(2021年2月4日)
できるだけ、元号に関する書物は読んでおきたい。最近、「元号戦記」(野口武則・角川新書)に目を通した。「近代日本、改元の深層」という副題に若干の違和感を覚えたが、決して元号礼賛本ではない。とは言え、元号批判の論陣を張っているわけでもない。
当然のことながら地の文章は全て西暦表示で統一されており、奥付の発行年月日は「2020年10月10日」とスッキリしている。あとがきだけが「2020(令和2)年8月」となっていて、「令和」が顔を出し画竜点睛を欠いている。その微温的なところが社会の現状の反映でもあろうか。
著者は毎日新聞の「元号問題担当」記者。7年余に渡る新元号探求の「奮闘」ぶりが描かれている。客観的に見れば、つまらぬことにご苦労様というしかないのだが、この奮闘の中でいろんなことが見えてくる。そのことはそれなりに興味深く、やや大仰ではあるもののこの書物の惹句は的はずれではない。
密室政治の極致、元号選定。繰り広げられるマスコミのスクープ合戦に、政治利用をたくらむ政治家、そして熱狂する国民。
しかし、実は昭和も平成も令和も、たった一人の人間と一つの家が支えていた!
そもそも、誰が考え、誰が頼み、誰が決めていて、そもそも制度は誰が創り上げ、そして担ってきたのか?
安倍改元の真相はもとより、元号制度の黒衣を追った衝撃スクープ!!
実は、現在の元号は明治以降のわずかな歴史で創られた「新しい伝統」に過ぎない。
大日本帝国時代の遺制である元号は、いかにして、民主主義国家・日本の戦後にも埋め込まれてきたのか。
令和改元ブームの狂騒の裏で、制度を下支えてきた真の黒衣に初めて迫る。
元号制度の根幹は、砂上の楼閣と化していた――。
知られざる実態を、7年半に及ぶ取材によって新聞記者が白日のもとにさらす。渾身のルポ!
個人的には、東大駒場の中国語クラス(Eクラス)に連なる懐かしい名前がいくつも出てくる。工藤篁・戸川芳郎・石川忠久・田仲一成・伏屋和彦…。が、多くの読者に興味はなかろう。
明治に一世一元となって以来、大正・昭和・平成・令和の改元において新元号策定を支えてきたのは、東大文学部中国哲学科と宇野哲人・宇野精一・宇野茂彦という三代にわたる学者の家系であったという。
宇野家は、「漢学の家元」みたいなもので、初代の哲人が明治天皇から恩賜の銀時計を「拝領」して以来の皇室との関係だという。東京帝大時代の中国哲学科の教授で、「昭和前期は国策だった中国研究のトップ」に位置していた人物。現天皇(徳仁)の命名者でもあるという。
戦後は宇野精一(1910年-2008年)がキーマンとなった。彼は、東大文学部中国哲学科の教授で、退官後には「英霊にこたえる会」「日本を守る国民会議」などの設立に関わり元号法制化運動を推進した。晩年には、日本会議の顧問も務めている。その彼がこう言っている。
「元号の問題は、政治思想、社会思想、民族思想、文化等の見地から総合的に考へるべきもので、法律だけの問題ではありません。又、年代表記の問題ですから、過去の先祖、現在生きてゐる我々、これから生れてくる子孫とのつながりにおいて見るべきものであります。まさしく歴史と伝統を如何に認識するかに拘る大問題であります」「元号は、…めでたい文字を用ゐ、理想を掲げてその実現に祈りをこめたものであります。が、最も卒直明快に申せば、天皇陛下を仰ぐか否か、といふことであります」「元号は、国民の日常生活に一番関係が深いものであります。」「王に對する忠誠の念を王の立てた暦を使ふことで明示する象微行為」「つまり、領土の版図を確定することと、王の名を直接に口にしないといふ習慣、この二つが重なり色々に考へられた末に生れた天子の治世を示す名称、それが元号ではないかと私は考へてゐる」
こんなことを聞かされて、あなたは、なお元号を使用することができるだろうか。
一方、宇野家三代に対置されるのが、戸川芳郎(東大文学部中国哲学科教授・文学部長)である。
彼は元号を批判し続けている。元号とは「そもそも近代天皇制と密着し帝王の時空統治擢を象徴する」ものであり、「君主の御代でもない本邦において、…主権在民の憲法を得たのちのちまでもこれを使用する」のは不合理。「精紳的鎖國政策には、私も従おうとは思わない」と元号不使用まで宣言している。
1989年の平成改元当時、戸川は東大文学部長だった。新元号発表翌日の1月8日の朝日新聞には、「『なごやか元年』とか『しあわせ元年』などひらがなでいいのではないか」という戸川のコメントが掲載されている。元号廃止論者としての皮肉を込めてのもの。
私(野口)は疑問をぶつけたが、戸川の答えは元号廃止論者として明快だった。
「東京大の中国哲学が元号を考えるのではないのですか」「常識として知らなければいけないが、王朝体制の元号について研究はやらない」
宇野家系の学者は、戸川の後任となった東大名誉教授を「左翼」と呼んでいるという。戸川のように戦後の共産党活動に加わったわけではないが、皇室を尊崇する保守ではないとの趣旨だという。一方、戸川も宇野家のことを「あれは学問ですか? 家学でしょ」と批判したのを、戸川を知る中国史学者は聞いたことがあるという。
天皇制を支えるイデオロギーの祖述が学問であろうはずもない。明快な戸川芳郎の喝破に拍手を送りたい。
(2021年2月3日)
あいちトリエンナーレ「表現の不自由展」攻撃に端を発した、河村・高須ら右翼グループの大村知事リコール運動は、いよいよその醜態が露わになってきた。
一昨日(2月1日)、愛知県選挙管理委員会がそのホームページに下記の資料を公表している。これは異例のことというべきだろうが、選管は公表の必要ありと考えたのだ。これまでも、河村・高須グループの違法行為は報道されてきたが、県の選管がこれを確認し、公表したことの意味は大きい。選管の決意が伝わってくる。
「愛知県知事解職請求に係る署名簿の調査の取りまとめ状況について」
https://www.pref.aichi.jp/soshiki/senkyo/00000030201.html
愛知県知事解職請求に係る署名簿の調査の取りまとめ状況について愛知県選挙管理委員会では、2020年12月21日(月)から、愛知県知事解職請求に係る署名簿の調査を実施してきたところですが、調査を実施した全64団体の状況について、裏面のとおり取りまとめましたのでお知らせします。
調査を行った全 435,334 筆のうち、有効と認められない署名は362,187筆で、その割合は、83.20%となっております。
また、有効と認められない署名362,187筆について、
? 同一人により書かれたと疑われる署名が、約 90%
? 選挙人名簿に登録されていない者の署名が、約 48%
? 選挙人名簿に登録されていない受任者により収集された署名が、約24%となっております。これらの内容に重複して該当している署名もあります。
ただし、今回の調査は、直接請求制度に基づかない任意の調査であり、署名簿に書かれた本人など、第三者への聞き取り調査等を実施しておらず、個々の署名について有効又は無効を決定しているものではありません。
現在、直接請求制度が適切に運用されるために、今後の対応を検討している最中でありますので、各市町村ごとの詳細な内訳は、現時点ではお答えすることはできません。
引き続き検討を進め、現行制度の問題点・課題等を整理していきます。
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文中の「調査を実施した全64団体」とは、県内の各市町村と名古屋市内の各区を指している。それぞれに選管があり、大村知事リコールの署名を受け付け、集計している。その64区市町村選管調査の一覧表が公表されている。まとめが、以下のとおり。
県全体の非有効署名割合 83.20%
名古屋市の非有効署名割合 83.10%
その他市の非有効署名割合 83.21%
町村計の非有効署名割合 83.85%
この数値の揃い方が偶然とはとうてい思えない。組織的なノルマにもとづく行動であったことが推察される。河村・高須からの直接指示があったか否かは定かではないが、組織的に大規模な署名偽造が行われたことには疑いの余地はない。また、注意しなければならないことは、「(選管は)署名簿に書かれた本人など、第三者への聞き取り調査等を実施していない」というのだ。つまり、一応は「有効と認められるもの」とされる署名73,147筆が、「有効と確認された署名」ではないことだ。単に、「形式上、一見明らかに無効とは認められない」というに過ぎない。
「同一人により書かれたと疑われる署名が約90%」とは、誰かが何らかの名簿の住所・氏名を書き写している以外には考えがたい。そして、「選挙人名簿に登録されていない者の署名が約48%」とは、その使用した名簿が古くて現在は当該住所地に居住していなかったと考えざるを得ない。
県内各区市町村で同じように行われたのだから、統一した指導部あってのことで、直接間接に関わった、河村や高須の責任が免れようはずがない。
河村は「私も被害者だ」と言ってみたり、高須は「私が不正するわけがない、陰謀だと感じる」と非常識なことを口にしている。大村知事リコール運動を主宰した者として、無責任も甚だしい。右翼の唯一の美点は、潔癖さではないか。責任を他に転嫁し、言い訳に終始する両名の姿は見苦しいかぎりというほかはない。
河村よ、高須よ。その指示で踊らされた者たちの行動を自ら調査せよ。みっともなく愚痴を言いたてる前に、まずはその配下で受任者として登録した者の全員に、何があったのか報告させよ。その報告を公開せよ。
この常識的な問いかけは、メディアからも発せられている。
Q 「同一人物による複数署名」が大量にあったのであれば、受任者本人に確かめては?
