澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

教皇のスピーチに共感 ― 「軍拡は途方もないテロ行為」「核の傘の下で平和を語る偽善」

来日中のローマ教皇が話題となっている。その話題性は、伝統や権威の誇示によるものではない。容貌でも服装でも車でもない。平和を希求する真摯なメッセージの内容にある。虚仮威しの臭み芬々だった天皇交替儀式を見せつけられたあとだけに、普遍性をもつ教皇の言葉が実に新鮮に聞こえる。カソリックの信仰をもたない者の胸にも平和を実現しようという言葉の真摯さが響く。

「祈りの長崎」が、教皇の第一声の地にふさわしい。本日(11月24日)爆心地公園でのスピーチの最初の言葉が、「この場所(長崎)は、わたしたち人間が過ちを犯しうる存在であるということを、悲しみと恐れとともに意識させてくれます。」というものだった。

「人間が過ちを犯しうる存在であることを意識させる」象徴的な場所。それが、長崎であり、広島であり、あるいはアウシュビッツであろうか。実は世界中に数限りなくある、人が人を大量に殺すという「過ち」。大量殺人の準備のために危険な武器を備蓄する過ち。相互に不信と憎悪を拡大して軍備拡大を競う、愚かな過ち。

その中でも、核の使用こそが、人類の最も危険な「過ち」であることに異論はなかろう。核を保持し備蓄して威嚇することも同罪である。教皇の長崎メッセージは、「核抑止理論による恐れ、不信、敵意を止めよう」という表題だった。

注目すべきことは、単に祈るだけではない。その言葉の具体性と驚くほどの厳しさだ。「核兵器のない世界を実現することは可能であり必要不可欠なこと」というのみならず、軍拡競争における武器の製造や備蓄を「途方もないテロ行為だ」と厳しく指弾した。

彼は、核兵器を含む軍拡をこう言って非難する。

「軍備拡張競争は、貴重な資源の無駄遣いです。本来それは、人々の全人的発展と自然環境の保全に使われるべきものです。今日の世界では、何百万という子どもや家族が、人間以下の生活を強いられています。しかし、武器の製造、改良、維持、商いに財が費やされ、築かれ、日ごと武器は、いっそう破壊的になっています。これらは途方もないテロ行為です。」

そして、明確に核兵器を指してこう言う。

核兵器から解放された平和な世界。それは、あらゆる場所で、数え切れないほどの人が熱望していることです。この理想を実現するには、すべての人の参加が必要です。個々人、宗教団体、市民社会、核兵器保有国も、非保有国も、軍隊も民間も、国際機関もそうです。核兵器の脅威に対しては、一致団結して応じなくてはなりません。それは、現今の世界を覆う不信の流れを打ち壊す、困難ながらも堅固な構造を土台とした、相互の信頼に基づくものです。…「軍備の均衡が平和の条件であるという理解を、真の平和は相互の信頼の上にしか構築できないという原則に置き換える必要があります」

相互不信を前提とした明確な軍備の均衡による平和の否定、核抑止論の否定である。
「真の平和は相互の信頼の上にしか構築できない」というシンプルな原則の宣言に、説得力がある。その上で、こう訴えている。

核兵器のない世界が可能であり必要であるという確信をもって、政治をつかさどる指導者の皆さんにお願いします。核兵器は、今日の国際的また国家の、安全保障への脅威からわたしたちを守ってくれるものではない、そう心に刻んでください。人道的および環境の観点から、核兵器の使用がもたらす壊滅的な破壊を考えなくてはなりません。核の理論によって促される、恐れ、不信、敵意の増幅を止めなければなりません。

二つ目の「過ちの地」である広島ではさらに具体的なスピーチに及んでいる。
「核の傘」の下にいながら平和について語る「偽善」を、強い言葉で非難した。最新鋭で強力な武器をつくりながら、なぜ平和について話せるのだろうか。差別と憎悪の演説で自らを正当化しながら、どうして平和を語れるだろうか」と。

戦争のために原子力を使用することを、「人類とその尊厳に反し、我々の未来のあらゆる可能性にも反する犯罪だ」と宣言。「次の世代の人々が『平和について話すだけで何も行動しなかった』として、我々の失態を裁くだろう」と警告した。さらに、60年代に核の抑止力を否定し、軍備撤廃を唱えた教皇ヨハネ23世が出した回勅(公的書簡)を引用し「真理と正義をもって築かれない平和は、単なる『言葉』に過ぎない」とも語った。

私は、信仰には無縁の人間だが、教皇のこの平和へのメッセージには賛意と共感を惜しまない。そして思う。抑止論を反駁する教皇のこのスピーチは、9条の精神ではないか。案外、こちらが世のトレンドであり、スタンダードなのではないか、と。
(2019年11月24日)

─ 司法の危機の時代から50年─ そして今は。

本日、第50回司法制度研究集会。総合タイトルが、「今、あらめて、司法と裁判官の独立を考える─ 司法の危機の時代から50年─」というもの。よく準備されて充実したシンポジウムであり、盛会でもあった。

もちろん回顧のための集会ではない。あの「司法の危機」あるいは「司法の嵐」と言われた50年前を振り返り、その体験を承継し教訓を確認して司法の今を見つめる。その中から将来を展望しようという企画。

司法の将来に希望や展望を求めての集いなのだが、改めて司法の現状に深刻な危機感を禁じえない。司法の生命は、独立にある。独立の主体は本来個々の裁判官である。司法部が、立法や行政や与党や政治勢力から独立しているだけでは足りない。個々の裁判官が、司法部の司法行政の圧力から独立していなければならないのだ。

