澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

中国政府の「ウクライナ停戦」提案に期待を寄せる。

(2023年2月25日)
 プーチンとは唾棄すべき人物である。いずれ、ヒトラー・スターリンとならぶ悪名を歴史に残すことになるだろう。習近平も、チベット・ウイグル・モンゴル・香港の大規模人権弾圧で名を馳せた人物。これに加えて、将来台湾を侵略するようなことがあれば、堂々プーチンと肩を並べてヒトラー・スターリン級の悪名を轟かすことになる資格は十分である。

 ウクライナ戦争開戦1週年となった今、プーチンの戦争に、習近平が「対話と停戦」を呼び掛けている。なんとなく釈然としない。釈然としないながらも、停戦が実現するのなら、誰が呼び掛けたものであれ結構なことだと考えなければならない。

 習近平提案が成功するか否かは定かではない。むしろ欧米では非観的な見方が圧倒的だというが、ロシアもウクライナも関心を寄せていることは間違いない。プーチン・王毅会談は既に済み、ゼレンスキーは習近平との会談を望んでいるという。習近平、嫌な奴ではあるが、戦争をやめさせることができるのなら、応援の声を惜しんではならない。

 中国政府が発表したのは、「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」と題する文章。「ロシアとウクライナが互いに歩み寄り、早期に直接対話を再開し、最終的には全面的停戦で合意することを支持する」と表明した。「対話はウクライナ危機を解決する唯一の道だ」と訴え、国際社会にも協力を求めている。

 ロシアのプーチン大統領が核兵器の使用を示唆するなか、「核兵器の使用や威嚇に反対」「原子力発電所などの核施設の攻撃に反対」とも記した。「主権や独立、領土保全は尊重されるべきだ」とする原則的な立場も盛り込んだ。

 この方針説明書は、以下の12項目の提案となつている。
?各国の主権の尊重
?冷戦思考の放棄
?停戦
?和平交渉の開始
?人道的危機の解消
?民間人や捕虜の保護
?原子力発電所の安全確保
?戦略的リスクの提言
?食糧の外国への輸送の保障
?一方的制裁の停止
?産業・サプライチェーンの安定確保
?戦後復興の推進

 これだけではよく分からない。主要な項目の要旨は次のとおりとされている。

?「各国の主権の尊重。国連憲章の趣旨と原則を含む、広く認められた国際法は厳格に遵守されるべきであり、各国の主権、独立、及び領土的一体性はいずれも適切に保障されるべきだ」

?「冷戦思考の放棄。一国の安全が他国の安全を損なうことを代償とすることがあってはならず、地域の安全が軍事ブロックの強化、さらには拡張によって保障されることはない。各国の安全保障上の理にかなった利益と懸念は、いずれも重視され、適切に解決されるべきだ」

?「停戦。各国は理性と自制を保ち、火に油を注がず、対立を激化させず、ウクライナ危機の一層の悪化、さらには制御不能化を回避し、ロシアとウクライナが向き合って進み、早急に直接対話を再開し、情勢の緩和を一歩一歩推し進め、最終的に全面的な停戦を達成することを支持するべきだ」

 戦争当事国の両者に呑ませようという提案が玉虫色のものになることは避けがたい。一項目ずつ、細かくあげつらえば、けっしてできのよい提案ではない。しかしそれでも、仲裁は時の氏神。赤い氏神でも黒い氏神でも、役に立つならなんでもよい。せめて停戦のための対話実現の、その糸口にでもなることを期待したい。

 戦争が長引けば、取り返しのつかない惨禍が拡大することになるのだから。

首相答弁は正しい日本語であるか? 論理整合性を持っているか?

(2023年2月14日)
 いま、通常国会が開かれています。衆議院予算委員会での質疑を素材に、正しい日本語の勉強をいたしましょう。

 岸田文雄さんは内閣総理大臣の立場にあって、政府の政策全般について野党の質問に責任をもって答弁しなければなりません。もちろん、岸田さんを厚く支える官僚のスタッフがあってこそできることですが、最後は岸田さんがその肉声で語らなければなりません。その岸田さんの答弁は、正しい日本語になっているでしょうか。

 素材は、まず、2023年2月1日衆院予算委員会での、性的少数者や同性婚問題をテーマにした質疑での、岸田さんの次の答弁です。

 「(同性婚の法制化については)極めて慎重に検討すべき課題だ。こうした制度を改正することになると、日本の国民全てが大きな関わりを持つことになる。社会が変わっていく問題でもある。すべての国民にとっても家族観や価値観、社会が変わってしまう課題だ」

 その2日後に、荒井勝喜首相秘書官がこの岸田答弁に関連して、オフレコの場ながら記者団に、「僕だって見るのも嫌だ。隣に住んでいるのもちょっと嫌だ」「秘書官室もみんなが反対している」「同性婚を認めたら国を捨てる人がでてくる」と発言して世の耳目を集めたことは、ご存じのとおりです。

 荒井秘書官更迭後の2月8日の予算委員会で、岸田さんは2月1日答弁の真意を問われます。立憲民主党の岡本章子さんは、「当事者からは非常にネガティブな表現として受け止められている」として、首相に謝罪と撤回を求めました。

 これに対する岸田首相答弁は以下のとおりです。

 「同性婚制度の導入は、国民生活の基本に関わる問題であり、国民一人ひとりの家族観とも密接に関わるものであり、その意味で全ての国民に幅広く関わる問題であるという認識のもとに『社会が変わる』と申し上げた。決してネガティブなことを言っているのではなく、もとより議論を否定しているものではない」
 「国民各層の意見、国会における議論、あるいは同性婚に関する訴訟の動向、また地方自治体におけるパートナーシップ制度の導入、運用の状況を注視していく必要がある。こうした慎重な検討が必要、議論が必要という意味で申し上げた」

