本日の「しんぶん赤旗」一面トップの大見出しが、「正義と真理 総結集」である。
「正義」は法曹界を象徴し、「真理」とは学者集団を指す。法曹界と学者300人が一堂に会して、戦争法案の廃案を訴えた。昨日(8月26日)の午後4時、日弁連会館の講堂クレオでのこと。
主催者挨拶は、「法の支配にもとづき正義を貫く法曹と、理性にもとづき真理を探究する学者の多くが集まって、同じ認識に立ち、今回の安保法制が憲法に違反し、真理と正義に反するということ、廃案しかないということで活動していきたい」というものだった。
日弁連と全国52単位弁護士会の全代表が集まった。また、元最高裁判事、元法制局長官も加わっている。そして、錚々たる学者の顔ぶれ。村越進日弁連会長の、「こんなに幅の広い人々が総結集したのはおそらく初めてのこと」「立憲主義の破壊だけは認めることができない」との発言には実感がこもっている。
その、記者会見の壮大な写真をご覧いただきたい。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik15/2015-08-27/2015082701_01_1.html
この日、日弁連と学者は、正午から国会議員会館で「院内学習会 安全保障法制を問う」を開催し、その後議員会館の各議員を訪問して「安保関連法案」廃案への要請行動を行い、4時からの共同記者会見に臨み、その後日比谷野音で市民を交えた大集会を開催。そして、国会までのパレードを行った。まさしく、日弁連と学者が総力をあげたというに相応しい行動の日だった。
また同日、「安全保障関連法案に反対する学者の会」は、「100大学有志の共同行動」を行い、北海道から九州まで全国87大学253人の大学教員が一堂に会し記者会見に臨んでいる。
「学者の会」の発起人で事務局代表の佐藤学学習院大学教授は、各大学有志の声明は7月20日に18大学程度だったのが、現在同会がつかんでいるだけで108大学に広がり「それぞれ予想以上の賛同者を集めている」と報告。同会のアピールには学者・研究者1万3507人から賛同が寄せられ「各大学で自主的な動きがわき起こり、かつてない広範な共同がつくられている」と大学人の取り組みの勢いを語りました。(赤旗)
この日の行動で最も注目を集め拍手も多かったのは、創価大学教員の佐野潤一郎さん。この人が主役だったと言ってもよい。「創価大学が、いま立ち上がらなくてどうするんだと。私たちの大学出身の公明党の議員さんたちも、それについては、ぜひ反対をしていただきたいと思っています」「公明党の議員には、ぜひ頑張って、本当の意味で歯止めになってほしい。今のままでは、歯止めになっていないではないか」という発言。
公明党は政党の論理として与党でいたい。そのためには自民党と折り合わねばならない。「どこまでも付いていきます下駄の雪」に甘んじざるをえないのだ。しかし、公明党の母胎であり、これまで党を支えてきた創価学会員としては、これで納得できようはずがない。立党の精神は「平和の党」であったはずではないか。憲法九条をないがしろにしてよいのか。国民の大多数の憂慮を払拭しないまま専守防衛路線を投げ捨ててよいのか。野党の反対を無視しても強引に自衛隊の海外派兵を認める法案推進でよいのか。当然に疑問が生じているはず。
多くの創価学会員の公明党批判が聞こえてくる。創価大学と創価女子短期大学でも戦争法案への反対署名が取り組まれ、既に1400人を超えているという。世論調査による公明党の支持率も軒並み低下著しい。戦争法案の成否の帰趨に、来年に選挙を控えた参院公明党の動向が影響することは確実であり、その公明党の動向に創価学会員の意識や行動が影響することも疑いがない。佐野さんに代表される、創価大学内の戦争法案の廃案を求める活動に注目せざるを得ないのだ。
ところで、8月26日の諸行動について、NHKはまったく無視だったそうだ。さもありなんと納得してはならない。「アベ様のNHK」に、あらためて怒りもて抗議しなければならない。
が、NHKは別にしても、赤旗を除く各メデイアの戦争法案反対運動の扱いが必ずしも大きくないのが、やや気になるところ。弁護士会も学者も元気だ。シールズに代表される若者たちも、ママの会も…。しかし、メディアがやや報道意欲を失っているのではないか。長丁場の法案審議の報道に、中だるみがあるのではないか。憲法と平和への危機感を持続してもらいたいものと思う。
この中だるみを打破するイベントが、8月30日の「戦争法案廃案! 安倍政権退陣! 8・30国会10万人・全国100万人大行動」『全国を戦争法反対の声で埋め尽くそう!』である。東京で10万人、全国で100万人の総行動をぜひとも成功させよう。この集会が、メディアを覚醒させるだろう。国会に活を入れることにもなる。その成功は国民の手で憲法を守ることにもつながる。
大集会の案内は実行委員会の下記URLをご覧いただきたい。
http://sogakari.com/
8月30日(日)14:00? 場所:国会議事堂周辺
戦争法案廃案!安倍政権退陣!8・30国会10万人・全国100万人大行動
平和を大切に思う人、
憲法を大切と思う人、に呼びかけたい。
普段は忙しくて集会にもデモにも疎遠な人も、
この日だけは、国会の周辺に出かけよう。
全国それぞれの地域での集会に参加しよう。
そして、
戦争法案を廃案にせよ
安倍内閣は退陣せよ
とコールしよう。
あなたのその声が集まって
平和を守ることになる、
憲法を守ることになる、のだから。
(2015年8月27日)
昨日(8月25日)の夕方、NHK包囲の抗議行動に参加した。
NHK放送センター西門の近くで、「私たちは怒っているゾー」「籾井はただちにやめろ」「アベチャンネルにするな」などコールを繰りかえしながら、NHKってなんだろう、と考え続けた。
NHKのNは、今や「内閣」のNである。Hは「奉賛」のH、あるいは「諂う」のH。「内閣奉賛会」ないしは「内閣へつらい協会」ではないか。「安倍政権報道部」の実態が抗議の対象とされている。「政府の声でなく、国民の声を報道しろ!」「『皆さまのNHK』を忘れないでー」と声があがる。
戦争法案の審議が進行し、衆議院の強行採決さえなされた。平和と憲法にとっての存立危機事態である。このときに、安倍政権とNHKとの癒着である。とりわけ政権がNHKの人事を牛耳って自らの政策遂行の道具としていることが到底座視しえない。
安倍が籾井を牛耳り、籾井が経営委員会や理事会を牛耳ることで、安倍がNHKを支配し、NHKが安倍政権におもねりへつらう態勢が構築されている。由々しき事態ではないか。
大本営発表を繰り返した戦前のNHKの体質は変わらず、今また、安倍政権と二人三脚で、新たな大本営発表を繰り返そうとしているのだ。このことに危機感を持ち、抗議しなければならないというのが、参加者の切実な思いなのだ。
有名無名の多くの人がリレーでスピーチした。NHK上層部を痛烈に批判するとともに、印象に残ったのは、良心的なNHK職員を励まそうというスピーチだった。
今さら言うまでもないが、NHKは国営放送ではない。受信料は税金ではない。飽くまで、NHKと視聴者各個人との受信契約締結の効果としての民事的な債務なのだ。だから、契約自由の原則に従い、本来は契約するもしないも視聴者の選択による。