その裁判官の独立が危殆に瀕していることを天下にさらけ出したのが、1969年の平賀書簡問題だった。50年前の「司法の危機」の序曲である。

当時、札幌地裁(民事1部)に「長沼ナイキ基地訴訟」が係属していた。ナイキ・ハーキュリー地対空ミサイルを配備するための自衛隊基地建設が目論まれ、その敷地となる馬追山の森林伐採のために、農林大臣による水源涵養保安林指定解除の行政処分がなされた。近隣住民がこれに反対して処分取消の行政訴訟の提起となった。その提訴が同年7月7日のこと。

ことは、自衛隊の存在が憲法9条に照らして合憲かという大問題。この訴訟と、提訴に伴う執行停止申立(民事訴訟の仮処分に相当)事件を担当したのが福島重雄裁判長だった。福島コートは、同年8月22日に執行停止事件についての申立認容決定を出して大きな話題となった。

ところが、後に明らかとなったところでは、地裁所長の平賀健太がこの事件に執拗に干渉し、8月14日にいわゆる「平賀書簡」を福島裁判官の自宅に送っていた。“一先輩のアドバイス”と題する詳細なメモの内容は、訴訟判断の問題点について原告住民側の申立を却下するよう誘導し示唆したもので、明らかな裁判干渉だった。そのため、札幌地裁の裁判官たちは、裁判所法の手続に則った裁判官会議を開いて、平賀所長を厳重注意処分とした。

ところが、この後事態は思わぬ方向に展開する。事件発覚の直後、鹿児島地裁の所長だった飯守重任(田中耕太郎の実弟)が所信を発表して、一石を投じた。何しろ、この人は筋金入りの反共右翼。「青法協は革命団体で、最高裁は青法協会員に対しては昇給のストップ、判事補は判事に昇格させないようにすべきだ」という確信犯。後には、所内の裁判官の思想調査までして地家裁所長職を解職され判事に格下げされ、結局は裁判官を辞めたという人。

この人が、「問題は、平賀にではなく革命団体青法協に所属している福島にこそある」と口火を切った。これ以後、右翼や自民党の青法協攻撃が続くことになる。これに呼応したのが「ミスター最高裁長官」石田和外(在任1969年1月11日?1973年5月19日)だった。裁判官は政治的団体への加入は慎むべきとの立場から、青年法律家協会に属する裁判官に脱退を勧告し、あまつさえ内容証明郵便による脱退通知を強要した。この青法協攻撃を、当時のメデイアは「ブルーパージ」と呼んだ。

50年前の1969年は、私が司法修習生として研修所に入所した年。その2年後に、同期7人の裁判官採用拒否事件、阪口徳雄君罷免問題などが起き、「司法の嵐」のまっただ中に弁護士として出発することになる。

50年前、「司法の独立を擁護せよ」「裁判官の独立を守れ」という大きな国民運動が巻きおこった。政党としては、社・共だけでなく、当時はまともだった公明党も加わっていた。メディアも連日司法の独立を守れというキャンペーン記事を載せた。多くの市民団体や個人が、司法行政・裁判官人事による裁判内容の後退に関心を寄せた。その運動は、けっして無意味なものではなく、多くの気骨ある法曹を励まし育てたと思う。しかし、半世紀を経た今の裁判所の内部について、元裁判官から報告を受けた内容は、薄ら寒い。

気骨ある裁判官は、徹底して差別され孤立させられて、それに続く者が見えなくなっている。裁判所の中で、司法行政当局に抵抗しうる裁判官集団がなくなり、裁判官が司法行政にものを言わなくなった。先輩裁判官のやり方をそのまま踏襲すべきが当然との空気が支配している。裁判官会議は常置委員会に権限を委譲し、その委員会が所長に権限を委譲し、結局は人事権を握る最高裁事務総局以下の全裁判官を統制する「司法の官僚制」が完成の域に近づいている。

この官僚司法が、予算と最高裁人事を握る政権に従属している。こうして、司法の独立も裁判官の独立も、いまやなきに等しく、それが「劣化した判例」となっている。ことは、結局国民の人権と民主主義の危うきにつながっている。

常々思うのだ。司法の独立とは、幻想にしか過ぎないのではないだろうか。所詮は権力機構の一部として、時の政権に従わざるを得ない運命にあるものではないのか。

韓国の裁判所を見学して最も深く印象を受けたのは、国政の民主化があって初めて、司法の独立や司法の民主化が進んだということである。非民主的な立法府や行衛政府をそのままに、司法部だけが民主化して立法や行政を真に批判する裁判が可能なのだろうか。日本が民主化するまで、司法の民主化も独立も無理なのではないか。

50年前の「司法の危機」とは、実は、何のことはない、それまで比較的まともだった司法が、保守政権による巻き返しによって、立法府や行政府と同じレベルに引き下げられたということなのではなかったか。

メインテーマではなかったが、先進的な台湾、韓国、イタリア、イギリス,ドイツなどの各国の司法独立の現状の報告もあった。日本の司法は、後塵を拝しているというにとどまらず、「ガラパゴス化」しているのだという報告もあった。

立派な日本国憲法にふさわしからぬガラパゴス化した司法。それでも、司法の建前は、立法権・行政権から独立した、憲法の砦であり人権の擁護者である。その建前の部分を守り拡げる努力を重ねるしかない。制度的な提案についても、日々の司法の運営に関しても。

集会の参加者は、あるべき司法の理想と現実との乖離の実態を、多くの国民に訴える努力をする決意をしたはずである。希望はそこから開けてくるだろう。すべてが活字になるわけではないが、集会の模様は、「法と民主主義」12月号に特集される。
(2019年11月23日)

「また出た アキエ」「アキエ 私人か公人か」「御苑の空は」

「また出た アキエ」

出た出た アキエ
懲りない懲りない まだ懲りぬ
相も変わらぬ アキエ

隠れた 雲に
黒い黒い 真っ黒い
墨のような 疑惑

また出た アキエ
私人公人 また私人
なんだか分からぬ アキエ

 

