沖縄県には、2か条の「沖縄県慰霊の日を定める条例」がある。1974年10月21日に制定されたもの。その全文が以下のとおり。
「第1条 我が県が、第二次世界大戦において多くの尊い生命、財産及び文化的遺産を失つた冷厳な歴史的事実にかんがみ、これを厳粛に受けとめ、戦争による惨禍が再び起こることのないよう、人類普遍の願いである恒久の平和を希求するとともに戦没者の霊を慰めるため、慰霊の日を定める。
第2条 慰霊の日は、6月23日とする。」
本日が、その沖縄県の「慰霊の日」。「その日は県はもちろん県下の全市町村とも閉庁となり、沖縄戦の最後の激戦地であった南部の戦跡地で『沖縄全戦役者追悼式』が行われます」(大田昌秀「沖縄 平和の礎」岩波新書)。
この日の慰霊の対象は全戦没者である。戦争の犠牲となった「尊い生命」に敵味方の分け隔てのあろうはずはなく、軍人と民間人の区別もあり得ない。男性も女性も、大人も子どもも、日本人も朝鮮人も中国人も米国人も、すべて等しく「その死を悼み慰める」対象とする。「戦争による惨禍が再び起こることのないよう、人類普遍の願いである恒久の平和を希求する」立ち場からは、当然にそうならざるを得ない。
味方だけを慰霊する、皇軍の軍人・軍属だけを祀る、という靖国の思想の偏頗さは微塵もない。一途にひたすらに、すべての人の命を大切にして平和を希求する日。それが、今日、6月23日。
6月23日は沖縄戦終了の日とされる。酸鼻を極めた国内で唯一の地上戦終了の日。第32軍(沖縄守備軍)司令官牛島満と長勇参謀長が自決し、旧日本軍の組織的な戦闘が終わった日をもって、沖縄戦終了の日というのだ。
私は、学生時代に、初めてのパスポートを手に、ドルの支配する沖縄を訪れた。右側の車線を走るバスで南部の戦跡を回った。牛島中将の割腹の姿を模したものという黎明の塔を見て6月23日を脳裡に刻した。沖縄戦は1945年4月1日の米軍沖縄本島上陸から牛島割腹の6月23日までと教えられた。
大田昌秀はこれに異を唱えている。終戦50年を記念して、知事として沖縄戦の犠牲者のすべての名を永遠に記録しようという「平和の礎」建設の計画に関連して語っている。
「さて、沖縄戦で亡くなられた方々のお名前を刻んでいこうとする場合に、沖縄戦がいつ始まっていつ終わったのかがはっきりしないと非常に困ります。ところが、その簡単に思えるようなことでも、意見が分かれているのです。」
大田は、1945年3月26日米軍の慶良間諸島上陸から、米第10陸軍沖司令官スチルウェル大将との間で降伏文書の正式調印がなされた9月7日までという。形式的な問題ではなく、そのようにしないと3月の慶良間諸島住民700人の集団自決強要の犠牲者や、6月26日久米島での地元の住民40人の死(その半数は日本海軍の兵隊によって殺戮されたと表現している)などが沖縄戦の慰霊対象から落ちてしまう、という(前掲書)。なお、大田は久米島の出身である。
毎日新聞「今日沖縄慰霊の日」の関連記事に、懐かしい顔の写真が掲載されている。端慶山茂君。司法修習同期の沖縄出身弁護士。1年4か月の東京での実務修習を一緒にした。国に対して法的な戦争責任を追求する訴訟を始めたと報道されている。
「沖縄本島で地上戦が本格化する前にも、日本の支配下にあったサイパンやパラオなどの南洋諸島に移り住み、米軍との戦闘(南洋戦)で命を落とした沖縄の人々が大勢いた。民間人2万5000人以上が死亡し、補償から外れた被害者や遺族も1万人以上いるとされるが、国の調査は行われておらず、実態は今も不明のままだ。23日は、沖縄戦の戦没者を弔う沖縄慰霊の日だが、南洋戦に巻き込まれた32人は、国に賠償を求めて那覇地裁で争っている。」という。
毎日の記事は、こう伝えている。
「南洋諸島には日本の植民地政策のもと、沖縄県を中心に約10万人の民間人が移住した。瑞慶山(ずけやま)茂さん(71)の両親も、沖縄からパラオのコロール島に移住した。1歳だった1944年夏、米軍の攻撃を受けて島から逃れようと一家が乗った船が沈没した。瑞慶山さんは母に抱かれて漂流中に救助されたが、3歳の姉はおぼれて亡くなった。後に母から聞かされたこの時の話が忘れられず、被害者を掘り起こして訴訟を起こすことを決意した。」
鉄の暴風と言われた沖縄戦のことはともかく、南方植民地の悲惨な経験については、彼から聞かされたことはない。確か北部の辺土名の出身と記憶している。パラオのできごととは結びつかない。当時は語るべく心の整理ができていなかったのではないだろうか。いまや、その訴訟がライフワークなのだろう。
訴訟は、「(国の)国民を保護する義務に違反した責任、戦争行為で民間人の命を危険にさらした責任、戦後70年近く損害の回復を怠った責任を問い、国に謝罪と1人当たり1100万円の損害賠償を求めている」という。
戦争の惨禍は国がもたらすもの。過去の戦争の被害については、端慶山君に倣って、徹底して国家の責任を追求しよう。そのことが、再びの戦争の惨禍を防止することにつながる。
今日は、「慰霊」の日。死者を悼み慰めることは、再びの戦争を絶対に繰り返さないと誓いを新たにすることでもある。集団的自衛権の行使容認にも、集団安全保障としての武力行使にも反対の意思を再確認する日だ。
(2014年6月23日)
梅雨の晴れ間。久しぶりの池袋演芸場昼席。取り立ててお目当てがあったわけではないが、柳家さん喬が出ていた。これは儲けもの。「替わり目」の一席だったが、志ん生の「替わり目」とは違う、独自に練りあげたさん喬の世界が現出した。
寄席に出掛けて、来なきゃよかったと悔やんだことはない。芸人たちのプロとしての水準にいつも感心させられる。とりわけ今日は良かった。鈴本とは違った小さな小屋。演者と客との距離が近い。プロといえども、的確な客の反応に乗せられないはずはない。庶民が作りあげ、支えてきた確かな文化のかたちがある。
プロの演者がいて、何千という演目があり、定席がある。そしてなによりも、カネと時間を惜しまず寄席に足を運ぶ庶民がいて作りあげられている文化だ。一朝一夕にできあがったものではない。客の好みで噺は淘汰され、また新しく生まれてくる。落語を愛する庶民が健在である限りプロの噺家の輩出が途絶えることはない。今日の演者も介護士から転職したと自分を語った二つ目。就職列車で新潟から上京してきたことを語ったベテラン。噺家の個性は実に豊かだ。そして演目の重なりはない。漫才や切り紙などの色物も楽しかった。落語万歳。寄席の未来に幸あれ。
本日トリを執ったのは歌武蔵。ドスの利いた声で「ただいまの勝負について申しあげます」との開口一番で客を湧かせた。元は、武蔵川部屋の力士だったという変わり種。四股名は森武蔵だったとか。
長いマクラのあとに巨体の迫力が演じたネタは「宗論」だった。メジャーな噺ではないが、寄席にはよくかかる。今日の歌武蔵の宗論も出来のよい爆笑の連続。
原型は、真宗と法華の「宗論」を題材とした古典落語なのだという。それが、ご存じのとおりの、真宗門徒の大旦那の父親と、キリスト教信者の若旦那の熱烈な「宗論」に改作されて今日に至っている。信仰の対立は、伝統文化と新興文化の対立でもある。そして、「古い父親」と「新しい息子」の対立という図式。