高須「本当に30万もの不正があるのなら確かめたいとは思います。でも現実には不可能です。不正な署名を書いた人が何千人いるのかはわかりませんが、中に私の熱烈な支持者もいるし、私を陥れようとした人もいるかもしれない。いい人・悪い人を選別することは現実的には不可能です。」
「いい人・悪い人を選別することは現実的には不可能」だから、「受任者本人に確かめることはできない」という「論理」は、本人以外には理解不能である。この「医師」は、「発熱の原因の特定は現実的に不可能だから、診察も治療もできません」「細菌性の症状か・ウイルス性の疾患か特定することは現実的には不可能だから、この患者には対症療法もできません」などと言い出しかねない。
ことは、いやしくも県民から選任された県知事に対するリコール運動である。いいかげんなやりかたが許されようはずはない。署名の偽造は地方自治法が定める犯罪になるのだ。
地方自治法第74条の4第2項は、【違法署名運動の罰則】を次のように定めており、同法81条によって「知事のリコール署名」に準用されている。
「条例の制定若しくは改廃の請求者の署名を偽造し若しくはその数を増減した者又は署名簿その他の条例の制定若しくは改廃の請求に必要な関係書類を抑留、毀壊若しくは奪取した者は、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。」
つまり、「自治体首長らの解職請求者の署名を偽造し若しくはその数を増減した者は、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金」に処せられることになる。
また、刑事訴訟法第239条(告発)は、こう定める。
1項 何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる。
2項 官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない。
選挙管理委員会の委員も職員も「公吏(地方公務員)」に当たる。調査を遂げたら、告発せざるを得ない。また、このリコール署名活動に関わって具体的な「署名の偽造や水増し」を見聞された方には、地元の警察に告発していただきたい。是非とも、徹底した究明と刑事事件としての捜査を期待したい。民主主義のために。
(2021年2月2日)
本日、「桜を見る会を追求する法律家の会」が、オンライン集会を開いた。
「会」は、「桜を見る会前夜祭」における参加者への費用補填に関する告発(政治資金規正法・公職選挙法違反)が秘書についての罰金だけで終わって、肝心の安倍晋三を不起訴としたことを不服として、本日検察審査会へ「起訴相当」の議決を求めて審査申立をし、併せて記者会見、告発人集会を開いた。
集会では、米倉洋子・日民協事務局長から申立内容についての報告の後、辻元清美議員、宮本徹議員、上脇博之教授、毛利正道弁護士、次いで私が、それぞれの立場から、発言・報告をした。
この中であらためて明らかにされたことは、安倍晋三後援会の3年分(2017年?2019年)の政治資金収支報告書の記載についての、泥縄式「訂正」の奇妙さである。この訂正は、配川博之(秘書)起訴・安倍晋三不起訴という処分をした12月24日の前日の「訂正」。おそらくは、検察からの指導によるものではないかと推測せざるを得ない。少なくとも、検察の黙認でなされたものではあろう。
奇妙の第1点は、子どもだましの明らかな辻褄合わせだということ。訂正前、前夜祭会費の補填費用は、一切報告がなかった。捜査の最終版で、補填費用が支出として計上せざるを得なくなった。とすれば、それに見合う収入も書き込まなければならない。さてどうするか。これを「前年からの繰越金を増額訂正する」という方法で、辻褄を合わせたのだ。
最後の「桜・前夜祭」が開催された2019年の収支報告書は訂正されて、補填額2,604,908円(A)の支出が記載されるとともに、「前年(18年)からの繰越金」が、補填額相当の2,604,908円(X)の増額訂正となった。
その前年の2018年の収支報告書は訂正されて、補填額1,506,365円(B)の支出が記載されるとともに、「前年(17年)からの繰越金」が、次年度への繰越金増額(X)に補填額相当の1,506,365円(B)を加算して、4,111,273円(Y)の増額訂正となった。
さらに、その前年の2017年の収支報告書は訂正されて、補填額1,901,056円(C)の支出が記載されるとともに、「前年(16年)からの繰越金」が、次年度への繰越金増額(Y)に補填額相当の1,901,056円(C)を加算して、6,012,329円(Z)の増額訂正となった。
面倒だが、
19年の前年からの訂正繰越金増加金額 X=A
18年の前年からの訂正繰越金増加金額 Y=X+B=A+B
17年の前年からの訂正繰越金増加金額 Z=Y+C=A+B+C
つまり、計算上のことだが、これが続けば訂正繰越金増加金額は、
W= A+B+C+D+E+F… と際限なく拡大することになる。
実際に訂正されたのは、公訴時効の問題で17年分までの3か年分だけになった。これでも、16年の収支報告書における「次年度への繰越金」は、17年の「前年からの繰越金」額とは、6,012,329円(Z)の齟齬が生じている。これは、現状を糊塗しようとして、新たな虚偽報告を行ったことになる。安倍晋三が、ウソとゴマカシを糊塗しようとする度に、新しいウソを重ねてきたことを思い出させる。
奇妙の第2点は、上脇さんの指摘である。上記の(A)(B)(C)の各年の補填額が一円単位まで書かれているのは、何を資料として記載したものかと問わねばならない。「領収証も明細書もない」というのは、実はウソではないのか。手許にあるからこそ、「正確な」金額を書けたのではないか。あるいは、安倍晋三後援会には、裏帳簿があったのではないか。数字はそこから拾ってきたのではないか。納得のいく説明がどうしても必要となっている。
また、奇妙の第3点は、この訂正は、安倍晋三の国会での証言(「補填の費用は自分や家族の金から支出した」)と、決定的に異なる。この点についての徹底した追及が必要となっている。
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私の発言は大要、以下のとおり。
私は、今回に限っては検察審査会の判断に大きな期待を寄せています。匿名の市民たちには、権力者を忖度する動機がありません。素直に法の趣旨を把握して条文を読み込めば、「安倍晋三有罪」という心証に到達するに違いありません。また、民主主義の何たるかを常識的に理解し、政治資金収支の主権者に対する透明性の確保徹底の観点からは、安倍晋三のようなウソにまみれた政治家に議員資格を与えておいてよいことにはならないはずと理解いただけると思うのです。
とりわけ強調したいことだけを申し上げます。
私と澤藤大河の両名が「第2次告発」、つまり政治資金管理団体である「晋和会」の会計責任者である西山猛と、同会代表としての安倍晋三を告発したのは、昨年の12月22日で、同日付の書面を東京地検特捜部に持参して提出しています。これに対する不起訴処分通知が、同月の24日付なのです。特捜は、実は実質的には何もこの点についての捜査をしていない。安倍晋三の政治日程に合わせた年内不起訴処分ではなかったでしょうか。
私は、晋和会代表者・安倍晋三の責任を政治資金規正法25条2項で問うていることが、とても分かり易いと思っています。
2013年最初の前夜祭の収支は、全て晋和会のものとして報告書が作成されていました。その後も補填の原資が晋和会から出ていることはごく自然なことでもあり、報道されているところでもあります。おそらくは、ホテルの領収証の宛先も、晋和会。つまりは、「補填資金」の出所は「晋和会」だったことになります。しかし、晋和会の政治資金収支報告書に前夜祭の収支についての記載はありません。
とすれば、まず、晋和会の会計責任者(西山)の不記載罪(法25条1項1号)が問われねばなりません。これを免責する理由は見あたらない。
同時に、晋和会の代表者である安倍晋三の刑事責任も免れないことになります。
25条2項は「前項の場合において、政治団体の代表者(安倍晋三)が当該政治団体(晋和会)の会計責任者の選任及び監督について相当の注意を怠つたときは、50万円以下の罰金に処する」とあります。
つまり、安倍晋三が収支の不記載について「知らぬ、存ぜぬ」「秘書の責任」を押し通して、25条1項の罪責を会計責任者だけに押し付け、最高刑禁錮5年の罪責を免れたとしても、「会計責任者の選任及び監督について相当の注意を怠つたとき」には処罰され、罰金を科せられることになります。
問題は、「会計責任者の《選任》及び《監督》について政治家に要求される相当の注意」の水準です。会計責任者の不記載罪が成立した場合には、当然に過失の存在が推定されなければなりません。資金管理団体を主宰する政治家が自らの政治資金の正確な収支報告書の作成に、常に注意し責任をもつべきは当然だからです。
被告発人安倍において、十分な措置をとったにもかかわらず会計責任者の不記載を虚偽記載を防止できなかったという特殊な事情のない限り、会計責任者の犯罪成立があれば直ちにその選任監督の刑事責任も生じるものと考えるべきです。とりわけ、被告発人安倍晋三は、当時内閣総理大臣として行政府のトップにあって、行政全般の法令遵守に責任をもつべき立場にありました。自らが代表を務める資金管理団体の法令遵守についても厳格な態度を貫くべき責任を負わねばなりません。
