澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

参議院議員諸君 この若者の問いかけに真摯に応えよ

議会制民主主義とはいったい何なのだ。昨日(9月15日)が特別委員会の中央公聴会、そして今日(16日)横浜で地方公聴会。公述人の意見に耳を傾けて法案の審議に反映させ、審議の充実をはかるための手続であるはず。ところが、公聴会の前から、採決強行の日程が決められているというのだ。いったい何のための公聴会なのだ。

公聴会とは、国会法64条1項に根拠をおく手続。「委員会は、重要な案件又は専門知識を要する案件を審査するために公聴会を開き、利害関係者又は学識・経験がある者等(以下”陳述人”という。)から意見を聞くことができる。」というもの。「審査するために」「意見を聞く」のだ。誠実に聞くべきは当然で、聞き流してよいものではない。けっして、採決の前提条件を整えるためであってはならない。

議員は、公述の内容に耳を傾け吟味し咀嚼し、その後の審議の糧にしなければならない。当たり前のことだ。ところが、本日の日程は、15時半横浜での公聴会が終わると、委員らは国会にとって返して、18時に委員会を開会するという。ここで総括質問を強行し、あわよくば今日中にも委員会採決まで漕ぎつけようというスケジュールだという。

審議はほんの形だけ、体裁を整えるだけ。本音がまる見えで、もっともらしささえかなぐり捨てたやり口。実は、「法的安定性は関係ない」だけではない。合憲性も合理性も、議論も説得も世論の動向も、一切「関係ない」のだ。ひたすら数の力で押し切ろうというのが自民・公明の腹の中。謙虚に道理に耳を傾け、国民の声を聞こうという姿勢の持ち合わせはない。しかも、専門家の圧倒的多数から違憲と指摘された法案においてのこの手口だ。この強権ぶりは、日本の行く末を思うとき、肌に粟立つ思いを禁じ得ない。

いかなる世論調査も、「今国会での性急な法案採決強行は望ましくない」としている。政府与党は、敢えて国民の声に耳を塞ぎ、なにゆえかくも急ぐのだ。何を恐れているのだ。誰の目にも明らかな議会制民主主義の形骸化は、きわめて危険だ。戦前も議会制民主主義への信頼の衰退が軍部の台頭を招いたではないか。

昨日の公聴会では、法案に反対する立場の4人の公述人が異口同音に採決を急ぐなと述べたという。自分の公述内容を無視することなく、審議や採決に役立てて欲しいという当然の要請であり、抗議である。

その公述人の中では、話題のSEALDsから、明治学院大4年の奥田愛基さんが聞かせた。私の興味を惹く部分を抜粋したい。

「こんなことを言うのは非常に申し訳ないが、先ほどから寝ている方がたくさんいるので、もしよろしければ話を聞いてほしい。よろしくお願いします。」

「私たちは特定の支持政党を持っていない。無党派の集まりで、保守、革新、改憲、護憲の垣根を越えてつながっている。立憲主義の危機や民主主義の問題を真剣に考え、五月に活動を開始した。デモや勉強会、街宣活動などを通じて、私たちが考える国のあるべき姿、未来について社会に問い掛けてきた。」

「第一にお伝えしたいのは、私たち国民が感じている安保法制に対する大きな危機感だ。疑問や反対の声は、現在でも日本中でやまない。つい先日も、国会前では十万人を超える人々が集まった。東京の国会前だけではない。私たちが独自にインターネットや新聞で調査した結果、全国二千カ所以上、数千回を超える抗議が行われている。累計して百三十万人以上の人々が、路上で声を上げている。

これまで政治的無関心と言われてきた若い世代が動き始めている。誰かに言われたからとか、どこかの政治団体に所属しているからとか、動員的な発想ではない。この国の民主主義のあり方について、この国の未来について主体的に一人一人、個人として考え立ち上がっている。私たちは一人一人個人として声を上げている。「不断の努力」なくして、この国の憲法や民主主義が機能しないことを自覚しているからだ。

「政治のことは選挙で選ばれた政治家に任せておけばいい」。この国にはどこかそのような空気感があったように思う。それに対し、私たちこそがこの国の当事者、つまり主権者であること、私たちが政治について考え、声を上げることは当たり前なのだと考えている。

 路上に出た人々が、社会の空気を変えていった。デモやいたる所で行われた集会こそが不断の努力だ。そうした行動の積み重ねが、基本的な人権の尊重、平和主義、国民主権といった、この国の憲法の理念を体現するものだと私は信じている。

 先日、予科練で特攻隊の通信兵だった方と会った。七十年前の夏、あの終戦の日、二十歳だった方々は今では九十歳だ。ちょうど今の私やシールズのメンバーの年齢で戦争を経験し、その後の混乱を生きてきた方々だ。そうした世代の方々もこの安保法制に対し、強い危惧を抱いている。その声をしっかり受け止めたいと思う。そして議員の方々も、そうした危惧や不安をしっかり受け止めてほしいと思う。

 これだけ不安や反対の声が広がり、説明不足が叫ばれる中での採決はそうした思いを軽んじるものではないか。七十年の不戦の誓いを裏切るものではないか。」

「第二に、この法案の審議に関してだ。世論調査の平均値を見たとき、はじめから過半数近い人々は反対していた。月を追うごと、反対世論は拡大している。「理解してもらうためにきちんと説明していく」と政府の方はおっしゃっていた。しかし、説明した結果、内閣支持率が落ち、反対世論は盛り上がり、法案への賛成の意見は減った。

 現在の安保法制に対して、国民的な世論を私たちが作り出したのではない。この状況を作っているのは、紛れもなく与党の皆さんだ。安保法制に関する国会答弁を見て、首相のテレビでの理解しがたいたとえ話を見て、不安に感じた人が国会前に足を運び、また全国各地で声を上げ始めた。

 結局説明をした結果、しかも国会の審議としては異例の九月末まで延ばした結果、国民の理解を得られなかったのだから、もう結論は出ている。今国会での可決は無理だ。廃案にするしかない。

 現在の国会の状況を冷静に把握し、今国会での成立を断念することはできないか。世論の過半数は、明確にこの法案に対し、今国会中の成立に反対している。自由と民主主義のために、この国の未来のために、どうかもう一度考え直してはいただけないか。」

 「なぜ私はここで話しているのか。どうしても勇気を振り絞り、ここに来なくてはならないと思ったのか。それには理由がある。

 この法案が強硬に採決されるようなことになれば、全国各地でこれまで以上に声が上がるだろう。連日国会前は人であふれかえるだろう。次の選挙にももちろん影響を与えるだろう。当然、この法案に関する野党の方々の態度も見ている。私たちは決して今の政治家の方の発言や態度を忘れない。

 三連休を挟めば忘れるだなんて国民をバカにしないでください。むしろそこからまた始まっていく。新しい時代はもう始まっている。もう止まらない。すでに私たちの日常の一部になっているのです。

 私は学び、働き、食べて、寝て、そしてまた路上で声を上げる。できる範囲でできることを日常の中で。政治のことを考えるのは仕事ではない。この国に生きる個人としての不断の、そして当たり前の努力だ。私は困難なこの四カ月の中で、そのことを実感することができた。それが私にとっての希望だ。

 最後に私からのお願いだ。個人としての、一人の人間としてのお願いだ。どうか、どうか政治家の先生たちも個人でいてください。政治家である前に、派閥に属する前に、グループに属する前に、たった一人の個であってください。自分の信じる正しさに向かい、勇気を出して孤独に思考し、判断し、行動してください。」

