澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

医療問題弁護団40周年記念シンポジウム「医療現場に残された現代的課題」

本日(10月28日)は、医療問題弁護団(略称「医弁」)設立40周年記念シンポジウム。イイノホール4階ルームAでの4時間余の集会。270名の参加で盛会だった。

医療問題弁護団とは、「患者側」を標榜する在京の医療事件専門弁護士集団。現在、250人の会員を擁している。設立の目的を「医療事故被害者の救済及び医療事故の再発防止のための諸活動を行い、これらの活動を通して医療における患者の権利を確立し、安全で良質な医療を実現することを目的とします。」と謳っている。

弁護士集団なのだから、「医療事故被害者の救済」すなわち医療過誤訴訟受任のシステムを整え、医療事件専門弁護士としてのスキルを磨き、後輩を育てることを任務にするのは当然。しかし、それだけにしないところが真骨頂。「安全で良質な医療を実現すること」を究極の目標と位置づけているところに、人権派弁護士集団としての道義的な矜持が表れている。

看板だけでなく、実際に患者側弁護士の立場から「安全で良質な医療を実現する」活動に携わっているところがたいしたもの。個別事件の受任を超えた、医療に関する政策提言活動が太い柱として定着している。

本日のシンポジウムテーマも、「この40年に医弁会員が獲得した医療過誤事件判例紹介」「40年で医療過誤判例はどこまで進歩したか」「判例をリードし続けた医弁の活動」「今、医療訴訟の焦点はどこにあるか」「医弁の窓口を叩いた医療過誤被害者の顧客満足度」…などでも良さそうなものだが、そうはなっていない。「医療問題弁護団40周年記念シンポジウム『医療現場に残された現代的課題』ー40年前の『医療に巣くう病根』と比較してー」というものなのだ。

シンポジウムの趣旨はこう語られている。
「私たち医療問題弁護団は、医療被害の救済・医療事故再発防止・患者の権利確立を目的として1977年に結成して以来、40周年を迎えました。40年前、私たちは『医療に巣くう病根』を4つの視点から分析しました。40年後の現在、私たちが取り組んできた医療被害救済に関する事件活動もふまえ、医療現場に残された現代的課題について、団員の報告やパネルディスカッションを通じて探っていきたいと思います。」

医弁に集う患者側弁護士の関心は、医療過誤訴訟それ自体よりは、医療事故を生み出す医療現場の状態にある。患者の人権という観点から、医療現場にはいったいどこにどんな問題があるのだろうか。40年前に見つめ考えたことが、今どうなっているのかを検証してみよう。そして今、医療現場に残された現代的課題について、報告し意見交換をしよう。それが今日のシンポジウムなのだ。この趣旨は、本日の配布資料(A4・220頁)の冒頭に、医弁代表の安原幸彦さんが、「巻頭言」としてよく書き込んでいる。その全文を末尾に添付しておく。

さて、40年前に、患者側医療弁護士を志した若い弁護士たちが、医療事故を起こす原因と意識した「医療に巣くう病根」とは次の4点であった。
?医師、医療従事者と患者の関係が対等平等ではないこと
?保険診療の制約が医療安全を阻害していること
?医師の養成・再教育が不十分であること
?医師、医療従事者の長時間・過密労働
いずれも思い至ることではないか。

40年後の現在、この『医療に巣くう4病根』は、次のように敷折したテーマとなっているというのが本日の報告である。

(1) 医師と患者との希薄な信頼関係ー「医師・患者関係」
(2) 患者安全を実現できない保険診療と「営利」追求型医療の横行
(3) 体系的・継続的な教育制度の未整備ー「教育」
(4) 医療現場での人員不足・劣悪な労働環境ー「労働」

そして、新たに検討が必要なテーマとして、
(5) 医療従事者間の不十分な「連携」
(6) 適正な医療が行われていることを「チェック」するシステムの不存在、不十分

さらに、以上の各テーマに通底するキーワードとして、医師の「プロフェッション論」が取り上げられた。

以上の、「医師・患者関係」「営利」「教育」「労働」「連携」「チェック」、そして「プロフェッション論」が、医療現場の現代的課題としてシンポジウムのテーマとされた。

私も、医弁の古参会員の一人である。おそらくは、最古参となっている。いつの間にか世代は着実に交代しているのだ。

とはいえ、私はいまだに現役の患者側医療弁護士である。かつてのように、同時に十指におよぶほどの医療事件の受任はできないが、事件受任が途切れることはない。事件を通じて、医療を考え続けてきた。幾つかの感想を述べておきたい。

