昨日(1月31日)、元ドイツ連邦大統領のリヒャルト・フォン・ワイツゼッカーが亡くなった。われわれには、ドイツの大統領という存在がなかなか理解しにくい。任期5年の国家元首として、党派性の薄い立場だという。血筋ではなく、国民を代表するにふさわしい良識と知性を体現することをもって国家と国民統合の象徴としての機能を期待されているのだ。要するに、尊敬される言動が任務の内容ということではないか。これはたいへんなことだ。ワイツゼッカーといい、ガウクといい、それに相応しい人物と国民の信頼は厚いという。安倍だの麻生だのの類とは大違い。これは、残念ではあるが、ドイツ国民と日本国民の良識と知性の差でもあることを認めざるを得ない。
ワイツゼッカーが「荒れ野の40年」と題して連邦議会で演説をしたのは、ドイツ敗戦から40周年となる1985年5月8日。その10年後の8月に日本で戦後50周年の村山談話の発表となり、60周年では小泉談話が続いた。そして今年8月、余計なことに安倍談話が出るという。
安倍談話は、村山談話と対比されるだけでなく、ワイツゼッカーとも比較されることになる。良識と知性の格差は覆うべくもない。国恥となりかねないのだから、やめた方が賢明ではないか。
ワイツゼッカーの名演説は、大きな波紋を巻き起こした。「過去に目を閉ざす者は現在に対しても盲目となる」という一節が現代の名文句として有名となった。歴史を直視し、自らが犯した罪と真摯に向き合うことで、はじめて近隣諸国との真の「和解」が可能となるという文脈。これは、同じ全体主義国家として敗戦した日本にとっての優れたお手本以外のなにものでもない。
この名演説、意外に長文である。それに、決定訳を知らない。本日の毎日新聞に、要旨が掲載されているが、これすら相当に長い。文章としてもおさまりがよくない。思いきって、我流にスクリプトして、心にとどめ置きたい。
そして、「ドイツ国民」を「日本国民」に、「ユダヤ人」を、「中国人や朝鮮人」に読み替えて、正確に歴史を記憶するところから、間違った歴史を真に終わらせる方法を考えたいものと思う。
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私たちは、この日(敗戦記念日)に向き合う必要がある。この日はドイツにとってお祝いの日ではない。多くのドイツ人は祖国のため戦うのをよしとした。だがそれは犯罪的な政権の非人間的な目的に寄与するものだった。この日はドイツの間違った歴史の終わりの日だ。
この日は記憶の日でもある。記憶とはそれが自分の内部の一部となるように正直に、純粋に思い出すことだ。私たちは独裁政権によって殺されたすべての人、特に強制収容所で殺された600万人のユダヤ人を記憶する。命を失ったドイツ国民や兵士、祖国を追われたドイツ人を記憶する。ロマ民族や同性愛者、宗教・政治上の理由で殺された人を記憶する。死者の苦しみや、傷つき、強制的に断種され、逃走し、空襲の夜を過ごした苦しみを記憶する。
どの国も戦争や暴力に罪深い間違いを犯した歴史から自由になれない。罪は少数の者に主導されたが、ドイツ人一人一人はユダヤ人の苦難に共感できたはずだ。良心を曲げ、現実を見ず、沈黙していた。
先人は重い遺産を残した。私たち全員が過去に対する責任を負わされている。それは過去を乗り越えることではないし、過去は変えられない。過去に目を閉ざす者は、現在も見えなくなる。非人間的な行いを記憶しない者は、また(非人間的な考えに)汚染される恐れがある。和解は記憶なしにはあり得ないことを理解すべきだ。
若者は当時のことに責任はない。だが歴史から生み出されるものに責任はある。若者に呼びかける。憎しみや敵意に陥らず、共生することを学び、自由を尊び、平和のために努力しよう。
(2015年2月1日)
先日、「文京の教育」が通算499号だとご紹介した。本日配達された「靖国・天皇制問題情報センター通信」が、これまた通算499号。これも本日届いた「法と民主主義」が495号。「青年法律家」が527号。マスメディアに情報の独占を許してはいない。内容も充実している。ミニコミ誌、それぞれに大健闘ではないか。
「センター通信」の巻頭言となっている横田耕一さん(九大名誉教授・憲法)の「偏見録」が連載45回目。今回は「安倍内閣の改憲暴走を許した衆院選挙」という標題。護憲に徹した立場からの選挙総括の典型と言えるだろう。いつものとおり、誰にも遠慮しない筆致が小気味よい。毎回貴重な問題提起として敬意をもって拝読しているが、今回は多少の異論がないでもない。
「昨14年12月の衆議院総選挙では安倍自民党が大勝した。投票率が低かったこととか、その中での自民党の獲得票数は全有権者の過半数にもはるかに及ばないなどということで選挙の結果がもっている意味を矮小化してはならない。」
この点は、私と強調点こそことなるものの、意見が異なるというほどではない。
「私見では、このたびの選挙の最大の課題は、多数にものをいわせて強引に特定秘密保護法を制定したり、閣議決定等で9条の意義を骨抜きにしようとしたり、マスメディアを牛耳りネット右翼なみのデマ・暴論を振りまいて国民意識を一元化しようとしている安倍内閣・自民党の暴走を止めることであった。」
まったく同感である。横田さんがこう言うと迫力がある。
「選挙は世論調査ではないから、小選挙区においては、自分の考えと一番近いからといって当選の可能性の無い野党候補者に投票し死票を累積することは無意味であり、極端に言えば自分の考えと違う候補者であってもその者に投票し、一人でも自民党議員を減らすことが必要であった。」
一般論としては、そのとおりなのだろう。しかし、現実にはなかなか難しい選択となる。横田意見を純粋に貫けば、非自民票を第2党に集中せよということになり、選挙区選挙での第3党以下の出番はないことになる。しかも、非自民、必ずしも反自民ではない。第三極という積極的自民補完勢力もある。小選挙区制を所与の前提にしている立論に、違和感を持たざるを得ない。
「その観点からすれば、野党間で候補者が乱立競合して自民党候補が当選することとなる結果は最悪であった(状況は異なるが、反原発が主要矛盾であったはずのこの前の東京都知事選挙でも、党利が優先したようにみえる)。」
国政選挙での選挙協力の困難さを知りつつの苦言として受け止めるべきだろう。今回選挙の沖縄現象を全国規模で実現できていれば、国政を揺るがせたはず。そのような提言と承っておきたい。なお、かっこ書きの内容にはまったく異論がない。「党利が優先したようにみえる」の「党」とは共産党のことで、宇都宮候補に指示して細川護煕氏を反原発統一知事候補に押し立てることができる立場にあったことを前提にしての「党利優先」というものの見方だ。党利優先ではなく、都民優先あるいは反原発政策優先であれば、その後の政界の景色が相当に変わったものとなっていただろうにとは思う。
