(2022年3月11日)
3・11である。11年前のこの日、東日本を大震災が襲い、東北3県の沿岸に甚大な津波の被害が生じた。映像で見る悲惨な光景は、目を覆うばかり。共生する人間社会は、共同して繰り返す自然災害を防止する手立てと被災した人を救済する手立てを講じなければならない。そのことを強く印象づけられた彼の日。
しかし、3・11は、自然災害だけの日ではなかった。福島第1原発の事故という明らかな人災が伴った。女川原発も間一髪だった。人間は、自らの手では完全に制御しきれない危険物をもてあそんでいるのだ。この、人類を絶滅させかねない危険物。どうして、脱原発の意思統一ができないのだろうか。
今起きているロシアによるウクライナ侵略。これも人災である。人が人を大量に殺傷し、環境を破壊し、資源を浪費している。愚かな限りではないか。しかも、さらに恐るべきは、ロシアがウクライナ内の原発を標的に砲撃しているという。狂気の沙汰としか評しようがない。
戦争と原発と並ぶ、もう一つの災厄が「嘘」である。
侵略国ロシアのラブロフ外相と、被侵略国ウクライナのクレバ外相は、昨日(10日)、トルコ南部アンタルヤで、トルコの外相も交えて約1時間半にわたって会談した。特になんの進展もなく、「ロシア、降伏を要求」と見出しを打った報道もあった。このことは想定されたところだった。
が、驚いたのは、会談後のロシア外相記者会見である。「ロシアはウクライナを攻撃していない」とのたもうたのだ。
つまり、現在進展しているのは、プーチンの言う「住民を保護するための特殊な軍事作戦の遂行」に過ぎず、戦争でも侵略でも、軍事侵攻ですらない。もそもそも「ウクライナを攻撃していない」というのだ。
同じ日、ウクライナ南東部マリウポリ。この日、市民を避難させるための「人道回廊」が設置され一時停戦が合意されていたはずのこの町で、産科と小児科をもつ病院が爆撃された。被害者は妊産婦と幼児である。顔を血に染めた妊婦の映像が痛々しい。
ところがこの病院爆撃の事実も、存在しないとロシアは言う。”あの報道はフェイクニュースだ“、“病院はすでに兵士によって使われていて、小児病院ではなかった”、“フェイクニュースはこうやって生まれる”とまで言ってのけた。
「あることをない」と平気で言うプーチン流。きっと、「ないこともある」と平気で言うのだろう。自然災害と原発事故と戦争と、そして権力者の嘘。恐いものばかりだ。
(2022年3月10日)
3月10日、東京大空襲の日。日本人が戦争の悲惨さを、自らのこととして身に沁みて知った日である。この日、一夜にして10万人の東京の住民が焼き殺された。悲劇の極みである。東京の下町を歩けば、あちこちに77年前の劫火の爪痕を見ることができる。もちろん、日本も被侵略国に同様の惨禍を与えたではないか、という批判にも謙虚に耳を傾けなければならない。
いかなる戦争も容認してはならない。いかなる理由があろうとも、武力に訴えることを許してはならない。戦争は、限りのない悲劇の連鎖を生む。愚かな戦争を、けっして繰り返させてはならない。その思いが、日本国憲法第9条に結実した。
今年は、ウクライナの人々に進行中の惨劇と重なる3月10日となった。ロシアという専制国家が新たな侵略戦争を起こし、ウクライナの民衆に無数の悲劇をもたらしている。連日新聞の紙面を大きく飾る砲撃・爆撃の犠牲者、無数の避難民の写真に胸が痛む。が、この戦争に胸を痛めている者ばかりではない。この経過を冷徹に見守っている国もあり、指導者もいる。その落差は大きい。
毎日新聞デジタル 2022/2/28 19:09の記事が、こう伝えている。
「中国の歴史学者ら、ウクライナ侵攻は「不義の戦争」 閲覧制限でも称賛」
「中国の歴史学者5人が26日、ロシアのウクライナ侵攻を「不義の戦争」と批判し、撤退を求める声明を通信アプリの微信(ウィーチャット)で発表した。中国政府はロシアの立場には一定の理解を示し「侵攻」と呼んでいない。声明はまもなく閲覧できなくなったが、保存された画像はインターネット上で繰り返し転載され、国内外で「歴史家のあるべき姿」「勇気ある行動だ」と称賛の声が相次いでいる。」
当然のことだが、中国にもロシアのウクライナ侵略を「不義の戦争」と言い切り、これを公表する人がいる。しかし、その見解は、すぐに削除されたというのだ。ウクライナの民衆の悲劇に胸を痛めるて寄り添おうという人と、冷徹にこれを許さないとする人と、落差は大きい。
「声明を出したのは北京大、南京大など中国本土や香港の大学の教授5人。『ロシアにどんな理由があろうとも、武力で主権国家に侵攻するのは、国連憲章を基礎とする国際関係のルールを踏みにじるものだ』と指摘。祖国を守るウクライナ人の戦いを支持するとともに、プーチン大統領や露政府に対し、戦争をやめて交渉で問題を解決するよう強く求めた。」「5人は、ウクライナの戦禍とその苦痛は、かつて戦争で国土を踏みにじられ、家や家族を失った中国人として『我がことのようだ』と表現。声を上げることが必要だと説明した。」