この若者の真摯な問いかけには真摯に応えなければならない。けっして無視してはならない。議員諸君は、個人としてこの問と法案に向かい合わねばならない。もちろん憲法にも。諸君は、ロボットでも操り人形でもなかろう。血の通った生身の人間であろうし、理念を持つ政治家でもあろう。ものを考え自分の頭で判断する能力もあるはずではないか。日本の戦後史のこの重要な瞬間に、諸君はどのように行動しようというのか。

安倍晋三のロボットになり下がってはならない。歴史に悪名を刻してはならない。自分の頭で考えていただきたい。来年選挙の洗礼を受ける立場の議員はなおさらのことだ。奥田君の言葉を借りよう。議員諸君、「自由と民主主義のために、この国の未来のために、どうかもう一度考え直してはいただけないか。」そして、「国民をバカにしないでいただきたい」。
(2015年9月16日・連続899回)

戦争法案合憲の論拠に砂川判決引用は政権の墓穴ー入江メモのインパクト

本日(9月15日)の朝日・朝刊3面に、「『集団的自衛権は砂川判決の検討外』裏付け?」「当事者の最高裁元判事、書斎文書にメモ」という記事がある。インパクトの強い、グッドタイミングのニュース。しかも、朝日(あるいはテレビ朝日)のスクープだろうに、どうして扱いがこんなにも小さいのだろう。

周知のとおり、政権与党が戦争法案を違憲でないとする唯一の根拠が砂川事件最高裁大法廷判決の引用。安倍晋三はワラをもつかむ思いでこの判決にすがっているのだが、ワラは所詮ワラに過ぎない。大舟でないと言うもおろか、筏でも丸太でさえもない。そのことが、砂川判決に関わった最高裁元判事が書き残したメモからも明らかになった、という記事。言わば、ダメ押しの戦争法案違憲記事。

にわかに時の人になったのが、既に故人となっている入江俊郎元最高裁判事。
法制局長官として日本国憲法の制定作業に関わった経歴を持ち、52年8月史上最年少の51歳で最高裁判事に就任した人。71年1月の定年退官まで、歴代最長となる最高裁判事の在任期間記録保持者だという。最高裁長官にはならなかったが、長官代理の任にはあった。この人の遺品から貴重なメモが見つかった。あたかも現時点の論争(というよりは政権側の牽強付会)を見越したような内容となっている。

朝日の記事(抜粋)は以下のとおり。
「米軍駐留の合憲性が争われた1959年12月の砂川事件最高裁判決に関し、裁判に関わった入江俊郎・元最高裁判事(故人)が「『自衛の為の措置をとりうる』とまでいうが、『自衛の為に必要な武力か、自衛施設をもってよい』とまでは、云はない」などとするコメントを書き込んだ文書が見つかった。

 政府・与党側は、判決が「自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうる」などと言及したことを引き、集団的自衛権を認める根拠だと主張する。しかし、入江氏の書き込みは、自衛隊が合憲か違憲かという個別的自衛権の判断を判決がしていないことを確認したもので、集団的自衛権は検討されていないことがうかがえる。

 最高裁判決が触れた「自衛のための措置」について入江氏は「『自衛の為に必要な武力、自衛施設をもってよい』とまでは、云はない」と指摘し、判決も自衛隊が合憲か違憲かには踏み込まなかった。結論として、「故に、本判決の主旨は、自衛の手段は持ちうる、それまではいっていると解してよい。ただそれが、(憲法9条)二項の戦力の程度にあってもよいのか、又はそれに至らない程度ならよいというのかについては全然触れていないとみるべきであらう」と指摘した。

 高見勝利・上智大教授(憲法)は「入江氏は判決の『自衛の措置』の意味内容を確認している。自衛隊の実力が憲法9条2項で禁じられた『戦力』に当たらないか否かという個別的自衛権の問題についても判決は答えを出していない。それなのに『自衛の措置』を引き合いに集団的自衛権容認の根拠とするのは明らかに無理がある」と話す。

この記事だけでは、やや分かりにくいのではないだろうか。
ポイントは、「『自衛の為の措置をとりうる』とまでいうが、『自衛の為に必要な武力、自衛施設をもってよい』とまでは、云はない。」ということだ。つまりは、判決は「自衛の為の措置」と「自衛の為に必要な武力」とを峻別した。前者は認めたが後者には言及していないと念を押しているのだ。自衛のための措置の具体的手段は幾通りもあるが、必ずしもその手段の一つとしての「自衛の為に必要な武力」保有を認めたわけではない。判決は自衛隊合憲論ではないことを、まず確認しなければならない。

ひるがえって、政府・与党側の主張はこんなものだ。
砂川判決は「自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうる」と言っている。「自衛のための措置をとりうる」とは自衛権を認めること。自衛権とは、個別的自衛権だけでなく集団的自衛権を含む概念なのだから、砂川判決は集団的自衛権をも容認していることになるのだ。つまり、最高裁は集団的自衛権を認めているのだ。

まったく形式的に、「自衛のための措置をとりうる⇒判決は自衛権を認めた⇒自衛権には個別的自衛権だけでなく集団的自衛権も含まれる⇒だから判決は集団的自衛権行使を容認した」。そのように判決を読もうということだ。

政府側見解では、個別的自衛権とは自衛のために必要な恒常的武力(=自衛隊)を保有する権利であり、集団的自衛権とは日本が攻撃されていなくても同盟国が第三国から攻撃をされたときに保有する恒常的武力(=自衛隊)を発動して当該第三国に武力を行使する権利、ということになる。

ところが、入江メモは、自衛のために必要な恒常的武力(=自衛隊)を保有する権利を認めたものではないと言っているのだ。集団的自衛権を行使する手段としての恒常的武力(=自衛隊)の保有を認めていないと言うのだから、集団的自衛権行使を容認したものであるはずはない。

砂川判決を書いた判事は集団的自衛権など念頭においてなかっただけではなく、自衛権を認めるといいつつも、自衛の武力すら認めてはいないのだ。集団的自衛権の行使が武力の行使である以上、これを認めたはずはないということなのだ。

結局砂川大法廷判決とは、「日本国憲法は『自衛の為の措置をとりうる』ことを認めており、その手段につき他国への安全保障を求めてもよく、その結果としてアメリカ駐留軍がいても、それは憲法9条2項に保持を禁止されている『戦力』でないということを明らかにした」というだけのもので、自衛隊の合憲も言っていなければ、集団的自衛権の容認をしているものでもない。

入江メモによって、強引に砂川判決を引用したことの失敗は明白になった。砂川判決引用は、今や安倍政権の墓穴となっている。
(2015年9月15日・連続898回)

「強行採決 絶対反対」「戦争法案今すぐ廃案」

本日(9月14日)は、戦争法案反対の国会包囲大行動。私も国会を包囲した万余の人の渦の中に。

「強行採決絶対反対」「戦争法案今すぐ廃案」「憲法壊すな」「九条守れ」「安倍はヤメロ」「安倍退陣」「安倍政権の暴走止めよう」「憲法読めない首相は要らない」「戦争やりたい首相は要らない」…。ノリの良いシュプレヒコールが延々と続く。そして、各党の党首や大江健三郎、鎌田慧、山口二郎、落合惠子などのスピーチ。みんな気合いがはいっている。「たたかいはここから。たたかいは今から」などという歌を思い出す。

