澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

女性閣僚らの存在意義を問う

第二次安倍改造内閣の方針の目玉は、「地方創生」と「女性の登用」だそうである。その両者とも、これまでの政権のなきどころだったということだ。いずれも全国的な成果を上げるには大変な事業だが、閣僚の女性登用だけは手軽に形を作ることができる。

こうして、高市早苗(総務大臣)、松島みどり(法務大臣)、小渕優子(経済産業大臣・原子力経済被害担当等)、山谷えり子(国家公安委員会委員長・拉致問題担当等)、有村治子(女性活躍担当・消費者及び食品安全・規制改革等)が閣僚となった。これに、自民党政調会長の稲田朋美を加えて、6人の女性政治家が「アベトモ」として光の当たる場所に据えられた。「女性閣僚5名は過去最多」「内閣も自ら女性活用へ」などはしゃぐマスメディアもあって、内閣支持率のアップに寄与しているらしい。

それだけでなく、市民団体の中でも、「安倍さん、よいこともやるじゃない」という評価もあると聞く。私には理解しがたい。この顔ぶれで本当に「よいこと」なのだろうか。

女性が政治のリーダーシップをとることは歓迎すべきことである。一般論ではあるが、男性と比較して女性の方が平和志向的といえよう。「母性」が象徴するように、生命やいとけなきものに対する思いやりが強い。か弱きものへの目線が暖かく、人権志向的であるとも言える。だから、女性のリーダーシップ歓迎は、実は平和や人権を歓迎してのことである。

NHKの朝ドラ「花子とアン」の終盤、柳原白蓮のラジオ放送でのスピーチが話題となったという。白蓮の実像についても、そのスピーチの内容がどこまで史実であるも、私は知らない。しかし、ドラマにおけるスピーチとして紹介されているその内容には、頷けるものがあり胸を打つものがある。川柳子が「NHK 朝ドラだけは 平和主義」としているのは、あながち揶揄だけではない。

「私が今日ここでお話したいのは平和の尊さでございます。先の戦争で私は最愛の息子純平(史実では香織)を失いました。私にとって息子は何ものにも代え難い存在でございました。『お母様は僕がお守りします』。幼い頃より息子はそう言って母である私をいつも守ってくれました。本当に心の優しい子でした。子を失うことは心臓をもぎ取られるよりもつらいことなのだと私は身をもって知りました。

 もしも女ばかりに政治を任されたならば戦争は決してしないでしょう。かわいい息子を殺しに出す母親が一人だってありましょうか。もう二度とこのような悲痛な思いをする母親を生み出してはなりません。もう二度と最愛の子を奪わせてはならないのです。戦争は人類を最大の不幸に導く唯一の現実です。最愛の子を亡くされたお母様方、あなた方は独りではありません。同じ悲しみを抱く母が全国には大勢あります。私たちはその悲しみをもって平和な国を造らねばならないと思うのです。私は命が続く限り平和を訴え続けてまいります」

「もしも女ばかりに政治を任されたならば戦争は決してしないでしょう。かわいい息子を殺しに出す母親が一人だってありましょうか」というこのスピーチに賛同して、「女性政治家よ出でよ」「もっともっと女性を議員に、閣僚に」と、叫びたいのだ。

しかし、女性ならみんながみんな平和志向で人権志向だというわけではない。中にはひどいのも少なくない。6人くらいなら、ひどいのばかり集めることは容易なこと。

評価されるべき女性政治家の要諦として、まずは、国民の命を大切にする立場から戦争には絶対反対であるか、が問われなければならない。ついで、女性の地位や人権、社会進出のために尽力する姿勢を吟味すべきである。具体的にはいくつかの試金石がある。

先の我が国の戦争を侵略戦争とする歴史認識に立脚しているか
「従軍慰安婦」を許容した戦争を真摯に反省する立場であるか
近隣諸国との友好平和関係樹立のために邁進しているか
集団的自衛権行使容認に反対であるか
原水爆廃絶に本気で取り組んでいるか
原発の再稼働に反対し脱原発を貫いているか
選択的夫婦別姓の早期実現に熱意をもっているか
男女共同参画推進に実績を持っているか
生殖に関する女性の自己決定権を擁護する立場か
男女の役割分担固定化に反対の立場を明確にしているか
女性の労働条件の向上に尽力しているか
日本会議や靖国派の議連に参加していないか

6名すべてが、間違いなくアウトだ。女性でありさえすれば閣僚登用歓迎などとは言っておられない。稲田朋美に至っては、予算委員会の質問で安倍晋三と一緒になって河野談話を攻撃し、安倍に「日本が国ぐるみで性奴隷にした、いわれなき中傷が世界で行われている」とまで言わせている。

このような6人組では、「もしも女ばかりに政治を任されたならば戦争は決してしないでしょう」「かわいい娘を、戦争の最も悲惨な犠牲者である『従軍慰安婦』にさし出す母親が一人だってありましょうか」「すべての悲惨の原因である戦争を再び繰り返してはなりません」とはならない。

「従軍慰安婦」について、狭義の強制性の有無だけを問題にして、あらゆる人に悲惨な犠牲を強いる戦争の根源的な罪悪性を問題にしようとしない女性政治家たち。戦争を根絶しようとする意見に与しようとしない女性閣僚たち。

今、安倍内閣では光当たる立場にあるこの女性政治家たちは、実は女性の味方でもなく、国民の味方でもない。こんな政治家登用に、「安倍さん、よいこともやるじゃない」などと、けっして言ってはならない。
(2014年10月14日)

「法廷で裁かれる日本の戦争責任」を薦める

「法廷で裁かれる日本の戦争責任ー日本とアジア・和解と恒久平和のために」(高文研)を読んでいる。600ページを超す浩瀚な書。日本の戦争責任を追及する訴訟に携わった弁護士が執筆した50本の論文集である。とても全部は読み通せない。結局は拾い読みだが、どれを読んでも、熱意に溢れ、しかも事件と書き手の個性が多彩でおもしろい。

各論文は、宇都宮軍縮研究室発行の月刊「軍縮問題資料」の2006年から2010年まで連載特集「法廷で裁かれる日本の戦争責任」として掲載されたものを主としている。これに加筆し、書き下ろしの論文を加えて、沖縄出身の端慶山茂君が責任編集をしたもの。同君は私と修習が同期、親しい間柄。

日本国憲法は歴史認識の所産と言ってよい。憲法自身が、前文において「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、この憲法を確定する」と言っている。明治維新以来の国策となった富国強兵の行き着くところが侵略戦争と植民地主義であり、その破綻であった。その歴史への真摯な反省が、国民主権・平和・人権の理念に貫かれた憲法を創出した。また、侵略と植民地支配への反省こそが、大戦後の国際社会への日本の復帰の条件でもあった。ところが、今政権は、「戦後レジームから脱却」し「日本を取り戻す」と呼号している。日本の責任と反省を忘れ去ろうとしているごとくである。その今、日本の戦争責任を確認することには大きな意義がある。