 さて、皆さん。この2月8日首相答弁は、正確な日本語として読みとることができるでしょうか。また、首相答弁としてふさわしい内容でしょうか。それぞれご意見をどうぞ。

 「ハイ、私の率直な意見ですが、この日本の首相は日本語がお上手ではないように思います。2月1日の発言が、同性婚の法制化についてのネガティブな意見であったことは明らかではありませんか。そのことを否定する2月8日答弁は間違いです。仮に、岸田さんが同性婚の法制化についてポジティブなご意見であれば、『迅速に法制化を実現します』と言っているはずで、『極めて慎重に検討すべき課題だ』というのは、ポジティブな意見ではないということです。日本の首相は、そんなことも分からない人なのでしょうか」

 「私も、似たような意見ですが、私が強調したいのは、同性婚を『社会が変わってしまう課題』だと言っていることです。『社会が変わってしまう』という言葉づかいは、ネガティブな方向に変わることと理解するしかありません。ポジティブで望ましい方向への変化は、日本語ではけっして『変わってしまう』とは言わないものです。単に『社会を変える課題』ならポジティブなニュアンスが出てきます。『社会を変える切っ掛けとなりうる課題』『社会変革を展望する課題』など、明確なポジティブ表現を避けての岸田さんの物言いは、明らかにネガティブではありませんか」

 「私は、反対の意見です。正しい日本語の使い方があるという前提がまちがつていると思います。どう突つかれても、あとで弁明ができ、逃げおおすことのできることが、上手な言葉の使い方であって、岸田さんの2月1日答弁も2月8日弁明も、破綻一歩手前で踏みとどまっており、それなりによくできた言葉づかいだと思います。
 だれが考えたって、岸田さんは、1日段階では同性婚否定論を述べ、その後止むなく荒井秘書官を更迭した時点で意見を変えたのです。しかし、自分に非があるという印象を最小限に抑えるために、撤回も謝罪も拒否して首尾一貫した体裁を装ったのです。なかなかの日本語の使い手と言うべきではないでしょうか」

 「それはおかしい。正確な論理は正しい言葉でのみ語られる。国民をごまかし、たぶらかし、目くらましするための、嘘の言葉は正しい言葉づかいではない。まずは、岸田首相発言の論理構造あるいはその破綻を正確に見抜くための言語能力が必要だが、それだけでは足りない。こんな不誠実な答弁をして恥じない政権トップに大いに怒る姿勢を持たねばならない」

2か月先に迫った、大阪府市首長のダブル選。争点は、カジノ誘致反対の一点であろう。

(2023年2月8日)
 統一地方選が近い。全国の政治地図は、どう塗り替えられるのだろうか。
 全国ではなく局地的な選挙戦としては、大阪の知事選・市長選(4月9日)が大きく耳目を集めることになるだろう。大阪府下で育った者としても関心を持たざるを得ない。このダブル選、わずか2か月先のことである。報じられている情報をまとめてみた。

 府知事選は、現職の「イソジン・吉村」に、辰巳孝太郎と谷口真由美が挑む構図だが、どちらも反維新。大阪で反維新勢力が割れてしまってどうする、どうして共闘できないのかと、やきもきせざるを得ない。

 かつて、維新は、大阪都構想を「一丁目一番地」の看板政策とし、非維新連合に敗れた。今さら、その蒸し返しはあるまい。だが、「大阪都構想・反対」を軸とする非維新共闘を困難にもしているという。

 ダブル選挙の最大の争点は、夢洲のカジノ誘致への賛否であろう。賭博場を作って、博打のテラ銭での地域振興策など、真っ当な感覚からはありえない政策ではないか。真っ当ならざる維新の提案は、さもありなんではあっても、これが府民に浸透するだろうか。そして、辰巳が「カジノ反対」を鮮明にしているのに比して、谷口が「カジノには慎重」な微温的立場と報じられているのが気にかかってならない。

 谷口を擁立した、「アップデートおおさか」は1月に設立届を府選管に出したばかり。自民党や立憲民主党に、ウィングを広げて「非維新」勢力の結集を目指すという。谷口がカジノ反対と言わない歯切れの悪さは、自民党や関西財界への思惑からのことであろうか。こういう構図にしかならない、大阪の政治状況がもどかしくてならない。

 しかし、カジノ誘致・建設反対の住民の声は高い。現在、国が計画を審査しているが、夢洲では液状化や地盤沈下の恐れが指摘され、ギャンブル依存症の問題も懸念される。

 昨年、カジノに反対の市民団体が19万筆超の署名を集めて住民投票条例案が府議会に提出されたが、維新などの反対で7月に否決されている。このマグマは、けっして冷えてはいない。しかし、この過程で自民党は必ずしも旗幟鮮明ではなかったという。「誘致に賛成の府議団と反対の市議団で態度が割れている」とも報じられている。

 もう一つの政策課題が、「教育無償化」である。これまでも維新は教育無償化についてたびたび触れ、政策として主張してきた。しかし、その主張に対して「あまりにミスリード」と批判の声が上がっているという。

 1月29日放送のNHK『日曜討論』で、番組に出演した維新の藤田文武幹事長は番組内で「いわゆる0歳から大学までの高等教育までの無償化というのは大阪限定ですが実現しました」という発言をした。

 今この「ミスリード」が叩かれている。「国が全国一律に事業としてやっていることを、さも大阪だけが実現できたといっている」と。

 「大阪でやっている教育費の無償化というのは私立高校の授業料無償化(所得制限あり・年収590万円未満)と大阪公立大学の授業料無償化(所得制限あり・年収590万円未満)だけです。そのほかの無償化というのは国が全国一律にやっていること。こうした維新の『無償化キャンペーン』とも言えるミスリードは、過去にも繰り返されてきたという。

 今は、維新の「教育完全無償化」キャンペーンに惑わされず、カジノ誘致反対で維新を追い詰めてもらいたい。そう、切に望むしかない。

「こんな仕打ちをするこの国を見ろ。こんな国に、まだいたいのか?」ー 国とはいったい何だろう。

(2023年2月6日)
 本日の毎日新聞朝刊1面トップに、「ウイグル族学者、消息なく」「ためらう娘に『米へ行け』 出国寸前、空港で拘束」というインタビュー記事。これは、渾身の告発記事である。トップに据えられるだけの迫力に満ちている。訴える力をもったドラマだ。読む人の胸を撃つ。そして、考えさせる。