とりわけ、正門前の熱気がすさまじい。今日も、人の波の圧力は機動隊のバリケードを乗り越えて、集会参加者が車道にあふれた。幸いけが人などはなかったようだ。

法案反対の声を上げる人々の熱気を目にして、考え込まざるを得ない。民主主義とはなんだろう。民意とはなんだろうか。そして、この国の民主主義はきちんと機能しているのだろうか、と。

民主主義とは民意にもとづく政治ーのはず。にもかかわらず、明らかに民意に背く法案の採決強行が懸念される事態となっている。小選挙区制のトリックで掠めとった上げ底の議席の数が政権の強み。しかし、議席イコール民意ではない。安倍晋三は、自ら「この選挙はアベノミクス選挙です」と規定していたではないか。経済政策への期待観で掠めとった議席で、違憲の戦争法案を成立させようというのだ。議席の虚妄が違憲の法案をゴリ押ししている。政権が、民意をことさらに排撃しているのだ。これが、この国の現実であり、民主主義の水準。安倍晋三のごときを首相にしておく国の国民であることが恥ずかしくてならない。

明日(9月15日)中央公聴会の公述人が次のとおりに決まったという。
 大阪大学大学院法学研究科教授 坂元一哉
 政策研究大学院大学 白石隆
 元最高裁判所判事・弁護士 濱田邦夫
 慶應義塾大学名誉教授・弁護士 小林節
 名古屋大学名誉教授 松井芳郎
 明治学院大学学生・SEALDs 奥田愛基

与党推薦が坂元・白石の両名。御用学者という役どころ。野党推薦で、濱田・小林・松井の3名。そして公募人からSEALDsの奥田だという。95人の応募者から、たった一人ということ。NHKのカメラははいらない。世論に与えるインパクトは、小さく押さえられることとなる。

本日の特別委員会集中審議でも、首相答弁も防衛大臣答弁もよれよれで、法案はボロボロだ。それでも、審議時間は消化され、スケジュールがこなされたことになり、「決めるときには決める」のだという。「決めるべきとき」とは、討議が煮詰まって、採決するにふさわしいときのことであるはず。

安倍の脳裏にあるものは、数を恃んでの採決強行の一点のみ。「強行採決絶対反対」「戦争法案今すぐ廃案」「憲法壊すな」「九条守れ」「安倍はヤメロ」「安倍退陣」「安倍政権の暴走止めよう」「憲法読めない首相は要らない」「戦争やりたい首相は要らない」…。民主主義を知らない首相は、即刻辞めるべきなのだ。
(2015年9月14日・連続897回)

来週がヤマ場だー「安倍総理から日本を守ろう」

本日の朝刊各紙に、戦争法案反対の全面広告。「強行採決反対!」の大きな活字が重い。続いて、「戦争法案廃案!」「安倍政権退陣!」のスローガン。そして、「国会に集まろう!」という総掛かり行動実行委員会からの呼びかけ。

具体的な行動日程は、下記のとおり。
 14日・月曜日 13:00?17:00 国会正門前座り込み行動
         18:30 強行採決反対・安倍政権退陣要求国会包囲大行動
 15日・火曜日 12:30?17:00 国会正門前座り込み行動
         18:30 戦争法案廃案! 国会正門前大集会
 16日・水曜日 13:00?17:00 国会正門前座り込み行動
         18:30 戦争法案廃案! 国会正門前大集会
 17日・木曜日 13:00?17:00 国会正門前座り込み行動
         18:30 戦争法案廃案! 国会正門前大集会
 18日・金曜日 13:00?17:00 国会正門前座り込み行動
         18:30 戦争法案廃案! 国会正門前大集会

さあ、いよいよ明日から始まる月曜から金曜までが大詰め。ここに来て、違憲法案推進勢力と反対勢力の色分けが鮮明になってきた。敵と味方の分水嶺は、強行採決によっての今国会成立に、イエスかノーかだ。

国会の中だけが、推進勢力の数が優る。国会の外では、圧倒的に反対勢力が優勢だ。理論的にも反対派が圧倒している。それでも、決めるのは国会なのだ。議会外の力関係を、議会内にどう反映させるか、問題はその一点にある。

大手メディアでの戦争法案推進勢力は、読売と産経のグループだけ。朝日・毎日・東京と地方紙は、圧倒的に反対論だ。しかも、理論水準や説得力に格段の開きがある。よろよろしている日経だが、その社説のトーンは「政府は具体例をあげて、(法律事実を)説明すべきだ」というのだから、今国会成立には慎重の範疇に数えてよい。NHKの報道姿勢の評価は最悪だが、市民の目の厳しさもあって、さすがに読売や産経のような法案への積極推進姿勢はない。

憲法学界・公法学会をはじめとする学界では法案の違憲論が席巻している。「安全保障関連法案に反対する学者の会」の廃案を求める署名は13,796人とされている。各大学に次々と反対する会が結成されて、教員と学生の共闘が進んでいる。実務法律家の集合体である日弁連や全国の単位会も全力を上げて反対運動に取り組んでいる。元内閣法制局長も堂々と声を上げている。この事態に黙っておられないと、元最高裁裁判官も声を上げ始めた。濱田邦夫、那須弘平、そして山口繁元最高裁長官まで。

核分裂における連鎖反応の如くに、次から次へと声があがっている。シールズにミドルズ、オールズ、ティーンズ、トールズ、ママの会と続いている。映画・演劇界や芸能界などの表現者グループも、法案成立が表現の自由に関わるものとして次々に声を上げている。「韓国ではネットが民主運動の進展に大きな役割を果たしたが、日本のネットは右翼に占拠されている」とは昔日のことではないのか。戦争法案反対のグループつくりにはネットが大きな役割を果たしている。

もう、これくらいで十分だろうと思っていたら、重量級の反対意見がまだあることを知った。歴代首相5人の反対論である。当然に安倍批判と一体のものとなっている。昨日(9月12日)の毎日新聞に、保坂正康「昭和のかたちシリーズ」が「元首相たちと安保法制」との記事で情報を提供している。

「8月14日の安倍晋三首相による談話発表の前に、元首相5人が安倍首相に提言を試みた。戦後の長期間、マスコミで働いてきた記者・編集者が、『歴代首相に安倍首相への提言を要請するマスコミOBの会』をつくり、12人の元首相に要請文を送ったのだという。その結果、5人が文書で1人が電話での回答になった。この5人の文書を、たまたま私も入手したのだが、安倍首相に対する率直な不満や不信を知り、驚くほどの内容であった。」

結局は6人がものを言ったことになるが、文書で安倍晋三への提言を試みたとして氏名を明らかにされている元首相は、羽田孜、鳩山由紀夫、細川護熙、村山富市、菅直人の5名。その内、羽田・鳩山・細川の「提言」が紹介されている。

「羽田孜氏の提言には、「『戦争をしない』これこそ、憲法の最高理念。平和憲法の精神が、今日の平和と繁栄の基礎を築いた。特に、9条は唯一の被爆国である日本の『世界へ向けての平和宣言』であり、二度と過ちを繰り返さないという国際社会への約束」とあり、末尾は「安倍総理から日本を守ろう」と結んでいる。」
これはすごい。そのとおり、「安倍総理から日本を守」らねばならない。

