高見澤昭治さんの近著「無実の死刑囚? 三鷹事件 竹内景助」(増補改訂版)を読み終えた。読後感は重い。
日本評論社刊のこの書物の発行日は、2019年10月1日。周知のとおり、東京高裁が遺族からの再審請求を棄却したのが7月31日である。この増補改訂版は、「再審開始決定」を想定しての、言わば「再審開始決定・祝賀記念版」として出版準備がなされていたに違いない。それが、弁護団にとっては思いもかけない棄却決定となり、裁判所・検察への抗議と、世論への訴えの書となった。泉下の竹内とその妻(政)は、度重なる試練をどう受け止めているだろうか。
私は、学生時代に松川事件の救援運動の末端に関わった。その関わりの限りで、三鷹事件にも関心をもってはいた。松川も三鷹も、あるいは菅生も、青梅も白鳥も鹿地事件も「階級的弾圧としての謀略」と考えていた。松川の全員無罪を言い渡した仙台高裁門田判決後の時期、三鷹事件でも共産党員被告全員無罪が確定していた当時のこと。
松川も三鷹も、法廷闘争において既に赫々たる成果を上げ得たとの印象が強く、三鷹事件の再審はさほどの規模をもつ運動にはなっていなかった。そのことに、なんとはなしの引け目のような違和感を持ち続けてきた。非党員竹内景助一人を有罪にしながら、11名の党員被告全員無罪を大きな成果と喜んでいることへの引っかかりである。
しかも、竹内は一審判決では無期懲役だったが、控訴審では弁護人の方針に従って事実を争わないままに死刑判決を得た。そして、最高裁判決は8対7で、上告を棄却し竹内の死刑を確定させた。一票の差が生命を奪う判決となったのだ。なんという後味の悪い経過であったろう。
確かに、竹内の供述は揺れ動いた。否認・単独犯行・共同犯行を、法廷の供述で行きつ戻りつし,裁判所は単独犯行と認定した。この供述の揺れはどうしてなのだろうか。三鷹事件の裁判に関心をもつ者がおしなべて謎とするところである。同書は、この点について弁護人からの働きかけの問題点を幾度となく指摘している。たとえば、次のように。
『文藝春秋』1952年2月号に、獄中の竹内からの寄稿が掲載されている。「おいしいものから食べなさい」という題名。文章は次のような書き出しで始まっているという。
「おいしいものから食べなさい。冒頭から、まことにおかしなことを書きはじめたが、正月の料理だの、婚礼祝いの御馳走だの、要するに、日常茶飯の間において、人は御馳走が出たら、一番うまいものから順に食べて、まずいものはなるべく後に残しておくがいい、という至極当たり前のことなのである。ところが、こんな当然過ぎることを、私は齢30過ぎになって、しかも死刑囚という汚名に呻吟する身になって、初めて理解したのだ。」
奇妙な書き出しであるが、一般の読者に興味を持って読んでもらうために、自分の小さいときからの性癖を紹介し、死刑囚となった原因がそこにあるということを印象づけるねらいがあった。手記には検事の拷問的な取調べについても厳しく糾弾していたが、支援運動などに携わっているものにとって一番衝撃的であったのは、単独犯行であるといい続けることが他の共産党員の被告を救うためにも、また竹内自身のためでもあると弁護人から説得されたことが詳細に書かれ、さらに共産党を批判した部分であった。
その内容については、すでに引用して紹介したので省略するが、上告が退けられた後には、「竹内君、余り心配しなさんな。すぐには殺されないだろうからね…」と弁護人から言われ、「この一点非のうちどころのなき冷酷、非情な一言を聞いて、私ははじめて彼の陰謀に踊らされてきた自分の愚かさを悟ったのである」という思いを書き綴っている。そしておそらく編集部で付けたと思われる「共産党員の背徳」の項では、「想えば彼等に信頼、友情、人間愛などを期待した私は本当に馬鹿者であった。私は彼等を責めるより先に、自分の間抜けさを責めなければならないかも知れない」と記している。それが「おいしいものから食べなさい」という表題をつけた真意だというのだ。
普通、人はまず美味しいものから箸をつける。竹内は、自分もそのようにすべきだったと後悔しているのだ。むろん、美味しいものとは「無罪」である。無実なのだから、揺るがずに無罪を叫び続ければよかった。ところが、優先順位を間違えて、私的な利益に箸をつけることなく、共産党や労働運動への信義という、苦い味のものに箸をつけてしまったというのだ。その結果が、死刑の判決だった。
また、精神科医として竹内と面会した加賀乙彦は、竹内がこう言ったと記している。
「おれは弱い人間なんですね。弱いから人をすぐ信用してしまう。党だって労組だって、大勢でお前を全面的に信用するといわれれば、すっかり嬉しくなって信用してしまった。それが過ちのもとでした。けっきょく、党によって死刑にされたようなもんです。」
竹内は共産党員ではなかったが、明らかに党には敬意とシンパシーをもっていた。その彼の単独犯行自白の維持は、迷いつつも身を犠牲にして党を救おうという意図に出たものだったのだろう。彼なりの使命感であり、ヒロイズムであり、誠実な生き方であったと思われる。しかし、まさかその結果が死刑判決とは思ってもいなかった。
死刑判決の後は、凄まじい覚悟で、上告趣意書を書き、厖大な再審請求書の作成に没頭する。再審請求書とその補充書は併せて60万字にも及ぶという。その執念の再審請求にようやく曙光が当たり、実を結ぶかと思われたそのときに、竹内は獄中で無念の死に至る。
竹内景助。その劇的な生涯は多くのことを語りかけている。この好著を通じて、ぜひ彼の語りかけてくるところに耳を傾けられたい。
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(2019年12月14日)
