澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

憲法記念日の読売社説に反論する

憲法記念日の読売社説は、「集団的自衛権で抑止力高めよ」と標題したもの。憲法を記念するでもなく、その意義を確認するのでもなく、現行憲法に敵意を燃やす内容。「集団的自衛権行使容認は、米国との防衛関係を強化して抑止力を高めることになり、領土の保全と国民の生命財産を守ることにつながる」として、安倍政権の解釈改憲路線を擁護する見解を披瀝している。

もちろん、荒唐無稽の論旨ではない。しかし、大新聞の社説としてはまことに出来が悪い。格調などは望むべくもないが、論理の展開に滑らかさを欠き、説得力がない。多くの人に賛意を得ようという熱意の感じられない文章となっている。

小見出しは次の4本。
◆解釈変更は立憲主義に反しない
◆日米同盟に資する
◆限定容認で合意形成を
◆緊急事態への対処も

以上の4本の小見出しをつなげれば、次のような論旨となろうか。
「集団的自衛権行使を容認する憲法解釈変更は、立憲主義に反するものではない」。だから解釈変更に遠慮は不要で、「集団的自衛権の行使容認という日米同盟の強化に資する」手段を選ぶべき。もっとも、国会内の意見はさまざまだから「限定容認で合意形成を」することが望ましい。なお、集団的自衛権の問題だけではなく、「緊急事態への対処も」お忘れなく。

この社説、一読しての論旨の把握は容易ではない。以上の小見出しと、各小見出しに続く文章とが整合していないので、読みにくいことこの上ない。一般に、記者の書く文章は、要領よく読みやすいものなのだが…。

以下、小見出しを付された文章を、第1?4節として、順次反論してみたい。

第1節は、以下のとおりである。
『◆解釈変更は立憲主義に反しない
 きょうは憲法記念日。憲法が施行されてから67周年となる。
 この間、日本を巡る状況は様変わりした。とくに近年、安全保障環境は悪化するばかりだ。米国の力が相対的に低下する中、北朝鮮は核兵器や弾道ミサイルの開発を継続し、中国が急速に軍備を増強して海洋進出を図っている。
 領土・領海・領空と国民の生命、財産を守るため、防衛力を整備し、米国との同盟関係を強化することが急務である。』

この節には、「解釈変更は立憲主義に反しない」という見出しに対応する主張は述べられていない。述べられているものは、防衛力依存至上主義ともいうべき抜きがたい基本姿勢である。「領土・領海・領空と国民の生命、財産を守るためには、防衛力を整備し、米国との同盟関係を強化すること」が必要であり急務であるという。これは「危険思想」というべきではないか。ここには、あからさまに中国と北朝鮮を仮想敵と名指しされている。危険な敵の侵犯から、領土・領海・領空と国民の生命、財産を守るためには、自国の防衛力を整備し増強することとならんで、アメリカとの軍事同盟関係を強化すべきだとされているのである。

ある一国が隣国に対してこのような姿勢を有していれば、隣国も同じ対応をせざるを得ない。不信が不信を生み、恐怖が恐怖を再生産して、愚かな軍拡競争を引きおこすことになる。これまで、改憲勢力が「安全保障環境の悪化」を言わなかったことがあっただろうか。安全保障環境の悪化を口実とした9条改憲の主張は、「特に近年」において始まったことではない。いつもいつも、隣国の不信や危機を煽るのが、改憲勢力の常套手段である。中国も北朝鮮も、あるいは韓国の国防も、「日本の好戦的姿勢」「いつかきた道を繰りかえしかねない恐怖」を口実にしている。その口実を封じることこそが「急務」ではないか。お互いに、軍備増強の口実を与え合う愚を犯してはならない。

第2節は以下のとおり。
『◆日米同盟強化に資する
 安倍政権が集団的自衛権の憲法解釈見直しに取り組んでいるのもこうした目的意識からであり、高く評価したい。憲法改正には時間を要する以上、政府の解釈変更と国会による自衛隊法などの改正で対応するのは現実的な判断だ。
 集団的自衛権とは、自国と密接な関係にある国が攻撃を受けた際に、自国が攻撃されていなくても実力で反撃する権利だ。国連憲章に明記され、すべての国に認められている。
 集団的自衛権は「国際法上、保有するが、憲法上、行使できない」とする内閣法制局の従来の憲法解釈は、国際的には全く通用しない。
 この見解は1981年に政府答弁の決まり文句になった。保革対立が激しい国会論戦を乗り切ろうと、抑制的にした面もあろう。
 憲法解釈の変更については、「国民の権利を守るために国家権力を縛る『立憲主義』を否定するものだ」という反論がある。
 だが、立憲主義とは、国民の権利保障とともに、三権分立など憲法の原理に従って政治を進めるという意味を含む幅広い概念だ。
 内閣には憲法の公権的解釈権がある。手順を踏んで解釈変更を問うことが、なぜ立憲主義の否定になるのか。理解に苦しむ。』

