澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

サケ漁は三陸漁民みんなの憲法上の権利だ。大型定置網漁業者の利益のための不許可処分は違法だ。

浜の一揆の次回期日(8月5日)が迫ってきた。当日陳述予定の当方の準備書面を紹介したいのだが、長いし読むのも面倒。おもしろそうなサワリの部分を3個所読み易くしてみた。原告100人が、岩手県知事を被告として起こした、「サケ刺し網漁不許可処分取消請求事件」である。この3個所をつなげば、法律的な主張の骨格が見えてくる。

☆本件各固定式刺し網によるサケ採捕許可申請に対する被告岩県知事の不許可処分を違法とする根拠は大要以下のとおりである。
(1) サケを含む海洋の水産資源は無主の動産であって、その採捕は本来何人も自由になし得るところである。漁民が継続反復してサケを業として採捕して生計を営むことは、憲法22条1項の営業の自由に該当する経済的基本権の行使として保障されなければならない。
(2) 漁業法ならびに水産資源保護法は特別の定めを置き、「漁業調整」(漁業法65条1項)または「水産資源の保護培養」(水産資源保護法4条1項)の必要あるときに限って、これを一般的に禁止したうえ、申請によって各都道府県知事が許可することによってこの禁止を解除する制度を設けることを認めた。
(3) この両法の委任を受けた岩手県漁業調整規則7条および23条が、サケを含む魚種の固定式刺し網漁を一般的に禁止して、個別の申請による許可の手続を定めている。
(4) 原告らは、岩手県漁業調整規則に基づいて一般的に禁止されている固定式刺し網によるサケ漁について、同じく岩手県漁業調整規則に基づく手続をもって許可を求めたものである。
 原告らの憲法上の権利が軽々に制約されてはならず、飽くまでも許可が原則でなくてはならない。
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☆漁民が、いかなる漁法でいかなる魚種を採捕するかは本来自由である。原告ら沿岸の漁民が固定式刺し網の漁法で、三陸沿岸漁業の主力魚種であるサケの採捕を行うことで生計を立てることは憲法上の基本権たる、営業の自由に属することで、これを禁止することは、憲法上の基本権の重大な制約に当たるものとして、軽々になし得るものではない。
☆営業の自由に対する制約が軽々になし得るものでないことは、古典的なリーディングケースとなった最高裁判所大法廷判決(1975(昭和50)年4月30日)の判示するところとしてよく知られている。薬事法の薬局距離制限規定を違憲として、「薬局開設の許可申請に対する不許可処分を違法」と判断したものである。
同判決の結論は、15人の裁判官全員一致の判断で、「薬局の開設等の許可基準の一つとして地域的制限を定めた薬事法6条2項、4項(これらを準用する同法26条2項)は、不良医薬品の供給の防止等の目的のために必要かつ合理的な規制を定めたものということができないから、憲法22条1項に違反し、無効である。」というものである。
☆判決は、薬事法の薬局距離制限規定における「規制目的」を行政庁の主張から確認した上、当該の法の規制目的に照らして、当該距離制限規制が「必要かつ合理的な規制手段とは言えない」から違憲とし、それゆえ当該薬局開設不許可処分を違法と判断して取り消したものである。
☆同判決は、「目的と手段の均衡」が確保され、かつ「他の方法での目的の達成が不可能」な場合でなければ、必要かつ合理的な制約とは言えず、国民の営業の自由を不当に侵害して違憲という判断なのである。
☆本件では、大上段に不許可処分を違憲と主張するものではない。漁業法、水産資源保護法および水産業協同組合法の立法趣旨に照らして、各不許可処分を違法とする判断で十分という立場である。しかし、本件における各処分を違法とする判断の枠組みは、最高裁大法廷判決の違憲判断枠組みをそのまま援用することが可能である。本件における被告行政庁の主張は、「目的と手段の均衡」についても、「他の方法での目的の達成が不可能」に関しても、これを要証事実として主張・挙証の責めを尽くしたものではないことが明らかである。それゆえ、法が期待する重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であるとは言えず、不許可処分は違法を免れない、というべきなのである。
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被告(岩手県知事)は、原告ら漁民に固定式刺し網によるサケの採捕を禁止している理由について、ごく概括的に下記4点を挙げている。。
?「サケの固定式刺し網漁業が、サケ産業を自然の回遊魚の採捕ではなく各地漁協中心の孵化放流と定置網漁業の方式で振興している当県においては、定置網漁業者との漁業調整上の深刻な摩擦を生じる」
?「仮に被告がサケの固定式刺し網漁業を解禁すれば、原告らに限らず膨大な数の漁業者が参入し、漁業調整や資源保護の見地から深刻な問題が生じる」
?「固定式刺し網漁業により採捕されたサケは海産親魚として利用できず、種卵確保が困難となり資源減少の見地からも推奨できない」
?「他道県との漁業調整上の問題も生じること」
以上の???が漁業調整の必要の有無にかかわる問題で、調整を要する関係は、?が原告ら「零細漁民」と「漁協中心の定置網漁業者」、?は「漁業者間」、?が岩手県と他道県、そして??が資源保護の問題、だということになる。

被告の真の関心とホンネは、?にある。他は些細な問題であり、容易に解決可能である。原告らの本件サケ採捕を認めるとすれば、「定置網漁業者との漁業調整上の深刻な摩擦を生じる」というのは不正確で、「定置網業者の利益を損なう」という表現が正しい。被告岩手県の水産行政は、あからさまに「定置網業者の利益を守る」ために、原告ら零細漁民のサケ漁解禁の要求を封じ込めているのである。「摩擦」は既に生じている。次第に「摩擦」は大きくなりつつあり、行政がサケ漁解禁の政策に転換するまで止むことはない。
被告は、「各地漁協中心の孵化放流と定置網漁業の方式で振興している当県」という言い回しで、岩手県の水産行政がサケの定置網漁業を振興しているのだから、これを擁護して深刻な摩擦を生じないように、原告ら零細漁民に固定式刺し網によるサケの採捕を禁じている、と露骨に述べたのである。これは、原告らにとっては、甚だしい行政の不公平であり、不正義である。
被告の言い回しの中には弁明が含まれている。「孵化放流」と「漁協中心」のキーワードがこれに当たる。しかし、両者とも弁明たり得ない。
サケの「孵化放流」は国や県の補助事業としてなされている。多額の税金が注ぎ込まれている。もちろん、原告らも担税者である。にもかかわらず、「孵化放流」事業の成果たるサケ成魚の採捕は定置網業者の独占するところとなり、原告らに利益が還元されるところはない。
また、「各地漁協中心の定置網漁業者」という微妙な言い方は、定置網漁業者が漁協に限られず、浜の有力者が好位置の定置網漁で巨額の利益を得ていることをカムフラージュしたいからである。
さらに、漁協が定置網漁を自営することの問題性も避けて通れない。本来、漁協は漁民集団の利益を擁護するための互助組織である。その漁協が、漁協組合員である漁民の営業を圧迫する態様での営業をすることは許されることではない。
水産業協同組合法4条は、(組合の目的)と題して、「組合は、その行う事業によつてその組合員…のために直接の奉仕をすることを目的とする」と定める。
漁協の任務は、飽くまでも「組合員のために直接の奉仕をすること」である。漁協が、組合員と利益相反する事業を行い、組合員の事業を圧迫するなどは本来あってはならないことなのである。
現実の事態は深刻である。漁協が大事業体となって大がかりな定置網漁を行って、サケ漁を独占し、その定置網漁の利益を損ねるからということで、原告ら漁民のサケ漁が禁止されている。本来中立でなければならない行政が、「各地漁協中心の定置網漁業者」を援護して原告らの許可申請を懸命に防止しているのである。
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古くから、漁業界では「浜の封建制」が問題となってきた。戦後漁業法は、経済民主化政策の大きな目玉のひとつとして制定され、第1条 (この法律の目的)に、「漁業の民主化を図ることを目的とする」と書き込まれたことで知られる。併せて、水産業協同組合法や海区漁業調整委員会の制度なども作られたが、「三つの対立」構造の克服が困難と言われ続けてきた。
「三つの対立」とは、地域対立、業種対立、そして階層対立である。階層対立の構造は根深く、結局はかつての浜の有力者が漁協の組合長や幹部となって権益を握る構図が各所に伏在している。原告ら100人は、このような「浜の封建制」と闘っているのである。
(2016年8月1日)

