澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

性的マイノリティ・人権論の視点から ― 「法と民主主義」2023年5月号購読のお勧め

(2023年5月10日)

 「法民」今号(578号)の特集は、私が担当した。考えさせられる論稿ばかりで、得るものが多かった。ぜひ、多くの方にお読みいただきたい。

 ご購読は下記のURLから。
 https://www.jdla.jp/houmin/form.html

(目次と記事)
◆特集にあたって … 編集委員会・澤藤統一郎
◆日本におけるLGBTQと法政策の現状と課題 … 谷口洋幸
◆性的マイノリティの権利:出発点 ─ 国際人権法における議論状況 … 前田 朗
◆「性自認」問題の論争点と論争のあり方 … 齊藤笑美子
◆LGBTQ、SOGI(性的指向・性自認)に関わる差別に対し健康を守るために … 藤井ひろみ
◆LGBTQ+の権利保障をめぐる政治と法 ─ 台湾の経験に学ぶ … 鈴木 賢
◆同性婚法制化を求める取組み
─ 「結婚の自由をすべての人に」訴訟と公益社団法人の取組み … 三輪晃義
◆経済産業省事件 ─ トランスジェンダー女性の職場での処遇差別 … 立石結夏
◆日本の不名誉と怠慢 ─ LGBTQ+をめぐる政治的諸問題の諸相 … 北丸雄二

◆司法をめぐる動き〈83〉
 ・金沢市庁舎前使用不許可違憲訴訟 … 北尾美帆
 ・3月の動き … 司法制度委員会
◆連続企画●憲法9条実現のために(45)
 ・安保法制違憲訴訟をたたかう … 内山新吾
 ・山梨でのたたかい … 加藤啓二
◆追悼●日本一の労働弁護士?宮里邦雄先生の思い出? … 棗一郎
◆メディアウオッチ2023●《メディアの役割・国会の役割》
 予算編成後に始まる財源論議 軍拡・戦後大転換に 憲法・歴史観欠くメディアの姿勢 … 丸山重威
◆とっておきの一枚 ─シリーズ?─〈№20〉
 「心の共鳴板」が響く限り … 小野寺利孝先生×佐藤むつみ
◆改憲動向レポート〈№49〉
 自衛隊明記の憲法改正を主張する自民党・公明党・日本維新の会 … 飯島滋明
◆連続企画・学術会議問題を考える(10)
 日本学術会議法「改正」法案、今国会提出見送りへ!!
◆時評●日本学術会議は独立性を失うのか … 戒能通厚
◆ひろば●6団体連絡会に参加して … 宮坂 浩


 「性的指向におけるマイノリティーの人権」(特集リード)

本号の特集は、比較的に新しい分野の人権とされる課題を取りあげる。
 「ジェンダー」や「ジェンダーギャップ」という概念は、社会に定着していると言ってよい。「ジェンダーギャップ」の克服は、既に人権を語る者の共通の課題となっている。
 しかし、「ジェンダー・アイデンティティ」というキーワードが社会に定着しているとは言いがたい。「LGBT」(あるいは「LGBTQ+」)や「SOGI」などの用語について共通の理解が既に確立しているとは思えない。多様な「ジェンダー・アイデンティティ」を人権として把握する社会意識はいまだに希薄である。

 新しい人権を語るときには、人権論の基本に立ち返らねばならない。人権とは何であるのかという根源的な問いかけが必要となる。人権とは、個人の尊厳にほかならない。いかなる性的指向も尊厳をもって遇されなければならない。個人の尊厳を損なうものは、様々な態様の差別である。性的指向におけるマイノリティが、どのような制度や社会意識において差別されているか、その差別の実態を直視し、差別された当事者の痛みを理解し、その差別を克服の対象として自覚しなければならない。

 これまで、差別といえば、民族や人種や国籍や性差や特定の出自・居住地・職業、あるいは身体障害や病気などの属性によるものであった。それぞれに長い反差別の運動があり、差別克服の理論の蓄積もある。しかし、性的指向のマイノリティーに対する差別については、問題が新しいだけに人権擁護を標榜する人々の中にも、理解の不十分を否めない。

 本特集は、「性的マイノリティー」といわれる人々に対する差別の実態を踏まえて、その性的な指向を人権と把握する立場から、法論理や、訴訟、立法のありかたについての現状と議論の内容を報告し、人権擁護の立場に立つ者にとってのスタンダードを提供するものである。

