経て46年10月29日枢密院が「修正帝国憲法改正案」を可決。同日、天皇がこれを裁可した。その後、11月3日(明治節)を選んで、国民主権を明記した日本国憲法を、旧主権者である天皇が公布した。
その日天皇(と妻)が出席した「日本国憲法公布記念祝賀都民大会」開催。
3 その6か月後の47年5月3日、日本国憲法施行。皇居前広場で「日本国憲法施行記念式典」開催(天皇出席)。官民あげての祝賀ムード。翌年から5月3日は国民の祝日・憲法記念日(「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する」)とされている。
4 戦後の「逆コース」以来、政権を担う陣営が憲法に冷淡で「改憲」を掲げ、野党陣営が「改憲阻止」「護憲」のスローガンを掲げる図式が定着。改憲(阻止)問題は、一貫して、最大級の政治課題となってきた。
5 天皇制の残滓が染みついている憲法だが、まぎれもなく人権尊重・国民主権・平和主義に立脚した普遍性をもつ現代憲法。これを後退させてはならない。
6 日本国憲法は「勝ち取った憲法」と「与えられた憲法」の両側面がある。権力側からの改憲策動に抵抗する国民運動の積み重ねが、徐々に日本国憲法の「勝ち取った憲法」としての側面を拡大しつつある。
第2 日本国憲法が危ない(改憲スケジュールの現段階)
1 これまでも、憲法の危機は何度もあった。
憲法敵視の保守政権が続く限り、革新派が「護憲派」となる「奇妙な」構図。
(自民党は、立党以来「自主憲法の制定」を党是としている)
そのたびに、国民は改憲を阻止することで、憲法を自らの血肉としてきた。
(日本国民は、日本国憲法制定に際して国民投票をしていないが、権力に抗して、70年余これを守り抜くことで、日々、自らの憲法として獲得してきた)
2 今回の「安倍改憲」は、前例のない具体的スケジュールをもっての改憲案。
◎手続的法制が整備されている。国民投票法・国会法の改正済み。
⇒参照・別添資料? 「改憲手続き法(概要)」
同 ? 「改憲手続き概要図」
◎両院とも「改憲派」の議席が、3分の2を超えている。
◎「アベのいるうち」、「3分の2の議席あるうち」が千載一遇のチャンス。
(つまり、「アベの退陣」「国政選挙の護憲派勝利」が改憲を阻止する鍵)
3 経過
※2017年5月3日 右翼改憲集会へのビデオ・メッセージと読売紙面
「アベ9条改憲」提案 9条1項2項は残して、自衛隊を憲法に明記。
その種本は、日本会議の伊藤哲夫「明日への選択」論文。
「力関係の現状」からの現実性ある提案というでなく、
意識的に「護憲勢力の分断」を狙う戦略的立場を明言している。
「自衛隊違憲論派」と「自衛隊合憲(専守防衛)派」の共闘に楔を。
実質的に「自衛隊違憲論派の孤立化」が狙われており、警戒を要する。
※同年12月20日 自民党 憲法改正推進本部とりまとめ
改憲4項目 「9条改憲」「緊急事態」「参院合区解消」「教育の充実」
⇒参照・別添資料? 「法律家6団体声明(抜粋)」
※自民党憲法改正推進本部・3月14日役員会
細田博之本部長は9条2項(戦力不保持)を維持、削除・改正する七つの条文案を提示。
▼現行9条
1項 国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄
2項 陸海空軍その他の戦力を保持しない。国の交戦権を認めない
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▽2項削除案
(1)総理を最高指揮官とする国防軍を保持(9条の2)
(2)陸海空自衛隊を保持(9条2項)
▽2項維持案(自衛隊を明記)
(3)必要最小限度の実力組織として、自衛隊を保持(9条の2)
(4)前条の範囲内で、行政各部の一として自衛隊を保持(9条の2)