 ちょうど10年前、2013年2月の北京空港。娘と一緒にアメリカ行きの搭乗手続を済ませた父が、出発直前で当局に拘束される。父は、泣きじゃくる18歳の娘の背を押して、一人でアメリカへ行かせようとこう言う。

 「周りを見ろ。あなたにこんな仕打ちをするこの国を見ろ。こんな国に、まだいたいのか?」

 娘は、アメリカに知り合いはなく、英語もほとんど話せない。アメリカがよい社会だから行け、というのではない。中国に絶望して、この国を出ろというのだ。こんなにも人を不幸にする国家とはいったい何だろう。中国は、どうして、いつから、「こんな国」になってしまったのだろうか。自由や人権の普遍性は、なにゆえかくも無力なのだろうか。こんな状態はいつまで続くのだろうか。手立てはないものだろうか。

 記事は、1面トップと7面に分かれている。ネットでは有料記事だが、URLは以下のとおり。
 https://mainichi.jp/articles/20230206/ddm/001/030/132000c

 娘の背を押した父とは、ウイグル族の経済学者イリハム・トフティさん(53)。ノーベル平和賞の候補に毎年名前が挙がる人だそうだ。娘は、ジュハル・イリハムさん(28)。二人は、あの日北京の空港で生き別れた。

 その後娘は、苦難を乗り越えて英語を学び大学を卒業して、いま世界の労働者の権利擁護を訴える団体で、新疆ウイグル自治区の人権問題を訴える活動を続け、父イリハム・トフティさんの解放を求め続けている。

 北京の空港で拘束された父は、その後自宅軟禁の状態に置かれ、14年1月当局に突如身柄拘束の上起訴される。同年9月には「インターネットを使って新疆の独立を呼びかけた」などとして国家分裂罪で無期懲役刑を言い渡された。さらに、17年に家族がウルムチの刑務所で面会したのを最後に消息が途絶えているという。その後、どこかに移送されたのか、今も生きているのかも分からない。中国とは、とうてい近代国家ではない。

 この父は無期懲役を言い渡された翌日、面会に訪れた弁護士にこう言った。「拘束されてからの8カ月間で、昨日が一番よく眠れた」。弁護士がいぶかって聞くと「死刑になると思っていた。無期懲役だ。まだ希望はある」と言ったという。ジュハルさんによると、父は自分の死が漢族とウイグル族の間に憎しみを生まないことを願っていた。

 中国政府は、ウイグル族らへの人権侵害は起きていないと否定し、黒人差別などの問題を抱える米国などが中国を批判するのは「ダブルスタンダードだ」と反発する。ジュハルさんは「どんな社会も完全ではない。だが、自己を見つめ、過ちを改善することができるのが民主主義だ。中国では間違いを指摘することもできない」と語り、こう続けた。「中国にはそもそもスタンダードがない」。あるのは中国共産党の意思だけだ。

 あの時、北京の空港で「また必ず会おう」と約束した親娘が再会できるときは来るのだろうか…。それは、歴史がどう遷るかにかかっている。

「世界日報」にも「神社新報」にも。山谷えり子さん、あなたには説明責任がありますよ。

(2023年1月23日)
 目出度くもない今年の正月だった。目出度いと言った人も、もう正月気分ではない。が、今年の正月のビックリ体験を書き留めておかねばならない。

 宗教紙というべきか政治紙というべきかは微妙だが「神社新報」という出版物がある。その本年1月1日号の「杜に想ふ」というコラムを、山谷えり子が書いている。「参議院議員、神道政治連盟国会議員懇談会副幹事長」という肩書が付いている。その書き出しを引用させていただく。なんともアナクロ極まる、右翼文章の典型。無意味、無内容、無味乾燥というほかはない。

 「皇紀二千六百八十三年、令和五年、謹んで新春のお慶びを申し上げます。新年を迎へるにあたり、皇室の弥栄と天下泰平、国土安穏、聖寿無窮、万民豊楽を祈念いたします。
 癸卯の本年は、これまでの努力が花開き、実り始める年と言はれてゐる。とくに、筋を通していけば繁栄していく年回りとされる。国際情勢は厳しく、物価上昇による家計への影響など不安も長引いてゐる中だからこそ一日も早く日々の暮らしが穏やかな希望の光に満ちた年となるやう願ひ、行動していきたい。
 それにしても、初詣の皆さまのお顔に接すると、長く紡がれてきた歴史、文化、地域のつながりの確かさを感じ、新たな決意を固くするのは私だけではないと思ふ。国民こぞって神社で心を清め、力をいただく、日本に生まれたありがたさである。(以下略)」

 えっ? 「皇紀二千六百八十三年、皇室の弥栄」ですか? 「聖寿無窮を祈念」ですって? 目も眩むようなことをのたまう国会議員、いったいあなたはいつの時代の御仁なのか。

 山谷えり子といえば、国家公安委員長の経歴を持ちながら、統一教会との特別の親密さで知られた人物である。そのような立場で、神社新報の元日号に伝統右翼としてコラムを書くのだ。「世界日報」のインタビューで話題となった人の、神社新報元日号のコラム。

 一方では、韓国の民族意識を基調とする統一教会信仰と緊密な関係を持ちつつ、神社神道にも秋波を送り、「日本に生まれたありがたさ」を語る。また、国民の福利ではなく真っ先に「皇室の弥栄」を述べる感性の持ち主でもある。この人の精神や頭脳は、いったいどんな構造となっているのだろう。

 もちろん、人には信教の自由がある、二股掛けた信仰だって咎めることはできない。「国民生活よりも皇室の弥栄が重要」という政治信条も結構だ。しかし、政治家には選挙人に対して、自分が何者であるかを説明する責任がある。隠してはならない。ウソをついてはならない。