父親が阿弥陀信仰のありがたさを語るが息子の耳にははいらない。替わって、息子がキリストのありがたさを語るのだが、これがかなりきついキリスト教への揶揄となっている。釈迦も阿弥陀もそしてキリストも、現代日本の文化の中では、安心して揶揄できるというお約束。仏教もキリスト教も成熟し、批判や揶揄を許容する寛容さをもつに至っている。
未熟な人や団体や文化は、批判や揶揄に過敏であり非寛容である。今日の池袋演芸場の客席にも門徒も信者もいたのであろうが、おそらくは他の客と一緒に笑うことができたであろうと思う。
しかし、「宗論」のレベルで、マホメットやイスラム教を揶揄することができるだろうか。筑波大学構内での「悪魔の詩訳者殺人事件」を思い出してしまうのは偏見だろうか。日本を離れた世界の各地で、宗教対立は想像を絶する深刻さ。
宗教・宗派の対立は実に厄介な問題。政治がこれに介入してはならない。宗教と権力とはお互いに相寄って利用し合おうとする衝動をもっている。この接近を許してはならないとするのが政教分離原則である。
「宗論」のストーリーでは、父親は、阿弥陀信仰を理解しようとせずキリストの教義を言い募る息子に業を煮やして殴りつける。息子は、いったんは「右の頬をおぶちになりましたね。左の頬もどうぞ」と言うのだが、「お父さん、本当に左の頬までやりましたね。もう我慢できない」と修羅場になってしまう。これは親子の間だからこその笑い話。権力が息子の信仰を弾圧したのでは、落とし噺にも、シャレにもならない。それこそシリアスなキリシタン弾圧の歴史物語。キリスト教への弾圧や社会の偏見がごく小さくなって初めて、「宗論」という落語が成立することになったと言えよう。
それにしても、真宗とキリスト教、どちらが正しいかなど論証不可能な世界での論争の行きつくところを示すストーリー展開である。お互い、相手よりも優越していることの説得などできはしないのだ。あの宮沢賢治でさえも、父親政次郎を真宗から日蓮宗に改宗させようと努力して、できなかった。第三者としては、どちらの信仰も尊重するとしか言いようがない。
「宗論はどちらが負けても釈迦の恥」というフレーズが出てくる。これは、当事者に対する戒め。第三者としては、「宗論のどちらに加担しても憎まれる」「触らぬ神に祟りなし」とするしかない。とりわけ権力者には、これが肝に銘ずべき教訓だ。
爆笑の中で、政教分離を考えさせられた「宗論」であった。
(2014年6月22日)
安保法制懇報告を受けての5月15日首相記者会見は今や指弾の的。リアリティのない状況設定をむりやりに拵えあげて、集団的自衛権行使容認のための世論つくりをねらった姑息なやり口と悪評この上ない。
とはいうものの、同日の記者会見の席上、首相は「自衛隊が武力行使を目的として湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことは、これからも決してない」と確かに言った。これは集団安全保障への日本の参加はないことを明言したものである。さすがに集団的自衛権行使容認だけで手いっぱい、それ以上ははむりだと判断して先送りとしたのだな、そう了解した。
ところで、これまで当ブログは、わが国の首相の言動について、「悪徳商法セールスの才能豊か」「『コントロールとブロック』のウソでオリンピック招致を掠めとった」などと酷評してきた。だから、国民は軽々に危険なこの人物の言うことを信用してはいけないと警告してきたつもり。自分は欺されないとの思い込みを前提にしてのこと。
ところが、昨日(6月20日)の朝刊トップの見出しにおどろいた。「集団安保でも武力行使 政府自民容認へ転換」(朝日)、「集団安保で武力行使 政府・与党調整」(毎日)。与党協議を経ての閣議決定には、集団的自衛権行使容認だけでなく、集団安全保障における武力行使容認まで含まれるというのだ。えっ? 5月15日会見はウソだったか。私もころっと欺されていた。警戒心が足りなかった。
反省して、あらためて教訓を胸に刻んでおこう。
「安倍の話は、たっぷりと眉に唾を付けて聞け」
6月19日に突如として降って湧いたように、自民党は「国連の集団安全保障での武力行使にも自衛隊が参加できるようにすべきだ」と言いだした。こういうのを、「どさくさ紛れ」「火事場泥棒」というのではないか。いや、悪徳商法のあの常套手法、「高い値段をふっかけて、半値にまけて買わせる」ことを狙っているのだろうか。憲法がもてあそばれている。
これまでの与党協議では、自衛権の話しをしていたはず。「集団的自衛権とは『他国防衛のための武力行使を認める』ということ自衛とは無関係ではないか」などと議論していたはずが、自衛とも他衛とも無関係の、集団安全保障という「特定国に対する武力制裁の話し」にまで進行してしまっている。
「政府・自民党の提案は、安倍晋三首相が意欲を示すシーレーン(海上交通路)での戦闘中の機雷掃海を、集団的自衛権だけでなく、集団安全保障としてもできるようにするのが狙いだ」というのが各紙のもっぱらの見方。
「安倍首相は‥今月9日の参院決算委員会では、武力の行使には2種類あると説明。『爆撃を行ったり、部隊を上陸させて戦闘させたりする行為』である武力行使は行わない一方、『受動的かつ限定的な行為で性格を異にする』機雷掃海は行うべきだと主張した」という(6月21日「毎日・クローズアップ2014」)。自民党は「集団的自衛権の行使としての機雷除去が集団安全保障に切り替わったら継続できないのはおかしい」とも言っているようだ。ホルムズ海峡に敷設された機雷の掃海に争点が移ってきた如くである。掃海は受動的かつ限定的な防御行為であるのだから、集団的自衛権の行使としても、集団安全保障の武力行使としてであろうとも、最小限度性をクリヤーできるのではないか、と語られているわけだ。
同様の議論を20年前にたっぷりした経験がある。1991年の湾岸戦争の時のことだ。時の首相は海部俊樹。自民党の幹事長が小澤一郎だった。政府は海上自衛隊の掃海艇部隊をペルシャ湾に派遣した。戦後の日本にとって、はじめの海外軍事行動である。また、日本は多国籍軍に対して90億ドル(当時のレートで1兆2000億円)の戦費を負担した。
この掃海艇派遣と戦費の支出を差し止めようという1000人余の提訴が、市民平和訴訟であった。私が弁護団の事務局長を務めた。そのとき、なじみのない軍事用語に向き合った。掃海とか航路啓開の手法を学んだ。掃海艇がすべて木造船であること、機雷の種類も多種あって、海上自衛隊の掃海能力が国際的に高水準にあることなども初めて知って驚いた。このとき軍事知識の基本を教えてくれたのが大江志乃夫さん。大江さんがなによりも強調したのは、掃海あるいは航路啓開という行為は、海上の戦闘に不可欠で優れて戦闘そのものというべき積極的行為だということ。
防御行為と攻撃行為とは、常に一体としてある。戦闘行為の一部を切りとって、攻撃とは無縁の受動的な防御行為というのは詭弁に過ぎない。「攻撃こそ最大の防御である」とは言い古された言葉であり、「防御を固めておればこそ、強い攻撃に徹することができる」ことも理の当然である。しかし、掃海の戦闘行為としての積極性はそのレベルではない。