「法廷で裁かれる日本の戦争責任」は、政治的・道義的な戦争責任ではなく、法的責任を追及しこれを明確にしようとする提訴の試みの集成である。15年戦争と植民地支配における「戦争の惨禍」の直接の被害者が、侵害された人間性の回復を求めて、日本国を被告として日本の裁判所に提訴したもの。

そのような戦争被害者が日本の戦争責任を追及した訴訟の数は多い。本書の巻末に、「戦争・戦後補償裁判一覧表」が90件を特定している。この表には日本人のみを原告とした訴訟の掲載は省かれている。原爆、空襲、沖縄地上戦やシベリア抑留の被害など、本書では10本の論文に紙幅か割かれている「日本人の戦争被害」の各訴訟を加えれば、優に100件を超すことになる。

本書は、そのすべてを網羅するものではなく、50本の論文が必ずしも1件の訴訟の紹介という体裁でもない。どの論文も独立した読み物となっており、どこからでも読むことができる。全体を「従軍慰安婦」「強制連行」「日本軍による住民虐殺、空爆、細菌・遺棄兵器」「韓国・朝鮮人BC級訴訟」「日本人の戦争被害」などに分類されている。各訴訟が、それぞれに創意と工夫を凝らしての懸命の法廷であったことが良く分かる。困難な訴訟に果敢に取り組んだ弁護士たちの熱意に頭が下がる。本書は日本の弁護士の良心の証でもある。このような献身的な働きが、各国の民衆間の信頼を形作り、平和の基礎を築くことになるだろう。今政権は、「戦後レジームから脱却」し「日本を取り戻す」と呼号して、日本の責任と反省を忘れ去ろうとしている。本書は、その禍根の歴史を忘れてはならないとする警告の書として読まれなければならない。

なお、本書の発刊が本年3月であるが、その後半年を経て、思いがけなくも本書は新たな発刊の意義を見出す事態となった。朝日新聞の吉田清次証言記事取り消しと、これに勢いづいた右翼メディアや靖国派政治家の、朝日や河野談話への執拗な攻撃である。あたかも「日本軍慰安婦」の存在そのものがなかったかのごとき言論が横行している。本書は、この無責任言論への有力な反論の武器となっている。悲惨な性奴隷としての実態のみならず、軍の関与も強制性も判決が事実認定しているのだ。時効・除斥期間、国家無答責、国家間の請求権放棄合意等々の厚い壁に阻まれて、勝訴には至らなくても、証拠に基づく裁判所の認定事実には重みがある。

1993年8月の「河野談話」の末行は次のとおりに結ばれている。
「なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。」
「慰安婦」問題について本邦において提起された訴訟とは、1991年から93年にかけて提訴された「アジア太平洋戦争 韓国人犠牲者補償請求訴訟」「在日・宋神道訴訟」「関釜朝鮮人『従軍慰安婦』謝罪訴訟」の3件である。被害者らの勇気ある名乗り出と提訴が、河野談話を引き出したのだ。そして、韓国・朝鮮人「慰安婦」提訴の後には、中国・台湾・フィリピン・オランダ人などの訴えが続いた。訴訟が明らかにしたこと、訴訟が世に訴えたことは大きい。

本書の「まえがき」のタイトルが、「和解と恒久平和のために」となっている。そして、まえがきを要約した袴の惹句が、次のとおりである。

「日本の裁判所が日本の戦争責任について審理している裁判例50件を、主に訴訟担当弁護士が解説。戦争の惨禍の加害と被害の実相を明らかにし、日本とアジア諸国とのゆるぎない和解を成立させ、恒久平和実現への願いを込める!」

本書は、禍根の戦争の歴史を忘れてはならないとする警告の書である。来年は戦後70年となるが、情勢はますます、本書の警告を必要としている。図書館などに備えていただき、多くの人に目を通していただきたいと思う。
(2014年10月13日)

PL学園硬式野球部の再生に期待する

「昔軍隊、今体育部」と言われる。相当に当たっているのではないか。
かつて国民皆兵時代の国民教育においては、学校だけではなく軍隊も重要な役割を担った。徹底した上命下服の規律をたたき込むには、軍隊以上に適切な場はない。とりわけ、軍人勅諭・戦陣訓で律せられた旧日本軍の「精神注入性」はすさまじかった。組織の論理だけが横行し、兵の人間性は徹底して排除された。「敵」の人権だけではなく、軍内の人権も否定された。かくして、自分ではものを考えず、ひたすら上級の指示に従う国民精神が涵養された。

この精神構造は、富国強兵に邁進する天皇制国家が臣民に押しつけたものであったが、民間企業の組織運営にも好都合であった。兵と同様に、組織に従順な労働者は資本の望むところでもあった。

その旧軍隊の役割の悪しき伝統を今学校の体育系が承継している。体育・スポーツは人間性の開花を目指してのものではなく、ナショナリズムの高揚に利用され、忠誠心や従順の精神涵養に裨益するものとなった。そのために体育部・体育系の就職希望者は企業が歓迎するところとされている。企業の視点からは、学校スポーツにおいて「思想の善導」がなされていると映るのだ。

そのような学校スポーツの巨大な山塊の頂点に甲子園がある。世人の関心を呼び、もてはやされているだけに、高校硬式野球は学校スポーツの負の部分を色濃く体現している。とりわけ、「甲子園常連の名門校」に問題は大きい。

私の母校は、そのような「名門中の名門校」である。もっとも、私が在校していた当時には、甲子園出場はまだ「届かぬ悲願の夢」で、不祥事もなかった。その後、甲子園の常連校となり多くのプロ選手を輩出するようになって以来、野球部の不祥事が聞こえてくるようになった。野球部だけの寮生活における上級生の下級生に対するイジメや暴力が主たるもので、旧軍隊の初年兵イジメや私的制裁と変わらない。

問題が明るみに出るたびに、「真摯な反省がなされ」「新たな体制で再出発」と聞かされ指導者も交替した。しかし、不祥事は繰り返された。

最近の不祥事の発覚は昨年(2013年)2月のこと。部内暴力事件があって、高野連から6か月の対外試合禁止の処分を受けた。必然的に昨夏の甲子園大会の予選にも出場できなくなり、監督は辞任した。

対外試合禁止の処分が解けて、野球部は秋季近畿地区高等学校野球大会大阪府予選に出場した。興味深いのは、監督不在のままでの出場であったこと。不思議なことだが、高野連のルールではベンチに入る監督が必要とのことで、校長が監督を引き受けてユニホームを着てベンチに入った。この校長は、私の後輩でよく知った人。校長にふさわしい温厚な人格者だが、およそ野球とは無縁な人。技術指導も試合の采配もできない。部員は、指導者なしで練習を重ね、自分たちでレギュラーを選抜し、試合では選手が作戦を決めた。スクイズもヒットエンドランも、サインは選手自身が出しているという。