ところが、この声明は数時間後、「『ネットユーザーの情報サービス管理規定』に違反するとして閲覧できなくなった。中国政府は、ロシアの安全保障面での要求は重視されるべきだとの立場を取る一方で、ウクライナの主権と領土も尊重すべきだとし『侵攻』かどうかについて言及を避けている。5人の声明は政府方針にそぐわないと当局が判断し、削除した可能性がある。」
この声明はその後、中国ネットユーザーらの手でコピーされ、中国政府側の手の及ばないツイッターなどで国内外に拡散。注目すべきは、「中国語でのツイートには『中国の知識人の見識を示した』『5人に心からの敬意を表する』などと賛辞が並ぶ一方で『国の恥だ』と批判する声もあった」という。
この声明の全文を読みたいと思っていたら、「リベラル21」のサイトに掲載された、阿部治平さんという方の訳文を教えてもらった。引用させていただく。
http://lib21.blog96.fc2.com/
「ロシアのウクライナ侵攻と我々の態度」
2022年2月26日
孫 江 南京大学教授
王立新 北京大学教授
徐国埼 香港大学教授
仲偉民 清華大学教授
陳 雁 復旦大学教授
戦争は暗闇の中で始まった。
2月22日夜明け前(モスクワ時間21日夜)、ロシア大統領プーチンはウクライナ東部の民間武装組織、自称ドニエツク人民共和国とルガンスク人民共和国を独立国として承認することを宣言し、これに続き24日には陸海空三軍によるウクライナへの大規模侵攻を開始した。
国連常任理事国であり核兵器を保有する大国が、意外にも弱小兄弟国に対して大打撃を与え、国際社会を驚愕させた。ロシアは戦争をしてどうするつもりなのか?大規模な世界大戦をやるのか?過去の大災害はしばしば局部的な衝突から始まっている。国際世論はこの事態に心を痛めることこの上ない。
この数日、ネット上ではリアルな戦況を伝えているが、廃墟・砲声・難民……ウクライナの傷口はことごとく我々を痛めつけている。かつて戦争によって踏みにじられたわが国では、家族が離散し、肉親を失い、多くが餓死し、領土を奪われ、賠償を取られた……。この苦しみと屈辱が我々の歴史意識を鍛えた。我々はウクライナ人民の苦痛をわが身のものとして受け止める。
連日、到るところで戦争反対の声がわき上がっている。
ウクライナ人民は立ち上がった。ウクライナの母親は激しくロシア兵をとがめ、ウクライナの父親は戦争の罪悪を激しく非難している。ウクライナの9歳の女の子がなきながら平和を叫んでいるではないか。
ロシア人民は立ち上がった。モスクワでもサンクトペテルスブルクでも、ほかの町々でも市民は街頭に出た。科学者たちは反戦を声明した。平和、平和、反戦の声は国境を超え、人の心を揺り動かしている。
我々が注目してきたことの推移が、過去を思わせ、未来を心配させる。人々の叫びの中、我々もこの思いを声にしなければならない。
我々は、ロシアがウクライナに仕掛けた戦争に強く反対する。ロシアにはそれなりの訳があろうが、すべては言い訳に過ぎない。武力による主権国家への侵入は、すべて国連憲章を基礎とする国際関係の準則を踏みにじるものである。現有の国家間の安全の仕組みを破壊するものである。
我々は断固としてウクライナ人民の自衛行動を支持する。我々はロシアの武力行使がヨーロッパと世界全体の情勢を動揺させ、さらに大きな人道上の災難を引き起こすことを憂えている。
我々はロシア政府とプーチン大統領に対し、即時停戦と対話による紛争解決を強く強く呼び掛ける。強権行動は文化と進歩の成果と国際正義の原則を破壊し、ロシア民族にさらに大きな恥辱と災禍をもたらすであろう。
平和は人心の渇望するところである。我々は不正義の戦争に反対する。
以上
「強権行動は文化と進歩の成果と国際正義の原則を破壊し、ロシア民族にさらに大きな恥辱と災禍をもたらすであろう」という言葉は重い。当然のことながら、強権行動の主体はプーチンに限らない。 「ロシア民族」は、他の民族に置き換えても理解できるのだ。だから、この声明はすぐに消されたのであろう。
(2022年3月9日)
プルシェンコという人物をご存知だろうか。ロシア人のフィギュアスケート選手で、かつてのスーパースターだという。このアスリートが、6日インスタグラムにこんな投稿をしたと報道された。
毎日7日夕刊の見出しが、「私はロシア人。人種差別をやめろ」。投稿の内容は、「私はロシア人。人種差別をやめろ」「ロシア人であることに誇りを持っている」「ジェノサイド(民族大量虐殺)をやめろ。ファシズムをやめろ」
私は、この見出しと投稿文だけを読んで、不覚にも勘違いしてこう思った。「ロシアのスーパースターもプーチンを批判している」「アスリートの世界にも、骨のある立派な人がいるもんだ」と。「2月24日以後」の今、民族差別も、ジェノサイドもファシズムも、プーチン・ロシアの専売特許になっている感があるのだから。大したものだ、プルシェンコ。
ところが、これは一瞬だけのことだった。共同配信の毎日記事の最後は、「ロシアのウクライナ侵攻に対する批判に反発したとみられる」と結ばれている。他紙の見出しも、「プルシェンコ氏がロシア批判に反発」という。よく読めば、なんだまったく逆じゃないか。つまらぬ奴だ、プルシェンコ。
もう少し詳細な報道では、プルシェンコは英語とロシア語でこのメッセージを投稿したという。英語で記された記事の全文は以下の通りとされている。