思いもかけない現実の出来が、認識を変え意見を変える。「NHKから国民を守る党」なるものの出現が、私には衝撃だった。そして、自分の公共放送に対する見解が、このような人びとと似通って見られることに大いに戸惑い、かつ恥じた。私とN国、どこがどのように意見が違うのだろうか。どのようにすれば、理念の相違を押し出せるのだろうか。
この党の自らの定義が、「NHKにお金を支払わない方を全力で応援・サポートする政党」であり、それがメインのキャッチフレーズにもなっている。「NHKをぶっ壊す!」とともに、これが一定の国民の胸に響いたのだ。
立花孝志は、ホームページの「党首あいさつ」において、「NHKから国民を守る党は、文字通りNHKから国民をお守りする為の党です。NHKが行っている戸別訪問は、勝手にNHKの電波を各世帯に送りつけて、NHKを見ていなくても集金する送りつけ商法です。…」などと言っている。
結局、N国とは「NHK受信料の不当な集金から国民の経済的利益を守る党」である。けっして、「政権の走狗としてのNHKの本質をぶっ壊す」とは言わない。「権力に従順なNHKの基本体質を批判する」とも、「大本営発表放送の偏頗から民主主義と国民を守る」ともいうものではないのだ。
私は、宗旨を変えた。NHKを一塊の均質の組織として見ることを止めよう。そのような批判の仕方を止めよう。NHKを二層の対立物として捉えなければならない。「権力に操作され、権力を忖度し、権力と癒着するNHK上層部」と、「上層部との軋轢の中で、良質の番組を制作しようと努力している現場フタッフ」との二層の構造。上層部を批判し、現場を励まさなければならない。
本年7月の参院選におけるN国の得票は、NHKの受信料徴収に国民の根深い反感があることを教えた。NHKは、そのことに対する反省はすべきだろう。だが、所詮は右翼の別働隊に過ぎないN国の攻撃に萎縮する必要はない。そもそも、N国の賞味期限が長いはずはない。
立花は、売名目的での立候補を繰り返している。最近のものが、今月(12月)8日投票の小金井市長選挙。開票結果は以下のとおり。N国・立花の惨敗である。
1 当 西岡真一郎 無所属 18,579
2 落 かわの律子 無所属 10,759
3 落 森戸よう子 無所属 10,399
4 落 立花 孝志 N国 678
市区長選挙における供託金の金額は100万円で、供託金没収点は有効投票総数の10分の1。今回市長選の投票総数は40,904だったから、その10%は4,090票である。立花は、供託金没収点の6分の1の得票もできなかった。
この選挙における立花を、典型的な「売名目的の泡沫候補」と呼んで差し支えなかろう。立花のごとき泡沫候補にも立候補の権利は保障されている。100万円で公営選挙を利用した宣伝売名行為ができれば安いものである。それでも得票はわずか678。先の長くないことを示唆している。
ところで、こんな裁判例があることを初めて知った。
一昨年(2017年)7月19共同配信の記事。
NHK提訴は「業務妨害」 受信料訴訟原告に賠償命令
受信料の徴収を巡り勝訴の見込みがない裁判を女性に起こさせたとして、NHKが政治団体「NHKから国民を守る党」の立花孝志代表らに弁護士費用相当額の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は19日、請求通り54万円の支払いを命じた。
山田真紀裁判長は判決理由で「NHKの業務を妨害するため訴訟に関与しており、裁判制度を不当に利用する目的があった」と指摘した。
立花氏は元NHK職員。判決によると、2015年8月、NHKが受信料徴収業務を委託した業者の従業員が千葉県内の女性宅を訪問。女性は立花氏に電話で相談し、2日後に慰謝料10万円の支払いをNHKに求め松戸簡裁に提訴した。訴訟は千葉地裁松戸支部に移送され、女性が敗訴した。
千葉県内の女性がNHKからの受信料請求を受けて立花に電話で相談したところ、立花のアドバイスは提訴だった。女性は、立花の指示のとおりに、NHKを被告として10万円の慰謝料支払いを求める損害賠償請求訴訟を提起して敗訴した。ところが、ことはこれで終わらなかった。NHKは、この女性と立花を逆に訴えたのだ。今度の舞台は東京地方裁判所。前訴10万円の請求の棄却を求める応訴の費用として、NHKが委任した弁護士に支払った弁護士費用54万円を支払えという請求。なんと、地裁は、その満額を認めたという記事である。
この裁判は上級審で逆転せずに、確定した。実は、もう一つ同様の裁判があり、NHKは立花に108万円の強制執行が可能だという。NHKは近々執行に踏み切るとも言っている。
繰り返すが、10万円の慰謝料請求という前訴の提起を違法として、提訴者に54万円の応訴費用の損害の賠償を認めたのだ。DHCスラップ「反撃」訴訟の認容額は110万円であるが、応訴費用(弁護士費用)として認められたのは、そのうちの10万円に過ぎない。これが、常識的な水準。N国訴訟の理由には「(立花は)NHKの業務を妨害するため訴訟に関与しており、裁判制度を不当に利用する目的があった」と指摘しているという。
軽々にするスラップの提訴は、ブーメラン効果を伴う。うっかり提訴・いい加減提訴は、損害賠償責任の原因となる。そのやばさを、立花が身をもって教えてくれている。最近では、出資法違反疑惑の金集めまでも。また、教訓を積み重ねてくれることになるにちがいない。それにしても、こんな事態では、N国の明日はなかろう。
(2019年12月13日)
人類は、地球環境の中に生まれた。この環境から抜け出すことはできない。環境に適応して人類は生存を維持し、生産し文明を育んできた。生産とは、環境に働きかけて環境を加工し、環境からの恵みを享受することにほかならない。
