澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

「法律あって法治なく、憲法あって憲政なし」ー 天安門事件の日に『08憲章』を読む

(2021年6月4日)
 6月4日。1989年のこの日の早朝、北京天安門広場とその周辺に集まった無防備・無抵抗の群衆に人民解放軍が襲いかかった。「針一本、糸一筋も盗まない」ことで、人民からの信頼を得てきた中国共産党の武力装置が人民に銃を向け発砲したのだ。

 天安門広場に集まった大群衆は、党と国の民主化を求めていた。この人たちが銃撃され、夥しい死傷者を出した。殺戮されたのは広場に集まった学生や市民ばかりではない。民主主義や人権も虐殺された。

 事件の犠牲者数は、公式には319名とされているが、これを信じる者はない。犠牲者数の推計は数千人説から数万名説まである。ちょうど、関東大震災時の軍と民衆とによる、朝鮮人・中国人虐殺犠牲者数と事情がよく似ている。正確なところは分からない。弾圧者側が犠牲者の数すら数えようとしないからだ。

 中国共産党は、1921年7月1日を党創立記念日(「建党節」)とする。もうすぐ100年である。党による、民主化闘争へのこの武力弾圧事件は、100年の党の歴史の中での明らかな汚点である。公式の党100年史にはどう書くのだろうか。民衆を殺し、民主主義を殺しただけでなく、歴史をも殺すのだろうか。我が国の歴史修正主義者と同様に。

 天安門事件の中心物の一人で、その後亡命せず何度にも渡る投獄にも屈しなかった人物の典型として劉暁波が知られている。彼が起草し、仲間とともに発表したとされるのが、中国民主化のグランドデザインを描いた「08憲章」である。2008年12月10日付でインターネット上にアップされたもの。今、これを読み直して、胸が痛む。武力ではなく言論で中国の民主化が可能だと信じた彼らの理想が語られている。が、今なお、現実はほど遠い。

「08憲章」は、下記の4章から成っている。
 1、まえがき
 2、我々の基本理念
 3、我々の基本的主張
 4、結語

(訳文の出典は主として下記のブログによる。)
https://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/597ba5ce0aa3d216cfc15f464f68cfd2

「まえがき」の一節に、中国政治の現状がこう書かれている。

 「法律があっても法治がなく、憲法があっても憲政がなく、依然として誰もが知っている政治的現実がある。統治集団は引き続き権威主義統治を維持し、政治改革を拒絶している。そのため官僚は腐敗し、法治は実現せず、人権は色あせ、道徳は滅び、社会は二極分化し、経済は奇形的発展をし、自然環境と人文環境は二重に破壊され、国民の自由・財産・幸福追求の権利は制度的保障を得られず、各種の社会矛盾が蓄積し続け、不満は高まり続けている。」

「2、我々の基本理念」として取りあげられているのは、「自由・人権・平等・共和・民主・憲政」の6項目である。それぞれに詳細な解説が掲げられ、その上で、次の一節で締めくくられている。今読んで、党に対する鋭い批判となっている。

「中国では、帝国皇帝の権力の時代はすでに過去のものとなった。世界的にも、権威主義体制はすでに黄昏が近い。国民は本当の国家の主人になるべきである。「明君」、「清官」に依存する臣民意識を払いのけ、権利を基本とし参加を責任とする市民意識を広め、自由を実践し、民主を自ら行い、法の支配を順守することこそが中国の根本的な活路である。」