「アキエ 私人か公人か」

あはれ
秋風よ
情あらば伝へてよ
汝こそは見つらめ
世のつねならぬかの一強の驕りを。

世のいかりとそしり
風は激しく厳しかりしが
驕れる者にはどこ吹く風の涼しさ

秋風よ
いとせめて 証せよ
かのひとときの倨傲もゆめに消ゆと。

アキエ、アキエ
アキエ 私人か公人か
はたまた鵺(ヌエ)か四不象(シフゾウ)か
変幻自在に出ては消え
責めは知らじと隠れたる

かくもの公私混同を
見ても見ぬふりつづけるは
いづこの里のならひぞや。
いでや今こそ
厳しく問はまほしと思ひけり。

 

「御苑の空は」

さくら さくら
御苑の空は
見わたす限り
おごりとたかり
あやしの群れぞ
いざや いざや
のみゆかん

アキエ アキエ
野山も里も
見わたす限り
取りまき連の
チヤホヤばかり
アキエ アキエ
散るさだめ

 

「雑詠」

驕りも盛りも限りあり
寸刻待たず
散れ散れ アキエ

所詮この世は一期の夢よ
幸い桜も狂い咲き
飲んで唄って
嬌声あげて
ちりもあくたも
みんな散れ

桜が散るのは惜しむべし
散るなと思えど散る定め

アキエの散るは法楽よ
驕りも盛りも過ぎにけり
寸刻待たず
散れ散れ アキエ

(2019年11月22日)

海外軍事産業と安倍政権の目には、「日本はすでに憲法改正」なのだ。

「幕張メッセで大規模武器見本市」のニュースは、聞き流していた。苦々しいことではあるが、今さら騒ぐほどのことでもあるまい。そう高を括っていた。

しかし、本日(11月21日)の赤旗の報道に驚いた。見出しが、「『日本はすでに憲法変更』!? 武器見本市の公式ガイドに」というのだ。これは騒がねばならないことだった。紛れもなく、平和を願う多くの日本人の心を傷つける」イベントなのである。社会面の左肩に4段抜きの記事だが、それでも扱いが小さ過ぎはしまいか。

このイベントの名称は、DSEI Japan 2019」という。英国のイベント企画専門企業が主催し、西正典・元防衛事務次官が実行委員長を務め、防衛装備庁が出展。防衛省、外務省、経済産業省が後援している。「安倍政権の全面支援」で行われていると言ってよい。

読みにくいが、赤旗記事に「公式ガイドブック」の一部の写真が出ている。主催者(Clarion Events)の挨拶と思しき内容。日本語で、こう書いてある。

近年の日本国憲法の一部改正に伴い、軍備拡大、自衛隊の海外派遣、日本の防衛産業のより積極的な海外展開が可能になったこともあり、日本で総合防衛展示会を展開する最適なタイミングだと捉えています。DSEIの知名度を東半球に浸透させることができれば、DSEI Londonよりも、アジア市場からの参加者が遙かに増えることで期待できるとともに、アジア市場への参入の足がかりになります。

イギリスに本拠を置く主催者Clarion Eventsは、自社の説明で、「英国で最も歴史のあるイベント主催企業と知られており、世界各国で高く評価されている主要な防衛・セキュリティ展示会の開催を手掛ける世界最大手です。DSEI(ロンドン)をはじめ、LAAD(ブラジル)、BIDEC(バーレーン)、EDEX(エジプト・カイロ)などの開催の実績を持ちます。」という。「DSEI Japan」は、日本で初めて開催される総合防衛・セキュリティ展示会です。また、DSEIブランドを英国外に初めて展開する展示会となります。」とも説明されている。

本日の赤旗記事を抜粋する。

「18日から20日まで、国内(千葉県・幕張メッセ)で初めて開かれた国際的な武器見本市「DSEI JAPAN2019」の主催者が、日本はすでに憲法を『変更』していると公言し、そうした認識が公式ガイドブックに記されていることが分かりました。

見本市の運営を取り仕切るイベントディレクターのアレックス・ソーア氏はガイドブックに掲載されたインタビューで『最近の日本国憲法の変更(Changes)は、軍備拡大、自衛隊の海外派遣、日本の国内産業(軍需企業)が地球規模で進出することを可能にした』と明言。そうしたことから、日本での開催は『最適なタイミング』であり、『アジア市場への参入の足がかりになる』としています。同インタビューの翻訳文では、憲法の「Changes」を「一部改正」と訳しています。

安倍政権が進める立憲主義破壊の『戦争する国づくり』が、『死の商人』に貴重なビジネスチャンスを与えていることを如実に示しています」「政府として、日本がすでに『憲法を変えた』との認識を認めた責任は免れません。」

英国の死の商人たちの目には、近年日本の平和憲法が「一部改正」(Changes)したと映っている。それゆえ、「軍備拡大、自衛隊の海外派遣、日本の防衛産業のより積極的な海外展開が可能になった」というのだ。だから、今こそビジネスチャンスだと、煽っているのだ。

煽られた企業として、名前が出て来るのは、「IHI、川崎重工業、スバル、日本電気、富士通、三菱重工業、三菱電機を含む日本と欧州の防衛産業を代表する企業をはじめ、中小企業等、60社を超える企業」(第1回 DSEI Japan説明会出席者)なのだ。

さらに重要ななことは、この「憲法改正(Changes)」の言葉が発せられたイベントを、「防衛装備庁が出展。防衛省、外務省、経済産業省が後援しており、事実上『安倍政権の全面支援』で行われている」という事実である。こんなコンセプトのイベントを後援(事実上は主催)した安倍政権の責任は重大である。