このチームがウソのように強い。勝ち上がって決勝戦まで進んで、履正社高校に3対4で敗れた。堂々の大阪第2位である。ベンチでにこやかにしている以外何もしない校長先生は、「好調先生」と呼ばれた。

私は、なんと素敵なチームができたものかと喜んだ。優勝はできなくても、すばらしいことになってきた。校長の監督兼任で不祥事はなくなるだろう。しかも、選手たちの自主性の尊重はきわめて優れた教育ではないか。「監督なしの名門校」という新たな神話が築けるのではないか。

今年(2014年)の夏も甲子園まであと一歩。大阪大会での準優勝だった。今度は、大阪桐蔭に決勝戦で敗れた。負けても、すがすがしい自主野球として話題を集めた。そして、今秋の近畿大会予選。履正社には勝ったが、決勝で再び大阪桐蔭に敗れた。それでも、レベルの高い大阪の準優勝である。胸を張って良い。10月18日始まる近畿大会に出場する。来春の選抜大会出場の可能性は高い。

その折も折、昨日ふと目にしたスポーツ紙の一面トップで思いがけないニュースに接した。母校の野球部は、来年(2015年)度の「硬式野球部新規部員の受け入れを停止する」というのである。スポーツ紙だけでなく、朝日も毎日も続報を出した。これは、大ニュースなのだ。

10月9日付で学校法人の理事長と校長が連名で発送した保護者宛ての説明書では、「監督適任者が見つからず」「このまま新たに新規部員を受け入れることは、本校の教育責任を十分に果たすことができず、学園の教育指針に反すると判断いたしました」とある。

メディアは先走って「廃部の危機」と報じている。せっかく、監督なしでの再出発ができたと喜んでいた矢先の「危機」である。OBの一人として、残念でならない。

ところで、私の母校は軟式野球部も強い。たびたび大阪大会で優勝し、全国大会の優勝経験もある。その軟式野球部には一切の特別扱いはないと聞いている。硬式野球部も軟式と同様で良いではないか。

リトルリーグの優秀選手を集める必要はさらさらない。特待生の制度も、野球部員の寮を設けることも、特別のカリキュラムを組む必要もない。入学試験における野球部員特別枠の設定も不要だ。そして、監督だってなくても差し支えないではないか。そのために強豪の名が廃れて、甲子園が遠くなっても、それはそれでもよい。大切なのは教育としての部活動の充実であるはずなのだから。

そういう新たなコンセプトを明確にし、入学したものの中から、新部員をリクルートすれば良いだけのことではないか。部員の一人一人を教育対象の生徒として大切にし、イジメも暴力もない、人権の擁護に徹した自主的な部活動こそが求められている。それこそが、教育としてのスポーツ。これまでスローガンとして来た「球道即人道」であろう。

「昔、軍隊」になぞらえられる不祥事続きの野球部から脱皮して、出直した新生硬式野球部に、OBの一人として惜しみない声援を送りたい。

私の母校は、大阪のPL学園という。
(2014年10月12日)

今年のノーベル平和賞に納得。そして来年は憲法9条に。

今年のノーベル平和賞は、女子教育の権利確立を唱える17歳のマララ・ユスザイフさんと、児童労働から子供を守る活動を続けてきたカイラシュ・サティヤルさんのお二人に決まった。「すべての子を労働から解放」し、「すべての子に教育を」という呼びかけに世界が共鳴したのだ。インドとパキスタン、国境を接して軍事衝突を繰り返す両国の平和活動家への同時授賞も心憎い。これなら、平和賞の名に恥じないと言えるだろう。

だがこの二人の願いが未だに切実なものである世界の現実を傷ましいものと考え込まざるを得ない。貧困と偏見が、子供を、とりわけ女児を教育から遠ざけている。教育こそが貧困と偏見を一掃する切り札なのだが、その教育の普及を貧困と偏見が妨げている。この悪循環克服が、平和のための世界の共通課題であることを今年の平和賞がアピールした。メッセージ性の強い、意義ある授賞との印象が深い。

「一人の教師、一冊の本、一本のペンが世界を変えうる」ことは、象徴的な比喩としては真実であっても、現実には「無数の学校、無数の教師、無数の教材、膨大な予算」が必要である。共同体としての人類の課題として、これを成し遂げなければならない。世界の平和と安定のためには、武器や原発の輸出は役立たない。教育条件の整備こそが喫緊の課題なのだ。

もっとも、教育に関してわれわれは別の次元での問題も抱えている。教育の機会均等の形骸化と教育に対する国家統制である。

国民間の経済格差の固定化は、教育における機会均等の喪失度に相関する。戦後と言われた時代の我が国には、経済格差に依存しない教育の機会均等があったように思う。国立大学の授業料は安かった。授業料免除の制度も利用できた。だから私も、私の二人の弟も大学教育を受けることができた。

本日の朝日のオピニオン欄「戦後70年へ」で、日本の近現代史研究者であるアンドルー・ゴードンさん(ハーバード大)が興味ある指摘をしている。
「60年代の統計ですが、国立大学入学者に占める最も貧しい所得層の学生の比率は、全人口に占めるこの最低所得層の比率とまったく変わらなかった。高等教育へのアクセスが、完全な平等に近い状況だったのです。公立学校の評価がまだ高かった時代です。どんな家庭の子にも道は開かれている。努力さえすれば、良い学校に入り、良い会社に就職ができると信じることができたのです」
―そういう信仰は、もはやないですね。
「いい学校に行くには塾に行かせねばなりません。親が裕福な方が有利です。所得格差が教育格差につながっています」

所得格差が教育格差につながり、教育格差が生涯賃金格差の再生産につながる。格差固定化の社会。不満と不安と絶望とが充満した社会をもたらすことになる。

国家による教育への介入の排除は永遠の課題である。この点の到達度は民主々義成熟度のバロメータでもある。教育の場において、ナショナリズムと排外主義をどう克服すべきか。これは優れて平和の課題でもある。

今年のノーベル平和賞は、世界の人々に、教育を見つめ考え語る機会を提供した。あるべき教育を通じての平和の達成を意図しての試みとして成功したと評価しえよう。

来年は「憲法9条」の受賞で、憲法による平和を世界の話題としよう。そして、非武装中立の思想と運動を世界に普及するチャンスとしよう。

それにつけても思う。マララさんはタリバン襲撃の危険をかえりみず意見の表明を貫いた。襲撃を受けて瀕死の重傷を負ってなお怯まなかった。その勇気ある姿勢に世界が感動し、賞賛した。考えようによっては、マララさんを襲撃したタリバンが、今回の授賞に一役買ったのだ。

