(2022年7月8日)
安倍晋三に対する銃撃と死亡の報に、この上ない衝撃を禁じえない。
暴力とはかくも易々と言論を蹂躙してしまう。民主主義とは、暴力の前にかくも脆弱な存在であるという現実を見せつけられての戦慄である。
何よりも警戒すべきは、模倣犯の出現であり、その連鎖である。
民主主義の基本は、言論対言論の対抗ルールである。これを生ぬるく面倒なものとして、短絡的に暴力に訴える風潮を許してはならない。政治信条の如何にかかわらず、言論に対する暴力の行使を厳しく排斥する大原則の重要性を再確認しなければならない。
私は、安倍晋三を唾棄すべき人物であり危険な存在として論難を続けてきた。当然のことながら、その姿勢を変えようとは思わない。しかし、私が非難の対象としたのは実は安倍晋三個人ではなく、安倍を中心とする反動的政治信条や、安倍を支持する政治勢力である。つきつめれば、国家主義や歴史修正主義や復古思想や、新自由主義や、著しく廉潔性を欠いた政治手法などとの論争であった。その論争は安倍晋三への暴力や死によって決着するものではない。
だから、安倍晋三個人に対する暴力は無意味なものであり、演説中の安倍晋三を銃撃するという野蛮をけっして許してはならない。同時に、安倍晋三の死をもって安倍の生前の所業を美化したり、安倍の負の遺産追求に手心があってもならない。日本中に轟いた「モリ・カケ・サクラ・クロ・カワイ」の悪名を忘れてはならない。
また、さらに警戒すべきは、参院選投票を直前にしてのこの事件の衝撃が、選挙結果に及ぼす影響である。本日の日本民主法律家協会の緊急声明のなかに、次の一節がある。
「本件の襲撃が、参議院選挙を間近に控えた中で現職の国会議員による街頭演説中になされたことは極めて問題であって、これは民主主義に対する重大な挑戦である。このような暴挙が市民や市民が選ぶ公職選挙候補者の言論活動を委縮させることがないように、私たちは最大の関心をもって注視し続けなければならない。」
関心は、「 このような暴挙が市民や市民が選ぶ公職選挙候補者の言論活動を委縮させてはならない」ということにある。本日の銃撃によって遮られたのは、直接には安倍晋三の演説であり、安倍晋三が応援していた自民党候補者の選挙活動である。これに萎縮や支障があってはならない。と同時に、その反対の野党陣営にも、この事件のもたらす衝撃や、死者に対する弔意の強制にもとづく選挙活動の萎縮があってはならない。
もとより、安倍晋三の死によって、安倍晋三や自民党が推進してきた数々の悪政や失政を清算させるようなことがあってはならない。安倍晋三に対する儀礼上の弔辞のノリで、あたかも彼が優れた業績を残した清廉で偉大な政治家であったなどという虚像を作りあげてはならない。これまで彼の悪行を追求してきた野党勢力の政治活動にも選挙活動にも、いささかの怯みも緩みもあってはならない。暴力から民主主義を擁護することの最大の意味はこの点にあることを特に強調しておきたい。
(2022年6月29日)
この人には人徳というものが備わっている。政敵との激論にあっても、ユーモアが漂っており、言うことに嫌みがない。他の人が言えばキツい表現や、高慢と思われかねない言葉も、この人が口にすれば、「フーン、そうなんだ」と思わせる。
日本共産党の比例代表・大門みきし候補は、街頭演説でこう言っているという。
「私は国会では経済論戦の第一人者と呼ばれています。国会に押し上げていただき22年、あの竹中平蔵さん(当時、経済財政担当相など歴任)を含めて、経済論戦では一度も負けたことがございません。再び国会に戻り、新自由主義の息の根を止めたい」
今はやりのファクトチェックをしておきたい。2020年10月23日毎日新聞記事「経済記者・一線リポート」がこう報道している。「竹中平蔵氏と分かり合った? 共産・大門実紀史氏とは」という見出し。「竹中平蔵とわたり合った」ではなく、「竹中平蔵氏と分かり合った?」というのがミソ。この議員ならではの「わかり合い」。
「国会きっての経済通として、霞が関や経済界に党派を超え、多くのファンを持つ国会議員がいる。共産党の大門実紀史(みきし)参院議員(64)だ。政府・日銀に鋭く切り込む質疑はSNSなどでもたびたび話題になっている。
2001年に繰り上げで初当選して以来、森喜朗政権から菅義偉政権まで九つの政権に論争を挑んできた。」
「《竹中平蔵氏と論争》 大門氏を一躍、有名にしたやり取りがある。
2001年11月、参院予算委員会。小泉純一郎首相(当時)の要請で民間から入閣し「構造改革」路線を推し進めていた竹中平蔵・経済財政担当相との質疑だ。
『あなたは経済学者ですよね。理論的に説明してください』
『先生は国会議員ですよね。国全体の経済がどうなるかトータルで示す必要があるでしょう』
構造改革に伴う雇用の不安定化などを追求する大門氏と、それに反論する竹中氏の論争は次第にヒートアップし、売り言葉に買い言葉のような答弁まで飛び出した。
『竹中さんと予算委員会で対面したのはこの日が初めて。新人議員がよくもこんなことを言ったなと思います』と、大門氏は当時を振り返る。
