年の瀬である。2014年を振り返って見なければならない。良い年ではなかったが、そのトップニュースは何だっただろうか。
上野千鶴子が「壊憲記念日」と名付けた7月1日の、集団的自衛権行使容認閣議決定をおいてほかにないだろう。この日憲法がないがしろにされ、政権が国の運命変更に舵を切った日。とりわけ「立憲主義に大きな傷がついた日」であり、「専守防衛の方針が打ち捨てられた日」と記憶されなければならない。
各メディアが、「今年の十大ニュース」を報じている。12月15日に、新聞之新聞社が主宰する「社会部長が選ぶ今年の十大ニュース」が発表された。在京の新聞・通信8社の社会部長らが出席しての選考会でトップになったのは、予想のとおり「集団的自衛権の行使容認を閣議決定」であった。ちなみに2位以下は次のとおりである。
(2)御嶽山噴火や広島の豪雨など自然災害相次ぐ
(3)消費税8%スタート、景気足踏みで再引き上げは延期
(4)衆院選で自公大勝、解散前に「政治とカネ」で女性2閣僚辞任も
(5)袴田事件で再審開始決定、48年ぶり釈放
(6)青色LEDで日本人3氏がノーベル物理学賞
(7)STAP細胞論文に改ざんなど不正
(8)朝日新聞が「吉田調書」、慰安婦記事の一部取り消し、社長が辞任
(9)危険ドラッグの事件事故が激増、規制強化
(10)朴槿恵韓国大統領めぐる報道で産経新聞の前ソウル支局長起訴
このほど共同通信社と加盟各社が選んだ今年の国内十大ニュースが発表になったが、やはりトップは「集団的自衛権の行使容認を閣議決定」であった。2位以下は大同小異だが、10位に「普天間飛行場の辺野古移設で国調査反対の知事が当選」がはいっている。
当然のことながらニュースの重大性の比重は各社・各紙で異なる。読売の十大ニュースには「集団的自衛権行使容認の閣議決定」はランクインされていない。12位である。しかも、「集団的自衛権を限定容認、政府が新見解」とネーミングが微妙に異なる。
共同通信加盟紙による閣議決定ニュースの解説をそのまま引用すれば、「政府は7月1日、従来の憲法解釈を変更し、自国が攻撃を受けていなくても他国への攻撃を実力で阻止する集団的自衛権の行使容認を閣議決定した。『国民の権利が根底から覆される明白な危険がある』などに限定する『武力行使3要件』を設けたが、行使できる範囲をめぐり自民、公明両党で意見が分かれる。歴代内閣は憲法9条の許す範囲を超えるとしてきただけに、専守防衛の理念を逸脱しかねない戦後安全保障政策の大転換だ」というもの。
このような「専守防衛の理念を逸脱しかねない」「大問題」「大転換」「最大級のニュース」であることが常識的な理解。
この閣議決定は、安倍政権によるこれからの改憲路線への布石である。自衛隊を海外に派兵して戦闘させるには閣議決定では足りず、具体的な法的根拠が不可欠である。閣議で憲法原則を壊しておいて、次には立法改憲の手続きにはいることになるわけだ。来年は、閣議決定に基づく具体的な安全保障法制のせめぎ合いの元年となる。その手はじめが、既に予告されている「自衛隊の後方支援恒久法」である。
「安倍政権は、来年の通常国会に、自衛隊による米軍など他国軍への後方支援をいつでも可能にする新法(恒久法)を提出する検討に入った。首相周辺や政府関係者が明らかにした。これまで自衛隊を海外派遣するたびに特別措置法を作ってきたが、新法を作ることで、自衛隊を素早く派遣できるようにする狙いがある。自衛隊の海外活動が拡大するため、活動内容や国会承認のあり方でどこまで制約をかけるかが焦点になる」(朝日)
自公政権が、国会内での議席数に驕って、数の力で憲法を無視した立法を強行できると思ったら大まちがいだ。まず、国会での自公政権の議席の数は、小選挙区制のマジックによって嵩上げ上げされた虚構の多数でしかない。しかも、「アベノミクス選挙だ」「経済再建この道しかない」と、争点をずらして掠めとった議席であって、憲法問題や安全保障政策についての国民の信任を得たものではない。
国民の目は醒めている。安倍の暴走がこれ以上になればあっさりと民意は離れることになるだろう。しかも、国民の現政権支持はアベノミクスへの期待が持続する限りにおいてのもの。安倍政権はいよいよキナ臭いが、民意を恐れてもいる。後方支援恒久法案の国会審議入りは来春の統一地方選への影響に配慮して、その後になるだろうと言われている。すべては民意にかかっているのだ。
今年のせめぎ合いは新年にもちこされる。まずは、来春の統一地方選挙が大きな政治戦として自公政権への信任の可否を問うことになる。新たな年は、新たな決意が必要な年となるのだろう。
(2014年12月30日)
ずいぶん迷ったんだけど、去年の今日、思いきって靖国に参拝して本当によかった。もちろん風当たりは覚悟していた。中国も韓国もそりゃ怒るさ。あたりまえのはなしだ。けど、そんなことは想定の範囲。日中・日韓の外交関係が冷え込めば、憲法改正だってやりやすくなる。「わが国をめぐる安全保障環境は、近年ますます厳しくなって…」というあのフレーズが使いやすくなる。そうすれば、明文改憲ができなくても、憲法解釈を変えて集団的自衛権の行使容認に踏み切ることだってできるんじゃないかと思っていた。いや、我ながらみごとな戦略、ズバリうまく行った。
去年のこの日は、第2次安倍政権が発足してからちょうど1年目だったんだ。第1次安倍政権のときは、結局任期中に一度も参拝できなかった。もちろん、できることならやりたかったんだ。だって私を政権の座に押し上げてくれたのは、保守の皆さんではない。明らかに右翼の皆さんだからね。そのお礼の気持ちを表すのには、靖国参拝が一番じゃないか。なんたって「右翼には靖国」だよ。しかし、第1次政権では一度も靖国参拝ができずじまいで、「痛恨の極み」と言ったままだ。第2次政権になって1年たっても参拝できなきゃ、「安倍晋三は口だけの右翼政治家だ」と言われちゃうじゃないか。そんなことになったら、もっと右の誰かに支持を奪われてしまうかも。だから、頑張って参拝をやっちゃったんだ。
いや、右翼の皆さん心から喜んでくれた。あんなに喜んでもらって私も嬉しかった。右翼冥利に尽きたし、政治家冥利にもだね。だから、その嬉しさを日記に書き留めておいたんだ。
「ボクの決断が右翼にウケたから だから12月26日はヤスクニ記念日」
出来がよくない? お粗末様。
でも、皆さん覚えておいででしょう。「もし私を右翼の軍国主義者と呼びたいのであれば、どうぞそう呼んでいただきたい」という私の発言。そのとおり、掛け値なしに私は正真正銘の「右翼の軍国主義者」なんですよ。右翼のための右翼首相の靖国参拝。どうしたって一度はやらなくちゃ。去年あのときにやっておいてよかった。
去年の12月26日午前11時半、私は靖国神社に昇殿参拝したんだ。「内閣総理大臣 安倍晋三」と札をかけた花を奉納して、肩書も記帳した。官房長官は私的参拝と言っていたけど、それじゃ右翼の皆さんが納得しない。やっぱり、公的資格における参拝でいいんじゃないの。
参拝後、記者に囲まれてね、こう言ったんだ。
「国のために戦い、尊い命を犠牲にされた御英霊に対し、哀悼の誠を捧げるとともに、尊崇の念を表し、御霊やすらかなれとご冥福をお祈りした」「日本は二度と戦争を起こしてはならない。私は過去への痛切な反省の上に立ってそう考えている。戦争犠牲者の方々のみ霊を前に、今後とも不戦の誓いを堅持していく決意を新たにしてきた。」とね。
これ、苦心の作なんだ。これなら右翼の期待をあんまり裏切ることなく、一般人の感情からもさしたる反発を招かないだろう。キーワードは「不戦の誓い」だ。ボクだって、けっこう考えているんだよ。