堂々たる大艦巨砲の進路を啓開するのが掃海艇の役割。いわば、掃海艇は、戦艦や駆逐艦、潜水艦の艦隊を後に従えて先頭を行く尖兵なのだ。爆撃機を護衛する戦闘機の役割を「防御」という者はない。掃海も同じことなのだ。だから、自衛隊による機雷掃海とは、まさしく積極的戦闘参加行為であって、これを「受動的・限定的」などという言い訳が通じるはずもなく、機雷敷設国から日本に対する反撃を覚悟しなければならない。
だから、湾岸戦争が終結する以前には掃海部隊の派遣はできるはずもないとされた。掃海艇が出航したのは、湾岸戦争終了後、PKO協力法に基づいてのことだった。戦争終結後は無主の浮遊物となった機雷の除去は戦闘参加ではないと確認してのことである。それでも反対世論は沸騰した。
しかしあの頃、「戦争終結以前に、多国籍軍の一員として、戦闘海域に自衛隊の掃海艇を派遣して多国籍軍艦隊の航路を啓開せよ」などという乱暴な議論は聞かなかった。いま、臆面もなくそのことが言い出されている。当時の「海部・小澤」と、今の「安倍・石破」との危険度の開きの大きさを痛感せざるを得ない。
(2014年6月21日)
一昨日(6月18日)都議会本会議での「セクハラ野次」が大きな話題となっている。野次の議員を指弾する世論の盛り上がりには救われる思いがするものの、都議会議場の情けなさと事後処理のお粗末さには目を覆わんばかり。
「妊娠や出産に悩む女性への支援策について都側に質問していた女性都議に対し、『自分が早く結婚したらいいじゃないか』『産めないのか』などのやじが飛び、議会内外に波紋を広げている。女性を蔑視し議会の品位をおとしめる内容の発言に、業を煮やした超党派の女性都議25人全員が19日、再発防止を徹底するよう議長に異例の申し入れをした」(東京新聞)と報じられている。
同議員のツイッターに「リツイート」の数は2万件を超え、都の議会局には19日だけで、1000件を超える意見が電話や電子メールで寄せられ、ほとんどが「女性に対して失礼な内容だ」などの苦情や批判だったという。
議場の不規則発言をすべて封じ込めよという主張には与しがたい。議事を活性化させる野次はありうる。寸鉄人を刺す気の利いた野次もあろうし、議場を和ませるユーモアの発言もある。しかし、問題の野次は、議場の発言であろうとなかろうと許される類のものではない。複数の発言者だけでなく、「やじに同調する人がいたのが悲しい」と言った塩村都議にまったくの同感であり、都民の一人として恥ずかしい限り。都議会というところは、そのレベルでしかない品位に欠ける多数が巣くう場所なのだ。国会の野次も似たりよったり。おそらくは、これが日本の社会全体の縮図と受けとめなければならない。
朝日の報道では、「ヤジの議場 知事も笑み」との見出しで次のように報道されている。
「問題のヤジがあったのは18日の都議会。晩産化について質問した塩村氏に『お前が早く結婚すればいいじゃないか』『産めないのか』とヤジが相次いだ。議場に笑い声が広がるなか、働く女性の支援を掲げる舛添要一知事も笑みを浮かべ、塩村氏は議席に戻ってハンカチで涙をぬぐった。」
「やじは男性の声だったが、発言者は特定されておらず、名乗り出てもいない。『自民党議員席から聞こえた』との証言が複数会派からあり、塩村氏が所属するみんなの党は、幹部が抗議したが、自民幹部は『確認できていない』と取り合わなかった。」
自民党議員団と舛添知事とは、恥を知らねばならない。実は、このところの舛添知事の堅実な姿勢に、それなりの評価をしていたのだが、この「笑みを浮かべ」報道でご破算だ。これでは、石原慎太郎都知事と変わるところがない。
なにより問題なのは、「自民の吉原修幹事長は『自民の議員が述べた確証はない。会派で不規則発言は慎むように話す』と述べるにとどまり、発言者を特定しない意向を明らかにした」という自民党の姿勢だ。発言者の責任もさることながら、発言者の特定をしようとしない都議会自民党の姿勢が糾弾されなければならない。
表現の自由は最大限の保障を受けなければならない。「表現の自由が保障される」ということの意味は、当該の表現によって、誰かのあるいは何らかの価値を損なうことが許容されるということにほかならない。無意味なつぶやきや、誰かへの讃辞だけの言論について「表現の自由を保障する」意味はない。「表現の自由」とは、お上品に誰かを褒める自由ではなく、言論によって誰かを傷つける自由のことなのだ。そうでなくては、法がわざわざ自由を保障するとした意味が無くなる。
だから、言論には責任が伴う。責任の所在が明らかでない「無責任言論」「言いっぱなし言論」は、それだけで「表現の自由の保障」を受ける資格を欠くことになる。この原則を確認しておきたい。責任の所在を不明確にしたままの匿名言論は、無責任の極み、卑怯卑劣。無責任なヤジを飛ばしておいて名乗り出ることなく逃げ切ろうとは、選挙で選出された議員としてあるまじき態度。
仮にも有権者の信任を得ての都議たる者、自分の言論に無責任であってはならない。「お前が早く結婚すればいいじゃないか」「産めないのか」とヤジを飛ばした輩よ。まずは名乗り出よ。名乗り出でることによって責任の所在を明らかにせよ。その上で、堂々と所信を釈明し開陳せよ。そして、都民のあるいは国民の再批判に耳を傾けよ。選挙区の有権者は、あらためてヤジ議員の議員としての適格性を判断せよ。都議会自民党よ、調査して発言者を特定せよ。誠実に対応しなければ、卑劣な匿名ヤジを容認するものと指弾されざるを得ない。世論から同罪と見なされることを覚悟しなければならない。
付言しておきたい。「言論には責任が伴う」「匿名の言論は無責任」の原則は例外を伴う。その典型が、公益通報(内部告発)である。圧倒的な強者を指弾する言論においては、匿名言論を許容しなければならない。強者とは、権力者や経済的強者のこと。権力や企業に腐敗があり、あるいは経済的な強者に不正不当の言動があるときに、意を決してこれを社会に告発しようとする者に対して、「まずは告発者の氏名を明示して責任の所在を明らかにせよ」などと言うことは馬鹿げている。社会は、このような告発によって恩恵を被る。社会全体で告発者に不利を被らせることなく擁護し通さねば、次に続く有益な告発を期待することができなくなる。言論の場や内容によって、顕名言論の原則には例外が伴うことを確認しておかねばならない。
なお、今日(20日)の朝日朝刊の報道で意外な記事にぶつかった。
「ツイッターで『うやむやにするつもりか』と批判した都教育委員で作家の乙武洋匡さんは『今回のヤジはおもてなしと正反対。本当にこの街で五輪を開催できるのか』と述べた。」というのだ。驚かざるをえない。
乙武教育委員よ。あなたにも良識の持ち合わせがあるのだ。あなたも、自民党都議の卑劣な言論を指弾する意欲をお持ちなのだ。しかし、あなたご自身が、『うやむやにするつもりか』と批判されていることを自覚しておられるだろうか。