「私はロシア人です! 私はロシア人であることに誇りを持っています!私はロシアのハバロフスク地方で生まれました。私は長い間、ヴォルゴグラード=スタリングラードに住み、サンクトペテルブルクで競技生活をしていましたが、現在はモスクワに住んで働いています。
私は過去4大会のオリンピックで4つのメダルを祖国であるロシアにもたらしました。
私はロシア人です!人種差別、ジェノサイド、ファシズムはやめよう!」
これに続くロシア語で記した部分では、以下の文章が付加されているという。
「ロシア人よ!顔を上げて前へ進もう。恥ずかしがらず、ロシア人であることに誇りを持ちましょう!」
このメッセージは英語の文章にはなく、ロシア語文だけにあるという。
プルシェンコには、今月2日にも、インスタグラム投稿があり、国際スケート連盟(ISU)が国際大会からロシアとベラルーシの選手を除外したことに対し、「スポーツと政治を混同してはならない」と否定的な意見を投稿し、さらに同じ投稿で「私は(プーチン)大統領を信頼しています」と述べているという。プーチン礼賛? こりゃダメだ。まったくダメな奴。
さらに、プルシェンコは、次のようなインスタグラムの複数投稿に「いいね」をしていると報道されている。
「今のあなたの国(ウクライナ)には、市民を思いやり、考え、生活をより良くしようとする指導者がいない」「ゼレンスキー(大統領)は世界との繋がりを失っている。今日ではなく、長い間だ。彼は統治しているのではなく、統治されている。彼への信頼は失われた。正しく思慮のある行動を1つもしなかったからだ」「ウクライナの平和な市民よ! ウクライナ軍よ! 裏切り者や盗賊から共に国を解放しよう!」
プルシェンコよ、キミは今、ロシアの何を誇ろうというのだ。国境を越えて軍事侵攻したのはロシアではないか。無差別に市民を攻撃し殺傷し、ジェノサイド状態を作り出しているのはロシアではないか。国内からの批判の言論を恐れて強力な報道規制に及んだのはプーチンではないか。200万人ものウクライナ難民の恨みを買っているのは、プーチンのロシアではないか。いま、どうして、ロシア人であることを誇れるというのだ。どうして、プーチンが信頼できるというだ。
アスリートとて、全部が全部ダメな奴ばかりではない。デイリー新潮の報道によれば、女子テニスのロシア選手パブリュチェンコワは、厳しくプーチンを批判しているという。逮捕されかねない恐れにとどまらない、場合によっては生命の危険をも賭してのこの勇気ある発言には感嘆するほかはない。こういう人の存在こそが、真にロシア人の誇りではないか。
「女子テニス世界ランク14位で昨年の全仏オープンで準優勝したアナスタシア・パブリュチェンコワ(30)が、《母国そのウクライナ侵攻に対する意見を述べた。米ヤフースポーツが報じている》と伝えた。
《「小さな頃からテニスをしてきた。人生でいつもロシアを代表してきた。これが我が家で母国。しかし、私は完全な恐怖の中にいます。私の友人も家族もそうです。しかし、私は自分の立場を明確にすることに恐れはありません。私は戦争と暴力に反対します。個人的な野心や政治的な目標で暴力を正当化することはできない(後略)」》
プルシェンコのごとき政権追随の発言がなぜ出て来るのだろうか。国策によって育てられた、典型的なステートアマの精神の貧しさでもあろうが、むしろ報道統制の影響を考えざるを得ない。要するに無知。政権のプロパガンタ以外の情報は耳にはいらないのだ。
報道統制には敏感でありたい。報道を規制している政権は絶対に信用してはならない。それにへつらっている連中もである。
そして、パブリュチェンコワ。どうして、専制国家にあって、こんなにも敬すべき理性と勇気を備えた人が育つのだろうか。その人となりを知りたいし、その姿勢を学びたいと思う。
(2022年3月8日)
本日は、「本郷湯島九条の会」による、「本郷三丁目交差点・かねやす前」の月例昼休み街頭宣伝活動。あいにくの真冬の寒さ、午前中の冷雨。しかも、コロナ禍収まらぬさなか。それでも、常連が集まって、マイクを握った。当然のことながら、プーチン批判のトーンが高い。そして、このどさくさに紛れて9条を攻撃し、非核三原則の見直しまで口にし始めた、アベシンゾーと維新の一味に対する糾弾。
手作りのプラスターは、青と?の色を施して、ウクライナへの連帯を表した。あらためて切実に思う。平和が大切だ。平穏に暮らしたい。爆音も銃声も軍靴の響きも聞きたくはない。ましてや核の脅しなど、まっぴらご免だ。その声を一人でも口にしよう。書き付けよう。小さな声も、たくさん集まれば、国際世論になる。
国際世論は、心あるロシアの国民を励ますことにもなる。プーチン政権を揺るがす力にもなり得る。「デモをやってもクソの役にも立たない」と言うのは、プーチンのお仲間連中のいう言葉だ。
会のリーダーの石井彰さん(国際書院)から、行動終了後、以下のとおりの素早いメールが配信された。
ロシアによるウクライナ軍事侵略を糾弾する
