スガ会見の「前例踏襲拒否」こそ、実は三権分立を突き崩す暴挙なのだ。
(2020年10月24日)
スガ政権による日本学術会議新会員任命人事介入問題は、今の社会の政治勢力や言論界を二分する大きなせめぎ合いとなっている。
一方に、ゴリ押しする権力と権力にベッタリへばりつく親権力勢力がある。他方に、権力の横暴を許さないとする反権力の勢力がある。親権力勢力のデマと無法は甚だしい。明らかに反権力の勢力に理があるが、せめぎ合いの勝敗はわからない。
それでも、何が問題かは浮かび上がってきている。10月21日にスガ首相は、ジャカルタの記者会見で「前例踏襲でよいのか考えた結果」だと、「説明」し、翌22日に出た日弁連会長声明が、みごとにスガ会見を反駁する内容となっている。その会見と、会長声明は下記のとおりである。
代表的なメディアの報じ方は、「菅義偉首相は21日、訪問先のインドネシア・ジャカルタで記者会見し、日本学術会議の会員候補6人を任命しなかったことについて、『現在の会員が後任を推薦することも可能な仕組みになっていると聞いている。こうしたことを考え、推薦された方々がそのまま任命をされてきた前例踏襲をしてよいのか考えた結果だ』と改めて語った。具体的な理由は明らかにしなかった。」というものである。
スガのキーワードは、「前例踏襲」だ。この言葉の持つマイナスイメージを否定してみせることによる印象操作を狙ったものなのだ。「前例踏襲をしてよいのか考えた結果だ」というのは、敢えて前例を踏襲しなかったということだ。では、前例とはなんだ。「学術会議が推薦したとおりに会員候補の全員を任命すること」にほかならない。その前例をスガは、自ら破ったと述べたのだ。その重大性をスガは認識していない。
その前例こそが、学問の自由や学術会議の独立を尊重した、日本学術会議法の解釈として正しく、これに従わなかったスガの6名に対する任命拒否は明らかに違法である。
それだけでなく、日弁会長声明が重大事として指摘するところは、スガ独断による法解釈の恣意的変更という問題である。
学術会議会員の公選制が廃止され推薦制に移行した1983年の法改正審議においては、改正法案の提案者である政府自身が、「そこから210名出てくれば、これはそのまま総理大臣が任命するということでございまして、(中略)私どもは全くの形式的任命というふうに考えて…現在の法案になっているわけでございます。」「政府が行うのは形式的任命にすぎません。政府の行為は形式的行為であるとお考えくだされば、学問の自由独立というものはあくまで保障されるものと考えております。」と答弁した。かかる前提で国会が当該改正法案の審議を行い、国会は、そのような内容の任命制の導入を是とした法改正を行ったのだ。
ところが「前例踏襲」の拒否とは、行政府による一方的法解釈変更であって、立法府に対する反逆であり、「だまし討ち」にほかならない。このことについて、会長声明は、「内閣が解釈の範囲を逸脱して恣意的な法適用を行うとすれば、それは内閣による新たな法律の制定にほかならず、国権の最高機関たる国会の地位や権能を形骸化するものである。今回、政府は、人事の問題であるとして、任命拒否についての具体的説明を避けている。しかし、問われているのは人事にとどまる問題ではなく、憲法の根本原則である三権分立に関わる問題である。」という。そして、この構図は、例の黒川検事長の勤務延長問題と同様と指摘している。
アベもひどかったが、スガも負けていない。国会への欺瞞を恥じない、あからさまな国会軽視の姿勢である。そのスガが「立法府の長」気取りで「前例踏襲」を否定した途端に、三権分立を突き崩す暴挙を自白したことになったのだ。下には下があるものだ。
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首相記者会見(10月21日・ジャカルタ)
(朝日新聞 伊澤記者)
内政についてお願いします。総理は帰国後、週明けから臨時国会に臨まれることになると思います。臨時国会では日本学術会議の問題が論戦の大きなテーマの一つになるかと思います。野党側が求めている6人の推薦をしなかったという点について今後どのように御説明をされていくのか、お考えを聞かせていただければと思います。
(菅総理)
私が日本学術会議において申し上げてきたのは、まず、年間10億円の予算を使って活動している政府の機関であるということです。そして、任命された会員の方は公務員になります。ですから、国民に理解される存在であるべきだということを申し上げています。
また、会員の人選は、出身やそうしたものにとらわれずに広い視野に立ってバランスのとれた活動を行っていただきたいということ、そういう意味から私自身は「総合的、俯瞰(ふかん)的」と申し上げております。国の予算を投じる機関として国民に理解される、このことが大事だと思います。