25条2項の法定刑は、最高罰金50万円に過ぎませんが、被告発人安倍晋三が起訴されて有罪となり罰金刑が確定した場合には、政治資金規正法第28条第1項によって、その裁判確定の日から原則5年間公民権(公職選挙法に規定する選挙権及び被選挙権)を失います。その結果、安倍晋三は公職選挙法99条の規定に基づき、衆議院議員としての地位を失うことになります。
この結果は、法が当然に想定するところです。いかなる立場の政治家であろうとも、厳正な法の執行を甘受せざるを得ません。本件告発に、特別の政治的な配慮が絡んではなりません。臆するところなく、検察審査会は厳正な判断をすべきです。
(2021年2月1日)
2度目の緊急事態宣言のさなかに1月が過ぎて、今日からは2月。例年春を待ち望むころだが、今年はまた格別。1月8日発出の緊急事態宣言の明けはどうやら3月以降にずれ込む模様。重苦しい日が続く。
ダイヤモンド・プリンセス号が『初春の東南アジア大航海16日間』周航の終盤に那覇に寄港したのが、昨年(2020年)の今日。このとき、1月25日に香港で同船から下船した香港人男性(80才)の船内感染が確認されている。2月3日、同船が横浜港に着いてから騒然たる事態となった。あれから1年なのだ。
この1年、コロナ・パンデミックは世界の民主主義に試練を与え続けてきた。コロナと闘うためには民主主義という手続は非効率で余りに無力ではないか、という攻撃に今も曝されている。権力を集中した権威主義的な政権こそが、コロナ禍と有効に闘う能力をもち成果をあげているとの主張と、民主主義擁護の主張とがせめぎあいを続けている。
このことは、人類史的な課題というべきであろう。歴史の本流は、滔々たる専制から民主制への大河を形成しているが、時折の逆流の存在も否定し得ない。近くは1930年代に、少なからぬ国が民主主義を投げ捨てて全体主義に走った。国家間の緊張関係が高まる中、個人の人権や自由などと生温いことを言ってはおられない。この非常時には、民族の団結、権力の集中こそが最重要事である、という主張が幅を利かせた。戦争に勝てる強力な国家あっての個人ではないか、というわけだ。我が国のスローガンでは、「富国強兵」「滅私奉公」である。
民主主義とは、国民の政治参加を公理として、政治権力の正統性の根拠を国民の意思におく思想であるが、これにとどまらない。人権擁護を目的とする政治過程の理念でもある。民主主義の政治は、国民一人ひとりの人権、即ち国民の人格の尊厳を至高の価値としてこれを擁護しようとする。人権を損なってはならないのだから、強大な権力は危険視され、権力も権限も分散しなければならない。権力の国民に対する支配の徹底を是とせず、国民に対する過度な支配の徹底を避けなければならないと指向する。
国民に対する過度な支配の徹底を避けるためには、国民の政治参加と政権批判の言論の保障が不可欠である。結局民主主義とは、国民の政治参加によって形成された権力を分立・分散させ、国民からの政治批判を保障して、強力な権力を抑制する制度であり運用である。ジェファーソンが定式化したとおり、「政府に対する信頼は常に専制の源泉である。自由な政府は、信頼ではなく、猜疑にもとづいて建設せられる」。
ところが、コロナ禍の中、国民が民主主義を投げ捨てて、強権政治を待望する時代が既に始まっているのではないかという見解がある。もちろん、主としては中国を念頭においてのことではあるが、必ずしも中国に限らない。各国に、そのような誘惑が満ちている。権力者にはもちろん、国民の側にも。
典型的にはこんなことだ。権威ある無謬の領袖あるいは政党という権力を信頼し、その指示に任せて従うことが最も効果的にコロナと闘う方法だ。この権力を批判したり貶めたりすることは「利敵」行為として非難されねばならない。権力は、強く大きいほど有効な闘いが可能だ。ならば、できるだけの武器を与えるべきである。国民のプライバシー擁護など贅沢なことを言ってはおられない。中国に限らず、西欧の各国も強制力を伴うコロナ対策の徹底を打ち出しているではないか。
日本の権力も国民も、強制力使用の誘惑にかられている。闘う相手は、いま「鬼畜米英」や「暴支膺懲」に代わって、コロナ・パンデミックとなった。闘う相手は変われども闘い方の基本構造にはさしたる変わりはない。コロナとの戦いには勝たねばならない。そのために責任を負う政府には武器が必要だ。その武器を与えよ。この要求が、昨年の「新型インフルエンザ特措法」の改正であり、今国会に上程されている、「新型インフルエンザ特措法」「感染症法」の改正案である。
自民党と立憲民主党との協議の結果法案修正の合意が成立し、2月3日には、この修正合意で法案は成立の予定だと報じられている。最も問題とされた、刑事罰(懲役・罰金)条項は削除され、幾つかの評価すべき修正点はある。しかし、過料(行政罰)は残されている。緊急事態宣言前に実施する「まん延防止等重点措置」の問題も解消していない。これで、一件落着としてはならない。不必要な強制措置は、断固として拒絶しなければならない。ことは、民主主義の本質に関わる問題である。
ところで、「改憲問題対策法律家6団体連絡会」は、2021年1月20日「新型インフルエンザ等対策特措法等の一部を改正する法律案に反対する声明」を発表した。そして、本日刑事罰解消で問題解決としてはならないという趣旨で、「特措法等改正案の罰則規定の削除を求める法律家団体の緊急声明」を追加的に発表した。
「改憲問題対策法律家6団体」とは、社会文化法律センター(共同代表理事 宮里邦雄)、自由法曹団(団長 吉田健一)、青年法律家協会弁護士学者合同部会(議長 上野格)、日本国際法律家協会(会長 大熊政一)、日本反核法律家協会(会長 大久保賢一)、日本民主法律家協会(理事長 新倉修)。その全文は、日民協の下記URLを開いてご覧いただきたい。
https://jdla.jp/shiryou/seimei/210120-2.pdf
https://jdla.jp/shiryou/seimei/210201.pdf
両声明の「結語」だけを、引用しておきたい。
2021年1月20日 声明 「結語」
これらの多くの疑問を置き去りにしたまま、刑罰や過料(行政罰)によって国民を威嚇し、新型コロナウイルス感染症を抑え込もうとする本改正案は、上記のとおり、そもそも立法事実としてのエビデンスを欠き、目的と手段の合理的関連性も疑わしく、重大な人権侵害を招く危険があり、結局、国民との間に新型コロナウイルス感染症についての理解を深め、政府と国民の間に強固な信頼関係を構築することで当面する危機を乗り越えようという民主主義・立憲主義の理念に反するというべきである。
政府のこれまでの新型コロナウイルス感染症対策の失政の責任もうやむやにし、また、昨年の緊急事態宣言の検証も反省もないまま、感染拡大の責任を国民に転嫁して、刑罰や過料を科すような政府発表の改正案については、断固として反対であることを、ここに表明する。
2021年2月1日 声明 「結語」
以上のとおり、罰則による強権的な手段を用いて私権を制限することは、そもそも立法事実を欠き違憲の疑いがあるうえ、行政権力の市民生活への過度の介入をもたらすなど、憲法上重大な問題をはらむ。行政罰(過料)にしても、過料の金額を修正しても、問題の本質は変わらない。
以上より、罰則規定はすべて削除することを強く求める。
なお、改正法案は、罰則規定の問題のほかにも、「まん延防止等重点措置」の発動要件を政令で定めるとしていること、国会による統制が規定されていないことなど問題が多く、十分な審議と修正が必要であって、附帯決議等で拙速に法案を成立させることは絶対にあってはならないことを付言する。
(2021年1月31日)
1月28日発行の「法と民主主義」1月号が、通算555号となった。毎年10号の発刊を、1号の欠落もなく50年余にわたって積み上げての555号である。編集に参加してきた者の一人として、いささかの感慨を禁じえない。
自らの画に自ら讃の趣ではあるが、最近の本誌は充実していると思う。本号も<第51回司法制度研究集会>特集を中心に読み応えあるものになっていると思う。
51回目となる司研集会のテーマは、「今の司法に求めるもの ─ 特に、最高裁判事任命手続きと冤罪防止の制度について」である。その趣旨は、以下のとおり。
第49回司研集会のテーマは、「国策に加担する司法を問う」。そして昨年の第50回は「いま、あらためて司法と裁判官の独立を考える、ー 司法の危機の時代から50年」であった。この両シンポジウムで、安倍政権になってからの最高裁の重要判決の中に、国の政策に積極的に加担するものが散見されると指摘され、共通認識となった。これにともなって、安倍政権下での最高裁判事任命の恣意性がクローズアップされてきた。
こうした流れを受けて今回は、最高裁判事任命のありかたを中心に、司法の独立や司法の人権保障機能強化のための提言ができないかという問題意識をもって集会を準備した。結局は、今回の実行委員会で具体的な政策提言などを作ることは困難として、集会の中で方向性が見いだせればということになった。
そこに10月1日菅首相が日本学術会議会員候補者6名の任命を拒否するという前代未聞の事態が起きた。この政権の問題性は今回の司研集会に色濃く反映され、非常に緊張感のある充実した集会になった。
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法と民主主義2021年1月号【555号】(目次と記事)
●特集のリード(PDF) ●時評(PDF) ●ひろば(PDF)
特集●今の司法に求めるもの ─ 特に、最高裁判事任命手続きと冤罪防止の制度について<第51回司法制度研究集会から>
◆特集にあたって … 日本民主法律家協会事務局長・米倉洋子