ただし、放送法は不思議な規定を置いて、「NHK放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、NHKと放送受信についての契約をしなければならない」と定めて、NHKとの受信契約の締結を「しなければならない」としている。もちろん、受信契約締結強制も民事法上のもので、罰則での強制があるわけではない。契約締結者の受信料不払いも、そのことは民事的な債務不履行とはなり得ても、刑事罰の対象とはなり得ない。
放送法は、NHKを国民の信頼に支えられた報道機関と位置づけている。国民がNHKの報道姿勢を信頼し、進んで受信契約を締結して受信料を支払うことを想定しているのだ。この想定に反して、国民がNHKを見捨てた場合には受信料収入が激減することも想定されているといってよい。
この日のスピーチで、何人かが「今のようなNHKでは受信料を払えない」「籾井がやめるまでは受信料を払わない」「NHKよ。私に受信料を払いたいと思わせるまともな報道姿勢を貫いていただきたい」と発言した。これこそ、放送法が想定する最も真っ当な市民の声だ。
国民から信頼される報道機関としての基本は、何よりも権力から独立していることにある。今のように、政治権力と国民との立場が大きく乖離しているとき、権力と国民は公共放送であるNHKを自らの側に近づけようと、必死の綱引きをしているのだ。今この綱引きは、政権の側が優勢である。会長や経営委員の人事を牛耳って、政治報道には政権批判を許さないどころか、内閣奉賛の実態となってしまった。だから、「政府広報はやめろ」「戦争法案に加担するな」とコールが浴びせかけられるNHKの現状。これはあまりにもお恥ずかしい実態。
NHKOBである永田浩三さんが鋭く叫んだ。「NHKは政権のものでない。国民の貴重な宝物なのです」。なるほど、そのとおりなのだ。
籾井会長は「政府が右といえば、左というわけにはいかない」という安倍政権ベッタリの人物。「籾井会長はNHKトップに最もふさわしくない!」と何度も声があがった。安倍の息のかかったこの人物が会長として君臨する限り、国民の貴重な宝物は、安倍政権の手中でブロックされ、コントロールされるばかり。
国民はそれにふさわしい政府をもつ、という。国民は自分たちにふさわしいメディアをもつ、と言い換えられてもいる。しかし、今のNHKの現状が、国民にふさわしいとは到底考えられない。もっとまともなNHKにしなければならない。短期的には、戦争法案を廃案に追いこむために。長期的には、日本の民主化を促進するために。
それにはまず、籾井をやめさせることが先決問題だ。これが、考え続けての平凡な結論。あらためて叫ぼう。「籾井はやめろ」「アベチャンネルにするな」。
(2015年8月26日)
自民党公認で滋賀4区から出馬し当選した武藤貴也・衆議院議員。世に埋もれた無名の存在だったが、学生たち(シールズ)の戦争反対の声を「利己的」と言って俄然全国的な有名人となった。安倍チルドレンの内実とレベルの程度を天下に知らしめた点において、その功績は大きい。
さらに、8月19日発売の週刊文春で「未公開株詐欺」まがいの集金手口を暴露されて、政治家としての知名度ランキングのトップレベルに躍り出た。しかもそのあと自民トカゲのシッポとなって、安倍自民党の「イヤーな感じ」高揚に大いに貢献してもいる。
が、この問題それだけではない。もしかしたら…、政治とカネの薄汚い関係を壮大に暴露する発端であるのかも知れない。その意味では事件の奥行きはもっと深く暗いものなのかも知れないのだ。
8月19日以来、私の仲間内では「武藤のやったことは典型的な未公開株詐欺だろう」「『国会議員枠』なんてあるはずがないものを目玉にしての勧誘なのだから詐欺」「もし、欺していなければ、委託の趣旨に反した預り金の流用として横領は確実なところ」「金融商品取引法の無登録業者の違法勧誘行為や、出資法1条の『出資金の受入の禁止』にもあたるだろう」「こんなひどい議員は告発に値する」「安倍政権への打撃にもなるはずだから、告発したらどうだ」。「詐欺・横領・金商法違反・出資法違反を射程に告発すべきだ」と声は出ている。
しかし、大方は口だけは動くが、なかなかそれ以上には進まない。誰かやってくれるだろう、と他を期待しているからだ。こういうときに頼りになるのが、「政治資金オンブズマン」(共同代表、阪口徳雄弁護士・上脇博之神戸学院大学教授ら)。よく調べ、果敢に行動する。今回も動いた。
興味深いのは、彼らが「いきなり告発」ではなく、問題となった未公開株の上場手続幹事を務めた証券会社に対する公開質問状の発送という形で、宣戦を布告したことである。主たる質問内容は、未公開株の配分割当に関して、「国会議員枠」(あるいはそれに類するもの)があるのかどうかということである。
公開質問状は、昨8月24日付で「エイチ・エス証券株式会社 代表取締役社長 和田智弘」宛に発送された。公開質問状の全文は、共同代表である上脇教授のサイトに掲載されている。URLは以下のとおり。
http://blog.livedoor.jp/nihonkokukenpou/archives/51811709.html
上脇さんは、公開質問状を発信した趣旨に関連して「自民党が詳細な内部調査をすることなく議員辞職もさせず除名もせず離党させたのは不可解な対応であり、自民党は株の購入につき「国会議員枠」(あるいはそれに類するもの)があるのかどうかの論点を話題にさせることを回避しようとしたのではないかの疑惑が生じる」と述べている。
「国会議員枠」という表だった制度が存在するわけはない。しかし、問題は、表向きの制度がどうなっているかではない。いかなる態様にせよ、証券会社が未公開株の割当をする際に、政治家に甘い汁を吸わせている運用の実態はないのか、ということなのである。
「国会議員枠」を明示の制度として理解すれば、そんなものはないとニベもなくはねつけられるに決まっている。しかし、運用の実態が問題なのだ。未公開株の配分という美味しい手続に、政治家への手心が加えられている実態があれば、「国会議員枠(あるいはそれに類するもの)」が存在することになるということだ。
エイチ・エス証券株式会社には、幹事社として未公開株上場を担当する際の手続については「募集等にかかる株券等のお客様への配分にかかる基本方針」(公開質問状では「本基本方針」と言っている)という内部基準がある。
http://www.hs-sec.co.jp/book/haibun.pdf
公開質問状の質問事項は、次のとおりこの基準の運用についてのものとなっている。
1 本基本方針では「新規公開株の配分について、
?抽選による配分、
?抽選によらない配分、
という2種類の配分方法があります。
抽選又は抽選によらない配分の中に「国会議員枠」又はこれに類する配分方法があるのですか。
2 国会議員、又はその秘書について、本基本方針第3項(2)??「当社と継続的にお取引を頂いていること、又はお取引拡大が期待できること」に該当するとして事実上国会議員枠又はそれに類する配分方法を設定することがありますか。
3 (1)貴社が主幹事を務めた2014年11月の株式会社CRI・ミドルウェアの新規公開株につき、抽選又は抽選によらない方法で、武藤議員又は政策秘書の宮崎資紹氏から、何らかの配分を受けたいという申し入れがありましたか。
(2)その場合に武藤議員又は政策秘書の宮崎資紹氏に現実に配分しましたか。又は配分がなかったですか。
この「基準」には、「公平」と「公正」そして「適切」が何度も繰り返されている。