 ところがこの人、統一教会から、重点候補として選挙運動の支援を受けてきたことを、一貫して否定し隠してきたことで有名になっている。

 おそらくは、この人の主たる票田は「皇紀二千六百八十三年・皇室の弥栄・聖寿無窮」などと言ってみせれば喜ぶ種類の人たちなのだろう。しかし、それでは票数が足りない。当選ラインに達するには、統一教会票が喉から手の出るほどに欲しい。 統一教会 運動員の支援も欲しい。さりとて、あからさまに韓国ナショナリズムに身を擦り寄せれば、皇国ナショナリズムに抵触することになる。だから、統一教会票を取り込んでいること、統一教会から選挙運動支援を受けていることは、大っぴらには語れないのだろう。

 安倍晋三銃撃事件の後はなおさらである。これまでも隠してきたのだ。今後も隠し続けることができる、とお考えのようだ。

 ところで、統一教会信仰者にも、真面目な人は多かろう。こんな二股の山谷えり子を支持し、応援することができるだろうか。

トランプのスラップを違法として、フロリダ地裁が1億円超の支払いを命令。

(2023年1月22日)
 スラップとは、自分に対する批判の言動を嫌って、これを牽制し萎縮させる目的で提起する民事訴訟を言う。侵害された自分の権利を回復しようという提訴ではなく、提訴自体で被告やその周辺に対する言動の萎縮効果を狙うものとして、ダーティーなイメージ甚だしい。

 そのスラップを多発する常習者と言われる者がいる。かつては武富士、つい先日まではDHC・吉田嘉明、そして今は統一教会など。それぞれにスラップ専門弁護士が付いている。その責任は、弁護士という職責に照らして重大である。

 スラップの本場はアメリカだったが、スラップの猛威を食い止めるために、アメリカの各州に反スラップ法が制定された。そのため、アメリカではスラップは過去のものかという印象があった。が、必ずしもそうではないようだ。やはり、うさんくさい人物がスラップの常習者となっている。その典型人物が、懲りずに再度の大統領の座を狙っているドナルド・トランプ。彼にとって、スラップは麻薬のごとき、妖しい魅力があるもののごとくである。

 そのトランプが、フロリダの地方裁判所から、スラップ提起を理由に、1億円超の支払いを命じられたという。一昨日(1月19日)のこと。トランプとスラップ、なるほどイメージがよく似合う。それにしても、1億円である。日本とはケタが違う。

 「トランプ氏は訴訟乱用 フロリダ地裁が1億円超支払い命令」(共同)、「訴訟は『政治目的の乱用』 1億円超の支払い命じられ」(朝日デジタル)、などと報じられている。

 問題のスラップは、トランプが2022年3月にフロリダ州の連邦地裁に提起したもの。「16年の大統領選で、自分の陣営がロシアと共謀したという虚偽情報を広げた」などと主張し、その大統領選を争ったヒラリー・クリントンや、ロシアの動きについての捜査を指揮したコミー元連邦捜査局(FBI)長官らを被告としたもの。裁判所は、わずか半年後の同年9月トランプの請求を退けた。

 おそらくは、その後に反スラップ法に基づく審理が進行したものと思われる。4か月で裁判所は、トランプと代理人となった弁護士らに、賠償を命じた。その迅速さに驚かざるを得ない。

 朝日デジタルはこう伝えている。
 「19日の決定で、裁判所は『訴訟は、最初から提起されるべきではなかった。常識的な弁護士なら提訴しなかった。(提訴は)政治目的であり、訴状には理解できる法的主張が一つもない』と指摘。また、『トランプ氏とその弁護士たちによる裁判の乱用は、法の支配を損なう』と厳しく批判した」

 共同は、判決の説示を「理性的な弁護士であれば提訴することはなかった」と伝えている。その上で支払いを命じられた賠償額は、「約93万8000ドル(約1億2000万円)だという。この金額の根拠はよく分からないが、この金額なら、十分に応訴費用をまかない、さらに抑止効果も期待できよう。「トランプ氏はこれまでも、他の政治家やメディアを相手に訴訟を乱発してきたが、こうした行動に影響を与える可能性もある」と報道されている。

 なお、私(澤藤)の、DHC・吉田嘉明に対する、(スラップ被害の)損害賠償請求での認容額は、165万円に過ぎなかった。これでは、訴訟費用実額にも足りない。予防効果も十分ではない。

 報道は、いずれも短い記事で十分には分からない点が多い。フロリダ州の反スラップ法の内容もよく知らないし、それが、本事件でどう機能したか、よく知りたいところである。

 それでも、注目に値するいくつもの点を指摘できる。

 まず、裁判所の判断の迅速性に驚かされる。
 トランプ側の提訴が2022年3月、これを裁判所が「退けた」のが同年9月。そして、トランプ側に100万ドルに近い支払いを命じたのが、今年の1月19日。おそらくは、通常の訴訟手続ではない。反スラップ法あればこその迅速な審理なのだろう。この迅速性は、スラップがもたらす社会の言論の萎縮効果を減殺するために、不可欠というべきであろう。

 次いで、トランプだけでなく担当弁護士にも賠償が命じられていることに注目せざるを得ない。
 これが、反スラップ法による効果なのか、一般法での共同不法行為なのか、興味を惹くところ。いずれにせよ、弁護士の専門家としての倫理に反した行為の責任は重い。

 そして、1億円を超える賠償金額である。
 おそらくは、懲罰的損害賠償が働いているのだ。日本ではこの高額賠償は、考えられないが、このような高額判決あってこそ、表現の自由が守られることになる。
 
 さらに、「トランプ氏とその弁護士たちによる裁判の乱用は、法の支配を損なう」という地裁の決定が興味深い。
 日本の最高裁判決では、「裁判を受ける権利」(憲法32条)の濫用論での違法性認定にとどまる。これに比較して、「法の支配を損なう」は、最大級の違法非難ではないか。