 さらに、少数者の性的指向について人権としての把握を阻んでいたものは、家父長的な家族制度やそれを支えてきた社会意識ではなかったのか。ジェンダーギャップ克服の課題と、ジェンダーアイデンティテイの多様性の承認とは、実は同根のものではないのかという問題意識を各論稿から読みとることができる。この点では、国際人権の議論で一般化しているという「交差性」(複合的な差別)の概念が示唆に富む。

 本特集は8本の論稿から成る。いずれも時宜にかなった、読み応えのある内容となっている。以下にその概要を紹介しておきたい。

 巻頭の谷口洋幸論文は、問題の全体像を明晰に解説し、「LGBTQ関連の法政策における注目される論題」として、「同性同士のパートナー関係」「性別記載の変更」「SOGI差別禁止法制」の三つの論題に着目し、現状と課題を概観している。問題状況とあるべき理念を把握するのに適切この上ない好論文となっている。

 前田朗論文は、国連人権理事会の担当専門家が二〇二一年に発表した「包摂の法」の解説を通して、国際人権論におけるジェンダー・アイデンティティに関する議論を紹介している。いわゆる先進国が到達した法制度や、国際的な世論や政治的な対応の趨勢を理解することができる。

 「LGBTQ」の中で、最大の論争テーマは、「T」(トランス・ジェンダー)における性自認問題である。人権を語る者同士でも、時に激論の対象となる。ここに焦点を絞って「論争のあり方」を論じた貴重な論稿が、齋藤笑美子論文である。これで論争に終止符を打つことにはならなかろうが、その視点はどちらの立場にも示唆に富むものである。なお、問題の本質を「強制異性愛や家父長制との闘いとして理解すべき」とする論者の指摘に真摯に耳を傾けたいと思う。

 藤井ひろみ論文は、医学的見地からの性的マイノリティ論である。かつて医学界は、LGBTを異常性愛であり精神疾患であるとして、治療の対象にした。精神疾患視から、人権としての把握への転換が興味深い。なお、この論文の冒頭部分にキーワードとなる各用語の解説がある。ぜひ、これを参照されたい。

 鈴木賢論文は、アジアの先進国・台湾における、法制化成功例の報告である。同論文は、法形成のための公式ルートとして、「立法(国会)」「司法(憲法裁判所)」「直接民主主義(国民投票)」があり、これをフル稼働させたことが台湾の成功につながったという。そして、国民的な合意形成に支障になったのは宗教勢力であったということも、参考にすべきであろう。

 わが国における同性婚法制化を求める訴訟と運動についての報告が三輪晃義論文である。まず、「結婚の自由をすべての人に」訴訟の意義と狙い、そしてその到達点を確認している。そして、裁判以外での取り組みが、実に楽しそうに生き生きと報告されている。運動論として、興味深い。

 そして、立石結夏論文が、トランス・ジェンダー女性の「経済産業省事件」についての一・二審の報告である。原告となった当事者は、性自認女性であるが、性別適合手術を受けることができない。最も厳しい立場の「性同一性障害」者である。職場での「女性としての処遇」を求めての訴えは、一審では国家賠償法上の違法として認められたが、控訴審では否定された。上告審判決はまだ出ていない。当事者の苦悩がよく分かる論文となっている。

 最後の北丸雄二論文は、ジャーナリストから見た背景事情についての報告である。現政権の首相秘書官による差別的発言が世論の糾弾を受けるという事件が生じて、この問題は法的・社会的問題としてだけでなく政治問題化した現状にある。自民党右派は性的少数者に対する偏見に、宗教カルトあるいは宗教右翼からの掣肘もあって問題を解決できない。しかし、世界と仕事を行うグローバル企業にとっては、この日本の後れは、経済と雇用に影響する大きな問題と意識されているという。

 すべての人権課題がそうであるように、当事者の苦悩、とりわけ差別に対する苦悩について、社会が理解し共感することが出発点である。この理解と共感が広がり、個人の尊厳に関わる人権問題との把握につなげることで道は開けるのであろう。その道は、まだ狭く険しいが、着実に開かれつつある。

                                              (編集委員 澤藤統一郎)

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