◆基調報告・今の司法、何が問題か ── 新聞記者の視点から … 豊 秀一
◆報告?・最高裁判事任命の問題点
── その基本構造及び安倍政権下の問題、改革の方向性 … 梓澤和幸
◆報告?・冤罪防止のための制度の実現を … 周防正行
◆質疑応答・発言
… 近藤ゆり子/明賀英樹/岡田正則/晴山一穂/西川伸一/森野俊彦
平松真二郎/澤藤統一郎/毛利正道/瑞慶覧淳/白取祐司
◆集会のまとめと閉会の挨拶 … 新屋達之
◆連続企画●憲法9条実現のために〈33〉
日本学術会議会員任命拒否と「科学技術・イノベーション基本法」… 南典男
◆司法をめぐる動き〈62〉
・大飯原発設置許可取消判決の意義と展望──大阪地裁2020・12・4判決 … 冠木克彦
・11/12月の動き … 司法制度委員会
◆メディアウオッチ2021●《政治とことば》
問われる政治家、リーダーの資質 「迷走」の要因はどこにあるのか? … 丸山重威
◆とっておきの一枚 ─シリーズ2─〈№1〉
被爆者として、被爆者によりそって … 田中熙巳さん×佐藤むつみ
◆改憲動向レポート〈No.30〉
「ずさんな議論」で改正改憲手続法案の早期採決を求める自民・公明・維新・国民民主党 … 飯島滋明
◆BOOK REVIEW●ティモシー・ジック著、田島泰彦監訳、森口千弘ほか訳
『異論排除に向かう社会─トランプ時代の負の遺産』(日本評論社) … 澤藤統一郎
◆インフォメーション
新型インフルエンザ等対策特措法等の一部を改正する法律案に反対する法律家団体の声明
◆時評●沖縄の米軍基地撤去は日本の歴史的責務 … 加藤 裕
◆ひろば●カジノ関連法の廃止を … 新里宏二
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集会でのメインの各報告は、本誌をお読みいただくとして、「フロア発言」の2件の抜粋をご紹介させていただく。森野俊彦さんと私のもの。
学術会議任命拒否と重なる裁判官の任命拒否
森野俊彦(弁護士・大阪弁護士会)
私は、いまは弁護士ですが、40年間裁判官をしていた者です。今回、日本学術会議の被推薦者6名の方が任命拒否をされましたが、私はそれを聞いて、50年前に私たちが経験した「任官拒否」を思い出しました。私たち60数名の任官希望者のうち7名が裁判官任官を拒否されました。私はその方たちと一緒に修習し、いかなる裁判官になっていくかを真剣に考え、任官し得たあかつきには、ともに少数者の権利を擁護する司法権の担い手として頑張っていこうと誓い合っておりました。
その方たちは、裁判官になって当然とも言うべき人で、裁判官にふさわしい人でありました。こうした人たちが拒否されたことは、本当に驚きでありました。せめてその拒否理由を明らかにすべきであると考えて、裁判官内定者55名のうち45名の不採用理由開示を求める要望書を最高裁に持っていきました。
拒否された人のうち六名が青法協に入っており、また経歴や人柄から推測しますと、おそらく最高裁はそういう方たちが裁判官として存在し活動することを絶対に避けたいと考えたのだと思います。つまり最高裁判所は、裁判所にとって都合が悪くなる可能性がある人は基本的には入れない。特に任官拒否は採用の問題ですから、入場門に立って入場を拒否すれば足りると考えたのです。
その年、私たちの10期上の13期の宮本裁判官の再任拒否もありました。私は紛れもなく思想信条を理由とする差別であったと考えます。その後、再任問題については、下級裁判官指名諮問委員会が設けられて一定の改善を見たのですが、それで裁判所の中が良くなったかというと、そうは言えないところがあるのです。残念なことに、裁判所内の民主化をめざす運動は、いまは風前の灯火です。われわれの時代には任官者の中にも結構骨太な、あるいは少数者の権利擁護こそ司法権の任務だと力説する方がいたのですが、現在そういった方が裁判官として入ってこれるかというと、それが難しい。採用の段階で選別されてしまうわけです。
最高裁判所の判事の任命は、まだ弁護士出身などいろいろなところから入ってくる部分があるのですが、国民の権利を擁護する、あるいは政府にノーと言える裁判官がどれだけ最高裁の判事になれるかということになると、これは極めて否定的なのですね。裁判官時代はともかく面従腹背して、それなりに出世をしないとだめなのです。だいたい現職で最高裁判所の判事になろうと思ったら、最高裁事務総局経験者、司法研修所の教官、最高裁の調査官などにならなければならない。それには、言いたいことも言わずに、しかし時々はこれはという判決も書かなければならない。残念ながら、今の裁判官にそんなことができるはずがない。
私の場合で言えば、青法協の会員でもありましたし、全国裁判官懇話会にも入りました。日本裁判官ネットワークを一緒にやって、そういう問題を市民とともに考えようと頑張ったのですが、残念ながら、裁判所自体を根本から変えるということにはなり得なかったのです。
どうしたらいいかということは、本当に難しい問題なのですが、ある日突然、いい裁判所ができるはずはないですね。時々いい裁判官が出るときがある。そういう裁判官を盛り立てるということも私は大切ではないかなと思っています。あとは、弁護士からの最高裁判事、少数意見がちゃんと書ける裁判官にもっともっと入っていってもらうとか、いろいろな方策が考えられます。どれも、けっこう厳しいこととは思いますが。(拍手)
50年前の苦い経験を繰りかえさないために
澤藤統一郎(弁護士・東京弁護士会)
私も森野さんと同じ23期で、50年前に同期の裁判官志望者7名が任官を拒否された事件に立ち会いました。このときの衝撃は非常に大きかった。
当時私たちは、私たちなりの常識的な裁判官像、あるいは裁判所、司法像を描いていました。憲法の理念を厳格に守る裁判所、これが当然のありかただと考えていたのが、どうもおかしい。そうではない権力の意のままになる裁判所がつくられてしまうのではないかという違和感と衝撃です。私たちが理解していた、三権分立とか司法の独立とか、あるいは裁判官の独立などとはまったく異質のものが、いま目の前に立ち上がろうとしている。そういう恐怖心を、50年前に感じたことを思い出します。
その同じ悪夢が、また今年の10月1日に繰り返され、現実の出来事として受け止めざるを得なくなりました。さきほど森野さんが発言されたとおり、50年前に私たちがいったい何を考えて何をし、それがどうしてうまくいかなかったのか。その教訓をもう一度きちんと整理すべきなのだと、あらためて思います。
50年前の苦い総括ですが、私は最高裁が成功体験を積み上げたのだと思っています。つまり最高裁は、判事補採用の段階で数名の任官志望者を拒否することによって、自らの思惑は公にせずとも、誰にでも忖度可能な状況をつくり出した。そして人事の問題だからと言う理屈で、決して採用を拒否をした理由を明らかにしない。それでいて、自分の組織の隅々にまで、トップが何を考えているか、トップに忖度をせず逆らえばどうなるのかを見せつける。そういうやり方で、巧妙に組織全体を動かしたのです。採用人事を梃子にして、全裁判官を統制し、裁判の内容まで変えてしまった。それをいま司法官僚ではなく、内閣総理大臣、行政のトップが真似てやろうとしている。
私たちは50年前の苦い経験から、その轍を踏まないように、いまの学術会議問題について、発言を継続していかなければならない。それが私たちの使命であろうと思っています。
(2021年1月30日)
例年2月は弁護士会選挙の時期。だが、今年(2021年)は2年任期の日弁連会長選挙はない。そして、私の所属する単位弁護士会である東京弁護士会(会員数8700)も選挙がない。会長・副会長(定員6名)・常議員(定員80名)・監事(定員2名)の座を争って、華々しい選挙戦があってしかるべきだが、どこでどう調整がつくのか立候補者が定員で収まって選挙はなくなった。
本来であれば2月5日(金)が投開票である。勝れて理念的な存在である弁護士会には、弁護士のありかた、弁護士会のありかた、司法や司法行政のありかた、そしてこの社会の人権や民主主義のありかたについても、選挙を通じての熱い議論があってしかるべきだが、それがないのはややさびしい。
私は、弁護士のありかたは市民社会の関心事であるべきだと思っている。選挙戦における主張の応酬はできるだけお伝えしたいところだが、今年はそれができない。とは言え、東弁の選挙公報には、会長・副会長・監事各候補者のなかなか熱い公約が掲載されている。弁護士会、なかなかの水準だと思う。
今年の特徴として、多くの候補者がコロナ対策に触れている。コロナ禍にともなう会員の減収と会の財政問題にも。しかし、それだけにはとどまらない。弁護士自治の堅持、立憲主義の擁護、憲法価値の実現、人権の尊重、弱者の司法アクセス等々についての理念を語っている。
会長候補者は矢吹公敏氏。事実上の次期会長である。この人の所信(選挙公報に掲載した公約)は決して熱くはないが、真っ当と評価できよう。その一部を引用させていただく。
弁護士全体の課題への対応
(1)弁護士自治の充実を
弁護士の自治は弁護士の独立を保障する制度です。この弁護士自治を守るために、法テラス、弁護士費用保険、法曹人口(特に、女性の法曹人口)、貸与制世代の会員などの課題に向き合っていかなければなりません。また、組織内弁護士の方々とも意見交換をしていく必要があります。さらに、会務も透明性があり、説明責任を果たせるような運営が求められます。
(2)司法の独立の中心となる活動を
司法が市民からより信頼され司法の独立を守るために、裁判所や検察庁と、時に厳しい意見を率直に述べ合うためにもさらに相互に信頼関係を深めていく必要があります。また、弁護士会が掲げる政策の実現には、立法府や行政府とも連携する取り組みが大切だと考えます。