たとえば、「株券等の配分を行うに際しては、…適切な募集等の取扱いを行うとともに、公平かつ公正な配分に努めることを基本方針としております」「以上のような配分の基本方針に基づき、公正な配分を通じて証券市場の発展に寄与していくことが、当社の使命であると考えております。」という具合。
但し、その運用が公平・公正、かつ適正に行われているかはよく分からない。この基準が公平・公正かつ適正な運用を担保するほどのものとなっているとは考えられない。そして、「国会議員枠」を明示的に排除しているとは読めないのだ。
但し、「当社は、当社の役職員、当社に対して特定の利便を与え得るなど社会的に不公平感を生じせしめる者、暴力団員又は暴力団関係者、いわゆる総会屋等社会的公益に反する行為をなす者及び配分を行うことが適切ではないと当社が判断するお客様への配分を行いません。」という一文がある。暴力団・総会屋には配分しないとは明記されているが、国会議員に対する除外は明記されていない。もっとも、「当社に対して特定の利便を与え得るなど社会的に不公平感を生じせしめる者」には国会議員が含まれる可能性がある。しかし、仮にはいるとすれば、なぜ端的に「国会議員」を配分対象から外すと明記しないのだろうか。
本当に国会議員枠は、ないのだろうか。換言すれば、「未公開株の配分において、国会議員に便宜を図る運用がなされてはいないのだろうか」。「議員枠的なもの」が本当にないのか、実はあるのではないか。本件では、エイチ・エス証券が武藤に、そのような便宜を図ろうとしたのか否か。それが問題なのだ。
「イエス」の回答があれば、世の中がひっくり返るほどの大騒ぎとなるだろう。「ノー」である場合には、武藤の詐欺が濃厚となる。回答拒否も考えられるが、これは何らかの不都合があって回答ができないと考えざるをえない。何らかの形での「国会議員枠」存在が推認されるといって差し支えなかろう。
実は、こんなことは自民党が自ら調査すべきなのだ。天下の与党に、自浄の意思も能力も欠けているばかりに、民間が代わってこんなことまでしなければならないのだ。安倍自民党無責任体質、ここに極まれりではないか。
(2015年8月25日)
例年になく熱かった「戦後70年の夏」。さすがに風と空は涼しさを感じさせるが、戦争法案の廃案と安倍政権退陣を求める運動の熱気は冷めやらない。ますます熱い。
戦争の月・8月の下旬に多くの集会やデモが目白押しだが、その集大成版ともいうべき3集会をご案内する。私も、その片隅で声を上げている。
**************************************************************************
まずは、明日の「8.25NHK包囲行動」である。
ぜひ下記のURLでチラシを拡散願いたい。
http://kgcomshky.cocolog-nifty.com/825NHKhoui/NHKhoui.pdf
メインスローガンは、「政権べったりの報道をやめろ 怒りの声でNHKを包囲しよう!」という大集会。
日時: 2015年8月25日(火) PM: 6:30?
場所: NHK放送センター(渋谷)
西門、正門、NHKホールそばの3カ所で
リレートークとコールが行なわれる。
主催: NHK包囲行動実行委員会
・政権に不都合なことを隠すな
・NHKは戦争法案に加担するな
・中国の脅威をあおるな
・国民の抗議の声を伝えよ
・国会審議をまともに放送せよ
・政治家と会食するな癒着するな
・籾井会長はNHK私物化するな
・権力監視のメディアになれ!
・籾井会長はただちにやめろ!
安倍政権が右といえば左とは言えないNHKへの抗議である。これだけの規模の世論の包囲にさらされながら、まだ安倍政権の命脈が保たれているのは、産経・読売と並んで、「皆さまから視聴料をいただいているNHK」の寄与が大きい。「安倍政権のスポークスマン」とまでいわれる岩田明子解説委員に代表される、その露骨な政権従属報道姿勢が安倍内閣の支持率を何%か押し上げているのだ。これを徹底批判しようという集会。
本日の赤旗〈潮流〉が、次のようにこの集会を紹介している。
「NHKの番組には優れたものがあっても、ニュースは安倍政権寄りだと視聴者の批判は高まるばかり。この機に市民団体の「放送を語る会」が、戦争法案をめぐるテレビニュースのモニター報告を発表しました▼これまで集団的自衛権などでもテレビ報道を検証。今回は、NHKのニュースは『安倍首相発言のコピー』となり、多様な批判的言論を伝えていないと実証的に指摘しました。『戦後未曽有の平和の危機』にジャーナリズムの役割を発揮する覚悟を求めての中間報告です▼明日25日、市民が『怒りの声でNHKを包囲しよう!』と一大行動に出ます。東京・渋谷のNHK放送センターの門前に集合です。大阪や京都では、呼応する取り組みがあります。“みなさまのNHK”へ要望します。7時のニュースで堂々と生中継してはいかが。」
**************************************************************************
明後日(8月26日)には、日弁連が総力をあげた集会を予定している。
「安保法案廃案へ!立憲主義を守り抜く大集会&パレード?法曹・学者・学生・市民総結集!」と集会名も大変に熱い。
詳細は、下記日弁連のホームページを参照していただきたい。
http://www.nichibenren.or.jp/event/year/2015/150826.html
日時 2015年8月26日(水)
【集 会】 18時?19時(開場:17時15分)
【パレード】 19時15分?
日比谷野外音楽堂(千代田区日比谷公園1-5)
参加費等 参加費無料(事前申込み不要)
参加対象 どなたでも参加いただけます。
※定員3,000名のため、会場にお入りいただけない場合がありますが、パレードには参加いただけます。
集会での発言予定者は、現在のところ以下のとおり。
宮?礼壹氏(元内閣法制局長官)
溝淵勝氏(元裁判官、元高松地裁所長)
山岸憲司氏(前日弁連会長)
石川健治氏(東大教授・交渉中)
益川敏英氏(ノーベル賞受賞者・交渉中)
廣渡清吾氏(東大名誉教授・日本学術会議前会長・学者の会代表・予定)
上野千鶴子氏(東大名誉教授)
奥田愛基氏(SEALDs)
町田ひろみ氏(安保関連法案に反対するママの会)
道あゆみ氏(弁護士)
また、同日16時?17時、弁護士会館2階講堂クレオで「安保関連法案に反対する学者の会」と合同記者会見も行われる。こちらの出席予定は、以下のとおり。
濱田邦夫氏(元最高裁判事)
大森政輔氏(元内閣法制局長官)
宮?礼壹氏(元内閣法制局長官)
平山正剛氏(元日弁連会長)
村越進(日弁連会長)
水地啓子氏(女性弁護士として)
廣渡清吾氏(東大名誉教授・日本学術会議前会長、学者の会代表)
長谷部恭男氏(早稲田大教授・国民安保法制懇)
小林節氏(慶応大名誉教授)
石川健治氏(東大教授・立憲デモクラシーの会・交渉中)
水島朝穂氏(早稲田大教授)
那須弘平氏(元最高裁判事) メッセージ参加
**************************************************************************
そして、8月30日(日)午後2時が、東京10万人・全国100万人の大集会。
詳細情報は実行委員会のウェブサイト(http://sogakari.com)を参照いただきたい。
戦争法案廃案! 安倍政権退陣!
8.30国会10万人・全国100万人大行動
8月30日?14:00?