もっとも、ボクだって政治家だ。言ってることと思っていることが同じであるわけがない。IOC総会のときだってそうだ。本当は、福島第1から海に放射能がダダ漏れなのは分かっていたさ。でも、それを言っちゃおしまいだろう。「アンダーコントロール」と「完全にブロック」って言ったから、オリンピック誘致に成功したんじゃないか。このコツが大切なんだ。真実を言うことじゃない。
「中国、韓国の人々の気持ちを傷つけるつもりは全くない。…中国、韓国に対して敬意を持って友好関係を築いていきたいと願っている」とも言ったけど、本当にそんな気持をもっていたら、靖国神社に参拝などできるものか。思い切り人をぶん殴っておいて、「あなたを傷つけるつもりなど毛頭ありません。今後とも、敬意を持ってあなたとの友好関係を築いていきたいと願っています」と言っているようなものだからね。
そういえば、もう一つ苦心があった。こう言ったんだ。「また戦争で亡くなられ、靖国神社に合祀されない国内、及び諸外国の人々を慰霊する鎮霊社にも参拝した」と。鎮霊社を持ち出したのは、なかなかの工夫だ。あんまり、皆さん鎮霊社って知らないでしょう。「靖国神社の構内には、天皇への忠死者以外の人たちみんなを祀る施設があるんだ」と納得してくれそうじゃない。
鎮霊社とは、靖国神社にもともとあったもんじゃない。靖国神社のパンフレットには、「戦争や事変で亡くなられ、靖国神社に合祀されない国内、及び諸外国の人々を慰霊するために、昭和40年(1965)に建てられました。」とある。
私も、このときはじめてしげしげと鎮霊社を見て、正直のところちょっと驚いた。あんまり規模が小さいし、みすぼらしかったから。鳥居も付いてない。手入れも悪そう。本殿の立派さと比べて鎮霊社のみすぼらしさと粗末な扱われ方は極端だね。靖国における「魂の差別」「死者の差別」と言えば言えなくもない。そうとは思うけど、そうはけっして口に出したりしない。私だって政治家だもん。
本当に私が言いたかったことは、「不戦の誓い」なんかじゃない。「鎮霊社にも参拝した」は、言い訳のためのカムフラージュ。誰だって分かっていることだ。
そもそも、靖国で平和を語ることは不似合いだ。富士には月見草がよく似合う。鳩にはオリーブの葉。軍国神社靖国には軍服を着たおじさんの進軍ラッパがよく似合う。とうてい「不戦の誓い」が似合うところではない。それくらいのことは長州出身の私はよく心得ている。
ホンネはこんなところだな。
「英霊の皆様、とりわけA級戦犯として無念の死を遂げられた14柱の皆様。ようやく、臣安倍晋三が、皆様のご無念をお晴らし申し上げるときがやってこようとしています。国家が、富国強兵の目的のもと、版図を拡大するための戦争を行うのは、当然のことではありませんか。すべての独立国には戦争する権利がある。しかも、皆様がご苦労された戦争は我が国の自存・自衛のために敵国に攻め入って敵国で闘ったもの。反省すべきは、果敢に闘ったにもかかわらず戦争に敗れたこと。兵力の不足と、鍛錬の不足、そして武装のための経済力の不足でした。これからは、一意専念、アベノミクス効果で国力を増強し、武器産業を拡充し、国民には愛国心を叩き込み、軍事費拡大による軍備の増強と軍事法制の充実をはかります。幸いに、特定秘密保護法は国会を通過し、新たな大本営であるNSCもできました。集団的自衛権行使容認ももうすぐ。憲法改正だって夢ではありません。大っぴらに戦争を語ることのできない異常な時代はもうすぐ終わります。戦後のレジームを克服し、天皇をいただいた大日本帝国時代の日本を取り戻す計画が着々と進行しております。ですから英霊の皆様、とりわけA級戦犯の皆様、安らかに我が国の再びの軍国化の将来をお見守りください。」
あれから1年経った。私の靖国参拝が、中国・韓国・北朝鮮等の近隣諸国に対する挑発行為と受けとられたことは、事実だからやむを得ない。保守本流や財界からは、国益を損なう外交の拙劣とかいう批判もあるけど、たいしたことはないさ。もっとも、アメリカ政府までが、「失望した」なんて言い始めたのが想定外だったけど。
近隣諸国との緊張関係は確実に高まった。それが功を奏して7月1日に集団的自衛権行使容認の閣議決定まで漕ぎつけることができた。そして、評判の悪い第2次安倍政権だったが、なんとか乗り切ってきた。今回の総選挙も小選挙区制様々で、結果オーライだ。ボクには、持って生まれた何かがあるんだな。
今後とも、隙あらば、国民の批判がかわせるとの読みができれば、靖国参拝を重ねたい。その実績が、「靖国派」とか、「歴史修正主義派」とか言われている人々を励ますことになるからね。
そして、英霊やA級戦犯の皆様にこう誓うんだ。
「必ずや軍備を増強して日本を強い国にします。再び戦争に負けるような国にはしません。そのために、憲法を改正し憲法9条をなくして精強な国防軍をつくり、戦前の軍事大国日本を取り戻します」
この度の選挙で勝てたし、英霊との約束を果たすことができそうだ。
第1回目の「ヤスクニ記念日」バンザイだ。
(2014年12月26日)
昨日(12月24日)特別国会が招集されて、クリスマス組閣となった。第3次安倍内閣の発足は、大多数の国民にとって心躍るプレゼントではありえない。到底「メリー」とも「ハッピー」とも口にする気分ではない。
一昨日(23日)の東京新聞「本音のコラム」で鎌田慧が、「クリスマス粗閣」「第惨次内閣」と、嘆いていた。まことに「惨々たる粗末な内閣」の継続である。
続いて、本日(25日)の東京朝刊「こちら特報部」では、いくつかのネーミングが紹介されている。
「(絶対得票率)4分1内閣」「公約違反不誠実内閣」「(長く続かぬ)ショート景気内閣」「(原発)強制再起動[リセット]内閣」「失敗隠蔽内閣」「プチ整形内閣」「話を聞か内閣」そして「妖怪のしわざ内閣」などなど。総じて評判はすこぶる悪い。
評判の悪さの原因は2点に集約される。
第1点は、与党の議席は上げ底であることだ。民意の支持の実体を遙かに上回る議席数を掠めとっているのだ。小選挙区マジックによる虚構の絶対多数。それをわきまえた謙虚さを欠くことが悪評の原因。
以下のような計算をしてライバル共産党と比較してみると、小選挙区制の不公平さ加減が感覚的に理解できるのではないか。
共産党は小選挙区で全国合計704万の票を得ている。この票数で獲得議席はわずかに1。1議席あたり704万票である。沖縄1区を除いてことごとくが死票となっている。一方、自民党は2546万票で222議席。1議席あたり11万5000票である。704万票集めてわずか1議席の政党と、11万5000集めて1議席獲得の政党とがある。その不公平較差なんと61倍である。この不公平に目をつぶれるだろうか。
東京都内だけを抽出すると、この較差はさらに甚だしい。
自民党が全25選挙区に候補者を立ててはいないので比例区の得票数で比較することにしよう。得票数は自民180万、共産89万で、その比率はほぼ2対1。公平な選挙制度であれば、獲得議席数も2対1であってよい。これが現実には、22対0である。自民党は約8万2000人の得票で1議席を獲得しているのに、共産党は89万票で一議席もとれない。不公平の極みというほかはない。
第2点は、解散時から選挙期間中は、「アベノミクスを問う」「アベノミクス選挙だ」と言っておきながら、開票が済むや一転して、「信任を受けた」「憲法改正もやらねばならぬ」と言い出す、悪徳商法並みの二枚舌にある。下駄を履かせられた「虚構の3分の2」である。これで、「国民の信任を得た」などとして強権を発揮されたのではたまらない。