「したがって、特定の反対政党の議員数が多少増えたということで喜んでも、結果的に自民党が大勝しては、自己満足はあっても、大局的には何の意味もないだろう。」
いや、これは手厳しい。「特定の反対政党」とは共産党のことだろうが、「多少増えたところで、大局的には何の意味もない」とはニベもない切り捨て。もう少し婉曲なものの言い方もあろうに、とは思う。
「『アベノミクス推進』の影でひっそりと公約に記されていた、『戦後レジームからの脱却』の象徴である『憲法改正』の動きが加速化するのは確実である。もとより、現実に改憲が国民に諮られるには数年かかるであろうが、改憲の発議に必要な各議院の3分の2以上の多数は、9条改正を含めて、ほぼ達成しつつあり、さしあたりは次の参議院選挙が決定的意味を持つだろう。その際、朝日・毎日両新聞のアンケート調査によれば、このたび当選した衆議院議員の83?84%が改憲に賛意を示していることは軽視されるべきではない。もとより、これらの議員の改憲目的は9条に限られないが(天皇制度廃止のための改憲論者はまずいないが)、改憲を行うことに抵抗感がなくなったことは明らかである。しかも、維新の党はもとより、民主党の相当部分も『自民党憲法改正草案』とほぼ同様の改憲構想をもっていることを忘れてはならない。」
以上は、極めて重要な指摘。忍びよる改憲というだけではなく、既に改憲派に乗っ取られた国会と化しているという指摘なのだ。そのことを踏まえての必死さが要求されるし、戦略や戦術も必要になるのだという。
さらに、横田さんの指摘は、これにとどまらずに続いている。国会が改憲派に乗っ取られた状態にあるだけではない。改憲を先取りした違憲状態が既成事実化しつつあるというのだ。
「より重要な点は、改憲の目的とするところは、憲法を変えるまでもなく既成事実として実現しているか、実現されようとしており、改憲はそれら既成事実の追認に過ぎないことである。安倍内閣ないしその亜流内閣が継続するかぎり、『憲法改正草案』が目指す改憲案のモデルになるであろうが、例えばこの案の『天皇』の章に書かれていること(元首化、公的行為、国旗・国歌、元号等)は既に憲法運用の中で実現しており、改憲はそれらを憲法上明確にするに過ぎない。また、9条については、現在のところは公明党の反対もあって限定的にとどまっているが(やがて全面展開が予想される)、集団的自衛権の行使や国連の集団安全保障剥度のもとでの武力行使も、改憲を待つまでもなく、解釈変更によって進められている。」
横田さんは、「したがって、単に『閣議決定による改憲反対』といった手続きを問題にするだけでは、9条改憲は阻止できない」と言い、「安倍内閣・自民党が暴走し、それに歯止めがかかりそうもない今日、日本国憲法は、もはや狼少年の言い草ではなく、戦後最大のピンチを迎えている」と結論する。
なるほど、このように事態を見れば、「共産党が21議席を得たなどは、大局的には大した意味がない」ことに思えてくる。しかし、横田さんの見方では改憲阻止の展望が見えてこない。国会の議席数の分布だけに着目すれば絶望せざるを得ないが、改憲の最終判断は国民に委ねられている。今回選挙の投票行動に表れた国民の意識状況の分析なしには改憲阻止の展望は拓けてこない。
国民の意識状況は、議席数よりは得票数の分布に表れる。投票者の動機や意識状況などの分析を経ずしての絶望は早いのではないか。「戦後最大のピンチを迎えている」とのシビアな認識は必要としても、小選挙区制のマジックを捨象しての国民の意識状況や投票行動はけっして絶望に値するものではない。
今号の巻頭言の最後は、「9条改悪どころではない根本問題のありかについては、稿を改めて述べてみたい」となっている。このテーマは、来月号に続くという予告。通算500号の「センター通信」を楽しみにしたい。
(2015年1月28日)
憲法第52条は「国会の常会は、毎年1回これを召集する」と定めている。今日が、戦後70年となるこの年の常会(通常国会)開会の日。多事多難な中で、波乱含みの第189通常国会が始まった。会期は6月24日までの150日間である。
今日は、例のごとく参議院本会議場で天皇出席の開会式が行われる。大日本帝国時代の貴族院での開会式と少しも変わらない。天皇は主権者の代表を見下ろす「お席」から「お言葉」を述べる。そのあと、衆議院議長が「お席」まで階段を登り、おことばを受け取った後、後ろ向きに階段を降りるのだという。天皇に背を向けてはならないからというばかばかしさ。蟹のヨコ歩きを拒否した松本治一郎の気概をこそ見習うべきではないか。議席を増やして存在感を増した共産党議員団はこの奇妙な開会式をボイコットしているはず。それでこその共産党。ものわかりよく、開会式に出席して行儀よく「お言葉」を聞くようになってはならない。
いつも通常国会の前半は、予算審議がメインで経済政策の論議が中心になるのだが、何しろ今年は戦後70年である。歴史認識問題や集団的自衛権行使、安保法制をめぐっての憲法論議が焦点となるだろう。
この通常国会終了後の8月には、村山談話(戦後50年)・小泉談話(60年)につづく、戦後70年の安倍談話が出る模様だ。今国会の歴史認識や憲法論議がその談話に収斂するものと思われる。当時の小泉純一郎をずいぶんな「変人」と思ったが、小泉談話を見る限り常識的な内容となっている。安倍晋三は「変人」の枠には収まらない。既に「危(険)人」である。小泉の支持は保守層にあったが、安倍の支持は右翼層で、危険ラインを踏みはずしている。
本日の朝刊各紙が、昨日のNHK番組での「戦後70年安倍談話」の内容についての安倍自身のコメントを紹介している。
安倍は、「(村山談話や小泉談話など)今まで重ねてきた文言を使うかどうかではなく、安倍内閣としてどう考えているかという観点から談話を出したい」と述べ、過去の植民地支配と侵略を謝罪した戦後50年の村山富市首相談話などの文言は、そのままでは使わないことを明言したと受け止められている。
「『植民地支配と侵略』『痛切な反省』『心からのお詫び』などのキーワードを同じように使うか問われると、『そういうことではない』と明言した」(毎日)とのことである。
「キーワード」とは、まさしく文章を読み解くための「キー」となる重要語である。「キーポイント」は和製語だそうだが、まさしく「キーポイントとなることば」。新明解なら気の利いた語釈があろうかと引いてみたが、「問題の解決や文の意味の解明にかぎとなる重要語(句)」と、広辞苑と大差ない。