場所:国会議事堂周辺ほか
**************************************************************************
声を上げよう。
「戦争法案を廃案に!」
「安倍内閣は退陣せよ!」と。
平和と民主主義を守るために。
声を上げることは、主権者の権利であり責務でもある。
今、大きく声を上げないと平和と民主主義が崩れてしまうかも知れない。
平和と民主主義がいったん崩れると、その再建のために声を上げる自由はもはやなくなる。
だから、手遅れにならぬうちに、声を上げよう。
できるだけ多くの人に呼びかけて、できるだけ大きな声を。
今なら、まだ間に合うのだから。
明日では遅すぎるかも知れない、のだから。
(2015年8月24日)
村岡到さんから近著をいただいた。「文化象徴天皇への変革」というタイトル。表紙に「天皇を文化の象徴に 斬新な提起!」とある。この「あまりの斬新さ」に驚いた。
村岡到といえば左翼の理論家と自らも任じ、社会にも知られる人物。その左翼理論家が、天皇制廃絶や天皇制との対峙ではなく、「文化の象徴としての天皇」を語り、これを純化する制度を提案しているのだ。
しかも、前書きには次のような意気込みが語られている。
「私は、この小さな本で日本の左翼の伝統的な弱点を明らかにし、その欠落を埋める内実を提起した。一九四七年五月三日の新憲法によって成立した象徴天皇制の経過と根拠を解明し、象徴天皇制の廃絶と合わせて、天皇を〈文化の象徴〉に変革することを、私は提案する。これはかつて存在しない、まったく新しい提案である。」
村岡さんは、現行の「象徴天皇制」の弊害は大きくこれを廃絶しなければならないとしながら、「文化の象徴としての天皇」は残すべきだという。憲法を改正して現行の「第一章 天皇」を削除し、これに代えて「第一章 日本国の理念」とし、その章の末尾に位置する第8条に「天皇は日本に住む市民の文化の象徴とする。天皇に関する制度については、法律によって定める」を置くのだという。
さらに、その具体的な制度案として、種々のアイデアが並んでいる。
天皇とその家族は伊勢神宮内に居住する。財政は任意の寄付を基本として不足の場合にのみ国庫の負担とする。定年制とし退任後は選挙権を認める。50年に1度程度の国民投票で国民に存廃を諮る。宮内庁や皇宮警察は廃止する…。
まだよく読み込めていない。もちろん、軽々に賛成とは言えない。が、私には、村岡さんの筆の伸びやかさが好もしい。天皇制についての議論をアンタッチャブルなものとしていない。誰に遠慮するでもなく、誰からも束縛されずに、自分の意見を述べている。体制にも、右翼にも、左翼にも、どの政党にも、運動体にも、自分の支持者にも、一切おもねるところがない。大変な量の文献を渉猟したことが記されているが、共産党や学界の権威からもまったく自由だ。そして以前の自分の見解にもとらわれていない。まさしく、自分の頭で考えたことを、自分自身の言葉で語っているのだ。
この書の中に、次の一節がある。この部分が、全体の立論の基礎になっている。
「私たちの政治分野での研究は政治的に真空の状態で行うものではなく、緊迫した政治情勢における明確な立場と主張の表明を外してはならない。温和な政治環境が与えられていれば別であるが、現在はそうではない。安倍首相による乱暴な好戦壊憲策動が強化されているのが現状である。私たちは、憲法第九条を骨抜きにする好戦壊憲策動に断固として反対であり、この策動を粉砕しなくてはならない。この明確な立場から考えると、象徴天皇制にどのように対処するのが正しいのか。」
この書では、天皇や皇后、皇太子らの、度重なる憲法擁護発言・戦争反省発言を評価する立場を明確にしている。「天皇らの言動は、安倍首相による好戦壊憲策動のアクセルとして利用できないばかりか、小さくないブレーキとなっている」という認識が語られている。「この現下の政治状勢のなかでは(天皇の)『平和の象徴』としての機能に賛意を表し、その傾向を拡げるほうが良い。天皇らの言動に、戸惑いを感じたり、『裏があるのではないか』などと邪推するのは誤っている」という立場なのだ。
もちろん、憲法改正を伴う制度の改変であるからには、長期的な展望をもたねばならない。本書は「日本人はなお、何らかの〈象徴〉なしには社会を統治できない段階を生きている」ことを前提に、「以上のような内容によって象徴天皇制を廃絶し、決定的に改革すれば、天皇を政治的反動に利用することはできなくなり、天皇をテコにした優越感や差別はその根を絶たれる。『お上に従う』などの非自律的習性も衰える。同時に『平和の象徴』としての天皇に尊崇の念を抱く国民に採っても不快感を募らせることはない。」と述べている。
リベラルな天皇への積極的な評価の立論は、当然にあり得ると思う。不十分ながら、私見は8月17日の当ブログに「『愚かで不誠実な首相』と『英明で誠実な天皇』との対比の構図をどう読むべきか」として書いてはいる。
https://article9.jp/wordpress/?p=5440
このときには、保守層の比較的リベラルな部分からの天皇発言の評価について触れた。村岡さんが、左翼陣営からかくも真っ正面に肯定し、しかも憲法制度にまで踏み込んで言及していることは知らなかった。このような刺激的な提言は、自分の考えを吟味し、再考する良い機会となる。
おそらくは村岡説と同じ結論にはならないと思うが、あらためて天皇制をよく考え直してみたい。政治・文化・宗教・国民意識等々を総合して、自分なりに再整理することになるのだろうから。
本書のご注文は、
ロゴスhttp://logos-ui.org/book/book-23.html
エルパカBOOKSなどに。
(2015年8月23日)
私が被告とされているスラップ(言論封殺目的)訴訟。9月2日の判決言い渡し期日が間近となりました。その日のスケジュールを再度お伝えします。
9月2日(水)
13時15分 東京地裁631号法廷 判決言い渡し
(東京地裁庁舎南側(正面入口から入構して右側)6階)
13時30分 勝訴判決報告集会 第一東京弁護士会(弁護士会館12階)
この日の判決は、
DHC・吉田嘉明の言論封殺の意図を挫いて、
政治的言論が自由であることを再確認し、
市民や消費者の立場からの、
企業や行政や経済的強者への遠慮のない批判の権利を保障する
そのような内容になるはずです。
この日を表現の自由の勝利の日として祝賀しようではありませんか。
法廷傍聴も報告集会も、どなたでも参加ご自由です。言論の自由を大切に思う多くの皆さまに、ご参加を呼びかけます。
**************************************************************************
DHCと吉田嘉明が連名で原告となって提起した同種スラップは合計10件あります。その内、1件はDHC・吉田が自ら取り下げ、9件が現在係属中です。
最も早く進行したDHC対折本和司弁護士事件は、
本年1月15日に地裁判決(請求棄却)、
6月25日の控訴棄却判決(控訴棄却)、
その後上告受理申立がなされ最高裁に係属中。
2番目の判決となったS氏(経済評論家)を被告とする事件は
本年3月24日に地裁判決(請求棄却)、
8月5日に控訴審判決(控訴棄却)、
やはり、その後上告受理申立がなされ最高裁に係属中。
私の事件が、3番目の地裁判決になるようです。
DHC・吉田は、同種事件で4回の判決を受けてすべて敗訴となっています。
関連して仮処分事件も2件申し立てていますが、いずれも却下。両者とも抗告して、抗告審も敗訴。これで、合計8連敗です。
**************************************************************************
下記の動画がユーチューブにアップされていることを教えてもらいました。
TBSが、烏賀陽弘道さんを取材して作成した「JNNルポルタージュ・報道の魂」という番組のアーカイブ画像です。
パート1?3までありますが、とても分かり易くスラップとは何か、なぜスラップ対策が必要かを語っています。ぜひ、ご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=NciG6PbVjqk