安倍改憲とは、「軍備拡大、自衛隊の海外派遣、日本の防衛産業のより積極的な海外展開」を意味することがよく分かる。すべては、防衛予算の拡大を伴うこと。国内外の死の商人たちの牙の前に、弱り目の日本が好餌として差し出されようとしている。安倍改憲阻止とは、「軍備拡大の阻止、自衛隊海外派遣の阻止、防衛産業のより積極的な海外展開の阻止」を意味するのだ。
改憲阻止の重要性が具体的に肌に滲みる出来事ではないか。
(2019年11月21日)

天皇への態度こそは、精神のリトマス試験紙である。

とあるメーリングリストで、こんな投稿に出会った。

 自ら文化人とか知識人と自任しているであろうマスコミに登場する人達の実態は天皇制に対する立ち位置で簡単に判別できる。憲法の本質から外れる天皇制を容認するのか否か。これが、有名無名に限らずその人の認識を判断するリトマス試験紙だ。

 まったくそのとおり、「天皇制についての態度はリトマス試験紙」は至言である。天皇制を容認するか否かがその人の精神の在り方を映し出す。

権威に従うのか、自立の精神を尊ぶのか。
社会の主流におもねるのか、抵抗するのか。
同調圧力に屈するのか、反発するのか。
現状を容認するのか、変革を求めるのか。

天皇を敬う、天皇に恐れ入る、天皇を褒める、天皇を敬語で語る…そのときに、その人の蒙昧さが滲み出る。天皇の御代をことほぐ、天皇の弥栄を讃える、テンノウヘイカ・バンザイを叫ぶ…そのときその人の知的頽廃が顕れる。天皇制の永続を願うという…その人の臣民根性こそが救いがたい。

投稿の「憲法の本質から外れる天皇制」という断定が鋭い。
「憲法が天皇を認めているから、護憲派の私も天皇を認めざるを得ない」ではない。「憲法の条文に天皇が書かれてはいるが、それは『憲法の本質』ではない。護憲派の私なればこそ、天皇を容認しない」ということなのだ。

まずは、「憲法になんと書いてあろうとも、私は世襲や差別を認めない」と言わねばならない。「高貴な血という馬鹿げた迷信をこの世からなくそう」「戦争に利用された天皇制という危険な存在を容認してはならない」が、当たり前の感性であり、精神の在り方なのだ。

憲法とは核心(コア)をなす部分と、核心の外にある周辺部分とからできている。天皇制は、核心部分にはない。核心と矛盾するものだが、「国民の総意に基づく限りにおいて」憲法の周辺部の端っこに位置している。個人の尊厳が、憲法の「1丁目1番地」だとすれば、天皇の存在の位置は「番外地」なのだ。

憲法のコアをなす部分こそが、「憲法の本質」である。明らかに、「天皇制は憲法の本質から外れ」ている。平等原則とも、主権原理とも、もちろん民主主義とも。

「憲法を護ろう」とは、天皇が公布した日本国憲法という憲法典を守ろうということではない。「日本国憲法の本質としてのコアな部分」、つまりは近代市民社会の理性が到達した「人権体系」と「その人権体系を擁護し実現するための統治機構の原則」をこそ護ろうということなのだ。

だから、敢えて言えば、憲法の本質と明らかに矛盾した天皇制条項をなくしていくことこそが、真に憲法を擁護することなのだ。
(2019年11月20日)

安倍長期政権という日本の不幸と国民の責任

安倍晋三の首相としての通算在任日数が本日(11月19日)で2886日を数え、憲政史上最長タイとなったと報じられている。めでたくも何ともない。日本の不幸がこれだけ続いたということだ。

長期政権の理由を穿鑿すれば、小選挙区制による権力集中や、官僚の人事権の集約、野党のありかた、経済状況…その他諸々があるのだろうが、結局は国民が許したということにならざるを得ない。

「国民は、そのレベルにふさわしい政治しか持てない」とも「政治は国民を映す鏡」ともいう。「国民は、そのレベルにふさわしい首相しか持てない」とも「首相の品性は国民を映す鏡」と言い直してもよいだろう。安倍政治の継続は、結局国民の「この程度のレベル」を映し出しているものと言うしかない。残念だが、そのとおりで仕方がない。

安倍晋三唯一の功績と言えば、政治家というものは尊敬や信頼とは無縁だということを国民によく知らせてくれたことだろう。国民から、こんなにも見下された首相も珍しい。基本的な日本語能力に欠けること甚だしい。感情を抑えられずに野次を飛ばす。オトモダチを優遇して恥じない。嘘とゴマカシ、文書の隠匿・改竄の常習者。丁寧に説明すると繰り返して、毎度の頬被り。

なによりも、歴史修正主義者で、復古主義者で、軍国主義者で、格差貧困の容認者で、改憲論者である。こんな人物の政権長期化は、安倍を担ぐ右翼勢力の蟠踞の反映というしかない。

私が、安倍晋三という若手政治家を初めて意識したのは、NHK・ETVの特集番組「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」の改変問題のとき。何度かNHKに抗議と激励に足を運んだ覚えがある。あのとき、安倍晋三という政治家を、知性に欠けたゴリゴリの歴史修正主義者として印象づけられた。その後、このときの第一印象が変わることはない。

ところで、安倍晋三政権長期化に祝賀のムードはない。既に、レームダック状態。散る潮時がいつかだけが問題となっている。

私は、第2次安倍政権発足直後から、改憲の危機を感じて当ブログ「憲法日記」を書き始めた。まさか、こんなに安倍政権が長く続くとは思いもよらずに。その所為でブログの更新は本日で2423日連続となった。もう少し続けなければならないが、先は見えてきた。もう少しで辞められそうだ。

 散れよかし? はなのさかりは過ぎにけり 散りゆくものは汝が身なるらん

(2019年11月19日)

暴論 ― 「神社は宗教に非ず」「宮城遙拝は臣民たるの義務である」

「大嘗祭は皇室の伝統行事であって宗教行事ではない。」「神道儀礼は、日本の風習に過ぎず信仰とは無縁である」「神道には、教祖も教典もないから宗教ではない」。などという大真面目な議論が交わされている。これは、大日本帝国憲法時代における天皇制政府が信教の自由侵害を糊塗したロジックの引き写しである。