言うまでもないことだが患者にとって医師は敵ではない。医療訴訟において対峙することはあっても、医師は患者にとって不可欠な専門技術提供者である。医師との信頼関係なくして、真っ当な医療はなく、医師の自覚と献身的な寄与なくして患者の人権は守られない。

これまで事件を通じて、多くの医師を見てきた。医師のあり方を論じるときには、弁護士としての自分のあり方を顧みなければならないことになる。依頼者への接し方、事態の現状や採るべき対応の方法についての説明の仕方、そして事態が思わしく進行しなかったときの対処の仕方。セカンドオピニオンを求められたときの対応…。私は、これまで何人もの立派な医師の対応を見てきた。これを学びたいと思っている。そしてまた、立派とは言いがたい医師も見てきた。これも、反面教師としたい。

「医師・患者関係」で論じられたのは、インフォームドコンセントのあり方についてである。インフォームドコンセントの理念は単なる説明ではない。「医師と患者の医療情報の共有」でも、「十分な医師の説明と、その説明を理解した上での患者の同意」と言っても、不十分だ。「医師と患者の共同意思決定へのプロセス」としてとらえるべきだと理解した。

本日の報告で、アメリカにおけるインフォームドコンセント概念として、「大統領委員会報告書(1983年)」の「相互の尊重と参加による意思決定を行う過程」という定義が紹介された。なるほど、そのようなものだろう。これを訴訟に活かすことができれば、医療の現場も変わってくるに違いない。

医療における「営利」は、永遠の課題である。医師不足も医師の過密労働も、その改善は営利との関連を抜きには考え難い。医療の安全は直接には営利を生まないが、いったん事故を起こしたときの経営への打撃を考えれば、資金の投入が必要なのだ。また、医療機関にとって、患者の安全に配慮しているとの評判は、営利に結びつくものとなるだろう。

パネラーの一人が、「テール・リスク」という概念について語った。「確率分布の裾野にあり、発生の確率は極めて小さいが、一旦起こるとおおきな損失になる潜在リスク」ということ。問題はその事故の補償ができるか、ということになる。予見可能である限りは、補償の財源を確保しておかねばならない。その財源は、価格設定に折り込まなければならない。価格の設定の仕方を間違える(ミスプライス)と補償ができなくなる。どの範囲の保障や賠償のコストを想定して価格対応するかが政策的な課題となっている、という。

法的観点からの指摘でなく、マネージメント論としての解説だったが、「原発事故から手術の合併症まで」とパワポに書き込まれていた。これは訴訟実務の重要論点ではないか。説明義務の対象の範囲の問題としても、予見可能性や結果回避可能性の存否にしても、どこまでの低確率の事故なら免責されるのか、実は一義的な解答はない。あらためて考え込まされた。
(2017年10月28日)
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巻頭言?医原問題弁護団 代表 安原幸彦
本日は、医療問題弁護団創立40周年記念企画にご参加いただきありがとうございました。
医療問題弁護団は、1977(昭和52)年9月3目、医療事故の被害救済と再発防止を目的として結成されました。その歩みは、報告概要編・イントロダクションでご紹介しています。
結成後間もなく、私たちは、医療事故が起こる原因として、?医師、医療従事者と患者の関係が対等平等ではないこと、?保険診療の制約が医療安全を阻害していること、?医師の養成・再教育が不十分であること、?医師、医療従事者の長時間・過密労働の4点を挙げ、これを「医療に巣くう病根」と呼びました。
この指摘は、医療事故被害と向き合った自分たちの実践から導いたものではありましたが、いかんせん、結成から間もない時期に取りまとめたものでもあり、その後の実践を通した検証が必要でした。また、医療を取りまく環境や医療政策の変化、それに伴う患者や社会の意識変化などにも対応する必要がありました。現在弁護団員も250名に達しています。その団員が40年にわたって様々な活動を積み重ねる中で、医療事故の原因と防止策について、考え、学ぶところが多くありました。
そこで、私たちは結成40周年を迎えるにあたり、「医療に巣くう病根」として取りまとめた分析を出発点としつつ、それを現代的課題として整理する試みを行いました。その成果を取りまとめたのが報告書編の各論稿です。医療問題弁護団は団員を4つの班に分けていますが、各班にテーマを割り振り、約1年間、調査・研究してきた内容がそこに書かれています。
そして、今回、各テーマを統括して、医療現場に残る現代的課題を医療におけるプロフェッション性の阻害とその回復と集約しました。詳しくは報告書編・プロフェッション論をご覧ください。
本報告書は、医療事故を通して、主として患者の視点から、より安全で、より良い医療の実現を目指して分析したものです。各界の皆様から、忌憚のないご意見をいただき、今後の私たちの活動の指針とエネルギーにしていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
2017(平成29)年10月

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