都知事選の敗北から何を教訓として酌み取るべきか。

都知事選が終わった。開票結果は事前に各メディアが報じた情勢のとおりとなって、当確がはやばやと出た。野党統一候補は敗れて、新都知事には品のよくない右翼が就任する。最悪だ。石原慎太郎の時代に逆戻りではないか。チクチクと胸が痛む。

それにしても、4野党の候補統一ができたとき、これは勝てる選挙になると小躍りした。与党側が分裂という情報が伝わって、これこそ千載一遇のチャンスと思った。しかし、取りこぼしたのだ。千載一遇のチャンスを逃したのだ。敗因はどこにあるのか、徹底した検討が必要だろう。

一議席を争う与党と野党の一騎打ちは、憲法改正の国民投票に擬せられてよい。改正発議をするか否か、するとしていつのタイミングを狙うか、その選択の権利を今壊憲与党の側が握っている。勝算ありと考えれば、発議の実行はあり得るのだ。

そのような目で、都知事選における都民の選択を見つめると、極めて危うい。憲法問題について世論が明日はどう転ぶか、私には読めない。不安を感じざるをえない。

有権者は必ずしも理性的ではない。情報に操作され、たぶらかされるのだ。強いメッセージに踊らされ、つくられたイメージに流される。選挙結果はけっして冷静な選択ではない。民主主義とはそのよう危うさをもったものだ。戦前の歴史を思う。明治以来日本にも連綿と非戦論・平和主義はあった。しかし、開戦や事変のたびに、あっという間に崩れて主戦論・ナショナリズムが天下を席巻した。

国民が挙げて主戦論の熱気の中にあるとき、これに負けずに非戦論を貫いた人びとに心からの敬意を表する。北朝鮮がどういう行動をとろうとも、中国とのトラブルがどのように喧伝されようとも、そのようなときであればこその覚悟で9条を守り抜かなければならない、あらためての決意が必要なのだ。

4野党の統一ができたのは大きな成果だ。この共闘関係を継続して、信頼関係を深めていくことが、今後の最大の課題だ。この点に揺らぎがあってはならない。これ以外に野党勢力を伸ばす方策もなく、改憲阻止の展望も開けてこない。

しかし、期待されたほどの共闘効果は出なかった。各野党それぞれの支持勢力全体を統一候補者の支援のために総結集できたかははなはだ心もとない。そのような努力と工夫は十分になされたのだろうか。連合東京という組織には、脱原発のスローガンはタブーなのだろうか。これから先、ずっとそうなのだろうか。この点には、どう対応すべきなのだろうか。

今回4野党統一候補の支援をしなかっただけでなく、結果的には足をひっぱる側に回った宇都宮グループ。これに対する正確な事実を踏まえての徹底批判も必要であろう。

憲法改正発議があった場合の、発議側の世論操作への対抗策と、改正阻止側の統一した共同行動をどう組むかという視点からの総括が必要だと思う。負けた選挙、せめて教訓を酌み取りたい。
(2016年7月31日)

明日は、ミニ国民投票だ。平和と憲法を守り原発廃炉の一票を鳥越俊太郎候補に。

明日(7月31日)が都知事選の投票日。鳥越候補の「最後の訴え」は、新宿南口だった。甲州街道をはさむ広場を埋めつくす大群衆の熱気の中で、護憲や野党共闘を支持する運動の広がりと確かさを実感する。とはいえ、午後8時を過ぎて、拡声器を使った選挙運動が終わって、群衆が散ると普段と変わらぬ東京の土曜日の夜。あの大群衆を呑み込んで喉にも触らぬ東京の大きさ。あの群衆も実は一握りの人びとでしかないことを思い知らされる。さて、明日はどのような結果が出ることだろうか。

「最後の訴え」の応援弁士は、福島みずほ、小池晃、山口二郎、澤地久枝、そして岡田克也。いずれも力のこもった聞かせる演説。そして、鳥越俊太郎が渾身の語りかけ。三つのゼロ「待機児童ゼロ、待機高齢者ゼロ、そして原発ゼロ」の政策を高らかに宣言した。そして、一度終わった演説を、鳴り止まぬ鳥越コールの中で、「あと1分ある」として、短い話を最後にこう締めくくったのが、印象に残った。
「野党が共闘して参院選を闘い抜き、都知事選にまでつなげた。これを大切にしようじゃありませんか」
まったく、そのとおりだと思う。

明日の都知事選。1000万有権者による、たったひとつのポストをめぐる争い。これは、形を変えた首都の擬似国民投票ではないだろうか。

都民の声に耳を傾けて都政をおこなう、予算執行の透明性を高める、保育と介護を充実する、オリンピック予算を適正化する、くらいのことはどの候補も政策として掲げる。こんなことには、政策の独自性は出て来ない。鋭く対決するのは、「平和・憲法・原発」の3課題。実は、護憲の野党共闘と、自公改憲勢力の対決の様相なのだ。

核兵器も原発もない「非核都市東京」を目指すという鳥越と、「核武装の選択肢は十分にあり得る」という小池百合子のコントラスト。これは、決定的な対決課題なのだ。

昨日(7月29日)夕、フジテレビの「みんなのニュース」での討論会で、鳥越が小池氏を批判したという。
「小池さんは、かなり前の雑誌で、『軍事上、外交上の判断において、核武装の選択肢は十分にあり得る』という風に言っておられますが、私は知事になったら早速すぐにやりたいのは『非核都市宣言』をやりたい。核武装論者である小池さんに『非核都市宣言』というのは果たしてできるのか」

小池は、「私が『核武装論者』と言い切られましたけれども、これこそ捏造」と反論。「でも実際に本に書いてある」(鳥越氏)と言われると、「いや、言ってませーん!日本語を読めるのであれば、よく読んでいただきたいと思います」と発言したという。

このテーマは、以前にも取り上げたが、憲法や安全保障に関わる基本政策の際だった差異を物語る象徴的な問題。しかも、小池が「いや、言ってませーん!日本語を読めるのであれば、よく読んでいただきたい」というのだから、みんなで読んでみよう。テキストは、小池の公式ウェブサイトに掲載されている、保守論壇誌『Voice』(PHP研究所)2003年3月号所収の田久保忠衛、西岡力との極右トリオ鼎談記事。タイトルは「日本有事 三つのシナリオ」。そして、当該個所の小見出しが、「東京に米国の核ミサイルを」という物騒なもの。日本語を読める人なら下記のURLで、鳥越の指摘と小池の否定の真偽を、直ちに確認することができる。

https://www.yuriko.or.jp/bn/column-bn/column2003/column030320.shtml

小池の発言は以下のとおりだが、ここだけでなく全体を読んでいただくと小池の政治姿勢や体質がよく分かる。右翼どっぷりであり、どっぷり右翼なのだ。

小池 軍事上、外交上の判断において、核武装の選択肢は十分ありうるのですが、それを明言した国会議員は、西村真吾氏だけです。わずかでも核武装のニュアンスが漂うような発言をしただけで、安部晋三官房副長官も言論封殺に遭ってしまった。このあたりで、現実的議論ができるような国会にしないといけません。今の国会は時間とのせめぎ合いがほとんどで、労働組合の春闘と同じです(笑)。それももうないのに。