大日本帝国憲法28条は、「日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス」と規定した。この条文によって曲がりなりにも「信教ノ自由ヲ有ス」るはずの「日本臣民」は、その実態において神社参拝や宮城遙拝を強制された。とりわけ、学校ではあからさまな公権力による宗教行事への参加強制がまかり通っていた。

その事態は、法治主義が無視され蹂躙された結果ではない。形骸としての法治主義は貫徹されたが、憲法の歪んだ解釈によって実質的に信教の自由侵害がもたらされたのである。

天皇制下の戦前といえども、国民に対する国家神道行事への参加強制は、その実質において旧憲法28条で保障された「信教ノ自由」の侵害にあたる。これを、形式における合憲性を取り繕う論理として編み出されたのが、「神社は宗教に非ず」とする神社非宗教論であり、宮城遙拝や神社参拝は「臣民タルノ義務」であるとする、両様の公権解釈であった。

神社非宗教論は、公権力が宗教を恣意的に定義することによって、「信教の自由」の外延を限定する論法である。天皇制政府とその忠実な吏員は、「神道には創始者がいない」「神道は教義の体系をもたない」「単なる自然崇拝である」「祖先の祀りに過ぎない」‥、等々の「宗教であるための条件」を欠くことをあげつらって、神社や神道の宗教性を否定し、神道行事への国民の参加強制を信教の自由侵害とは無関係なものとした。

今日振り返って、神社非宗教論の「法論理」には、次の2点の問題性の認識が重要である。
その一は、公権力がいかようにも宗教を定義できるという考え方の問題性である。もともと、信教の自由は、各国の憲法史において自由権的基本権のカタログの筆頭に位置してきた。個人の精神生活の自由を公権力の掣肘から解放するための基本的人権概念の内実が、公権力の恣意的な定義によって制限されるようなことがあってはならない。
にもかかわらず今、一部の判決における「一般的,客観的に見て」という奇妙なフレーズが、信教の自由の外延を制限的に画する役割を果たしている。裁判所が、国民に強制される行為の宗教性の有無を「一般的,客観的に見て」と多数者の視点をもって判断することは、その判断によって信教の自由を侵害される少数者の立場からは、神社非宗教論と同様の誤りなのである。

その二は、「非宗教的行為については、国家が国民に強制しても、強制される国民の信教の自由に抵触するものではありえない」とする考え方の問題性である。
神社参拝も宮城遙拝も非宗教的行為である以上、いかなる信仰をもつ者に対する関係においても、その強制が信教の自由を侵害するものではない、とされた。
しかし、非宗教行為の強制が、特定の信仰者の信仰に抵触してその信教の自由を侵害することは当然にありうることに注意が肝要である。

神社参拝や宮城遙拝の強制を合理化するもう一つの公権解釈における論法が、これを信教の自由にかかわる範疇からはずして、「臣民タルノ義務」の範疇に属せしめるものである。

大日本帝国憲法制定当時(1889年)には、「臣民ノ義務」は兵役の義務(20条)・納税の義務(21条)の二つであったが、教育勅語の発布(1890年)によって教育の義務が加わって、「臣民の三大義務」とされた。28条の「臣民タルノ義務」は、当初は「臣民の三大義務」を指すものであったが後に拡大して解釈されるようになった。

神社非宗教論だけでは、信教の自由を保障されたはずの国民に対する神社参拝強制を合理化するロジックとしては不完全であることを免れない。前述のとおり、特定の信仰をもつ者に対する関係では、非宗教的行為の強制が、その信仰を侵害することもありうるからである。神社の宗教性を否定しただけでは、「神社が宗教であろうとなかろうと、自分の信仰は自分の神以外のものへの尊崇の念の表明を許さない」とする者の信教の自由を否定する論拠としては不十分なのである。

天皇制政府の公権解釈は、神社参拝を「臣民タルノ義務」の範疇に属するものとすることでこの点を解決した。神社参拝の強制を自分の信仰に抵触するものとして服従しがたいとする者にも、臣民としての義務である以上は、信教の自由侵害を理由とする免除は許されないとして、強制を可能とするロジックが一応は完結することとなった。

具体的な事例として、上智大学学生の靖国神社参拝強制拒否事件の顛末を追うことで、この点の理解が可能である。
「1931年(昭和6)9月の満州事変の勃発を境に、国内の思想言論の統制は加速度的に強化され、国家神道はファシズム的国教へと最後の展開をとげることになった。
神社対宗教の緊張関係は、国家神道の高揚期を迎えて、様相を一変した。満州事変勃発の翌1932(昭和7)年4月、靖国神社では、「上海事変」等の戦没者を合祀する臨時大祭が挙行され、東京の各学校の学生生徒が軍事教官に引率されて参拝した。そのさい、カトリック系の上智大学では、一部の学生が信仰上の理由で参拝を拒否した。文部省と軍当局は事態を重視し、とくに軍当局は、管轄下の靖国神社への参拝拒否であるため態度を硬化させ、同大学から配属将校を引き揚げることになった。軍との衝突は、大学の存立にかかわる重大問題であったから、大学側は、天主公教会(カトリック)東京教区長の名で、文部省にたいし、神社は宗教か否かについて、確固たる解釈を出してほしいむね申請した。カトリックとしては、神社がもし宗教であれば、教義上、礼拝することは許されない、というのが、申請の理由であった。文部省は内務省神社局と協議し、9月、天主公教会東京大司教あての文部次官回答「学生生徒児童ノ神社参拝ノ件」を発し、「学生生徒児童ヲ神社ニ参拝セシムルハ、教育上ノ理由ニ基クモノニシテ、此ノ場合ニ、学生生徒児童ノ団体カ要求セラルル敬礼ハ、愛国心ト忠誠トヲ現ハスモノニ外ナラス」との正式見解を示した。神社参拝は、宗教行為ではなく教育上の行為であり、忠誠心の表現であるから、いかなる宗教上の理由によっても、参拝を拒否できないというのである。この次官回答によって、学校教育においてはもとより、全国民への神社参拝の強制が正当化されることになった。カトリックでは、神社は宗教ではないという理由で、信者の神社参拝を全面的に認め、国家神道と完全に妥協した。しかしプロテスタントでは、翌年、岐阜県大垣の美濃ミッションの信者が、家族の小学生の伊勢神宮参拝を拒否して、二回にわたって同市の市民大会で糾弾されるという事件がおこったのをはじめ、教職者、信者による神宮、神社の参拝拒否事件が続発した。」(村上重良「国家神道」岩波新書・200?201頁)