以来、竹中氏との国会質疑は50回を超えた。今でも小泉氏と竹中氏が主導した構造改革は『失敗だった』と評価は厳しいが、『竹中さんと巡り会わなければ、経済をこんなに勉強をすることもなかった』という。」
また、大門候補は麻生太郎をして、こう言わしめている。これも、この人ならではの「わかり合い」。
「簡単な話を難しくしゃべるなら上手な人が多いが、難しい話を簡単にしゃべるというのはなかなか頭がいる。改めて大門先生って頭がいい人なんだなと感心しながら聞いていました」(毎日)
その大門みきし候補の経済解説街頭演説である。耳をお貸しいただきたい。
「今の物価高の背景には、岸田政権が進める円安政策があります。始まりは安倍政権でした。日本銀行に世の中にある国の借金=国債を買わせ、かわりにお札を印刷させ、世にばらまく。そのお金が株式市場につぎ込まれ株価を引き上げました。大企業が持つ内部留保の多くが自分の会社や関連会社の株券。つまり、このアベノミクスの「異次元の金融緩和」は、大企業と株をたくさん持つ大金持ちをもうけさせる政策でした。
お金をいっぱい印刷し、世の中のドルに対して円の量が増え、1ドル=110円から今130円台と、円の価値がいま一気に下がっています。それが円安です。アメリカに1個1ドル=110円で物を売っていた輸出大企業は、何もせず差額の20円を手にし、空前の利益をあげています。
輸入物価は逆に20円を余分に払います。エネルギーや原油や小麦、食料が値上がり。輸入物価が上がれば世の中全体の物価が上がってしまいます。それが今私たちの暮らしを直撃しています。
そもそも日本銀行が国債をどんどん買い、国がどんどん借金できるようにする。タコが自分の足を食べているのと同じです。いずれ破綻が訪れます。自分の足を食うようなことを、安倍政権からずっとやっているわけです。ひと言、タコの名誉のために言っておきますが、タコが自分の足を食べるのは、網に引っかかってパニックになった時です。自公政権はわかって食べているからタチが悪い。
物価引き下げに一番有効なのは消費税の減税です。今、世界では90を超える国と地域で、国民の暮らしを守るために消費税の減税に踏み出しています。最低賃金の引き上げも重要です。新自由主義から『やさしく強い経済』へ、ご一緒に。」
(2022年6月8日)
来週の水曜日、6月15日に通常国会が閉幕する。そして、参院選公示となり、7月10日投開票となる。
有権者の関心事は、けっして憲法改正にはない。そしてコロナでもなくなった。主要な論争点の一つは、日本と世界の平和の構築をどうするかであり、もう一つは今急激に国民生活を襲いつつある物価高である。
再選の投開票まであと1か月、この間に高物価は全ての国民に厳しい生活苦を強いることになる。とりわけ、非正規労働者、フリーランス、年金生活者には深刻である。言うまでもなく、これは天変地異ではない。国民はあらためて、この10年におけるアベノミクスと名付けられた自公政権による経済政策の失敗を学ばざるを得ない。賃金は上がらず、家計は冷え込み、生産も分配も滞って、ひたすらに大企業と金持ちを優遇した減税に励み、その減税を原資とした庶民増税に邁進してきた今日の脆弱な日本経済ではないか。今日の格差と貧困の実態ではないか。
アベ政権も、その後継スガ政権も、アベノミクスの失敗を国民に批判され、目先を変えて岸田現政権となった。「分配重視」「金融所得課税」への言及はそれゆえである。ところが、今岸田は、完全に岸田色を失った。失敗したアベノミクス路線を何の成算も希望もなく、走り続けざるを得ない立場に追い込まれている。このアベ・スガ・キシダ、3代の経済政策の失敗故の生活苦が選挙の争点とならざるを得ない。
本日夕刻、立憲民主党が衆議院に内閣不信任案を提出した。「一貫して無為無策」な政府を追及するものだという。多くの国民の気持ちを代弁するものではないか。もとより、「ゆ党」や「悪党」といわれる連中の賛同は難しいと報道されており、「同調の動きは限定的で、否決される見通し」とされているが、この不信任案は、有権者の支持を得ることができると考えてよい。
毎日新聞によれば、同不信任案の理由は以下のとおりである。
「岸田内閣の『何もしない』ことを安全運転と呼んではばからない厚顔無恥な政権がこれ以上続くのは、日本のためにならない」「『岸田インフレ』は亡国の道である。首相が『令和版所得倍増』の代わりに『資産所得倍増プラン』を掲げたことを『投資信託のコマーシャル』のようで、今この日本で、どれだけの人が乏しい生活費の中から投資にまわす余力があるだろうか」
なお同時に、立憲は細田博之衆院議長に対する不信任決議案も衆院に提出した。
細田氏の不信任理由は、細田氏が衆院議長として「最も不適切な人物」であり、衆院小選挙区定数の「10増10減」に否定的な見解を繰り返し示したことなどを問題視。さらに週刊文春が5月19日発売号以降、女性記者らにセクハラ行為を繰り返していると報じたことについて「あってはならない疑惑」だとし、細田氏が報道を「事実無根」だと全面的に否定していることに関し、「説明責任を果たさない」と問題視したもの。
衆院は明日9日の本会議で不信任2案を審議・採決するが、有権者は各議院の賛否をよく見極めよう。