日本国憲法9条も、今安倍政権からの不当な攻撃を受けて大きな傷を負っている。これに負けない国民運動をもって世界を感動させたいものと思う。そして、来年の今頃には、「考えようによっては、9条を攻撃した安倍晋三が、今回の9条の平和賞受賞に一役買ったのだ」と言ってみたい。
(2014年10月11日)

「怒りの人」のノーベル物理学賞受賞を祝する

子供の頃、オリンピックで日本人がメダルを取ると我がことのごとくに嬉しかった。古橋広之進、橋爪四郎、石井庄八などは、まさしく英雄だった。ノーベル賞も同じ。湯川秀樹を日本の誇りと思った。敗戦の傷跡深かった時代の幼い心情。国民的なコンプレックスの投影であったのだろう。やがて国は傷跡を癒やし、私も長ずるに及んで、ナショナリズムの呪縛とは完全に縁が切れた。

国際競技において、選手が国家を背負って競技をすることを不自然とし、国別メダル争いを愚の骨頂と思うようになった。ノーベル賞についても同じ。日本人の受賞を喜ぶなどという気持ちの持ち合わせはなくなった。「あなたも日本人ならご一緒に、日本人の受賞を喜びましょう」という同調圧力がこの上なく不愉快。

科学の発達が人間を幸福にするなんてウソだと思いこんでもいる。原水爆や原発、数々の大量破壊兵器や人間監視システムを作り出した科学者を尊敬する気持ちはさらさらない。本多勝一さんの、ノーベル賞を唾棄すべきものとする意見に喝采を送って来た。だから、どこの誰がノーベル賞を取るかなど、例年は何の関心も持たない。

ところが今年だけは別だ。もしかしたら、「憲法九条にノーベル平和賞を」実行委員会が推薦した「九条を保持してきた日本国民」が受賞するかも知れないとの下馬評の故にである。申請団体ではない「九条の会」の事務局も、受賞した場合と受賞を逸した場合の二通りのコメントを用意したと聞いた。

東京新聞の報道では、集団的自衛権の行使を容認した安倍政権の憲法解釈変更が平和への脅威をもたらしているからこそ「九条」の受賞が有力なのだという。「平和賞が(戦争を抑止し、平和を希求するという)賞創設の原点に立ち返るには好機」(国際平和研究所(オスロ))だからなのだそうだ。つまりは、安倍政権の戦争志向の危険な動きを抑止するための受賞ということで、同研究所が憲法九条を最有力の平和賞候補としたのは、ひとえに安倍晋三のおかげなのだ。

「九条にノーベル賞」は、「富士に月見草ほど」は似合わない。それでも、世界に話題になるだろう。多くの人が、「日本に九条あり」と知ってくれるだろう。一国の実定憲法に非武装・平和の条文があり、これを支える思想があり、非武装による平和を守ろうとする国民的運動が存在し続けていることを知ってもらえる。まさしく、原発ではなく武器でもなく、九条の平和の理念を世界に広める好機となるのではないか。

しかし、残念ながら、本日九条は受賞を逃した。代わって、2014年のノーベル平和賞を受賞したのは、パキスタンで女子教育の権利を求め続けているマララ・ユスフザイさんと、児童労働問題に取り組むインドの非政府組織(NGO)代表のカイラシュ・サトヤルティさんの2人となった。お二人の受賞に祝意を送りたい。

ところで、今年のノーベル賞にまつわる話題で、最も興味深かったのは、物理学賞を受賞した中村修二さんの次の言葉。

「In my cace,my motivation is always anger.(私の行動の原動力は常に“怒り”です)」

毎日の報道では、「中村氏は大学構内での会見で、研究の原動力について『アンガー(怒り)だ。今も時々怒り、それがやる気になっている』と力を込めた。青色LED開発後、当時勤めていた日亜化学工業(徳島県阿南市)と特許を巡り訴訟に至った経緯に触れながら、怒りを前向きなエネルギー源に転換してきたと強調した。中村氏は、自分の発明特許を会社が独占し、技術者の自分には『ボーナス程度』しか支払われず、対立したと改めて説明。退職後も日亜化学から企業秘密漏えいの疑いで提訴されたことが『さらに怒りを募らせた』と明かした。『怒りがなければ、今日の私はなかった』と冗談交じりに語り、『アンガー』という言葉を手ぶりを入れながら何度も繰り返した」とのこと。

読売では、「社内で『無駄飯食い』と批判されていた」「会社の上司たちが私を見るたびに、『まだ辞めてないのか』、と聞いてきた。『私は怒りに震えた』。このような研究に冷ややかな周囲の目や元勤務先との訴訟への怒りが、開発への情熱につながった」という。

予定調和的なコメントがお約束となっている「晴れの場の記者会見」の席上で、歯に衣着せぬ言葉が実にすがすがしい。そうだ。そのとおり、「怒り」は行動の原動力だ。自分のこととして良く分かる。

「同じ日本人」としてなどではなく、「同じく怒れる人」として、中村さんの受賞を喜びたい。
(2014年10月10日)

この度は、産経の側に立つ

私は産経新聞が嫌いだ。ときに率直に産経の記者に「ジャーナリズムとして認めない」などと真情を吐露して物議を醸す。その上司から「ウチの記者をいじめるのか」と抗議を受けたりもする。日の丸でコメントを求められて、即座に断ったこともある。その際には、理由を聞かれて「産経を信頼していない。正確に私のコメントを掲載してくれるとは思えない」と答えたが、産経紙上に自分の名が載ることを恥ずべきこととする感情を拭えない。

私は韓国が好きだ。ソウルに行ってみて、その空気を好もしいと思った。もともと、軍事政権から民主化を成し遂げた韓国の民衆の運動には敬意をもっているし、現政権の姿勢も安倍内閣よりはずっとマシだと思っている。

昨日(10月8日)、私の好きな韓国の検察が、私の嫌いな産経の記事をとがめた。「弾圧した」と言ってもよい。その記事の内容が不都合として、産経の前ソウル支局長を起訴したのである。起訴の罪名は、耳になじみのない「情報通信網法違反」だという。これだけでは良く分からないが、「根拠もなく女性大統領に不適切な男女関係があるかのように報じて名誉を傷つけた」ことが処罰に値するというのだ。日本に当てはめれば、天皇か首相の名誉を毀損する記事の掲載を犯罪として訴追したことに相当する。