烏賀陽さんは、「オリコン事件」と言われる典型スラップで5000万円の請求を受け苦労の末に実質的な勝利を手にします。勝利してオリコンには支払わなくてもよいことにはなりましたが、「応訴費用や訴訟期間中の減収など失った金銭(概算で1000万円弱)」は返ってきません。「心身の苦痛はひどいものだった」が、これも癒されません。
スラップとは標的とした人物に対する「イヤガラセ提訴」ですから、被害が生じることは当然なのです。これを放置していてよいのか、という当事者としての問題意識から、烏賀陽さんは「訴訟大国」アメリカに調査に出かけます。
アメリカ50州のうち28州(人口カバー率だと72%)に「反スラップ法」が制定されているそうです。その内容は必ずしも同じではありませんが、典型的には次のようなものです。
スラップを提訴された被告は、「この訴訟はスラップである」と動議を出すことができます。この動議の要件は、公共の利害にかかわる意見表明が攻撃されているということだけでよい。すると、原告側は勝訴の蓋然性を裁判所に証明しなければならない。名誉毀損訴訟の場合では、「被告に現実の悪意が存在すること」の立証が必要だというのです。原告がこの立証に不成功なら、そこで請求は棄却になります。それだけではなく、「弁護士費用移転」の効果が発生するというのです。原告は、被告が負担した弁護士の費用まで、被告に支払わねばなりません。これで、スラップ防止の実を挙げているというのです。
**************************************************************************
私も、当事者としてスラップに向かい合い、スラップ防止の策を考えなければなりません。
DHC・吉田は、カネに飽かせて、負けてもともとの濫訴をしています。これに対する厳正な制裁が必要です。十分な制裁があって初めて濫訴の防止が可能になります。現行の民事訴訟制度で出来ることはなんだろう。立法政策として、可能なことはなんだろう。一審判決を機に、十分考え社会に提案してみたいと思います。自分でできることは実践もしてみたい。
烏賀陽さんの近著「スラップ訴訟とは何かー裁判制度の悪用から言論の自由を守る」(現代人文社)では、カリフォルニア州のスラップ専門弁護士のコメントを紹介しています。
「例えて言うなら、カリフォルニア州の反スラップ法は、キバがいくつも並んだサメの歯のようなものです。いったん食いつかれると、次々にキバが食い込んで抜け出せなくなる。それでも提訴しますか、とクライアントに警告する。…たいていは思いとどまります」
このアメリカの反スラップ立法も、言論の自由を厚く擁護する判例の積み重ねが生みだしたものだ。日本においても、まずは個別の事件できちんと勝ち切って、判例を積み重ねるところが出発点なのだろう。
(2015年8月22日)
2014年7月の国連自由権規約委員会は、その「勧告22」において、日本に対して「(自由権規約の厳格な要件を満たさない限り)思想・良心及び宗教の自由あるいは表現の自由に対する権利へのいかなる制限を課すことも差し控えることを促す」と勧告した。
同委員会から日本に対して、「思想・良心の自由」に触れた勧告は初めてのことである。当然に「日の丸・君が代」強制問題を念頭においたものである。日本は、この勧告に誠実に対応すべき条約上の義務を負う。
本日は「勧告22」をめぐって、議員会館内で「国連自由権勧告フォローアップ 8・21 三省(文科・外務・法務)交渉」が行われた。必ずしも、各省の態度が誠意あるものであったとはいえないが、それなりの手応えは感じられる内容だった。
とりわけ、文科省の担当者から、卒業式・入学式における「内心の自由の告知」について、「各学校において、内心の自由を告知することが適切な指導方法だと判断される場合には、そのような指導方法も創意工夫のひとつとして許容される」という趣旨の答弁があったことが印象的な大きな収穫だった。
「内心の自由の告知」とは、典型的には式の直前に司会から説明される次のようなアナウンスである。
「式次第の中に君が代斉唱がございます。できるだけ、ご起立の上斉唱されるようご協力をお願いいたしますが、憲法上お一人お一人に内心の自由が保障されております。けっして起立・斉唱を強制する趣旨ではないことをご承知おきください」
「内心の自由の告知」は、10・23通達発出以前には過半の都立校で行われ、同通達以後は一律禁止されてもう12年になる。考えてみれば、学校の判断と責任とで、これくらいのことができるのは当たり前のことだが、今のご時世では、この程度の答弁を引き出すことが大きな収穫なのだ。
**************************************************************************
引き続いての記者会見。その席で、私に求められたのは、「日の丸・君が代」強制の何が問題か、という説明。
「日の丸・君が代」強制とは、公権力が個人に対して、国家の象徴である歌や旗に対して敬意の表明を強制する行為です。その問題点は、次の3点にまとめられると思います。
第1点は、そもそも公権力がなし得ることには限界がある。国民に対して「日の丸・君が代」に敬意を表明することの強制は、その限界を超えた行為としてなしえないということ。
第2点は、憲法が保障する思想良心の自由の侵害に当たるということ。
そして第3点が、公権力が教育に介入しナショナリズムを煽る方向での教育の統制にあたることです。
まず第1点です。
立憲主義のもとでは、主権者国民がその意思で国家を作り、国家がなし得る権限を与えたと考えます。公権力はその授権の範囲のことしかなしえません。「日の丸・君が代」は、国家の象徴です。この旗や歌に対する敬意表明を強制する行為は、国家が主権者である国民に対して、自分に敬意を表明せよと命令していることになります。つまりは、被造者が創造主に対して、自己への敬意の表明を強制しているのです。こんなことは背理であり、倒錯としか言いようがありません。
また、一般論としては、公権力は公務員に職務命令を発する権限があります。公務員は上級に従う義務があります。そうでなくては、公務員秩序を保つことができません。しかし、上級は下級に、なんでも命令することができるわけではありません。自ずから合理的な限度があります。公権力が、「我を敬え」と強制するような職務命令はこのような限度を超えるもので、立憲主義の原則からは有効に発することができない、と考えざるをえません。
次いで第2点です。
「日の丸・君が代」は、戦前の天皇崇拝や軍国主義・侵略戦争・植民地支配の負の歴史と、あまりにも深く結びついています。このような旗や歌は、自分の思想や良心において受け容れがたく、それへの敬意表明の強制は、自分の思想、あるいは教員としての良心を深く傷つけるものである場合、強制はできません。これこそ、憲法19条が保障するところです。
第3点は、教育は公権力の統制や支配から自由でなければなりません。この近代市民国家での常識からの逸脱です。主権者国民が国家を作るのであって、国家が国家に都合のよい国民の育成をはかろうとすることは筋違いも甚だしいのです。
国家は教育行政において教育条件整備の義務は負うが、教育の内容や方法に立ち入ってはならない。それは、公権力による教育への不当な支配として違憲違法になります。
教育の場での「日の丸・君が代」強制は、国家が国家主義イデオロギーを子どもたちに注入していることにほかなりません。この強制は直接には教員に向けられていますが、実は教員の背後にいる子どもが被害者です。国家が思想を統制し、教育を支配したときにどのような事態となるか、私たちは、敗戦までその実例をイヤと言うほど、見せつけられたではありませんか。
立憲主義、思想・良心の自由、国家に束縛されない自由な教育を受ける権利。いずれも、戦後に日本国憲法とともに日本の制度となったもので、「戦後レジーム」そのものです。安倍政権のいう「戦後レジームからの脱却」は、まさしく「日の丸・君が代」強制路線であり、教育を国家主義に染め上げようというものにほかなりません。