提出後、立憲の西村智奈美幹事長は記者団に「政治は国民の命と暮らしを守るためにある。岸田内閣はその責任を全く果たしていない」と語ったという。「平和」と「暮らし」、その両者が目前の参院選の争点となってきた。俄然、政権には大きな逆風である。
(2022年6月7日)
ロシアのウクライナ侵攻が始まったのが、2月24日。早くも3月上旬には各地の地方議会でロシア批判の決議が採択されている。多くは全会一致である。3月7日、神奈川県議会には「ロシアによるウクライナへの侵略に断固抗議する決議(案)」が自民党議員から上程され、同日全会一致で成立している。
3月24日には、横浜市議会が、これも自民党提案で「ロシアによるウクライナへの侵略を非難するとともに、国際紛争における武力行使の根絶を求める決議」が成立している。全会一致である。
そして同じ3月24日、横須賀市議会も、自民党提案による「ロシアによるウクライナ侵攻を非難する決議」を賛成多数で採択した。但し、全会一致ではない。
採択された同決議の全文が以下の通りである。
ロシアによるウクライナ侵攻を非難する決議
国際社会の懸命の努力にもかかわらず、2 月2 4 日にロシア軍はウクライナへの軍事侵攻を開始した。
これらは、ウクライナの主権及び領土の一体性を侵害するとともに国際法に違反する行為であり、断じて容認できるものではない。また、その影響はヨーロッパにとどまるものではなく、アジアを含む国際秩序を揺るがす重大な事態であり、横須賀市議会としても看過できるものではない。
政府においては、在留邦人の安全確保と避難民への支援に努めるとともに、国際社会と連携し、あらゆる外交手段を駆使して、ロシア軍の即時撤退と速やかな平和の実現に全力を尽くすことが求められる。
よって、横須賀市議会は、ロシアによるウクライナ侵攻に対し厳重に抗議し強く非難するとともに、ロシア軍が即時に完全かつ無条件で撤退するよう強く求める。
以上、決議する。
この決議に二人の議員が反対にまわった。二人とも右翼でも右派でもない。無所属の市民運動派である。平和運動へのこだわり故の反対ということのようだ。この間の事情が、先頃届いた《非核市民宣言運動・ヨコスカ/ヨコスカ平和船団》からの「たより 330」(発行5月13日)に窺える。
3月・月例デモ出発前集会
ロシアのウクライナ軍事侵攻抗議
私たちの反戦も問われている
という見出し。「ロシアのウクライナ軍事侵攻抗議」は分かり易いが、「私たちの反戦も問われている」は、「何がどう問われている」というのか、けっして分かり易いものではない。それでも、みんな真剣に考えている大きな問題点なのだ。
新倉裕史(月例デモ・リーダー) コロナ感染対策で、1月、2月、月例デモを休みました。口シアによるウクライナヘの軍事侵攻は今も続いていて、反戦の声を上げようと、今月は月例デモの実施に踏み切りました。感染は収まっていないので、総監部前とゲート前での兵士への放送はありますが、商店街はサイレントです。
ロシアの軍事侵攻には抗議の声を上げますが、ウクライナ頑張れが、自分の国は自分で守る、そのためには軍事力も必要だという声も生まれています。私たちの反戦が問われています。ぜひご意見を。
◆ ◆ ◆
市川平(平和船団) ロシアは、ウクライナヘの軍事侵攻以前にも、1990年から 2000年にかけては、チェチェンの独立を弾圧しています。2008年にグルジア、今はジョージアと呼ばれていますが、ここに軍事侵攻し、2014年にはケリミア地域への攻撃とロシアヘの編入。その後も、2015年にはシリアヘの軍事介入と、アメリカと同様に、周辺の国々への軍事侵攻をしてきました。
今、バイデン大統領はプーチン大統領を戦争犯罪人と言いますが、アメリカも同じようなことを繰り返してきている。だから、そんなふうに言う資格はありません。
私たちはこうした大国による軍事侵攻を、どう食い止め ることができるのか。昔、ペンは武器より強し、といいましたが、今はSSNの活用で、個人が世界に向けて情報を発信できる時代です。この「ペン」を大いにに活用して、反戦の発信をしていきましょう。
◆ ◆ ◆
新倉 ロシアの武力による現状変更は、今に始まったことではないという指摘ですが、そのことはしっかりと認識したいと思います。その上で「ロシア許すな!」がナショナリズムを刺激し、反戦が翼賛化したり、軍事化したりする傾向も無視できません。
横須賀市議会で、ロシア抗議の意見書が賛成多数で採決されました。本会議で二人の議員が、この意見書に反対しました。そのお一人、小室たかえ市議がいらしていますので、経過の報告をお願いします。
◆ ◆ ◆
小室たかえ(市議会議員) 先日木曜日が、横須賀市議 会定例会の最終日でした。《口シアによるウクライナ侵攻に抗議する》という決議案が、当日の午前中の議運に自民党から提出されました。私は会派に入っておりませんので議運に席がありません。オンラインで傍聴していましたが、そのときには内容までは確認できませんでした。
ロシアがウクライナに軍事侵攻したこと自体は、本当に許されないことだと思いますが、今朝提出された決議文を、その日の午後に、賛成か反対かというのは、内容が内容だけに、とまどいました。