多くの都民、都立校の教員、被処分者、そして教育庁勤務経験者らが、「都教委の日の丸・君が代の強制は、思想や信仰の転向を求めるもの」「教育が国家主義のイデオロギーを教師と生徒に注入している」「信仰や民族・国籍が多様化している生徒の思想・良心を掣肘している」「10・23通達以来、都立高は教育の場としての活力を失っている」「国家ではなく生徒を主人公とした教育を取り戻すために、教育委員諸賢には現場の訴えに耳を傾けていただきたい」とくり返し要請している。しかし、これを一顧だにせず、無視し続けている都教委の在り方に大きな批判の声があがっている。このことをどうお考えか。
生徒・子どもに最善の利益を保障すべき都教委が、その正反対なことをしているのだ。そのことをくり返し指摘されながら、「うやむやにして、逃げ通すつもりつもりなのか」と批判されているのだ。あなたご自身が、高給を食んでいる教育委員の一人として批判されていることを自覚し、責任を明確にして応えなければならない。当然のことながら、地位ある者には、相応の責任が伴う。他人を批判するだけでなく、自らを省みて、批判に耳を傾けて欲しい。せめては、あなたの肉声で要請や請願に対するご回答をいただきたい。
(2014年6月20日)
たまたま、「軍事研究」という月刊誌の最新号(2014年7月号)に目を通した。
普段は私に縁のない異界の専門誌だが、水島朝穂さんの愛読誌なのだそうだ。水島さんが、もう10年も前の「直言」に次のように記載している。
「私は、『朝雲』よりも1年早く『軍事研究』の定期購読を始めた。自宅書庫には、‥創刊号(1966年4月号)からの‥38年分がぎっしり詰まっている。‥一時期、正確には1973年7月号から1979年2月号まで、表紙の題字の下に『戦争のあらゆる要因を追求して人類恒久の平和を確立する』という言葉が掲げられていた。まるで『平和研究』誌である。軍事を語ることにそれだけイクスキュースが必要だったのだろう。
ところで、この雑誌で毎号まっさきに読むのがイエローページ、『市ヶ谷レーダーサイト』である。防衛庁が六本木にあったので、長らく「六本木レーダーサイト」といった。筆者は『北郷源太郎』。小名孝雄(『軍事研究』創設者)のペンネームと言われている。この人物は、北海道で『北方ジャーナル』というブラックジャーナルを主催。憲法学の世界では周知の『北方ジャーナル事件』の当事者である。この事件で最高裁判所大法廷は、『人格権としての名誉権』を基礎として、権利侵害を予防するための差止め請求権を承認し、これにより表現行為(この場合は雑誌という出版物)に対して差止めを行うことを一定の条件のもとで許容するという注目すべき判決を出している(1986年6月11日)。『市ヶ谷レーダーサイト』は、その小名の経験とセンスを遺憾なく発揮して、将官人事の動向から次期幕僚長候補、内局の人事異動まで異様に詳しい。」
水島さんにこれだけ論じてもらえれば「軍事研究」も本望だろう。私も、水島解説に大いに興味をそそられる。
最近号は、特集記事「ウクライナ侵攻作戦&中国原子力空母」で手にしてみたのだが、件のイエローページ「市ヶ谷レーダーサイト」に目が行った。タイトルは「安倍総理の防衛知識は大丈夫なのか?」。結論は、「姑息な手段に逃げないで、堂々と憲法改正をすべきである」だが、その過程になかなか注目すべきことが書いてある。
注目すべき第1点は、「安倍総理の防衛知識は大丈夫なのか?」の内容。
「安倍総理は5月15日の記者会見で、集団的自衛権行使容認の必要性とその為の憲法解釈の変更の必要性を、自らパネルを使い熱弁をふるって説明した。‥驚くべきは二つに絞ったパネルの内容である。一つは避難邦人を乗せた米輸送艦を日本の護衛艦が護衛できないというもの。もう一つは海外派遣されている自衛隊がテロリストに襲撃されたNGOを救援できないというもの。小保方先生の実験ノートにも驚かされたが、このパネルはそれに匹敵するほどお粗末な代物だ。‥隣国で有事となり逃げ遅れた邦人を救出しなければならない場合で、米輸送艦を護衛するための護衛艦を派遣できる環境と余裕があるのなら、なにも米輸送艦に頼む必要など最初からないのであって、海自の輸送艦やチヤーター船を派遣すればいいのではないだろうか。そもそも米輸送艦が邦人を輸送するというケースなどあるのだろうか。少なくとも日米安保条約上の義務として米軍がそうする義務はまったくないし、軍事的合理性から見てもそのようなことはしないだろう。次のNGO救援も然り。‥また良く喧伝されるグレーゾーンについても治安出動や海警行動で対処できるものばかりである。」
注目すべき第2点が、軍事研究専門家から見た、集団的自衛権概念の捉え方である。
「巷の意見を聞いても、集団的自衛権の行使ができなければ日本の防衛が心配だという声となって来る。しかしそれは集団的自衛権を、日米が集団となって自衛しようという権利とでも誤解しているに違いない。集団的自衛権とはあくまで集団になって防衛する権利ではなく、『武力攻撃を受けた国が自国と密接な関係にある場合に、これをもって自国の平和と安全を侵害するものと認め、被攻撃国を援助して共同防衛に当たる権利』である。平たく言えば自ら攻撃されてなくても侵略国を攻撃する権利だ。即ち憲法9条で禁止された戦力にはできても防衛力にはできない『先制攻撃』と『海外派兵』をすることなのである」
敢えて繰り返す。集団的自衛権を、「日米が集団となって自衛しようという権利」などと誤解してはいけない。集団的自衛権とは、「武力攻撃を受けた国が自国と密接な関係にある場合に、これをもって自国の平和と安全を侵害するものと認め、被攻撃国を援助して共同防衛に当たる権利」なのである。ここまでは、平凡で平板な記述。目を惹くのは、「平たく言えば」以下の底意。「自ら攻撃されてなくても侵略国を攻撃する権利だ」。もっと具体的には、「憲法9条で禁止された戦力にはできても防衛力にはできない『先制攻撃』と『海外派兵』をすること」だという。つまるところ、集団的自衛権とは現行憲法では認められない『先制攻撃』と『海外派兵』をする権利なのだ。
少し、コメントを加えたい。「自ら攻撃されてなくても侵略国を攻撃する権利」は不正確であろう。集団的自衛権行使の相手国は、「侵略国」である必要はない。「武力攻撃を受けた国」で十分なのだ。ベトナムがアメリカに対する侵略国だから、わが国がベトナムに対して集団的自衛権としての武力行使が可能となるわけではない。アフガン、イラクについても同様。集団的自衛権行使が、「侵略国」を相手にする場合にだけ認められるというロジックはありえない。
集団的自衛権とは、具体的には「憲法9条で禁止された戦力にはできても防衛力にはできない『先制攻撃』と『海外派兵』をすること」と喝破しているのは炯眼というべきである。水島さんが、筆者の「経験とセンスが遺憾なく発揮」されていると言うのもむべなるかな。
憲法9条(2項)は「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」と定めている。憲法によって保持を禁じられた「戦力」とは、「自衛権行使のための最小限度」を超過する実力を意味する。集団的自衛権の行使を容認するとは、「自衛のため」の実力という制約を取り払うこと。それは、自衛力(この記事では「防衛力」)ができなかったことを可能とすること。現行憲法では禁止された「戦力」を保持することであり、自衛力では突破できなかった『先制攻撃』と『海外派兵』を可能とすることなのだ。