なお、東京新聞は前回2012年選挙後にも、同様の企画を掲載している。「ネトウヨ内閣」「国防軍オタク内閣」「極右はしゃぎすぎ内閣」「逆戻り内閣」などのネーミングが紹介された。どれもこれも、まさしくピタリだったわけだ。この度のネーミングも当たるとなれば、「大惨事やべえ内閣」と警戒しなければならない。
それにしてもである。議席を減らしたとはいえ、自民党が第一党として最大の得票を得た。比例票は、共産党票に比較して全国で2.9倍、東京で2.0倍である。これだけ多くの人が、「アベノミクス」に期待して投票したことは否定し得ない。
経済が疲弊している状況でなぜだろうか。この点について、先のコラムで鎌田慧が、大意次のように語っている。
「戦後の読売新聞社争議の立役者だった鈴木東民の妻、ゲルトルートのヒトラーが政権をとる直前ベルリンでの思い出。公園のベンチに座っていた失業者が、仲間の一人にこういっていた。
『俺はヒトラーに賛成していない。けれども、もしヒトラーが政権をとるようなことがあったら、失業ってのはなくなるだろう』
彼女に会ったのは、もう30年も昔のことだ。ベンチに座った失業者の話を聞いたわけではない。それでも妙に情景が心に残っている。いま、日本は非正規労働者が約40%。安倍さんが景気を回復させる、というのに期待せざるを得ないほどに、生活が苦しい。…いくばくかの賃金が上がれば、武器輸出、原発再稼働、憲法改悪、戦争経済の一本道も気にかけないほど疲弊している。」
本日の東京新聞の一面政治欄「第3次安倍内閣発足」に、「安保加速」「経済継続」「原発維持」の語が重ねられ、「反対論の中『信任を得た』」と見出しが付けられている。その記事の最後は、次の言葉で締めくくられている。
「首相は24日夜の記者会見で『賛否は大きく分かれるが(衆院選で)引き続きこの道を進んでいけという信任を得て、有言実行、まい進していく決意だ』と安倍政治を進めると宣言した。しかし、これらの政策は個別にみると反対論の方が多いことが世論調査結果で表れている。安倍政治が全面的に支持されたわけではない。」
悪評高く、大惨事を起こしかねない、やべい内閣。年明けから国会の内外の波乱は必至である。国会の中では十分な論戦を期待したい。国会の外でも「公約違反不誠実内閣」「失敗隠蔽内閣」「話を聞か内閣」批判の声を大きくしなければと思う。
「俺は安倍には賛成していなかったんだ。けれども、あのとき生活がマシになるかと思ってアベノミクスに期待の一票を入れたんだ。それが悔やまれる」と後年臍を噛むことがないように。
(2014年12月25日)
この度の選挙結果。まずは議席の配分に注目せざるを得ない。安倍自民党が単独で獲得した議席数が291(福岡1区当選者追加公認を含む)、極右の「次世代」が2、江田・橋下の維新が41。以上の積極的改憲派の議席総数は334となって、衆議院3分の2ライン(317議席)を大きく上回っている。これに自民と連立を組む公明の議席31を足せば365。改憲容認勢力の衆院議席占有率は77%にもなった。すくなとも衆議院に関する限り、96条改憲発議の要件は整った。すでに危険水域である。これがあと4年続くと考えると、憂鬱このうえない。
現に、選挙期間中は経済問題だけを争点に押し出し、「アベノミクス選挙だ」「この道しかない」と叫んでいた安倍晋三は、選挙が終わるや掌を返したように改憲・集団的自衛権・安保法制に言及をはじめた。
「安倍晋三首相(自民党総裁)は15日、衆院選を受け、自民党本部で記者会見した。自民、公明両党で憲法改正の発議に必要な3分の2(317議席)以上を確保したことを踏まえ、『最も重要なことは国民投票で過半数の支持を得なければならない。国民の理解と支持を深め、広げていくために、自民党総裁として努力したい』と述べ、憲法改正に重ねて意欲を示した。」「7月に閣議決定した集団的自衛権の行使容認を含む安全保障法制の整備について『しっかり公約にも明記し、街頭でも必要性を訴えた』と語り、有権者の理解を得られたとの認識を強調。『支持をいただいたわけだから、実行していくのは政権としての使命だ』と述べ、来年の通常国会で関連法案の成立を期す考えを強調した。」(毎日)と報道されている。「そりゃないだろう」と怒るべきか、あるいは「ああ、やっぱりね」と嘆じるべきだろうか。
とはいえ、選挙結果は議席数だけで評価すべきものではない。民意の所在を推し量るには、各政党が獲得した得票数の増減が重要である。そのような視点で選挙結果を眺めると、少し違った景色が見えてくる。
最近10年の民意の動きは、大雑把には、次のように言えると思う。
自民党政権の新自由主義的施策は経済格差と貧困を生みだし、それゆえの自民党の長期低落傾向が進行した。2005年総選挙は郵政選挙としてオールド保守の最後の輝きであって、格差や貧困の蔓延が社会の安定性を欠くまでにいたって人心はいったん自公政権を見限った。その結果が圧倒的な民意となって、前々回2009年夏の45回総選挙に結実し、「コンクリートから人へ」のスローガンを掲げた民主党を政権の座に押し上げた。ところが、政権の座についた民主党はその期待に応えることができなかった。期待が大きかっただけに民意の落胆と反動は大きく、前回2012年46回総選挙は民主党の惨敗となり、安倍自民の再登場を許した。しかし、このとき民主党から自民への票の回帰はない。前回12年46回総選挙以後今回14年選挙まで、安倍政権は選挙民を納得させるだけの何ごともなしえていない。それでも、今回、自民党は前回票を減らすことなく維持して、議席数微減にとどめた。
有権者の投票行動は、小泉劇場を舞台とした郵政選挙(2005年)で自民党に走り、一転してマニフェスト選挙(2009年)で民主党に向かい、前回の自爆解散による総選挙(2012年)で実は自民党には戻らず、第三極(維新とみんな)に吸収された。前回以降の第三極離合集散を経て、前回の第三極票がどうなったか。それが、今回選挙の最大の着目点であろう。
前回12年選挙の第三極得票数は、
維新の会 1226万
みんなの党 525万
計 1751万票である。
これに、日本未来の党の342万を加えれば、2000万票を超す。自民を批判しつつ民主をも見限った人々の受け皿としての第三極に投じられた票数がざっと2000万だったのだ。
今回は、みんなの党はなくなって「第三極」の得票(比例)は下記のごとくとなった。合計1082万票。
維新 838万票(前回「維新」と比較して400万減)
次世代 141万票
生活 103万票
結局、「第三極」の合計得票数は、2000万から1000万票に半減した。前回第三極に投票しながら今回はここから離れた1000万票の行く先は、(1)棄権と、(2)共産党であって、民主にも自民にも殆ど動いていない、と推察される。
自民は、前回比で比例票は100万増やしているが、小選挙区では20万ほど減らしている。前回並みに票を維持したと評してよい。
比例票 前回1660万→今回1760万 100万増
小選挙区票 前回2560万→今回2550万 10万減
民主党票の増減は以下のとおりである。
比例票 前回960万→今回980万 20万増
小選挙区票 前回1360万→今回1190万 170万減
以上のとおり、自民も民主も、得票数は前回と大差ない。公明も、社民も同様である。ひとり共産党だけが、以下のとおり票を伸ばしている。
比例票 前回369万→今回606万 237万増
小選挙区票 前回470万→今回704万 234万増