太古の過去から現在に至るまで、人類は地球環境に依存しその恩恵を受けながら、環境を不可逆的に改変しつつ文明を築き上げてきた。しかし、地球環境は有限である。幾何級数的な生産力の増大は、人類に地球環境の有限性を意識させざるを得ない。いまや、成り行きに任せていたのでは、近い将来に地球環境は人類を生存させる限界を超える。このことが世界の良識ある人びとの共通認識となっている。
20世紀中葉、人類は戦争によって絶滅する危険を自覚した。にもかかわらず、人類は今日に至るも戦争の危険を除去し得ていない。愚かな核軍拡競争の悪循環を断ちきれないでいる。その事態で、もう一つの人類絶滅の危機、環境破壊問題に遭遇しているのだ。
人類の生産活動と生活様式が,地球環境を破壊しつつある。このまま手を拱いているわけにはいかない。もしかしたら、もう手遅れかも知れないのだ。今、喫緊になすべきことは、生産を縮小しても大気中の二酸化炭素を減らさねばならないこと。マドリードで開かれているCOP25(国連気候変動枠組み条約第25回締約国会議)が、その人類の課題に取り組んでいる。
国家の作用には2面性がある。資本の意を体して経済活動自由の秩序を守ることと、主権者国民の意を受けて資本の生産活動を規制することである。これまでは、前者の側面が強く出てきたが、今や、人類の生存維持のためには、公権力による経済活動の規制が必須だという国際合意の形成が迫られている。
しかし、資本の意を体した化石的抵抗勢力は、すんなりと環境保護のための規制を受け入れがたいとしている。その象徴的人物が、まずは世界の反知性を代表する米のトランプ。開発派のブラジル・ボルソナーロ。そして、石炭火力の継続に固執するアベシンゾーである。
アベの配下でしかないセクシー・進次郎は、今最大の問題となっている石炭火力の削減に言及できず、世界のブーイングを浴びることとなって、この会議中2度目の化石賞という不名誉に輝いた。しかし、これは彼の政治家としての理念の欠如や無能・無責任だけの問題ではない。主としてはアベ政権の姿勢の問題なのだ。政権の意思を決している国内資本の責任であり、こんな政権をのさばらせている、われわれ日本国民の責任でもある。
環境擁護派は、よい旗手を得た。16才の高校生グレタ・トゥンベリである。この若い活動家に、化石派のブラジル・ボルソナーロ大統領が、「ピラリャ」という言葉を投げつけて話題となっている。
私には、このポルトガル語の語感は理解し難いが、「ピラリャ」とは若輩者の未熟を侮辱するニュアンスで語られる品のよくない悪罵だという。「お嬢さん」「娘さん」「若者」ではなく、「ガキ」。これが日本語の適切な訳語だという。
環境保護派の旗手に、化石派から投げつけられた、「ガキ」呼ばわり。環境保護運動全体に投げつけられた悪罵である。しかし、いったいどちらがガキかは明らかではないか。理性的な論理で対抗する意欲も能力もなく、感情にまかせて論争の相手を「ガキ」呼ばわりする方が,真の「ガキ」なのだ。
一方、グレタは「最大の脅威は、政治家やCEOたちが行動をとっているように見せかけていることです。実際は(お金の)計算しかしていないのに」と言った。まさしく、進次郎の姿勢に、ぐうの音もいわさぬ批判となっている。
ブラジル・ボルソナーロ大統領だけではない。アベシンゾーも「ガキ」ぶりではひけをとらない。彼の悪罵は「キョーサントー」であったり、「ニッキョーソ」であったりするわけの分からぬもの。「ガキ」のケンカそのものではないか。
トランプ・ボルソナーロ・アベシンゾー。いずれがティラノか三葉虫。その化石度において、兄たりがたく弟たりがたし。こういう化石化した指導者に任せておくと、本当に人類の生存が危うい。アベを辞めさせることは、人類への貢献なのだ。
(2019年12月12日)
今の日本に、はたして「表現の自由」の保障は機能しているものだろうか。とうてい、脳天気に肯定はできない。表現の自由の障害物を象徴するものが、天皇・皇室にほかならない。天皇・皇室についての「表現の不自由」が世にはびこっていることは、「あいちトリエンナーレ」でも証明された。
いっぱしの大人が、天皇に「陛下」という敬称をつけて語るという愚にも付かないことは、私の子どもの頃にはなかった。少なくも、私の周りにはなかった。それが、今は様変わりである。こんな復古の現象はいったいいつから,どのようにして生じたのだろうか。
まさしく今、「天皇は日本国の言論不自由の象徴であり、日本国民の言論自主統制の象徴でもあって、この地位は、天皇を政治の道具として重宝に使おうという保守政権の思惑と、無批判無自覚に天皇を崇拝する蒙昧な一部日本国民との合意に基づく。」
この時代状況で、冷静に天皇や天皇制を語る人には敬意を表せざるを得ない。その代表の一人が、原武史だろう。
12月7日朝日「(歴史のダイヤグラム)変わらない『奉迎』のかたち」は、さりげなく天皇制の過去と現在を語ってその不易の本質をよく表現している。以下、抜粋しての引用である。
1922年11月、皇太子裕仁(後の昭和天皇)は東海道本線を走る御召列車に乗って東京を出発した。目的は香川県で行われる陸軍特別大演習の統裁と四国4県などの視察。これは摂政として初めての本格的な地方訪問でもあった。
病気で引退させられた大正天皇に代わる若くて健康な皇太子を、四国の人々は初めて見ることになる。そうした人々に対して、皇太子はどう振る舞うべきか。同行した宮内大臣の牧野伸顕は、11月12日にこう記している。
「四国辺の如き質朴の民俗には相当すべき御態度可然。此方面にては只々玉体を拝する丈けにて無上の光栄とす。一々御答礼の如きは勿論ない。奉迎者間に最も多く聞く言葉は能くおがめたと云ふ事なり。此一言にて人心の一班[斑]を推知すべし」(『牧野伸顕日記』)