筆者北郷源太郎は「だから、今の憲法のもとではできない。堂々と国民に信を問う手続を踏んで憲法改正をすべきだ」と言う。
私は、「今の憲法のもとではできない。姑息な解釈改憲は許されない」点には同意する。しかし、「だから、堂々と、明文改憲をすべきだ」という見解には、到底賛成できない。「先制攻撃」も「海外派兵」も許さぬ憲法を守り抜こう。
(2014年6月19日)
有楽町駅頭をご通行中の皆様、ご紹介いただきました東京弁護士会憲法問題対策センター委員の澤藤と申します。ただいま、東京弁護士会会長、第二東京弁護士会会長以下、集団的自衛権問題で、弁護士が駅頭の訴えをさせていただいております。しばらくお耳をお貸しください。集団的自衛権問題を解説している日弁連のリーフレットを配布しています。ぜひ、お手にとってお読みください。
「集団的自衛権」とは何でしょうか。なぜその行使を容認し得ないのでしょうか。このことを分かりやすくどう訴えたらよいのか、永く考え続けてきて、少しずつ自分なりに考えが整理されまとまってきました。
集団的自衛権には、権利の「権」が付いています。いったいどんな権利というべきでしょうか。「自衛権」なら分かりやすい。「戦争をしかけられたときに、やむをえない範囲での反撃として武力を行使する権利」。このように説明して、誰にでも理解してもらえると思います。しかし、集団的自衛権の方は、自国が攻撃されていない場合を想定しているのですから、明らかに自衛のために武力を行使する権利とは違うもの。分かりにくいこと、この上ない。
自衛のためにするものではない武力の行使とは、「戦争をしかける」ことにほかなりません。自衛権の行使ではない武力の行使を権利とする集団的自衛権とは、結局のところ「戦争をしかける権利」だと言わざるを得ません。ですから、わが国が集団的自衛権を発動して武力を行使した場合、武力行使をしかけられた相手国は、当然に自衛権を行使してわが国に武力をもって反撃する権利を取得することになります。これはわざわざ危険を招き寄せる愚行というべきではないでしょうか。
戦争は、仕掛ける国があって始まります。これまで、わが国は専守防衛に徹することを頑なに宣言し続けてきました。現実にわが国が攻撃をしかけられた場合にだけ自衛権を発動する、そのための自衛隊だという原則を守ってきました。絶対に戦争を仕掛ける国にはならないとしてきたのです。ところが、集団的自衛権の行使容認とは、その原則を投げ捨てて、「日本が戦争を仕掛けることができる国になる」ということなのです。集団的自衛権とは、「戦争をしかける権利」のこと。安倍政権はいま、その「他国に戦争をしかける権利」を手に入れようとしているのです。しかも、国民の意思も国会の意思さえも問うことなく、閣議決定による一内閣の憲法解釈変更をもって、憲法をねじ曲げてしまおうということなのです。
なぜ、集団的自衛権行使を容認し得ないのか。それは憲法が「他国に戦争をしかける権利」など認めていないことが明らかだからです。集団的自衛権行使とは、積極的に戦争を仕掛けることであり、平和を破壊する行為そのものだからです。日本国憲法をどう読んでも、集団的自衛権の行使を認める余地はありません。
この世には戦争をしたい人が確実にいます。戦争間近の緊張関係を歓迎する人は、もっと数が多い。一部の人にとっては、兵器の調達で莫大な儲けを掴むチャンスです。また、戦争とは領土を保全し、市場を獲得し、資源を確保するために有効な手段だと信じられてもいます。景気を刺激する手段として有効だとも考えられています。国内の諸矛盾や国民の不満を、戦争の熱狂をもって一気に逸らして解決する手段として魅力的でもあります。鬱屈した国民の気分を刷新し統合するために、あるいは売名意欲の高い者にとっては、功を遂げ、歴史に名をなす絶好のチャンスだともとらえられています。
しかし、まだ、さすがに、時代の空気は、大っぴらには「戦争しましょう」と呼び掛けることを許してはいません。そんな呼びかけは、安倍首相といえども躊躇せざるをえません。そこで、戦争をしたい人々は、国民に向かってこう言うことになります。
「危険な敵性国が、どんな出方をしても直ちに武力対応できるように準備怠りなくしておきましょう」「万全の想定の下、万全の武力行使の準備を整えておくことが安全で安心につながる方策として納得いただけますよね」。
実は、これこそ、戦争を招き寄せる危険な言動ではないでしょうか。近隣諸国を敵性国と規定して、その適性国がわが国に危険な行為をするであろうと大っぴらに公言して、対処の方法を整備する。これは挑発以外の何ものでもありません。近隣諸国の側から見れば、こうなるはずです。
「日本は平和主義を捨てたのだ」「日本は、自国が攻撃を受けなくても他国に武力攻撃をする決意を固めつつある」「それなら、日本がどんな出方をしても直ちに武力対応できるように準備怠りなくしておかなければならない」「そのように準備しておかねば安全も安心もない」。
このような危険な負のスパイラルを断ち切らなければなりません。安倍内閣がやっていることは、危険極まりないものと言わねばなりません。
私たちの国は69年前に、戦争の惨禍の反省の上に、再び政府の行為によって戦争の愚を繰り返さぬことを誓って再生しました。平和を大切にしよう。戦争は絶対に繰りかえしてはならない。そのために、「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」と憲法で決めたのです。自衛権の行使であればともかく、自国が攻撃されてもいないのに、「他国に戦争をしかける権利」など、日本国憲法の下で認められるはずがありません。集団的自衛権の行使を容認する余地のないことが明らかです。
安倍内閣は、今国会会期中にも閣議決定で憲法9条の解釈を変更して集団的自衛権行使を容認しようとしています。これは、憲法改正の手続を踏むことでの改正の自信がないからです。そのような姑息な手段での、憲法の破壊、平和の放棄を許してはなりません。
この安倍内閣の危険なたくらみを許すのか否か。最終的に決めるのは、主権者国民です。明日が今日に続く平和でありますように、「安倍内閣の集団的自衛権行使容認ノー」、「閣議による解釈改憲を許さない」「他国に戦争を仕掛ける権利を認めてはならない」という声を大きく上げていただくようお願いいたします。
(2014年6月18日)
正午ころ、ぽとりと郵便受けに投函されたものがある。封筒に入った「坂のまちだより」。毎月欠かさずに届けられるが、ポスティングする方をお見受けしたことはない。
「坂のまち」とは、文京の町の異名。本郷台、白山台、小日向台、小石川台、関口台などの台地の尾根と、元々は谷や川だった道路とを結んで多くの坂がある。名前のついている坂の数が120を超えるとか。
その「文京」の、「九条の会」機関紙が「坂のまちだより」。手作り感、地元密着感が魅力のA4・1枚に裏表の印刷物。題字は、芝増上寺法主の八木季生さんの筆になるもの。それに、「『憲法は宝』文京の町から憲法九条の声を響かせます」との惹句が添えられている。