小池百合子の平和や憲法ないがしろにする姿勢に恐ろしさを感じざるを得ない。明日は、ミニ国民投票だ。平和・憲法を大切に思い、原発は不要とする立場の都民は、ぜひともこぞって、鳥越俊太郎候補への投票を。間違っても、小池百合子にだけは投票してはならない。
(2016年7月30日)

「人権・平和・憲法を守る」志のある者は、鳥越俊太郎候補支持に総結集を

あと2日。2016都知事選の選挙運動期間は、今日(7月29日)と明日しか残されていない。全力で鳥越候補を押し上げたいと思う。

私は、鳥越という人物を個人的に知っているわけではない。その人格に過度の思い入れはない。その特別の能力や識見に期待しているわけでもない。しかし、いま、客観的に都知事候補鳥越俊太郎は、「ストップ・アベ暴走」の最前線にいる。さらに正確には、鳥越俊太郎を都知事候補に押し上げようという運動が、壊憲と護憲のせめぎあいの最前線にあるというべきである。野党4党が統一して、「人権・平和・憲法を守る東京を」と公約とする鳥越を推しているのだ。護憲のための野党共闘の効果についての試金石ともなっている。

しかも、何度も繰り返すが、今回はこれまでとは違う。千載一遇のチャンスなのだ。これまでは幅広い野党共闘は望むべくもなかった。これまでの都知事選では、野党が割れ、与党側の圧勝を許した。

07年の選挙では浅野史郎の惜敗率(当選者に対する得票率)は、60.23%、吉田万三22.39%であった。2011年選挙では、東国原64.36%、小池晃23.86%。野党が統一できていれば、善戦はできたのだ。だから、2012年都知事選では曲がりなりにも社共の共闘ができて、大いに期待した。しかし、宇都宮健児の惜敗率は22.33%という泡沫候補並みの惨敗だった。吉田万三、小池晃のレベルに達しなかったことは、共闘のあり方が厳しく問われなければならない。記憶に新しい2014年選挙でも、野党統一はならず、舛添の独走を許した。

今回選挙で、これまでにない幅の広い野党統一が実現している。そして、自公の与党勢力が割れているのだ。いまこそ、「人権・平和・憲法を守る」志のある者すべてが総結集してこの千載一遇のチャンスを生かさなければならない。

鳥越候補の公約やスローガンは全面的に支持できる。彼の演説の内容も、首都のトップの姿勢として評価してしかるべきだ。彼が公約として掲げる「人権・平和・憲法を守る東京を」「憲法を生かした『平和都市』東京を実現します」というには全面的に共感する。「多様性を尊重する多文化共生社会をつくります。男女平等、DV対策、LGBT施策、障害者差別禁止などの人権施策を推進します」「非核都市宣言を提案します」もだ。

鳥越が、選挙演説で述べた、「1に平和 2に憲法 3に脱原発」のスローガンは、彼ならばこそのもの。「非核都市東京宣言」もよし。都政については、『住んでよし、働いてよし、学んでよし、環境によし』。そして、聞く耳を持っていることの自負が大切だ。上から目線の人でないことは確かではないか。

あと2日。今後の野党共闘継続のためにも、そして何よりも憲法の命運のためにも、できるだけのことをしなければならない。
(2016年7月29日)

「非核都市東京」を求める鳥越俊太郎を。 「核武装の選択肢」と「原発稼働」を容認する小池百合子はゴメンだ。

東京都知事選(7月31日投開票)最終盤である。選挙運動ができるのは、今日(7月28日)を含めても、あと3日を残すだけ。是非とも鳥越俊太郎を押し上げたい。

鳥越候補公約の目玉のひとつが「非核都市東京」の宣言である。非核とは、原水禁反対という平和のテーマでもあり、反原発のエネルギー政策でもある。ともに、人間の尊厳に根ざした課題であり、憲法の理念の具体策でもある。軍事大国化、経済大国化の路線は採らないという宣言なのだ。

この対極にあるのが小池百合子。こんな候補を知事にしてしまったら最悪だ。「反・非核都市東京」の路線を歩みかねない危うい政治家なのだから。

昨日(7月27日)、鳥越は新宿駅前の演説で「ある候補は、ある雑誌の対談で『日本は外交上、軍事上、核武装という選択肢はあり得る』と言ってる。そんな人が東京都知事になるなんて、あり得ないでしょう」と発言。続いて練馬駅前の演説では、「名前を言います。小池候補」と名指しした。

この鳥越の指摘に小池は反発して、「曲解してねつ造している。不正確なことをおっしゃるのはよろしくない、と不快感を示した」と報道されている。

ジャーナリストに対する「曲解」「捏造」発言は聞き捨てならない。ことは、政治家の基本姿勢にも関わる重大事だ。『日本は外交上、軍事上、核武装という選択肢はあり得る』と発言した事実があるか否か。現時点ではどう考えているのかを明確にすべきところだが、この点を小池は濁したまま。

鳥越発言の根拠は、雑誌『Voice』(PHP研究所、2003年3月号)での鼎談記事での発言のようだ。鼎談の相手がすさまじい。田久保忠衛(現・日本会議会長)と西岡力(「救う会」会長)なのだ。小池はこんなのとお仲間。「ぼくらは極右の3人組」、あるいはこの鼎談の中で名前が出ている西村真悟(「お国の為に血を流せ」で著名)も加えて、「極右4人組」というところ。

『Voice』(2003年3月号)の歴史的な鼎談を誰かが掲載してくれればありがたいのだが、私は孫引きするしかない。

本日の赤旗によれば、小池百合子の発言内容は、「軍事上、外交上の判断において、核武装の選択肢は十分ありうる」「わずかでも核武装のニュアンスが漂うような発言をしただけで、安倍晋三官房副長官も言論封殺に遭ってしまった」「このあたりで、現実的議論ができるような国会にしないといけません」というもの。

それなら、鳥越発言の「『日本は外交上、軍事上、核武装という選択肢はあり得る』と言ってる」「そんな人が東京都知事になるなんて、あり得ないでしょう」を、曲解とも捏造ともいう筋合いはない。事実摘示の正確さは十分であり、その事実を前提とする意見の表明になんの問題もない。むしろ小池は、この指摘に噛み合う形での政治的見解を述べて有権者の判断を仰ぐべきであった。

最近適切な資料紹介で注目されているリテラは、もっと詳細に解説している。
見出しは、「小池百合子が日本会議会長らと『東京に核ミサイル配備』をぶちあげていた! 小池は『東京のトランプ』になる?」という、刺激的なもの。読み応え十分である。やや長いが、下記の引用をお読みいただきたい。

「2003年、保守論壇誌『Voice』(PHP研究所)3月号所収の田久保忠衛、西岡力両氏との鼎談記事…タイトルは『日本有事 三つのシナリオ』。内容は小池氏、西岡氏、田久保氏の3名がそれぞれ議題を提示して討論するという企画なのだが、くだんの“東京核ミサイル配備”は田久保氏の『日米同盟か、核武装か』なる問題提起から始まり、北朝鮮の核保有と日米安保がメインテーマになっている。
 そして、このなかで堂々と『東京に核ミサイルを』なる小見出しまでつけて、西岡氏が『アメリカがほんとうに利己主義的になれば、彼らはアメリカまで届くテポドンだけはストップさせるが、日本を狙うノドンは放置するでしょう』とぶつと、これに応じた小池氏はこう言い放つのだ。

 『軍事上、外交上の判断において、核武装の選択肢は十分ありうるのですが、それを明言した国会議員は、西村真悟氏だけです。わずかでも核武装のニュアンスが漂うような発言をしただけで、安部晋三官房副長官も言論封殺に遭ってしまった。このあたりで、現実的議論ができるような国会にしないといけません』