いずれにせよ、両談話の文意を決定している重要語は、「植民地支配」「侵略」「反省」「お詫び」である。これらのキーワードを用いることなく、談話の趣旨を踏襲するなど不可能ではないか。また、わざわざそのようなアクロバティックな文章を練り上げる必要もまったくない。
憲法前文には、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚する」とある。まさしく、日本国憲法は、歴史認識の所産である。侵略戦争と植民地支配への痛切な反省と謝罪を土台に、不再戦の誓約をしているのだ。
しかし、被侵略国、被植民地国の国民からは、常に日本の為政者に対して、反省と謝罪の自覚の真摯さが問われ続けてきた。ファシズム同盟国であったドイツが徹底した反省と謝罪によって、近隣諸国からの信頼を勝ち得たことと好対照なのである。
さて、安倍談話。「近隣諸国への植民地支配と侵略」「アジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」「その痛切な反省」「心からのお詫びの気持」などの言葉を使わずして、いったい村山談話の何を継承できるというのだろうか。
民主党の岡田克也代表は「植民地支配や侵略を『細々としたこと』と言った首相の発言は許せない。過去を認め、戦後70年日本がやったことを伝え、未来志向と、この三つがそろわなければならない。過去の反省が飛んでは、戦後70年の歩みを否定することになりかねない」と批判した。
公明党の山口那津男代表は同じ番組で、「キーワードは極めて大きな意味を持っている。それを尊重して意味が伝わるものにしなければならない」と語り、表現の変更に慎重な姿勢を示した。(毎日)
岡田民主党も、山口公明党も、安倍自民に較べれば、すこぶる立派ではないか。最近「安倍話法」のずるさを感じる。原発問題で原子力村に住む人たちの「東大話法」が話題となっているが、安倍話法はこれとよく似ている。誰かが教え込んでいるのだろう。
安倍話法の特徴として、「聞かれたことにはけっしてまともに答えない」。「はぐらかして、自分にとって都合のよいことだけをまくし立てる」。それから、「社会的な理解とはまったく別の意味で言葉を使う」、などがある。
安倍晋三流の「平和」も「積極的平和」も、「安倍話法」の典型。憲法が定める国際協調主義や武力によらない平和との接点がない。武力を整備し、集団的自衛権行使を容認し、武器輸出三原則を骨抜きにし、停戦前の機雷の除去もできるようにし、A級戦犯にも額づいて近隣諸国を挑発することが、「平和を築くための積極的な方法」だというのだ。
この安倍の姿勢での戦後70周年談話とは、背筋が寒くなるほど恐ろしい。その前段階としての今国会の議論における安倍発言のロジックを、じっくりと注視し見極めよう。権力者に対する監視こそ主権者の任務なのだから。
(2015年1月26日)
危惧していたことが現実になった。イスラム国に拘束されていた湯川遥菜氏が殺害された模様だ。まことにおぞましく傷ましい限り。
ところで、安倍首相は「人命第一に私の陣頭指揮の下、政府全体として全力を尽くしていく」と語ったではないか。72時間+αの間に、「私」はいかなる陣頭指揮をし、政府全体としてはどのように「全力を尽くした」のか。
問題が起きてから、政府は湯川・後藤両氏がイスラム国に拘束されており、身代金交渉もあったと知っていたことが明らかになった。たとえば、毎日の1月21日記事が、「昨年11月に『イスラム国』側から後藤さんの家族に約10億円の身代金を要求するメールが届いていたことが分かった。政府関係者が明らかにした」と伝えている。要求金額はその後20億円となったようだが、政府は、昨年11月以来、後藤氏の家族から相談を受けていた。身柄拘束だけでなく、身代金要求の事実も事前に把握していたのだ。
にもかかわらず、首相はわざわざ中東まで出かけて、イスラム国の名を出して関係国への支援を約束して見せた。最初から、人質見殺しの意図があったのではないかと疑問視せざるを得ない。到底、「想定外」などと言い訳できる事態ではないのだ。
直接の問題となったのは、1月17日に、安倍首相がカイロでした政策スピーチである。その内容は、たとえば産経新聞ではこう報道されている。
「(安倍首相は)中東地域の平和と安定に向け、人道支援やインフラ整備など非軍事分野へ新たに25億ドル(約3000億円)相当の支援を行うと表明した。内訳としては、…イスラム教スンニ派過激派組織『イスラム国』対策としてイラクやレバノンなどに、2億ドル(約240億円)の支援を行うとした」
安倍スピーチでの2億ドル支出は、しっかりと「イスラム国対策」と位置づけられたものなのだ。イスラム国側から見れば、人道支援であろうと経済支援てあろうと、自国を敵視してのカネによる介入と映ることにもなろう。「8000キロのかなたからの十字軍参加」と言われる口実を与えたのだ。
このような安倍内閣の外交感覚を疑わざるを得ない。日本人人質が捕らわれていることを知りながら、敢えて挑発をしたと受けとられてもやむを得ないではないか。こんな杜撰な感覚や危機管理能力で、到底集団的自衛権行使などの判断を任せられるはずもない。
このような事態を招いたことの責任だけではなく、ことが起きてからの対応の責任も大きい。問題の72時間の政府の動きはわれわれにはまったく見えない。無為無策だったのではないか。もしかしたら、人命第一ではなく、米英と協調して断固テロと闘って米英ら有志連合からの信頼を得ることに優先順位があったのではないか。
人命救助のためには政府を信頼して任せるしかない、当面は安倍批判の時ではない、多くの人がそう考えていた。しかし、湯川氏が殺害された今、人命救出への政府の本気度は極めて疑わしい。残る後藤健二氏救出のためにも安倍批判が必要ではないか。
1月22日のハッサン中田孝氏(元同志社大学教授・イスラム法学者)緊急記者会見では、この点は次のように語られている。
「今回の事件は安倍総理の中東歴訪のタイミングで起きた。総理自身はこの訪問が地域の安定につながると考えていたようだが、残念ながらバランスが悪いと思う。訪問国が、エジプト、ヨルダン、イスラエル、パレスチナとすべてイスラエルに関係する国に限定されている。イスラエルと国交をもっている国自体がほとんどないことを実感していないのではないか。そういう訪問国の選択をしている時点で、日本はアメリカとイスラエルの手先とみなされ、難民支援・人道支援としては理解されがたい。現在、シリアからの難民は300万人といわれ、その半数以上がトルコにいる。そのトルコが支援対象から外れているということもおかしい。」