今号の一面は、内藤功さんの「集団的自衛権の問題について」の寄稿。紹介に値するものとして、以下に一部を抜粋する。
「集団的自衛権とは、『自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利』です。『自衛』ではありません。『他衛』です。憲法9条の下で、集団的自衛権行使が許されるわけはありません。
1939年当時、海軍省軍務局長として、日独伊軍事同盟に反対した井上成美大将は、1946年1月、海軍将官の反省会で語っています。『国軍の本質は、国家の存立を擁護するにあり。他国の戦いにはせ参ずるごときは、その本質に反す。第一次大戦に日本が参戦せるも邪道なり。たとえ同盟軍が、他より攻撃された場合に於いても、自動的参戦は絶対に不賛成にして、この説は堅持して譲らざりき』
集団的自衛権行使を許せば、自衛隊が海外で『武力行使をしない』『戦闘地域に行かない』という二つの歯止めは外され、自衛隊が『戦闘地域で』『戦闘に従事する』ことになります。」
内藤功さんは、1945年4月奈良県の海軍経理学校橿原分校入校という経歴をもつ。本土決戦に備えて、棒地雷を持って戦車に飛び込む自爆攻撃の訓練をしていたという。銃剣術の訓練では、南方の陸戦隊帰りの兵曹長が「内地ではこんなワラ人形でやってるが、戦地では、捕虜を突いている。心臓を一撃で刺す。エグルように抜く」と話していたそうだ。
その内藤さんにとって、「最後の海軍大将・井上成美」の言葉は当時に於いて重い響きをもっていたにちがいない。その人の言葉が68年の時を経て、今、安倍政権の下において、新たな意味をもって生き返ることとなった。
井上は、こう言っている。
安倍政権は国軍の本質を知らない。国家の存立を擁護することこそその本質的任務であって、国家の存立を擁護することと無関係に、他国を侵略することも、他国の戦いにはせ参ずる集団的自衛権行使のごときも、国軍の本質に反する。第一次大戦に日本が参戦せるは邪道であったが、今また安倍政権はその邪道に一歩を踏み出す過ちを犯そうとしている。たとえ同盟軍が、他より攻撃された場合に於いても、我が軍の参戦は絶対に不賛成にして、この説を堅持して譲ってはならない。
いま、井上成美が世にあらば、安倍晋三をしかり飛ばしたであろうか。はたまた精神注入棒で活を入れたであろうか。いや、諄々と不心得を説きあかしたであろうと思われる。
「たより」の読後、確かに、文京の町に響いた憲法九条の声が聞こえた。
(2014年6月17日)
本日の東京新聞朝刊。目次に当たる「きょうの紙面」に、「解釈改憲 地方が異議」とある。
まずは2面に、「解釈改憲反対『立憲ネット』地方議員215人で発足」との記事。
「憲法解釈変更による集団的自衛権の行使容認に反対しようと、超党派の地方議員でつくる『自治体議員立憲ネットワーク』の設立総会が15日、東京都内で開かれた。安倍晋三政権に対抗し、市民と連携して地方から立憲主義と平和を守る方針を確認した。
北海道から九州までの民主や社民、生活者ネット、緑の党、無所属の都道県議や区市町村議ら215人で発足。共同代表に西崎光子東京都議(生活者ネット)や角倉邦良群馬県議(民主)ら5人が就いた。
各自治体で解釈改憲に反対する決議を目指すほか、来春の統一地方選で連携する議員を増やすための政策提言をまとめる。安倍首相が進める憲法解釈変更の閣議決定に向け、東京で抗議集会も予定する。
角倉県議は『地方議員が平和を守る運動の先頭に立ち、閣議決定や法改正に歯止めをかけたい』と訴えた。」
このネットワークに共産党議員ははいっていない。呼び掛けられてもいないようだ。同党の地方議員総数は約2700名。現時点でのネットの215人は決して多い数ではないが、大きな可能性を感じさせる。
そして、3面。「首長『解釈改憲ノー』続々」「地方政治 強まる危機感」「戦争に直結」「9条守れ」の見出し。こちらは、「集団的自衛権の行使容認のための憲法解釈変更に、各地の知事や市長らが次々と反対の声を上げている」「解釈改憲を急ぐ首相を黙認できないとの思いは静かに広がっている」という、首長の声を拾っている。
批判の声を挙げている首長として名を挙げられたのは13名。上田札幌市長や、松井広島市長、田上長崎市長、末松鈴鹿市長などだけでなく、舛添東京都知事、阿部長野県知事、湯崎広島県知事、広瀬大分県知事、大村愛知県知事など。
「発言が目立ち始めたのは、首相が5月15日の記者会見で憲法解釈変更を検討する考えを表明してから。‥行使容認反対などを求めた意見書を国会に提出した市町村議会も約60あることと合わせ、地方でも危機感が強まっている」という内容。
注目すべきは、長崎市の田上富久市長。記者会見で、安倍政権の動きについて「原爆被爆者には、日本の在り方の大きな方針転換になるのではないかという不安に結び付いている」と指摘。8月9日の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典で読み上げる平和宣言文で、この問題に触れる方針だという。三重県鈴鹿市の末松則子市長は、解釈改憲での行使容認を「戦争に直結すると捉えられかねない」と批判。「母親の立場からみても素晴らしい憲法。9条は変えてほしくない」と訴えた。札幌市の上田文雄市長は消費者問題の弁護士出身。首相は会見で、乳児や母親を描いたパネルを用いて行使容認が必要とする事例を説明したが、「危機感だけをあおる手法は、国民に冷静な判断をさせない催眠商法のやり方に酷似している」と厳しく批判したという。 また、長野県中川村の名物村長曽我逸郎氏のインタビューが紹介されている。このインタビューの内容もおもしろいが、同村のホームページの「村長の部屋」も一見の価値がある。
信濃毎日新聞から村長へのアンケート依頼に対する丁寧な回答があり、その中に「集団的自衛権の行使容認に関する質問」への村長の見解が示されている。
(2)集団的自衛権行使を憲法解釈の変更で容認することについてどう思うか。
・反対
▽その理由は
憲法とは、時代を超えた普遍的な規範である。移り変わる時代の中における個々の政権によるその場その場の政治的判断は、憲法を基準として検討され、下されなければならない。最高法規とはそういう意味である。
従って、もし憲法を変更しようとするなら、人類にとっての時代を超越した普遍的な価値について、踏み込んだ十分な議論がなされ、合意が形成された上でなければならない。
にもかかわらず、解釈によって憲法の内実をお手軽に実質的に変更できるとする考えは、自分の個人的かつその時の判断・解釈を憲法より上位に置くものであり、不遜である。このような考え方のできる人は、時代を超えた人類普遍の価値が存在することを理解しておらず、その場の都合や利害しか判断基準として持っていない。」
東京新聞は、これを「村長は、村のホームページで首相を戒めている」と解説している。
「地方の異議」は、自民党内部からも生じている。本日の朝日に、「自民岐阜県連『性急すぎる』 集団的自衛権で異例の要請」との記事。
「安倍政権が今国会中にも閣議決定を目指す集団的自衛権の行使容認について、自民党岐阜県連が「性急すぎる」として、県内全42市町村議会議長に、慎重な議論を求める意見書を議会で採択するよう要請したことがわかった。県議会でも同様の意見書を採択し、政府に提出する方針。