第三極が減らした1000万票は、前回比での棄権票増加分700万と、共産党の得票増加分の合計にほぼ見合う。議席配分はともかく、有権者の投票行動だけを見た場合には、自・公・民がそれぞれようやく現状を維持したなかで、共産党だけが一人勝ちだったと言ってよいと思う。
念のため、自民党の過去4回の比例得票数の推移を見てみよう。
2100万票(44回)→1900万票(45回)→1660万票(46回)→1770万票(47回)と、低落傾向にまだ歯止めはかかっていない。
公明の比例得票数の推移も同様である。
873万票(44回)→805万票(45回)→712万票(46回)→731万票(46回)
結局、自公政権は見かけほどに強くはないのだ。この点の見定めが肝要である。今、自公は小選挙区制の恩恵で政権を樹立し維持している。しかし、投票率の低下と共産党票の伸びは、政権の基盤が脆弱であることを物語っている。
そしてもう一つ、今回の選挙結果は、自公政権の補完物としての第三極の受け皿機能が半減して、共産党がそれに取って代わりつつあることを物語っている。
集団的自衛権も、特定秘密保護法も、憲法改正も、防衛・外交・沖縄新基地建設も、税制・雇用・社会保障の制度改悪も、原発再稼働もTPPも、そして教育再生も、自公政権の政策は、国民に真の利益をもたらすものではない。公然たる新自由主義政党である維新も同様。そのように多くの国民が自覚しつつある。
それにしても諸悪の根源は小選挙区制である。この点の制度改革は喫緊の課題となっいる。それと同時に、各小選挙区における改憲阻止勢力を糾合した選挙共闘の体制作りもである。そのような課題を意識しつつも、今回の選挙結果に表れた民意の動向の積極面に、近い将来の変化の可能性を見るべきであろう。
(2014年12月16日)
今回の総選挙、注目度トップの選挙区は、沖縄1区。
「14日投開票の衆院選を前に、琉球新報社はこれまでの取材に、共同通信が7、8日に行った世論調査結果を加味し、終盤情勢を探った。沖縄1区は共産前職の赤嶺政賢氏と自民前職の国場幸之助氏が横一線で、維新元職の下地幹郎氏が追う展開」(琉球新報)。どの選挙情勢調査も同じことを言っている。
沖縄では、名護市辺野古への米軍新基地建設反対の一致点で保革を超えて共闘しているのが「建白書勢力」。革新プラス保守の一部からなる同勢力が、知事選・那覇市長選で勝ち、その流れを引き継いで、1?4区のすべてに保革を超えた共同候補を立てた。そのうち、2・3区は建白書勢力優勢だが、1区と4区は接戦で大激戦だという。その大激戦の1区の候補者が共産党の赤嶺政賢なのだ。
昨日(12月10日)、県庁前で開かれた赤嶺政賢候補の演説会に、知事として初登庁したばかりの翁長雄志が駆けつけて応援演説をした。翁長だけでなく、城間幹子新那覇市長、金城徹・那覇市議会議員(新風会)、糸数慶子・参議院議員(沖縄社会大衆党)も弁士として登壇。そして、志位和夫共産党委員長も。オール沖縄の姿を象徴する光景。いやが上にもボルテージが高まっている。
その沖縄1区、前回2012年総選挙も同じメンバーで争われて、自民・国場が当選している。その票数は次のとおり。
国場幸之助(自民党) 65,233票 当
下地幹也郎(国民新党) 46,865票
赤嶺政賢(共産党) 27,856票
共産党赤嶺は、当選者の半数の票も取れなかった。
ちなみに2009年総選挙では国民新党の下地が当選している。
下地幹郎(国民新党) 77,152票 当
国場幸之助(自民党) 63,017票
外間久子(共産党) 23,715票
共産党候補の獲得票数は当選者の3分の1に満たない。
今回選挙も、共産党単独では勝てないことが自明。共産党以外の革新勢力や、保守の一部からの支持を得ずして赤嶺の当選圏入りはあり得ない。これが1区の厳しい現実。
2?4区では、共産党は候補者を立てない。他の「建白書勢力」候補者の支援に回る。こうして、建白書勢力が、「辺野古への米軍新基地建設反対の一致点」で共闘して4議席全部を勝ち取ろうというのだ。
このような共闘は首長選ではいつも話題に上る。先日、革新の都知事選候補として出馬の経験がある吉田万三さんのスピーチを聞く機会があった。吉田さんは、2014年東京都知事選挙の選挙共闘のあり方をめぐってのある討論集会での論争を紹介し、それに反論する形で自説を述べると前置きした。当然聞き耳を立てることになる。
万三さんの話の前提を押さえておきたい。2014年都知事選に細川護煕出馬の報があったとき、宇都宮支援勢力の有力な一部から、「宇都宮は立候補を辞退して、細川支援にまわるべきだ」という強力な意見が出た。「自公勢力に牛耳られた都政を奪還する現実的な道はそれしかない」「共闘のスローガンは『脱原発』。今、このスローガンが最重要」「しかも細川の政策は比較的リベラルなもので、宇都宮の政策と積極的に矛盾するところはない」などの意見が述べられた。
しかし、宇都宮自身が、候補者辞退を求める勢力に対して「ふてえ奴だ」と反発して大同団結はならず、両候補の票を合計しても桝添票に届かない結果に終わった。客観的には宇都宮・細川両陣営ともに「惨敗」である。一議席を争う首長選挙の共闘問題は、小選挙区制の共闘問題と軌を一にし総選挙の度に論争のテーマとなっている。
私が理解した限りでだが、吉田さんが紹介したある討論集会での主要な意見は以下のとおりだったという。
?今、安倍政権の暴走を止めるには幅広く保守を取り込む共闘が必要。
?原発への対応は、その他とは次元を異にする保革の枠をこえた重大問題。革新だけでなく保守をも取り込んだ共闘の課題たりうる。
?新たな保守とのつながりをつくる上で、細川・小泉はキーマンである。小泉は『これまで間違っていた』という反省の弁まで述べている。
?現実の問題として、革新だけでは勝てない。本気で勝とうとするなら、左派系は自己中心主義を捨てよ。
?左派は党派的メガネで見られぬよう運動を支える黒子に徹することで、「勝つための選挙」に専念すべきではないか。
?結局、14年都知事選では、保守との共闘のモデルケースを作る絶好のチャンスを逃してしまったのではないだろうか。
これを批判して吉田さんが何を言うかと謹聴した。概ね次のような趣旨。
「良質な保守派との共闘はあってしかるべきだが、無原則に保守派との共闘を求めるべきではない。共闘は、具体的な情勢に照らして検討してみるしかない」
共闘の原則や条件に耳を傾けようとした聞き手には拍子抜けの一般論。共闘の理念や原則、具体的な基準や共闘のテーマ、共闘にあるべき手続きなどへの言及は慎重に避けられた。
共闘の理念や原則の代わりに語られた内容は、失敗した「無原則な共闘」の実例である。まず、民主党の衆議院議員だった初鹿明博の例。
「この人、元は民主党のなかでもリベラル派として知られた人。それが、民主党→みどりの風→日本未来の党→みどりの風とわたって、今は維新の党じゃないですか」と言う。
2012年の宇都宮選挙を思い出す。宇都宮選対は、初鹿を異様に持ち上げた。あれはなんだったのだろう。初鹿に宇都宮と一緒の場を何度も提供した。それが今、維新の党からの出馬だ。無原則的共闘としての失敗例として持ち出されている。
川田龍平も同様だ。無所属→みんなの党→結いの党→維新の党と渡り歩いて、今は維新の党国会議員団総務会長である。
万三さんは、荒井広幸の「新党改革」についても触れた。
「保守派でアべノミクス支持と言いながら『脱原発』をスローガンとしている。脱原発なら共闘できるというものではない」
それはそのとおり。その限りで異論はない。しかし、「初鹿・荒井と細川・小泉は、どう同じでどう違うのか」「今の沖縄での共闘と知事選とは、どう重なるのか、どこが違うのか」「『よりまし論』はどんな条件でどこまで妥当するのか」。時間の制約もあったが、聞きたいことは語られなかった。