「日本人2人がイスラム国に拘束されていることは政府も把握していた。それなのにわざわざイスラム国だけをとりあげて、対イスラム国政策への支援をするという発言は不用意といわざるをえない。中東の安定に寄与するという発言は理解できるが、中東の安定が失われているのはイスラム国が出現する前からのこと。」(1月23日Blog「みずき」から引用)
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-category-32.html
1月23日、後藤さんの母・石堂順子さんが、「息子救って」と声を上げた。その訴えの最後に、「健二はイスラム国の敵ではない」「日本は戦争をしないと憲法9条に誓った国です。70年間戦争をしていません」と訴えている。
「殺す」「殺される」「捕虜」などは、戦争を前提としての論理である。日本が真に平和国家としての真摯さを貫いていれば、そして平和国家としての国際的認知を獲得していれば、今回のような事態は起こらなかったのではないか。これまで、中東では日本は米やヨーロッパ諸国とは異なる平和志向の国と見なされてきたと聞いてきた。その評判に陰りが見えてきているのではないか。大戦後に不再戦の誓約を遵守してきたはずの日本のイメージを、安倍政権が破壊しつつあるのではないか。だから、アメリカやイスラエルの手先として金をばらまいているというイメージを与えてしまったのてはないか。
憲法をないがしろにしてでも、好戦的な米英やイスラエルとの友好国として国際的な認知を得たいという安倍政権の姿勢が、今回の傷ましい事態を招いたものと批判されなければならない。
残念ながら、われわれの力量が十分ではない。憲法嫌いで武力大好きな安倍政権の姿勢をもって、日本国内が一色になっているととらえられているのだ。多くの日本国民が、「WE ARE NOT ABE!」と声を上げなければならない。さらにその先の「アベ NO THANK YOU!」を旗印にしたい。
後藤健二氏を見殺しにしてはならない。何をなすべきかは、今回は具体化されている。安倍政権が本気になってヨルダンの政府と国民に、訴えなければならない。安倍政権に本気で国民の生命第一の姿勢を貫かせるために、いま、安倍政権への批判が必要だと思う。
(2015年1月25日)
「日本人人質事件」には胸が痛む。この事態を招いた責任の所在については言いたいことは山ほどあるが、今は人質の解放が最優先の課題であろう。
安倍首相は、1月20日事件発覚直後のイスラエルでの内外記者会見で「今後とも人命第一に私の陣頭指揮の下、政府全体として全力を尽くしていく考えだ。国際社会は断固としてテロに屈せずに対応していく必要がある。」と語った。今なお、これが政府の方針に変更はない。
安倍首相といえども「人命第一」と口にせざるを得ない。このスローガンを外せば安倍内閣は国民の支持を失うことになるからだ。国民のための政府であり、政府は在外邦人の救出に法的な義務を負う(外務省設置法第4条9号)以上当然といえば当然なのだが、問題はその本気度である。
誰が考えても、「人質の人命第一」と、「断固としてテロに屈せずに対応する」とは両立し得ない。矛盾している両原則をならべただけでは、無策・無内容というしかない。
たとえば、典型的には本日の東京新聞社説である。
一方で、「『イスラム国』とみられるグループが日本人二人の身代金を要求し、殺害を警告した。許し難い脅迫だが、人命尊重が第一だ。日本政府は、二人の救出に向けた糸口を、全力で探ってほしい」と言いつつ、他方「不当な要求に応じれば、日本は脅しに弱い国とみなされ、同様の事件が繰り返されかねない。それでは『イスラム国』側の思うつぼだ。」ともいう。
そして、結論が「手段も時間も限られた難しい交渉だが、二人の解放に向けて、政府はあらゆる可能性を追求すべきである。」ということになる。「2策を足して2で割る」ですらない。「漫然と二兎を追え」では、なんの方針を定めたことにもならず、具体策は出てこない。
「テロに屈せず」は表面的な建前としておいて、水面下で「人命救出」の実を取る交渉を展開することになるだろうというのが常識的なとらえ方だ。人質の救出に失敗すれば、世論は安倍政権の失態を強く批判することになるだろうから。
しかし、「あらゆる外交ルートを最大限活用し、二人の解放に手段を尽くす」という政権のことばの繰りかえしは次第に空疎な印象となっている。どうやら成算はなさそうな模様。もしかしたら、「テロに屈せず」の方がホンネで、「人命第一」は表面的なタテマエに過ぎないのではないか。人質の救出に失敗したところで、相手が悪いのだという弁明で世論の批判を躱せると思ってのことなのかも知れない。
局面を打開する現実的な具体策がないものか。具体的な方針の提言者はいないか。ネットを探してみた。こういうときに、情報提供サイトとしての、Blog「みずき」が頼りになる。はたして、ヒントが見つかった。「みずき」の下記ブログ。
「緊急! 日本人ムスリム・ジャーナリストの常岡浩介さんの声明―「日本人人質」救出のために」
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-category-32.html
そこに紹介されていた日本外国人特派員協会での中田考氏(元同志社大学客員教授)の記者会見(1月22日10時?)を見た。
https://www.youtube.com/watch?v=N60G4SEhTLs
非常に説得力のあるものだった。なお、下記で全文が読める。
http://blogos.com/article/104005/
最も印象に残るのは、ISを狂気の集団とは見ない姿勢である。
氏と交友のあるイスラム国の「友人」を「教養も高い、正直で、信頼できる人たち」という。そして、「これまでも人道援助、経済援助の名のもとに日本も国際社会も、多くの援助を行ってきたが、それが的確な人に届いていなかった。そういった因果が今回の事件の根源にある」「他の軍閥や民兵集団と違って、イスラム国が支持を広げた大きな理由は、彼らが援助金、援助物資を公正に人々に分配した。その実績があるからだ」という。
氏は、ISの「友人」にアラビア語で話しかける。
「日本の人々に対して、イスラム国が考えていることを説明し、こちらから新たな提案を行いたい。しかし、72時間というのは、それをするには短すぎます。もう少し待っていただきたい。もし交渉ができるようであれば、私自身、行く用意があります。」
氏の提案の内容はこういうことだ。