 日本にも反スラップ法が欲しい。喉から手が出るほどに欲しい。
 

山上徹也起訴 ー 「暴力は許されぬ」か、「背景を徹底解明せよ」か。

(2023年1月14日)
 昨日、奈良地検は安倍晋三殺人の被疑者・山上徹也を起訴した。起訴罪名は、殺人とその手段としての銃刀法違反。報道の限りでは、銃撃の事実と責任能力の存在に問題はないと思われるので、審理の争点は自ずから犯行の動機に収斂することになる。動機とは、「背景事情」と置き換えてもよい。
 
 当然のことながら、被告人・山上徹也は、その殺人と銃刀法違反の犯罪行為に責めを負わねばならない。相応の刑罰を受けねばならないということだ。同時に、法廷は被告人の犯行に至る動機を十分に解明し、情状として酌むべき諸点を見落としてはならない。それなくして適正な量刑はあり得ないのだから。その審理を通じて、自ずから、統一教会の反社会性と、その統一教会と安倍晋三や自民党との癒着の実態が明らかにされることになろう。この点については弁護人の活動のみならず、公益の代表者としての検察官の姿勢にも期待したい。

 産経を除く本日の各紙朝刊が、この件について社説を掲載している。いずれも、《刑事責任の明確化》と《背景事情の解明》の両者に触れつつも、その軽重のバランスの取り方に温度差が見受けられる。より正確に言えば、前者に重点を置いている讀賣社説の立場が際立っている。同紙の治安重視の姿勢の表れと言ってよいのだろう。

 産経を除く5紙の各社説の標題を並べてみるだけでよく分かる。

 朝日 銃撃事件と社会 暗部の検証 ここからだ
 毎日 安倍氏銃撃 裁判へ 背景の徹底解明が必要だ
 東京 安倍氏銃撃起訴 法廷外でも背景に迫れ
 日経 安倍氏銃撃が日本社会に及ぼした衝撃
 読売 安倍氏銃撃起訴 どんな理由でも暴力許されぬ

 朝日・毎日・東京の3紙が「背景の徹底解明が必要」と強調している。「背景」とは、端的に言えば反社会的『宗教団体』と政権与党との癒着の実態ということである。東京新聞に至っては、「法廷外でも背景に迫れ」と気迫十分である。読売だけが、過度に「どんな理由でも暴力許されぬ」ことを強調している。そして、日経は「衝撃の深さ」を語る以外には内容はない。

 まずは、朝日である。「どんな理由があろうとも、許されない犯行だ。問答無用の暴力は、言論を積み重ねて形作るべき民主社会にとって最大の敵である。」とは言う。しかし、「(山上が語っている)動機から凶行へ至ったとすれば、その前に、孤立を深めさせぬ手立てや機会が社会の側になかったか。裁判を通じて、「心の闇」を生んだ環境と背景を解き明かし、検証を続ける必要がある」という。

 そしてまた、「いわゆる『宗教2世』問題の本質は、社会通念と相いれない活動を続ける教団に誘い込まれた親のもとで育った場合、自らの意思で信仰を選んだわけではないのに、人生を大きくゆがめられてしまう点にある」とも言う。

 さらに、最後をこう締めくくっている。「事件の背景には、自民党と旧統一教会の半世紀に及ぶ蜜月関係が横たわる。教団の問題を放置してきたばかりか、選挙協力を求め関係を深めた政治家もいる。民主政治の根幹にかかわる問題だ。春の統一地方選では、首長や議員の候補と教団との関係が厳しく問われる。この暗部を徹底的に解明・清算しなければ、国民の不信は拭えない。」

 次いで、「毎日社説」も、「いかなる事情があっても、人命を奪うことは許されない」とは言う。その上で、「ただ、銃撃に至った経緯は、詳細に明らかにされなければならない。安倍氏と教団の関わりも焦点となる」と述べている。また、「裁判とは別に、政治の取り組みも欠かせない。安倍氏と教団の関わりについて、岸田文雄首相は調査を拒んでいる。しかし、安倍氏が国政選挙で、教団の組織票を差配していたとの証言がある。自民党が教団と関係を持つようになったのは、安倍氏の祖父・岸信介元首相にさかのぼる。清和会(現安倍派)を中心に半世紀にわたって続いてきた。自民党も背景の解明に努めるべきだ」と、自民党に辛口である。

 東京新聞<社説>は、さらに厳しい。「事件後、世論は揺れた。理由はどうあれ殺人は許されず、厳罰に処すべきだという正論の一方、被告の生い立ちなどから少なからぬ同情論も生まれた。…同情論が漂った一因には、反社会的な行為を重ねてきた教団と親密な関係を築き、事件発生まで自省のなかった政治、特に自民党への強い憤りがあったからだろう」
 「2015年の教団の名称変更に当時の安倍政権が関与したのか否か、国政選挙で教団票を差配したと指摘される安倍氏の役割など、教団と自民党との親密な関係の核心部分には踏み込んでいない。その検証には今もなお、背を向けたままだ。銃撃事件の本質と、教団と政治との親密な関係が無縁とは言えない。裁判では解明に限界がある。法廷に加え、国会でも事件の背景に迫らねばならない」

 これに比較して、讀賣「社説」のトーンは明らかに異なる。
 「白昼堂々、選挙で演説中の政治家が銃撃された事件は、民主主義社会に深い傷を残した」「裁判では、山上容疑者の犯行時の精神状態に加え、教団への恨みを安倍氏への銃撃で晴らそうとした経緯なども焦点になるだろう。裁判所には、犯行がもたらした重大な結果や事件の背景を踏まえ、厳正に判断してもらいたい」「山上容疑者の境遇に同情する声があり、本や衣類のほか、100万円を超える現金が届いているという。ネット上には、教団の問題点を明らかにしたとして、英雄視するような投稿も見られる。だが、どのような事情があろうが、自分の目的を達成するために人の命を奪うことなど、あってはならない。犯行を正当化するような一部の風潮は極めて危険だ」