「鳩山由紀夫氏の2400字に及ぶ提言では、いくつかの鋭い指摘がされている。たとえば、「あまり報道されませんでしたが、昨年オバマ大統領が来日した際の記者会見で、『小さな岩のことで中国と争うのは愚の骨頂』と諫(いさ)めた通りです。安保環境が悪化しているならまだしも、その時よりはるかに良くなっているにも拘(かかわ)らず、『戦争に参加するための法案』を、なぜ今更議論するのでしょうか」と弾劾している。」

また鳩山は、「私は日本を『戦争のできる普通の国』にするのではなく、隣人と平和で仲良く暮らすにはどうすれば良いかを真剣に模索する『戦争のできない珍しい国』にするべきと思います」と結んでいるという。耳を傾けるべき貴重な提言ではないか。

「細川護熙氏は「安保法制の審議について」と題し、2500字で自らの意見を鮮明にしている。冒頭ではっきりと、「安保法制関連法案は廃案にすべき」と断じ、その内容と手続きの両面で問題があると指摘する。内容については、「憲法9条をもつ平和憲法を変えることは(解釈改憲によるとしても)、世界に確立した平和国家日本のイメージを損なう危険があるばかりでなく、日本人自身にとっても、その目指すべき将来の国家像を混乱させる」と訴えている」

また、細川は、「やじを飛ばすような唯我独尊の姿勢に苦言を呈し、『そのような手法で、違憲の疑いの強い安保法制を成立させることは、わが国の国益を損なうことになると言わざるを得ない』とたしなめている」という。

元首相たちの目には、現首相の姿勢が、危なっかしく見てはおられないのだ。しかも、その現首相の取り巻き連中が、安倍をたしなめることはない。ならば、国民がたしなめるしかないのだ。明日からあと5日がヤマ場だ。安倍総理から日本を守ろう。
(2015年9月13日・連続896回)

違憲の戦争法案 いよいよ参院審議大詰めだ

戦争法案審議の日程は来週が大詰めとなる。その決戦の来週、既定のスケジュールは以下のとおり。16日(水)15時30分までは決まっているが、その後はまったくの白紙だ。
 14日・月曜日 特別委員会審議 9時?17時
 15日・火曜日 中央公聴会
 16日・水曜日 地方(横浜)公聴会 13時?15時30分
 17日・木曜日 不気味な空白
 18日・金曜日 不気味な空白

14日(月曜日)の委員会質疑では、佐藤正久・北澤俊美・山口那津男・片山虎之助・山下芳生・山田太郎・福島みずほらが質問者となる。安倍・中谷・岸田らが答弁し、NHKが放映する。NHKが中継するのだから強行採決はない。

この間、法案の廃案を目指す勢力の主な行動提起は以下のとおり。
 14日・月曜日 13:00?17:00 国会正門前座り込み
         18時30分 強行採決絶対反対・安倍退陣 国会包囲大行動
 15日・火曜日 12:30?17:00 国会正門前座り込み
 16日・水曜日 13:00?17:00 国会正門前座り込み
 17日・木曜日 13:00?17:00 国会正門前座り込み
 18日・金曜日 13:00?17:00 国会正門前座り込み
 以後連休 27日会期末

さて、15日の中央公聴会はどうなるのだろうか。本日(9月12日)の東京新聞一面トップが、「安保公聴会 意見表明 95人応募 全員『反対』」というヘッドライン。これだけで、いや凄い事態だ。そして、これをトップに持ってくるのは、見上げたセンスではないか。

ずいぶん以前のことだが、私も参院憲法調査会の公述人公募に応募して採用されたことがある。あのときは競争率が低かった。今回は、与党側2人、野党側4人の枠に95名の応募者。狭き門ではあるが、せっかくの機会なのだから、私も今回再度手を挙げておけばよかった。後知恵の浅はか。

東京新聞記事を抜粋する。
「安全保障関連法案に関する参院特別委員会は十一日、有識者や国民から意見を聞くために十五日に開く中央公聴会で意見を表明する「公述人」の公募を締め切った。参院では過去十年で最多の九十五人が応募し、全員が法案に反対の立場を示した。法案に対する懸念の強さがあらためて裏付けられた。特別委の民主党理事が明らかにした。

参院特別委の福山哲郎理事(民主党)は「短期間の公募だったのに応募数が多く、全員が反対だったということが国民の法案に対する明らかな姿勢を表している」と記者団に説明。民主党が推薦する二人のうち一人は応募者から選ぶ考えを示した。
これに対し、与党は応募者ではなく、法案に賛成する有識者らから選ぶことになる。」

95人の応募者全員が「法案反対」。思いがけないことだが、これが世論の分布状況をよく表している。これで採決を強行してよいはずはない。本当にこんな状態で採決ができるというのだろうか。

「安保法案廃案・安倍政権打倒・立憲主義と民主義を守れ」という声は、メインの集会だけのものではない。東京でも地方でも、新しい反対運動が次々に生まれている。採決強行した場合の民衆の怒りと政権のダメージははかりしれない。けっして、採決強行が既定の事実となっているわけではない。

ところで、本日(9月12日)の東京新聞は読み応え十分。東京新聞(中日新聞)の読者でない人にために、宣伝を買って出よう。いくつかの記事をご紹介する。

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本日の社説が読ませる。「湾岸戦争のトラウマ 安保法案に通じるだまし」というタイトル。「湾岸戦争のトラウマ」は欺しだった。その欺しの手口が、今また「安保法案成立に向けて」世論操作に使われている、というなかなか刺激的で大きなテーマ。

私は、湾岸戦争のときに、仲間を語らって「市民平和訴訟」を起こした。湾岸戦争への国費からの1兆1700億円支出と掃海部隊派遣の差し止めを求める訴訟である。
このとき、当初は90億ドル、最終的には130億ドルの支出をしながら、「人を出して血を流す支援をしなかったから、国際社会から感謝されることがなかった。やっぱり一国平和主義ではなく、積極的に派兵を可能にしなければならない」という言説が流された。これが「湾岸戦争のトラウマ」である。

「◆感謝広告になかった日本
 トラウマの原点は1991年の湾岸戦争にある。イラクの侵攻から解放されたクウェートが米国の新聞に出した感謝の広告には30の国名が並び、130億ドルの巨費を負担した「日本」の名前はなかった。日本政府の衝撃は大きかったが、間もなく政府は自衛隊海外派遣の必要性を訴えるキャッチフレーズとして使い始める。…防衛庁長官は「湾岸戦争から学んだものは、やはり、お金だけでは責任を果たしたことにはならない」と述べ、“トラウマ効果”を利用した。湾岸戦争の後、衆院に初当選した安倍首相もこのトラウマを共有している。
 なぜ、意見広告に日本の名前がなかったのだろうか。政府はこれを調べることなく、人的貢献の必要性を言いはやし、翌92年、自衛隊を海外へ派遣する国連平和維持活動(PKO)協力法を成立させて陸上自衛隊をカンボジアに派遣した。
 派遣後の93年4月になって、政府は追加分90億ドル(当時のレートで1兆1千700億円)の使途を公表した。配分先のトップは米国で1兆790億円、次いで英国390億円と続き、肝心のクウェートへは12カ国中、下から2番目の6億3000万円しか渡されていない。大半は戦費に回され、本来の目的である戦後復興に使われなかったのである。