(3)市民とともに歩む活動を
弁護士自治が弁護士法を通じて国民から負託されたものである限り、市民社会と連携する弁護士会でなければなりません。NGOなどとの協力も必要であり、またメディアへの適切かつ幅の広い対応も求められます。加えて、ジェンダー、LGBTQ、子ども、高齢者、障がい者の方々への法的サービスを欠かしてはなりません。
また、市民社会が政府や経済界に対して監督的な役割を持てるように、市民社会の側に立ってその活動を支援する取り組みが必要です。例えば、ビジネスと人権にかかわる取り組みが考えられます。
(4)憲法的価値の維持と民主主義の堅持へ
立憲民主主義は、我が国の憲法の拠って立つ礎です。加憲問題、憲法改正問題(改正手続規定に関するものを含む)、国家緊急権の問題など立憲主義にかかわる問題に積極的に意見を述べる必要があります。また、報道の自由や表現の自由など、民主主義の根幹にかかわる人権問題にも積極的に意見を述べていくべきです。
(5)法の支配の強化に向けた活動を
我が国の法手続は他国に比して遅れている課題があると言われています。IT化を含む民事司法改革や弁護人の立会い権などの被疑者・被告人の権利拡充含む刑事司法改革など弁護士会が取り組むべき課題に積極的に関与していきたいと考えています。犯罪被害者支援の拡充(犯罪被害者の権利保障、被害者参加制度の拡充、損害回復手段や経済的支援制度の拡充等)もその一つです。
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もう一つ、東弁選挙公報についてのご報告を。
9名の立候補者が所信(公約)を寄せている。経歴の紹介を西暦表示だけで行っている人が8名。たった一人だけが、西暦表示を主として元号表示を括弧に入れている。いったい何のための西暦・元号併記なのだろうか。この人も、本文では全て西暦表示である。そろそろ、元号使用は廃絶されつつあるとの実感。
ところが、公的な場面となるとガラリと変わる。選挙公報の選管作成部分の記載は全部元号表示で統一されている。昭和・平成・令和、3元号混在の摩訶不思議の世界。それぞれの候補者が、「私はA天皇の時代に生まれ、B天皇の時代に弁護士登録をし、C天皇の時代に立候補しました」と表示されている。こういう愚劣な事態は一刻も早く止めようではないか。
(2021年1月29日)
森下俊三氏のNHK経営委員再任に強く反対する各界有志 記者会見
2021年1月29日(金)10時30分?12時
衆議院第一議員会館
出席者
小田桐 誠(ジャーナリスト/大学講師)
小玉美意子(武蔵大学名誉教授)
澤藤統一郎(弁護士)
醍醐 聰 (「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」代表/東京大学名誉教授)
長井 暁(NHK・OB/大学教員)
皆川 学(表現の自由を市民の手に全国ネット事務局/元NHKプロデュ?サー)
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NHKの信頼回復のために、森下俊三経営委員再任を許してはならない。
弁護士・澤藤統一郎
ことの発端は、「クローズアップ現代+」の「かんぽ保険の不正販売問題」報道である。これに、日本郵政の鈴木康雄上級副社長が噛みついた。日本郵政のバックには総務省があり、さらには政権のご威光があった。
NHKという公共放送の自主権への露骨な政治干渉である。この干渉は、NHKの受難ではあったが、一面NHKに対する国民の信頼回復のチャンスでもあった。
2001年「ETV・問われる戦時性暴力」番組改竄問題において、安倍晋三ら右派議員の政治圧力に屈したNHKは、良識ある国民からジャーナリズムとしての信頼を失い、「アベチャンネル」という揶揄にさえ甘んじる存在となった。
しかし、「かんぽ保険の不正販売」報道は、NHKが日本郵政とそのバックの政治勢力の威光を忖度することなく、「アベチャンネルとは言わせない」という、番組制作者のジャーナリズム魂を示すものであった。このような番組制作の姿勢こそがNHKに対する国民の信頼を復活する所以であり、当然に予想される外圧から全組織をあげて貴重な番組制作の現場を守り抜かねばならない。ところが、この番組制作に対する圧力は、意外なところから生じた。それが経営委員会である。
経営委員会は、「NHKのガバナンス上の瑕疵」という訳の分からぬ理由で会長厳重注意として露骨な番組潰しを進行させた。このことによって、NHKに対する国民の信頼回復のチャンスがあえなく潰された。この番組潰しを、一貫してリードした森下俊三委員(当時委員長代理・現委員長)の責任は極めて重大である。
同氏は、外部からの圧力の防波堤となるべき立場にありながら、番組潰しに狂奔したと言うべきで、ジャーナリズムの責務、NHKの使命、経営委員会の職責をまったく理解していないと判断せざるをえない。
いまNHKの報道姿勢の公正さにも運営の透明性にも、国民からの信頼は地に落ちた感さえある。その信頼回復のためには、同氏の委員長辞任だけでなく、経営委員即時辞任が必要であった。その実現ないままに、まさかの再任を許してはならない。
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2021年1月29日
各党党首 各位
衆参総務委員会委員 各位
日本郵政がNHKに圧力を加えるのに加担し、
放送法に違反した森下俊三氏が、
NHK経営委員に再任されることに断固反対します!
各界有志一同(賛同者名簿 別紙)
NHK経営委員長の森下俊三氏が、今国会で経営委員に再任されることが承認され、経営委員長を続投する見通しになったとする新聞報道に接し、我々は驚きと怒りを禁じ得ません。
森下氏は、「かんぽ保険の不正販売問題」を取り上げるNHKの「クローズアップ現代+」の放送を止めさせようとする日本郵政の鈴木康雄上級副社長の要請を受け、2018年10月23日に開かれた経営委員会が、「郵政3社にご理解いただく対応が出来ていないことは遺憾」「視聴者目線に立った適切な対応を行う必要がある」などと、上田良一NHK会長を「厳重注意」するのを主導した人物です。毎日新聞の報道(2020年6月29日)によれば、当時経営委員長代行だった森下氏はこの時、「今回の番組の取材は極めて稚拙で、取材をほとんどしていないということ。4月の番組は郵政には取材を全然していない」「番組の作り方の問題と執行部は考えるべきだ。ネットをうのみにしたのは問題だ」「本当は、郵政側が納得していないのは取材内容だ。納得していないから、経営委に言ってくる。本質的なところはそこで、向こうは今も納得していない」と述べています。これは、経営委員が個別番組の編集に関与することを禁じた放送法第32条に明らかに違反する行為です。
さらに、森下氏は、いわれのない会長厳重注意をした経営委員会の議事録を、全面公開すべきとの「NHK情報公開・個人情報保護審議委員会」の答申をも無視して、非公開に固執する経営委員会の議論を主導しました。こうした森下氏の言動は、「放送法」第41条が定めた議事録の作成、すみやかな公表に違反する異常・無法な行為です。
この「会長厳重注意」の2日後の10月25日、「クローズアップ現代+」から「かんぽ保険の不正販売問題」の内容を全てカットすることが決められ、番組は内容を変更して10月30日に放送されました。
本来は外部からの圧力の防波堤となるべき経営委員が、日本郵政がNHK執行部に圧力を加えるのに加担し、その結果、放送内容が変更された事実は大変重大です。しかも、この「会長厳重注意」によってNHKはその後「かんぽ保険不正販売問題」について長く放送せず、ようやく放送したのは日本郵政が問題を認めた後の、2019年7月の事でした。
その間も被害者は増え続けていました。いつでも放送できるだけの材料を持ちながら、問題を放送しなかった公共放送NHKは、「被害者を見捨てた」と言われても仕方がありません。
このような事態を引き起こした森下経営委員長の責任は誠に重大です。私たちはこのような人物をNHK経営委員に再任することに断固反対いたします。
〔個人賛同者〕
岩崎貞明(『放送レポート』編集長)
右崎正博(獨協大学名誉教授)
太田武男(政府から独立したNHKをめざす広島の会)
小田桐誠(ジャーナリスト/大学講師)
小野政美(教育ジャーナリスト/愛知県元教員)
加藤 剛(日本ジャーナリスト会議会員)
黒古一夫(筑波大学名誉教授/文芸評論家)
河野安士(「NHK問題大阪連絡会」代表)
小玉美意子(武蔵大学名誉教授)
小中陽太郎(元NHKテレビディレクター/作家・評論家)
小林 緑(国立音楽大学名誉教授/元NHK経営委員)
小山帥人(ジャーナリスト)
阪口徳雄(森友事件真相解明の会共同代表/弁護士)
佐久間敬子(弁護士)
佐々木江利子(児童文学者・日本児童文学者協会会員)
佐藤真理(弁護士/奈良NHK裁判弁護団長)
澤藤統一郎(弁護士)
清水雅彦(日本体育大学教授)
白井浩子(元大学教員)
杉浦ひとみ(弁護士)
須藤春夫(法政大学名誉教授)
砂川浩慶(立教大学社会学部教授/メディア総合研究所所長)
関 耕平(島根大学法文学部教授)
醍醐 聰(「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」代表/東京大学名誉教授)
田島泰彦(早稲田大学非常勤講師・元上智大学教授)
田中重博(「NHK問題とメディアを考える茨城の会」代表/茨城大学名誉教授」)
鶴田廣巳(関西大学名誉教授)
長井 暁(NHK・OB/大学教員)
永田浩三(武蔵大学教授/元NHKプロデューサー)