読売が、「安倍政権が集団的自衛権の憲法解釈見直しに取り組んでいるのもこうした目的意識からであり、高く評価したい」というのは、結局のところ憲法遵守よりは防衛力増強を優先する軍事力至上主義の表れというほかない。「憲法改正には時間を要する以上、政府の解釈変更と国会による自衛隊法などの改正で対応するのは現実的な判断」というに至っては、軍事力至上主義からの明文改憲を是としたうえで、ここしばらくは9条改憲の国民意識の成熟はないことを認めて、解釈改憲と立法改憲に右派の世論を誘導しようというもの。読売の発行部数を考慮すると、罪が深いというほかはない。

また読売は、集団的自衛権について、「国際法上保有するが、憲法上行使できない、とする内閣法制局の従来の憲法解釈を国際的には全く通用しない」という。しかし、国際的に通用しないというのは間違っている。現に、この解釈でこれまでアメリカに対応してきた。アメリカとの関係で、またNATOとの関係でも通用したからこそ、これまで数々の海外派兵の要請を断り続けて来られたのだ。安保条約5条1項にも、「各締約国は、…自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処する」と、憲法遵守が明記されている。

「内閣には内閣としての憲法解釈がある」ことは、一般論としては当然である。問題は、解釈にも限界があることであり、これまで積み重ねてきた解釈の継続性・安定性を放擲して突然に変更することの不自然さにある。集団的自衛権の行使容認は、文言解釈の限界を超えているのだから、憲法をないがしろにすること明らかで、立憲主義に反する。これまで、長く緻密に積み重ねられてきた解釈を強引に替えようとしているから、立憲主義に反するのだ。「納得しうる手順を踏んでの解釈変更」ではなく、法制局長官の首のすげ替えをしての乱暴な手口であり、安保法制懇という手の内にある安全パイの人物を使っての答申を使うという姑息なやり方が立憲主義の否定となるというのだ。理解に苦しむことはない。

第3節「◆限定容認で合意形成を」はやや長い。3個のパラグラフに分けて論じる。
第1パラグラフは以下のとおり。
『集団的自衛権の行使容認は自国への「急迫不正」の侵害を要件としないため、「米国に追随し、地球の裏側まで戦争に参加する道を開く」との批判がある。だが、これも根拠のない扇動である。集団的自衛権の解釈変更は、戦争に加担するのではなく、戦争を未然に防ぐ抑止力を高めることにこそ主眼がある。
 年末に予定される日米防衛協力の指針(ガイドライン)の見直しに解釈変更を反映すれば、同盟関係は一層強固になる。抑止力の向上によって、むしろ日本が関わる武力衝突は起きにくくなろう。』

ここで展開されている「思想」は、「自国は正義、隣国は敵」「自国の軍備は常に防衛的で、隣国の軍備は常に攻撃的で危険」「自国の平和は軍備の増強によってのみ保たれる」というものである。

ここで言われている「集団的自衛権の解釈変更は、戦争に加担するのではなく、戦争を未然に防ぐ抑止力を高めることにこそ主眼がある」は、まことに歯切れが悪い。「抑止力としての効果」は、いざというときには集団的自衛権の行使をなし得るからである。現実の集団的自衛権行使が予定されているのである。「主眼がある」とは、「戦争に加担」を排除していない言葉使いである。

要するに、武器を研ぎ澄まし、防衛力を増強すること、他国の戦争に加担することもためらわないとすることこそが、邪悪な隣国に対する抑止力となり、戦争を回避できるのだとする思考回路から抜け出せないのだ。

第2パラグラフは以下のとおりである。
『政府・自民党は、集団的自衛権を行使できるケースを限定的にする方向で検討している。
 憲法9条の解釈が問われた砂川事件の最高裁判決を一つの根拠に「日本の存立のための必要最小限」の集団的自衛権の行使に限って認める高村自民党副総裁の「限定容認論」には説得力がある。
 内閣が解釈変更を閣議決定しても、直ちに集団的自衛権を行使できるわけではない。国会による法改正手続きが欠かせない。法律面では、国会承認や攻撃を受けた国からの要請などが行使の条件として考慮されている。
 自民党の石破幹事長は集団的自衛権の行使を容認する場合、自衛隊法や周辺事態法などを改正し、法的に厳格な縛りをかけると言明した。立法府に加え、司法も憲法違反ではないか、チェックする。濫用は防止できよう。』