「赤新月社はイスラム国の支配下の地域でも人道活動を続けている。トルコ政府に仲介役にはいってもらって、日本政府の難民支援2億ドルを、赤新月社に厳格に難民支援、人道支援として使ってもらう。これなら、日本の名目も立つし、ISも納得するはずだ。これが最も合理的で、どちらの側にも受け入れられるギリギリの選択ではないか」
また、具体的な支援は食料や暖房器具など、民生以外に転用できないもののかたちですべきだと、よく練られた案であることが窺える。数少ない極めて貴重なパイプ役ではないか。
「みずき」には、「ハッサン中田先生を三顧の礼で官邸に迎えること。できることはすべてすること」という池田香代子さんのツィッターが紹介されている。
常岡・中田ライン以外に、今われわれが目にするパイプはない。政府が、同氏らに接触するか否か。本気度の試金石であろう。
(2015年1月22日)
最新の世論調査結果を報じた、本日(1月19日)「毎日」朝刊2面の見出しは、大きな衝撃である。
「アベノミクス地方に浸透 6%」「格差拡大 70%」というもの。
アベノミクスこそは、安倍政権の唯一の看板である。「看板」は、不正確なのかも知れない。「撒き餌」「誘蛾灯」「漁り火」というべきであろうか。いずれにせよ、これが有権者に対する唯一のアピール・ポイントである。
安倍内閣はアベノミクス以外に、アピールポイントをもたない。憲法改悪志向、立憲主義に反する集団的自衛権行使容認、強引な特定秘密保護法の制定、民意無視の原発再稼働、近隣諸国のみならずアメリカをも失望させた靖国神社参拝、福祉の切り捨て、労働法制の改悪、庶民大増税と財界への優遇税制、教科書問題に象徴される後ろ向き教育、TPP、NHK人事、格差の拡大、貧困の蔓延‥‥。安倍政権の不人気政策は、枚挙に暇がない。
それでも、安倍内閣がここまでもってきたのは、ひとえにアベノミクスの「成果」なのだ。ところが、世論調査が、アベノミクスに見切りをつけ始めたとなれば、安倍内閣の末路が見えてきたというもの。
記事の概要は以下のとおりである。
「毎日新聞の17、18日の世論調査で、安倍政権の経済政策「アベノミクス」の効果が地方に十分「浸透している」との回答は6%にとどまり、「浸透していない」が86%に上った。内閣不支持層では96%が「浸透していない」と答え、支持層でも79%が「浸透していない」とみている。」
「安倍晋三首相は5日の年頭記者会見で「全国津々浦々、一人でも多くアベノミクスの果実を味わっていただきたい」と強調した。アベノミクスの地方への波及が課題であることは政権も認めており、統一地方選を控え、地方の不満にどう応えていくかが問われる。」
「これに関連して、日本社会の格差は広がっていると感じるかとの問いには70%が「感じる」と答え、「感じない」は23%だった。」
同調査では、「戦後70年の談話の内容」「集団的自衛権の行使の是非」「川内原発再稼働の可否」「改憲への賛否」等々の具体的な質問項目において、何一つ安倍内閣の方針は国民に支持されていない。明らかに安倍反対の声のほうが大きいのだ。
唯一、アベノミクスだけが、安倍内閣に対する国民の期待をつないできた。「今は、我慢をしても、だんだんよくなるのではないか」「ほかの道は見えていない以上、この道で仕方がない」とのつなぎ方だった。それが、「地方に浸透6%」「格差拡大70%」とは、そろそろ「我慢をしたところでちっともよくならないのではないか」「ほかの道に早めに切り替えた方かよいのではないか」と変わりつつあるのではないか。ようやくにして、アベマジックの呪文が解けつつあるように見える。
毎日だけではない。朝日の世論調査も同様の結果となっている。
「朝日新聞社は17、18日、全国世論調査(電話)を行った。安倍晋三首相の経済政策が、地方の景気回復に「つながる」と答えた人は25%にとどまり、「つながらない」は53%にのぼった。首相は今年の年頭の記者会見で「全国津々浦々、アベノミクスの果実を味わっていただきたい」と述べたが、有権者の期待感は高まっていないことが浮き彫りになった」
テレビ朝日の調査結果は、次のとおり。
「あなたは、安倍総理が進めている経済政策によって、景気回復を実際に感じていますか、感じていませんか?
感じている14% 感じていない77% わからない答えない9%」
読売の調査結果も同様である。
「安倍内閣の経済政策については、「評価する」43%、「評価しない」46%が拮抗きっこうした。安倍内閣が景気の回復を実現できるかどうかについては、「実現できる」は38%で、「そうは思わない」の47%を下回った。また、景気の回復を「実感している」は14%で、「実感していない」は81%に達している。アベノミクスの成果を実感している人は少ないようだ」
いったい、どうしてこれで安倍自民は暮れの総選挙に勝てたのだろうか。明らかに、その答は、小選挙区制のマジックにある。50%の投票率で、自民党はようやくその半分の得票を得た。絶対得票率4分の1で290議席の絶対多数がとれたのは、ひとえに小選挙区制のおかげなのだ。虚構の絶対多数。上げ底の議席数である。
しかし、どの調査でも、安倍内閣の支持率はまだ高い。これはどうしてなのだろうか。おそらくは、ライバル不在の状況の反映なのだろう。
自民党支持率は長期低落の過程を経て2009年総選挙で大敗北に至った。民意は自民を離れて民主党に移行し、劇的な民主党政権誕生を実現させた。民意は民主党に夢と希望を託した。しかしわずか3年で夢はしぼんだ。いったんは民主党政権を誕生させた民意が、今必ずしも自民に復帰したわけではない。しかし、民主党を支持して手ひどく裏切られた思いが、「安倍政権を積極支持はしないが、民主や第三極よりはマシではないか」となってあらわれているのではないだろうか。ライバル不在故の消極的支持の継続であろう。
しかし、それもアベノミクスこそが安倍内閣の命の綱。アホノミクスの正体見たりと、民意がアベノミクスを見限れば、それまでのこと。世論調査の結果は、民意がアベマジックの呪文を解いて覚醒しつつあることを示しているように思える。呪文が解け、覚醒した目で見つめれば、「アベノミクス」は「アホノミクス」に過ぎないのだ。
(2015年1月19日)
ここ、本郷三丁目の交差点で、お昼休みのひとときに、今年はじめての訴えをさせていただきます。少しの間、耳をお貸しください。
私たちは、「本郷・湯島九条の会」の会員です。この近所に住んでいる者が、憲法九条を大切にしよう、憲法九条に盛り込まれている平和の理念を守り抜こうと寄り集まって作っている小さな会です。私も近所の本郷五丁目に住んでいる弁護士で、憲法と平和を何よりも大切にしようとしている者のひとりです。