ここに紹介されている文部次官通達が述べるところは、学生生徒児童が要求される靖国神社の祭神に対する敬礼の宗教性を否定するにとどまらず、「教育上ノ理由ニ基クモノニシテ、愛国心ト忠誠トヲ現ハスモノニ外ナラス」と明確に、臣民たるの義務の一環だとしている。神社参拝を非宗教行為の範疇に属するとしただけではなく、村上重良氏が指摘するとおり、「いかなる宗教上の理由によっても、参拝を拒否できない」としたものである。

戦前の天皇制政府によって「神社は宗教にあらず」とされた如く、「大嘗祭は皇室の伝統行事であって宗教行事ではない。」「神道は、日本の風習に過ぎず信仰とは無縁である」「神道には、教祖も教典もないから宗教ではない」などとごまかしてはならない。
(2019年11月18日)

大嘗祭に国費の支出は明白な違憲行為。だが、問題は裁判で争うにはハードルが高いことにある。

大嘗祭こそが、日本国憲法の政教分離原則が想定する典型的な宗教行事であり、国費を投じて国家行事としてこれを行うことが違憲として禁じられていることは、明々白々と言ってよい。これを許容するなら、憲法の政教分離は空文に帰することになる。
ところが、さすがに政府も大嘗祭を国事行為とまで位置づけることはできなかったが、宮廷費からその費用を支出した。つまり、国費を投じた。その違憲性は、明らかである。

しかし、日本の司法制度は、国民にその違法・違憲を法廷で争う手段を提供していない。飽くまで、司法的救済は、国民の私的権利の侵害を前提に、その救済を実現するための制度とされているからだ。この明白な違憲行為は、このような現行の司法制度に助けられて強行されている。

たとえば、次の「即位の礼・大嘗祭」違憲訴訟の一審判決(1992年11月24日・要旨)は次のとおり述べている。

▼即位の礼及び大嘗祭に係る諸儀式等のうち,即位礼正殿の儀及び大嘗宮の儀等を国費により執行することが違憲であることの確認を求める訴えについて,我が国においては,主権者たる国民の地位や納税者としての地位に基づいて,国に対し国の行う具体的な国政行為の是正等を求める訴訟を提起する方法は制度として認められておらず,また,前記訴えは抽象的,一般的に当該諸儀式・行事の違憲確認を求めているにすぎないものであるところ,現行法制度の下において裁判所は具体的事件を離れて抽象的に法律命令等の合憲性を判断する権限を有していないから,前記訴えは不適法である。(訴えの却下)

▼即位の礼及び大嘗祭に係る諸儀式等のうち,即位礼正殿の儀及び大嘗宮の儀等を国費により執行することが違憲であり,主権者たる国民としての権利を侵害するものであるとして提起された損害賠償請求について,仮に,当該国費の支出により,国民らが,自己の意思に反して,国事行為ないし公的性格を有する前記諸儀式等の執行に加担させられ,そのことにより従属的,臣下的地位を強制され,人格的尊厳を傷つけられたと考えたとしても,それは自己の見解と相反することに国費が支出されたり,国事行為や公的な皇室行事が行われたことに対する憤怒の情や不快感などといったものであって,損害賠償により法的保護を与えなければならない利益には当たらない。(請求棄却)

つまり、この判決では国民が国の行う大嘗祭の違憲性を裁判で争う手段がないと明言されているのだ。もっとも、例外的に地方公共団体の財務会計上の違法行為に関しては、当該の住民が原告適格をもつ住民訴訟の制度がある。前回の天皇交替に際しては、下記3件の大嘗祭関連住民訴訟が提起され,これには最高最の判決がある。

(1) 大分県主基斎田抜穂の儀参列違憲訴訟(2012.7.9第3小法廷)
(2) 鹿児島県大嘗祭参列違憲訴訟(2012.7.11第1小法廷)
(3) 神奈川県即位儀式・大嘗祭参列違憲訴訟(2014.6.28第2小法廷)

いずれも、国の大嘗祭挙行の違憲性を直接の争点としたものではない。各知事の関連行事への参列の違法の有無を問う域を出ないもので、大嘗祭の合違憲には触れず、知事の関連行事への出席は「他の参列者と共に参列して拝礼したにとどまること,参列が公職にある者の社会的儀礼として天皇の即位に祝意,敬意を表する目的で行われたことなど判示の事情の下においては,憲法20条3項(政教分離原則)に違反しない」とされた。