それでも、万三さんの結論は、「崩れなかった宇都宮選対の持つ意義」を評価するというものだった。細川との共闘を拒否したことの積極評価なのだ。「今後の共同行動の第一歩として貴重」というのが根拠らしい唯一の根拠。しかし、私の感想では、万三さんが批判の対象とするつもりの討論集会での意見の方が遙かに説得力がある。万三さんは、「公式の立場」から「宇都宮選挙共闘に意義があった」という結論だけは広報したが、その根拠はほとんど何もしゃべることができなかった。
もちろん、私も無原則的な共闘には強く反対する。「原発反対なら悪魔とでも手を組む」という方針はあり得ない。今最大の共闘テーマは「憲法改正阻止」であろう。憲法改正に積極的な勢力とは共闘の条件がないと言わねばならない。
その意味では、新自由主義政党であり、積極的な改憲勢力でもある維新との共闘ははあり得ない。初鹿や川田ら維新の議員とも、である。
「緑茶会」(脱原発政治連盟)なる運動体がまだあるようだ。22人の脱原発候補を推薦している。そのうち3人が維新に所属している。初鹿のほか、柿沢未途と阪口直人。到底、こんな候補を推して改憲勢力の拡大に手を貸すことはできっこない。
「憲法改正に積極的な勢力とは共闘の条件がない」とは、それ以外なら条件があるということでもある。安倍自民の補完勢力でないところとなら、最大限に共闘を追求すべきではないのか。たとえば、東京1区。海江田万里民主党代表が苦戦していると報じられている。これを支援する共闘などは考えられないのだろうか。
いま、最大の政治課題は安倍暴走の阻止にある。安倍自民の議席を可能な限り減らすことが至上命題と認識しなければならない。しかも喫緊の課題だ。「次に備える」「将来への確かな一歩を進める」などの余裕があるのだろうか。
確かに悪いのは小選挙区制だ。これをなんとかしなければならない。しかし、急場には間に合わない。沖縄に学んで、条件を育て共同行動・共闘関係の形成を実現しなければならない。つよくそう思う。
(2014年12月11日)
幸いに、軍艦マーチも大本営発表もない。トップのニュースは徳島の積雪被害、次いでTPPについての各党の選挙政策、そしてアメリカの大陪審黒人差別問題。開戦のニュースはなかった。
NHKラジオのニュースに総選挙の政見放送が続いた。共産党の小池副委員長が、流暢にアベノミクスの失敗と消費税問題から説き起こし、重点政策を語った。
73年前の今日。1941年の12月8日も月曜日だった。今日と同じく、この日も寒気厳しく東京の空は抜けるように高く澄んでいたという。その日、午前7時NHK臨時ニュースの大本営陸海軍部発表で国民は「帝国陸海軍が本8日未明西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり」と初めて知らされた。日中戦争膠着状態の中での新たな戦線の拡大である。これを、多くの国民が熱狂的に支持した。
この日国民はラジオに釘付けになった。正午に天皇(裕仁)の「宣戦の詔書」と東條首相の「大詔を拝し奉りて」という談話が発表され、午後9時のニュースでの真珠湾攻撃の大戦果(戦艦2隻轟沈、戦艦4隻・大型巡洋艦4隻大破)報道に全国が湧きかえった。そうして、この日から灯火管制が始まった。
戦争は、すべてに優先しすべてを犠牲にする。73年前には気象も災害も、軍機保護法によって秘密とされた。治安維持法が共産党の活動を非合法とし徹底して弾圧した。大本営発表だけに情報統制し、宣戦布告を「大詔渙発」として天皇を国民精神動員に最大限利用した。こんな歴史の繰りかえしは、金輪際ごめんだ。
今朝は7時のラジオニュースを聞きながら、布団のなかでぬくぬくと「平和」を満喫した。今のところ戦争はなさそう。軍機保護法も治安維持法もない。共産党も公然と政見放送ができる。これが安倍晋三が脱却を目指すとしている「戦後レジーム」なのだ。安倍晋三が取り戻そうとしている日本とは、「大本営発表の世界」ではないか。この日の宣戦の詔書は、早朝の閣議で確認されたもの。その閣議には、安倍が尊敬するという祖父・岸信介が商工大臣(在任期間1941年10月18日?43年10月8日)として加わっている。そんな日本の取り戻しなど許してはならない。
戦争は教育から始まる。戦争は秘密から始まる。戦争は言論の弾圧から始まる。戦争は排外主義から始まる。新しい戦争は、過去の戦争の教訓を忘れたところから始まる。「日の丸・君が代」を強制する教育、特定秘密保護法による外交・防衛の秘密保護法制、そしてヘイトスピーチの横行、歴史修正者の跋扈は、新たな戦争への準備と重なる。集団的自衛権行使容認は、平和憲法に風穴を開ける蛮行なのだ。
こんな安倍自民に300議席など与えてはならない。12月8日の今日、強くそう思う。
(2014年12月8日)
本日は、村岡到さんからのお誘いで、討論会と忘年会に出席させていただきました。
討論会は、村岡さんの近著「貧者の一答?どうしたら政治は良くなるか」のタイトルをそのままテーマにするものでしたが、これがたいへん充実して面白かった。結論が決まっている予定調和討論はまことに味気ないもの。肩書による権威をもつ者がいない場での、誰もが正解をもたない自由な意見交換なればこその面白さでした。
村岡さんご自身の発言にもあったように、「予想外の盛会」。多くの人が、憲法の危機、平和の危機、日本経済の危機を語って、今回の総選挙の重要性を強調しました。何としても安倍政権を倒さねばならない。その熱気が今日の盛会となったと思います。
ところで、この著書のなかで、村岡さんは書名の解説に触れて「私は『貧者の味方』ではなく、貧者の一員であり、その立場から生きる意味を考え、主張する」と述べています。これは力強い宣言。存在が意識を規定する以上、この世の矛盾の根源を撞く発言と行動は「貧者の味方」ではなく、「貧者」自身から発せられることになるのは理の当然。
思い起こすのは、私と同郷の歌人・石川啄木のこと。没後10年(1922年)にして彼の故郷渋民に「柳青める」の歌碑が初めて建立されたとき寄進者の刻名はなく、ただ「無名青年の徒之を建つ」と刻まれていました。これは彼が「主義者」として知られていたからです。
「主義者」としての彼は、自らを「貧者」ととらえていました。そのような歌のいくつかがあります。
わが抱く思想はすべて 金なきに因するごとし 秋の風吹く
はたらけど はたらけど猶わが生活楽にならざり ぢっと手を見る
友よさは 乞食の卑しさ厭ふなかれ 餓ゑたる時は我も爾りき
以下は、そのような彼であればこその歌のいくつか。
平手もて吹雪にぬれし顔を拭く 友共産を主義とせりけり
赤紙の表紙手擦れし国禁の書を 行李の底にさがす日
「労働者」「革命」などといふ言葉を 聞きおぼえたる五歳の子かな
友も妻もかなしと思ふらし 病みても猶革命のこと口に絶たねば
地図の上朝鮮国に黒々と墨を塗りつつ 秋風を聴く
時代閉塞の現状をいかにせむ 秋に入りてことにかく思ふかな
青年啄木が自らを貧者の一員としそれ故に社会の矛盾に憤っていたことが、いたいほど伝わってきます。決して高みから「貧者の味方」を気取る目線ではなく、自らがもがき苦しんでいることを率直に表現しているところが啄木の魅力なのでしょう。
この世の矛盾とは、結局は貧困の存在に行き着くのではないでしょうか。富の分配における不平等をいかに克服するかが究極の政治の使命。現在の社会が、富の偏在を産み出しその不平等を肯定する基本構造をもっているとき、まさしく「貧者の一答」はこの不平等をいかに克服するかの視点をもたざるを得ません。
