澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

《プーチンの野蛮と暴力》対《マリナの勇気と正義》 ー その対峙の行方は?

(2022年3月16日)
 マリナ・オフシャニコワ。我々には覚えにくいこのお名前の女性。二児の母とのことだが、この人こそ現代のジャンヌ・ダルク、本当のヒロイン。この人の勇気と知性を学びたいと思う。

 この人が自ら録画しネットに投稿した動画メッセージの全文訳(の一例)が以下のとおり。鮮烈な覚悟のほどを隠さず、忖度とも遠慮とも無縁の、権力者を名指ししての全力批判となっている。

 「ウクライナで起こっているのは犯罪だ。ロシアは侵略国家であり、その責任はたった一人の人間の良心の問題ですらある。その人とはウラジーミル・プーチンだ。私の父はウクライナ人で、私の母はロシア人だ。2人がいまだかつて敵同士であったことはない。いま私のつけているネックレス(ロシアとウクライナの国旗の色を合わせたもの)は、ロシアがただちに兄弟相争う戦争をやめねばならない現実の象徴であり、兄と弟はいまからでもやりなおせるだろう。
 この数年間、私がクレムリンのプロパガンダに手を貸しながらチャンネル1で働いたことは不幸なことであり、恥だと思っている。何が恥ずかしいかと言えば、テレビに嘘が流れるのを放っておいたことだ。職場の人間がロシア人をゾンビにするのを放置してきたことが恥ずかしいのだ。
 すべてが始まった2014年に、私たちは沈黙していた。クレムリンがナヴァリヌィを毒殺しようとしたときにも私たちは抗議しなかった。私たちはこの非人道的な政府を職場で息をひそめてみているだけだった。そしていま、世界が私たちに背中を向けている。いまから数えて第10番目の世代にいたってもこの同胞殺しの戦争の傷は忘れられないだろう。
 私たちロシア人は考え続ける知的な人間だ。この狂気をくいとめるのは私たちの力しかない。抗議活動をしよう。何も恐れることはない。私たちを一人残らず拘束することなどできるはずはない」

 『この狂気をくいとめるのは私たちの力しかない。抗議活動をしよう。何も恐れることはない。私たちを一人残らず拘束することなどできるはずがない』という呼びかけの言葉は、感動的で素晴らしい。しかし、『何も恐れることはない』と、並みの人には言い切れない。確かに「権力は私たちを一人残らず拘束することなどできるはずがない」が、「私たった一人なら、簡単に拘束することが可能だ。続く人がいなければそれでお終いになる」のだ。

 この勇気ある「マリナの呼びかけ」に、ロシアの良心と知性は、どのように応え、どのように目覚めて続くことになるのだろうか。いや、国際世論にも同じ問が突きつけられている。今や、《プーチンの野蛮と暴力》と、《マリナの勇気と正義》とが対峙している。その結末は、ウクライナの戦況同様予断を許さない。

 また、マリナが国営テレビのニュース生放送中に割り込んで掲げた手作りのプラカードの訳文は、「戦争反対。戦争止めろ。プロパガンダを信じないで。ここの人たちは皆さんにうそをついている」というもの。カメラが切られるまでの放送時間は、5秒と報道されているが、この場面は全世界に繰り返し放映されることになった。戦争遂行にメディアが果たす役割と、プロパガンダメディアとの果敢な闘いの意義とを鮮やかに示した一幕。

 興味を引かれたのは、このマリナが、けっして闘士型の人物ではなく、活動家でもなかったということ。この人を知る同僚のブログへの書き込みによると、「子供が2人いるオフシャニコワさんは政治について口にすることはなく、その話題はもっぱら『子供たちと犬と家のことがほとんど』だった」という。
 
 政権にとって所属や背景のない人の権力批判は恐ろしい。普遍性の高い、任意の一人の批判は、圧倒的多数の人々の意向の代弁であるからだ。普段の話題が『子供たちと犬と家のことがほとんど』という人とは、圧倒的多数のロシア国民のことであろう。その「圧倒的多数のロシア国民の代弁者」が、あからさまに、そして徹底的に、プーチン批判を行っているのだ。この件、政権の心胆を寒からしめて当然なのだ。

 彼女は、一昨日(現地時間での14日夜)の「事件」直後に当局から身柄を拘束され、弁護権の保障ないまま14時間にわたる取り調べを受けたという。翌日(15日)、罰金3万ルーブル(約3万3000円)を科せられ釈放された。この処罰は、ビデオ・メッセージの公表に対してのもので、テレビのニュース生放送中に反戦のプラカードを掲げたことについて別の訴追が予定されているのか否かは、明らかにされていない。

 どうしてもジャンヌ・ダルクを連想する。ジャンヌは神の声を聞いたとして独り立ち、順次心服する者を糾合して軍の統率者となって奇跡を起こした。英仏間の戦争において、フランスが劣勢だった戦況を逆転させたのだ。マリナは、平和を願う諸国民の声を聞いて一人で立った。そして今、ロシア内外の大きな世論の支持を糾合しつつある。やがて、奇跡は起こるだろうか。ウクライナの戦況を逆転し、プーチンの野望を挫くという。

 ジャンヌは、フランス人としてフランスの危機を救った。マリナは、ロシア人として世界の平和の危機を救おうとしている。この先にある奇跡を信じたい。

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Published in 水曜日, 3月 16th, 2022, at 19:57, and filed under 戦争と平和.

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