決議文のなかに、あらゆる外交手段をという文言がありました。あらゆるのなかに武力が含まれるのか、含まれないのか。武力も外交手段という言い方もありますし、そんなことを考えると、私はこれにはそう簡単には賛成できないなと、迷いました。
多くの人が、抗議決議当然でしょという中にあって、賛成できないというのは、正直怖いなという思いもありました。
そんなふうに思っていたところ、小林(伸行)議員が反対討論をしました。その内容は、私が悶々としていた内容といっしょでしたので、小林議員が反対討論を終えて議席に戻ってきたところで、わたしも同感ですと伝え、採決のときには40人中38名が起立をして賛成。私たち二人だけが着席したまま、反対の意思を表明した、ということです。
私の今日の話はつたないものですが、近くホームページに自分の考えをちゃんと載せるつもりです。ありがとうございます。
◆ ◆ ◆
新倉 小林議員の反対討論をネットの中継録画で聞きました。小林さんも、ロシアがしているとはとんでもなくひどいことで、一刻も早い停戦を求めるのは当然のごととしたうえで、問答無用の「正義」が振りかざされていることへの、抵抗としての反対討論だったと思います。お二人の反対票は、重要な視点を私たちに与えてくれていると思います。
市民派議員二人から投じられた《ロシアによるウクライナ侵攻を非難する決議》への反対票は、もちろんロシアによるウクライナ侵攻を免罪しようというものではない。反対票を投じた議員の1人は、「決議文のなかの《あらゆる外交手段を》という文言が武力を含のか含まれないのか。この点が曖昧では簡単には賛成できない」という。
そして、運動体の側は、この反対票を《問答無用の「正義」が振りかざされていることへの抵抗》であり、《「ロシア許すな!」がナショナリズムを刺激し、反戦が翼賛化したり、軍事化したりする傾向への警戒》と評価する。
まだ十分に咀嚼されていないが、重要な問題提起をしているように思う。
(2022年6月3日)
昨日、日本維新の会が夏の参院選に向けたポスターを発表した。「改革。そして成長」をスローガンに掲げ、松井一郎と吉村洋文の写真を並べた。
維新の関係者によると、スローガンには当初「決断そして実行」を掲げる予定で調整していた。ところが自民党が1日、岸田文雄首相の写真に「決断と実行」と大書した参院選ポスターを発表。かぶりを避けるために、急遽変更したという。いったい、この事態をどう理解すればよいのだろうか。
維新の所業についての情報は宮武嶺の下記ブログが最も詳細で信頼できる。そして、宮武の歯に衣きせぬ対維新評価は常に私の感覚に近い。「維新の悪党ぶりは宮武嶺に聞け」というのが私の確信である。
https://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/9a183ef7ac9955068fd87659e7285bf2
本日の宮武嶺ブログが、案の定立派なものだ。その一部を引用させていただく。
「自民党とそっくりの選挙ポスターを作ったマヌケな維新の会の松井一郎代表(笑)。ろくに決断も実行もしない岸ダメ政権と、ろくな決断と実行をしない日本イソジンの会だと、丙丁つけがたい(笑笑)
冒頭の画像は、参院選に向けて日本維新の会が用意していたポスターと自民党のポスター。自民党が先に発表したのを見たら、自分たちのとクリソツ(「決断と実行」と「決断そして実行」)なので維新はびっくり!(笑)
そりゃ、「野党でもユ党でもなく悪党」の維新の会は、特に安倍・菅政権のころは自民党と一心同体でしたから、こういうことも起こります(笑)。
そしてあわてて、作り直したというのですが、2文字のそれらしい熟語ならもうなんでもいいというwww
新自由主義政党なので、「分配」だけは絶対入れないwww
それにしても、日本維新の会の参院選向け公約の右傾化ぶりは自民党を超えていまして、ロシアのウクライナ侵攻を踏まえると称して、自民党の「反撃能力」そっくりの、国民を守れる「積極防衛能力」を整備すると言い出し、「中距離ミサイルや軍事用ドローンをはじめとする新たな装備を拡充する」というんですよ。
【#維新は日本一の悪党】日本維新の会が岸田政権に「核共有」の議論を求める提言。防衛費をGDP2%に倍増することも要求。無能な維新は余計な事は考えずコロナ死者最多の大阪の問題に取り組め。
しかも、国民の人権を制限する緊急事態条項は憲法に創設、防衛費は国内総生産(GDP)比2%への倍増、憲法9条に自衛隊を明記。そのうえ、米国の核兵器を日本に配備し運用する「核共有」政策を含めた拡大抑止の議論を日米間で開始するとしていて、自民党さえためらった核共有検討を堂々と入れています。
まさに、日本に必要ない有害政党、それが日本維新の会と言えるでしょう。
安倍元首相と橋下徹氏の「核共有」構想は非核三原則違反であるばかりか、憲法にもNPT条約にも原子力基本法にも反する違法行為。ところが松井一郎代表が「非核三原則は昭和の価値観」と言い出した(笑)。
それにしても、日本維新の会って毎回公約が行き当たりばったりの思い付きですし、だいたいが自民党のパクリですよね。