本日の産経社説が、「前支局長起訴 一言でいえば異様である 言論自由の原点を忘れるな」と表題して、大意次のように述べている。

「言論の自由を憲法で保障している民主主義国家としては極めて異例、異様な措置であり、到底、これを受け入れることはできない。
 日本と韓国の間には歴史問題などの難題が山積し、決して良好な関係にあるとは言い難い。それでも、自由と民主主義、法の支配といった普遍的価値観を共有する東アジアの盟友であることに変わりはない。報道、言論の自由は、民主主義の根幹をなすものだ。政権に不都合な報道に対して公権力の行使で対処するのは、まるで独裁国家のやり口のようではないか。
 問題とされた記事は8月3日、産経新聞のニュースサイトに掲載されたコラムで、大型旅客船「セウォル号」の沈没事故当日に朴大統領の所在が明確でなかったことの顛末について、地元紙の記事や議事録に残る国会でのやりとりなどを紹介し、これに論評を加えたものである。
 韓国『情報通信網法』では、『人を誹謗する目的で、情報通信網を通じ、公然と虚偽の事実を開示し、他人の名誉を毀損した者』に対して7年以下の懲役などの罰を規定している。だが、名誉毀損については同国の刑法でも『公共の利益に関するときは罰せられない』と定めている。大統領は、有権者の選挙による公人中の公人であるはずだ。重大事故があった際の国のトップの行動について、国内の有力紙はどう報じたか。どのようなことが国内で語られていたか。これを紹介して論じることが、どうして公益とは無縁といえるのだろう。
 記事中にある風評の真実性も問題視されているが、あくまでこれは『真偽不明のウワサ』と断った上で伝えたものであり、真実と断じて報じたものではない。そうした風評が流れる背景について論じたものである。
 前支局長の起訴処分は、撤回すべきだ。」

私が産経を嫌いという理由の主たるものは、紙面に体制や権力への批判や抵抗の姿勢がないことである。権力に迎合し体制とつるんで恥としないその体質への嫌悪感からだ。本件では、産経は日本の権力を批判したのではなく、韓国の権力を批判して、韓国の権力から叩かれた。こうして、私の好きな韓国が、私の嫌いな産経を叩く図式が現出した。

私は好悪の感情に流されず、理性が命じるところに従う。言論の自由に関して、けっしてダブルスタンダードを使い分けるようなことがあってはならない。大切な原則をおろそかにすれば、失うものがあまりに大きなものとなる。

結論論として、こう言わねばならない。
「私はあなたの普段の姿勢には嫌悪を感じている。今回のあなたの記事も立派なものとは思わない。しかし、あなたがこのことを記事にする権利は断固として支持する。いかなる国のいかなる形のものであれ、あなたの言論を封じる権力の弾圧には徹底して反対する。あらゆる国のあらゆるジャーナリズムが、萎縮することなく多様な言論を表現する権利を保障されなければならず、それを通じて各国国民の知る権利が全うされなければならないのだから」
(2014年10月9日)

「憲法は閣議ひとつで変えられる だから7月1日は壊憲記念日」

本日は、日弁連主催の「閣議決定撤回!憲法違反の集団的自衛権行使に反対する10・8日比谷野音大集会&パレード」。日比谷野音が人で埋まった盛況に見えたが、「参加者は3000人を超えた」という発表だった。

民主・共産・社民・生活の各党から合計16名の国会議員の参加を得て、午後6時に開会。村越進日弁連会長の開会挨拶は、なかなか聞かせる内容だった。その要旨は以下のとおり。

「日弁連は、政治団体でも社会運動団体でもありません。当然のこととして、会員の思想信条はまちまちであり、立場の違いもあります。強制加入団体である日弁連が、集団的自衛権行使容認反対の運動をすべきではないと批判の声もあります。

しかし、私たちの使命は人権の擁護にあります。人権の擁護に徹するとすれば、憲法を擁護し、憲法が定める平和主義を擁護する立場に立たざるを得ません。戦争こそが最大の人権侵害であり、人権は平和の中でしか花開くことができないからです。従って、憲法の前文と9条に描かれた恒久平和主義を擁護することは弁護士会の責務であります。

また、集団的自衛権行使を容認した7月1日閣議決定が、立憲主義に反することは明らかで、日弁連はこの点からも、閣議決定の撤回を求めています。

今こそ、多くの人々が人権と平和と民主々義のために力を合わせるべきときです。閣議決定の撤回を求めるとともに、関連諸法の成立を許さぬよう、ご一緒にがんばりましょう」

また、山岸良太・憲法問題対策本部長代行から、日弁連だけでなく全国の52単位会の全部が集団的自衛権行使容認に反対する声明や意見を出していると報告された。また、7月1日閣議決定は、憲法の平和主義に反し立憲主義に反し、ひいては国民主権に反すると説明された。

次いで、6名の発言者によるリレートークが本日のメイン。
出色だったのは、やはり上野千鶴子さん。正確には再現できないが、大意は以下のとおり。
「集団的自衛権を行使する、とは日本がアメリカの戦争の共犯者となること。そのようなことを憲法は許していないはず。にもかかわらず、閣議決定は時の政府の一存でその容認に踏み切った。
   憲法は閣議ひとつで変えられる だから7月1日は壊憲記念日
本来、法は時々の政治の要求で踏みにじられてはならない。今、法律家には、失われた法に対する信頼を取り戻すべき責任がある。

若い頃大人に対して『こんな世の中に誰がした』と詰め寄った憶えがある。私たちは、今の若者から同じように詰め寄られてなんと返答できるだろうか。戦後のはずの今を、戦前にしてはならない」

青井未帆学習院大学教授の発言も危機感にあふれたものだった。
「2014年は、あとから振り返って、戦後平和主義の転換点とされる年になるかも知れない。過去に目を閉ざしてはならない。戦争体験を学び次代に伝え、平和の尊さを伝える努力をしていかねばならない。
政治は憲法に従わなくてはならず、超えてはならない矩がある。明治憲法は、権力の統制に失敗したが、日本国憲法はこれまではそれなりに真摯に取り扱われてきた。ところが今、憲法はなきに等しくなってはいまいか、あるいはきわめて軽んじられてしまってはいないか。憲法の最高法規制を見失えば、特定秘密保護法・日本版NSC設置法・集団的自衛権行使容認などの深刻な事態となる」

宮?礼壹・元内閣法制局長官も、中野晃一上智大学教授の発言も、耳を傾けるに値する内容だった。

閉会の挨拶で、?中正彦東京弁護士会会長が、「法律家の常識として、どのように考えても集団的自衛権を容認する憲法解釈は出てくる余地はない」と締めくくった。

会場に各単位会の旗が林立した。自由法曹団や日民協の旗も建てられた。弁護士会はなかなかに立派なものだ。いや、日弁連は現行憲法の理念に忠実という意味において、きわめて保守的な姿勢を貫いているに過ぎない。法律家の宿命というべきであろう。この保守的姿勢が、いま、右翼政権からは邪魔なリベラル派に映るというだけのことなのだろうと思う。
(2014年10月8日)