それこそが、「わが抱く思想はすべて金なきに因する」必然だと思うのです。青年石川啄木が長生きをしていたら、村岡さんより先に「貧者の一答」を著したかも知れません。
今回の総選挙でも、貧者が「金なきに因し」て、「はたらけどはたらけど猶楽にならない生活」を変えるために、貧者の味方を標榜している革新政党に投票すべきが当然の理。その「貧者の一票」が政治を動かすことにならねばなりません。
投票者がこの社会の基本構造のどこに位置するかによって、合理的な政治的選択は決まって来るのではないでしょうか。今の世に啄木がありせば、躊躇なく共産党に投票することでしょう。
もちろん、その対極にある大企業経営者・大金持ち・大資産家は、自民党に投票するのが「正解」。しかし、圧倒的多数の「サラリーマン・工場労働者・公務員・自由業者・自営業者・農漁民・中小企業者」は、貧者の側と利害をともにするはず。
問われているのは、貧困・格差を産み出し拡大再生産する自公政権の経済政策にアクセルを踏むのかブレーキをかけるのか。税制、雇用、賃金、医療、教育、社会福祉等々の各課題で、不平等をなくす方向を目指すのか否か。
きっと、「主義者」啄木も、「ヒューマニスト」賢治も、強く「安倍ノー」というでしょう。そして、貧者として、あるいは貧者に寄り添おうとする姿勢から、共産党への投票を選択するに違いない。村岡さんの著書と発言からも、本日はそんなことを考えました。
(2014年12月7日)
有権者の皆様に、政権与党の党首として心から訴えます。東京新聞を読まないようにお願いしたいのです。
東京新聞の看板記事である「こちら特報部」などは、権力批判の色濃く「この道しかない」わが国の国益を侵害するもので、お読みになっておためにならない。ですから、お読みならぬように。とりわけ、本日(12月5日)の東京新聞朝刊は読んではいけません。仮に、どうしてもお読みにならねばならない事情があるとしても、一面トップの記事だけは、意識的に避けていただきたい。残念ながら、大きな活字が向こうからパッと目に飛び込んできてしまいますがね。
なにゆえ本日の東京新聞トップを読んではならないかといえば、それが「誤解与える海水簡易分析」「『不検出』実際は汚染」という福島第一原発の海洋汚染の報道だからです。今日の記事に限らず、原発の放射線汚染報道は、いたずらに世を惑わすこと甚だしい。情報が正確であればあるほど、社会の不安を招くことになります。そんな「不都合な真実」を、いったい誰が知りたいと思うでしょうか。少なくとも、私は知らせたくない。
人それぞれに「知られたくない真実」というものがあります。そこには踏み込まないのが、人としての情でもあり信義でもあるのではないでしょうか。それこそが、和をもって貴しとなすという我が国伝統の美学。漢籍には「惻隠の情」という言葉もあるとおりです。分けても私のような一国の権力者に「不都合な真実」と思わせる情報を「本紙の調査の結果」として、得々と目立つ記事にするのは、お国のためにならない。今後は、特定秘密保護法の活用をよく考えなければならない。
その記事は、こんなけしからんことを言っています。
「東京電力福島第一原発から海洋への放射性セシウム汚染問題で、東電は測定時間が極めて短い簡易の分析で『検出せず』と公表してきた。ところが、詳細分析の結果では、その7、8割でセシウムが含まれていることが分かった。虚偽の公表とは言えないが、汚染は続いていないかのような誤解を与えかねない。」
あまり知られていないことですが、東電による福島第一放水口近くの海洋放射線量測定は、3カ所で行われており、測定方法は2通りあるのです。ひとつは高精度の詳細分析で、もう一つが低精度の簡易分析。詳細分析は10時間もかかる面倒な作業、その公表は行われてはいるものの1か月ほど後に目立たないようにされています。これに対して、簡易分析は40分の1の短時間で行いすぐに発表できるものです。精度は低いものの簡便ですから、東電も政府も記者会見資料としてこちらを使っています。そして、「一定の線量より低値の場合は線量が分からない」などと回りくどく言うよりは、きっぱりと「不検出」と言われた方が国民の皆様もご安心でしょう。もちろん、これが国益に適ったやり方。
ところが、国益と真実とは調和しないもの。簡易分析資料に基づいて記者会見では、「検出なし(ND)」と発表されていたものが、実は同じサンプルの詳細分析では汚染ありとなっていたということを東京新聞が調査で資料を見つけたのです。しかも、簡易分析で「放射線不検出」とされたものの7割から8割が、実は詳細分析では放射線汚染されていた、という報道となっている。そんな資料なぞひっそり眠らせておけばよいものを、なんと余計なことをしてくれたもの。
「その結果、簡易分析では『セシウムを検出せず』だったのに、詳細分析では検出されたケースが、南放水口で96件、北放水口では89件あった。それぞれ80%、73%の確率で、汚染はあるのに、ないかのような情報を発信していたことになる。」
「東電も政府も、記者会見で提供する説明資料では低精度の分析結果を用いることがほとんど。専門的には『検出せず』はゼロではなく、『ある濃度より低い場合は分からない』を意味する。うその説明にはならないものの、詳細分析のデータがあるのに、信頼性の低い値を使い続けているのが現状だ。」
というのが東京新聞の記事の内容。捏造だと文句の付けようがないから、始末が悪い。
しかも、私にとって実にいやな具体例が紹介されている。
「2013年8月26日 福島第一原発南放水口付近で採取した海水の簡易分析結果は不検出(ND)」。しかし、「同じサンプルの詳細分析結果は、2.06ベクレル/リットル」だったという。
皆様もうお忘れになったことでしょうが、2013年9月7日がブェノスアイレスで開催されたIOC総会で、2020年夏季オリンピックの開催地を決定する投票が行われた日。その日までに私が8月26日精密調査の結果を知らなかったと言っても、信用してはもらえないことでしょう。また、福島第一原発南放水口付近とは、外洋につながる場所でブロックするものは何もないのです。
にもかかわらず、私は「状況はコントロールされている」「汚染水による影響は福島第一原発の港湾内の0・3平方キロメートル範囲内で完全にブロックされている」と世界に向かって大見得を切ったのです。今日の東京新聞による限り、港湾内ではなく、外洋の海水から放射線汚染が検出されたことを知っていて嘘を言ったろうと言われてもやむを得ないところです。また、すくなともこれだけの大見得を切って断言する前に精密調査の結果を正確に調べるべきだったろうとの指摘には一言もありません。
でも、あの嘘があったからこその東京オリンピック招致成功じゃないですか。今更、あれは嘘だったと言ってどうなるものでもない。私は、人の嘘には厳しい。20年前の朝日の記事の引用に間違いがあったことは、徹底して追求する。でも、自分の嘘には寛容だ。政治家たる者の性として、当たり前の話でしょうが。
問題は、この記事が選挙に大きく関わってくる可能性があるということ。誰もが知ってのとおり、私は原発再稼働推進の立場。そのためには、福島の事故の影響はできるだけ小さいものだったと見ていただきたい。真実かどうかは問題じゃない。国益に適うかどうかだけが問題なのですから。