今年は、「戦後70周年」をもって語られる年です。70年前と比較すれば、今年のお正月は平和に明けました。戦争のないお正月。空襲警報は鳴りません。敵機の来襲もなく、特高警察も憲兵もありません。徴兵も徴用も、宮城遙拝の強制もなく、治安維持法や軍機保護法で痛めつけられることもありません。ラジオの臨時ニュースが大本営発表をしているでもありません。
70年前の正月、私たちの国は激しい戦争をしていました。戦争のために、国民生活のすべてが統制され、一人ひとりの自由はありませんでした。空襲は日増しに激しさを増し、3月10日には都内の10万人が焼け死んだ東京大空襲の悲劇が起こります。6月には沖縄の地上戦が陰惨を極め、8月には広島・長崎に原爆が投下されて、15日の敗戦の日を迎えます。その日までに、日本国民310万人が戦争で尊い命を落としました。また、日本軍が近隣諸国に攻め込んだことによる犠牲者は2000万人にのぼるとされています。
戦争は日本の国民に、被害と加害の両面において、このうえない惨禍をもたらしました。どんなことがあっても、再び戦争を繰り返してはならない。これが、生き残った国民の心からの思いでした。どうして戦争が起こったのか、どうして戦争を防ぐことができなかったのか。そして、どうすればこのような悲惨な戦争を繰り返さないようにすることができるのだろうか。
真剣な議論の答の一つは、民主主義の欠如ということだったと思います。戦争で最も悲惨な立場に立つことになる庶民の声が反映されない政治の仕組みこそが問題ではないのか。国民が大切な情報から切り離されて、政治に参加できないうちに一握りの財閥や軍人や政治家たちの思惑に操られて戦争に協力させられてしまった。国民一人ひとりが、自分の運命に責任を持つことができるように、国民自身の手に政治を取り戻さねばならない。それができれば、国民を不幸にする戦争を、国民自身が始めることはないだろう。民主主義の発展こそが、平和の保障だという考えです。
もう一つの答が、憲法9条に盛り込まれた平和主義であったと思います。人類は、身を守るために長く暴力に頼ってきました。でも、次第に暴力を野蛮なものとし、暴力ではなく他と相互に信頼関係を築くことで安全を守ることに切り替えてきたのではありませんか。これが文明の進歩というものではないでしょうか。国家という集団でも同じことです。国の平和を守るためには軍事力が必要だというのが長らくの常識でした。しかし、武力の行使や戦争を違法なものとする考え方が次第に成熟し、国連憲章を経て、日本国憲法にこのことが銘記されることになったのです。
日本国憲法9条第1項は、「戦争を永久に放棄する」としています。そして、同第2項は、「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」と、軍隊をもたないことを宣言したのです。戦争はしないと宣言し、軍隊をもたないという謂わば捨て身の覚悟で、日本は平和を獲得しようとしたのです。
放棄されたものは、明らかに侵略戦争だけでなく自衛戦争までを含むものでした。当時政権を担っていた吉田茂や幣原喜重郎などの保守政治家が、「古来すべての戦争が自衛の名のもとに行われてきた。日本国憲法の平和主義は自衛の名による戦争を許さないものである」「文明と戦争とは両立し得ない。文明が戦争を駆逐しなければ、戦争によって文明が駆逐されしまうだろう」と述べています。
ところが、これが冷戦の中で、変化してきます。厳密な自衛のための武力行使や戦争は憲法が禁じているところではない、とする説明が出てきたのです。これが集団的自衛権行使は認められないとした上で、個別的自衛権なら認められるという理屈です。専守防衛に徹する限りにおいて自衛隊は合憲なのだというのです。
この考え方で60年が過ぎました。ところが、安倍政権は昨年これをも覆して、集団的自衛権行使容認の閣議決定をしてしまいました。これは恐るべき事態。憲法の条文を変えないで、解釈を変えることで憲法の根幹を骨抜きにしてしまおうというのです。
もっとも、閣議決定だけでは自衛隊をうごかすことができません。今年の国会では、安倍内閣は、集団的自衛権を現実に行使できるようにするためのたくさんの法律案を提案し、その多くが対決法案となることでしょう。
戦争を始めるためには、それだけでは足りません。教育とマスコミの掌握は不可欠なものです。煽られた戦争の相手国の一人ひとりと仲良くしていたのでは戦争はできません。我が日本民族が優れて他は劣っているとし、近隣諸国への排外主義を煽るには、教育とメデイアの役割が欠かせないのです。
そのような目で安倍内閣を見直すと、憲法改正、集団的自衛権行使容認、特定秘密保護法の制定、村山談話や河野談話の見直し、武器輸出三原則の撤廃、侵略戦争の否定、靖国神社参拝、教育再生、NHKのお友だち人事、国家安全保障会議の設置、、日米ガイドライン改訂…等々の動きは、明らかに70年前の敗戦時に日本の国民が共通の認識としたところとは大きくへだったものになってきています。
そのほか、安倍政権がやろうとしていることは、原発再稼働であり、原発輸出であり、派遣労働を恒久化する労働法制の大改悪であり、福祉の切り捨てであり、大企業減税と庶民大増税ではありませんか。そして、このような状況で民族差別を公然と口にするヘイトスピーチデモが横行しています。従軍慰安婦報道に比較的熱心だった朝日新聞に対する嵐の如きバッシングが行われています。
庶民の生活にとっても、民主主義の良識に照らしても良いことは何にもなく、危険な事態が進行しています。このようなことを見せつけられた近隣諸国の人々は、日本は本当に先の戦争の反省をしているのだろうか。平和を大切にしようとする意思があるのだろうか。そう疑念を持たざるを得ないのではないでしょうか。安倍政権は、緊張関係を煽っているのではないでしょうか。
皆さん、戦後70年の平和をこれからも続けようではありませんか。安倍政権による危うい政治を正して、戦争ではなく平和をと声を上げていこうではありませんか。
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寒さの中で、声を枯らしたが、「くどい」「長すぎる」「工夫が足りない」「もっと短いフレーズで」と悪評サクサクだった。が、めげてはならない。がんぱらなくちゃ。
(2015年1月13日)
私はアベシンゾウ。ナイカクソウリダイジンだ。日本の行政権のトップの地位にある。権力がこの我が手にあるわけだ。私のこの地位この権限は、民意によって授けられたもの。だから、私は常に民意を大切にする。一度だって、民意を無視したことなどない。だから、この間の選挙も勝てたんだ。