浪本勝年(立正大学名誉教授)
根本 仁(元NHKディレクター)
長谷川勝彦(元NHKアナウンサー)
松村高夫(慶應義塾大学名誉教授)
皆川 学(表現の自由を市民の手に 全国ネット事務局/元NHKプロデューサー)
安川寿之輔(名古屋大学名誉教授)
山中 章(三重大学名誉教授)
〔団体賛同者〕
「NHKとメディアを考ええる会(兵庫)」(共同代表 貫名初子・長尾粛正)
「NHKメディアを考える京都の会」(共同代表 倉本頼一・隅井孝雄・中島晃)
「NHK問題を考える奈良の会」(共同代表 佐藤真理・池田順作)
「NHKを考えるふくい市民の会」(世話人 伊藤洋子・金森洋司・佐野周一)
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賛同者メッセージ
「ジャーナリズムの法的・社会的使命を負うNHK経営委員長という立場にありながら、その責務に背を向け続け、ただひたすらNHKを政権の広報機関にすべく活動してきた森下俊三氏が経営委員長に再任されることなど常識では考えられないことです。森下氏が再任されるとすれば、その時は【みなさまのNHK】の看板は外すべきでしょう。」
(根本 仁・元NHKディレクター)
「森下俊三氏は、「かんぽ生命保険の不正販売」を取り上げた『クロースアップ現代+』をめぐって、上田会長への厳重注意を行うことにより、放送法違反である放送現場への介入を行い、被害を拡大させた張本人です。そうした人物が公共放送の最高意思決定機関の長に再び就くことは断じて許されません。政権への忖度を繰り返すNHKが、本来あるべき姿に立ち戻るために、森下氏に代わる新たな経営委員長が選出されることを強く希望します。」
(永田浩三・武蔵大学教授/元NHKプロデューサー)
「よこしまな圧力に加担して、NHKの放送をねじ曲げた森下委員長の責任は重大です。再任は断じて許されません。」
(小山 帥人・ジャーナリスト)
「日本郵政グループの不当な圧力に沿って積極的に放送番組への介入を行うとともに、NHK会長を厳重注意とする放送法違反を行ったばかりでなく、速やかな経営委員会の議事録開示を求めるNHK情報公開・個人情報保護審議委員会の答申を無視して、議事録を未だに公開しないという二重の放送法違反の行為を繰り返す元凶である森下俊三経営委員の再任には絶対反対です。「森下再任」はNHKを危篤状況に陥れます。」
(浪本勝年・立正大学名誉教授)
「表現の自由、報道の自由の維持・発展を使命とする機関にあってはならない行動です。経営委員長としての資質を欠くものと言わざるをえません。権力者や上層部の圧力を感じながらも頑張っている現場の職員の貴重な志に答えること、それが経営委員長の責務です。」
(佐久間敬子・弁護士)
「いまNHKの報道姿勢の公正さにも運営の透明性にも疑惑を禁じえず、国民からの信頼は地に落ちた感さえあります。その責任は、一に経営委員長森下俊三氏の言動にあり、これまで同氏の即時退任要請が天の声となってきました。その国民の声に敢えて逆らうごとき同氏再任予定との報には驚くほかありません。NHKの信頼回復のために、絶対に反対いたします。」
(澤藤統一郎・弁護士)
「放送法に違反する人物を再任することは、公共放送であるNHKにとって、また国民の知る権利、メディアの政府監視、民主主義の観点などから、許されないと考えます。」
(田中重博・NHK問題とメディアを考える茨城の会代表/茨城大学名誉教授)
「番組制作の手法にまで踏み込んで批判し、現場への介入を行った森下経営委員長の放送法違反は明白です。当然公開すべき経営委員会議事録を隠し通そうとする姿勢を見ても、公共放送の経営に責任を持つ立場である経営委員長の資格はありません。その続投人事をすんなり認める他の経営委員や政府にも、猛省を求めます。」
(岩崎貞明『放送レポート』編集長)
「NHKは安倍政権の擁護のために政治部の岩田記者などに話させ、実に政権よりの報道をしてきた。菅政権になっても、岩田なる記者が出なくなったようだが、政権擁護の基本姿勢は変わらない。」
(阪口徳雄・弁護士)
「再任する理由や審議の経過は国民に明らかになっているのでしょうか。疑問です。」
(佐々木江利子・児童文学者/日本児童文学者協会会員)
「経営委員会は、昨年5月にNHK情報公開・個人情報保護審議委員会の「2018年10月23日作成の議事録を開示すべき」との答申を無視しました。「ガバナンスが効いていない」のは、経営委員会自身です。経営委員全員が辞任すべき事態です。」
(皆川 学・表現の自由を市民の手に 全国ネット事務局/元NHKプロデューサー)
「公共放送の何たるか、公共放送がいかにあるべきかについて見識も理解もまったく欠如した人物を、NHK経営委員会の長に再任することは到底容認できません。権力の意向をうかがい、忖度し、ひたすら阿るような人物は公共放送に関わるべきではないと考えます。再任は、公共放送の役割を決定的に貶めるだけでなく、番組改善に努力しているNHK職員、また視聴者、国民全体に対する冒涜であり、暴挙です。」
(鶴田廣巳・関西大学名誉教授)
「森下俊三氏のNHK経営委員再任に断固反対します。
彼は経営委員が個別番組の編集に関与することを禁じた放送法第32条に明らかに違反する発言・行為をした。彼はこう述べているという。「今回の番組の取材は極めて稚拙で、取材をほとんどしていないということ」「本当は、郵政側が納得していないのは取材内容だ」彼は非難されるべき郵政の利益を守ろうとしたのみではない。非難されるべき郵政を告発しようとした取材現場を攻撃し貶めようとしたのだ。許されない行為である。」
(長谷川勝彦・元NHKアナウンサー)
「今回の問題、国家権力制限規範である憲法を研究する者として看過できません。ジャーナリズムに権力監視の役割を期待しているからです。日本郵政は株式会社化されましたが、前身は郵政省という国家機関です。また、当時の鈴木康雄日本郵政上級副社長は元郵政・総務官僚でした。このような国家権力の側にいた人物の要請に応えた森下俊三氏に、権力監視が期待されるNHKの経営委員を務める資格はありません。再任に断固反対します。」
(清水雅彦・日本体育大学教授)
「森下俊三氏のNHK経営委員再任を絶対に認めることはできません。森下氏は「かんぽ保険問題」の番組に放送法違反の介入を行っただけでなく、当時のNHK会長への厳重注意を検討した経営委員会議事録の開示をいまだに拒んでいます。森下氏はNHKの報道の自由をないがしろにした恥ずべき行為をした人物です。経営委員としての資質をまったく欠いており再任に強く反対します。」
(須藤春夫・法政大学名誉教授)
「放送法で禁じられた個別番組に口を出し、「官製値下げ」経営計画を決める”百害あって一理なし”の森下経営委員長。再任など論外。国会の見識が問われる。」
(砂川浩慶・立教大学社会学部教授/メディア総合研究所所長)
「メディアに関する世論調査(新聞通信調査会)では、どの世代でもNHKテレビへの信頼度は民放テレビよりも高く、60代70代においては圧倒的です。市民はマスメディアからの情報をたよりに「かろうじて」主権者たり得ているのです。
それゆえマスメディア自らが矜持を持つべきです。
報道の核心である番組編集の自由(放送法3条)に圧力をかけた森下氏を、NHKはなお委員に留めるのですか。」
(杉浦ひとみ・弁護士)
「以前なら自重されていたような暴挙が平然と行われるようになっています。そのことに鈍感になることが一番怖いと思います。諦めずに声を挙げ続けるしかないということですね。」
(浮田 哲・羽衣国際大学現代社会学部教授)
「森下俊三氏は放送法が禁じている番組制作への介入や経営委員会の議事録の隠蔽などを平然と行い、NHKを政府の広報機関にするべく、政権への忖度・追随・同調に励んでいます。
ジャーナリズムの使命と責務についてなど、一度でも考えたことがあるのでしょうか。このような人物を経営委員長の座に置くことは断じて許されません。」
(池田恵理子・アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)/元
NHKディレクター)
「NHKにおいて、経営委員会幹部が政権寄りの立場を改め、真実を報道することに徹すれば、世界と日本の隅々に張り巡らされた取材のネットワーク、視聴率があることから、この日本を人が人を大切にする暖かい国に変える大きな力になります。アピールに賛同します。
報道と制作の現場で歯を食いしばって頑張っている人達へ。
皆さんの存在を心ある人々は知っています。くじけないで良心を根拠として、日々を過ごしてください。」
(梓澤和幸・弁護士)
「森下俊三NHK経営委員再任は国民・視聴者への挑戦です。放送法に違反した人物を、あえて選任することは放送法を無視しても構わないという国民への裏切り公認です。許すことはできません。」
(「NHKとメディアを考える会(兵庫)」共同代表・長尾粛正)
「法的にも倫理的にも公共放送の守り手として最もふさわしくない森下氏がこれ以上経営委員長としてとどまるなら、NHKは致命傷を負うことになります。すでに政権の広告塔と化したニュースに加え、良心的な記者や製作者が守ってきた多くの番組も失われかねません。再任反対を強く求めます。」
(石塚直人・元読売新聞記者)
「これ以上の報道の自由への侵害を許してはなりません。時代の流れを戦前の戻そうとするような自民党の政治に何時になったらこの国の人びとは決別できるのでしょうか。」
(大鹿康廣・退職教員)