また、会員の人選は、最終的に選考委員会などの仕組みがあるものの、まずは現在の会員の方が後任を推薦することも可能な仕組みになっているということも聞いています。
今回の件は、こうしたことを考えて、推薦された方々がそのまま任命をされてきた前例踏襲をしてよいのかどうか、考えた結果であります。
先週梶田新会長とお会いしましたが、各分野の研究者の英知を集めた団体なのだから、国民に理解されるように、日本学術会議をより良いものにしていこうと、こういうことで会長と合意しました。今後、科学技術担当の井上大臣に窓口になっていただき、議論を続けていきたい、このように思っています。
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日本学術会議会員候補者6名の速やかな任命を求める会長声明
菅義偉内閣総理大臣は、2020年10月1日から任期が始まる日本学術会議(以下「会議」という。)の会員について、会議からの105名の推薦に対し、6名を任命から除外した。この任命拒否について、具体的な理由は示されていない。
会議は、「わが国の科学者の内外に対する代表機関」(日本学術会議法第2条)である。同法前文においては、「科学が文化国家の基礎であるという確信に立って、科学者の総意の下に、わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命」とするとされ、同法第3条には職務の独立性が明定されている。
さらに、その会員選出方法について、設立当初、全国の科学者による公選制によるものとされた。すなわち、職務遂行のみならず、会員選出の場面においても、名実ともに政府の関与は認められていなかった。会議が、一方では内閣総理大臣が所轄する政府の諮問機関とされながら、政府からの高度の独立が認められていたことは、学問の神髄である真理の探究には自律性と批判的精神が不可欠だからであり、学問の自由(憲法第23条)と密接に結び付くものである。会議の設置が、科学を軍事目的の非人道的な研究に向かわせた戦前の学術体制への反省に基づくと言われる所以でもあろう。
かかる会議の会員選出について、1983年の法改正により、公選制が廃止され、推薦された候補者を内閣総理大臣が任命するという方法に変更された。その際、同年5月10日の参議院文教委員会において、政府は、「そこから210名出てくれば、これはそのまま総理大臣が任命するということでございまして、(中略)私どもは全くの形式的任命というふうに考えており、法令上もしたがってこれは形式的ですよというような規定、(中略)書く必要がないと判断して現在の法案になっているわけでございます。」と答弁した。さらに、同月12日の同委員会においては、当時の中曽根康弘内閣総理大臣も、「政府が行うのは形式的任命にすぎません。したがって、実態は各学会なり学術集団が推薦権を握っているようなもので、政府の行為は形式的行為であるとお考えくだされば、学問の自由独立というものはあくまで保障されるものと考えております。」と答弁した。かかる前提で国会が当該改正法案の審議を行い、当該任命制の導入を是とした法改正がなされた。
しかるに、政府は、今回の任命拒否について、会議の推薦に内閣総理大臣が従わないことは可能とした上で、任命制になったときからこの考え方が前提であって、解釈変更を行ったものではないとしている。この説明が、前述した法改正の審議経過に反していることは明らかである。
内閣が解釈の範囲を逸脱して恣意的な法適用を行うとすれば、それは内閣による新たな法律の制定にほかならず、国権の最高機関たる国会の地位や権能を形骸化するものである。今回、政府は、人事の問題であるとして、任命拒否についての具体的説明を避けている。しかし、問われているのは人事にとどまる問題ではなく、憲法の根本原則である三権分立に関わる問題である。この構図は、当連合会が本年4月6日に公表した「検事長の勤務延長に関する閣議決定の撤回を求め、国家公務員法等の一部を改正する法律案に反対する会長声明」で指摘した解釈変更と同様である。
今回任命を拒否された候補者の中には、安保法制や共謀罪創設などに反対を表明してきた者も含まれており、政府の政策を批判したことを理由に任命を拒否されたのではないかとの懸念が示されている。このような懸念が示される状況自体が、まさしく政府に批判的な研究活動に対する萎縮をもたらすものである。そして、任命を拒否された科学者のみならず、多くの科学者や科学者団体が今回の任命拒否に抗議の意を表明している。当の科学者らが自ら萎縮効果に強い懸念を示していることからすると、そのおそれは現実的と言えるのであって、今回の任命拒否及びこれに関する政府の一連の姿勢は、学問の自由に対する脅威とさえなりかねない。
以上により、当連合会は、内閣総理大臣に対し、速やかに6名の会議会員候補者を任命することを求めるものである。
2020年(令和2年)10月22日
日本弁護士連合会会長 荒 中