砂川事件最高裁判決を集団的自衛権行使容認の論拠とすることについて、「説得力がある」などと言うべきではなかろう。およそ、なんの検討もせずに、ひたすら自民党におもねっているだけの姿勢を暴露することになるからである。しかも、読売社説の文脈は、「日本の存立のための必要最小限」への「限定容認論」の論拠として説得力があるというのだ。これまでは、自衛のための最小限度の実力であれば、9条2項の「戦力」には当たらないとされてきた。これもかなり苦しい「論理」。読売は、それを超えて「日本の存立のための必要最小限」の範囲なら集団的自衛権行使も容認される、という。こんな無限の拡大解釈の許容は言語による規範設定という法そのものの機能を奪うものとしか評しようがない。これを「説得力がある」とは、よくも言えたもの。

第3パラグラフは以下のとおり。
『集団的自衛権の憲法解釈変更については、日本維新の会、みんなの党も賛意を示している。
 公明党は、依然として慎重な構えだ。日本近海で米軍艦船が攻撃された際は日本に対する武力攻撃だとみなし、個別的自衛権で対応すればいい、と主張する。
 だが、有事の際、どこまで個別的自衛権を適用できるか、線引きは難しい。あらゆる事態を想定しながら、同盟国や友好国と連携した行動をとらねばならない。』

読売は、自民党安倍政権の解釈変更に賛意を表し、維新とみんなを、自民に同意見として評価している。「自・維・み」3党の改憲トリオは、読売のお気に入りというわけなのだ。
その上で、「慎重姿勢」の公明党に不快感を表明している。つまり、公明が「なにも集団的自衛権行使を容認せずとも、個別的自衛権で対処可能なことがほとんどではないか」と主張していることに異議を唱えて、「有事となれば、必ずしも個別的自衛権だけでは十分ではない事態も想定できるのではないか。そのときのために集団的自衛権行使ができるようにしておくべき」と言うのだ。同盟国や友好国と連携した軍事行動を可能にしておくことを最優先して、そのような方針の大転換が近隣諸国を刺激し日本の平和主義国家としてのブランド力を損なうことは考えていない。仮想敵を作り、軍備を増強することが、近隣諸国との緊張を高め、戦争の危険を増大することを考慮しないのだ。

第4節は以下のとおり。
『◆緊急事態への対処も
 武力攻撃には至らないような緊急事態もあり得る。いわゆる「マイナー自衛権」で対処するための法整備も、検討すべきである。
 先月、与野党7党が憲法改正の手続きを定めた国民投票法の改正案を国会に共同提出した。今国会中に成立する見通しだ。
 憲法改正の発議が現実味を帯びてくるだろう。与野党は共同提出を通じて形成された幅広い合意を大切にして、具体的な条項の改正論議を始める必要がある。
 安倍政権には、憲法改正の必要性を積極的に国民に訴え、理解を広げていくことも求めたい。』

改憲勢力の国民投票法(改憲手続法)整備への期待と、その整備の手続きを通じての憲法改正案の成文化の期待が語られている。右派勢力大同団結だけでは突破できない。「幅広い合意を大切に」という言葉がものがたっているとおり、中道勢力を取り込んでの3分の2をどう作るか、彼らも悩んでいる。

以上の読売社説には、「今が好機」という高揚感と、「今のうちになんとかせねば」という焦躁感とが同居しているように見える。「議会内における自民党の圧倒的多数からは、解釈改憲など直ぐにでもできるではないか」としながらも、しかし、「それだけで終わらせてはならない。千載一遇の今のうちに、憲法改正を実現しなければ」という焦りも見える。鷹揚に、解釈改憲だけでよいとしていたのでは、明文改憲の機会を永遠に失いかねない、そう思っているのではないだろうか。

平和や人権、民主主義を大切に思い、そのために憲法を実効あらしめたいと考える者にとっては、ここはじっくりと腰を据えて、解釈改憲にも立法改憲にもそして明文改憲にも、さらには改憲手続き法の改正にも、一つ一つ反対の声を挙げ、運動を積み上げて行くしかなかろう。護憲派が焦る必要はない。最近の世論調査の動向を見れば、成算は十分と思われるのだ。
(2014年5月4日)

憲法記念日の各紙社説に意を強くする。

憲法記念日である。政府は記念行事を行わないが、国民はこの日憲法について思いを巡らし、その存在意義を再確認する。各紙が総力をあげて、それぞれの使命や方針を読者に伝える日でもある。

手の届く範囲で各紙の憲法記事に目を通した。各紙それぞれに工夫を凝らして、憲法問題に取り組んでいる。ほぼ全紙が憲法問題についての社説を載せている。昨年同様、読売・産経の2紙を除いて圧倒的に明文改憲にも解釈改憲にも反対の論調となっている。とりわけ、立憲主義から説き起こして、軽率な明文改憲や時の政権の思惑による憲法解釈の変更を戒めているものが主流を形成している。総じて、列島全域に安倍政権への警戒感が強く滲み出ている。読売や産経は、相変わらずの安倍政権寄りの論調を掲げているが、論理において劣勢であるだけでなく、完全に少数派に転落している印象が強い。