坂口安吾は、48年に発表された「天皇陛下にささぐる言葉」で、「地にぬかずき、人間以上の尊厳へ礼拝するということが、すでに不自然、狂信であり、悲しむべき未開蒙昧の仕業であります」「天皇が人間ならば、もっと、つつましさがなければならぬ」などと述べている。安吾の言う「未開蒙昧」は、牧野の言う「質朴の民俗」と見事なほど重なっている。
それはどうやら、天皇制イデオロギーなどというものとは関係がないらしい。このことが、11月10日に天皇と皇后が自動車でパレードした「祝賀御列の儀」でも証明されたのではないか。
牧野伸顕とは、大久保利通の次男であり吉田茂の岳父に当たる、藩閥政治家の一人である。薩摩出身の牧野が四国の人民を馬鹿にしているのだ。
「四国辺の如き質朴の民俗」「只々玉体を拝する丈けにて無上の光栄とす」「一々御答礼の如きは勿論ない」「最も多く聞く言葉は能くおがめたと云ふ事なり」。
「(裕仁において)一々御答礼の如きは勿論(必要)ない」とも読める一文を、原は「引用文中の『勿論ない』は『勿体ない』だろう」と解している。どちらにしても、「臣民は玉体を拝むだけのもの。拝むに任せておけばよい。いちいちの答礼などは不必要」という、天皇制権力の中枢に位置する人物の思い上がりがよく表れている。摂政裕仁は、この宮内大臣牧野の言のままに行動したのだろう。
他方、原が引用する坂口安吾の言はさすがに鋭い。「人間以上の尊厳へ礼拝するということが、すでに不自然、狂信であり、悲しむべき未開蒙昧の仕業」というのだ。今、なかなかこのように,ズバリとものが言いにくい雰囲気がある。
安吾の言う、「不自然・狂信・悲しむべき未開蒙昧」は今に続いている。11月10日「祝賀御列の儀」パレードに参加した,あの11万余の「質朴の民俗」こそ、「テンノーヘイカ・バンザイ」を叫ぶ政権に煽られた、「狂信者」であり「悲しむべき未開蒙昧」の輩。この輩が、天皇を「日本国の言論不自由の象徴」に仕立て上げているのだ。「政権」と「未開蒙昧の輩」。どちらが主犯で、どちらが従犯であるかは定かでない。
(2019年12月11日)
文京区民センターにはよく出かける。市民団体が主催する多彩な催し物があって、私は、ここを気取りのない市民運動のメッカだと思い込んでいた。
ところが、こんなツィッターが出回っていたことを教えられた。
「ジョン・レノンの命日である12月8日、都内で詐欺映画『主戦場』の上映会があります。場所はつくる会のおひざ元で、保守系イベントの聖地・文京区民センターという、実にアグレッシブな上映会。つきましては、『主戦場』被害者の皆さんと同映画を観るツアーを企画しています」
へえ?。文京区民センターは「つくる会のおひざ元で、保守系イベントの聖地」なのか。そうとは知らなかった。それにしても、「詐欺映画『主戦場』」とは、実にアグレッシブな物言い。このツィッターは、文京区民センターの「主戦場」映画界への乗り込み宣言と読める。
12月8日(日曜日)午後、文京区民センターで企画されたのは、第54回の「憲法を考える映画の会」。映画 「主戦場」(上映時間122分)とその後のトークイベント。主催者は、企画の趣旨をこう語っている。
■あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」中止事件、KAWASAKIしんゆり映画祭「主戦場」上映中止事件…。次々と襲いかかってくる「表現の自由」妨害、私たちはそれらの動きの裏にあるものを見極めるためにも、あえて「市民の手でこの映画の上映を」という市民運動をしたいと思っています。
慰安婦たちは「性奴隷」だったのか?
「強制連行」は本当にあったのか?
なぜ元慰安婦たちの証言はブレるのか?
そして、日本政府の謝罪と法的責任とは……?
次々と浮上する疑問を胸にデザキは、櫻井よしこ(ジャーナリスト)、ケント・ギルバート(弁護士/タレント)、渡辺美奈(「女たちの戦争と平和資料館」事務局長)、吉見義明(歴史学者)など、日・米・韓のこの論争の中心人物たちを訪ね回った。
さて、主戦場へようこそ。
事後に、ネットにこんな報告が掲載されていた。
きょう(12/8)「憲法を考える映画の会」主催の『主戦場』上映会にいった。文京区民センターだが、満席で200は軽く超えていた。そこになんと出演しているケント・ギルバート氏と藤岡信勝氏がやってきた。その支援者も10名以上はいて、いったいどうなることかと不安もあったが、上映中はみんな静かに観賞していた。
その後の約1時間の「感想会」ではお二人も参加しての「大ディスカッション」になった。会場からの感想・質疑のあと、二人はこの映画のおかしいを含め、自分たちの主張を言いたい放題だった。会場全体で「大バトル」になったが、それぞれが短い言葉で必死に説得しようとしているので、勉強になったし面白かった。ヤジもあったりしたが、終始、ちゃんと議論したと思う。主催者の花崎さんも「とてもよかった」と語っていた。
…休憩時間に藤岡信勝氏が主催者に何やら申し入れをしていた。「発言の機会がほしい」という趣旨のようだった。…「一人3分の感想会」になり、会場からは次々に感想や質問が寄せられた。それを受ける形で、ケント・ギルバート氏と藤岡信勝氏がマイクを握った。ケント・ギルバート氏は「まずこの映画の評価をしたい」と切り出し「私はこの映画の前半は両者の意見がバランスよくでていたと思う。しかし後半の日本会議の話のあたりから一方的なプロパガンダになっている」と批判した。藤岡信勝氏は「私が映画のなかで『国家は謝罪しない』と述べているが、そこだけ切り取られていて真意が伝わっていない」「はじめから歴史修正主義者として極悪人扱いされた」と映画への不満を語った。