(5)前条の規定は、自衛隊を保持することを妨げない(9条の2)
▽2項維持案(自衛権を明記)
(6)前2項の規定は、自衛権の発動を妨げない(9条3項)
(7)前2項の規定は、国の自衛権の行使を妨げず、そのための実力組織を 保持できる(9条3項)
※以上の(3)案が最有力とされたが、この日細田本部長一任取り付けに至らず。3月22日までに、(3)から、「必要最小限度の実力組織として」を削除した案で一任取り付けとの報道。しかし、党大会での発表に至らず。
※予定では、3月25日自民党大会までに「改正原案」自民案を党内一本化
その後に、改憲諸政党(公・維・希)と摺り合わせ? →改正原案作成
今通常国会(6月20日まで)に原案発議⇒18年末までに改正案発議。
⇒19年春国民投票⇒20年のオリンピック開会までに改正憲法施行。
※改憲派の思惑のとおりには、進行していない。
アベの求心力弱体化で、3月25日自民党大会条文化は不発。
※国会での手順は、
衆院に『改正原案』発議→本会議→衆院・憲法審査会(過半数で可決)
→本会議(3分の2で可決)→参院送付→同じ手続で可決になると
『改正案』を国民投票に発議することになる。
60?180日の国民投票運動期間を経て、国民投票に。
国民投票運動は原則自由。テレビコマーシャルも自由。
有効投票の過半数で可決。
※19年の政治日程は詰まっている。
統一地方選挙・元号発表・天皇退位・次期天皇の即位の礼・大嘗祭
・参院選(7月)・消費税値上げ。
※今が、勝敗を分ける運動のときだと思う。
19年4月までに国民投票を実施させないためには、3000万署名の成否が鍵。そして、参院選に護憲野党の選挙共闘が3分の1を超す議席を獲得すれば、アベ改憲の当面の危機は乗り切ることになる。
第3 憲法記念日に平和的生存権を語る
1 日本国憲法は平和憲法である。
9条だけではなく、前文から本文・補則の103条まで、丸ごと平和憲法である。過ぐる大戦における惨禍を繰り返さないという決意から生まれた。加害・被害両面の責任の自覚と反省から、戦争と軍備を放棄しようと決意した。
再び負けない強い国家を作ろうという「反省」ではない。
「平和を望むなら戦争の準備をせよ」という思想をとっていない。
2 日本国憲法の構造は、人権保障を基軸に組み立てられている。
近代憲法は「人権宣言(人権カタログ)」の章と「統治機構(制度)」から成る。人権こそが根源的な目的的価値であり、その他は手段・手段的価値と言ってよい。個人の尊厳を価値の根源とし、国家の制度は人権侵害のないよう設計されている。(個人主義・自由主義が根幹で、国家主義・全体主義を排斥している。)
※三権分立とは権力の集中強大化を防止して人権侵害を予防する基本原則。
※信教の自由という人権を保障するために、政教分離という制度がある。
※学問の自由という人権を保障するために、大学の自治という制度がある。
※言論の自由という人権保障のために、検閲の禁止という権力への命令がある。
3 平和も手段的価値であって、人権としての平和的生存権こそが目的価値ではないか。
平和を制度の問題ととらえるのではなく、国民一人ひとりが、平和のうちに生きる権利をもっていると人権保障の問題として再確認する。
※前文第2段落末尾に、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」とある。これを人権保障規定として読み直そうという、先進的憲法学者からの提案。
4 平和を制度の問題とすれば民主的手続によって具体化すべき課題となり、国民個人は選挙を通じた間接民主主義の土俵でしか、関与し得ないことになる。しかし、平和を人権の問題とすれば、民主的手続(≒多数決)によって個人の平和に生きる権利を侵害することは許されない。