朝日バッシングに悪乗りした石原慎太郎の暴論

朝日バッシングの動きは、傍観しておられない。バッシングされているのは、「朝日」が象徴する戦後民主々義だからである。
朝日が戦後民主々義の正統な継承者であるかの議論は措く。虚像にもせよ攻撃する側の認識においては、「朝日=唾棄すべき戦後民主々義」なのだ。朝日叩きを通じて、「戦後」と「民主々義」とが叩かれている。叩かれっぱなしとするわけにはいかない。

時代の空気が、安倍のいう「戦後レジームからの脱却」や「(戦後レジーム以前の)日本を取り戻す」に染まりつつある。むしろ、そのような時代の空気が安倍を押し上げたのだろう。

朝日へのバッシングにおいて、戦前から断絶したはずの戦後が意識的に否定されている。具体的に攻撃されているものは、朝日が体現する歴史認識であり、その歴史認識が結実した日本国憲法であり、平和・民主々義・人権という理念にほかならない。だから、「従軍慰安婦問題」がメインテーマとなっているのだ。テーマだけではなく、その主張の乱暴さに驚かざるをえない。とうてい、放置してはおられない。

本日の朝日社会面の「メディアタイムズ」が、朝日バッシングのすさまじさをよく伝えている。
「慰安婦報道にかかわった元朝日新聞記者が勤める大学へ脅迫文が届き、警察が捜査を進めている。インターネット上では、元記者の実名を挙げ、「国賊」「反日」などと憎悪をあおる言葉で個人攻撃が繰り返され、その矛先は家族にも向かう。暴力で言論を封じることは許せないと市民の動きが始まった。」

標的とされた北星学園大学(札幌)は、「9月30日、学生と保護者に向けた説明文書の中で初めて、U氏の退職を求める悪質な脅迫状が5月と7月に届き、北海道警に被害届を出したことを明らかにした。3月以降、電話やメール、ファクス、手紙が大学や教職員あてに数多く届き、大学周辺では政治団体などによるビラまきや街宣活動もあった」という。

「ネット上で、大学へ抗議電話やメールを集中させる呼びかけが始まった。3月、大学側が『採用予定だったU氏との雇用契約は解消されました』とホームページで公表すると、ネットには『吉報』『ざまぁ』の書き込みが相次いだ」とのこと。記事中にあるとおり、「もはやUさんだけの問題ではない。大学教育、学問の自由が脅かされている」

また、「帝塚山学院大(大阪府大阪狭山市)にも9月13日、慰安婦報道に関わった元朝日新聞記者の人間科学部教授の退職を要求する脅迫文が届き、府警が威力業務妨害容疑で調べている。元記者は同日付で退職した」とのこと。

さらに、ネットの書き込み自体も大きな問題だ。「ネットに公開していない自宅の電話番号が掲載されていた。高校生の長女の写真も実名入りでネット上にさらされた。『自殺するまで追い込むしかない』『日本から、出ていってほしい』と書き込まれた。長男の同級生が『同姓』という理由で長男と間違われ、ネット上で『売国奴のガキ』と中傷された」ともいう。これにも、適切な法的措置が必要だ。

北星学園事件と帝塚山学院事件、そしてネットでの中傷。いずれもまことに卑劣な行為。あきらかに、威力業務妨害、脅迫、強要、名誉毀損、侮辱などの犯罪に該当する。徹底した刑事事件としての訴追が必要であり、再発防止には処罰が有効だろう。

五野井郁夫・高千穂大准教授のコメントが適切である。
「民主主義の要である言論の自由を暴力で屈服させるテロ行為と等しく、大変危険だ」「言論を暴力で抑圧してきた過去を日本社会は克服したはずなのに、時代が逆戻りしたかのようだ。私たちはこうした脅しに屈してはいけない」

まったく同感である。一連のバッシングを「言論の自由を暴力で屈服させるテロ行為に等しい」との認識が定着しつつある。産経新聞ですら、「報道に抗議の意味を込めた脅迫文であれば、これは言論封じのテロ」「言論にはあくまで言論で対峙すべきだ」と社説で主張している。

ところが、比喩としての「言論によるテロ」ではなく、本物のテロの実行を煽る言動まで表れている。石原慎太郎「国を貶めて新聞を売った『朝日』の罪と罰」(『週刊新潮』10月9日号)がそれである。何とも驚くべき暴論。

「私と親しかった右翼活動家の野村秋介さんが、朝日新聞東京本社に乗り込んだ事件がありました。九十三年十月のことで、当時の中江利忠社長らに説教して謝罪させたあと、社長の目の前で自分のわき腹に向けて拳銃を放ち、自殺してしまいました。
 私は通夜に行って、『野村なんでこんな死に方をしたんだ、なんで相手と刺し違わなかったんだ』と言いました。彼は朝日新聞に対して、命がけで決着をつけるべきだったのです。そうすれば、彼らはもう少しまともな会社になっていたのではないか。朝日が国を売った慰安婦報道をひっくり返した今、なおさらそう思います。
 朝日新聞は、これだけ国家と民族を辱めました。彼らがやったことは国家を殺すのと同じことで、国家を殺すというのは、同胞民族を殺すことと同じです。彼らはいつもああいうマゾヒズム的な姿勢をとることで、エクスタシーを感じているのかもしれませんが、朝日の木村伊量社長は、世が世なら腹を切って死ななければならないはずだ。彼らの責任はそれくらい重いと思います。
 三島由紀夫は生前、『健全なテロがないかぎり、健全な民主主義は育たない』と言いました。私は、これにはパラドックスとして正しい面があると思います。
 野村秋介は六十三年に、当時建設大臣だった河野一郎邸に火をつけました。河野は代議士になる前は朝日新聞の記者で、典型的な売国奴のような男でしたが、那須の御用邸に隣接する上地を持っていて、御用邸との境界線争いが起きたとき、境界をうやむやにするために雑木林に火をつけさせたといわれた。
 それで御用邸の森の一部も燃えてしまい、泉も涸れてしまい、天皇陛下も大変悲しまれました。そのことが右翼全体の怒りを招き、結局、児玉誉士夫が騒ぎを収めたのですが、野村はそれでは納得できず、河野邸を燃やしたのです。
 野村はそれで十二年間、刑務所に入りました。もちろん放火という行為は推奨できないが、命懸けだった。少なくとも昔の言論人は命懸けで、最近、そういう志の高い右翼はまったくいなくなりました。今は、朝日が何をしようと安穏と過ごせる、結局うやむやにして過ごせる時代です」

これは、殺人と放火と業務妨害とを唆し煽る行為である。犯罪を煽動するものとして言論の自由の範疇を超えるものと言わなければならない。自分は安全な場所にいて、他人にテロをけしかけているという意味において卑劣な言動でもある。社会は、このような言論を許してはならない。筆者も筆者だが、新潮の責任も大きい。