 つまり小池氏は、“日本の核兵器保有を国会で現実的に議論せよ”と声高に主張しているのである。しかも、この小池氏の発言の直後には、田久保氏がこう続けている。
 「西村真悟氏が『日本は核をもて』といって批判されたのは、地球は平たいと思っている社会で『地球は丸い』と主張したからです。しかし、そのうちに誰が正しかったかが明らかになる」
 さらにこの田久保氏の弁を継ぐかたちで、今度は西岡氏がこんな雄叫びをあげるのだ。
 「私が九四年から主張してきたのは、『北朝鮮が核開発を続けているあいだは、日本は核武装ではなく、非核三原則における『核持ち込ませず』を凍結せよ』です。つまり、アメリカに核を持ち込んでもらうほうがいい。日本がアメリカの核の傘に入ることを望むのであれば、核ミサイルを東京にもってきてもらうのがベストです」

 東京に核ミサイルを。いったい、この人たちは何を言っているのだろう。お決まりの“核抑止力”を北朝鮮に見せびらかすために東京タワーの真横にでも核ミサイル発射施設をおっ建てるべきだとでも考えているのだろうか?そんなもの、国防でも外交の上でも、都民の生活を考えても、完全にデメリットしかないトンデモだ。

 ところが、小池氏は“東京核ミサイル配備”の与太話をなだめるどころか、記事の最後で『ところでこの座談会、北朝鮮側に読ませたくないですね(笑)。手の内が分かってしまうので』などと嬉しげに賛意を示している。しかもこの鼎談がよほど気に入ったのか、自分のホームページにテキストを全文転載し、現在でも閲覧できるように無料公開までしているのだ。

 もともと小池氏は一貫して日本の軍備増強を声高に主張し、核武装構想についても2003年の衆院選前に毎日新聞が行ったアンケートで「国際情勢によっては検討すべき」と回答しているが、しかし、東京に核ミサイルを配備する計画までこんな嬉しげに語り合っていたとは……。さすがにまともな神経をしているとは思えないが、こんな人物がいま実際に東京都知事選に立候補しているのだから笑えない。

なお、本日の赤旗は、もう一つの核である原発についての小池の意見を次のように紹介している。

見出しは、「福島原発事故直後『稼働中の原発は運転を』」。
小池氏はまた、東京電力福島第1原発事故直後に、「稼働中の原発は安全性を総点検した上で運転を続けていいと思います」と発言していました。雑誌『アエラ臨時増刊』(朝日新聞出版、2011・5・15号)の「『原発』の行方 20人の提言」の中で述べています。

石原慎太郎に勝るとも劣らぬ「トンデモ知事候補」というべきではないか。トンテモだけは、ゴメンをこうむる。
(2016年7月28日)

障がい児教育への国旗国歌強制から見えてくる教育の本質

本日(7月27日)午前11時、東京地裁527号法廷で、東京「日の丸・君が代」処分取消請求第4次訴訟の第11回口頭弁論。恒例のとおり、原告のお一人が、熱を込めて陳述をした。いつものことながら原告の陳述は感動的で、裁判官諸氏もよく耳を傾けてくれたと思う。

今日の陳述を担当した渡辺厚子さんは、障がい児教育に情熱を傾けて教員人生を送った方。その陳述内容の前文が後掲のとおり。渡辺さんは、障がい児と接する中でいろんなことを教えられたという。私は、10・23通達関連の訴訟に携わる中で、障がい児教育に携わる教員から大事なことを教わった。

これまでも学校事故の損害賠償請求事件などでは、在学契約における学校の子どもに対する安全配慮義務の内容に関連して、憲法26条に言及してはきた。しかし、「日の丸・君が代」裁判で初めて障がい児教育の何たるかをおぼろげながらにも知った。そこから、教育の本質が見えてくる思いだ。

重度の障がい者に接して、石原慎太郎の如くこんな感想を述べる人物もいる。
「ああいう人ってのは人格あるのかね」「ショックを受けた」「僕は結論を出していない」「みなさんどう思うかなと思って」「絶対よくならない、自分がだれだか分からない、人間として生まれてきたけれどああいう障がいで、ああいう状況になって…。しかし、こういうことやっているのは日本だけでしょうな」「人から見たらすばらしいという人もいるし、恐らく西洋人なんか切り捨てちゃうんじゃないかと思う。そこは宗教観の違いだと思う」「ああいう問題って安楽死なんかにつながるんじゃないかという気がする」(「安楽死」の意味を問われた知事は)「そういうことにつなげて考える人も いるだろうということ」「安楽死させろといっているんじゃない」(と否定した。)「自分の文学の問題にふれてくる。非常に大きな問題を抱えて帰ってきた」(1999年9月18付 朝日)
石原には障がい児教育はできない。障がい児教育を重要とする発想もできない。相模原障がい施設での19人殺害事件犯人と、根底において同じ発想なのだから。

障がい児教育の思想は、その対極にある。教育の成果を国家にも社会にも還元する発想を持たない。子どもを将来の経済社会の担い手として、「人材」と見る目をもたない。教育を経済投資としコストとする思考を拒否してはじめてなり立つ。徹底して、子どもの人格の尊厳から出発する思想だといってよい。

国家や社会に先んじて子どもの尊厳がある。教育とは、そのような尊厳から出発すべきものだというのだ。一人ひとりの障がい児に寄り添うことで、教育の本質が見えてくるのではないか。

その障がい児教育の現場に乱暴に押し入ってきた国旗国歌とは、教育の本質と相容れない国家主義の象徴である。石原都政の時代に、強引に国旗国歌強制が持ち込まれたことは偶然ではないのだ。

本日で主張のやり取りが一応終了して、次回第12回口頭弁論から舞台は103号地裁大法廷に移る。証拠調べ手続にはいる。また、感動的で教訓に満ちた法廷となるものと思う。

なお、次回法廷は、10月14日(金)午前9時55分開廷で、午後4時30分まで。
次々回は、11月11日(金)午前10時開廷で、午後4時30分まで。
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  2016年7月27日4次訴訟原告渡辺厚子陳述
 2003年10月、大泉養護学校職員会談で、校長より10・23通達の説明がなされました。このときの全教職員の驚愕を私はどう言葉にしていいかわかりません。巣立っていく一人ひとりの卒業生を思い浮かべて、こうしたらいいだろうか、ああしたらいいだろうか、と私たち教員が考え続け、実施しようとしている卒業式が、完全に壊されてしまう。大変な危機感をもって、みんな必至で校長に言いました。
 「A君はやっと車椅子をこげるようになりました。いま、その車椅子で証書をもらいたいとフロアー会場で練習をしているんです。」「壇上になったらどうしてこげますか。彼に、自力ではとりにいくな、とでも言うんですか。」
 「Bさんは呼吸器をつけています。電源コードを壇上へのばして舞台上手そでから向こうの下手そでまでぐるっと回し降りてくるまで延ばすなんてできません。呼吸器の電源を切らない限り無理です。そんなことをさせるんですか。」
 しかし校長は、都教委の命令だから、それに従わなければならない、と苦しそうに答えるだけでした。私達は憤懣やるかたなく、世の中のバリアーフリーに逆行している。命をなんと思っているんだ。通達は、子どもの活動、子どもの権利を潰そうとしている、と言い合いました。ほどなく近藤精一指導部長の、障がい児学校には個別配慮をするという都議会答弁をきき、「そうだよ、都教委だって障がい児にバリアーをつくって動けなくするようなことはしないはずだ」「フロアーを使用できるよう要望してほしい」と校長に訴えました。
 校長も、そうだなあ、校長連絡会で聞いてみるよ、と言いました。しかし持って帰ってきた結果は、「だめだ、壇上しか許されない。都議会答弁と実際は違う。スロープ制作予算をつけると言っている」。それっきりでした。
 高い壇しかないときに、スロープを通ってのぼれるようバリアーフリーをめざす、というのならわかります。しかし約50年間研究を重ね、子どもたちが主人公となる卒業式のために、バリアーのないフラットな会場を使って対面式の卒業式をしてきたのです。スロープをつくるからいいだろう、ではなく、そもそもバリアーフリーのフラットな会場を使うな、と禁止したことこそ問題です。
 フロアーか壇上か、と言った形式の違いの問題としてみられるかもしれませんが、それは本質をみていません。子どもから出発すべき教育の基本を忘れた、いや無視した大問題です。障がい児への合理的配慮に欠ける、なにより子どもの尊厳を奪う事柄なのです。
 通達前03年3月卒業式では、どれほど車椅子操作がたどたどしくとも自走して証書をとりにいくのを禁じられることはありませんでした。通達後の卒業式で、生徒が電動車椅子を操作し、フロアーで受け取りたいと、校長に懇願しました。その生徒は唇や舌を噛み切りコントロールできない身体に泣き叫ぶ毎日でした。同じ病気の弟は亡くなりました。本人、親、担任の3人4脚の文字通り涙ぐましい努力で奇跡的にやっとどうにか操作が出来るようになったのです。これは、できるできないというレベルの話ではなく、自分の人生で初めてつかんだ、生きる希望、自らの尊厳でした。しかし、校長から、だめだ、とはねつけられました。その子は泣く泣く担任に押されて壇上に上がりました。担任は悔し涙で、起立しませんでした。
 通達が出るまでは当然のこととして営まれてきた子どもの活動です。私たち教員は、子どもの尊厳を守ってやれないばかりか、踏みにじる行為に加担させられます。情けない、悔しい。起立命令を拒否するのは、こんな理不尽には従えない、加害行為に加担したくない、というひりひりとした教員の良心の叫びなのです。