要請文は10日付。農協改革とあわせて、各議長に『国民生活に重大な影響を及ぼす案件であるのに、関係者と十分な議論を経ることなく、性急なスケジュールで検討が進められている。国民の理解を得る形で結論を出すべきだ』と呼びかけ、意見書案を添えた。
意見書案は集団的自衛権について、『議論を否定するものではないが、国防、安全保障の根幹に関わり、国民生活に影響を及ぼす重要な問題』と指摘。『全国で公聴会を開くなどの方法で、結論を出すべきだ」としている。異例の意見書案の背景には、来春の統一地方選へ向け、公明党への配慮もあるとみられる」
自民党県議の「党本部や官邸がやっていることがすべて正しいわけではない。あまりにも性急というか、慎重さに欠ける」「公明党との関係もぎくしゃくし、統一地方選にも影響する。選挙で公明党の票がなかったら危ない議員もいる」と安倍政権を批判する発言も紹介されている。
「全国有数の自民王国」でこの事態。安倍政権の性急さ強引さを、快く思わない自民党地方組織が岐阜だけであるはずはない。このようなやり方では、民意を蹴散らすことになりはすまいかと心配しているにちがいない。議員も、首長も、自民党地方組織も、だんだんとものをいうようになってきた。
東京新聞のインタビューで曽我村長が語っている。
「住民が地元の議会や首長に、行使容認に反対する意見書や声明を出すよう働き掛けてほしい。ゲームのオセロは、黒ばかりの盤面でも、少しずつ白のこまが増えれば、局面は大きく変わる。政治も同じだ」
少しずつ、白のこまが増え始めているという手応えがある。
(2014年6月16日)
ワールドカップ・ブラジル大会のCグループ。その初戦で、日本とコートジボワールが対戦した。私はスポーツとしてのサッカーそのものにはほとんど興味がない。しかし、サッカーという競技がもつ社会への影響力には関心をもたざるを得ず、観客の熱狂ぶりや、巨額の金の動き、そしてナショナリズムのあり方などには興味津々である。
なお、私は常に弱者の側に味方したいとする立場。日本チームのFIFAランキングが46位と初めて知って、23位だという格上のコートジボアールに対しての善戦を期待した。結果は、ほぼランキングが示す実力差のとおりの試合となったようだ。
ところで、コートジボアールという国に、ほとんどイメージがない。象牙海岸・宗主国フランスからの独立・政情不安・カカオの産地。その程度が、私の同国に対する知識のすべてといってよい。せっかくのこの機会に、かの国の内情を少しは知りたいと思った。
こんな時、一昔前なら、まずは百科事典を開くことになろう。その上で、図書館か本屋さんに足を運ぶことになったはず。今は、ネットの検索で結構な量の情報が手に入る。手軽でもあり、金もかからない。ウィキペディアの充実ぶりにも感心させられる。以下は、すべて本日ネットの検索で初めて知ったことの受け売り(出典は省略させていただく)。俄然、コートジボアール・チームの勝利に祝意を表明したくなった。
西アフリカに位置するコートジボワールは大西洋に面し、人口は約2500万人。首都はヤムスクロ。日本とほぼ同じ面積の国土に63の民族が暮らしているという。1960年の独立までフランスの植民地だった。かつては、象牙の輸出が盛んで、国名はフランス語で「象牙の海岸」を意味する。当然のことというべきか、公用語はフランス語。世界一のカカオの生産と輸出で知られている。
独立直後は、カカオとコーヒーの輸出や外国企業の誘致で「イボワールの奇跡」と呼ばれる年成長率8%の高度経済成長を達成したという。ところが、80年代には経済が失速した。90年と2002年に内戦があり、2010年末の大統領選の結果をめぐっても内乱が起きた。
政情不安には、多民族間の非融和だけでなく、宗教や貧困の問題が複雑に絡んでいるという。これを統合するものとして、サッカーがあるということだ。コートジボワール代表がW杯に初出場を決めたのは05年。06年のドイツ大会に出場している。このとき、「サッカーは分断された国民を一つにまとめる希望の光」となったとされる。
コートジボワール代表がワールドカップ出場を決めた瞬間、選手たちはピッチ上に座り、内戦のさなかにあった母国に平和を呼びかけた。そのマイクを握ったのが同国のスター選手、ディディエ・ドログバ。今日の試合にも出場した選手。「北も南も、西も中央もない。コートジボワールはひとつです。この豊かな国を、戦争の犠牲にしてはいけない。武器を置いて、心をひとつにしよう!」と語りかけた。彼は、内戦を終えたコートジボワール政府が創設した「対話・真実・和解委員会」のメンバーの一人でもある。
コートジボアールのナショナルチームの愛称を、“エレファンツ”という。いまや国民的ヒーローであるディディエ・ドログバがエレファンツ(代表の愛称)のオレンジ色のシャツに初めて袖を通したのは、奇しくも第一次内乱が始まる数日前の2002年9月だった。つまり彼の代表キャリアは、この国の内乱の歴史とともにあったと解説されている。
内乱は、大別するなら南北に分かれての争いだが、北部を占めるイスラム教徒と、南部に多いキリスト教徒間の争いでもあった。しかしサッカーの代表チームには、イスラム教徒もいればキリスト教徒もいる。トゥーレ兄弟は北部の出身、ドログバやカルーは南部の出だ。彼らが一致団結して戦う姿を国民一人ひとりが自分たちになぞらえて「結束」を思い起こしてほしい、というのが“エレファンツ”の願いだった。
ワールドカップ初出場を決めた2005年の対スーダン戦のスタジアムには、内線で敵対する両陣営も居並び、エレファンツの勝利によって、「この夜国がひとつにまとまった」とされる。エレファンツは5対0で快勝し、翌日の新聞は「5ゴールが、5年間の戦争の悪夢を消し去った」という見出しを打ったという。
エレファンツは、サッカーというスポーツの代表チームという枠を超え、敵対する政権を調和させてしまえるほど、コートジボワールにとっては平和のシンボルであり、国民の夢なのだ、という。
エレファンツがいかに力持ちでも、背負っているものがとてつもなく重い。本日の貴重な1勝によって、少しは肩の荷が軽くなったことであろう。祝意を表するにやぶさかではない。
(2014年6月15日)
本日は地元の学生グループに招かれてごく小さな規模の憲法学習会の講師を務めた。テーマは、特定秘密保護法の問題点と集団的自衛権。少人数の聞き手とのやり取りは結構楽しかった。
報告は3パートになった。「立憲主義」・「解釈改憲」・「秘密保護法制」である。「立憲主義とは何か」、「どうして今集団的自衛権行使容認の解釈変更なのか」、そして「特定秘密保護法のどこがどう問題なのか」という問いかけから始まるレポート。
※近代憲法の何たるかは、1789年フランス革命後の人権宣言16条に定式化されている。「権利の保障が確保されず、権力の分立が定められていないすべての社会は、憲法をもたない」というもの。ここに、人権こそが至高の憲法価値であること、公権力は人権を制約することのないよう謙抑的につくられていなければならないこと、つまり「個人主義」と「自由主義」とが明瞭に宣言されている。以来、憲法は「人権のカタログ」部分と、人権を侵害しないように設計された「統治機構」部分とから構成されるようになった。