会場と「保守系論客」との間で、映画の3つの争点となっている「慰安婦の数」「軍の関与」「強制だったのか」をめぐってやりとりが続いた。会場のある女性は「私は中国人慰安婦の万愛花さんに会って直接、強制連行・虐待の話を聞いた。あなたたちは直接慰安婦の話を聞いたことがあるのか?」と問いかけた。ある男性は「南京事件のレイプの酷さが慰安所設置のきっかけになった。その時の軍の書類は残っている。軍の関与は間違いない」と語った。
ときおり激しいヤジも出る「大バトル」となったが、発言者はそれぞれが短い言葉で必死に相手を説得しようとして話すので、内容が具体的で勉強になったし面白かった。ある映画制作者の人は「ケントさんも藤岡さんも取材を受けたわけで編集権は制作者側にある。ここで何を言われてもしようがない。きょうは憲法の会主催の上映会。ここを乗っ取ろうということではなく、ご自分たちで上映会を開き思う存分話したらどうか」と語ると大きな拍手が起きた。
最後に主催者の花崎哲さんが挨拶した。「休憩時間に藤岡さんから申し出があり質問に答える形ということで発言をOKした。きょうは活発な討論になってビックリしたが、お二人に来てもらってよかった。いろんな方が一緒に映画を見ていろんなことを話す。それが大事だと思う」と安堵した様子で語っていた。(松原明)
これは得がたい機会だった。残念、私も出席すればよかった。私はケント・ギルバートも藤岡信勝もまったく評価していない。しかし、アウエーに出てきて話し合いをしようというその姿勢は立派なものではないか。逃げの姿勢の安倍晋三より、ずっとマシではないか。
ご両人、今後も「憲法を考える映画の会」に出てきてはいかがか。憲法を護ろうとする側と攻撃する側の落ちついた議論ができれば、貴重な場となる。「大バトル」ではなく、落ちついた話し合いでよい。文京区民センターが、幅の広い市民の対話のメッカとなれば、素晴らしいことではないか。
(2019年12月10日)
毎日新聞「松尾貴史のちょっと違和感」が、このところまことに快調。明晰な文章のテンポが小気味よいだけでなく、イラストも秀逸だ。羨ましいほどの才能が、日曜の朝刊を楽しいものにしている。
昨日(12月8日)は、「『桜を見る会』疑惑 安倍政権こそ『悪夢』そのもの」というタイトル。冒頭と末尾だけを、引用させていただく。
総理大臣主催の「桜を見る会」の疑惑は、安倍晋三氏のもくろみとは裏腹に、一向に収束する兆しを見せない。違法薬物所持による芸能人の逮捕でニュースや情報番組は一斉にそちらに傾くと思いきや、まさかの検査陰性という事態になって材料が乏しくなったのか、あるいはそれが追い付かないほど次から次へウソと新たな疑惑が浮かび上がってきて、この騒ぎは来年まで尾を引きそうだ。…ウソで蓋(ふた)をしようとすればするほど、つじつまの合わないところが出てきて疑惑が数珠つなぎに引っ張り出される構造になっている。
ウソの上塗りを続けると、さらに大きなウソや滑稽(こっけい)な言い訳を繰り出さざるを得なくなる。しかし、ここまでくると見苦しく人ごとながら恥ずかしい。
そして、おなじみ「困ったときの民主党」も持ち出していた。鳩山由紀夫総理の時も桜を見る会をやっていたということらしい。もし私物化し、反社会的勢力や問題のある人物を呼び、後援会で取りまとめ、資料の隠蔽(いんぺい)などをやっていたのなら、一緒に責任を追及すればいいだけのことだ。日本を良き方向にかじ取りをして浮揚させてくれていればまだマシだけれど、7年間もほしいままにやらかしておいて、「悪夢のような民主党政権」はもう使えないだろう。あの頃より何を良くしてくれましたか。私にとっては「悪夢そのものの安倍政権」である。
彼の言うとおり、「『桜を見る会』の疑惑は、安倍晋三氏のもくろみとは裏腹に、一向に収束する兆しを見せない」し、収束させてはならない。徹底して追及しなければならない。安倍晋三が逃げるのなら、追いかけなければならない。年を越しても、国会の会期をまたいでも。もう少しまともな政権と交替させるまで。
ところが、こういうときには、政権御用達の「御用言論人」がしゃしゃり出て来てゴマを摺る。たとえば、小川榮太郎(2019年12月4日)。読むだに、こちらが恥ずかしい。
【安倍総理の先見の明】に感心している。桜を見る会の中止決断の事だ。余りに早かったので、私は判断尚早と考え、ご本人にもそう申し上げたしコメントでもそう書いた。モリカケに較べてさえ愚の骨頂のから騒ぎがそう続くはずがないと思ったからだ。ところがどうだ。
「やつら」は通常国会でもこのネタで延々と騒ぐつもりでいるらしい。従来の人類の基準では測れない「この人達」の知能レベルと行動パターンを身を以て知悉している安倍総理ならではの早期決断だったわけだ。総理の慧眼、改めて感服した次第。
あるいは、木村太郎。「『桜を見る会』問題は『終わったんじゃないか…審議拒否する野党もどうか』」という具合。
…木村氏は「桜を見る会なんて、もうやめちゃえばいいと思うんですよ、こんなもの。まったく意味のない催しだと思うんで。やめちゃえばいいと思うんですけど」とコメントした。
一方で「だからと言って、桜を見る会を理由に審議拒否する野党もどうかなと思って。特に日米貿易協定って、あんな大事な協定の承認の問題をほとんど審議しないで終わっちゃった。これから、いろんな意味で日本人の生活に影響がある問題をほったらかしにして、やる問題ではなかった」とした。(報知新聞社)
日米貿易協定の審議を実質行わないまま、国会通したのは与党じゃないか。こういうときに、人の中身が顕れる。自分の信念でものを言う人であるのか、政権に忖度して甘い汁を吸おうという人であるのか、と。
(2019年12月9日)