今日の東京新聞「本音のコラム」に鎌田慧「軽率な謝罪」が、石原の記事に触れて正論を語っている。
「右派ジャーナリズムあおりに便乗して、石原慎太郎さんは朝日を廃刊にせよ、不買運動を、とアジっている。邪魔な新聞はつぶせ、という政治家の暴論だ」「盥の水と一緒に赤子(報道の自由と民主々義)を流すな」

石原慎太郎が「朝日の不買を」というのなら、私は定期購読を再開しよう。実は、朝日の姿勢に不満あって、ここしばらく定期購読はやめていたのだ。同じように、他紙に乗り換えた人は私の周りに少なくない。しかし、小異にこだわらず朝日を応援しよう。周囲にも朝日回帰を呼びかけよう。朝日が現場の記者を擁護してバッシングと闘い続ける限り、ささやかながら朝日を支え続けよう。
(2014年10月7日)

防衛大臣の政治資金規正法違反を、報告書の訂正で済ませてはならない

共同通信などの複数メディアが伝えるところによると、
「江渡聡徳防衛相の資金管理団体(「聡友会」)が2009年と12年、江渡氏個人に計350万円を寄付したと政治資金収支報告書に記載していたことが9月26日に分かった。江渡氏は同日の閣議後記者会見で『事務的なミスだった』と述べ、既に訂正したと明らかにした」「江渡氏や訂正前の報告書などによると、09年に100万円を2回、12年5月と12月にも100万円と50万円を寄付したことになっていた」
という。

明らかな政治資金規正法違反。条文上は、法第21条の2「何人も、公職の候補者の政治活動(選挙運動を除く)に関して寄附(政治団体に対するものを除く)をしてはならない」に違反する。個人及び政党以外の政治団体は、公職の候補者(国会議員や首長など現職を含む)に対して、選挙運動に関するものを除き、金額にかかわらず政治活動に関する寄附を行うことが禁止されている。

ましてや、資金管理団体とは政治家個人の政治資金を管理するために設置される団体である。法は、政治家を代表とする資金管理団体を一つだけ作らせて、政治家個人への政治資金の「入り」も「出」も、この団体を通すことによって、透明性を確保し量的規制を貫徹しようとしている。だから、資金管理団体から政治家個人への寄付などという形で資金の環流を認めたのでは、政治資金の取り扱い権限を個人から資金管理団体へ移行しようとする制度の趣旨を没却することになってしまう。

総務省のホームページで、「政治資金収支報告書及び政党交付金使途等報告書」を検索してみた。残念ながら09年の報告は期限が切れて掲載されていない。12年の報告だけは閲覧可能である。
http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/seijishikin/contents/131129/1306400032.pdf

確かに、「聡友会」(代表者江渡聡徳)の収支報告書の支出欄に、
  2012年5月25日  「江渡あきのり」への寄付100万円
  2012年12月28日 「江渡あきのり」への寄付 50万円
と明記されていたものが、本年9月2日に「願により訂正」として、抹消されている。これに辻褄を合わせて、「支出の総括表」における「寄付」の項目が150万円減額となり、人件費が150万円増額となっている。これも、「9月2日 願により訂正」とされている。

記者会見による弁明の内容については、「江渡氏は『350万円は寄付ではなく、聡友会の複数の職員に支払った人件費だった』と説明。担当者が領収書を混同し、記載をミスしたとしている」(共同)と報じられている。

弁明の内容については、朝日の報道がさらに詳しい。
「江渡氏は『私から職員らに人件費を交付する際、私名義の仮の領収書を作成していたため、(報告書を記載する)担当者が(江渡氏への)寄付と混同した』と説明。人件費は数人分で、江渡氏が仮領収書にサインするのは『お金の出し入れの明細がわかるようにするため』と述べた」という。

この江渡弁明を理解できるだろうか。弁明が納得できるかどうかの以前に、どうしてこのような主張が弁明となり得るのかが理解できないのだ。

人件費としての支出には、その都度に受領者からの領収証を徴すべきが常識であろう。政治団体の場合は常識にとどまらない。政治資金規正法は、刑罰の制裁をともなう法的義務としている。

「第11条(抜粋) 政治団体の会計責任者又は、一件五万円以上のすべての支出について、当該支出の目的、金額及び年月日を記載した領収書を徴さなければならない。ただし、これを徴し難い事情があるときは、この限りでない。」

この領収証を徴すべき義務の対象において人件費は除外されていない。そして、その領収証について3年間の保管義務も法定されている。例外を認める但し書きはあるものの、職員への人件費の支払いに関して「領収証を徴し難い事情」はおよそ考えられるところではない。この11条の規定に違反して領収書を徴しない会計責任者には、3年以下の禁錮又は50万円以下の罰金に処せられる(24条3号)。政治資金規正法をザル法にしないための当然の規定というべきだろう。

江渡弁明を報告書訂正の内容と合わせて理解しようとすれば、職員に支払った人件費の支出を事務的ミスで江渡個人への寄付による支出と混同したということになる。しかし、いったいどのような経過があってどのような事情で、混同が生じたというのだろうか。職員に支払う際の義務とされている領収証を受領しておきさえすれば「混同」は避けられたはずではないか。それすらできていなかったということなのか。

なによりも、「私から職員らに人件費を交付する際、私名義の仮の領収書を作成した」ということが意味不明だ。「仮」のものにせよ、人件費の支払いを受けた資金管理団体の職員の側ではなく、支払いをした資金管理団体の代表が「領収証」を作成したということが理解できない。

政治資金収支報告書の届け出によれば、同年の「聡友会」の支出のうち、「寄付」はわずかに16件である。問題の2件を除けば14件。そのうち12件は、毎月定期的に行われる、各月ほぼ100万円の地元「江渡あきのり後援会」への寄付(合計1260万円)が占めている。他は、自民党青森県連へのものが1件と、靖国神社へ1件だけ。「江渡あきのり・個人」への2件150万円は、異色の寄付として目立つものとなっている。たまたま紛れがあって、事務的ミスが原因で報告書に記載されたとはとうてい考えがたい。直ぐには目にすることができないが、きちんと作成され保管されていた「江渡聡徳名義の領収証」があったに違いない。これを、苦し紛れに「仮の領収証」と言い訳をしたものとしか考えられない。これだけの疑惑が問題となっている。

この「事務的なミス」とする弁明は不誠実でみっともない。きちんと誤りを認めて謝罪し、再発防止を誓約することこそが、政治家としての信頼をつなぎ止める唯一の方策であろう。問題の「仮領収証」を公開することもないまま、「報告書を訂正したのだから、もう済んだ問題」として収束をはかるなどはとうてい認められない。

よく似た例はいくらでもある。たとえば、2012年都知事選がそうだった。
「上原氏の‥交通費や宿泊費など法的に認められる支出の一部にすぎない10万円の実費弁償に何の違法性もないことは明らかである」「上原さんらの上記10万円の実費弁償が選挙運動費用収支報告書に誤って『労務費』と記載されていることは事実であるが、この記載ミスを訂正すれば済む問題である」
とは、江渡弁明とよく似た言い分。