ここには、「主権者国民が権力を創設するが、その公権力は最も大切な国民の人権を傷つけることのないように設計され運用されなければならない」「そのために、公権力の設計と運用の在り方についての主権者の意思を予め確定し、この主権者の意思を公権力の担当者に示して、これにしたがって公権力を行使するよう命じる」という大原則が前提にされている。このようにして公権力行使を統制する考え方が立憲主義である。
※主権者国民から権力担当者に対する命令が憲法であるから、その命令の内容を軽々に変更はできない。変更するとなれば、慎重に国民の意思を確認してからでなくてはならない。民主主義社会では時の権力は国会での過半数の勢力によって形成されるから、国会での過半数の議決で憲法改正ができるとすれば、憲法が権力を統制するという役割を果たせなくなる。憲法改正は必然的に立法手続以上の厳格な要件を要求することになる。これが憲法が「硬性」であるということ。
安倍政権が成立するや、自民党改憲草案を念頭に、明文改憲が試みられた。そのための戦略として、まず96条先行改正が目指された。つまり、憲法改正手続を改正して、硬い憲法を軟らかくほぐしておいて、改正しやすい憲法にすることから始めようとした。しかし、これが評判が悪かった。「姑息なやり方」「国民を欺くもの」「裏口入学的手法」「96条改憲の向こうに9条改憲」「立憲主義の何たるかを理解していない」と散々。昨年の憲法記念日を挟んで、世論は完全に96条先行改憲論にノーを突きつけた。第1ラウンド、安倍の負けであった。
明文改憲ができないととなるや、安倍は第2ラウンドは解釈改憲を持ち出した。憲法9条に手を付けずに、内閣限りでその解釈を変えて、実質的な9条改憲をやってのけようということ。具体的には、これまで憲法9条2項によって「集団的自衛権の行使は憲法上できない」とされていた解釈を、強引に変えてしまおうということ。
しかし、これは、96条先行改憲以上に、実質的な9条改憲であり、「立憲主義の何たるかを理解していない」やり口。「姑息なやり方」「国民を欺くもの」「裏口入学的手法」である。それでも、安倍政権は、内閣法制局長官の首をすげ替え、自分で選任した安保法制懇の報告を受け、自作自演で集団的自衛権行使容認の路線を突っ走りつつある。
そのための与党協議において、座長の高村自民党副総裁から、「高村私案」が示されている。これが昨日(6月13日)のこと。これまでは、個別的自衛権行使には次の3要件が必要と政府解釈が確立していた。
(1)我が国への急迫不正の侵害がある
(2)これを排除するために他に適当な手段がない
(3)必要最小限度の実力行使にとどまる
この3要件のすべてを満たした場合にはじめて自衛権の発動が可能となる、というもの。
高村私案は、この要件を次のように変更しようというものだ。
?我が国に対する武力攻撃が発生したこと、または他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるおそれがあること
?これを排除し、国民の権利を守るために他に適当な手段がないこと
?必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと
問題は、(1)と?の差である。自衛権の発動は、従来政府解釈(1)では「我が国への急迫不正の侵害が現在している」場合に限られている。これに対して、高村私案?は、「我が国に対する武力攻撃が発生した」場合に限られない。「他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ」た場合に拡大されている。これが、集団的自衛権の行使を容認するということだ。
問題はそれだけではない。「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される『おそれ』があること」がくせ者。?の文章を「(我が国に対する武力攻撃が発生したこと)、または(他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるおそれがあること)」と重文として読めば、集団的自衛権についてだけ「幸福追求の権利が根底から覆される『おそれ』があること」が要件として関わってくることになる。これも、『おそれ』という曖昧さが大きな問題をはらむものとなっている。
さらに大きな問題は、「{(我が国に対する武力攻撃が発生したこと)、または(他国に対する武力攻撃が発生し)}これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるおそれがあること」と複文として読めば、個別的自衛権行使の要件としても『おそれ』が関係してくることになる。
つまり、「我が国に対する武力攻撃が発生したことにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される『おそれ』がある」場合には、個別的自衛権行使が可能となるというのだ。従来解釈に比して、「急迫不正の侵害」という要件を抜いていることに加えて、「我が国の存立が脅かされる『おそれ』がある場合」、「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される『おそれ』がある場合」にも、ひろく武力行使が可能と、どさくさに紛れて要件を緩和したことになる。このような姑息なやり方には、徹底した批判が必要だ。
※そして、特定秘密保護法の問題である。
民主主義政治過程のサイクルは、一応は「国民意思⇒選挙⇒立法府⇒行政府⇒司法」と図式化することができる。この国民意思形成の過程では、国民に十分な情報が提供されていなければならない。とりわけ、国政に関する情報は、国民の財産であって、国民がこれに接して、民意の形成に役立てなければならない。
戦前、軍機保護法や港湾要塞法などは軍の装備や編成を軍事機密として国民の目から秘匿した。戦時色が深まると、軍用資源秘密保護法や国防保安法はさらに、外交、財政、経済、資源等、総力戦を構成するすべての部門の重要機密を厳罰をもって保護するようになった。その基本的な考え方は、「国民はよけいなことを知る必要がない」「必要な情報は政府が管理しておけば十分」というもの。
特定秘密保護法も同じ考え方、「40万件といわれる特定秘密は国民は知らなくてよい」「政府が国民に知らせてもよいという情報だけを知らせておくことで十分」という基本的な考え方でできている。国会議員にも、裁判官に対しても、同様の考え方が貫かれている。これは、民主主義を衰弱される危険な法律。
2013年12月6日に特定秘密保護法は成立し、同月13日に公布された。その1年後、本年12月13日に施行ということになる。ぜひ、それまでに法の廃止を実現したい。そうでなくては、民主主義の政治サイクルが空回りすることになり、議会制民主主義は形骸化し衰退しかねない。
(2014年6月14日)