これに対して、いわゆる国家賠償違憲訴訟判決の傍論ではあるが、「即位の礼・大嘗祭違憲訴訟」大阪高裁判決(2005・3・9)の判示が注目される。

「現実に実施された本件即位礼正殿の儀(即位の礼の諸儀式・行事のうち、本件諸儀式・行事に含まれるのは、即位礼正殿の儀のみである)は、旧登極令及び同附式を概ね踏襲しており、剣、璽とともに御璽、国璽が置かれたこと、海部首相が正殿上で万歳三唱をしたこと等、旧登極令及び同附式よりも宗教的な要素を薄め、憲法の国民主権原則の趣旨に沿わせるための工夫が一部なされたが、なお、神道儀式である大嘗祭諸儀式・行事と関連づけて行われたこと、天孫降臨の神話を具象化したものといわれる高御座や剣、璽を使用したこと等、宗教的な要素を払拭しておらず、大嘗祭と同様の趣旨で政教分離規定に違反するのではないかとの疑いを一概に否定できないし、天皇が主権者の代表である海部首相を見下ろす位置で「お言葉」を発したこと、同首相が天皇を仰ぎ見る位置で「寿詞」を読み上げたこと等、国民を主権者とする現憲法の趣旨に相応しくないと思われる点がなお存在することも否定できない。」

つまり、司法が大嘗祭の国費投入を合憲とお墨付きを与えたということはない。違憲なものは、あくまで違憲なのだ。ところが、ネットを検索して、次のような妄論にお目にかかった。元自民党国会議員の発信である。

新しい象徴天皇を戴くことに、国を挙げて喜んでいたが、やはりこのような慶事でも、不満をかこち、あらぬ批判をする人達もいる。相変わらず左翼政党や例の新聞など、同じ顔ぶれではあるが・・・。
特に違憲論を又持ち出しているが、これはもう決着済みのことで今更何を言っているのかと腹立たしい。
大嘗祭については今まで5件の提訴があったが、そのことごとくが最高裁判所で原告側の完全敗訴になっている。大嘗祭は実質的に合憲という判決も下されていて、憲法問題はすでに解決済みなのだ。
国士館大学百地章特任教授は産経新聞欄で次のように指摘している。
『憲法の政教分離は国家と宗教の完全な分離を定めたものではない。最高裁も昭和52年の津地鎮祭裁判で、国家と宗教の関わりは、「目的」が宗教的意義を持たず、「効果」が特定宗教への援助にあたらなければ許されるとした上で、神道式地鎮祭を合憲とした。
大嘗祭も宗教的意義を有するが、目的はあくまで皇位継承のため不可欠な伝統儀式を行うことであって、特定宗教への援助に当たらないから違憲ではない。又皇室は宗教団体ではないから、大嘗祭への公金支出は許される。』
まさに正論だと思う。(略)
今、日本は内外共に厳しい多くの問題を抱えている。このような時代だからこそ、官民一体、ワンチームで努力しなければならない。まさに国家国民統合の象徴、「天皇の存在」の意義を深くかみしめることが必要なのである。

保守陣営の,ナショナリズムの核としての天皇を位置づけようとのホンネがよく出ている。だが、「(大嘗祭)違憲論を又持ち出しているが、これはもう決着済みのことで今更何を言っているのかと腹立たしい。」は、訂正してもらわなければならない。

一方、常識的な憲法論を平明に述べている記事もある(11月15日配信・共同通信編集委員=竹田昌弘)。抜粋して引用しておきたい。

大嘗祭へ国費支出は憲法違反か 目的と効果によって判断、県費で靖国神社玉串料は違憲

14?15日に中心儀式「大嘗宮の儀」が行われた大嘗祭。皇位継承に伴う重要祭祀として、国費の宮廷費から24億4千万円の支出が見込まれている。政教分離原則に反しないのか。最高裁は2002年7月、平成の大嘗祭(1990年)に鹿児島県知事が公費で参列したことについて、目的は社会的儀礼で、その効果も特定の宗教に対する援助、助長などにはならないとして、憲法違反ではないと判断した。ただこれは鹿児島県の公金支出に対する判断であり、宮廷費の支出について、最高裁は判断を示していない。

95年3月の大阪高裁判決では、大嘗祭は「神道儀式としての性格を有することは明白」として、目的が宗教的意義をもつことを認め「少なくとも国家神道に対する助長、促進になるような行為として、政教分離規定に違反するものではないかという疑義は一概に否定できない」と指摘している。目的効果基準を当てはめれば、憲法違反となるのではないか。

津地鎮祭訴訟と愛媛玉串訴訟の最高裁判決には「明治維新以降国家と神道が密接に結びつき、種々の弊害を生じたことにかんがみ、政教分離規定を設けるに至った」と書かれている。政教分離原則が戦前の反省から生まれたことも踏まえると、秋篠宮さまが提案したように、少なくとも大嘗祭の費用は内廷会計から支出し、けじめを付けた方がいい

(2019年11月17日)

「香港での弾圧の即時中止を求める」

香港の事態が頭から離れない。大国中国の権力に対峙し、民主主義を求めて立ち上がった香港の人びとに心からの敬意を惜しまない。遠くからの声援を送りたいが、これ以上の犠牲を出して欲しくはない。胸が痛むばかり。

いったい中国はどうなってしまったのだろうか。再び天安門事件の蛮行を繰り返して、弾圧国家・人権無視国家・民主主義後進国家の汚名を甘受し、国際社会の悪役になろうというのか。革命前の、あの中国共産党の道義的な崇高さは、どこで投げ捨てたのだ。

昨日(11月15日)の赤旗に、日本共産党・委員長名の声明が掲載された。「香港での弾圧の即時中止を求める」という表題。香港の事態を、中国による弾圧」と規定した内容。14日の記者会見で公表して、同日午前中に在日中国大使館を通じて中国政府に伝達したという。

全面的にその内容に賛意を表して、全文を転載する。

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一、香港で政府への抗議行動に対する香港警察による弾圧が強まっている。11日には警官が至近距離からデモ参加者に実弾発砲し、1人が腹部を撃たれて重体となった。丸腰のデモ参加者への実弾発砲は、言語道断の野蛮な暴挙である。大学構内への警察による突入で、多数の負傷者と逮捕者が出た。警察は、香港立法会(議会)の「民主派」議員7人を逮捕した。香港警察とデモ参加者との衝突のなかで、デモ参加者から犠牲者が出ており、その真相解明が厳しく求められている。