78年前、1941年の12月8日も、今日と同じく寒気厳しく東京の空は抜けるように高く澄んでいたという。その日、午前7時のNHK臨時ニュースの大本営陸海軍部発表で国民は「帝国陸海軍が本8日未明西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり」と初めて知らされた。日中戦争膠着状態の中での新たな戦線の拡大である。これを、多くの国民が熱狂的に支持した。
この日国民はラジオに釘付けになった。正午に天皇(裕仁)の「宣戦の詔書」と東條首相の「大詔を拝し奉りて」という談話が発表され、午後9時のニュースでの真珠湾攻撃の大戦果(戦艦2隻轟沈、戦艦4隻・大型巡洋艦4隻大破)報道に全国が湧きかえった。そして、この日から灯火管制が始まった。
戦争は、すべてに優先しすべてを犠牲にする。78年前には気象も災害も、軍機保護法によって秘密とされた。治安維持法が共産党の活動を非合法とし徹底して弾圧した。情報は大本営発表だけに統制され、宣戦布告を「大詔渙発」として天皇を国民精神動員に最大限利用した。こんな歴史の繰りかえしは、金輪際ごめんだ。
今朝は7時のラジオニュースを聞きながら、布団のなかでぬくぬくと「平和」を満喫した。軍機保護法も治安維持法もない。共産党も公然と政権の「桜を見る会」の疑惑を追及している。これが安倍晋三が脱却を目指すとしている「戦後レジーム」なのだ。
安倍晋三が取り戻そうとしている日本とは、「大本営発表の世界」ではないか。78年前のこの日の宣戦の詔書は、早朝の閣議で確認されたもの。その閣議には、安倍が尊敬するという祖父・岸信介が商工大臣(在任期間1941年10月18日?43年10月8日)として加わっていた。そんな日本の取り戻しなど許してはならない。
戦争は教育から始まる。戦争は秘密から始まる。戦争は言論の統制から始まる。戦争は忖度メディアの煽動から始まる。戦争は排外主義から始まる。戦争は民族差別から始まる。戦争は、軍備増強競争の悪循環から始まる。戦争は過剰なナショナリズムから始まる。ナショナリズムは「テンノウヘイカ・バンザイ」から始まる。戦争は議会制民主主義の堕落から始まる。
そして、新しい戦争は過去の戦争の教訓を忘れたところから始まる。「日の丸・君が代」を強制する教育、外交・防衛の秘密保護法制、そしてヘイトスピーチの横行、歴史修正主義の跋扈は、新たな戦争への準備と重なる。集団的自衛権行使容認は、平和憲法に風穴を開ける蛮行なのだ。
平和憲法を破壊しようという危険な政権、しかも、腐敗の極みの安倍政権をいつまでものさばらせてはおけない。12月8日の今日、改めて強くそう思う。
(2019年12月8日)
今朝(12月7日)の毎日朝刊が、大きく報道している。「改憲『20年施行』断念」「首相、任期中こだわらず」。
安倍晋三首相は憲法改正を巡り、自らが目指した「2020年改正憲法施行」を断念した。相次ぐ閣僚の辞任や首相主催の「桜を見る会」の問題で野党の反発が高まり、改憲の手続きを定める国民投票法改正案の成立が見送られ、20年施行が困難となったためだ。首相は自民党総裁任期が満了する21年9月までに国民投票実施を目指す目標に事実上修正する方針。任期中の施行にこだわらない姿勢を示し、野党の協力を得たい考えだ。複数の与党関係者が明らかにした。
ニュースソースの「複数の与党関係者」が誰かは不明だが、毎日がこう書くのだから間違いはなかろう。また、毎日がこう書けばこのような流れになるだろう。2017年の5月3日に始まった「安倍改憲」の妄動は、とりあえず押さえ込んだ。ひとまずは、「バンザイ」と小さく叫ぼう。
今臨時国会の会期は12月9日(月)に会期末を迎える。野党は結束して、「桜疑惑」追求をテーマに40日間の会期延長を求めているが、与党は応じようとしていない。予定どおりに9日閉会となれば、またまた、改憲手続きは1ミリも進むことなく、次の会期に持ちこされることになる。
今国会では、参院憲法審査会での実質審議はなかった。衆院憲法審査会では、衆欧州各国調査議員団の報告を踏まえてのフリートーキングは3回開かれたものの、自民党改憲案の提示も、国民投票法の改正案審議もまったくできなかった。来年(20年)の通常国会での改憲策動に警戒は必要だが、安倍改憲策動に勢いはない。
2年前の5月3日、安倍晋三は日本会議幹部の口移しに、9条1項と2項に手をつけることなく、自衛隊を憲法に書き込む「安倍9条改憲」を打ち出した。彼なりに、「改憲実現のために大きく譲歩した現実性ある改憲案」のつもりであったろう。しかし、それでも国民から「改憲ノー」を突きつけてられたのだ。
安倍がぶち上げたのが、「2020年施行」である。「東京五輪・パラリンピックが開催される2020年を日本が新しく生まれ変わるきっかけにすべきだ」というわけだ。五輪と改憲、どう関わるのかさっぱり分からぬが、「東京五輪・パラリンピック」がダシに使われ、結局は思惑外れとなった。
安倍晋三はようやく、自らの改憲提案実行の不可能なことを認めて、「20年施行断念」「首相、任期中こだわらず」となったわけだ。もちろん、彼は「改憲断念」とは言えない。言えば、彼を支えている右派・右翼から見離される。
毎日はこうも報道している。
首相はスケジュールを見直し、時間をかけて野党の協力を得る方針に転換した。自民党幹部は「首相は改正憲法の施行までいかなくても、改憲の道筋を付けたいと考えている」と述べた。
何げない書きぶりの記事だが、安倍晋三の改憲への執念が伝わってくる。国民が望んで憲法改正の論議が始まっているのではない。国民の改憲を求める声は極めて小さいのだが、首相だけが突出し、焦って改憲策動に必死なのだ。もとより、改憲は、首相の仕事ではない。首相は、主権者である国民から与えられた命令である憲法を、尊重し擁護すべき立場ではないか。気に入らない憲法は遵守せずに改憲するのだ、というのだから、まことに困ったアベ晋三なのである。