夜半からの雨が正午過ぎには止んでいました。きょうの昼街宣には7人の方々が参加しました。2月24日、ロシア軍によるウクライナへの軍事侵略批判にマイクは集中しました。北大西洋条約機構NATOへの不安からの侵略などという話は通用しません。
ロシア・プーチン政権のウクライナへの軍事侵略は北方、東方、南方からの全面攻撃です。ウクライナのゼレンスキー大統領はじめウクライナ国民は果敢に闘い今日で13日になります。同じ国連の仲間である両国です。国連憲章には、第2条4項で「武力行使禁止原則」が書き込まれています。第2次世界大戦における8,500万人に上る犠牲者のうえに、二度と戦争をしない堅い誓いが国連憲章なのです。それを覆すロシア政権は歴史的な犯罪者です。
3月2日の国連総会緊急特別会合ではロシアの軍事侵略非難決議に賛成が141か国、加盟国の7割を超えます。世界各地でロシア・プーチン政権への抗議行動が報道され、ロシア国内でも連日のロシア軍のウクライナ侵略反対のデモがおこなわれています。日本でも新宿、渋谷をはじめ全国で抗議行動がおこなわれています。世界・ロシア国内・ウクライナの人々、三者一体となった闘いがいま展開されています。
私たちは「戦争の立場」に身を置くのではなく、「平和の立場」に徹することが大切である。私はそう訴えました。まして唯一の被爆国である日本人として「核共有論」は論外です。わたしたちは、ロシア軍がウクライナから撤退するまで訴え続けます。
[プラスター]★敵基地攻撃は戦争、憲法9条は平和。★広島出身岸田首相、前言撤回はなし、非核三原則守れ、プーチンは核を使うな、日本は核を持ち込ませるな。★破壊も人殺しもイヤ、憲法9条で平和を。核シェアリングは戦争、非核三原則は平和。★プーチンは人殺しを止めろ、女・子供・老人を殺すな。軍事侵攻やめろ、非核三原則守れ。★ロシアはウクライナから撤退せよ。
(2022年3月7日)
(下記は、某月某日のオンライン対談記録の日本語訳である。現実に、この対談が行われ、正確に翻訳されたことについての証明はなく、信憑性は乏しいと指摘されている)
「いやあ、あんたもやるねえ。用意周到だったわけだ。軍事侵攻の既定方針を隠して被害者を装うなんて、並みの芸当ではない。さすがは元KGB、大したもんだ」
「いやいや、褒められるほどじゃない。まだまだあんたには及ばない。香港の面倒な連中を押さえ込んだ手際にはほとほと感心した」
「あんたがうまくやってくれれば、次はワタシの番だ。あんたが失敗すると、チトやりにくくなる。その意味では相身互い、持ちつ持たれつだ。同じ穴のムジナかな」
「あんたの応援はいつもながら心強い。《弱い人は絶対に強い人にけんかを売るような愚かな行いをしてはいけない》と言っていただいたことには感謝したい」
「小国の分際で大国に楯突こうということが、大半の国際紛争の原因じゃないか。もっとも、ウチの場合は国内の民族紛争だけど、根は一緒だ」
「普通は軍事的な脅しだけで解決するんだが、《脅しには屈しない》なんて構えられると実力行使せざるを得ない。すべての責任は、小国の愚かな指導者にある」
「なんちゃって。結局のところ首都の進攻にまで至る口実を得たのだから、思う壺というところなんだろう」
「ウーン、そこだ。最初の作戦予定では、首都はすぐに陥落するはずだった。ところが、どうも、もたもたしてしまっている」
「その間に、あんたは世界中からバッシングだ。なかなかたいへんだろうね」
「国外からのバッシングは想定内だったが、問題は軍事作戦が長引いた結果の国内への波及だ。ロシア国内の民衆のデモは容易に鎮圧できそうに見えて、その実、弾圧を重ねてもおさまりそうもない。このデモを民意とする各方面への波及効果に頭が痛い」
「ヨーロッパの大規模なデモと連携しているんじゃないか。少なくとも、海外の大規模なデモに触発され鼓舞されていることは間違いない。ウチも警戒しなけりゃならない」
「日本の政治家だか芸能人だかが、テレビで《日本でデモしてもクソの役にも立たない》と言ってくれた。世界は広い。西側にもワタシたちの強い味方がいて、結構がんばってくれている。ありがたいことだ」
「あんたも国内のメディアを相当押さえ込んでいるようじゃないか」
「幸い、議会はワタシの言うままだ。直ちに、《政府発表とは異なるデマ報道には最高懲役15年》の立法だ。海外メディアも国内での取材はあきらめてきている」
「それがまた批判の材料にはなっているようだが、今はなりふり構っておられないからな」
「問題はむしろ、これまでは身内だった退役将校やら財界人が、叛旗を翻していることだ。これも国内のデモが沈静化しないことに影響されている」
「退役将校はともかく、新興財閥の離反は欧米の経済制裁が利き始めたということだろう」
「そうなんだ。戦闘が長引けば、戦費はかさむ。経済制裁は利いてくる。海外資本は逃げ出す。国民生活にしわ寄せが来る。インフレも起こるだろう。国際世論もますます厳しくなる。押さえつけようにも、国内の政権批判は止まらなくなる」
「お互い専制体制維持には人に知られぬ悩みがあるということだ。で、私に何をせよと?」
「幾つかのお願いがある。お互いの利益のためだ。ぜひ聞いていただきたい」
「聞けることと聞けないことがある。こちらも、あんたの巻き添えになって国際批判の矢面に立たされるのはまっぴらご免だ」