「3、我々の基本的主張」には、19項目の具体的主張が書き連ねられている。その中の印象的なものを抜粋する。

  • 民主的な立法:各級立法機関は直接選挙によって選出され、公平・正義の原則に則り、民主的な立法を実行する。
  • 司法の独立:司法にはいかなる干渉も禁止される。司法の独立と公正を確保する。憲法裁判所を設け、違憲審査制度を打ち立てる。国家の法治を損なう共産党の政法委員会を早期に廃止し、公共機関の私物化を禁止する。
  • 公共機関の公共性:軍隊の国家化を実現し、軍人は憲法と国家に忠誠を尽くさなければならない。共産党組織は軍隊から退かなければならない。軍隊の職業化をレベルアップしなければならない。警察も含め、全ての公務員は政治的中立を維持しなければならない。公務員は党派の別なく平等に採用しなければならない。
  • 人権の保障:人権委員会を設立し、政府による公権濫用・人権侵犯を防止し、とりわけ公民の人身の自由を保障する。いかなる人も不法な逮捕、拘禁、召喚、審問、処罰を受けない。「労働教養制度(注 裁判などの手続きを経ることなく最長4年まで拘禁可能な制度)」を廃止する。
  • 公職選挙:民主的な選挙制度を全面的に推し進め、一人一票の平等な選挙権を確立させる。各級行政首長の直接選挙を制度化して一歩一歩推し進める。
  • 都市部と農村部の平等:現行の都市部・農村部の二元戸籍制度を廃止し、公民が一律に平等な制度を確立する。公民の自由移動の権利を保障する。
  • 結社の自由:公民の結社の自由を保障し、現行の社団登記の審査・許可制を届出制に改める。結党の禁止を解除し、憲法と法律によって政党行為の規範を定め、一党による事実上の独裁を解消し、政党活動の自由と公平な競争の原則を確立し、政党政治の正常化と法制化を実現する。
  • 集会の自由:平和的な集会、行進、デモ及び自由の表現は、憲法が規定する公民の基本的自由であり、政権政党や政府から不法な干渉や違憲の制限を受けてはならない。
  • 言論の自由:言論の自由・出版の自由・学問の自由を確立し、公民の情報を知る権利と監督権を保障する。「新聞法」と「出版法」を制定し、報道に対する制限を解除する。現行「刑法」中の”国家政権転覆扇動罪”の条文を削除する。言論を理由に罪を科してはならない。
  • 宗教の自由:宗教の自由と信仰の自由を保障し、政教分離を実行する。宗教・信仰の活動に政府は介入してはならない。宗教の自由を制限若しくは剥奪する行政法規、行政定款、地方条例を審査並びに撤廃する。行政立法によって宗教活動を管理することを禁止する。
  • 公民教育:一党独裁に奉仕させる政治教育及び政治試験を廃止し、普遍的価値と公民の権利を基本とする公民教育を推進し、公民意識を確立させ、社会に奉仕する公民の美徳を唱道する。
  • 連邦共和制:香港・マカオの自由制度を維持する。台湾については、自由・民主の前提の下で、平等な立場での交渉と協力的な対話により海峡両岸の和解計画を追求する。各民族の共同繁栄の道筋と制度設計を模索し、民主・憲政のシステムの下、中華連邦共和国を樹立する。
  • 正義の転換:政治運動において迫害を受けた人及びその家族に対し、名誉を回復し、国家賠償を行う。全ての政治犯、「良心の囚人」、信仰を理由に罪を着せられた人を釈放する。真相調査委員会を設立し、歴代の事件の真相を明らかにし、責任を整理し、正義を実現し、社会の和解を追求する。

「4、結語」は、こう結ばれている。

 遺憾なことに、今日の世界のすべての大国の中で、ただ中国だけがいまだに権威主義の政治の中にいる。またそのために絶え間なく人権災害と社会危機が発生しており、中華民族の発展を縛り、人類文明の進歩を制約している。このような局面は絶対に改めねばならない! 政治の民主改革はもう後には延ばせない。
 そこで、我々は実行の勇気という市民的精神に基づき、「08憲章」を発表する。
 我々は、同様の危機感・責任感・使命感を抱いている全ての中国公民が、政府と民間の区別なく、身分を問わず、小異を残して大同に就き、積極的に公民運動に参与して、中国社会の偉大な変革を共に推し進め、一日も早く自由・民主・憲政の国家を打ち立て、国民が100余年の間粘り強く抱き続けてきた夢を実現することを希望する。

 熱く「100年の夢」を語った劉暁波は、その実現を見ることなく2017年に亡くなっている。果たして中国は、いつになったらこの夢を実現できるだろうか。いま、状況はさらに困難に見える。しかし、見果てぬ夢に終わることはあるまい。

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