わが党は、デモ参加者が暴力を厳しく自制し、平和的方法で意見を表明することが重要だと考える。しかし、殺傷性の高い銃器を使用して、抗議活動への弾圧を行うことは、絶対に容認できるものではない。

一、重大なことは、香港当局の弾圧強化が、中国の最高指導部の承認と指導のもとに行われていることである。

習近平中国共産党総書記・国家主席は4日、林鄭月娥・香港行政長官との会談で、抗議行動への抑圧的措置を続けている香港政府のこの間の対応を「十分評価する」としたうえで、「暴力と混乱を阻止し、秩序を回復することが依然、香港の当面の最も重要な任務である」と強調した。「一国二制度」の下で中国政府の指導下にある香港に対するこの言明が、何を意味しているかはあまりにも自明である。

実際、中国政府は、香港警察による11日の実弾発砲について、「警察側の強力な反撃にあうのは当然である」と全面的に擁護している(12日、外交部報道官)。

中国の政権党系メディアは、香港警察に対し「何も恐れる必要はない」「国家の武装警察部隊と香港駐留部隊が、必要な時には、基本法の規定に基づきみなさんを直接増援できる」と言い放った(「環球時報」11日付社説)。武力による威嚇を公然とあおり立てているのである。

一、今日の香港における弾圧の根本的責任は、中国政府とその政権党にあることは、明らかである。その対応と行動は、民主主義と人権を何よりも尊重すべき社会主義とは全く無縁のものといわなければならない。

今日の世界において人権問題は国際問題であり、中国政府は、人権を擁護する国際的責任を負っている。

日本共産党は、中国指導部が、香港の抗議行動に対する弾圧を即時中止することを強く求める。「一国二制度」のもと、事態を平和的に解決する責任を果たすことを厳しく要求するものである。

(2019年11月16日)

憲法の構造として「卵黄と卵白」をイメージしよう。

日本国憲法の全体像を図形的にどうイメージするか。こういうことを考えてみることは、楽しい作業である。もちろん飽くまでもイメージに過ぎないものだが、憲法の基本構造をどう把握し、憲法各パートの関連をどう理解するか、自分なりの憲法観の確認でもある。いったい、象徴天皇制とは、その構造のどこにどのように位置するものか。

憲法の基本構造を「3本の柱」の構築物と捉えることが、「新しい憲法のはなし」以来のスタンダードではないだろうか。この教科書では、「いちばん大事な考えが三っつあります」として、「民主主義」と「国際平和主義」と「主権在民主義」を挙げている。

この憲法体系イメージのミソは、「(象徴)天皇」という柱のないことである。「主権在民」の柱は、天皇主権を否定してそびえている。「民主主義」も「国際平和主義」も、大日本帝国憲法の体系を否定し、そのアンチテーゼとして確立されたもの。「新しい憲法」の解説としては、優れものだったろう。

しかし、この3本柱イメージは、「人権」が欠落している点で、違和感を禁じえない。近代立憲主義の視点からの整理がなされているともいいがたく、体系性に欠けるといわざるを得ない。

私の世代は、「国民主権」・「恒久平和」・「基本的人権」の3本の原理を柱として、憲法体系が成り立っているという憲法構造の把握に馴染んできた。この3本柱の構造も、天皇制の旧憲法とは異なる「新憲法の特徴」を取りあげて「重要な柱」として列記したもの。そのとおりではあるが、各柱それぞれの位置づけや関係性には無頓着で、これも体系的なものとは言いがたい。

私は、卵の形と把握したい。もう少し正確に言えば、卵の内側の構造。黄身(卵黄)と白身(卵白)の関係のイメージ。大切な黄身を壊さぬように、白身が優しく包んで支えているという構造。黄身が人権である。ここに憲法価値が凝縮されている。白身が統治機構である。黄身を支え、黄身を保護するものとしての役割を担っている。白身がなければ、黄身は保護されない。だから、白身もとても重要である。が、もとよりその重要性は、黄身を守るためのもので、それを超えての価値があるわけではない。

白身が肥大して、黄身を押し潰してはならない。白身は、自制のためのいくつものサブシステムをもっている。それが、三権分立であり、民主主義であり、戦力の不保持であり、検閲の禁止であり、学問の自由であり、教育への支配の禁止であり、司法の独立であり、平和主義であり、租税法定主義等々である。

天皇制はもちろん黄身の一部ではない。白身の一部として端っこに紛れ込んではいるが、人権を支える役割を担うものではないから、明らかに異物である。黄身を保護すべき白身の機能の邪魔にならない限りで存在が許容されるが、次第に器質的にも機能的にも縮減していくことが望ましい。

「憲法を護る」とは、この黄身である基本的人権を護ることである。それに資する限りで、白身の機能を護ることである。憲法体系の端っこに天皇制が書き込まれているからという理由で、天皇制を擁護することが体系としての憲法を護ることではない。むしろ、天皇制を廃絶に向かわしめることこそ、異物を排して憲法を護ることなのだ。

この至高の価値としての人権とこれを支える統治機構の関係の比喩は、卵黄と卵白でなくてもよい。貝の身と貝殻でも、カンガルーの赤ちゃんと母親の袋でも、ウニとトゲでも、ひなと鳥の巣でも、小銭と財布でも、果実のタネと果肉でも、あるいは電力と送電線でも、コンテンツと通信手段でも、なんでもよいのだ。が、大切に黄身を抱く白身のイメージがふさわしいように思われる。

どのようにイメージしても、天皇の存在は、憲法の番外地でしかない。そのことを、国費を投じた大嘗祭の挙行に際して確認しておきたい。
(2019年11月15日)

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