モリ・カケに続いての桜疑惑。そして閣僚辞任、入試問題、FTAに給特法である。改憲提案など、やれる状況であるはずもない。
さて、ここまでは、改憲阻止勢力の優勢で水入りである。改めて、仕切り直して、通常国会での取り直しの一番が始まる。先行きに安易な楽観は許されないが、見通しけっして暗くはない。ほのかに桜色さえ、見えるではないか。
(2019年12月7日)
えっ? 「桜を見る会」の出席者名簿を出せって? 無理なこというなよ。常識で考えてもみたまえ。出せるわけがないだろう。政権批判の材料とするから出せっていう要求に、むざむざ、どうぞこの資料で存分に叩いてくださいって、そりゃあり得ないことはおわかりだよな。
行政には何が大切かって? 「国民の行政に対する信頼」が大切に決まっているだろう。信頼って、安心して任せておくってことだよ。国民は、政権に全部お任せてしておけばいいんだよ。余計な心配や詮索などすることはない。政府に対する厚い信頼こそが、民主主義の基本じゃないか。
えっ? 民主主義は「国民の忌憚のない権力に対する批判」によって成り立つって? 「批判のためには、国民には知る権利」が保障されなければならないって? なに言ってんの。政府のアラを探して批判しようという権利が国民にあるというのなら、政権の側には対抗して「隠す権利」がなければならない。これが公平というもの。安倍内閣はこの基本に基づいて政権を運営している。
だから、あらゆる資料は取捨選択する。都合がよいものは出す。政権に都合の悪いものは出さない。隠匿も改竄もありだ。政権維持のためには当然のこと。
今は、民主主義の世の中だ。民意に支えられて政権ができているんだよ。その政権が、出せないって言うんだから、出さないの。「桜を見る会」の招待者名簿が世に出てみろよ。政権が倒れかねない大事件になる。宮本徹議員からの資料提出要求あったとたんにシュレッダーにかけたのは、ヤバイから慌てて破棄したのさ。せっかく破棄したものだ。バックアップデータがあろうとなかろうと、都合が悪いんだから絶対に出さない。どんなことがあっても出すものか。
この名簿、うっかり出せばたいへんだ。鵜の目鷹の目で調べ上げられることになる。アキエ関連もいくつも出て来る。反社の皆様方の名もゾロゾロ。悪徳商法だってジャパンライフばかりじゃない。なによりも,安倍後援会・安倍選挙関係者の名が連なる。調べていけば、公職選挙法違反にも、政治資金規正法違反にも発展しうる。そりゃ、困る。なっ。こんな名簿、出せるわけのないことはお分かりだろう。
理屈は、どうにでもつく。たとえば、「個人情報の保護」だ。誰が「桜を見る会」に招待されたは、プライバシーに関わる厳秘の情報だ。「行政の透明性」より,個人情報の保護こそが大切じゃないかね。反社の皆様にも、アキエ夫人の友達にも、悪徳商法の方々にも、プライバシーというものがある。
そりゃあ、各界の功労者や代表者が招待されたわけだが、晴れがましく名誉ある立場と言えども、世間に知られたくないという奥床しい方は大勢いらっしゃる。そのような人びとの気持ちを考えなければならない。
勲章だって、褒賞だって同じことだ。もらったことを秘密にしておきたいという方もいる。そうだ。来年からは、すべての受賞者を秘密にしよう。
今は苦しいが、もうすぐ国会も終了だ。逃げ切れるかどうかは、世論次第。世論調査を見てみろよ。国民は賢い。野党とメディアがこれだけ叩いても、内閣支持率は40%を維持しているだろう。こういう、ものわかりがよくてもの言わぬ国民の支持に、安倍政権は支えられている。これが、民主主義というものだよ。
(2019年12月6日)
ペシャワール会の中村哲医師が亡くなった。しかも、銃撃を受けてのこと。あまりにも突然のできごとを受けとめかねて戸惑いを覚えている。本望であったはずはない。無念の極みであったろう。心から、哀悼の意を表する。
私の心の内で、中村さんこそは憲法の平和主義の体現者であった。紛争地に、自衛隊を派遣する愚を説いてやまない人であった。武力で人からの信頼を得ることはできない。丸腰で現地のために献身する人こそが信頼を得、平和を築く礎となり得る。その強固な意思を実践した人であった。
「アフガニスタンにいると『軍事力があれば我が身を守れる』というのが迷信だと分かる。敵を作らず、平和な信頼関係を築くことが一番の安全保障だと肌身に感じる。単に日本人だから命拾いしたことが何度もあった。憲法9条は日本に暮らす人々が思っている以上に、リアルで大きな力で、僕たちを守ってくれているんです」
患者を救う医師よりは患者を出さない社会の建設者たらん、そう志したのは魯迅と同じ発想。そして、その実践は偉大な成果を挙げつつあったのだ。私は、やがては彼がノーベル平和賞の受賞者となるものと考えていた。彼のような人に受けとってもらってこそ、ノーベル平和賞の権威も上がろうというもの。おそらく彼は、受賞を拒絶することなく、「授賞式には出席しませんが、賞金だけはいただきましょう。活動のためにはお金は幾らあっても足りないのですから」と笑うのではないか。
詳細は不明だが、その中村さんが現地武力勢力の銃弾に倒れた。あれ程の現地での信頼を勝ち得ていた人が、である。この人の遺志が、現地で継承され、花開くことを切に望むばかりである。
(2019年12月5日)
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なお、私は6年前(2013年)の6月に、中村医師のことを本ブログに書いている。改めて、再録しておきたい。