 最後に日経 [社説]である。
 「参院選のさなか、白昼の街頭で有力政治家が殺害されるという凶行は世界中に衝撃を与えた。民主主義が脅かされ、治安に対する信頼は低下した。招いた結果は極めて深刻である。事件は政治と宗教の関係など様々な問題を浮き彫りにした。山上被告は動機として母親が入信した世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への恨みを挙げ、教団による巨額献金の実態が注目された。…教団と政治家の不透明な関係が問題視され、自民党は関係の断絶を宣言した。いずれも対応は緒に就いたばかりである。成果や実効性を注意深く見守りたい」「背景や本人の心理を公開の法廷で明らかにすることが重要だ。それを通じて事件の教訓を社会全体で共有しなければならない」

 おそらくは、世論の心情は朝日・毎日・東京3紙の論調に近いものと思われる。だから、安倍国葬反対の世論が6割を越え、岸田内閣の支持率が下がり続けているのだと思う。この刑事裁判では、何よりも背景事情の徹底解明を期待したい。そして、政治もメディアも、訴訟を傍観するのではなく、独自に統一教会と自民党との癒着の解明に努力を継続していただきたい。

《NHK文書開示請求訴訟》次回12月21日口頭弁論のお知らせ

(2022年12月17日)

NHK森下俊三経営委員長の違法の責任を問う

《NHK文書開示請求訴訟》

次回口頭弁論 12月21日(水)14時・415号法廷

 NHKと森下俊三経営委員長の両名を被告として、NHKの報道姿勢と総理大臣任命の経営委員会のあり方を根底から問う《NHK文書開示請求訴訟》。その第6回口頭弁論が、下記の日程で開かれます。

 今回も原告代理人が、法廷でパワーポイントを使っての意見陳述をいたします。報告集会ともども、ぜひ傍聴をお願いいたします。
     日時 12月21日(水) 14時
     法廷 東京地裁415号

 閉廷後の報告集会は下記のとおりです。
     同日 15時ころ?
     日比谷図書館文化会館小ホール

 パワーポイントを使っての法廷での原告代理人意見陳述は、原告第7・第8準備書面の主張と、それに対する両被告の応答を整理した要約となります。その上で、いよいよ人証の申請をし、その採用の必要性を強調することになります。

 NHK「クローズアップ現代+」は、「かんぽ生命保険」の不正販売を追求する番組を報道しました。この報道に日本郵政から圧力がかかってきたとき、NHKの最高意思決定機関である経営委員会は、番組制作の現場を守ろうとせず、日本郵政と一体となって、報道を妨害したのです。その手段が、経営委員会の席上における「会長厳重注意」というものでした。公共放送としてのNHKの歴史的な汚点であり、明らかな放送法(32条2項)違反でもあります。

 114名の原告らが開示を求めているのは、この「厳重注意」を言い渡した経営委員会議事録です。「厳重注意」部分を除いた不完全なものではなく、法規に則った完全な議事録。そしてその議事録の元となった録音の生データ。
 原告の主張は、この文書開示請求を妨害しているのが経営委員長の森下俊三であって、不法行為による損害賠償の責めを負うと追及しているのです。

 訴訟の進行は佳境に入ります。裁判所も真剣に取り組んでいます。ぜひ法廷にお越しください。

***********************************************************

                  《NHK文書開示請求訴訟》経過

◎2021年4月7日 文書開示の求め(その後、2度の延期)
◎2021年6月14日 第1次提訴 (原告104名・被告2名)
 ・被告NHKに対する文書開示請求
  開示対象は2グループの文書だが、
  その主たるものは、下記経営委員会議事録の未公開部分
   「第1315回経営委員会議事録」(2018年10月 9日開催)
   「第1316回経営委員会議事録」(2018年10月23日開催)上田会長厳重注意
   「第1317回経営委員会議事録」(2018年11月13日開催)
 ・被告両名に対する損害賠償請求(慰謝料・弁護士費用、原告一人2万円)
◎同年   7月9日 NHK「3会議の議事録・粗起こしの草案」(「議事録の原告らに開示
(◎同年 9月16日 第2次提訴 (原告10名・被告2名)1次訴訟に併合)
☆同年  9月15日 被告NHK答弁書(現時点では対象文書は全て開示済み)
★同年  9月21日 被告森下答弁書(不法行為はない、請求棄却を求める)
◇同年  9月23日 原告 被告NHKに対する求釈明
◇同年  9月24日 原告 甲1の1?4 NHK開示文書提出
◎同年  9月28日 第1回口頭弁論期日
(西川さん・長井さん・醍醐さんの原告3名と代理人1名の意見陳述)
☆同年 12月 3日 被告NHK準備書面(1)「現時点で、所定の議事録作成手続は完了しておらず、放送法41条の定める議事録とはなっていない」
★同年 12月 3日 被告森下 準備書面(1) 「本件各文書はいずれも開示済」と言いながら、「粗起しのもので、適式の議事録でない」ことを自認している。
★同日        被告森下丙1?32号証 提出
◇2022年1月12日 原告第1書面(被告森下の求釈明に対する回答)提出
☆同年   1月17日 被告NHK 乙1(放送法逐条解説・29条部分)提出
◎同年   1月19日 第2回口頭弁論期日
★同年   2月28日 被告森下 準備書面(2)
◇同年   3月 2日 原告第2準備書面
◇同年   4月 7日 原告第3準備書面
☆同年   4月22日 被告NHK 準備書面(2)
★同年   4月22日 被告森下 準備書面(3)
◎同年   4月27日 第3回口頭弁論期日
◇同年   4月28日 原告第4準備書面(求釈明)
★同年   6月14日 被告森下 準備書面(4) (電磁記録は消去済みである)
☆同年   6月21日 被告NHK 準備書面(3)
◇同年   7月 1日 原告第5準備書面(求釈明)
◎同年   7月14日 進行協議
★同年   8月22日 被告森下準備書面(5)  (求釈明に対する回答)
☆同年   8月25日 被告NHK 準備書面(4)
◇同年   8月30日 原告第6準備書面
◎同年   9月 6日 第4回口頭弁論期日
☆同年  10月14日 被告NHK 準備書面(5)
★同年  10月14日 被告森下準備書面(6)
◇同年  10月16日 原告第7準備書面
◎同年  10月26日 第5回口頭弁論期日
◇同年  11月16日 原告第8準備書面
★同年  12月13日 被告森下準備書面(7)
☆同年  12月14日 被告NHK 準備書面(6)
◎同年  12月21日 第6回口頭弁論期日(予定)