いま、「日の丸・君が代」強制を許さないたたかいは、憲法を守り民主的な教育を守る運動の一環であって、安倍政権の改憲路線や戦争法案成立強行の動向と対峙する意味を持っているものと考えています。
(2015年8月21日)
商品には、消費者が期待する品質の保証が必要だ。品質の不良にも、商品の欠陥にも業者は消費者に責任を負わねばならない。
議員にも、選挙民が期待する品質の保証が必要だ。議員の資質不良にも欠陥にも、政党が責任を負わねばならない。
武藤貴也という、安倍自民党が粗製濫造した議員の欠陥が明らかとなった。安倍自民党はこれに責任を負わねばならない。邪魔な尻尾として切って捨てて、「それは仕方がない」というだけの安倍晋三の姿勢は無責任の極みだ。
商品に欠陥があって消費者被害が生じたときには、欠陥商品を製造・輸入・販売した事業者に無過失の賠償責任が生じる。消費者保護の思想から導かれる製造物責任(product liability)の観念である。何を欠陥とし、どの範囲の業者に、どの範囲の賠償をさせるか、具体的な立法政策には幅があるものの、資本主義的財産法の大原則とされた「過失なければ責任なし」を大転換するものである。
我が国でも、1995年に製造物責任法(PL法)が施行されて20年となった。消費者保護の思想が実定法化されて既に定着している。経済社会でのこの常識が、政治の世界でも通用しなければならない。自民党は、自らが公認して当選したこの議員の欠陥を洗い出し、謝罪した上、しかるべき責任のとりかたを考えなければならない。それが最低限の常識的な政党のありかたであろう。
武藤貴也という、このいかがわしい人物は、滋賀4区で当選し「安倍チルドレン」の一人として衆議院議員となった。当選すれば議会での貴重な一票をもつ。もちろん、戦争法案の強行採決に加わっている。安倍応援団の一人として、「マスコミ弾圧勉強会」参加者の一員でもあった。
未熟で実績のないこの人物が当選できたのは、偏に自民党公認であったからである。安倍自民党が製造した議員といってよい。あるいは、安倍自民党が保証マークをつけて売り出した議員だ。その欠陥が明らかになった途端に、離党届を受理して「ハイ、おしまい」。それはないよ。
武藤貴也が何者であるか、選挙民はよくは知らない。それでも投票したのは、自民党公認だったからだ。自民党の保証マークを信用したからだ。その安倍自民党印議員の欠陥が明らかになったのだから、自民党が責任をとらねばならないのは当然ではないか。
私は、議員の品質のレベルを、「選良」というにふさわしいものと考えているわけではない。自民党議員に、市民の意見に耳を傾け、これを政策化して実現する誠実さと能力など求めていない。そんな品質を望むことは、木に縁って魚を求むるの類であろう。武藤のお粗末さは、常識的通常人には遙かに遠い恐るべきレベルなのだ。
武藤なる人物をいかがわしいと言い、議員としての資質に明らかな欠陥というのは、週刊文春が報じる彼の友人Aへの「LINE(ライン)」の記録による。
「来月新規公開株の取引の話しがあり、最低でも2倍になると言われています。内々で俺(武藤)に取引を持ちかけているのだけど元手がありません」「株の枠を抑(ママ)えてもらっていることは本当なので」「この件はクローズだからね。正直証券会社からも、『うちが国会議員のために枠を抑えてるのが一般に知れたら大変だ』と言っています。その辺呉々も注意してください」というもの。
8月19日発売の週刊文春によれば、武藤は昨年「国会議員枠で買える」と未公開株購入を知人らに勧め、その結果23人が計4104万円を武藤の政策秘書名義口座に振り込んだ。しかし、株は実際には購入されず、出資金の一部は戻っていないという。また、Aは、「新宿の喫茶店で武藤本人から直接説明を受けた」と述べている。
武藤は、その後弁明はしているものの、週刊文春の記事を否定していない。ラインの記録もAへの説明の内容も事実上その正確性を認めている。武藤とAとのトラブルについては、武藤側の言い分があるようだが、23人に4104万円を振り込ませて一部を流用し今なお700万円を未返還であることは争いないと見てよいようだ。
ラインに残る武藤の「勧誘文言」は、詐欺罪の構成要件に該当する欺罔行為となる公算が高い。未公開株詐欺と同様の手口なのだ。議員自身が「国会議員枠」の存在を強調している点は明らかに欺罔であり、ばれないように秘密を守れといっている点などは、タチが悪く常習性すら感じさせる。
自民党は、武藤の離党届を受理してはならない。党公認の議員としての適格性を検証し吟味しなければならない。事実関係を洗い出し、とりわけ詐欺の故意の有無を徹底して検証の上、除名を含む厳正な処分をしなければならない。そして、当該選挙区の選挙民を含む主権者国民に経過を報告するとともに、責任の所在を明らかにして謝罪しなければならない。さらには、粗製濫造の安倍チルドレンの中に、他にも欠陥議員がないかを十分に点検しなければならない。
以上が常識的なところだが、私はこれでは済まないと思う。自民党は、自分が当選させた欠陥候補者の選挙をやり直す責任があると思う。商品に欠陥ある場合、消費者は完全な他の商品の引渡を求める権利がある。いわゆる代物請求権である。
滋賀4区の有権者は、いや国民は詐欺犯もどきの欠陥議員をつかまされっぱなしで、衆議院議員としての居直りを許していることになる。いまや滋賀4区の恥となった欠陥議員についての代物請求権の行使が認められなければならない。こんな人物と知っていればよもや有権者が投票したはずはない。この議席はだまし取られたものなのだ。自民党が選挙民の代物請求に誠実に向き合う方法は、武藤を説得して議員辞職をさせることだ。それができれば、選挙民は欠陥議員に代えた新たな議員を選任する機会をもつことになる。再びの欠陥議員選任のリスクは…、まあ少なかろう。
(2015年8月20日)
政治資金規正法の運用は厳正になされなければならない。なぜなら、それこそが政治の透明性を確保し、政治を市民の監視下におくことを通じて政治の腐敗を防止する主たる手段とされているからだ。政治資金収支報告書の作成に、厳格な正確性が求められることは当然である。
法の支配を政治の原理とする国家においては、行政府の長に厳格な法の遵守が求められる。日本にあっては、内閣総理大臣に厳正な法令遵守が求められる。とりわけ政治資金規正法にもとづく政治資金収支報告書の記載には、首相なるが故の厳格な記載の正確性が求められてとうぜんである。
首相の政治資金規正法の記載に16個所の虚偽記載が見つかった。明らかに、構成要件に該当する犯罪行為である。政治の透明性確保が、民主政治に死活的に重要であることと考える市民4人がこれを告発したが、東京地検は不起訴処分とした。
不起訴には納得しがたいとして、本日その4人が検察審査会に、起訴相当の議決を求めて審査申立をして受理された。
以下は、その申立書の全文である。
**************************************************************************
2015年8月19日
審 査 申 立 書
東京 検察審査会 御 中
被 疑 者 下記の両名
◇ ◇ ◇ 美
住 所 不詳
職 業 不詳(団体事務職員と思われる)
安 倍 晋 三
住 所 不詳(国会議員としての事務所所在地は、
〒100-8981東京都千代田区永田町2-2-1
衆議院第一議員会館1212号室)
職 業 国会議員(内閣総理大臣)
申 立 人 被疑者両名の告発人であった下記4名
醍 醐 聰
田 島 泰 彦
湯 山 哲 守
斎 藤 貴 男
申立人ら代理人
弁護士 澤 藤 統一郎
同 阪 口 徳 雄
同 神 原 元
同 藤 森 克 美
同 野 上 恭 道
同 山 本 政 明
同 茨 木 茂
同 中 川 素 充
添 付 資 料
疎明資料(すべて写) 下記各1通
1 処分通知書各申立人宛のもの各1通
2 晋和会2011(平成23)年分政治資金収支報告書 訂正以前のもの
3 同上訂正後のもの
4 晋和会2012(平成24)年分政治資金収支報告書 訂正以前のもの
5 同上訂正後のもの
6 「サンデー毎日」2014年7月27日号関連記事抜粋
委任状 4通
申 立 の 趣 旨