そして、常に自民党よりちょっと言い過ぎてみるという、ほんとに政界の害虫みたいな存在です。」
維新を「野党」でも「ゆ党」でもない、その反憲法的な姿勢は「悪党」であるというのは、言い得て妙である。維新を自民の補完勢力と位置づけるのは、今や正しくない。その独自の「反憲法的」「反人権的」「反民主的」姿勢は、「政界の害虫みたいな存在」というべきであろう。
宮武嶺のますますの健筆を期待したい。
(2022年6月2日)
日本民主法律家協会の機関誌『法と民主主義』(略称「法民」)か好調である。
「法民」は、日民協の活動の基幹となる月刊の法律雑誌。(2/3月号と8/9月号は合併号なので発行は年10回)。
毎月、編集委員会を開き、全て会員の手で作っている。憲法、司法、原発、天皇制など、情勢に即応したテーマで、法理論と法律家運動の実践を結合した内容を発信し、法律家だけでなく、広くジャーナリストや市民の方々からもご好評をいただいている。
定期購読も、1冊からのご購入も可能である。お申し込みは、下記からお願いしたい。(1冊1000円)。
お申し込みは、下記URLから。
https://www.jdla.jp/houmin/form.html
とりわけ、本年2月ロシアのウライ侵攻以来の改憲世論に抗しての護憲の論調の堅持は、貴重な役割を担うものとなっている。最近の特集記事は、以下のとおり。
「法と民主主義2022年2・3月号」【566号】
●特集『最高裁裁判官国民審査』
「法と民主主義2022年4月号」【567号】
●特集『公害弁連発足50周年記念集会 「被害者とともに50年」』
― 公害弁連の闘いの継承と未来への展望 ―
法と民主主義2022年5月号【568号】
特集●ロシアのウクライナ侵略に抗議する ― 9条徹底の立場から
そして、このほど発売の「法と民主主義2022年6月号【569号】の特集記事が、特集●「全国で広がる憲法運動」である。目次は以下のとおり。
◆特集にあたって … 編集委員会・飯島滋明
◆5月3日にみんなで日本国憲法を読む会/
十勝平和市民の会
◆医療9条の会・北海道
◆道南地域平和運動フォーラム
◆宮古・下閉伊地域の戦争を記録する会
◆マスコミ・文化 九条の会 所沢
◆安保法制に反対するママの会@ちば
◆さつきが丘9条の会
◆調布九条の会「憲法ひろば」
◆市民連合 めぐろ・せたがや
◆新宿平和のための戦争展実行委員会
◆本郷湯島九条の会
◆宗教者九条の和/
平和をつくり出す宗教者ネット
◆明日の自由を守る若手弁護士の会(あすわか)
◆戦争させない・9条壊すな!
総がかり行動実行委員会 青年PT
◆本牧・山手九条の会
◆おだわら・九条の会
◆戦争しない・させない・
平和がいい市民の会(ピースアクションうえだ)
◆不戦へのネットワーク
◆西農憲法集会/9条の会・おおがき
◆みえ市民連合連絡会
◆岡山での憲法運動
◆ピースリンク広島・呉・岩国
◆山口での憲法運動
◆平和といのちをみつめる会
◆長崎県平和運動センター
◆平和憲法を守る会・大分
◆佐賀県平和運動センター
◆鹿児島県護憲平和フォーラム
◆宮古島での憲法運動
◆石垣島での憲法運動
◆特別掲載
インタビュー・参院選で平和を守る勢力の前進を 困難乗り越え「統一」を … 中野晃一
◆連続企画・学術会議問題を考える〈6〉
書評『学問と政治 ── 学術会議任命拒否問題とは何か』 … 藤谷道夫
◆連続企画・憲法9条実現のために(38)
「9条改憲の流れを絶て! 自民党改憲を許さないキックオフ院内集会」より
講演・改憲論議の作法と9条擁護の理由 … 愛敬浩二
◆司法をめぐる動き〈74〉
・「女たちの安保法制違憲訴訟」 ── 東京地裁が見せた異常な訴訟指揮と判決 … 中野麻美
・4月の動き … 司法制度委員会
◆判決ホットレポート
表現の自由をまもる歴史的な札幌地裁判決 ── 道警ヤジ排除訴訟 … 神保大地
◆メディアウオッチ2022●《「憲法」をどうするのか》
ここで世論を作り直そう メディアは「第三者」ではない … 丸山重威
◆改憲動向レポート〈№41〉
5月3日憲法記念日にむけての各党の談話・アピール等を中心に … 飯島滋明
◆インフォメーション
『日本国憲法の改正手続に関する法律の一部を改正する法律案』(公選法並び3項目改正案)の
拙速な審議採決に反対する法律家団体の声明
◆時評●平和的生存権と予防外交 … 大脇雅子
◆ひろば●改憲問題対策法律家6団体連絡会の近時の活動 … 辻田 航
今だからこその特集であ。ぜひ、ご購読をお願いしたい。
(2022年6月1日)
私の古巣である東京南部法律事務所から電話があった。「よい報せではありませんが…」という前置き。これは訃報だ、と覚悟した。案の定、坂井興一さんが亡くなったという報せだった。
亡くなったのは5月21日だったが、ご家族の意向が「皆様へのお知らせは身内だけの葬儀を済ませたあとに」とのことだったという。コロナ禍の所為というよりは、いかにも坂井さんらしい。