◆「逆手」にとった日本政府
 本紙の取材であらたな証言が飛び出した。湾岸戦争当時、東京駐在だったクウェート外交官で現在、政府外郭団体の代表は「あれは『多国籍軍に感謝を示そうじゃないか』と米国にいたクウェート大使が言い出した」と明かし、米国防総省に求めた多国籍軍リストがそのまま広告になったという。多国籍軍に参加していない日本の名前がないのは当たり前だったことになる。
 クウェート政府に問い合わせていれば、たちまち明らかになった話だろう。解明しようとせず、「湾岸戦争のトラウマ」を逆手にとって焼け太りを図る様は、まともな政府のやることではない。このトラウマがイメージを先行させる手法だとすれば、安倍政権下で健在である。

◆採決急がず審議で正体を
 安保関連法案をめぐり、首相は「自衛隊がかつての湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことはこれからも決してない」「外国を守るために日本が戦争に巻き込まれるという誤解があるが、あり得ない」と断言する。
 「湾岸戦争のトラウマ」を利用し続けた政府の言葉を信用できるだろうか。国民をだましているのではないか、との疑念は国会審議を通じて、高まりつつある。政府は急ぎたいだろうが、参院では拙速な採決に走ってはならない。答弁を重ね、国民に法案の正体を説明する義務がある。」

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また、本日の同紙「こちら特報部」は、昨日の当ブログが触れた、都立校「日の丸・君が代」強制に関連する「内心の自由告知」問題を取り上げている。昨日(9月11日)の都教委への「申し入れ」行動の様子を、かなり大きなスペースで記事にしてくれた。「日の丸・君が代」強制問題は、民主主義や教育の根幹に関わる重要性を持ちながらも地味で記事になりにくい。関心を持ってくれる頼りのメディアは、東京新聞とサンデー毎日なのだ。

戦争法案審議大詰めの来週、東京新聞にはさらなる健筆を期待したい。
(2015年9月12日・連続895回)

「日の丸九条の会」の不快

富士には月見草がよく似合う。秋の風には鈴虫の音色。
日の丸には、武運長久の寄せ書きがよく似合う。千人針も。特攻も。そして、右翼の街宣車の騒音や暴力団員の鉢巻がぴったりだ。

靖国神社と平和の祈りとは似合わない。ハーケンクロイツと国際協調は似合わない。日の丸と九条も水と油。似合わないこと甚だしい。

この不似合いを無理矢理結びつけた「日の丸・九条の会」なる代物があるという。おふざけの類だろうが、黙っておられない。「日の丸・君が代」の強制に抵抗し、胃の痛くなる思いで、「日の丸・君が代」とたたかっている人たちの神経を逆撫でにする、配慮に欠け品位に欠けた茶番劇。

次には「君が代・九条の会」が生まれるのだろうか。「天皇バンザイ・九条の会」「靖国・九条の会」「歴史見直し・九条の会」と続くのだろうか。不まじめ「日の丸・九条の会」は、お・や・め・な・さ・い。

「日の丸」の権力的強制は、歴史認識に無自覚な人々の「日の丸」容認を背景にしている。社会的な日の丸への敬意表明同調圧力が、国家主義者による強制を可能としているのだ。「日の丸」や「君が代」の社会的容認度を少しでも高める試みを許してはならない。

もちろん、天皇についても、靖国神社についても同じことだ。九条を語る陣営の中から、「日の丸」積極容認の声が出て来るその無自覚さに、唖然とする。

「日の丸九条の会」の設立趣旨・要綱を掲げているサイトがある。
設立趣旨・要綱の全文は以下のとおり。
「日章旗は、過去「日本帝国」の旗頭として使われ、未だその侵略戦争の傷は癒えていない。しかし、これ自体にはなんら罪はなく、デザインも大変に優れており、もとより日本国の象徴として定着している。
ここに、これに愛着をもち「九条も立憲主義もこわすな」と下記の点で賛同する者の緩やかな集まり「日の丸9条の会」を設立する。

1?憲法が権力者を縛るための最高規範であることを認識し、今次の安倍政権の解釈改憲を認めない。
2―日章旗に愛着心をもつことを誇りをもって宣言する。
3―国旗・国歌の使用・不使用につき、誰に対するいかなる強制も嫌がらせも許さない。
4―専守防衛を明確にするための改憲でない限り、日本国憲法9条等の改憲を許さない。
5―侵略のための軍備は許さず、日本の核武装もその計画研究も認めず、非核三原則を堅持させる。
6―アメリカ合衆国を含めどの国の属国化していくことを認めない。
7ー啓発・運動にはもとより非暴力の手法のみを使い、他団体とも随時、共同で行動する。
8ー添付の画像を旗頭とする。
平成27年9月9日

日の丸愛好家にふさわしく、元号を使用しての宣言。おそらくは、右翼にも戦争法反対のウィングを広げるという大義名分を考えての「日の丸9条の会」なのだろう。しかし、各職域の九条の会がそれぞれ真摯さにあふれているのに、このおふざけは人の胸をうたない。運動に資するとは到底考えられない。

また、「日本国の象徴として定着している」との認識は容認できない。東京地裁の判決(2006年9月21日・「予防訴訟」における難波判決)でさえ、「日の丸・君が代」を次のように言っている。

「我が国において、日の丸、君が代は、明治時代以降、第2次世界大戦終了までの間、皇国思想や軍国主義思想の精神的支柱として用いられてきたことがあることは否定し難い歴史的事実であり、国旗・国歌法により、日の丸、君が代が国旗、国歌と規定された現在においても、なお国民の間で宗教的、政治的にみて日の丸、君が代が価値中立的なものと認められるまでには至っていない状況にあることが認められる。」

手堅い判決文の中でさえ、「日の丸、君が代が国旗、国歌と規定された現在においても、なお国民の間で宗教的、政治的にみて日の丸、君が代が価値中立的なものと認められるまでには至っていない」と言われているのだ。これを「日本国の象徴として定着している」と公言することによって、日の丸の社会的認容・定着化に加担することは、この国の保守勢力・国家主義者を喜ばせることで、反動に加担することにほかならない。

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本日午前中は都庁で、都教委と「日の丸・君が代」強制にまつわる問題での集団交渉があった。「日の丸・君が代」強制に抗って処分された人々や、父母の立場の人々による今日の交渉テーマは、「内心の自由の告知」禁止問題。かつては、校長や教頭が、卒業式・入学式の前に、「プログラムでは、国旗に向かって起立し国歌を斉唱するようお願いすることになりますが、日本国憲法は内心の自由を保障しています。ですから、けっして強制にわたるものではありません。飽くまでご協力をお願いするものです」との告知が普通に行われていた。それが、石原慎太郎教育行政が禁止して今日に至っている。そのことが国際的にも問題になりつつあり、文科省も問題と認識しているのだ。

この件に関しての交渉のあと、都庁32階食堂で、リラックスした雰囲気でみんなとランチをともにした。ここで、「日の丸9条の会」が話題となった。もちろん、私が口火を切って話題にしたのだ。弾んだ話しの大要を再構成する。