新藤義孝・衆院憲法審査会与党筆頭幹事の、強引な審査会議事運営に抗議する。

(2022年12月10日)
 本日で臨時国会が閉幕となった。政権を揺るがした統一教会問題は、生煮えの「被害者救済新法」成立で、いったん休戦となるが、もちろんこれで幕引きにはならない。問題の本質は、「反共」という理念を共有する、カルト集団と、保守政治勢力、なかんづく安倍派との癒着にある。

 統一教会は、岸・安倍・安倍の3代やその周辺の政治家と結びつくことによって、違法・不当な伝導強化活動を可能とし、信者からの収奪を重ねてきた。なによりも、その癒着の実態を白日の下に曝さねばならない。とりわけ、安倍晋三や細田博之と教団との癒着は徹底的に洗い出さねばならない。その調査の中から、真に実効性ある被害者救済策が構築されることになるだろう。

 なお、国会閉幕後に、日本の防衛問題についての大議論が始まる。政府・与党は《敵基地攻撃能力の保有》の名で、国是とされてきた《専守防衛》論を放擲することになる。その上で防衛費の対GDP比2%を実現し、大軍拡大幅増をやってのけようというのだ。国会が終了しても、政府の動向から監視の目を離すことはできない。

 ところで、各国会会期の終了時に確認しておかねばならないことは、各院の憲法審査会の動向である。明文改憲に向けて、事態は進展したのか、しなかったのか。

 昨年7月10日参院選投開票直後には、衆参両院で圧倒的な「改憲派議席」を獲得した岸田政権が「黄金の3年間」を手にしたのだと喧伝された。自・公だけでなく、維新も国民も改憲派の旗幟を鮮明にしてきている。25年参院選まで国政選挙はない。改憲勢力は、この間なら明文改憲に向けての強引な国会運営ができる。憲法審査会はその,強引な表舞台となるのではないか。

 結論から言えば、深刻な事態というまでには至っていない。政権与党は、統一教会との癒着の実態を追及され常に受け身の姿勢を余儀なくされた。しかも、円安・物価高の経済情勢である。とうてい、積極的に明文改憲を推し進めるだけの余裕も清算も持ち得なかった。

 しかし、両院の審査会が議論を停止していたわけではない。自民党改憲案4項目中の「緊急事態」条項については立憲・共産を除く委員の一定の議論が交わされた。のみならず、12月1日衆院審査会の場に、唐突に「論点整理」表が提出されて、衆院法制局の職員がその表の説明さえしている。彼ら・改憲派は、隙あらば遠慮なく…改憲へ向けての執念を表面化するのだ。下記の「緊急声明」が、事態の顛末と意味についてよくまとめている。

**************************************************************************

緊急事態下の国会議員任期延長に関する衆議院憲法審査会の運営及び議論の在り方に抗議する法律家団体の緊急声明

                   2022年12月9日

1 誤解を生じさせかねない姑息なやり方に抗議する
 本年12月1日の衆議院憲法審査会において、衆議院法制局が、緊急事態における国会議員任期延長に関する各党会派の発言を論点ごとに整理した資料を提出し、橘幸信法制局長が20分にわたり説明を行った。
これは、自民党の新藤義孝委員(与党筆頭幹事)が、個人的な議論のとりまとめを行うために、衆議院法制局にその資料作成を依頼したものであり、予めの幹事会では、法制局長が資料説明をすることについては合意がなく、いわば不意打ち的に強行したものである。
 衆議院法制局に説明させることで、審査会において議論が進展しているかのように見せかけて改憲をすすめようとする姑息なやり方である。事実、一部のマスコミ(NHK)は、1日衆議院法制局が主張を整理した資料を説明したことを伝えて、「衆議院の憲法審査会で論点整理まできた。」「そろそろ仕上げの仕事に入っていかなければならない。」とする自民党茂木敏充幹事長の発言を報道している。
 このような姑息なやり方は、与野党の合意に基づき審査会を運営するとした慣例に反し、国民世論を誤って誘導しかねない危険なものであり、自民党には猛省を求める。

2 議員任期延長改憲のみを議論することは根本的に誤りである
 衆議院法制局資料からも明らかなように、緊急事態の国会議員任期延長改憲の議論は、その前提に問題があり、重要な問題についての議論が抜け落ちている。
 改憲推進派は、国会機能(国会の立法機能・行政監視機能)の維持のために、議員任期延長の改憲が必要であると口をそろえている。しかし、国会機能の維持が必要であることは、改憲派の問題とする任期切れ直前に大規模災害等が発生した場合だけではなく、議員任期が十分に残っている場合も、国会の閉会中または開会中に、大規模災害等の緊急事態が発生すれば同様に問題となる。国会の機能維持というのであれば、現に開会中の国会で委員会を招集し、閉会中であれば内閣が適切に臨時会の召集を求め(憲法53条前段)、あるいは、野党議員の求めに応じて内閣が国会を速やかに召集し(憲法53条後段)、政府が国会議員の質問に十分に答えて議論を尽くすことが必要である。これはいわゆる平時であっても全く同様である。
 問題は、内閣が自分に都合が悪いときは国会を開かない、与党多数派が短時間で委員会審議を打ち切り、野党の質問に政府側が真摯に答えようとしない現状である。国会の開会が内閣の専断となっていて、国会(国会議員)が統制できていないこと、与党多数派が十分な国会審議に応じようとしない現状こそが問題の核心である。
 この現状に鑑み、憲法に照らして国会機能を全うするためには、たとえば憲法53条後段に基づき臨時会を召集させることを強制する仕組みなど内閣に憲法を守らせる方途や、国会議員が国会の開会について一定の権限を持つような改革案を憲法審査会で議論することこそが求められている。
 改憲推進派は、この本質的な議論に応じようとしていない。国会議員の任期切れが迫りしかも、その時に大規模地震などの緊急事態が発生し、その上、日本全土にわたり広範にかつ長期間、選挙が実施できない場合といった(確率的には極めて低く想定し難い)事態に限って、国会機能の維持のために議員任期延長の改憲が必要だと主張している。改憲をするためだけの議論であり、国会機能の維持など本心では念頭にないことが明らかである。
 仮に国会議員の任期延長について改憲を行ったとしても、国会が開かれるとは限らない。参議院の緊急集会も、憲法上は「内閣は、国に緊急の必要があるときは、参議院の緊急集会を求めることができる」(憲法54条2項)とされているため、現状では、内閣が緊急集会を確実に召集する保証はない。むしろ自民党などの改憲派は、緊急事態を口実に選挙を避けて権力を温存したうえで、国会を開かず、緊急政令等の内閣や首相の権限により都合よく政治を執り行うことを緊急事態条項を創設する改憲により目指しているとみるほうが正確である。