「まずは、米欧からの経済制裁加担の呼びかけを拒否してもらいたい。ブリンケン米国務長官は中国の王毅外相との電話会談で『世界はどの国が自由、自決、主権の基本原則のために立ち上がるかを見守っている』とロシア制裁の隊列に加わるように圧力をかけている。これを一蹴して欲しいんだ」
「ウーン、ドル建て決済が世界の経済を席巻しているいま、米欧と全面対決するのはなかなか難しい。時間を置いて、人民元決済の時代が来るまでは、態度を曖昧にしつつ経済制裁の抜け穴を見つけて対応するしかなかろう」
「何と情けない。ここは、専制主義・独裁主義が生き残れるか否かのせとぎわ。ワタシがこければあんたもあぶない。ぜひともよろしくお願いしたい」
「外には?」
「我が国に対する、金融支援、借款、装備品、日常品などの物資の支援を拡大してもらいたい。でなければ、国内世論が政権批判に向かうことになる」
「それから?」
「いずれイザというとき、戦況次第で必要になったときには、停戦の調停役を買って出ていただきたい。中途半端な調停者では、せっかくの軍事侵攻の努力が水の泡だ。その点、あんたなら信用できる」
「できるだけのことをしたいとは思うが、期待しすぎないでもらいたい。すべては国際世論と戦況次第だ。国際的な反戦デモのうねりがやまず、これがロシア国内の世論をも喚起し、各国の政府に経済制裁にとどまらない政治的、文化的な制裁手段に及んだとき、あんたの立場を守るために火中の栗を拾うわけにはいかない」
「ずいぶん冷たいじゃないか。《デモなんかクソの役にも立たない》という世論が世界の主流になることを願うばかりと言うことか…」(以下、録取不能。なお、対話者のコードネームは「熊」と「虎」であるが、巷間「狐」と「狸」ともされているようだ)
(2022年3月6日)
この世で最も大切なものは人の命である。かけがえのない人の命を奪うことは、古今東西を問わず最も忌むべき行為であり、最も憎むべき重大犯罪とされる。この禁忌を犯す殺人者は、最大限の蔑称を投げつけられる。人殺し・殺し屋・殺人鬼・殺人狂・虐殺者…。
この世で最も不幸なできごとは愛する人の命を奪われることである。かけがえのない我が子を、家族を、恋人を、友人を奪われる心の痛みは、この上ない悲しみだけでなく、命を奪った者への激しい憎悪を生み出す。悲劇がさらなる悲劇につながることになる。
この世で最も卑怯で悪辣な振る舞いは、武装した強者が無抵抗の人々を殺傷することである。いかなる口実を設けようとも、平穏に暮らす無辜の市民に銃を向けることはけっして許されない。ましてや、住宅地を爆撃し無差別な大量殺戮など、言語道断の沙汰。
この世に最も必要なものは平和である。誰からも脅かされることも、殺傷されることも愛する人を奪われる心配もなく、他国での悲惨な戦争の報道に胸を痛めることもなく、平穏に暮らしていけること。その平和こそ、奪われてはならないもの。
あらためて声を上げなくてはならない。ウクライナでの大量殺戮の責任はプーチンにある。殺人者プーチンを糾弾しなくてはならない。たった一人を殺すことも犯罪である。いったいプーチンは、これまで何人を殺し、さらにこれから何人を殺そうというのだ。ウクライナでの、この上ない無数の悲劇の責任はプーチンにある。市民生活をおびやかし住宅街を爆撃し学校を破壊し無抵抗の市民や子どもたちを殺傷して多くの悲劇を招いたプーチンの卑怯な振る舞いを許してはならない。
そして、平和を壊したプーチンを、平和の敵として人類の名をもって糾弾する。
プーチンよ、これ以上の殺戮を止めよ。
プーチンよ、これ以上の悲劇を繰り返してはならない。
プーチンよ、卑怯な振る舞いの責任をとれ。
プーチンよ、もう平和を壊すな。
そして、プーチンよ、核を弄ぶことなかれ。
(2022年3月5日)
戦争の最初の犠牲者は「真実」だという。古代ギリシャ以来の筋金入りの格言だそうだが、現代にも健在である。戦争が絶えない限り不滅というべきかも知れない。アジア太平洋戦争での皇軍の手口を顧みても、この度のロシアのウクライナ侵攻を見ても、なるほどこのとおりだ。敵を騙し、味方にも嘘をつかなければ、戦争の遂行はできないのだ。
とりわけ、形だけでも民意によって作られている権力が、民衆を戦争に動員するには、意識的に「真実」を抹殺しなければならない。端的に言えば、国民を騙すことなく戦争はできない。
戦争の準備とは、戦費を調達し軍備を増強するだけでなく、周到に「真実」を抹殺しておくことでもある。歴史を修正し、自国の正義と相手国の不正義を捏造し、戦争即ち大量殺人を正当化する「論理」と「実益」を作りあげなくてはならない。教育と報道の統制によってそのような民衆のマインドコントロールに成功した権力が精強な軍事力を作って戦争に突入する。
ロシアのウクライナへのこれ以上の軍事侵攻を断念させ、侵略ロシア軍を撤退させる確実な方法は、ロシアの民衆のプーチン勢力からの離反である。だまされていた民衆の逆襲がウクライナの平和を回復する。その恐れに対する、プーチン政権の警戒は強い。