 私は本訴訟で停職6ヶ月の処分取り消しを求めています。
 子どもたちによって育ててもらった、教員としての私の良心、信念。それを捨てるわけにはいかないとしてきたら、あっという間にこんなに重い処分となってしまいました。
 退職の前年度の2009年には、悩み抜いた末の卒業式不起立により停職3ヶ月処分を受けました。そして保護者達から責め続けられ、大変苦しみました。これが30年余自分のすべてを注ぎ込み情熱をもって関わってきたことの答えなのかとほぞを噛む思いでした。
 退職の年、教員としてどん底にいた私を、再び信頼してくれる子どもや保護者たちが現れ、私は気を取り直し、最後まで子どもと自分を裏切るまいと思い2011年3月起立しませんでした。

 私は障がい児教育の1頁も知らずに飛び込み、初めての学校でありちゃんに出会いました。ありちゃんは、後頭葉が損傷しているため、目が見えませんでした。面会にくるお父さんは、ありちゃんを抱っこしながら、「ありの目が見えたら、世界1周でもしてやりたい」と語っていました。1年ほどたったある日のこと、何気なく転がしたボールを追うように、ありちゃんの顔が上がったのです。私はナースステーションに駆け込み、「先生! ありちゃんが見えているみたいだ」とさけびました。医者も看護師も見に来て、後のカンファレンスで、脳に新たな回路ができ始めたのだろうと言われました。
 私は芯から驚きました。不可能と医学でいわれていても、人との関わりが人を変える。私はありちゃんによって教育の力、というものを知らされました。その後も、沢山の子どもによって、人は一人ひとり違い、その違いにこそ価値をおいて教育するべきなのだ、と教えられました。通達と命令は子ども一人ひとりの違いを押しつぶしています。
 こどもの権利を侵す間違った命令には従えない。これは私にとって、自分が自分であり続けるために、子どもたちによって育てられた教員の良心を捨てないために、越えてはならない一線なのです。夭折していった子どもたちへ、今後も怠けず、子どものために尽くす、と誓った日を私は忘れるわけにはいきません。

 私の初任時代からの近しい友人は、諸事情から命令を拒否できず、苦しみながら起立していました。毎年3月が近づくたびに目が空ろになり、耐えかねてとうとう退職し、そしてほどなくなくなりました。教員はみんな、子どもを第一に考えた教育を実施したいのです。それとは正反対のことをさせられる苦しみ。10・23通達はどの教員の良心にも回復し難い打撃を与えています。

 裁判所におかれては、教育というものを熟考し、私達が何故起立できなかったのかに深く思いを致していただきたい。そして子どもや教職員の人権擁護の観点に立った判断を示していただきたいと切に願います。
以上
(2016年7月27日)

「浜の一揆」から、岩手海区漁業調整委員会選挙への挑戦

海区漁業調整委員会という行政委員会があることをご存じだろうか。

戦後経済民主化の一環として成立した漁業法は、第一条(目的)に、「この法律は、漁業生産に関する基本的制度を定め、漁業者及び漁業従事者を主体とする漁業調整機構の運用によつて水面を総合的に利用し、もつて漁業生産力を発展させ、あわせて漁業の民主化を図ることを目的とする」と定める。条文の中に盛り込まれた、「漁業の民主化」という言葉がまぶしい。

この条文中の「漁業者及び漁業従事者を主体とする漁業調整機構」が3種類の漁業調整委員会で、その中核をなすものが、海区漁業調整委員会である。各県1海区を基本とし、北海道11海区、長崎県4海区などいくつかの例外があって、計64海区とされている。

戦後民主主義の理念を背負った行政委員会だが、教育委員会や農業委員会と同様に、「民主化」の香りは色褪せてきたと言わざるを得ない。しかし、制度が残っている以上は活性化のチャンスがあるということだ。

「浜の一揆」を闘う岩手沿岸の漁民が、岩手海区漁業調整委員会の選挙に挑戦している。恒例では候補者は漁連会長や大きな漁協の会長ばかり。前回4年前に初めて藏さんが無投票で委員の一角を占めた。今回は選挙となる。昨・7月25日告示で、8月3日が投票日。有権者総数は9979名。公選委員の定数は9。これに、北(洋野町)と南(陸前高田)の一揆衆が、票田を分けて二人立候補した。カラー4頁の実に立派な選挙ビラを見せていただいた。メインのスローガンが「暮らせる漁業で地域を守る」「若者と現役が希望のもてる漁業を」。そして、「資源管理型の漁業調整へ」という具体的な選挙政策もバッチリ。何よりも、表紙を飾る漁師姿のお二人の顔写真が秀逸。その面構えが見事だ。一人、1000票を獲得すれば当選できるという。

下記は、私からのお二人を激励するメッセージ。
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藏?平、菅野修一両候補への激励メッセージ
 美しいタテマエ
が、実は醜い実態をおおい隠すベールでしかないのが、この世の現実。
 昔、富国強兵の時代には、「君のため国のための滅私奉公」が臣民の美徳と教えられた。結局のところ、滅私奉公は、財閥や大地主や浜の有力者に利益をもたらす労働を美化するタテマエに過ぎなかったではないか。
 今、漁業の民主化も、漁協中心主義も、同じことではないだろうか。選挙も民主主義も、美しいタテマエに過ぎないのではないか。選挙によって、本当に漁民の利益を代表する者が当選しているのだろうか。海区漁業調整委員会に公選委員9人が席を占めているから、民主的な運営がなされていると言えるのか。海区漁業調整委員会が漁民のための民主的な組織というのはタテマエだけの話で、その実態は、漁連や漁協や浜の有力者の利益を擁護するための運営となって、一般漁民の立場を代弁する意見は無視されているのが実態ではないか。

 問題の根源は、漁連や漁協や浜の有力者たちの利益と、浜で働く一般漁民の利益とが、必ずしも一致していないところにある。サケの漁を定置網漁独占として利益を得続けたい既得権者と、サケ漁を零細漁民にも開放せよという一般漁民が、海区漁業調整委員会の席で、真に民主的に議論したことが一度でもあるだろうか。大目流し網漁の操業期間や漁区制限についても同じことだ。TAC(漁獲総量規制)やIQ(漁区漁割当制度)などの、漁民の生き残りをかけた新制度の提案についても議論があってしかるべきではないか。