5 平和的生存権の、主体、客体、内容、外延はいまだ定まっておらず、生成途上の基本権と言ってよい。これを裁判規範として活用し、政府の戦争政策を法廷活動でストップさせようという試みが、果敢に繰り返されている。
⇒参照・別添資料? 「イラク訴訟名古屋高裁判決(抜粋)」
類似のものとして、首相の靖国参拝や、公的行事としての大嘗祭を差し止めの根拠として、宗教的人格権の構想が用いられている。
第4 「ピースナウ・市民平和訴訟」の経験
1「湾岸戦争」への日本の加担と平和訴訟の概略
1991年1月17日、アメリカを中心とする多国籍軍はイラク軍に対する攻撃を開始した。「砂漠の剣」作戦と名付けられた爆撃と地上戦。これが「湾岸戦争」の始まりとなった。
日本はこの戦争に戦費負担で加担した。90億ドル(当時のレートで約1兆1700億円)の支出は多国籍軍総戦費の2割に当たる巨額。次いで現地への自衛隊機派遣の動きが報じられ、戦闘終熄後にはペルシャ湾まで自衛隊掃海部隊を派遣した。
アメリカが主導する戦争への事実上の参戦である。平和憲法のもとでは許されるはずのない政府の行為を「平和的生存権」を根拠に、訴訟で阻止したいと考える人々が各地で原告団を作り、その総数は3000人を超えた。その中で、最も大きなものが「戦争に税金は使わせない・ピースナウ市民平和訴訟」グループで、東京(原告1067人)・大阪(原告420人)・名古屋(原告542人)・鹿児島(原告2人・本人訴訟)の5地裁に「ピースナウ市民平和訴訟」を提起し訴訟と運動を連携しながら進行した。私は、東京地裁提訴事件の弁護団事務局長を務めた。その他のグループとして、大阪地裁「掃海艇派遣違憲訴訟」(原告212人)、福岡地裁「掃海艇入港住民訴訟」の本訴があり、これとは別に各地に差し止め仮処分の申立があった。
その後、この一連の訴訟を担った人々が「カンボジア派遣違憲訴訟」(大阪)、「PKO違憲訴訟」(東京・名古屋)、「ゴラン高原PKF違憲訴訟」(東京・大阪)、「思いやり予算違憲訴訟」(東京・大阪)、「テロ特措法違憲訴訟」(さいたま)などを提起した。さらに、イラク戦争開戦時には各地でイラク派兵差止訴訟が提起され、名古屋高裁が傍論ではあるが違憲の判断をした(2008年4月17日)ことが記憶に新しい。
さらにいま、全国各地(24地裁)に安保法制違憲訴訟が提起されて、平和的生存権活用の動きが継承されている。
2 「市民平和訴訟・東京」経過の概要
全訴訟の中心となった東京訴訟は、1991年3月4日原告571名が第一次提訴をした。弁護団は88名を数えた。当初通常部の民事13部に配点され、民事2部(行政部・涌井紀夫裁判長)へ回付された。
請求の趣旨は下記のとおりで、国を被告とする民事訴訟としての、「自衛隊機の派遣」差し止め(但し、結局派遣は回避された)請求と国家賠償請求訴訟であって、行政訴訟ではない。
「1 被告国は、湾岸協力会議に設けられた湾岸平和協力基金に対し90億ドル(金1兆1700億円)を支出してはならない。
2 被告国は、「湾岸危機に伴う避難民の輸送に関する暫定措置に関する政令」に基づいて自衛隊機及び自衛隊員を派遣してはならない。
3 被告国は、原告らそれぞれに対し各金1万円を支払え。」
同年4月23日の第二次提訴(原告277名)で、「掃海部隊派遣差止等請求」事件となった。請求の趣旨の概要は以下とおりで、行政訴訟ではない。
「1 掃海部隊派遣差し止め
2 原告一人につき1万円の慰謝料請求」
第三次、第四次提訴は、国家賠償請求だけ、全部併合されて原告総数1067名になった。
差し止め対象の戦費支出が完了し、掃海部隊が派遣先から帰国した後、請求の趣旨を変更して、請求は次の二項目になっている。
1 90億ドルの支出と掃海部隊派遣の違憲違法確認請求
2 一人1万円の損害賠償請求