ウクライナ進攻開始以来、ロシア国内で言論統制の動きは活発である。軍事侵攻を批判するデモを弾圧し、メディアを取り締まっている。当局は「虚偽情報を流した」として独立系テレビ局「ドシチ」や、独立系ラジオ「モスクワのこだま」の口を封じた。この2つのメディアのサイトは閲覧できない状態になっているという。
「虚偽情報を流した」とは、ロシアのウクライナに対する「軍事侵攻」という表現を用いた記事についてのこと。当局はウクライナへの軍事進攻を、《親ロシア派地域の住民保護のための「特別な軍事作戦」》だとする政権の立場と異なった表現の報道は許されないというのだ。ロシア下院の治安・腐敗防止委員長は、「ロシア軍の行動について偽情報を広めた場合、最長で15年の懲役が科せられるだろう」と述べたという。プーチンは、ウクライナへの侵略行為について、国内で報道されるのを完全に阻止する構えとみられている。既に、「真実」も「報道の自由」も、危篤状態にある。
ロシア国内で取材し報道を続けていた西側メディアも、報道規制の例外とはされない。米ブルームバーグ通信の編集長が4日、ロシアでのメディア規制強化に伴って、「ロシア国内で取材を一時停止しなくてはならないのは、大変残念」との通知を編集スタッフ向けに出したと報じられている。ロシアやウクライナなどに関する報道は継続するが、ロシア国外から行わざるをえないという。さらには、本日、ロシア語サイトも持つ英公共放送BBCもアメリカのCNNも、職員の安全確保のためにロシアにおける記者らの業務を一時停止すると明らかにした。また、ロシアの通信規制当局は、米国の大手SNSの「フェイスブック」と「ツイッター」を国内から接続できなくする措置を決定した。
こうして、戦時下に報道の自由は蹂躙され、国民が真実を知る権利は剥奪されていく。国民が知らされることは、権力に迎合したメディアを通じた、権力に都合のよい情報ばかり。こうして戦争は、確実に「真実」を犠牲にするのだ。
(2022年3月4日)
この事件については、本年1月19日前回口頭弁論期日までの進行を、同日付の当ブログで報告した。
https://article9.jp/wordpress/?p=18387
前回のブログでも言及したとおり、この訴訟、たいへんに興味深い展開になっている。この事件の被告は、法人としてのNHK(日本放送協会)と、個人としての森下俊三(経営委員会委員長)の二人。この被告両名の応訴姿勢が明らかに齟齬をきたしているのだ。森下側は、自分の行為に違法はないとムキになっている体なのだが、NHKの姿勢は頗る微妙、決して森下に同調していない。「NHKが、経営委員会に意見を言う権限はない」としながらも、むしろ言外に「森下には困ったものだ」と言わんばかりの主張。真っ当ならざる森下と、真っ当に見えるNHKの主張が対照的なのだ。
本件における最重要の請求は、「2018年10月23日経営委員会議事録の開示」である。この会議で、経営委員会は上田良一NHK会長を呼びつけて厳重注意を言い渡している。明らかにNHKの良心的看板番組「クローズアップ現代+」が、日本郵政グループによる「かんぽ生命保険の不正販売問題」に切り込んだ報道をしたことに対する牽制であり、続編の制作妨害を意図した恫喝である。
これは、経営委員会による番組制作への介入であって、放送法32条に違反する違法な行為である。国会の同意を得て内閣総理大臣が任命した12人の経営委員が、このような明白な違法行為を行っているのだ。
日本郵政グループの上級副社長・鈴木康雄と意を通じて、この違法な「会長厳重注意」をリードした中心人物が、当時経営委員会委員長代行だった森下俊三である。こんな違法をやっているのだから、議事録は出せない。しばらく非公開の秘密扱いとされていた。
この問題議事録の開示を求めて、本件訴訟提起前に5度に渡る「文書開示の求め」があったが、ことごとく斥けられた。そこで、本件原告らは、「もしまた不開示とするときには文書開示請求の訴訟を提起する」ことを広言して、NHKに対して、通算6度目となる「文書開示の求め」の手続に及んだ。そして、所定の期間内に開示に至らなかったため、21年6月14日に本件文書開示請求訴訟を提起した。その結果、ようやく同年7月9日に至って「議事録と思しき文書」が開示されたのだ。
これだけで大きな成果と言ってよい。この「議事録」では、森下らが、日本郵政の上級副社長鈴木康雄(元総務事務次官)と意を通じて、「クローズアップ現代+」の《かんぽ生命保険不正販売問題報道》を妨害しようとたくらんだことが、動かぬ証拠として明確になったからだ。この局面では明らかに、経営委員会の無法にNHK執行部と番組制作現場が蹂躙されている構図である。結局は腐敗した安倍晋三長期政権が関わる人事の全てがおかしかったのだ。
もっとも、この「議事録と思しき文書」は、所定の手続を経て作成されるべき「議事録」ではないという。NHKが「議事録草案」と呼ぶものである。放送法41条で、「経営委員会委員長は、経営委員会の終了後、遅滞なく、経営委員会の定めるところにより、その議事録を作成し、これを公表しなければならない」とされている、適式の「議事録」については、いまだに不開示ということになる。