https://article9.jp/wordpress/?p=506
憲法9条の神髄と天皇の戦争責任
(2013年6月7日)
今の日本でもっとも尊敬すべき人物を一人挙げるとすれば、中村哲さんを措いてほかにない。アフガニスタン・パキスタンの医療支援・農業支援の活動を続けて30年にもなろうとしている。その困難に立ち向かう一貫した姿勢には脱帽せざるを得ない。宮沢賢治が理想として、賢治自身にはできなかった生き方を貫いていると言ってよいのではないか。
中村さんは、1984年から最初はパキスタンのハンセン病の病棟で、後にアフガニスタンの山岳の無医村でも医療支援活動を始めた。2000年、干ばつが顕在化したアフガニスタンで「清潔な飲料水と食べ物さえあれば8、9割の人が死なずに済んだ」と、白衣と聴診器を捨て、飲料水とかんがい用の井戸掘りに着手。03年からは「100の診療所より1本の用水路」と、大干ばつで砂漠化した大地でのかんがい用水路建設に乗り出した。パキスタン国境に近いアフガニスタン東部でこれまでに完成した用水路は全長25・5キロ。75万本の木々を植え、3500ヘクタールの耕作地をよみがえらせ、約15万人が暮らせる農地を回復した。
昨日(6月6日)の毎日夕刊「憲法よーこの国はどこへ行こうとしているのか」に、中村さんのインタビュー記事が載った。「この人が、ことあるごとに憲法について語るのはなぜなのか。その理由を知りたいと思った。」というのが、長い記事のメインテーマである。ライターは小国綾子記者。優れた記者によるインタビュー記事としても出色。
「僕と憲法9条は同い年。生まれて66年」。冗談を交えつつ始めた憲法談議だったが核心に及ぶと語調を強めた。「憲法は我々の理想です。理想は守るものじゃない。実行すべきものです。この国は憲法を常にないがしろにしてきた。インド洋やイラクへの自衛隊派遣……。国益のためなら武力行使もやむなし、それが正常な国家だなどと政治家は言う。これまで本気で守ろうとしなかった憲法を変えようだなんて。私はこの国に言いたい。憲法を実行せよ、と」
ならば、中村さんにとって憲法はリアルな存在なのか。身を乗り出し、大きくうなずいた。
「欧米人が何人殺された、なんてニュースを聞くたびに思う。なぜその銃口が我々に向けられないのか。どんな山奥のアフガニスタン人でも、広島・長崎の原爆投下を知っている。その後の復興も。一方で、英国やソ連を撃退した経験から『羽振りの良い国は必ず戦争する』と身に染みている。だから『日本は一度の戦争もせずに戦後復興を成し遂げた』と思ってくれている。他国に攻め入らない国の国民であることがどれほど心強いか。アフガニスタンにいると『軍事力があれば我が身を守れる』というのが迷信だと分かる。敵を作らず、平和な信頼関係を築くことが一番の安全保障だと肌身に感じる。単に日本人だから命拾いしたことが何度もあった。憲法9条は日本に暮らす人々が思っている以上に、リアルで大きな力で、僕たちを守ってくれているんです」
あなたにとって9条は、と尋ねたら、中村さんは考え込んだ後、
「*******これがなくては日本だと言えない。近代の歴史を背負う金字塔。しかし同時に『お位牌(いはい)』でもある。私も親類縁者が随分と戦争で死にましたから、一時帰国し、墓参りに行くたびに思うんです。平和憲法は戦闘員200万人、非戦闘員100万人、戦争で亡くなった約300万人の人々の位牌だ、と」。
窓の外は薄暗い。最後に尋ねた。もしも9条が「改正」されたらどうしますか?
「ちっぽけな国益をカサに軍服を着た自衛隊がアフガニスタンの農村に現れたら、住民の敵意を買います。日本に逃げ帰るのか、あるいは国籍を捨てて、村の人と一緒に仕事を続けるか」。長いため息を一つ。それから静かに淡々と言い添えた。
「本当に憲法9条が変えられてしまったら……。僕はもう、日本国籍なんかいらないです」。悲しげだけど、揺るがない一言だった。
未熟な論評の必要はない。日本国憲法の国際協調主義、平和主義を体現している人の声に、精一杯研ぎ澄ました感性で耳を傾けたい。こういう言葉を引き出した記者にも敬意を表したい。
ただひとつ、ざらつくような違和感をおぼえる言葉に引っかかる。
*******とした7文字の伏せ字を起こせば、「天皇陛下と同様、これがなくては日本だと言えない」というのだ。9条と並べて、「天皇陛下」も「これがなくては日本だと言えない。近代の歴史を背負う金字塔」と読むことも可能だ。中村さんは本当にそういったのだろうか。
中村さんの「天皇陛下」を「これがなくては日本だと言えない」という文脈は、肯定否定の評価を抜きにした客観的な判断の叙述と読めなくもない。しかし、中村さんは9条を「お位牌でもある」と言っている。310万人と数えられている日本の死者、2000万といわれる近隣諸国の民衆の死者。その厖大な犠牲は、天皇の名による戦争がもたらしたものではないか。天皇こそは、最たる戦争責任者であり、人民を戦争に向けて操作する格好の道具だてでもあった。再び戦争を起こさないという位牌の前の誓いは、天皇という恐るべき危険な道具の活用を二度と許さないという決意を含むものでなくてはならない。これを、さらりと「天皇陛下」と尊称で呼ぶ姿勢に、私の神経がざらつくのだ。
私は忖度する。おそらくは、中村さんに計算があるのだろう。理想を実現するには多額の経費が必要だ。企業からも庶民からも寄金を集めねばならない。そのとき、反体制、反天皇では金が集まらない。憲法9条の擁護なら信念を披瀝できても、天皇の問題となれば、「天皇陛下」と言わざるを得ないのではないか。私には、そのような配慮の積み重ねこそが、現代の天皇制そのものであり、忌むべきものなのだが。
(2013年6月7日)