「私は、あるサイトで「日の丸9条の会」というものを知った。私の感性がどうしてもこれを受け付けない」
「私も見つけた。大きな違和感がある」
「天皇の発言をリベラルだと持ち上げる、あのセンスとよく似ている」
「「日の丸」と九条は両立しないでしょう」
「右へ運動を広げたいのだろうが、目先の小利に目が行って、大事なことが忘れられている」
「軽々にナショナリズムを持ち上げてもらっては困る」
「先日の反原発デモに日の丸が出てきて驚いた。愛する日本を汚すなという意味合いだったようだが、とてもついていけない」
「日の丸を自分の側のシンボルにした途端に、国家や政権と対決する姿勢を見失うことになる」
「一方に、深刻に悩みながら「日の丸・君が代」と対決している人がいるのに、どうしてこんなにノーテンキに日の丸を肯定できるのだろうか」

食事時の会話としては軽さに欠けるが、刺身にワサビだ。耳に心地よい会話で味付けの今日のランチは旨かった。
(2015年9月11日・連続894回)

「9月16日強行採決」を許さない

戦争法案推進側は冷静で合理的な判断をしているのだろうか。反対世論の圧倒的な盛り上がりを強行突破するリスクをどのように計算しているのだろうか。敢えて、強行採決を辞さないという構えが理解できない。

圧倒的な世論が、「一度廃案にして出直せ」「何をそんなに急ぐのか」「次の会期でも、その次でもよいではないか」と言っている。しかし、政権と与党は、飽くまで今国会成立をゴリ押しの姿勢を崩さない。修正案にすら耳を傾けようとしない。参院特別委は中央公聴会を15日に開くという日程を決めてしまった。報道では、16日に委員会採決強行とか、連休突入前の18日が参院本会議決議のリミットなどと言われている。追い詰められて、これしかないということなのか。それとも、「この運動の高揚もどうせ一時的なもの」と国民をなめきっているということなのだろうか。

本日(9月10日)の毎日朝刊トップには、「安保関連法案:自民が衆院再可決検討」の大見出し。政権中枢は、「参院の与党がぐずぐずしていると、衆院で『60日ルール』を実行して再可決してしまうぞ。そうなれば、参院の存在意義に傷がつく。それがイヤなら参院で早く採決してしまえ」ということなのだ。参院与党への明らかな恫喝。

推進勢力は、実質的にあと10日足らずとの焦り。日程は大詰めだが、参院の議論が煮詰まっているのかといえばそんなことはまったくない。参院段階での新たなテーマがいくつも出てきている。多くの課題を未解明のままで、スケジュールがひとり歩きすることを許してはならない。

参院段階で明らかになったのは、実はこの法案がアメリカの必要が発端で、日米の制服組が枠組みを作り、日本の制服組が法案を練り、政権がこれに乗ったものなのだ。「制服の制服によるアメリカのための」法案。少しずつ、その実態が明らかにされつつあるから、強引に幕引きをしようとしているのだ。公明党に対する創価学会員の批判も、長引けば長引くほど大きくなるという見通しなのだろう。

そのような事態で、本日の朝日が「『違憲』法案に反対する」と題した社説を載せた。立派なものだ。以下、その抜粋。
「法案に対する世論の目は相変わらず厳しい。
 朝日新聞の8月下旬の世論調査では法案に賛成が30%、反対は51%。今国会で成立させる必要があると思う人は20%、必要はないと思う人は65%だった。
 多くの専門家が法案を『憲法違反』と指摘し、抗議デモが各地に広がる。国民の合意が形成されたとはとても言えない。それなのに政府・与党が数の力で押し切れば、国民と政治の分断はいっそう深まるばかりだ。」
「もう一度、9条のもつ意味を考えてみたい。
 時に誤った戦争にも踏み込む米国の軍事行動と一線を引く。中国や韓国など近隣諸国と基本的な信頼をつなぎ、不毛な軍拡競争に陥る愚を避ける。平和国家として、中東で仲介役を果たすことにも役に立つ。
 現実との折り合いに苦しむことはあっても、9条が果たしてきた役割は小さくない。
 確かに、米軍と自衛隊による一定の抑止力は必要であり、その信頼性を高める努力は欠かせない。そうだとしても、唯一の「解」が、「違憲」法案を性急に成立させることではない。国際貢献についても、自衛隊派遣の強化だけが選択肢ではない。難民支援や感染症対策、紛争調停など多様な課題が山積みである。9条を生かしつつ、これらの組み合わせで外交力を高める道があるはずだ。
 数の力で、多様な民意を一色に塗りつぶせば、国民が将来の日本の針路を構想する芽まで奪うことになる。」

毎日社説も、「これでも採決急ぐのか」と小見出しを付けたもの。「参院の役割」に焦点を当てている。
「審議の内容は、採決に踏み切る状況からは依然としてほど遠い。参院は『良識と抑制の府』としての役割を果たすべきだ。」
「参院特別委の鴻池祥肇委員長(自民)は礒崎陽輔首相補佐官がかつて今月中旬の成立に言及した際、「参院は衆院の下部組織や官邸の下請けではない」と批判した。その通りだが、採決を急ぐようでは衆院と変わらない。『先の大戦で貴族院が(軍部を)止められず戦争に至った道を十分反省をしながら、参院の存在を作り上げた。衆院の拙速を戒め、合意形成に近づけるのが役割だ』。これも鴻池氏の言葉である。参院の存在意義を今こそ、示す時だ。」

さらに、毎日社説には、次の具体的な指摘がある。
「法案を審議するほど疑問が深まる構図は変わらない。8日の参考人質疑でも、内閣法制局の長官経験者から重要な疑義が示された。
 安保関連法案のうち、他国軍への後方支援を定めた重要影響事態法案と国際平和支援法案は、戦闘作戦行動のため発進を準備する航空機への給油を可能とする。政府はこれまで『認めなかったのはニーズがなかったため』だと説明していた。
 ところが参考人として陳述した大森政輔元内閣法制局長官は内閣法制局が政府の内部検討にあたり、この活動を憲法違反だと指摘していたことを明らかにした。
 1999年に周辺事態法が制定された当時、大森氏は長官だった。その際、内閣法制局側は給油活動は『典型的な武力行使との一体化事例であり、憲法上、認められない』と主張した。だが、外務省と対立したため『表面上は(米軍からの)ニーズがないからということにしたのが真相』なのだと言う。
 これも法案の根幹に関わる問題だ。ところが、政府が十分な説明もしていない段階で、特別委は中央公聴会を15日に開くという日程を決めてしまった。」
これは大問題ではないか。

また、毎日社説は、次のようにも言っている。
「自民党の高村正彦副総裁は講演で『国民のため必要(な法律)だ。十分に理解が得られていなくても決めないといけない』と語った。国民理解は置き去りでいいとでも言うのだろうか。」

この高村の言は、民主主義とは対極の考え方。「国民よりも与党・政権が賢いのだから、任せておけば良いのだ」との思い上がり。主権者の意思を閣議決定で覆してよいという考え方がここにも顔を覗かせている。

論語に、「民は由らしむべし。知らしむべからず」とある。高村や安倍の頭は、この2500年前のレベルなのだ。どうせ民衆は「民衆自身のために必要な法律であることを理解できない」。だから、理解できずとも為政者を信頼して付いて来させればよいのだという思い上がりである。

こんな調子で、違憲の法案を成立させられたのではたまらない。いまや、愚かな安倍政権に、民衆自身が大きな声と力を見せつけるしか方法はなさそうだ。
(2015年9月10日・連続893回)