 漁業の民主化とは、何よりも自ら漁に出ている現場の漁師の声を行政に反映させることでなくてはならない。現場で漁師として働く者でなければ、公平で持続的な漁業の知恵は出てこない。切実に後継者の育成を望む立場であればこそ、真剣に乱獲に歯止めをかけ、資源保護に取り組むことにもなる。

 漁業の民主化をあきらめてはならない。美しい言葉だけのタテマエに終わらせてはならない。漁業の現場から、現役漁師として声を上げた藏?平、菅野修一両候補に精一杯の声援を送りたい。必ずや、多くの一般漁民の声に耳を傾けて、一般漁民の利益に直結する漁業行政への転換の第一歩を築く働きをしてくれるはずだ。
   がんばれ 藏さん!
   がんばれ 菅野さん!
(2016年7月26日)

国旗国歌強制を当然とする小池百合子は、都知事としてふさわしくない。

世論調査では都知事選での小池百合子優勢が伝えられているが、この人の何が都民にとっての魅力なのか理解に苦しむ。石原慎太郎よりは猪瀬が少しはマシかと思い、石原後継の呪縛から逃れがたい猪瀬よりも舛添が数段マシだろうとも思った。しかし、小池は最悪だ。また、振り出しに戻って、暗黒都政の再来となりかねない。

本日の赤旗が、小池百合子の国旗国歌に対する姿勢を取り上げている。「沖縄での『国旗』『国歌』扱い攻撃」「強制とたたかう人々非難 小池百合子都知事候補」という見出し。その記事の全文を紹介しておきたい。

「東京都知事候補の小池百合子元防衛相が、2013年5月26日に自民党本部内で行った講演で、沖縄県内での「国旗」「国歌」の扱いを批判し、沖縄タイムス、琉球新報の論調を攻撃していたことが分かりました。
 講演は、改憲右翼団体「日本会議」と連携して改憲や「教育再生」を主張する「全国教育問題協議会」が主催した「教育研究大会」で行ったもの。
 当時自民党広報本部長だった小池氏は『日本の教育を変えていく最大のポイントはメディアにある』と主張。サンフランシスコ平和条約が発効した1952年4月28日を記念して安倍政権が政府主催の「主権回復の日」式典を開催したことに関連し、4月28日を祝日にすべきだと述べつつ、沖縄の2紙が同日を「屈辱の日」だとする論調で報じたことを批判しました。

 その上で、『沖縄では国旗が非常に粗末に扱われ、国歌でさえまともに歌われていない』『国歌は当然のことながら、大切に手を胸に当てて歌うものだ。それを立つの、立たないのと裁判をしているような国は私は聞いたことがない。これらをあたかも正当化するような報道をし続けているのがメディアだ』などと、「国旗」「国歌」強制を当然視する発言を繰り返しました。
 小池氏の発言は、沖縄戦で悲惨な被害を出し、戦後もサンフランシスコ平和条約で本土から切り離され、米国の支配や基地問題に苦しめられた沖縄の人々への攻撃であり、憲法が保障する思想信条の自由に基づいて「国旗」「国歌」の強制とたたかう全国の人々まで攻撃するものです。」

国旗国歌は国家の象徴である。個人が、国家をどう認識するかが、そのまま国旗国歌にどのように接するかの態度としてあらわれることになる。国家を大切に思う人は、国旗国歌を大切に扱えばよい。国家一般を、あるいは現政権が運営する国家を、個人の自由の敵対者だと思う者は、国旗国歌に抗議の意志を表明することになる。これは、純粋に思想の自由の問題であり、自由な思想を表現する自由の問題である。

問題は、国旗国歌を尊重する思想を強制したいという「お節介で、困った人びと」が、国旗国歌を大切に扱うよう他人の行動に介入しようということだ。典型的には、戦前の国防婦人会の面々の如くに。この「お節介で、困った人びと」が権力を握ると、「恐るべき超国家主義国家」への歩みが始まることになる。小池百合子は、そのような歩みを進める危険な政治家ではないか。

価値観の多様性への寛容は民主主義社会の中核に位置する。国家に関する価値観の自由はさらにその根幹に関わる。国旗国歌に対する姿勢における寛容度は、その国や社会の民主主義到達度のバロメータと言ってよい。

「国歌は当然のことながら、大切に手を胸に当てて歌うもの」という小池の思い込みは、個人の思想としては自由でそれで咎められることはない。しかし、「国歌は当然のことながら、大切に胸に手を当てて歌う人もいれば、黒い手袋の拳を上げて抗議の意思を表明する人もいる。また、国旗を焼き捨てることが国家への批判を表明する手段となることもある」のだ。

「立つの、立たないのと裁判をしているような国は私は聞いたことがない」ですって? ならば、聞きたい。国歌斉唱時に起立を強制している国をご存じだろうか。かつての文部省が調査をしている。韓国と中国には、そのような強制があるようだ。当然韓国と臨戦状態にある北朝鮮にもあるだろう。しかし、欧米の民主々義を標榜する先進諸国に関する限り、「国家が国民に対して、立てだの、唱えだのと強制をしているような国があろうとは、私は聞いたことがない」。

この点に関心を持って、ちょっと調べたら、次の記事が目にとまった。『文藝春秋』2008年1月号の小池寄稿を引用するウィキペディア記事。
「小池が自由党を離党して保守党に参加し、小沢と決別した理由については、「ここで連立政権を離れて野党になれば、小沢氏の『理念カード』によって、政策の先鋭化路線に再び拍車がかかることは想像できる。一方で、経済企画庁の政務次官の仕事を中途半端に投げ出すことには躊躇した」「少々心細くもあったが、実は『政局』と『理念』の二枚のカードに振り回されることにも、ほとほと疲れていた。」「かつて小沢さんは、自由党時代に取り組んだはずの国旗・国歌法案について、自民党との連立政権から離脱するなり、180度転換し、『反対』に回った。国旗・国歌法案は国家のあり方を問う重要な法案だ。政治の駆け引きで譲っていい話ではない。同じく外国人地方参政権の法案についても自由党は反対だったはずだが、公明党の取り込みという目的のために、『賛成』へと転じたことがある。国家の根幹を揺るがすような重要な政策まで政局運営の“手段”にしてしまうことに私は賛成できない。これが私が小沢代表と政治行動を分かとうと決意する決定打となった」と説明している。

小池にとっては、国旗国歌の強制は、「国家のあり方」を決定づける重要な理念なのだ。かつて「政界渡り鳥」との揶揄に対して、「変わったのは、私を取り巻く環境であって、私の信念は一貫している」と弁明したことがある。一貫している小池の信念とは、ウルトラナショナリズムの理念にほかならない。こんな人物を、いやこの人だけは、知事にしてはならない。
(2016年7月25日)

カネにキズ持つ小池百合子の「裏金作り疑惑」を徹底追及しようー猪瀬・舛添同類の知事はゴメンだ。

都知事が2代続けて「汚れたカネ」でつまずいて、辞任に追い込まれた。今回都知事選は、いつにもまして候補者の「政治資金収支のクリーン度」が問われている。カネにキズ持つ候補者は、今回都知事選に出馬の資格がない。

昨日の当ブログで、「落選運動を支援する会」のサイトを引用して、小池百合子候補の「政治とカネ」疑惑4件をお伝えした。今日(7月24日)になって、そのうちの1件に進展があった。小池百合子の「政治資金疑惑」の色が一挙に濃くなったのだ。小池は、思想的に右翼というだけではない。「政治資金のクリーン度」不足についても徹底した批判を受けなければならない。赤旗と日刊ゲンダイが伝えているニュースだが、もっと多くの有権者に小池百合子「裏金作り疑惑」を知っていただきたいと思う。

