民族差別主義者らの「弁護士懲戒請求の濫用」に歯止めを
昨年(2017年)暮の12月25日、下記の東弁会長談話が公表された。
https://www.toben.or.jp/message/seimei/post-487.html
「当会会員多数に対する懲戒請求についての会長談話」
東京弁護士会 会長 渕上 玲子
日本弁護士連合会および当会が意見表明を行ったことについて、特定の団体を介して当会宛に、今般953名の方々から、当会所属弁護士全員の懲戒を求める旨の書面が送付されました。
これらは、懲戒請求の形で弁護士会の会務活動そのものに対して反対の意見を表明し、批判するものであり、個々の弁護士の非行を問題とするものではありません。弁護士懲戒制度は、個々の弁護士の非行につきこれを糾すものであって、当会は、これらの書面を懲戒請求としては受理しないこととしました。
弁護士懲戒制度は、国民の基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする弁護士の信頼性を維持するための重要な制度です。すなわち、弁護士は、その使命に基づき、時として国家機関を相手方として訴えを提起するなどの職務を行わなければならないことがあります。このため、弁護士の正当な活動を確保し、市民の基本的人権を守るべく、弁護士会には高度の自治が認められており、弁護士会の懲戒権はその根幹をなすものです。
弁護士会としてはこの懲戒権を適正に行使・運用しなければならないことを改めて確認するとともに、市民の方々には弁護士懲戒制度の趣旨をご理解いただくことをお願いするものです。
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これは、懲戒請求制度の濫用者953名に対する説示ではなく、社会に向けて発信された文字どおりの広報である。措辞穏やかで短いものだが、東京弁護士会の確固たる意志表明であり、理性ある市民への理解を求める訴えかけでもある。
「東京弁護士会会員全員(約8000名)に対する懲戒請求」とは、明らかに制度の趣旨を逸脱した東京弁護士会自体へのいやがらせ。このような申立があることを知らなかったが、私も被懲戒請求者とされていたのだ。いったい誰が、どんなテーマで、何を根拠に、何を狙ってのものだったのか。また、その処理に、いったいどれだけの手間暇と費用を要したのか。この会長談話だけからでは窺えない。もう少し説明あってもよかったのかなとも思う。
思い当たるのは、下記の報道との関連である。
毎日新聞2017年10月12日
「懲戒請求 弁護士会に4万件超 『朝鮮学校無償化』に反発 6月以降全国で」
「朝鮮学校への高校授業料無償化の適用、補助金交付などを求める声明を出した全国の弁護士会に対し、弁護士会長らの懲戒を請求する文書が殺到していることが分かった。毎日新聞の取材では、少なくとも全国の10弁護士会で計約4万8000件を確認。インターネットを通じて文書のひな型が拡散し、大量請求につながったとみられる。
各地の弁護士によると、請求は今年6月以降に一斉に届いた。現時点で、東京約1万1000件▽山口、新潟各約6000件▽愛知約5600件▽京都約5000件▽岐阜約4900件▽茨城約4000件▽和歌山約3600件??などに達している。
請求書では、当時の弁護士会長らを懲戒対象者とし、「違法である朝鮮人学校補助金支給要求声明に賛同し、活動を推進するのは犯罪行為」などと主張している。様式はほぼ同じで、不特定多数の賛同者がネット上のホームページに掲載されたひな型を複製し、各弁護士会に送られた可能性が高い。
請求書に記された「声明」は、2010年に民主党政権が高校無償化を導入した際に各弁護士会が朝鮮学校を含めるよう求めた声明や、自民党政権下の16年に国が都道府県に通知を出して補助金縮小の動きを招いたことに対し、通知撤回や補助金交付を求めた声明を指すとみられる。」