被疑者◇◇◇美及び同安倍晋三に下記各政治資金規正法違反の犯罪行為があって告発がなされたにもかかわらず、いずれの被疑者についても不起訴処分となったので、被疑者◇◇◇美については政治資金規正法第12条第1項・第25条第1項にもとづき、被疑者安倍晋三については政治資金規正法第25条第2項にもとづき、いずれも「起訴相当」もしくは「不起訴不当」の議決を求める。
申 立 の 理 由
第1 告発と不起訴処分の経過
1 申立人らは、2014年8月18日東京地方検察庁検察官に対し後記の各被疑事実について被疑者◇◇◇美及び同安倍晋三をいずれも政治資金規正法違反の罪名で告発したところ、同告発については2015年7月27日付で不起訴処分(平成27年検第23108号・23109号)とする旨の通知に接した。
同不起訴処分をした検察官は、東京地方検察庁廣田能英検事である。
2 前項の処分の当日午後2時過ぎに、廣田検事から申立人ら代理人の澤藤に処分内容を通知する電話があり、口頭で「不起訴の理由は、被疑者◇◇◇美については嫌疑不十分、被疑者安倍晋三については嫌疑なし」との説示があった。
なお、翌7月28日付朝日新聞朝刊(第37面)には、同じ内容の記事が掲載されている。
第2 被疑事実ならびに罪責
1 被疑者◇◇◇美は、2011(平成23)年当時から現在に至るまで政治資金規正法上の政治団体(資金管理団体)である「晋和会」(代表者 安倍晋三、主たる事務所の所在地 東京都千代田区永田町2?2?1 衆議院第一議員会館1212号室)の会計責任者として、同法第12条第1項に基づき同会の各年の政治資金収支報告書を作成して東京都選挙管理委員会を通じて総務大臣に提出すべき義務を負う者であるところ、2012年5月31日に「同会の2011(平成23)年分収支報告書」について、また2013年5月31日に「同会の2012(平成24)年分収支報告書」について、いずれも「寄附をした者の氏名、住所及び職業」欄の記載に後記「虚偽記載事項一覧」のとおりの各虚偽の記載をして、同虚偽記載のある報告書を東京都選挙管理委員会を通じて総務大臣宛に提出した。
被疑者◇◇◇美の以上の各行為は同法第25条第1項3号に該当し、同条1項によって5年以下の禁錮または100万円以下の罰金を法定刑とする罪に当たる。
2 被疑者安倍晋三は、資金管理団体「晋和会」の代表者として、同会の会計責任者の適正な選任と監督をなすべき注意義務を負う者であるところ、同会の会計責任者である被疑者◇◇◇美の前項の罪の成立に関して、同被疑者の選任及び監督について相当の注意を怠った。
被疑者安倍晋三の以上の行為は、政治資金規正法25条第2項に基づき、50万円以下の罰金を法定刑とする罪に当たる。
3 虚偽記載事項一覧
2011(平成23)年分 (2012年5月31日作成提出)
・寄付者小山好晴について職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
→正しくは「NHK職員」あるいは「団体職員」
・寄付者小山麻耶について職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
→正しくは「会社員」
・寄付者周士甫について職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
→正しくは「会社員」
・寄付者すぎやまこういちについて職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
→正しくは「作曲家」
・寄付者神浩人について職業欄の「医師」という表示が虚偽
→正しくは「法人役員」
・寄付者中川稔一について職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
→正しくは「団体役員」
・寄付者井上時男について職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
→正しくは「無職」
・寄付者吉永英男についての職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
→正しくは弁護士
2012(平成24)年分 (2013年5月31日提出)
・寄付者小山好晴について職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
→正しくは「NHK職員」あるいは「団体職員」
・寄付者小山麻耶について職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
→正しくは「会社員」
・寄付者周士甫について職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
→正しくは「会社員」
・寄付者すぎやまこういちについて職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
→正しくは「作曲家」
・寄付者中川稔一 について職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
→正しくは「団体役員」
・寄付者宇田川亮子について職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
→正しくは「会社員」
・寄付者神浩人について職業欄の「医師」という表示が虚偽
→正しくは「法人役員」
・寄付者井上時男について職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
→正しくは「無職」
4 本件虚偽記載発覚の経緯
本件の発覚は、NHKの職員(チーフプロデューサー)である小山好晴が有力政治家安倍晋三(現首相)の主宰する政治団体(資金管理団体)に政治献金をしていることを問題としたマスメディアの取材に端を発する。
「サンデー毎日」本年7月27日号が、「NHKプロデューサーが安倍首相に違法献金疑惑」との見出しを掲げて報道した。同報道における「NHKプロデューサー」とは小山好晴を指し、「NHK職員による安倍首相への献金の当否」を問題とするものであった。また、同報道は小山好晴の親族(金美齢)の被疑者安倍晋三への献金額が政治資金規正法上の量的制限の限度額を超えるため、事実と認定された場合は脱法行為となる「分散献金」を隠ぺいするために小山好晴からの名義借りがあったのではないかという疑惑を提示し、さらに、政治資金収支報告書上の寄付者小山好晴の「職業」欄の「会社役員」という表示について、これを虚偽記載と疑う立場から検証して問題とするものであった。
小山好晴が「NHK職員」であることは晋和会関係者の知悉するところである。政治資金規正法(12条第1項1号ロ)によって記載を義務付けられている「職業」欄の記載は、当然に「NHK職員」あるいは「団体職員」とすべきところを「会社役員」と記載したことは、被疑者安倍晋三に対するNHK関係者の献金があることをことさらに隠蔽する意図があったものと推察される。
「サンデー毎日」が上記記事の取材に際して小山好晴らに対して「会社役員」との表示は誤謬ではないかと問い質したことがあって、その直後の7月11日晋和会(届出者は被疑者◇◇)は小山好晴の「職業」欄の記載を、「会社役員」から「会社員」に訂正した。しかし、小山は「会社員」ではなく、訂正後の記載もなお虚偽記載にあたる。
晋和会(届出者は被疑者◇◇)は、7月11日に寄付者小山麻耶(小山好晴の妻・金美齢の子)についても、「会社役員」から「会社員」に訂正している。この両者について、原記載が虚偽であったことを自認したことになる。
さらに7月18日に至って、晋和会(届出者は被疑者◇◇)は、自ら、後記「虚偽記載一覧」に記載したその余の虚偽記載についても訂正届出をした。合計16か所に及ぶ虚偽記載があったことになる。
申立人(告発人)らにおいて虚偽記載を認識できるのは寄付者小山好晴についてのみで、その余の虚偽記載はすべて政治資金収支報告書の訂正によって知り得たものである。当然に、訂正に至らない虚偽記載も、訂正自体が虚偽である可能性も否定し得ないが、申立人らは確認の術を持たない。
5 本件各記載を「虚偽記載」と判断する理由