「放送法違反に当たる行為を繰り返してきた森下俊三氏をNHK経営委員に再任するなら、違反行為をお咎めなしとして追認することにつながります。また、そうした人物が経営委員に居座るなら、NHKへの信頼も大きく損なわれます。法の支配とメディアの健全性という観点から、同氏の再任に強く反対します。」
(小野塚知二・東京大学経済学研究科教授/東京大学アジア研究図書館長)
「公共放送の使命を果たそうと必死になって努力した同僚たちの、その熱意と使命感を踏みにじり、番組の放送を妨害し、被害を拡大させる結果を招いた森下氏の行為は、到底許されるものではありません。
森下氏が経営委員長を続ければ、私たち現場の職員は、いつまた番組に介入されるかわからないという不安にさらされるでしょう。NHKの現役職員として、森下氏の経営委員再任に強い危機感を持って反対します。」
(匿名希望NHK現役職員A)
「趣旨に賛同させて頂きます。再任はNHKの将来性、存在意義に影響する事を懸念します。NHKの多様性を守りたい。反対いたします。」
(匿名希望NHK現役職員B)
「アピールに賛同致します!上層部への忖度が蔓延するNHKの職場環境を変えていくためには、まず経営委員会から放送法を遵守する強い姿勢を示す必要があります。森下経営委員長の委員再任に反対です。」
(匿名希望NHK現役職員C)
「森下経営委員長再任に反対するアピールに賛同します。森下氏は経営委員会の透明性を失わせ、国民のNHKの運営への信頼を失わせる行動を意図的かつ継続的に行っていることが、公表された情報だけで十分判断できると思います。」
(匿名希望NHK現役職員D)
「森下氏の再任は、かんぽ問題の経緯を注視してきた多くの職員の、士気やモチベーションに悪影響を与えます。反対します。」
(匿名希望NHK現役職員E)
「森下経営委員長の委員再任の緊急アピールに賛同します。」
(匿名希望NHK現役職員F)
「NHKの現役職員です。かんぽ問題では、被害者救済という確固たる目的を持って取材を重ね放送も決まっていたにもかかわらず、介入により放送が実現しませんでした。そのショックは大きく、職員の中にトラウマとして蓄積しています。森下氏の再任によって、また介入が起きるのではないか、視聴者第一の報道姿勢が揺いでいくのではないかと恐れています。視聴者の信頼低下を防ぐためにも、森下氏の経営委員再任に反対します。」
(匿名希望NHK現役職員G)
「視聴者に信頼される公共メディアたるべく、私たちは日々現場で放送の仕事に向き合っています。変わりゆく情報環境に対応するための改革。受信料の価値を最大化するための努力。ファクトをつかむための地を這う取材。深いテーマをわかりやすくお届けするための知恵と工夫。そうやって私たちは1ミリずつ、公共メディアとしての「信頼」を積み上げています。しかし森下経営委員長は、こうした現場の積み上げを台無しにしてきました。森下氏による番組への介入が制作現場に及ぼした混乱と不信は、未だに現場に深い陰を落としています。そして当該の議事録すら、全うに公開すらしないその姿勢。視聴者からの信頼を毀損する人物を経営委員長として再任することに、1人のNHK職員として納得ができません。断固反対いたします。」
(匿名希望NHK現役職員H)
(2021年1月29日)
ロシアにだってね、《法の支配》も《法治主義》もあるんだよ。《立憲主義》って考え方もね。えっ? 「ウッソー」とは失礼な。ちゃんと「ロシア憲法」だってある。その憲法には、思想・表現の自由も、「平穏な集会・デモの自由」も書いてある。本当だよ。だから、国民誰もが政権に反対して「平穏に」集会やデモをする自由を持っている。驚いちゃいけない。ロシアって、ツァーリ独裁の帝政時代とは違うんだ。
だから、私が、ずーっと権力を掌握し続けるための法をつくるには一苦労だった。憲法を改正しなくちゃならなかったし、それに、大統領経験者が罪を犯しても生涯にわたり訴追されない権利を保障する法律を作るのも楽じゃなかった。その楽じゃない手続を、全て完了したのだから、もう何の問題もない。ツァーリ独裁ならそんな面倒なことをしなくてもよかったんだけど、いや、文明とは面倒なもの。
アレクセイ・ナワリヌイ? 彼はなんにでも反対するヘンな奴でね。憲法改正についても、大統領終身不訴追の立法にしても、「クーデターだ」とか、「憲法違反だ」と騒いでいた。明らかに、人民の意思に反した行動ではないか。おかしいだろう。もちろん、彼にも人権はある。それは否定できない。でも、人権があるってことはだね、なんでも勝手にできるってことではないんだよ。人は、厳格に法が認める範囲でしか行動できない。どこの国でも、おんなじだろう。
昨年(2020年)8月、彼は国内を旅客機で移動中に体調が悪化してベルリンの病院に入院した。問題がこじれたのは、ドイツ政府の仕業さ。ナワリヌイに神経剤ノビチョクによる毒殺が図られた「明確な証拠」があると発表したんだからね。それで、ナワリヌイも調子に乗って、「ロシア当局が自分を暗殺しようとした」「プーチンの指図だ」と主張を始めた。冗談じゃない。私が指図したのなら、今ごろ彼が生きているはずはないじゃないか。
ドイツから帰国した彼が、モスクワの空港で待ち構えていた官憲に逮捕され拘束されたが、これは私の指示によるものではない。法が命じたからだ。彼は、有罪の判決を受けて3年半の禁固刑を言い渡され執行猶予中の身だ。しかも執行猶予期間中、定期的に出頭義務を課せられている。この義務に違反したからの身柄拘束だ。法治国家として当然のことじゃないか。どうして出頭できなかったか? そんなことに私は興味はない。
ナワリヌイの身柄拘束に対して、彼の釈放を求める抗議集会とデモが起こった。1月23日のことだ。「少なくとも全国約125都市で」「全国で25万?30万人が参加」「プーチン政権下の抗議活動では過去最大規模」などと報道されているが、これは不許可の違法集会だし、違法デモだ。違法は、断固取り締まらなければならない。それが、《法治主義》だ。だから、治安当局が3700人以上を逮捕したっていうのは当然だろう。
治安当局が参加者を警棒で殴打するなどの映像が流され、外国からの非難の声も上がったが、あれはためにするものだ。「米連邦議会議事堂乱入事件の容疑者には最長禁錮20年となる重罪の容疑で捜査が進んでいる」というじゃないか。違法行為が許されないのは、どっちもどっち。違法なデモを取り締まるのは平穏な社会秩序を維持するためには当然のことだろう。
ナワリヌイは、自らの政治的な野心を押し通すために違法を重ねているんだ。違法を断固取り締まるのが、法治主義ではないか。しかも、このデモは、合法的な政権に対する危険をもたらすものとしても徹底して取り締まらねばならない。
それからもう一つ。ナワリヌイは、黒海沿岸にプーチン宮殿なるものがあると吹聴している。私が、「1000億ルーブル(約1400億円)相当の宮殿などを所有している」として、その宮殿の動画を公表している。あまつさえ、特定の実業家の名を上げて、この宮殿を「史上最大の賄賂」とまで言っている。明らかに、市民を洗脳しようとしているのだ。
しかし、「私も近親者もここで示された財産のどれも所有していない。過去に所有したこともない」。これで、この話は終わりだ。では、いったいあの建物は、誰が何のために建設したか、調べれば分かるだろうって? 私には、そんな無意味なこと時間を費やす暇はない。
最後にはっきりさせておこう。表現の自由を行使する権利は誰にもある。しかしそれは、飽くまで「法が認める枠」の中でのことだ。その枠外に出るものはすべて危険なものとして、禁じられる。それが、ロシアの《法治主義》だが、私の見るところ、世界中を見わたしてどこの国もおんなじだ。大して変わるところはない。そうだろう。
(2021年1月27日)
昨日のNHK(Web)報道に我が目を疑った。「日本の国旗損壊 刑法改正し処罰規定検討 自民 下村政調会長」というのだ。このコロナ禍の緊急事態に、不要不急極まる右翼の蠢動。もしや、本気で火事場泥棒を狙っているのだろうか。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210126/k10012834121000.html
「日本の国旗を壊したり汚したりした場合の対応として、自民党の下村政務調査会長は、刑法を改正して処罰規定を設けることを検討する考えを示しました。
自民党の高市・前総務大臣らの議員グループは26日、下村政務調査会長と会談し、刑法には外国の国旗を壊したり汚したりした場合の処罰規定はあるものの、日本の国旗については規定がないとして法改正を訴えました。これに対し下村氏は「必要な法改正だ」と応じ、法改正を検討する考えを示しました。
このあと高市氏は記者団に対し「日本の名誉を守るのは究極の使命の1つで、外国の国旗損壊と日本の国旗損壊を同等の刑罰でしっかりと対応することが重要だ。改正案を今の国会に提出したい」と述べました。」
いかにも唐突な「国旗損壊罪」創設という刑法改正の提案。誰が見ても不要不急の極みだが、「改正案を今国会に提出したい」とは穏やかでない。読売は、法案の内容にまで踏み込んで、こう報じている。
「自民党は26日、日本を侮辱する目的で日の丸を傷つけたり汚したりする行為を処罰できる「国旗損壊罪」を新設する刑法改正案を今国会に議員立法で提出する方針を固めた。下村政調会長が、党の保守系有志議員でつくる「保守団結の会」による提出要請を了承した。
改正案は刑罰として「2年以下の懲役か20万円以下の罰金」を科すとしている。自民党は、野党時代の2012年にも同様の改正案を国会提出し、廃案となっている。」
閣法としての取り扱いではなく、法制審議会への諮問もない。連立与党間の摺り合わせもないようだ。何よりも、こんな立法を必要とする立法事実は皆無であり、世論の盛り上がりもない。自民党が本気になって、こんな法案成立の意気込みをもっているとは、とうてい考え難い。にもかかわらず、右翼議員パフォーマンスの材料として、「国旗」がもてあそばれているのだ。