坂井さんとは半世紀以上の付き合い。6年間同僚として机を並べた間柄。私より2期上の身近な先輩。新人弁護士として指導も受け、大きく感化も受けてきた。あるとき、真顔で「君には思想があるか。命を掛けても貫こうという思想が…」と言われて戸惑った覚えがある。「そんなものはない」とだけ答えたが、「思想よりも命の方がずっと大切ではないか」と言えばよかった。それだって立派な思想ではないか。
私とは同郷と言ってもよい。岩手県南の陸前高田出身で県立盛岡一高から現役で東大法学部に進学。在学中に司法試験に合格している。おそらく、生涯を通じて試験に落ちた経験のない人。囲碁の達者でもあった。
その経歴は、官僚か裁判官、あるいは企業法務をやってもよかろう人だったが、すんなりと労働弁護士としておさまり、その立場を生涯貫いた。そして、あの〈奇跡の一本松の〉【陸前高田市・ふるさと大使】を務めてもいた。
坂井さんについて思い出深いのは、東弁講堂「日の丸」掲額撤去事件である。
かつて、東弁旧庁舎の大講堂正面には、額に納まった大きな日の丸が掲げられて参集者を睥睨していた。古色蒼然というよりは、アナクロこれに過ぎたるはなしと評するにふさわしい。私は、東弁に登録して弁護士になったとき、その講堂で宣誓式に臨んだが、この大きな「日の丸」が目に入らなかった。目に入らぬはずはないが、大して目障りとは思わなかったのだ。
その後私は、岩手県弁護士会に登録を移し、11年を経た1988年夏に東弁に再登録した。そのとき同じ東弁講堂で2度目の宣誓をした際に見上げた「日の丸」が、この上ない異物として目に突き刺さった。これは何とかしなくてはならない。そう考えたのは、岩手靖国違憲訴訟を担当しての意識変革があったからである。
私は、東京弁護士会運営の議会に当たる「常議員会」の委員に立候補して、その最初の会議の席で「日の丸の掲額は、弁護士会の理念に関わる問題と捉えねばならない」「東弁はこの講堂の『日の丸』を外すべきだ」と訴えた。
そもそも「日の丸」は、国家のシンボルであって在野を標榜する弁護士会にふさわしいものではない。「日の丸」は日本国憲法とは相容れない軍国主義や侵略戦争とあまりに深く結びついた歴史を背負っている。憲法の理念に忠実であるべき弁護士会が掲げるに値しない。「日の丸」という価値的な評価の分かれるシンボルをあたかも、全東弁会員の意向を代表するごとくに掲額してはならない。
一弁講堂には、「日の丸」ではなく、「正義・自由」との額が掲げられている。それに比較して東弁は恥ずかしいと思わねばならない、とも言った記憶がある。
もちろん、これに異論が出た。当時、家永訴訟の被告側代理人だった弁護士から、このままでよいという発言があった。「日の丸」は国民全体のシンボルと考えて少しもおかしくない。何よりも、先輩弁護士たちが長く大切にしてきたものをわざわざ降ろす必要はない、というようなものだった。
幾ばくかの議論の応酬のあと、いったん執行部がこの議論を預かり、「日の丸」掲額の経緯や趣旨について調査をし、その報告に基づいて再検討ということになった。
このときの東弁副会長で、この問題を担当したのが坂井さんだった。けっして私と示し合わせたわけではない。本当に偶然の成り行き。まずは、この額を外して、実況見分したところ、太平洋戦争直前の時期に、弁護士会から戦意高揚のためにどこかに奉納した幾品かのうちの一つで、額からは「武運長久」「皇国弥栄」などの添え書きもあったという。
結局、どうしたか。「調査のために一度外した額ですが、とても重い。建物の劣化もあって壁面に再度取り付けることは危険で事実上不可能と判断せざるを得ません。もうすぐ新庁舎に移転することでもありますし、壁面の補修の予算は取れません」「やむを得ない事情として、ご了解ください」
これが、坂井さんらしい収め方だった。この期の理事会は、取り外した「日の丸額」を再取り付けはしないこととした。新庁舎に日の丸がふさわしいわけがない。右派も、「日の丸を掲げよ」などと提案できるはずもない。こうして、今東京弁護士会は「日の丸」とは無縁なのだが、これは坂井興一さんのお蔭でもある。
(2022年5月29日)
注目の毎日新聞「新疆公安ファイル」報道。連載好調である。流出されたファイルの紹介だけでなく充実した関連取材にも期待したい。
連日の報道に目を離せないが、私が最も興味深く読んだのは、「習氏の命令に忠実」「『全面的な安定』実現に発破」と表題された以下の記事。抜粋して、引用する。
「(敵対勢力やテロ分子には)断固として対応し、壊滅的な打撃を与えよ。情け容赦は無用だ」
2017年5月28日。ラマダンの3日目だった。新疆ウイグル自治区トップの陳全国党書記(当時)は、自治区の「安定維持司令部」の会議でイスラム教徒の信仰心が高まるラマダン中の国内外の動静に警戒を求めた。
習近平指導部はテロ対策の名目で、ウイグル族らへの抑圧を強めてきた。特に14年に区都ウルムチの鉄道駅で発生した爆発事件を切っ掛けに、強力な抑え込みにかじを切り、新疆を中心に暴力テロ活動を取り締まり、特別行動を始めた。
「捕らえるべきものを全て捕らえるのだ」。演説で陳氏は当局が疑わしいと見る全員を拘束するよう要求。特に外国からの帰国者は手錠や覆面などをかけて「片っ端から捕らえるのだ」と指示している。