何よりも重要なのは、この「議事録草案」は、NHKのホームページ上に公表されていないことである。41条が要求する議事録は公表されなければならない。公表されない議事録は、開示請求に応じた文書とは言えない。
そこで、前回期日の準備書面で、原告は被告森下に対して「今後速やかに、本件経営委員会議事録を適式に作成の上、NHKのホームページ上に公表すべき予定ないしは意向があるか」と質問して回答を求めた。
ところが、被告森下は、端的にこの質問に回答しない。
議事運営規則上、「議事録の公表については、規則によって、経営委員会で決定することになっている」「そのため議事録の公表は、経営委員長だけの判断ではできない」。そのため、「非公表を判断する権限は、経営委員会委員長ではなく経営委員会が有している」という、難解な理由が掲記されている。一見すると、被告森下自身は公表を望んでいるのに、経営委員会が委員長の意向に抵抗して非公表に固執しているというがごとくであるが、そんなことはあり得ない。
そこで、原告は、再度被告森下に、「被告森下自身の意向を尋ねたい」「『草案』をそのままでもよし、あるいは今後速やかに正式なものとして作成の上でもよし、問題の議事録をNHKホームページ上に公表すべき予定ないしは意向があるか」と書面で再質問した。また被告NHKに対しては、「森下が議事録を公表するとした場合、これにしたがうか」と尋ねてもいる。
この進行段階で、昨日(3月3日)主張を整理するための進行協議期日(オンライン)となった。
この進行協議では、裁判長が原告に代わって積極的に両被告代理人に質問した。
まず、NHKに対する問題議事録の公表についての態度を問い、これに対してNHKは「経営委員長の指示に従うだけである」との回答だった。
さらに、裁判長と森下側代理人との間で、概ね以下の質問と回答があった。
裁判長「森下さんとしては公表するのか?」
森下側「経営委員会が判断するので、なんとも言えない」
「大変パワフルな方と聞いているが、森下さんご自身の意向は?」
「経営委員会の判断事項であり、意見はない」
「公表の検討をしているのか?」
「以前非公表の決定をしており、開示等、事後的事情で、これを覆せるかどうか検討することになる」
「検討しているということか?」
「覆す検討をするかどうかも含めて検討する」
「結局、公表しないということでもなく、公表するでもなく、わからないということか?」
「何も言えない」
結局、次回期日までには、森下において、経営委員会としての進捗を報告するとのことになった。
なお、予定のとおり、原告は損害賠償請求の根拠の根幹となる違法性に関する主張の書面を3月30日までに提出する。
次回口頭弁論期日は、4月27日(水)午後2時、103号で開廷。
この期日には、原告の主張を10分間パワーポイントを使ったプレゼンの予定。
(2022年3月3日)
世界が、ロシアに怒っている。ロシアによって引き起こされた戦争に怒っている。世界中の人々が無法者プーチンを糾弾している。ウクライナへの軍事侵攻は、ロシアとプーチンの孤立をもたらした。そのことによって、侵略者の側が深刻な深手を負っている。この侵略行為は成功体験とはなり得ない。一見頼りなげな国際世論が、いま、大きな力を持ちつつあるのではないか。
昨日(3月2日)、国連総会は、ウクライナ危機をめぐる緊急特別会合で、「ロシアを非難し軍の完全撤退を要求する決議」を採択した。国連加盟193か国のうち、賛成票を投じたのが141カ国であった。反対は孤立した5か国。その国名をよく覚えておこう。ロシアとベラルーシ・シリア・北朝鮮・エリトリアである。棄権は35カ国、その中に、中国・インドがあることも今後忘れてはならない。かつて冷戦下では世界を二分する勢力の領袖であったロシアのこの凋落ぶりである。
決議が採択されると、ウクライナのキスリツァ国連大使は起立し、議場は40秒にわたって鳴り響いた拍手で支持を表明したという。ロシアとウクライナ、国際世論の支持でくっきりと明暗を分けた。
この決議は、ウクライナの主権や領土保全を再確認し、ロシアの行動は「国連憲章に反する」と明記した。ロシアによる「特別な軍事作戦」の宣言を非難し、ウクライナ東部の親露派支配地域の「独立承認」も撤回するよう要求。ロシア軍が「直ちに完全無条件で撤退すること」を求めているという。ロシアにとっては、徹底した厳しい内容となっている。
この決議を採択したのは、ニューヨークの国連本部でのこと。一方、ジュネーブでは国連人権理事会の通常会期が進行中である。そこでの興味深い一幕が、報道されている。
この人権理事会で、3月1日ロシアのラブロフ外相がオンラインで演説をした。この演説が始まるや、多くの外交団が一斉に退席し、抗議の意思を示したという。
退席したのは日本を含む約40カ国の100人以上の外交官。退席した外交官らは議場の外で、ウクライナ大使の周りに集まり、ウクライナへの支持を表明したという(ロイター)。
ラブロフは、当初ジュネーブを訪れて会合に参加する予定だったが、欧州連合(EU)が、自身を制裁対象とし、「移動の自由の尊重を拒否したため、オンライン参加を余儀なくされた」とし、約15分間の演説で侵攻の正当性を主張した(共同)と報道されている。