この報道に村岡啓一・白鴎大教授(法曹倫理)のコメントが付されている。
「懲戒請求は弁護士であれば対象となるのは避けられない。ただ、今回は誰でも請求できるルールを逆手に取っている。声明は弁護士会が組織として出しているのだから、反論は弁護士会に行うべきだ。弁護士個人への請求は筋違いで制度の乱用だ」
報道の対象となった懲戒請求がすべて斥けられたあとに、懲りない面々が、「特定の団体を介して」東弁会員全員への懲戒請求を思い立ったのであろう。が、すこぶる失当で迷惑な話。
弁護士の独立性こそは「人権の最後の砦」であって、弁護士自治はその制度的保障である。弁護士は「人権の護り手」としての使命を全うするために、国家や自治体、大企業・財界・資本からも、そして社会の多数派からも独立して、その任務を果たさなくてはならない。弁護士会は、会員弁護士がその使命を全うすべく在野に徹しなければならない。公権力からも、社会的な強者からも、そして多数派世論からも独立した自治を必要とする。
また弁護士会は、弁護士法に基づいて「建議・答申」をすべきものとされている。その内容は、「基本的人権を擁護し、社会正義を実現する」ものでなくてはならない。公権力とこれと一体化した右派の運動が押し進めている「在日に対する民族差別」に、人権を擁護すべき立場にある弁護士会が、批判の意見を述べることは、当然の権限であり責務ですらある。
これに耳を傾けることなく、「違法である朝鮮人学校補助金支給要求声明に(弁護士会が)賛同し、活動を推進するのは犯罪行為」などということは、およそ支離滅裂で没論理の行為である。こんな露骨な差別的言論が横行する事態を憂慮せざるを得ない。
弁護士自治は、人権と民主主義を尊重する社会の防衛装置としてこよなく大切なものであるが、その弁護士自治が市民から遊離した独善に陥ることを警戒しなければならない。また、弁護士は高い倫理を要求されてしかるべきで、市民による弁護士への懲戒請求の制度は使いやすいものでなくてはならない。その立場からは、軽々に弁護士に対する懲戒請求のハードルを高くするようなことをしてはならない。
しかし、信用を生命とする弁護士にとって、懲戒請求を受けるということの打撃は、相当のものである。私は47年間の弁護士生活の中で、自分には無関係だと思っていた懲戒請求を、たった一度受けたことがある。懲戒請求者は訴訟事件の相手方代理人だった下光軍二という一弁の弁護士。下光自身が遺言状作成に立ち会って長男に全財産の集中をはかった筋悪の事件で、私が妹側について遺留分減殺を請求した訴訟。財産の保全のために、仮差押命令や処分禁止の仮処分を3回に渡ってかけたことが、弁護士としての職権を濫用したもので非行にあたるという、およそ信じがたい懲戒理由だった。おそらくは、この弁護士、自分の無能と怠慢を依頼者に言い訳するためにこんな策を弄したのだ。
下光の請求は懲戒委員会まで到達せず、綱紀委員会で懲戒不相当の議決となった。が、綱紀委員会に呼出を受け、仲間から事情を聞かれる屈辱感は忘れられない。スジの通らない懲戒請求ではあっても、弁明のための書面作成の時間も労力も割かなくてはならない。こういう明らかな懲戒請求の濫用には歯止めのために相当の制裁があってしかるべきだと思う。
いま、私はDHCスラップ訴訟に反撃訴訟を提起している。理不尽な懲戒請求と同様、言論萎縮を狙った民事訴訟制度の濫用に対しては歯止めのための制裁があってしかるべきだという考えにもとづいてのもの。最終的には、スラップ防止の法制度が必要だと考えている。
今般の東京弁護士会会員全員に懲戒請求をした953名が同種のことを繰り返すのであれば、刑事的には偽計業務妨害に、民事的には損害賠償請求の対象となり得る。弁護士会は、味方とすべき理性ある市民と、権力と癒着した差別主義者たちとを峻別し、明らかな人権侵害集団による会務への不当な侵害には断固たる措置をとるべきであろう。
(2018年1月5日)