計20回の弁論を経て、しかるべき証人調べも原告本人尋問も行ったが、敵性証人の採用はなかった。96年5月10日に判決が言い渡され、違憲違法確認請求は却下(門前払い)。国家賠償請求は棄却された。
これを不服として控訴したが97年7月15日控訴棄却の判決となった。
上告の是非については意見が分かれ、多くは断念したが、56名が上告。98年11月26日上告棄却の判決があって、事件は全部終了した。
3 訴額問題「3兆4千億円の印紙を貼れ」
本件では、提訴後第1回弁論以前に、訴額と印紙問題が大きな話題となった。
訴状には、裁判所を利用する手数料として、訴額に応じて所定の印紙を貼付しなければならない。担当裁判所から弁護団に訴額についての意見照会があった。弁護団から、裁判所の意向を打診すると驚くべき回答があった。
裁判所は自らの見解を表明して、訴額は「原告各自について90億ドル」、全体は「その合算額」(90億ドル×571人分)と言った。原告571人の訴額合計を、なんと685兆円とし、訴状に貼付すべき印紙額は3兆4260億円とすべきではないか、としたのだ。
司法の年間総予算が2500億円の規模であった当時のこと。試算してみたら、10万円の最高額印紙を東京ドームの屋根全面に貼り尽くして、まだ面積が足りない額なのだ。これは格好のマスコミネタとなった。
厳しい世論からの批判を受けて、裁判所は態度を軟化。大幅に譲歩して、267万9000円の印紙の追貼命令を出した。差し止めの訴額については、算定不能の場合に当たるとして一人90万円とし、これに原告数を乗じての計算。弁護団は予定の対応として、前記一次訴訟の請求の趣旨1・2項の差し止めにつき二名だけを残して、その余の原告は差し止めを取り下げた。二名を除く他の原告は国家賠償請求だけにしたわけだ。これは必要に迫られて編み出した現場の知恵で、「代表訴訟方式」などと呼んだ。
結局、この対応で印紙の追貼納付は、4000円だけでことが収まった。3兆円から4千円に、壮大なダンピングだった。第二次訴訟についても差し止め請求は二人だけ、あとは国家賠償請求と、同様の手続きとした。
この件は、その後の司法改革論議の中でも話題となっている。
4 後日韓国憲法裁判所訪問の際に、類似の訴訟提起がなされたことを知った。10万人を超す原告数で手数料は無料という。事情を説明した最高裁の判事が、「原告たちは違憲の行政を正そうという有益な行為を行っているのですから」と言ったのが印象的だった。
なお、当時韓国でも平和的生存権の思想と実務での活用があることを知った。「9条をもたない韓国憲法」下の平和的生存権は、個人の尊厳条項から導かれており、一部認容されている判決もあるとのことだった。
5 平和的生存権の構成
※裁判規範性有無の論争
長沼ナイキ訴訟一審判決が訴えの利益の根拠として裁判規範性を認めた。
その後は、2008年4月27日、名古屋高裁民事3部(青山邦夫裁判長)において、
個人的には極めて貴重な経験だった。9条についても、平和的生存権についても、三権分立の構造についても、考えさせられた。法廷と運動の結合、毎回の法廷をどう演出するか、平和的生存権とは何か、三権分立の理念、素晴らしい証人尋問・原告本人尋問…。
しかし、その限界についても考えざるをえなかった。
6 内部的議論の数々
☆原理的に司法で解決すべき問題か。あるいは、司法解決に馴染む問題か。
☆請求権は何か。
平和的生存権とは、具体的な給付請求権たりうるのか。
人格権で政府に対する作為・不作為の請求が可能か。
☆違憲国賠訴訟の共通の悩み→主として宗教的人格権
法的保護に値する利益の侵害があったといえるか
☆現職自衛隊員が原告となった安保法制違憲訴訟(自衛隊員の「予防訴訟」)における控訴審で訴の利益を認めた東京高裁第12民事部の判断。
(2018年5月3日)