もっとも、民意ったっていろいろある。あちらを立てればこちらが立たない。すべての民意を大切にしろと言われても、そりゃ無理な話だ。だから、取捨選択はやむを得ない。政権与党に擦り寄るかわいい民意には暖かく、政権与党に背を向けるかわいくない民意には冷たいのは、そりゃ人情だ。そのくらいの選択権や優先権はあるだろう。なんたって、私はソウリダイジンなんだから。
政権側が選挙に勝ったときには、胸を張って「民意は多数決に表れる」と言うんだ。「私には民意に従う義務がある」なんてね。「民意に背中を押してもらった」なんてのもうまい言葉じゃないか。ところが、実は最近の世論調査では旗色が悪い。憲法改正や集団的自衛権行使容認、特定秘密保護法だけではなく、原発再稼働でも、安全保障政策一般でも雇用政策でも、福祉でも教育でも、「民意は安倍政権から離反しつつある」とか、「安倍政権は民意にそむきつつある」なんていう論調がある。
そういうときに、うっかり「政権に冷たい民意は尊重しない」と口を滑らせてはいけない。どう言えばよいかについては、十分にレクチャーを受けている。
基本は、「見かけの民意」と「真の民意」の使い分けさ。選挙結果や世論調査の結果がどう出ようとも、あるいはメディアが口を揃え、デモがどんなに政権批判で盛り上がっても、「それは見かけの民意に過ぎず真の民意ではない」とがんばるんだ。「沈黙の民意こそが真の民意」ということだ。
もちろん、政権に批判的な民意は「見かけの民意」だ。扇動された浅はかな民意であって、丁寧に説明し説得させていただきますと言うんだ。そして、政権に物わかりのよい好都合な民意の方を「真の民意」として無条件に尊重する。たとえ、そんな声がなくても、「声なき声」を聞くのさ。1960年安保闘争のときの岸信介、私のお祖父さん譲りの手口。サイレントマジョリティといっても同じことだ。それで、だいたいは思い通りになるんだ。だからちっとも間違ってはいないだろう。
ところが問題は沖縄だ。選挙では政権に擦り寄る賢い仲井真陣営に勝ってもらわねば困ると思ったんだ。かわいげのある仲井真側が勝てば「辺野古基地新設が沖縄の民意だ」というつもりだった。それで、沖縄に振興策の大判振る舞いを約束した。この手で沖縄の民意は政権側にがっちり握ったはずだったんだ。だって、世の中、すべて金目の問題じゃないか。子どもじゃあるまいし、「魚心あれば水心」って分かるだろう。
ところがどうだ。沖縄県民の民意はかわいげがない。知事選じゃ翁長圧勝だし、続く総選挙では四つの小選挙区全部で政権側の敗北だ。あらためてはっきりさせておこう。私が民意を尊重するというのは、私が選挙に勝ったときのセリフ。負けたときは、「これは真の民意ではない。丁寧に政権の考えを説明しご理解いただくまで説得申しあげる」ことになる。当然、丁寧な説明や説得が成功するまでは、沖縄振興資金の大盤振る舞いはオアズケさ。「安倍政権のやり方は汚い」「ずるい」「おかしい」「えげつない」「破廉恥」。なんとでも言うがいい。ありゃあ餌だ。食いつかなかった魚に餌をやる釣り師はいない。
それにしても、沖縄の怒りはすごいな。地元紙が吼えている。「対話拒否 安倍政権は知事と向き合え」(琉球新報社説)なんてね。
「安倍政権は県知事選と衆院選の県内選挙区で完敗した意味をよく理解できていないのではないか。そうとしか思えない振る舞いだ。サトウキビ交付金に関して県が上京中の翁長雄志知事と西川公也農相の面会を求めたのに対し、農林水産省はこれを断った。農水省は日程を理由としたが、農相はJA関係者の要請には応じ、自民党の地元国会議員が同行している」「昨年末、就任あいさつで上京した翁長知事に対し、安倍晋三首相や菅義偉官房長官らは会わなかった。今回の対応もその延長線上にあるが、翁長知事への冷遇が県民感情をさらに悪化させている現実が首相らには分からないようだ」「自民党本部も、沖縄振興予算について議論する8日の沖縄振興調査会に翁長知事の出席を求めなかった。こちらも前県政時とは手のひらを返したような対応だ」「沖縄の民意を今こそ直視し、その非民主的な対応を恥じるべきだ」
赤旗も手厳しいね。
「安倍政権は、辺野古新基地推進の方針を何ら変えないばかりか、民意を聞かずに沖縄振興予算も減額するという『ムチとムチ』政策を押し通すかまえ。沖縄の民意を聞かないばかりか、行政府としての公正な対応さえ投げ捨てています」
おっしゃるとおりだよ。見てのとおりだ。かわいくない沖縄に嫌がらせをしているんだよ。いやなら政権にすり寄っておいで、と言っているんだ。その辺のところ、私の陰険さが、沖縄県民に十分には理解されていないんじゃないの?
それでも、私は民意を尊重しているんだ。選挙に勝ったのは沖縄の見かけの民意に過ぎない。真の沖縄の民意は、政権にすり寄って、金さえもらえば辺野古移転大賛成に決まっている。間違った見かけの民意にお灸を据えて、隠れた真の民意に道をゆずらせるのが私のつとめなのだ。
こうも言ってみようか。
「民意の尊重が私の任務だ。本土の民意が、十全の抑止力を確保するために辺野古新基地の建設を求めている。これと両立しない沖縄の民意を尊重できないのもやむを得ない」
それじゃ、沖縄は踏んだり蹴ったりじゃないかって? でもね、大所高所に立って我慢してもらわなくちゃならないこともある。きっと、沖縄の良識派穏健派が、真の民意を掘り起こして、政権にすり寄って来ると思うよ。まさか、私のイヤガラセが県民と国民の怒りの火に油を注ぐことにはならない…だろう。もしや、琉球独立運動の盛り上がりを招くようなことになれば…それは悪夢だが…。
(2015年1月10日)
昨日1月5日の月曜日が、どこも仕事始めであったろう。
歳時記に
何もせず坐りて仕事始めかな (清水甚吉)
とある。なるほど、情景が目に浮かぶ。
本郷三丁目の駅から、サラリーマン軍団が神田明神に向かっていた。「何もせず」ではなく、神事で結束を確認する儀式に参加なのだろう。もしかしたら、上司の強制かも知れない。報道では、この日お祓いを受けた会社数は3000を超えたという。恐るべし、神道パワーいまだ衰えず。
もっとも、神田明神は天つ神の系統ではない。典型的な国つ神と賊神を祀る。天皇制との結びつきは希薄だ。自らを新皇と名乗った平将門を祭神とする神社として印象が深いが、実は3柱の祭神を祀っているという。一ノ宮に大国主を、二ノ宮に少彦名を祀って、平将門は三ノ宮に祀られているという。大国主が大黒、少彦名が恵比須信仰と習合して、産業の神となり、とりわけ恵比須信仰が商売繁盛に霊験あらたかと、資本主義的利潤拡大祈願の集客に成功したようだ。
それでも、神田明神とは将門の神社と誰もが思っている。天皇に弓を引いて、賊として処刑され首をさらされたと伝えられる反逆の将を祀る神社である。ここに、仕事始めのサラリーマンが押し寄せる図は、なかなかに興味深い社会現象ではないか。