自らの手の内にあるはずの根拠となる資料を示すことなく、「この記載ミスを訂正すれば済む問題」とし、今は「既に訂正したのだから、もう済んだ問題」として押し通そうとしている。このようにして収束をはかろうなどはとうてい認められない。

誤りを認めず、反省せず、真摯に批判に耳を傾けようとしない。こういう体質は改めなければならない。でなければ、この陣営に参集した者には、石原宏高や猪瀬直樹、渡辺喜美、そして江渡聡徳らを批判する資格がないことになるのだから。
(2014年10月6日)

不透明な政治資金の動きには徹底的な解明のメスを

昨日(10月4日)の朝日が、新たな渡辺喜美関係の政治資金規正法違反疑惑を報道した。今年3月にDHC吉田からの「8億円裏金疑惑」が表に出たが、渡辺は自らすべてを報告しようとはしなかった。4月には弁護士2名と公認会計士をメンバーとした「みんなの党調査チーム」の報告書が発表されたが、これも未解明部分を残したものとなった。そして今また「新たな疑惑」である。もちろん、これで終わりではない。あきらかに解明しなければならない疑惑は残っている。この上は特捜の強制捜査に期待したい。捜査の徹底によって、渡辺喜美・みんなの党の内部だけでなく、この人物この政党と関係したすべての者との金銭の出入りを明確にしてもらいたい。

当ブログで何度も繰り返した。「政治資金の流れは透明でなければならない」「可視性が確保されなければならない」「政治資金の公開の制度は、民主々義の基本的要請である」「その監視と批判は主権者国民の責務である」。巨額の政治資金の動きが、献金ではなく貸付金だからという理由で、裏に隠されたままでよいことにはならない。しかも、本当に貸付金であるか、怪しい金の動きについては、主権者の良識が納得を得るだけの徹底した疑惑の解明が必要である。

朝日が報道した「新しい疑惑」は、その金の流れ自体は既に、本年4月24日付けの「みんなの党調査チーム・報告書」で明らかにされていたものである。同報告書は、本文12頁に、6頁の図表、3頁の別表、そして3件のメールの写で構成されている。その図表1から、昨日の朝日に掲載された「2010年参院選の前後の渡辺喜美前代表をめぐる資金の流れ」の図が作成されている。

みんなの党調査報告書の該当部分を、改めて抜き書きしてみる(すべて2010年) 。
(1) 3月26日 Aから渡辺喜美(りそな銀行衆議院支店)に5000万円貸付
(2) 3月29日 渡辺喜美からみんなの党に5000万円貸付
(3) 6 月18日 Aから渡辺(りそな銀行衆議院支店)に4000万円貸付
(4) 6月21日 渡辺喜美からみんなの党に5000万円貸付
(5) 6月21日 みんなの党が供託金(1億3800万円)支払い
(6) 6月30日 DHC吉田から渡辺(りそな銀行衆議院支店)に3億円貸付
(7) 7月13日 渡辺(りそな銀行衆議院支店)から「A」に9000万円返済
要するに、Aから渡辺に9000万円が貸し付けられ、4か月後に渡辺がこれを返還しているが、その返済の原資はDHC吉田から借用した3億円の一部である。

この報告書では、Aを個人と明示してはいない。しかし、Aが政治資金規制法における収支報告を義務づけられた政治団体だとも指摘していない。多くの読み手は、AをDHC吉田と同様の個人と理解してしまうだろう。うかつにも、私もその一人だった。朝日は調査して、このAが政治団体「渡辺美智雄政治経済研究所」(栃木県宇都宮市・代表者渡辺喜美)だと報道したのだ。自分が主宰する政治団体から自分に9000万円を貸し付け、これを政党に貸し付けている。はて、面妖な。

2010(平成22)年の「渡辺美智雄政治経済研究所」の総務省への収支報告書は以下のURLで読むことができる。
http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/seijishikin/contents/111130/2460000021.pdf
4000万円の支出も、5000万円の支出も記載がない。「貸付先ごとの残高が100万円を超える貸付金」「借入先ごとの残高が100万円を超える借入金」について、「無」と明記されてもいる。繰り越しを含む年間総収入が592万円、支出総額が527万円である。9000万円の支出などできるはずもない。

朝日が、どんな資料を把握しているのかは分からない。慎重に、出稿前に渡辺喜美側に取材し言い分を聞いている。記事は次のとおり。

「渡辺喜美前代表の事務所は3日、朝日新聞の取材に対し、9千万円の貸し付けと返済について『渡辺議員に対する貸し付けは、ご指摘の政治団体(渡辺美智雄政治経済研究所)の資金ではありません。政治団体の収支に関係しないので収支報告書に記載する必要はありません。政治資金規正法に反するのではないかとの指摘は誤りです』と書面で回答した。同研究所名義の銀行口座から出入金されたかどうかの質問には、回答がなかった。」という。

朝日は、「同研究所名義の銀行口座から9000万円の出入金があったか」と質問したが、渡辺側からの「回答はなかった」という。常識的には、「これで勝負あった」ということになる。

もっとも、渡辺喜美側は、4日になって「朝日の指摘は全く当たらない」と反論するコメントを発表した、という。
「コメントは『口座の名義は、政治団体の経理担当者の政治団体名の肩書を付けた個人名義』と説明。『政治団体の資産ではなく、収支報告書に記載すべき収支には当たらない』としている」(時事)という。

これは不自然きわまる苦しい言い訳。「政治団体の経理担当者の政治団体名の肩書を付けた個人名義」って、いったいそりゃ何のことだ。個人名義と言いたいのだろうが、それならなぜ政治団体名を付したのか。本当に、経理担当者個人が9000万円を渡辺喜美個人に貸し、9000万円を返してもらったというのか。いったい何のために、そんな操作をしたのか。そもそも経理担当者(収支報告書には、「会計責任者薄井等」とされている)が、どのようにして9000万円を調達したというのだろうか。
今回の朝日の報道では問題とされていないが、みんなの党の報告書にはAだけではなく、B、C、D、Eまで出てくる。特に、BはAと並んで同時期(2010年6 月18日)に、渡辺喜美に8000万円を貸し付けている。このBとは誰のことだろうか。やはり、政治資金規正法上の収支報告を義務づけられている政治団体である可能性が高い。

渡辺喜美もみんなの党も、そして調査チームも、徹底解明の意欲に欠けている。朝日の報道で、調査チーム報告の疑惑解明不徹底が明瞭になった。私もこの件の告発代理人の一人に名を連ねている。特捜には、是非とも徹底して疑惑を解明してもらいたい。かりに、現行法での捜査の限界があるというのであれば、貸付金の報告義務や量的制限についての立法措置の必要まで視野に置くべきであろう。
(2014年10月5日)

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