政府の方針でも、検査の精度は「1ベクレル以上の汚染を検知するよう」指示しています。これは、海水1リットル当たり1ベクレルが、海洋魚の食用安全性を考える目安となっているから。東京電力は、海洋廃棄許容基準として「セシウム(134と137)は1リットルあたり1ベクレル以下」としていますが、これは、廃棄され希釈される以前の汚染水そのものについての放射線量。希釈されたあとの外洋の海水が「1リットルあたり1ベクレル以上」となれば、さすがの私でもちょっとひるみますよ。
IOC総会直前8月26日の海水の放射線値が、2ベクレル/リットルであったように、安全の基準値を超える実例が現実にたくさんあったんですね。東京新聞の調査結果では、これ(1リットルあたり1ベクレル以上の検知)を守れずに見逃していたことを確認できるケースが南放水口で10件、北放水口で25件あったと報道されています。
このことは、2013年8月当時の福島原発の海洋汚染度が魚の安全の目安となっていた基準を超した危険値となっていたことを示しています。この事実が広く知られれば、原発の再稼働を許さないとする世論の声がさらに大きくなり、選挙での再稼働派の得票減をもたらしかねないことになります。それは国益を損なうこと。
だから、有権者の皆様、東京新聞を読んではいけないのです。くさいものにはフタ。火だねがあっても煙を消して、不都合な真実を見ないようにしましょう。そうして、みんなで「この一本道」をまっすぐにつき進むのです。そうすれば、この選挙は乗り切れる。この選挙さえ乗り切れば、規制委のお墨付きをもらって原発再稼働に持ち込める。そこまで持ち込めたらもうこっちのもの。その先何が起ころうとも私の責任ではない。なにしろ、主権者である皆様の選択の結果なのですから。
(2014年12月5日)
政権政党の党首として、第47回総選挙の公示日に国民の皆様に心から訴えます。
皆様、進むべき道はこの道しかありません。これまで安倍政権が推し進めてきたこの道。これ以外の選択肢はないのです。もう後戻りなどはできません。後戻りは私の政治生命に関わります。だから、私と国民の皆様とは一蓮托生の間柄。無理心中の腐れ縁とあきらめていただきましょう。
この道の先には平和があります。国家の繁栄があります。そして民族の誇りが花開いています。でも、それはかなり先のこと。目標に到達するまでには、暗く険しい道のりを辛抱強く歩み続けなければなりません。国民の皆様には、その覚悟をお願いしたいのです。
平和に到達するには、仮想敵国とした近隣諸国に侮られないだけの軍備の増強が必要です。予算も計上しなければなりません。もちろん、波風も立ちます。一触即発の緊張を通り抜けなければなりません。相手の出方次第では戦争の一つや二つは、覚悟もしなければなりません。それが、積極的平和主義ということなのです。
繁栄に到達するには、さほど時間のかかることではありません。いま、その入り口まで来ました。せっかくのアベノミクスの成果です。これを手放してはなりません。もう半分くらいは、大企業の業績回復を達成しています。これからさらに、法人税を下げます。労働者の残業代踏み倒しや、首切り自由の法律も断固として実行してまいります。労働者の皆様が多様な労働のあり方を望んでおられるのですから、お望みのとおりに非正規雇用増大の政策を実行してまいります。
現在、大企業の繁栄は道半ばでありますが手の届くところに来ています。もちろん、国民の皆様の繁栄は、別のこと。もう少し我慢を続けていただかなけれなりません。いつとは申し上げられませんが、いつかは、きっと、いや多分、国民の皆様にも若干のおこぼれがまわってくるはずなのです。
何としても今は資本主義の世の中、冷徹に現実を見つめていただかなくてはなりません。企業あっての労働者であり、大企業あっての国民経済ではありませんか。何よりも真っ先に、大企業に儲けていただかなくてはなりません。まずは、大企業には内部留保もたっぷりとため込んだ健全な財務状態を作り上げていただかなくてはなりません。また、株価も上げてお金持ちの皆様にご満足いただいてこその投資意欲ではありませんか。私たち政治家の使命は、真っ先にこのような大企業・お金持ちの皆様にご満足いただくような政治をすること。それこそがアベノミクスの神髄であります。政治献金だって、たっぷりいただいているのですから人の道としてもお返しは当然のこと。
大企業の業績が回復し、株価があがれば、だんだんと中規模企業にも経済効果が波及します。大企業労働者には比較的早期におこぼれを頂戴できる時期がやって来るでしょう。そしていつの日にかは、中小企業にも、地方にも、一般労働者にも、農民漁民にも、好循環のしずくがしたたることになるのです。
ですから、皆様が「アベノミクスの恩恵を受けている実感はない」というのは、言わば当然のことで、今は、皆様の犠牲で大企業が儲けを独占すべき時期なのです。皆さんの雇用の不安定、賃金格差、低福祉等々のご不満は、いつかは来るはずのおこぼれの源泉を養うための不可避の試練なのです。
おこぼれの順番が回ってくるまで、辛抱強く安倍政権を支持しながら、耐え抜いていただくよう、心からお願いをいたします。何ごとも辛抱、そして諦めが肝心です。金持ちをうらやんだり妬んだり、憎んだりしてはなりません。社会の秩序を不合理だなどと不穏なことを言わずに、じっと耐えることを学んでください。教育再生とか、道徳教育の教科化とは、そのようなじっと耐えることを美徳する、賢い従順な国民を育てることを眼目にするものなのです。
そして、私の指し示すこの道の先には、民族の誇りがあります。アベノミクスの副作用としての貧困と格差にご不満の向きには、大いに民族の誇りを語り、優越感に浸っていただきたい。何しろわが国は、奇跡ともいうべき千年の家系を誇る天皇を戴く国なのです。戦時中には、民族の大義に殉じた特攻という誇るべき歴史もあります。もちろん、皇軍に従軍慰安婦の強制連行などあったはずはありません。侵略だって、定義は曖昧ではありませんか。侵略戦争や植民地支配を貶めたり、ことさらに従軍慰安婦を問題化するごとき言論には、言論をもってする対抗が必要です。
政治権力は言論の自由に寛容でなくてはなりません。ましてや、不満の捌け口としての民族優越の言論にはなおさら寛容が必要でしょう。私は、そのような立場の民族の優越に関する表現の自由を断固擁護します。
経済的な格差貧困に不満をもつ人々が、近隣諸国から侮られてはならなないというナショナリストとしての私を支持してくれています。近隣友好ではなく、近隣諸国との緊張を煽って成立する緊張外交は、私にとって好もしい好循環を生み出す政策なのです。靖国参拝がまさしくそうでした。今後ともすきあれば、靖国とのご縁を深め、ますます民族の誇りを輝かせる政策に勤しみます。
「この道はいつかきた道」などと言ってはなりません。あの「いつか」の際には、戦争に突入して敗戦の憂き目をみてしまったではありませんか。私は、できるだけ戦争は避けます。しかし、いざというときには負けない戦争を辞さない。その覚悟がなければ、平和は達成できないし、民族の誇りも花咲かないのです。集団的自衛権の行使とはそういう国の大方針についての選択肢を新しく備えると言うこととご理解ください。
ぜひ、私、安倍晋三とご一緒に、窮乏に耐えて大企業に奉仕し、いざというときには民族の大義のために戦争も辞さないという覚悟を固めていただき、わが党に、そのような覚悟の清き一票を是非ともお願いいたします。
(2014年12月2日)
月が変わって今日から師走。いよいよ明日(12月2日)が、師走総選挙の公示日となった。大日本帝国憲法時代の衆議院議員選挙から回数を数えて、今回が第47回の総選挙。12月14日投票日までの一大政治戦が始まる。国政選挙が重大でないことはあり得ないが、今回総選挙はいつにもまして国民の命運に大きな影響をもたらすものとなりそう。