国営新華社通信によると、共産党は同年末、党委書記を陳氏から元広東省長徴の馬興瑞氏に交代させた。馬氏が陳氏の路線を引き継ぐかは不明だ。ただ、陳氏は18年の演説でこう話している。「(分裂勢力は締め付けがしばらくすれば弛むと考えているが)『?梁の夢』(はかない夢)だ。5年で基本的な安定を達成したとしても、次の5年も厳しい取り締まりを続ける」。そして演説をこう締めくくっていた。「(習)総書記を安心させろ」
この最後の「総書記を安心させろ」という言葉が、私の心の中に異物として突き刺さるのだ。どうして、「人民の安全のために」ではなく、「総書記を安心させろ」なのだろうか。どうして、こんな言葉で人が動くのだろうか。そして、この言葉はどこかで聞いたことがある、暗い記憶を呼び起こす。
この記事、戦前の内務大臣の暴支膺懲訓示に大差ない。「敵対勢力」や「テロ分子」は、「不逞鮮人」「支那人」そして「非国民」に置き換えて読むことができる。むろん、「総書記を安心させろ」は、もったいぶった「陛下の大御心を安んじ奉れ」ということになる。
近代以後の日本の権威主義は、天皇の権威を源泉とする。天皇の権威は、天皇を頂点とするヒエラルヒーを下位に向かって順次降下する。上位は天皇の権威を背負うことで下位に絶対の服従を求めた。かくして、この社会には小さな権力を振るう小天皇が乱立した。だからこそ、「上官の命令は天皇の命令と心得よ」が成立し得たのだ。
だから、為政者にとっての天皇の権威というものは、この上なく使い勝手のよい便利な統治の道具なのだ。この権威主義は、自立した個人が権力を形成し監視する民主主義とは相容れない。日本の民主主義の成熟は、我が国にはびこる「天皇制=権威主義」の残滓を払拭せずにはあり得ない。
今、中国は天皇制の代わりに共産党を、天皇に換えて習近平を据えたという感を否めない。ウイグルトップの陳全国は、習近平の権威を笠に着て、その部下に「習総書記を安心させろ」と言ったのだ。かつて、天皇制権力が臣民の徹底統治に成功したように、習近平中国も14億人民を、その権威をもって統治しようとしている如くである。社会主義とはまったく無縁で、野蛮な権威主義統治体制というほかはない。
(2022年5月14日)
平和の問題を論じるときに、「外国の軍隊から攻め込まれたらどうする」と言い募る向きがある。「攻め込まれたときには、防衛の軍事力が必要だろう」という含みを持つ質問。かつては、ソ連が「攻め込む外国」として想定され、次いで北朝鮮、そして中国に移り、いままたウクライナに侵攻したロシアも加えられている。
この問に端的に答えれば、「攻め込まれたら、時既に遅しだ。どうしようもない」と答えざるを得ない。もしかしたら、侵略者に抵抗の方法はあるのかも知れないが、想定するに値しない。当然のことながら、「どうすれば、攻め込むことも、攻め込まれることもない、国際平和を築くことができるか」「戦争の原因を取り除く外交努力はいかにあるべきか」と問うべきで、問の建て方がまちがっているのだ。
しかし、そう言われても納得せずに、「それでも、攻め込まれたら」「外交が失敗して攻め込まれたら」「さあ、どうする、どうする」と繰り返して言い募る人もいるだろう。そういう人には、「ミサイルが飛んできてそれを防げる原発はない。世界に1基もない」という言葉を噛みしめてもらいたい。
山口壮原子力防災相(兼環境相)の昨日の閣議後会見での発言である。この問題での国政の最高責任者が、ミサイルからの原発の防衛は「これからもできない」と言明しているのだ。
日本には、54基の原発がある。攻め込んだ外国軍隊からの攻撃を防ぐ手立ては今もできないし、これからも無理なのだ。この一つでも攻撃されればいったいどうなるか。これについては、同じ山口壮原子力防災相の3月11日閣議後会見での下記の発言がある。
「日本の原発の安全規制は他国からの武力攻撃などを想定していない」「(ミサイルなどの攻撃を受けた場合の被害想定について)チェルノブイリの時よりも、もっとすさまじい。町が消えていくような話だ」(朝日)
ロシア軍がウクライナの原発を攻撃した事態を受け、自民党や自治体などから原発の防衛力強化を求める意見が出ている。全国知事会は3月、ミサイル攻撃に対し自衛隊の迎撃態勢に万全を期すよう要請をした。が、担当相として甘い見通しを語ることはできないのだ。
また、同日の会見で、山口防災相は、「原子力規制委員会による安全審査では、原発への他国からの武力攻撃を想定していない。(仮に原発が武力攻撃を受けた場合には)そういうこと(武力攻撃)を認めるようなことで、やりだしたら話はもう大変だ」とした上で、「今ある枠組みで、どう対応するのかを検討する」と語っている(朝日)。要するに、原発に対する武力攻撃への対応など、しようもないということなのだ。
原発への武力攻撃については、原子力規制委の更田豊志委員長が3月9日、衆院経済産業委員会で「審査等において想定していないので、対策として要求していない」と答弁。武力攻撃を受けた場合には、「放射性物質が攻撃自体によってまき散らされてしまう。現在の設備で避けられるものとは考えていない。(中央制御室が)占拠された場合は、どのような事態も避けられるものではない」などと語っていた。更田氏の発言について、山口氏は「同じ意見だ」と述べている。(朝日)