3 国会機能の維持のため論点を一から整理しなおすことが必要
 12月1日の衆議院憲法審査会で、立憲民主党の中川正春委員が、「緊急事態の中での議員任期延長というほんの一部分のみにこだわるということではなく」「権力の暴走を民主的に防ぐための歯止めをどのように憲法を含む法体系の中に準備しておくかということ、この問題を総合的に議論する必要がある」と指摘した点は正鵠を射ている。
 内閣の暴走により国会の機能が果たせていない現状の改革こそが喫緊の課題であり、国会機能の維持を理由に任期延長についての改憲のみを取り上げる議論の在り方は、根本的に間違っていると言わざるを得ない。衆議院憲法審査会は、議論すべき論点を一から整理しなおすことが必要である。

以上

杉田水脈の総務政務官任命をも、適材適所と強弁するか?

(2022年12月6日)
 岸田文雄改造内閣は、今年8月10日に発足している。7月8日安倍晋三銃撃事件直後の統一教会との癒着批判の嵐のさなかのこと。統一教会との公然たる接触者を避けての人選。枯渇した人材の割当に苦労しての組閣が、適材適所であろうはずもない。既に3大臣の首がすげ替えられて、4人目も風前の灯だが、国会閉幕に逃げ込めるかどうか。

 4大臣だけではない。これ以上はない非適材の不適格者と指摘すべきは、杉田水脈の総務政務官任命である。杉田こそは、女性でありながらの性差別・ヘイト発言の第一人者である。その杉田が、総務省の政務官に起用された。

 予想されたとおり、その杉田が過去の厖大な差別発言を問題にされ、攻撃にさらされているが、これもまだ罷免に至っていない。岸田政権、いったい何を考えているのやら。

 11月26日以来、杉田は過去の差別言動をめぐり、連日、野党の追及を受けている。12月2日の参議院予算委員会では、「過去の配慮を欠いた表現、そういったことを反省するとともに、松本総務大臣から、そうした表現を取り消すよう指示がありました。内閣の一員としてそれ(方針)に従い、傷つかれた方々に謝罪し、そうした表現を取り消します」と答弁するに至っている。飽くまで、「大臣からの指示による、差別表現の取消しと謝罪」である。自分の考えは別なのだ。

 社民党・福島みずほ議員から「杉田さん、謝罪と撤回ですが、どこの部分の発言を撤回・謝罪する?」と聞かれて、「私自身、表現が拙かったことを重く受け止め反省しております。今後はこうしたことがないように誠心誠意努めてまいりたい」としか答えられない。撤回と謝罪は「表現が拙かった」だけのことだというのだ。

そして、杉田政務官を更迭するよう求められた岸田首相は、「職責を果たすだけの能力を持った人物だということで判断した。内閣の方針に従って言動してもらわなければならない」と、杉田擁護を重ねている。

 杉田は過去の月刊誌の論文で性的少数者(LGBTなど)について「生産性がない」と記した。同日の予算委では自身のブログで国連女性差別撤廃委員会の会合の出席者をやゆしたことも指摘された。「チマ・チョゴリやアイヌの民族衣装のコスプレおばさんまで登場。完全に品格に問題があります」と記載してもいた。2018年6?7月、ツイッター上で「枕営業の失敗」「ハニートラップ」「売名行為」などと伊藤氏を中傷した第三者の投稿計25件に「いいね」を押して、損害賠償書を命じられてもいる。誰が見ても、「人権感覚が疑わしい」と批判せざるを得ない。

 その杉田が、インターネット上の誹謗中傷対策の担当政務官だという。この人物の登用はなにかの冗談ではないかと思わせる。何しろ、舛添要一が「インターネット上の誹謗中傷対策を担当する総務相の政務官に、ヘイトスピーチ・オンパレードの杉田水脈議員を任命するというのは、ブラックジョークである。副大臣や政務官の人事は、政策や適材適所ということではなく、派閥間の帳尻合わせの道具である。しかも、大臣に比べて「身体検査」も緩い。」と投稿しているのだから。

 その上に、杉田は2016年8月5日、ツイッターに「幸福の科学や統一教会の信者の方にご支援、ご協力いただくのは何の問題もない」と投稿している。19年4月28日、旧統一協会の別動隊「国際勝共連合」と関係が深い団体主催の会合で講演し、「会場はお客様で満杯。懇親会までじっくりとお話しさせていただき、本当にありがとうございました」と投稿。

「男女平等は絶対に実現しえない、反道徳の妄想だ」「女性差別というのは存在していない」等々の発言もある。昨年は、政治家の性差別発言ネット投票で、ダントツのワースト賞に輝いている。例の「女性はいくらでもウソをつける」発言である。党本部の会合で性暴力被害者支援に関して述べたもので、「やっとの思いで性被害を申告した人に対して、あまりにも心無い言葉だ」などの批判の声が多く集まった。

 この杉田水脈という女性、酷い差別主義者ではあるが、ウソつきではないようだ。「女性はいくらでもウソをつける」と自分のことを言っているのだから。 

澤藤統一郎の憲法日記 © 2022. Theme Squared created by Rodrigo Ghedin.