政治資金の流れは、徹底して透明でなければならない。これをごまかそうというのが、「裏金作り」だ。適宜に調達した領収証を利用して、政治資金収支報告書には実体のない支出の報告をしておく。こうして浮かせた金が、国民の目から隠れた支出に使われる。計画的で組織的な、ダーティきわまるカネの使い方。もちろん、政治資金規正法における「収支報告書への虚偽記載の罪」に当たる。小池百合子にその疑惑濃厚なのだ。

昨日の当ブログの該当個所は、以下のとおりである。
 小池百合子自民党衆議院議員(元防衛大臣)の政治資金問題その2
 「不可解な「調査費」支出とその領収書問題
    http://rakusen-sien.com/rakusengiin/6730.html
  既にない企業へ世論調査を依頼し、「調査費」の領収証をもらったという不可解。
  こんなことをしている政治家に、クリーンな都政を期待できるのか。」

落選運動のサイトから、疑惑を再構成してみよう。
☆政治資金収支報告書によれば、小池百合子議員の政党支部「自民党・東京都第10選挙区支部」(代表者・小池百合子)は、2012年から2014年まで、「M?SMILE」(当初、東京都新宿区新宿5?11?28、後に東京都渋谷区広尾5?17?11)という先に「調査費」合計210万円を支出している。
☆上記住所の「M?SMILE」は、インターネットで検索しても該当するものが見あたらない。会社としての登記もない。実在が怪しい。
☆「日刊ゲンダイ」の調査報道(「小池百合子氏に新疑惑 “正体不明”の会社に調査費210万円」2016年7月5日)によると、同紙の問合せに対する小池事務所の説明は次のとおり。
「当初は『M―SMILE』という会社名だったのですが、現在は『モノヅクリ』という名前に変更されています。・・・支出目的? 選挙の際、世論調査をお願いしました」
☆この説明は不自然で、疑惑が残る。
・『モノヅクリ』は実在するが、「オーダースーツ専門の株式会社」で、調査をする会社とは思えない。
・この点の疑惑に関して、『モノヅクリ』の代表者はこう説明している。
「私は09年ごろから、個人的に『M―SMILE』という名で世論調査の事業を始めました。小池さんから仕事をいただき、軌道に乗れば法人登録したかったのですが、うまくいかなかった。そのため、12年に『モノヅクリ』を立ち上げ、オーダースーツの事業をメーンにしています」(「日刊ゲンダイ」)
・小池事務所の「『M―SMILE』という会社名が、『モノヅクリ』という名前に変更された」と、『モノヅクリ』側の「12年に『モノヅクリ』を立ち上げた」は齟齬がある。「調査」と「スーツ」、事業目的の違いはあまりに大きく商号変更というには無理があろう。
☆2012年には既に企業としては存在しなくなっている『M―SMILE』に、2012年から2014年まで調査費を支払ったということはあまりに不自然。
・仮に、「『M―SMILE』という会社名が、『モノヅクリ』という名前に変更」されたとしても、13年・14年とも『M―SMILE』の領収証を添付し続けたことが、これまたあまりに不自然。
☆実は、調査の依頼などの事実はなく、存在しない(あるいは、存在しなくなった)会社の領収書が意図的に作成された疑惑が残る。政治資金収支報告書上は調査費支出としておいて、実は210万円を裏金とする操作をしたのではないか。これは、政治資金規正法上の収支報告書への虚偽記載に当たる可能性がある。

ここまでは、昨日まで判明の「疑惑」。ここからが「本日さらに濃くなった疑惑」である。
本日(7月24日)の赤旗・社会面のトップと、「日刊ゲンダイ」(デジタル)が、新たな調査で判明した疑惑を報道している。

「小池百合子氏「裏金疑惑」 都議補選に出馬“元秘書”の正体」(「ゲンダイ」)、「『調査費』210万円の実態不明会社 社長の正体は元秘書」(赤旗)という各見出し。
「ああ、やっぱり」というべきなのだ。「疑惑」は限りなくクロに近くなった。

赤旗の記事を引用しておこう。
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「東京都知事選(31日投票)に立候補している元防衛相、小池百合子氏の政党支部が、実態不明の会社に「調査費」名目で210万円を支出していた問題で、同社の社長は、小池氏の元秘書だったことが、23日までにわかりました。まさに政治資金の“横流し”といえるもの。しかも小池氏は、この元秘書を22日に告示された都議補選・新宿区に無所属で擁立しており、小池氏側に説明責任が浮上してきました。
政治資金収支報告書によると、小池氏が支部長を務める「自民党東京都第10選挙区支部」は、2012年?14年に計210万円を「調査費」名目で「M―SMILE」に支出しています。

 本紙の調べによると、このM―SMILEなる会社は、当該住所に存在しませんでした。本紙の「架空支出ではないのか」との問い合わせに、小池事務所は「M―SMILEは現在、『ものづくり』という会社で、世論調査を発注、結果を受け取っていた」と文書で回答してきました。

 今回、都議補選に立候補した小池氏の元秘書は、森口つかさ氏(34)。同氏のオフィシャルサイトによると、08年9月に「衆議院議員小池百合子事務所」に入所し、12年10月に「株式会社モノヅクリ設立」とあります。

 登記簿やホームページによると、「モノヅクリ」は、東京都渋谷区広尾に「本店」を置き、資本金100万円のオーダースーツ専門会社。森口氏が社長でした。
 元秘書のオーダースーツ専門会社に「調査費」名目で支出していたことになります。
 第10選挙区支部は、12年?14年の3年間で4875万円の政党助成金を自民党本部から受け取っています。これは、同支部の収入総額(約9140万円)の53・3%にあたります。国民の税金が、「調査費」名目で自分の秘書の会社に流れていた可能性があります。

 小池氏は、森口氏擁立にあたって、「都議会に私の仲間というか、方向性を同じくする者が存在するということは意義深いことだ」と語り、22日の告示日にも応援に立ちました。

 小池氏は、知事選立候補表明直後に掲げていた「利権追及チームの設置」にいつのまにか言及しなくなりました。「しがらみなくクリーンな若い力で、不透明な都政を変えます」と主張している森口氏ともども、不透明な政治資金支出について、明確な説明が求められています。

以下は「日刊ゲンダイ」の記事
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「31日投開票の都知事選に出馬している小池百合子元防衛相(64)に新たな「政治とカネ」問題が浮上した。今回はナント! 「裏金づくり」疑惑だ。

 日刊ゲンダイは小池氏が代表を務める「自民党東京都第十選挙区支部」の収支報告書に添付された領収書の写し(2012?14年分)を入手。この領収書を精査すると、不可解なカネの流れが判明した。

 同支部は12?14年、「M―SMILE」という会社に「調査費」として計210万円を支出していたのだが、この会社は登記簿を調べても記載がなく、実体不明の会社だったからだ。

 小池事務所は「現在は『モノヅクリ』という社名に変わっている。選挙の際の世論調査を依頼した」と説明。そこで日刊ゲンダイが改めて「M?SMILE」の代表者に確認すると、代表者の男性は「09年ごろ、個人的に『M―SMILE』という名で世論調査の事業を始めた。12年に、『モノヅクリ』を立ち上げ、オーダースーツの事業をメーンにしている」と説明。つまり、実体のないスーツ会社が、小池氏から多額の政治資金を受け取り、世論調査を請け負っていた――という怪しさを記事にした。

■小池氏、元秘書とも問い合わせにダンマリ
 そうしたら、小池陣営が22日、都議補選(31日投開票)で新宿選挙区から擁立した男性の名前を見て驚いた。何を隠そう「M?SMILE」の代表者、森口つかさ氏(34)だったからだ。しかも、肩書は小池氏の「元秘書」だったからビックリ仰天だ。