原発だけではない。太平洋沿岸に連なるコンビナートへの攻撃も、防ぎようはない。戦争が始まってしまえば、国土や国民の防衛など絵空事とならざるをえない。では、仮想敵国の軍事侵攻を事前に防止する軍備を整えるか。あるいは、先制攻撃を敢行するか。いずれも、とうていリアリティあることではない。
「ミサイル攻撃を避けるために敵基地攻撃も先制攻撃も必要」といえば、相手国に日本に対する侵攻の口実を与えることにもなろう。平和を大切にする諸国民や国際世論とともに、常に敵を作らず、戦争を起こすことのない外交努力を重ねること、それ以外に国民の生活を守る術はない。敵基地攻撃能力の整備やら、軍備増強やら、核武装などもってのほかというしかない。
(2022年5月12日)
憂鬱である。まさかと思っていた戦争が勃発した。核兵器廃絶どころか、戦術核の使用がチラつかされる恐ろしさ。中国には強権政治が横行し、その改善の萌しも見えない。ウィグルや香港の情勢に胸が痛む。ミャンマーのクーデターは結局成功してしまうのか。そして、なんということだろう、フィリピンに「マルコス政権」の悪夢。日本の国内では、右翼・歴史修正主義者やポピュリストたちが我がもの顔ではないか。
私は、生来が楽観主義者である。だから、歴史を見る姿勢は「進歩史観」の立場であった。私がいう「歴史の進歩」とは、全ての人に自由と平等と豊かさを実現する方向への「進歩」である。行きつ戻りつのジグザグはあるにせよ、他者との共生の知恵ある人類である。その人類の社会が進歩し発展する方向に向かわないはずはない。全ての人にとって生きるに値する社会を形成する方向に「進歩」していくだろう。そういう楽観である。
私がイメージする進歩の指標軸は3本、人権・民主主義・平和である。この3本は、関連しながらも独立している。
「人権」擁護の進歩とは、公権力や社会的・経済的強者に対峙した個人の尊厳が花開いていくだろうということ。
「民主主義」の進歩とは、独裁や専制から、民主制・共和制への移行である。
そして「平和」の進歩。戦争の原因を排除し、戦争を違法化し、軍縮を進め、やがては武器をなくする。
ところがこの頃、本当に歴史は進歩するのだろうか、人類は進歩する知恵を持っているのだろうか。もしかしたら、退歩して亡びてしまうのではないか。そう、考え込まざるを得ない。
本日の朝日の社説が、「フィリピン 強権を引き継ぐ危うさ」と表題したもので、その中に、「勝ち取ったはずの民主主義が後退し、権威主義的な体制に変質する。東南アジアで憂慮すべき動きが広がっている。」という一節がある。憂慮すべき事態は、東南アジアにとどまらない。
歴史の進歩に抗しているのは、プーチンだけではない。天安門事件以後の中国こそ本家というべきであろう。もちろん、これまでのアメリカの諸悪の積み重ねも見逃してはならない。軍事クーデターを経たタイやミャンマー、そして一党支配のベトナム・カンボジア・ラオス。さらにそれらに加えてのフィリピンの新事態なのだ。
大統領選挙で圧勝したのが、フェルディナンド・マルコス。かつて独裁体制を恣にした悪名高い故フェルディナンド・エドラリン・マルコスと、その妻で3000足の靴を残したことで有名になったイメルダの長男である。
同国の大統領府を「マラカニアン宮殿」と呼ぶ。まだ生存しているイメルダは、同宮殿に『凱旋』することになると報じられている。そして、36年前に残していった自分の靴を取り戻すことになるのだろう。
独裁者マルコスは、1965年から20年余り政権を維持した。戒厳令を布告し、民主化を求める活動家らを容赦なく弾圧した。戒厳令のもとで1万人以上の市民が殺害・拷問などの被害を受けたとされる。アムネスティ・インターナショナルは、3200人以上が殺害されたと発表している。
この独裁者夫妻の不正蓄財は凄まじい。後に最高裁判所は「推計50億?100億ドル(約6600億?1兆3100億円)」と認定しているという。この、絵に描いたような独裁政権が、圧政に耐えかねた民衆によるデモによって倒された。歴史が進歩を見せた一コマである。ところが、再び「マルコス大統領」が誕生する。しかも、副大統領が、あの野蛮なドゥテルテ前大統領の長女なのだ。これは、悪夢以外のなにものでもない。
これがクーデターによる軍事独裁政権の誕生であれば、問題は分かり易い。しかし、新大統領は選挙という民主主義の手続によってその正統性を獲得しているのだ。この問題はより複雑で深刻である。いったい民主主義とはなんだろうか。
今回選挙では、マルコスの選挙運動手法に大きな問題がある。自分に批判的なメディアの取材には一切応じず、候補者討論会にも参加しなかった。もっぱら一方通行のSNSでの発信による選挙運動であったという。そのような候補者を国民は選任したのだ。
国民の主権者としての意識が成熟しなければ、民主主義は形骸化するばかり。歴史の進歩とは、実は、人の意識の進歩なのだ。人が進歩することに、楽観的でいられるか。平和も民主主義も自由も平等も、百年河清を待たねばならないのだろうか。憂鬱は続きそうだ。