首相の『撃ち方やめ・朝日捏造発言』を批判する毎日の見識
11月2日毎日社説「首相の『捏造』発言 冷静さを欠いている」に、胸のすく思いもし、救われた思いもした。節度を弁えての痛烈な批判の冴えに胸のすく思いをし、朝日の孤立を傍観せずジャーナリズムが共通の危機にあるとの見識が示されたことに救われた思いをしたということだ。だが、必ずしも他紙がこれに続いていないことについては危惧を感じざるを得ない。
同社説の冒頭は、「一国の首相の口からこんな発言が軽々しく飛び出すことに驚く。安倍晋三首相が朝日新聞を名指しして、その報道を『捏造だ』と国会の場で断じた。だが、捏造とは事実の誤認ではなく、ありもしない事実を、あるかのようにつくり上げることを指す。果たして今回の報道がそれに当たるかどうか、首相は頭を冷やして考え直した方がいい」
経過は次のようにまとめられている。「首相は先月29日昼、側近議員らと食事した。終了後、出席者の一人が報道陣に対し、首相はその席で政治資金問題に関し「(与野党ともに)『撃ち方やめ』になればいい」と語った、と説明した。これを受け、朝日のみならず毎日、読売、産経、日経など報道各社が、その発言を翌日朝刊で報じた。
ところが首相は30、31両日の国会答弁で朝日の記事だけを指して「私は言っていない。火がないところに火をおこすのは捏造だ」などと批判し続けた。一方、当初、報道陣に首相発言を説明した出席者はその後、「発言者は私だった。私が『これで撃ち方やめですね』と発言し、首相は『そうだね』と同意しただけだ」と修正した。つまり発端は側近らのミスだったということになる」
この事態を、毎日社説は次のように論評する。朝日自身には言いにくいことをズバリ言ってのけた感がある。
「首相はかねて朝日新聞を『敵』だと見なしているようで、今回の記事も『最初に批判ありきだ』と言いたいようだ。『安倍政権を倒すことを社是としていると、かつて朝日の主筆がしゃべったということだ』とも国会で発言している。だが、朝日側はその事実はないと否定しており、首相がどれだけ裏付けを取って語っているかも不明である。あるいは慰安婦報道や東京電力福島第1原発事故の「吉田調書」報道問題で揺れる朝日を、『捏造』との言葉で批判すれば拍手してくれる人が多いと考えているのだろうか」
「従来、批判に耳を傾けるより、相手を攻撃することに力を注ぎがちな首相だ。特に最近は政治とカネの問題が収束せず、いら立っているようでもある。しかし、ムキになって報道批判をしている首相を見ていると、これで内政、外交のさまざまな課題に対し、冷静な判断ができるだろうかと心配になるほどだ」
朝日へのバッシングは、リベラル勢力へのバッシングであり、またジャーナリズムへのバッシングでもある。リベラルも反撃しなければならないが、朝日以外のジャーナリズムも危機感を持って対決しなければならない。毎日が、安倍首相の「朝日捏造」発言を批判した見識には敬意を表せざるを得ない。
さっそく昨日(11月4日)の朝日川柳欄に、「お礼?」の2句が掲載されている。
毎日の社説にメディアの正義感(神奈川県 桑山俊昭)
権力にもの申さねば価値はなし(高知県 中山光晴)
これに、本日の毎日夕刊「熱血! 与良政談」が続いている。これも、実に歯切れがよい。「熱血!」と冠するだけのことはある。印象に残る部分を抜粋する。
「それは、あぜんとする光景だった。先月30日の衆院予算委員会で安倍晋三首相が朝日新聞の記事のみを指して『捏造』と断言した時のことだ。首相は言い終わった後、『してやったり』とでもいうような表情を浮かべ、それにつられて一部の議員からはどっと笑いまで起きた」
「確かに首相の言うように本人に確認すべき話だ。『首相に取材する機会は今、極めて限定されている』というのは言い訳に過ぎないかもしれない。だが、捏造とはありもしない事実を作り上げることだ。側近の説明ミスが発端の事実誤認を軽々しく捏造と呼ぶのはあまりに乱暴だ」「これが捏造となれば、今後批評や論評など一切できなくなる」
「長年、首相が敵視してきた朝日新聞は今、慰安婦報道や『吉田調書』報道などで激しい批判を浴びている。首相は今こそたたく時だと考えているのかもしれない。ただし、ムキになればなるほど、今の首相の余裕のなさを私は感じてしまう」
「言うまでもなく、これは朝日だけの問題ではない。報道の根幹に関わる話である。毎日、朝日以外の各紙がだんまりに近いことも私には不思議でならない」
付言すべきことはない。
(2014年11月5日)