 つまり、小池氏は自分の秘書がつくった“ペーパーカンパニー”に多額の政治資金(調査費)を支払っていたことになる。これほど不自然で、不可解なカネの流れはないだろう。政治資金に詳しい上脇博之・神戸学院大教授もこう言う。

 「小池氏の政党支部が(M?SMILE)に調査費を支出した時期に森口氏が秘書を務めていたのなら大問題です。通常、議員のために調査を行うことは秘書としての業務の一環で、調査の対価は給与として支払い済みのはず。それを秘書が経営する(幽霊)会社に調査費用を支払うというのは、あまりにも不自然です。裏金をつくったり、不正な選挙資金を捻出していたと疑われても仕方がありません。そうでないのならば、小池氏は説明責任を果たすべきです」

 果たして小池氏と森口氏はどう答えるのか。両者に何度も問い合わせても、ともに一切回答なし。知事が2代続けて辞職に追い込まれた「政治とカネ」問題は、今回の都知事選でも間違いなく重要な争点だ。それなのに小池氏、元秘書ともそろってダンマリでいいはずがない。
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以上の各報道が問題点を語り尽くしている。「M?SMILE」にせよ、「モノヅクリ」にせよ、その代表者(森口つかさ)は小池百合子の元秘書なのだ。現在も、小池が都議補選候補に擁立する間柄。小池百合子を代表者とする政治団体が、小池百合子の秘書(あるいは元秘書)に「調査」を依頼し、その秘書(あるいは元秘書)が作成した領収証を受領していたというのだ。領収証はどうにでも作れるではないか。到底些事として看過できることではない。
(2016年7月24日) 

小池百合子の恐るべき憲法観?「いったん廃止し、その上で新しいものを」

「1に平和、2に憲法、3に脱原発。東京都はまず非核都市宣言を」この鳥越俊太郎のスローガン。シンプルで力強い。

もちろん都政独自の政策あってのもの。それについては、「住んでよし」「働いてよし」「環境によし」「学びによし」を実現する東京を! という政策を掲げている。これから、多くの支持者の提言で、この政策を充実して行かねばならない。

「平和、憲法、脱原発」と唱える鳥越に対峙して、小池百合子のスローガンはどうなっているのだろうか。ホームページを開いてみても、平和・憲法・脱原発に関連するなんの政策もなく、その姿勢も窺えない。

小池の歴史観・国家観については、「日本会議」の機関誌『日本の息吹』(2003年9月号)の記事が話題となっている。

「当時、自民党衆院議員だった小池氏は、東京・九段の靖国神社境内で開かれた「戦没者追悼中央国民集会」で、「国家への帰属意識や伝統への尊敬の念」などが失われると「国家は内部崩壊を始める」と主張し、当時社会問題化していた「親殺し、子殺し、少年による幼児殺し」を列挙。「家族に対する愛情なき人に国家への愛を求めるのは土台無理な話。これも自虐的な戦後教育の結果です」と決めつけています。」(7月20日付赤旗)

国家への愛を求め、自虐的な戦後教育の結果を憂うるのが小池百合子流。この人は保守ではない。明らかに右翼なのだ。

さらに、昨日(7月22日)の赤旗が、小池百合子の憲法に関する姿勢について、以下のように報じていた。
「2000年11月30日の衆院憲法調査会で、当時保守党所属議員だった小池氏は、参考人の石原慎太郎東京都知事(当時)が現行憲法を『歴史的に否定すること』こそ国会がすべきことだと主張したのに呼応し、『結論から申し上げれば、いったん現行の憲法を停止する、廃止する、その上で新しいものをつくっていく』ことに『基本的に賛同する』と表明しました。」

2000年11月30日の衆院憲法調査会の議事録が、今はすぐにネットで検索が可能だ。この日の憲法調査会(現行の憲法審査会とは違う)審議は、「二十一世紀の日本のあるべき姿」として、なんと石原慎太郎と、櫻井よしこの二人を参考人として呼んでしゃべらせている。

各参考人に小池が最後の質問をしている。以下はその抜粋。
「石原都知事、本日はありがとうございます。
 いろいろと御示唆いただきました。結論から申し上げれば、一たん現行の憲法を停止する、廃止する、その上で新しいものをつくっていく、私はその方が、逆に、今のしがらみとか既得権とか、今のものをどのようにどの部分をてにをはを変えるというような議論では、本来もう間に合わないのではないかというふうに思っておりますので、基本的に賛同するところでございます。」
「きょうはいろいろと、憲法調査会でございますから憲法問題に関連してお話しいただいているわけですが、私は、むしろアメリカの戦略とすれば、日本にこの憲法を変えさせないのが最大の戦略になってくるんじゃないか。つまり、いろいろな点でがんじがらめにしておいて、そしてそのたびに出おくれるような形にして、最後は小切手外交をさせようというのが、これは一番アメリカにとっていい方法で、なおかつ思いやり予算というような形で置いて、ありがたくそこに海兵隊の人たちが住んでいるというような状況。ですから、アメリカの側から見れば、それが戦略なのかなと思ったりもするわけでございます。」
「二十一世紀を見詰める上で、今後の日本がどうあるべきかということを踏まえた、ある意味では帰納法的な憲法の創憲ということを目指すべきではないかという私の意見を申し上げまして、質問を終わらせていただきます。」

石原慎太郎の憲法観に賛成して、「いったん現行の憲法を停止する、廃止する、その上で新しいものをつくっていく」だと? 現行日本国憲法を停止し廃止して、それとは異なる別の憲法を作ろうというのだ。

現行日本国憲法は、普遍性に充ち満ちたものだ。これを廃止して、「現行憲法とは異なる別の憲法」をつくるとすれば、この普遍性を投げ捨てなければならない。國体を書き込んだ大日本帝国憲法か、五か条のご誓文か。あるいは、武家諸法度か、和をもって貴しとなすの類か。

ところで、小池百合子に関しては、憲法観・歴史観だけが問題なのではない。政治とカネの問題もある。こちらの情報もご覧いただきたい。

「安保関連法賛成議員の落選運動を支援する・弁護士・研究者の会」(略称 落選運動を支援する会)のホームページである。都知事選候補者の政治資金問題を順次取り上げている。小池百合子関連では、下記の4記事がある。その記事の内容の真偽については、同サイトに引用されている、小池が代表者を務めている各政治団体の政治資金収支報告書の記載をじっくりとご覧いただきたい。

都知事選候補者の政治資金問題
  http://rakusen-sien.com/topics/6765.html

コラムその1
自民党豊島区議団が小池百合子・元防衛大臣(自民党)を支援する理由?6年間で計2390万円を受け取ってきた豊島区議団?
  http://rakusen-sien.com/rakusengiin/6825.html

小池百合子自民党衆議院議員(元防衛大臣)の政治資金問題その1
セコイ支出、不適切な支出?
  http://rakusen-sien.com/topics/6671.html

小池百合子自民党衆議院議員(元防衛大臣)の政治資金問題その2
不可解な「調査費」支出とその領収書問題
  http://rakusen-sien.com/rakusengiin/6730.html
既にない企業へ世論調査を依頼し、「調査費」の領収証をもらったという不可解。
こんなことをしている政治家に、クリーンな都政を期待できるのか。

小池百合子・元防衛大臣(自民党)の政治資金問題その3
政治資金パーティ収入・支出の不記載問題
  http://rakusen-sien.com/topics/6819.html
これは、指摘されて、辻褄の合わない政治資金パーティの収入・支出が書き直されたという件。政治資金規正法上の報告書不記載や虚偽記載の罪科は、後の訂正で治癒されない。

やっぱり、小池百合子に投票をしてはならない。
(2016年7月23日)

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