ここでも、肩身の狭いロシア、友情に包まれているウクライナの明暗である。
目前に迫った北京パラリンピックでも、同様の事態が生じている。
国際パラリンピック委員会(IPC)は、4日に開幕する北京冬季パラリンピックに、ウクライナに侵攻したロシアと、ロシアに協力的なベラルーシの参加を容認した。
同日夜、北京市内で開かれたIPCの記者会見で、ウクライナ紙の男性記者が写真を示しながら真っ先に質問した。「この選手には、もう二度と競技をする機会は訪れない」。
この記者によると、写真の男性はウクライナのバイアスロンのジュニア世代元代表。1日にウクライナ第2の都市ハリコフで爆撃を受け、亡くなったという。「あなたは侵略側の選手には競技をさせると言うが、この選手にはもう二度と競技をする機会は訪れない。彼の遺族にあなたはどんな言葉をかけるのか」とたたみかけた。
これに対し、IPCのアンドルー・パーソンズ会長は「ウクライナの皆さんの苦痛は想像だにできない」と哀悼の意を表したが、「彼に起きたことを私たちが変えることはできない」「スポーツと政治は別だ」とも述べた。
ウクライナ紙の記者は会見後、「規則を盾に逃げただけだ」と断じた。会見にはロシア人記者も出席したが、質問に立つことはなかった。(以上、毎日)
これが、昨日(3月2日)のこと。ところが、本日事態は逆転した。
「国際パラリンピック委員会(IPC)は3日、4日から開幕する北京パラリンピックに、ロシアとベラルーシ選手の出場を認めないと発表した。複数のパラリンピック委員会、チーム、選手が参加辞退をほのめかし、北京大会の実施が難しくなる可能性と、選手村の状況が悪化し、選手らの安全が守れないと発表した。」(朝日)
結局、各方面からの批判で、1日足らずで方針を撤回する形になったという。これも国際世論の力だ。世論が、事態を変化させ、その変化が世論に自信を与え、さらなる世論を呼ぶ。
このような国際世論の興隆が、政治的・経済的・社会的・文化的なロシア・プーチン批判の大きな渦を作りつつある。これが、ウクライナの人々を励まし、ロシアの戦意を喪失させている。こうして、国際世論は現実的な力になりつつある。
(2022年3月2日)
2月24日以来、一刻も心穏やかではいられない。今も、キエフで、ハリコフで、市民が砲撃に曝されている。ロシア兵の命も無駄に失われている。両国民の血が無意味に流され続けている。何という、愚かしい悲惨な事態であろうか。
ロシアのウクライナに対する軍事侵攻という深刻な現実から、何を学ぶべきであろうか。世界の人々が、それぞれに真剣に考えなければならない。そして、声を上げなくてはならない。この事態を繰り返さないために。
真摯にこの事態に向き合い考えるべきは全世界の人々ではあるが、国家の枢要な地位にある人にはその責務は重い、大国の関係者であれば、なおさらである。さらに、ロシアの轍を踏む危険をもつ超大国と言えば、アメリカと中国の名を挙げざるを得ない。とりわけ、我が国との関係で考えるならば、中国こそ最も真摯に国際法を蹂躙したロシアを批判しなければならない。
ところが、こともあろうに、中国大阪総領事館の薛剣総領事のツィッターでの冷酷な発言が波紋を呼んでいる。これまでも、数々の物議を醸してきた人物。中国の本音をチラつかせていると見ざるを得ない。
この人、日本語で「ウクライナ問題から学ぶべき教訓」と題して、「弱い人は絶対に強い人に喧嘩を売る様な愚かをしては行けない」(原文のママ)と言ったのだ。軍事侵攻したロシアではなく、明らかに被害を受けたウクライナに矛先を向けた批判である。
しかも、このツィッター、彼の地に引き起こされた市民の悲劇に関心を寄せた形跡はカケラもない。この人の頭の中には、人が傷を負い、血を流し、命を失うという惨劇に対する憐憫の情がない。こういう人物を人非人とか、冷血漢という。
この人の頭の中では、戦争もゲーム感覚でしか理解できていない。しかも、正義も法もない強者絶対のルールに基づくゲームである。「弱い人は宿命的に、強い人に従順でなければならない」という、傲慢な強者の理論が大上段に語られている。恥ずかしくないか。
中国を代表する総領事がこう述べれば、強者とは強国である中国のことである。結局彼はこう言っているのだ。
「ロシアのウクライナ侵略の事態とは、弱いウクライナが強いロシアにケンカを売って報復を受けたということである」「だから、この事態の最大の教訓は、弱い国が強い国にケンカを売っては悲惨なことになるということなのだ」「もちろん、中国は強大国である。中小の諸国は中国にケンカを売るような愚を犯してはならない」
さらに、「台湾も日本も韓国もベトナムもフィピンも、中国に従順にしなければ、明日はウクライナのごとくなるぞ」とも響くのだ。野蛮な超大国の無法ぶりが垣間見える。
この中国総領事の投稿をめぐって、中国政府投稿をめぐり中国政府が釈明をしたようだ。「中国外交は国の大きさを問わずすべて平等だと一貫して主張している」「中国は強さと大きさを利用した弱い者いじめを行わない」と、報道されている。この釈明にも、芬々たる大国意識が透けて見える。。
問われているのは、外交官薛剣の品位ではなく、今や大国意識丸出し中国の品格ではないか。