最大の争点は、安倍政権への国民の審判。「安倍政権延命を許すのか阻止するのか」にある。安倍晋三は、自ら「私を右翼の軍国主義者と呼びたいなら呼んでいただきたい」と言う危険人物。安倍政権は、これまでの保守政権とは明らかに次元を異にする。国家主義、軍国主義、非民主、反福祉、そしてあからさまな歴史修正主義、改憲・壊憲派なのだ。
昨日の毎日に保阪正康が、「政治の劣化止めよ」とタイトルして、こう述べている。
「数年前から事実を都合いいようにつなぎ合わせて日本の侵略行為を否定する歴史修正主義者が現れ、実証的に歴史を研究してきた人々を批判している。今は空気、雰囲気、感性が社会を動かしている。その時代に合っているからこそ、安倍晋三首相は高い支持率を得ている。」
「個々の議員が、危うい空気を是としない覚悟を持つべきなのに、実態は逆になっている。これでは政治家の質が劣化していくばかりだ。政治の劣化は、国民の劣化を意味している。ファシズムとは社会が劣化して加速する現象だ。日本は危うい道を歩み始めていると感じている。」
傾聴に値すると思う。安倍政権の存在そのものが政治の劣化を意味する。また、それは国民の劣化でもあり、さらにはその延命はファシズムへの危険の道でもある。
私は、安倍政権と対決する今回の選挙の論争テーマを4分野に整理している。
政治(集団的自衛権、秘密保護法、靖国、近隣外交、沖縄、改憲…)
経済(格差貧困、消費税、雇用、福祉、年金、地方、中小企業…)
原発(原発ゼロ・再稼働阻止・被災地復興支援・エネルギー政策…)
首相の個性(無責任、虚言、歴史修正主義、反知性、右翼的感性…)
「政治」とは、憲法への姿勢と安保・防衛問題、「経済」とはアベノミクス問題、「原発」は特別の緊急課題、そして一国のリーダーとしての安倍晋三の資質を問題にしなければならない。
論争の軸は、かつての保守か革新かではない。旧来の保守も含めた戦後民主主義の擁護か、国家主義・軍国主義・新自由主義の路線かの争いである。
本日、法律家6団体が総選挙に当たって「戦争する国づくりにノーの審判を下すことを呼びかける共同声明」を発表し、共同記者会見の後、この声明を持参して各党に要請行動を行った。私の問題意識とほとんど齟齬がない。容易には実現しない、せっかくの共同声明である。その全文を披露しておきたい。
性格も歴史も違う各法律家団体が、共通の理念としているのは、特定秘密保護法や、集団的自衛権行使容認、そして明文改憲の動きについての反対の立場。経済政策や原発問題への言及はないが、憲法の平和主義に関わる安全保障政策については法律家の常識として明確に反対の立場で一致した。その意味は小さくないと思う。
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衆議院の解散・総選挙にあたって, 安倍政権の「戦争する国づくり」に ノーの審判を下すことを呼びかける法律家6団体共同声明
1 大義なき,政権延命策解散
安倍政権は、11月21日、衆議院を解散し、その後の臨時閣議で12月2日公示、12月14日投票の日程で総選挙を実施することを決定した。
今回の衆議院解散は、アベノミクスの失敗や「政治とカネ」の問題から国民の目をそらし、野党の選挙準備が整わないうちに選挙を行って過半数を獲得しようという意図のもとになされたものであり、政権の延命を図るという私利私欲・党利党略のために行われた大義なき解散である。
同時に、安倍政権がこの時期に解散・総選挙に踏み切らざるを得なかったのは、特定秘密保護法の強行や集団的自衛権行使容認の閣議決定、原発再稼働、TPP交渉への参加、消費増税など、民意を無視し、憲法を破壊し、国民の命と暮らしを蔑ろにする安倍政権の暴走に対する国民の強い怒りと批判が広がったからにほかならない。これに追い打ちをかけたのが沖縄県知事選挙である。11月16日に実施された沖縄県知事選挙では、現職の仲井真弘多氏が名護市辺野古への新基地建設に反対する翁長雄志氏に歴史的大敗を喫し、新基地建設を強引に押し進めようとする安倍政権への抗議の県民意思が明確に示されたのである。その意味では世論と運動とによって安倍政権の側が追い込まれた解散・総選挙である。
2 秘密保護法の強行採決・集団的自衛権行使容認閣議決定 問われる「戦争する国づくり」
今回の総選挙によって問われるべきは安倍政権の「戦争する国づくり」である。
安倍政権は、2012年12月の第二次政権の発足以来、「戦争する国づくり」に邁進している。安倍政権は、7月1日に立憲主義を踏みにじって「集団的自衛権」の行使を容認するよう憲法解釈を変える閣議決定を行った。集団的自衛権は、日本が武力攻撃をされてないにもかかわらず、アメリカなどの他国のために戦争することを意味するものである。集団的自衛権の行使を認める閣議決定が、戦争を放棄し、陸海空軍を持たないとした憲法9条に違反することは明らかである。まさに違憲の閣議決定というほかない。
日本は、アジア諸国民2000万人、日本人310万人の尊い命を失った侵略戦争の悲惨な経験から、二度と同じ過ちを犯さないと決意し、不戦の誓いをもって戦後の国際社会に復帰したのである。この不戦の誓いに立つ憲法9条の下、日本は、戦後70年近くにわたって、海外での武力行使を許さない立場を堅持してきた。集団的自衛権の行使を容認する閣議決定は、こうした70年の年月をかけて培ってきた平和国家としての日本の国のあり方を根本から変える暴挙である。
安倍政権は、本閣議決定に先立ち、権力が情報を独占し、国民から知る権利を奪う稀代の悪法である特定秘密保護法を強行採決し、日本の安全保障政策を一部の権力者で秘密裏に決定しうる「日本版NSC」を設置し、武器輸出三原則の破棄等を行い、さらには、初めて国家安全保障戦略を策定し、新防衛大綱や中期防衛計画において軍拡路線をあからさまにしている。
安倍政権の一連の政策は、まさに平和主義を投げ捨て、憲法9条を空文化し、日本をアメリカと一緒に戦争する国にしようとするものにほかならない。
3 岐路に立つ日本 平和と自由と民主主義を堅持する国民の意思を示すとき今回の総選挙は、安倍政権の改憲・壊憲政策による戦争への道を突き進むのか、それとも、戦後70年近くをかけて積み上げてきた日本国憲法が示す平和国家の道を堅持し、深化させるのか、国民の選択が迫られている。今、日本は岐路に立たされている。今こそ、日本と世界の未来のために平和国家としての道を歩み続けることを願う国民の意思を示す時である。
私たち法律家6団体は、安倍政権による憲法破壊の「戦争する国づくり」が日本と世界の未来にとって重大な禍根を残すものであること強く訴え、日本の進路が問われる今回の総選挙で、国民が選挙権を行使し、安倍政権の「戦争する国づくり」にノーの審判を下すことを呼びかけるとともに、集団的自衛権の行使容認の動きと、憲法9条の意義を掘り崩すあらゆる動きに対して反対していくこと、とりわけ集団的自衛権行使容認を閣議決定で強行したことに強く抗議し、平和・自由・民主主義の擁護のために全力を尽くすことを、ここに表明するものである。
2014年12月1日
社会文化法律センター 代表理事 宮 里 邦 雄
自 由 法 曹 団 団 長 荒 井 新 二
青年法律家協会弁護士学者合同部会 議 長 原 和 良
日本国際法律家協会 会 長 大 熊 政 一
日本反核法律家協会 会 長 佐 々 木 猛 也
日本民主法律家協会 理事長 森 英 樹
(2014年12月1日)