政治資金規正法第12条第1項・第25条第1項の虚偽記載罪の構成要件は、刑法総則の原則(刑法第38条第1項)に従って本来は故意犯と考えられるところ、政治資金規正法第27条第2項は「重大な過失により第25条第1項の罪を犯した者も、これを処罰するものとする」と規定して、重過失の場合をも含むものとしている。
その結果、「虚偽記載」とは行為者が「記載内容が真実ではないことを認識した場合の記載」だけでなく、「重大な過失により誤記であることを認識していなかった場合の記載」をも含むものである。
申立人らは、被疑者◇◇に、寄付者小山好晴の職業欄記載については、故意があったものと思料するが、構成要件該当性の判断において本件の他の虚偽記載と区別する実益に乏しい。
刑法上の重過失とは、注意義務違反の程度の著しいことを指し、「わずかな注意を払いさえすれば容易に結果回避が可能であった」ことを意味する。本件の場合には、「わずかな注意を払いさえすれば容易に誤記であることの認識が可能であった」ことである。
本件の「虚偽記載」16か所は、すべて被疑者◇◇において訂正を経た原記載である。小山好晴の職業についての虚偽記載を指摘されて直ちに再調査の結果、極めて容易に誤記であることの認識が可能であったことを意味している。すべてが、「わずかな注意を払いさえすれば容易に誤記であることの認識が可能であった」という意味で、注意義務違反の程度が著しいことが明らかである。
以上のとおり、被疑者◇◇の行為は、指摘の16か所の記載すべてについて、政治資金規正法上の虚偽記載罪の構成要件に該当するものと思料される。
なお、被疑者◇◇の犯罪成立は、虚偽記載と提出で完成し、その後の訂正が犯罪の成否に関わるものでないことは論ずるまでもない。
6 被疑者安倍晋三の罪責
政治資金規正法第25条第2項の政治団体の責任者の罪は、過失犯(重過失を要せず、軽過失で犯罪が成立する)であるところ、会計責任者の虚偽記載罪が成立した場合には、当然に過失の存在が推定されなければならない。資金管理団体を主宰する政治家が自らの政治資金の正確な収支報告書に責任をもつべきは当然だからである。
被疑者安倍において、当該会計責任者の虚偽記載を防止できなかったことを首肯せしめる特別の事情がない限り、会計責任者の犯罪成立があれば直ちにその選任監督の刑事責任も生じるものと考えるべきである。
とりわけ、被疑者安倍晋三は、被疑者◇◇が晋和会の2012(平成24)年分の政治資金収支報告書を提出した約半年前から内閣総理大臣として行政府のトップにあって、行政全般の法令遵守に責任をもつべき立場にある。自らが代表を務める資金管理団体の法令遵守についても厳格な態度を貫くべき責任を負わねばならない。
なお、被疑者安倍晋三が本審査申立に対する決議の結果、起訴に至って有罪となり刑が確定した場合には、政治資金規正法第28条第1項によって、その裁判確定の日から5年間公職選挙法に規定する選挙権及び被選挙権を失う。その結果、被疑者安倍晋三は公職選挙法99条の規定に基づき、衆議院議員としての地位を失う。
また、憲法第67条1項が「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する」としているところから、衆議院議員としての地位の喪失は、仮にその時点まで被疑者が安倍晋三が内閣総理大臣の地位にあった場合には、その地位を失うことを意味している。
そのような結果は、法が当然に想定するところである。いかなる立場の政治家であろうとも、厳正な法の執行を甘受せざるを得ない。本件審査申立における議決に、特別の政治的な配慮が絡むようなことがあってはならない。臆するところなく、厳正な議決を求める次第である。
第3 不起訴処分を不当とする理由
1 以上の次第で、被疑者◇◇についても、被疑者安倍についても、被疑事実の証明は添付の資料をもって十分である。
しかるに、東京地検検事はこの両者を不起訴処分とした。しかも、口頭(電話)での説示によれば、被疑者安倍晋三については、「嫌疑なし」とのことである。到底納得し得ず、検察審査会の市民感覚に期待して、「起訴相当」あるいは「不起訴不当」の決議を求めるものである。
2 なお、被疑者安倍の罪責とされているものは、被疑者◇◇の選任監督における過失である。これを嫌疑なしとして免責するためには、◇◇の虚偽記載について嫌疑なしと結論づけることが、論理の必然として要求される。
被疑者◇◇の嫌疑について、「なし」ではなく「不十分」であることは、嫌疑を払拭しえなかったということであり、その◇◇の選任監督の責任についても「なし」とすることは論理の破綻と指摘せざるを得ない。
3 本件は決して軽微な罪ではない
政治資金規正法は、政治資金の流れについて透明性を徹底することにより、政治資金の面からの国民の監視と批判を可能として、民主主義的政治過程の健全性を保持しようとするものである。
法の趣旨・目的や理念から見て、政治資金収支報告書の記載は、国民が政治の動向を資金面から把握し監視や批判を行う上において、この上なく貴重な基礎資料である。したがって、その作成が正確になさるべきは、民主政治に死活的な重要事項といわざるを得ない。それ故に、法は刑罰の制裁をもって、虚偽記載を禁止しているのである。
本件16か所の「虚偽記載」(故意または重過失による不実記載)は、法の理念や趣旨から到底看過し得ない。特に、現首相の政治団体の収支報告は、法に準拠して厳正になされねばならない。
被疑者らの本件行為については、主権者の立場から「政治資金規正法上の手続を軽んじること甚だしい」と叱責せざるを得ない。
4 申立人らは、我が国の民主政治の充実とさらなる発展を望む理性ある主権者の声を代表して本件告発に及んだ。しかし、行政機関としての検察庁(検察官)は、この主権者の声を適正に受け止め得ず、不起訴処分とした。
申立人らは、主権者を直接に代表する立場にある貴検察審査会の民主主義的良識に期待して、本申立に及ぶ。
以上
(2015年8月19日)
しんぶん赤旗のスポーツ欄に、「戦争とスポーツ」という連載コラムが掲載されている。本日は、小倉中学(旧制)を中心に、「中等野球」が敵性文化として攻撃され、戦時色に染め上げられた歴史を語っている。
1937年に内閣情報局が国民歌「愛国行進曲」を発表すると、翌38年の第24回全国中等学校野球大会では、選手と観客がこの曲を大合唱したという。
「見よ東海の空明けて」で始まるこの曲の1番はよく知られているが、あまり馴染みのない2番の歌詞が全文紹介されている。
起て
一系の大君を 光と永久に頂きて
臣民我等皆共に 御稜威に副はむ大使命
往け
八紘を宇となし 四海の人を導きて
正しき平和打ち立てむ
理想は花と咲き薫る
今、この歌詞の中で目に突き刺さってくるのが「平和」の2文字である。
戦争は、平和を冠して準備された。戦争は、平和を名分として国民を動員した。侵略戦争も「平和のための戦争」とカムフラージュされたのだ。まさしく、これこそが安倍流「積極的平和主義」ではないか。
八紘一宇の精神で大東亜共栄圏を築き、大君を戴く日本が四海の人を導こうという思い上がり。これを、「正しき平和」と言い、「理想は花と咲き薫る」とまで言った。顔から火が出るほど恥ずかしいこんな歌を、「臣民我等皆共に」球場で大合唱したというのだ。この年、国家総動員法が制定されている。ときあたかも日中戦争のさなかで太平洋戦争突入3年前のこと。そして、その太平洋戦争開戦の41年には、夏の甲子園大会も中止となっている。
戦争は、いろんな名目で準備され正当化される。必ず、何らかの美しい大義のスローガンをもつ。
「神の嘉したもう聖戦」、「平和を実現するための戦争」「自存自衛の戦争」「文明のための戦争」「天皇の御稜威を四海に及ぼす戦争」「満蒙という我が国の生命線を防衛するための戦争」「石油資源流入封鎖を打破して国民生活を安定させるための開戦」「暴支膺懲」「鬼畜米英撃滅」…。いずれも、その時代ではもっともらしい戦争正当化の理由になり得たのだろう。
1937年の「正しき平和打ち立てむ 理想は花と咲き薫る」の歌詞が、安倍晋三が今口にする「積極的平和主義」と重なる。「軍事力による平和」、「抑止力に基づく平和」との欺瞞に溢れた「思想」を徹底して批判することが、歴史の教訓を活かすことでなければならない。
(2015年8月18日)