はて? 「保守団結の会」? ようやく思い出した。昨年(2020年)6月自民党内右翼が選択的夫婦別姓制度への賛否で割れてスピンオフした、あの最右派集団であったか。何しろ、稲田朋美の右派姿勢の不徹底に失望したと批判して、それよりも右の議員43名が再結集したという報道だった。 昨年暮れに、新たに顧問として、安倍晋三、古屋圭司、高市早苗などという札付き右翼を入会させているという。
この「団結の会」の信条は、何よりも《伝統的家族観》。そして《皇室の尊崇と皇統の護持》だという。《伝統的家族観》と《皇室の尊崇と皇統の護持》、そして《国旗の尊厳》とが彼らの頭の中では直結している。かつての教育勅語ウィルスが絶滅を免れて、こういう宿主の脳髄中に生存を続け、この三者を強固に結びつけているのだ。このウイルスの発現症状は、発熱でも咳嗽でもない。思考能力が侵され、「忠君愛国」「富国強兵」「万世一系」「民族差別」「皇国弥栄」等々の根拠のない空っぽのスローガンのマインドコントロール下に制圧されることになる。
端的に言えば《伝統的家族観》とは【男尊女卑】【家父長制】と同義である。《皇室の尊崇と皇統の護持》とは【人間の差別の肯定と固定化】を意味する。こういう人間観・社会観をもったグループが、男尊女卑と差別を基調とする国家の象徴としての国旗を大事としてもてあそんでいるのだ。
このグループの「筆頭発起人」を名乗っているのが高鳥修一(新潟6区)。稲田朋美同様安倍晋三側近と言われた議員。彼はこう発言している。
「日本では、国家を侮辱する目的で他国の国旗を損壊すると罪になりますが、自国の国旗を踏みにじることは自由となっています。」「自国の国旗を侮辱することに対して各国で禁止する規定があるのは自然なことだと思いますが、日本ではそれも表現の自由という意見があり、他国の国旗は尊重しても自国の国旗は踏みにじって構わないことになっています。」
「いかにもアンバランスな状況を是正する為に、…今国会に法案を提出することになりました。既に平成24(2012)年に一度党内手続きを終え国会に提出されているので、下村政調会長からは、自民党として了解した(再度の党内手続きは不要)。委員長提案は難しくても各党に説明するようにとの指示がありました。早速、関係者に説明にかかっています。」
何という安直さ。何という軽薄さ。こんなに軽々しく刑法をいじられてはたまらない。しかも、ことは国民の人権と国家の権力との関係の根本に関わる。我が国の憲法体系の根幹にも関わる議論が必要な問題なのだ。
自民党は、2012年発表の改憲草案で、「第3条(国旗及び国歌)」の条文を作ろうとしている。
第1項 国旗は日章旗とし、国歌は君が代とする。
第2項 日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない。
この国旗国歌尊重義務こそが、旧大日本帝国で猖獗を極めた教育勅語ウィルスの所産にほかならない。後遺障害というよりは、今の世の変異株というべきであろう。
なお、現行憲法の外国国章損壊罪は次のとおりの条文で、その保護法益は「我が国(日本)の円滑な外交作用」と考えられる。当該国旗が象徴する国家の尊厳というものではない。
第92条 第1項 外国に対して侮辱を加える目的で、その国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、又は汚損した者は、2年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。
同2項 前項の罪は、外国政府の請求がなければ公訴を提起することができない。
(2021年1月26日)
1月21日付の「タイムズ」が、今夏の東京オリパラについて、「日本政府が、新型コロナウイルス感染症のため非公式に中止せざるをえないと結論づけた」と報じたことが話題となった。同紙は、23日に「日本のジレンマ メンツを保ちながら中止する方法」と題した続報を載せ、「組織委、IOC、日本政府は一貫して大会は順調に進んでいると宣言しています。しかし、舞台裏では希望はほとんどなくなっている」とし、日本側は中止を模索しているとした。担当記者は、「公式発表まで当局は計画通りに進んでいるかのように振る舞う。しかし、末期症状の患者のように、重要な臓器がシャットダウンする時がくるだろう」と言っている。
「日本、コロナのせいで五輪脱出を模索」と題した東京発のタイムズ記事は具体的で詳細な内容となっている。連立与党幹部による「既に1年延期された大会は絶望的だとの認識で一致している。今は次に可能な32年大会の開催を確保することに焦点が当てられている」とのコメントを紹介。「誰も最初に言いたがらないが、(開催は)難しすぎるというのが一致した意見」との情報筋の談話も紹介し、IOCと日本政府が表向きには五輪開催は可能と主張しているとした。また、五輪準備へ少なくとも250億ドル(約2兆6000億円)を投入した日本にとって「大会中止は金融危機となる」とも指摘している。
ことの真偽は確認のしようもないが、ありそうなことだと誰もが思う記事。とりわけ「タイムズ」の報道である。とうていフェイクとは思えない。
もちろん、日本政府がこれを認めるはずはない。直ちに、「そのような事実は全くない」と否定するコメントを発表した。菅義偉得意の「そのような指摘は当たらない」「全く問題ない」という一刀両断だが、はなはだ切れ味が悪い。
政府のコメントは「東京大会については、競技スケジュールと会場が決定されており、夏からの大会の成功に向けて、関係者が一丸となって準備に取り組んでいる」「政府としては、感染症対策を万全に、安全・安心な大会の開催に向けて、引き続き、IOC=国際オリンピック委員会や大会組織委員会、東京都などと緊密に連携して、準備をしっかりと進めていく」というお決まりの内容。しかし、問題は政府の決意ではない。現実に開催できるか否かの、客観的で具体的な状況の如何なのだ。
同じ21日、IOCのトーマス・バッハ会長が、共同通信のインタビューに応じている。新型コロナウイルスの影響で1年延期された大会について、「7月に開幕しないと信じる理由は現段階で何もない。だからプランB(代替案)もない」と述べ、中止や再延期の可能性を否定したという。
この人、「全ての選手が東京に来ることを望んでいる」とし、「ワクチン接種を含む予防策に自信を示した」とも報じられている。客観的で具体的な状況の説明はない。菅や森・小池だけでなく、このバッハという人物にも、次第に胡散臭い雰囲気が漂い始めている。
問題はこういう形で投げかけられている。コロナ禍のさ中に、そんなに無理をし感染拡大の危険を冒してまで、東京オリパラを開催する意義がどこにあるのか。
今の時期に、東京オリパラ開催を強行するデメリットは、述べるまでもない。人と人との接触がコロナウィルス感染の基礎である。世界の各国から多数の人を集め、人と人とを密着・密集させることは、コロナ禍拡大の機会を提供することにほかならない。相互にウィルスを感染させ、世界に蔓延させ、猖獗を極めさせるリスクを否定し得ない。
日本医師会の中川会長は、「現時点で、オリンピック・パラリンピックの開催が可能かどうか言及するつもりはないが、選手団だけでも大変な数だ。もし新たな新型コロナウイルスの患者が発生すれば、今の医療崩壊が頻発している状況のもとで受け入れ可能かというと、可能ではない」と述べている。
「オリンピック・パラリンピックの開催が可能かどうかに言及するつもりはないが」と言いつつも、結局は、「医療崩壊が頻発している状況のもとで受け入れ可能かというと、可能ではない」と明言している。正直なところだろうし、常識的な結論でもある。
では、そんなリスクを冒してまで、東京オリパラを開催すべき積極的な意義はあるのだろうか。商業主義の膝下に呻吟するオリンピックである。これを当て込んで儲けを企む人々には、当然に「大いに開催の意義あり」ということになるだろう。国威発揚を目論んでいる人も、この場で目立ちたがっている人々も同様。
オリンピック本来の目的は「人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てること」と定式化されているという。また、パラリンピックは、そのゴールを「パラリンピックムーブメントの推進を通してインクルーシブな社会を創出すること」とし、「すべての人が共生する社会の構築を目指す」という。いずれも美しい言葉ではあるが、言葉のとおり、美しく胸に響くだろうか。
これに対して、「反東京オリンピック宣言」という異議申立の書籍が出版されている(航思社)。こちらは、「開催を返上・中止せよ!!」という立場。その惹句が次のとおり。
「アンダーコントロール」などという安倍首相による世界に向けた破廉恥なまでの虚偽発言、裏金不正疑惑、抵抗するアスリートの排除、野宿者排除・人権蹂躙、だるま式に膨れ上がる開催費用/まやかしの経済効果、環境汚染、置き去りにされる福島復興・原発対策……。様々な問題が山積・噴出しているにもかかわらず、なぜ東京でオリンピックを開かねばならないのか? 政府・東京都・広告業界、それらと一体と化したマスメディアが、これらの問題に目を耳を口を閉ざして歓迎ムードを醸成、反対の声を抑圧するなか、2020東京オリンピック開催に対して、スポーツ、科学、思想、哲学、社会学などの研究者・活動家ら16人による根源的な異議申し立て。
あなたの胸には、どちらが響くだろうか。そして今夏、敢えて東京オリパラを開催すべきという気持ちになれるだろうか。