一方、天つ神系の総本山、伊勢神宮では安倍晋三クンが仕事始め。参拝しただけでなく、ここで記者会見を行い年頭談話とやらを発表している。安倍クン、そんなところで、そんなことをしてちゃいけない。官邸で、「何もせず坐りて仕事始め」をしていた方が、ずっとマシなのだ。
安倍首相の年頭談話の冒頭が次の一節。
「皆様あけましておめでとうございます。先ほど伊勢神宮を参拝いたしました。いつもながら境内のりんとした空気に触れますと、本当に身の引き締まる思いがいたします。先月の総選挙における国民の皆様からの負託にしっかりと応えていかなければならない、その思いを新たにいたしました。」
各紙が、首相の伊勢参拝は新春恒例のこと、と異を唱えずに見過ごしているのが気になる。確かに、伊勢には靖国と違って、軍国主義や戦争のきな臭さがない。だから、近隣諸国からの抗議の声も聞こえてこない。しかし、外圧があろうとなかろうと違憲なものは違憲なのだ。
伊勢こそは国家神道の本宗であった。最高の社格・官幣大社の中でも特別の存在。憲法20条の政教分離とは、国家神道の復活を許さないとする日本国憲法制定権力の宣言である。とすれば、「政」(国家権力)の最高ポストにある内閣総理大臣が、伊勢神宮という「教」(神道)の最高格式施設に参拝することを許容しているはずもない。明らかな違憲行為として、首相の年頭参拝に「異議あり」と声を上げずにはおられない。
違憲・違法は、回数を重ね、時を経ても変わらない。労基法違反も男女差別賃金も、「これまでずっとやって来たことだから、今さら違法と言われる筋合いはない」などという会社側の開き直った言い訳は通らない。「毎年のこと。恒例だから問題ない」と言っても、伊勢参拝が合憲にはならない。ダメなものはダメ。違憲は違憲なのだ。
安倍晋三クン、キミの悪癖だ。憲法をないがしろにしてはいけない。8月の戦後70周年談話をどうするかは先のこととして、まずは伊勢神宮への参拝を反省したまえ。これも、天皇を神の子孫とする天皇制を支えた制度の歴史認識の問題であり、憲法遵守義務の重要な課題でもあるのだから。
(2015年1月6日)
たまたま目にした神奈川新聞に次の句があった。
余白なきページを重ね日記果つ(増田幸子)
日記は一年単位のもの。その日記の各ページを、年初からこつこつと余白なく埋めてきて、その繰りかえしがとうとう全ページを最後まで埋めつくしたという感慨が詠まれている。日記の記載は確実に自分の人生の一部である。年の終わりに、一年という時の経過と、その間の自分の人生のあゆみとを、余白のなくなった日記を読み返しての一入の感慨。今年1年、何ごとかを成し遂げたという充実感も読み取ることができよう。
私のブログも、本日大晦日の掲載で、今年365日は余白なきページを埋めつくした。一日の休載もなく、書き連ねたことにいささかの充実感がある。
私のブログは「憲法日記」と標題する。日々書き連ねていることにおいて日記ではあるが、我が国の伝統的な「日記」とはやや異なる。「日記」とは、通常他人の目に触れることを想定していない。あるいは、目に触れないことを前提とする体裁で書かれることが多い。自分だけの読み直しのために、自分の考えをまとめ、忘れてはならないできごとの私的な記録といってよい。
永井荷風の「断腸亭日乗」は、その典型であろうか。荷風37歳の1917年9月16日を第1日目として死ぬ前日まで42年間書き続けられたものだが、戦前には筆禍を怖れて誰にも見せなかった。見せなかったというだけでなく、懸命に隠していたともいう。隠さねばならないと思いつつも、書き残しておこうとするところが文人の文人たる本性なのだろう。「日乗」の戦後分の評価は高くない。晩年は殆どが一日一行という程度にもなっている。隠さねばならないと思いつつ、よほどの覚悟で書いた日々の文章が貴重であり、関心を呼んでいるのだ。
似た例では、神坂次郎が紹介する「元禄御畳奉行の日記」(中公新書)が実に面白い。荷風が漢学と西洋の教養を兼ね備えた風流人(相当に偏狭で自堕落ではあるが)であるのに比較して、こちらは一介の尾張藩士の日記である。取り立てて取り柄のない下級藩士朝日文左衛門は、恐るべき根気で筆まめに日記を書き続けた。その日記の名を「鸚鵡籠中記(オウムろうちゅうき)」と気取ってつけている。彼が18歳であった元禄4年6月13日から延々26年8か月、日数にして8863日間連綿と書き続けた。神坂の紹介による、ままならぬ人生模様を描いたその内容が実に面白く、「日記を書くためだけに生まれてきたような」生涯と評されている。その鸚鵡籠中記の8864日目のページには、知人の筆で「終焉」の2文字が書き加えられているという。この日記も、藩主の浪費やその生母の淫乱などについてまで書き留め、到底人に見せるつもりがあったとは考えられない。文左衛門も、自分の日記が後世こんなに多くの人に読まれる貴重な記録になろうとは夢にも思わなかったことだろう。
これに対して、ブログは社会への発信ツールである。自分だけの備忘録ではなく、後の自分ひとりを読者に想定するものではない。多くの人に知ってもらいたい情報を伝達し、意見を共有してもらいたいとする積極的な表現である。だから読んでいただくために文章を綴っている。
とりわけ、私の「憲法日記」は安倍晋三という右翼が政治家となり首相にまでなったことによる改憲への危機感を出発点としている。現在の憲法の危機を世に伝え、憲法の危機は人権の危機であり平和の危機であること、さらには多くの庶民にとっての生活の危機でもあることをうったえ、憲法を攻撃する勢力にともに対峙することを呼びかけることを本旨としている。
だから、独りよがりの文章は意味がない。「長すぎる」、「分かりにくい」という批判には耳を傾けなくてはならない。常々そうは思っているのだ。能力の不足のせいでこれが難しいのだが。
そしてブログの継続に意味があると考えている。毎日覗いていただけば、必ず何かしらの新しい情報や意見を提供できるように心掛けている。拙いブログも、継続することで私の真摯さをアピールすることもできるし、社会への発信力を獲得することができるのではないだろうか。
本日のブログ掲載で今年全日の更新をしたことになった。2013年4月1日から通算して640日連続更新ともなっている。しばらくは連続更新を続けたい。とりあえずの目標は1000回の大台である。それまでに、安倍政権が崩壊して頑張る必要がなくなることを祈りながら。
今年1年、「憲法日記」に少しでもお付き合いいただき、一部なりともお読みいただいた方に心から感謝を申しあげて、年を閉じるご挨拶といたします。
(2014年12月31日)