人権と憲法擁護の志ある人にだけ「合格おめでとう」

昨日(9月8日)、司法試験の合格発表があった。試験問題漏洩事件が大きな話題となっている中でのことである。
1850人の合格者すべてに、「おめでとう」などとはけっして言わない。この中に、高村正彦や北側一雄、あるいは稲田朋美、橋下徹などの後輩が確実に潜んでいるからだ。権力や資本にシッポを振ることを恥と思わぬ弁護士や、スラップ訴訟請負常連の弁護士などもいる。
 
そのような連中を除いて、とりわけ「平和と人権と民主主義」擁護の志を堅持しようという未来の法曹に心からおめでとうと言いたい。これからどのような法律家になろうかと、悩んでいる合格者諸君にも祝意を表して、法律家としての生きがいを探して欲しい。

志ある合格者に「登科後」という唐代の詩を贈る。登科とは科挙に合格すること。作者孟郊は46歳にして進士に合格した。合格翌日の伸びやかな心境を詠ったもの。

   昔日齷齪不足誇
   今朝放蕩思無涯
   春風得意馬蹄疾
   一日看尽長安花

読みは、昔日の齷齪(あくせく)誇るに足らず、
      今朝放蕩として思い涯(はて)無し。
      春風意を得て馬蹄はやし、
      一日看尽くす長安の花。

作者は、今朝は昨日までとは打って変わってどこまでも伸びやかな心もち。春風のなか得意満面で軽やかに馬上の人となっている。当時、合格発表は牡丹の季節。科挙の合格者には、長安城内の貴族の家々が牡丹の花を見せた。皆、合格者には一目置いて扉を開けたのだ。作者は、広い長安で、家々の牡丹を見尽くしているというのだ。家々のもてなしは、牡丹だけではなかったのかも知れない。

なお、1858年清末に科挙で賄賂を取っての不正合格が発覚した。驚くべきことに、不正を犯した考査官2名だけでなく、不正合格者も死刑に処せられたという(宮崎市定「科挙」中公新書・101頁)。

私が司法試験に合格したのは、1968年といういまは昔のこと。苦学生だった私が司法試験を目指したのは、誰でも受験が可能で合格すれば司法修習生として公務員に準じた給与の支給を受けられることが大きな魅力だった。

私は文学部の出身だから、授業での法学の勉強はしなかった。当時予備校や塾などという存在はなく(あったかも知れないが知らなかった)、模試すら受けたことはない。友人の司法試験グループに入れてもらって勉強した。いまなら、法学未習コース。司法試験とは、受験まで金がかからず、合格すれば給与が支給された。当時、この制度のおかげで、私のような貧乏学生が法曹になった。

合格して司法修習生として採用になったのが、1969年の4月。最初の給与をもらったときは本当に嬉しかった。それまでは、身を粉にして不定期な学生アルバイトで生計を立てていたのだから。勉強しているだけで、安定した給与の支給を得られるなど、夢のような話しではないか。そのとき、けなげにも思った。私はいま、社会からの恩恵を受けた立場にある。社会は私に、相応の期待をしているのだ。この期待に応え、将来社会に還元しなければならない。そういう意識は、その後弁護士となってからも持ち続け、いまもある。

現在司法修習における給費の制度は廃止されている。貸費の制度はあるようだが、どうせ弁護士は儲け仕事なのだろうと位置づけられたことになる。若い弁護士諸君が給費制復活の運動をしている。日弁連も支援しているが、十分に大きな運動にはなっていない。人権擁護に奉仕しようという弁護士を求める社会の期待はなくなったのだろうか。

いま、全国の弁護士会が、戦争法案反対で大きな運動を巻き起こしている。先年には、特定秘密保護法反対にも熱心だった。平和・人権・民主主義、そして憲法を擁護する姿勢において、弁護士会はきわめて真っ当である。十分に社会からの期待に応える活動をしていると思う。給費制復活の世論が盛りあがってもよいはずではないか。

私は、弁護士とは成熟した市民社会が創造した反権力の職業だと思っている。いざというとき、法を武器にして、弱者の人権のために権力や金力に怯むことなく対抗してたたかう専門職である。在野であることが絶対の基本であり、多数派の同調圧力や常識にもとらわれない、真の意味で自由人としての存在でなければならない。

新合格者諸君。今日は、思う存分牡丹の香りに酔え。明日からはぜひ、人権のために研鑚せよ。
(2015年9月9日・連続892回)

「九条は全戦死者の御霊(みたま)なり」(東京新聞9月3日)

昨日に続いて、東京新聞「平和の俳句」からの話題。
上掲句の投句者は浜松市西区・倉橋千弘(76)とある。敗戦を6歳で迎えた方だ。戦没者のご遺族だろうか。靖国には参拝をする方だろうか。

いとうせいこうの選評は、「死者から賜ったことを次の生者につなぐのは、今生きる我々の責務。」というもの。特に異論あるわけではないが、いつもの的確で鋭さに欠けてもの足りない。このコメントでは、せっかくの「九条」が生きてこない。

もうひとりの選者である金子兜太は、「数百万におよぶ戦死者の霊魂が憲法九条を生んだのだ。忘れるな。」と言っている。同感。僭越ながら、憲法九条に関連して兜太の言を敷衍してみたい。

この句は、よく考え抜かれた、推敲の末の作品だと思う。まずは、「戦死者」「戦没者」ではなく「全戦死者」とされていることに注目したい。

「全」は、曖昧さを残さずに戦没者の差別を認めない姿勢を表している。敵と味方、戦闘員と非戦闘員、積極的加担者と抵抗者、社会的地位や業績の有無に関わりなく、戦争によってもたらされたすべての死を悼む立場が強調されている。

この句では、「戦争」と「すべての命」とが対比されている。ひょんと死んだ名もない兵、爆心地で跡形もなくなった子どもたち、東京大空襲で焼け死んだ無辜の市民、その以前に重慶の爆撃で殺された多くの中国人、日本の炭坑で強制労働を強いられ殺された中国人・朝鮮人、沖縄戦での日米の兵と地元の人たち…。その死は、ひとつひとつすべて等しく悲惨である。

九条は、「すべての命」を等しく貴しとする思想を根底に、すべての戦争を否定している。死を何らかの基準で差別するとき、いかなる命も貴しとする純粋さは失われる。そのことは、いかなる戦争も否定するのではなく、戦争を肯定する思想に結びつくことになる。

この句は、「全」を入れることで、すべての命を大切にし、すべての戦争を否定する姿勢を鮮明にしている。それこそが憲法九条の精神である。

身近な死を悼む気持は誰にもある。遺族が戦没者を悼む気持には誰もが厳粛な共感を持たざるを得ない。この心情を利用しようとして創建されたのが戦前の別格官幣社靖国神社であり、宗教法人靖国神社もその思想の流れをそのまま酌んでいる。

靖国神社(改称前は東京招魂社)とは、内戦における官軍(天皇軍)の戦死者だけを祀る宗教的軍事組織として創建された。上野戦争では賊軍の屍を野にさらして埋葬することを禁じ、皇軍の戦死者のみを神として祀って顕彰した。この徹底した死者への差別、死の意味の差別が靖国の思想である。当然に、天皇の唱導する聖戦を積極的に肯定する意図があってのものである。

遺族の心情を思いやるとき、戦没者の「顕彰」には口をはさみにくい。しかし、その口のはさみにくさこそが、靖国を創建した狙いであり、いまだに国家護持や公式参拝を求める勢力の狙いでもある。それは死の政治的利用であり、戦没遺族の心情の政治利用である。

死は本来身近な者が悼むものである。いかなる戦死も国家が顕彰してはならない。ましてや、敵味方を分け、味方の戦闘員の死だけを、国家に殉じたものと意味づけて顕彰するようなことをしてはならない。

再びの戦死者を出してはならない。全戦死者がそう思っているに違いないというのが、引用句の精神だと思う。

これに反して、戦死者をダシにして、戦争を肯定し、国家の存在を意味あらしめようというのが、戦没者慰霊にまつわるイヤな臭いの元なのだ。

毎年、8月15日には、日本武道館で政府主催で全国戦没者追悼式が行われる。「戦没者を追悼し平和を祈念する」ことが目的とされる。さすがに、靖国神社ほどの露骨さはない。

しかし、今年の式典で安倍晋三は、「皆様の子、孫たちは、皆様の祖国を、自由で民主的な国に造り上げ、平和と繁栄を享受しています。それは、皆様の尊い犠牲の上に、その上にのみ、あり得たものだということを、わたくしたちは、片時も忘れません。」と式辞を述べている。やはり、戦死者の政治的利用の臭いを払拭できない。

同じ式での、天皇の式辞がある。
「ここに過去を顧み、さきの大戦に対する深い反省と共に、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心からなる追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。」

こちらの方が、政治的利用の臭いが薄い。もちろん、「戦陣に散り戦禍に倒れた人々」だけの追悼であり、「さきの大戦に対する深い反省」の内容の曖昧さや加害責任に触れていないことの不満はあるにせよ、である。

再びの戦死者を出してはならない。その思いの結実が憲法九条なのだ。
(2015年9月8日・連続891回)

平和とともに永遠なれー東京新聞「平和の俳句」

東京新聞一面左肩に毎日掲載の「平和の俳句」。平和を願う多くの人々の感性や知性を代弁して、共感を呼ぶものとなっている。ときに感心し、ときにその句の鋭さにぎょっとさせられる。今日の句にも、ぎょっとさせられた。

  父はただ穴を掘ったとしか言わぬ(9月7日)

60代女性の投句である。この穴の暗さの記憶が、作者の父のその後の人生を呪縛し続けたにちがいない。真面目な人ほど、好人物であるほど、家族にすらいえない辛い暗い記憶に悩み続けることになる。私の亡父にも、口にすることのできない暗い記憶がなかっただろうか。

私が子どものころ、男の大人は、例外なく兵隊の経験者だった。かつて敵と戦場で闘った人たち。銃で武装し鉄兜をかぶって敵を殺す訓練を受けた人たち、私もそういう目で大人を見た。外地で戦って敗れた生き残り…とも。その大人たちは、戦争について多くを語らなかった。「穴を掘った」以上のことを子どもに語りようがなかったろう。伝聞では戦地での暴行や略奪を手柄話に語る大人もいたようだが、私には直接聞いた記憶が無い。

8月28日東京新聞一面のトップに、「元兵員 残虐行為の悪夢 戦後70年 消えぬ心の傷」という、優れた調査報道が掲載されていた。穴を掘った人たちの心の傷が、70年を経た今なお癒えないというのだ。

「アジア太平洋戦争の軍隊生活や軍務時に精神障害を負った元兵員のうち、今年七月末時点で少なくとも10人が入通院を続けていることが分かった。戦争、軍隊と障害者の問題を研究する埼玉大の清水寛名誉教授(障害児教育学)は『彼らは戦争がいかに人間の心身を深く長く傷つけるかの生き証人』と指摘している。」というリード。

「本紙は、戦傷病者特別援護法に基づき、精神障害で療養費給付を受けている元軍人軍属の有無を47都道府県に問い合わせた。確認分だけで、入院中の元兵員は福岡など4道県の4人。いずれも80歳代後半以上で、多くは約70年間にわたり入院を続けてきたとみられる。通院は東京と島根など6都県の6人。

療養費給付を受ける元兵員は1980年代には入通院各500人以上いたが、年々減少。入院者は今春段階で長野、鹿児島両県にも一人ずついたが5、6月に死亡している。

清水氏によると、戦時中に精神障害と診断された兵員は、精神障害に対応する基幹病院だった国府台陸軍病院(千葉県市川市)に収容され、38?45年で1万4百人余に上った。この数は陸軍の一部にすぎず、症状が出ても臆病者や詐病扱いで制裁を浴びて収容されなかった場合も多いとみられる。

清水氏は同病院の「病床日誌(カルテ)」約8千人分を分析。発症や変調の要因として戦闘行動での恐怖や不安、疲労のほか、絶対服従が求められる軍隊生活への不適応、加害の罪責感などを挙げる。

診療記録で、兵士の一人は、中国で子どもも含めて住民を虐殺した罪責感や症状をこう語っている。「住民ヲ七人殺シタ」「ソノ後恐ロシイ夢ヲ見」「又殺シタ良民ガウラメシソウニ見タリスル」「風呂ニ入ッテ居テモ廊下ヲ歩イテイテモ皆ガ叩(たた)キカカッテキハシナイカトイフヨウナ気ガスル」

残虐行為が不意に思い出され、悪夢で現れる状態について、埼玉大の細渕富夫教授(障害児教育学)は「ベトナム、イラク戦争の帰還米兵で注目された心的外傷後ストレス障害(PTSD)に類似する症状」とみる。

清水氏は「症状が落ち着いて入院治療までは必要のない元兵員が、偏見や家族の協力不足などで入院を強いられてきた面もある」と説明。また今後、安全保障関連法案が成立して米国の軍事行動に協力すると、「自衛隊でもおびただしい精神障害者が生じる」と懸念する。」

戦争は残酷なものだ。殺されることも、殺すこともマッピラ。戦争そのものを拒否し、防止しなければならない。

「父が掘った穴」の暗さは個人を蝕み個人の記憶に残るだけではない。人類の文明にポッカリ開いた穴の暗さでもある。あらゆる場で、この穴を塞ぐ努力をしなければならない。

ついでに、印象に残った平和俳句のいくつかを紹介する。

  毛髪と爪が父なり終戦日(8月13日)

これも、ぎょっとさせられる系の句。作者の父の死は外地でのこと。輸送船の沈没か地上戦か、あるいは餓死か。混乱の中で、遺骨は届けられない。出生前に、形見として残していった毛髪と爪だけが父のすべてなのだ。終戦記念日に、戦争を深く考えざるをえない。

  改憲という声開戦に聞こゆ(8月29日)

まったくそのとおり。言い得て妙ではないか。語呂合わせを越えて、本質を衝いている。

  今程の平和でいいと蟇(ひきがえる)(8月25日)

こういうの好きだなあ。いい雰囲気だなあ。「いまほど」でいいんだ。のんびりさせてくれよ。

  九条を吸ってェ吐いてェ生きている(7月12日)

これもいいなあ。平和のうちに生きることと憲法九条との一体感が、肩肘張らずに表現されている。

  戦争の命日八月十五日(8月14日)

父や母の命日ではなく、「戦争の命日」。この日戦争は死んだのだ。再び、生き返らせてはならない。

  国旗よりはためかさせてよ洗濯物(7月6日)

この句では、国旗が勇ましい戦争の象徴、洗濯物が日常の平和の象徴として対比されている。国旗をはためかしても碌なことはない。それよりは、洗濯物をはためかした方がずっと役に立つし楽しいじゃないの。

今後も、ずっと「平和の俳句」に注目したい。そして楽しませていただきたい。
(2015年9月7日)

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