琉球新報社説の冒頭の一節がこうなっている。
「憲法記念日が巡ってきた。今年ほど、憲法改正論議が交わされることも、憲法の意義や価値が説かれることも、かつてなかった。安倍政権は今、集団的自衛権行使に向けた解釈改憲への意欲を隠さない。だがその論理は、平和構築の上でも、民主制・法治という国の体制の面でも、不当かつ非論理的なものと言わざるを得ない。沖縄にも戦争の影が急速に兆す今、戦争放棄と交戦権否定をうたう憲法9条の価値はむしろ高まっている。その資産を守り、今こそ積極的に活用したい。」

また、北海道新聞の「きょう憲法記念日 平和主義の破壊許さない」という社説の冒頭。
「戦後日本の柱である平和憲法が危機に直面している。安倍晋三首相は歴代政権が継承してきた憲法解釈を覆し、集団的自衛権の行使を容認する「政府方針」を、今月中旬にも発表する。自衛隊の海外での武力行使に道を開くもので、専守防衛を基本とする平和主義とは相いれない。9条を実質的に放棄する政策転換と言っても過言ではない。
 首相はさらに、憲法が権力を縛る「立憲主義」を否定する。一国のリーダーが、国の最高法規をないがしろにする異常事態だ。」
以上2紙の社説が、全社説の大勢を反映しているといって良いのではないか。

今年の各紙社説の共通テーマは、「立憲主義に照らして、解釈改憲は許容しがたい」「集団的自衛権行使を容認する行政府の憲法解釈は禁じ手」「砂川判決は論拠にならない」「集団的自衛権の限定行使も容認してはならない」というもの。そして、少なからぬメディアが憲法意識の世論調査の結果を引用している。その世論調査のいずれもが、昨年と比較して、明文改憲阻止、集団的自衛権行使容認拒否の方向に劇的に動いている。安倍政権の改憲論は、世論に見はなされ孤立を深めている、と言ってよい情勢。たいへん心強い。

翻って、昨年の憲法記念日は、96条先行改正論をめぐる論議が白熱した時期であった。憲法記念日を前後する論争の盛り上がりのなかで、立憲主義の何たるかが社会に浸透し、これを大切にしなければならないとする世論が定着した。96条先行改憲論を標的として、「姑息」「裏口入学」「禁じ手」「96条先行改憲の本丸は9条改憲」と難じられ、安倍政権も96条先行改憲論をあきらめざるを得なくなった。これが第2次安倍政権改憲論争における護憲勢力の緒戦の勝利であった。

96条先行改憲の困難なことを知った安倍政権は、解釈改憲に主力を移した。内閣法制局長官の首をすげ替える露骨で強引な人事を強行し、安保法制懇答申を待って一気呵成の閣議決定を目論んだが、世論の批判は厳しく、遅滞と後退を余儀なくされている。いまは、「集団的自衛権の限定的行使容認論」。それさえも、本当にできるのか困難な情勢。加えて、2013年12月、無理に無理を重ねて成立させた特定秘密保護法強行時に幅の広い統一戦線的反対論の勢力結集を見た。ここで、保守派も含めて、安倍政権の危うさを共通認識とすることになった。加えて、行かずもがなの靖国参拝である。NHKの人事強行問題もある。

そのような事態を経ての今年憲法の日。その主要テーマである集団的自衛権論争はまさしく、昨年の96条先行改憲是非の論争の延長線上にある。96条先行改憲論に対する批判の核心は、「各議院の総議員の三分の二以上の賛成」という国会の発議要件を「各議院の総議員の過半数の賛成」に変更することが立憲主義に悖るということであった。解釈改憲は、国会内の論議を尽くすこともなく、国民に意見を求めることもなく、時の政権が恣に憲法の解釈を枉げて、実質的に憲法を改正してしまおうというのだ。立憲主義に反すること、これ以上のものはない。

以上の趣旨を反映した社説はたくさんある。典型例は、「揺らぐ憲法ー立憲主義の本旨再確認を」という河北新報社説。以下のとおり、立憲主義の本旨に触れての本格的な論説となっている。
「集団的自衛権をめぐる問題は、容認の是非もさることながら、立憲主義の本旨と衝突する側面も軽視できない。事実上、政府の一存で「実質的な改憲」を行うならば、憲法自体への信頼性を深く傷付けよう。憲法は強大な「国家権力」を縛り、国民一人一人の「権利」「自由」を守る最高法規だ。閣議で都合良く解釈を変更し、自衛隊の運用などは別途、法改正で対応するというのであれば、権力の暴走を招きかねない。」

また、安保法制懇という私的な諮問機関を使う手法についても、手厳しい批判がある。たとえば沖縄タイムスの「岐路に立つ憲法ー戦争の足音が聞こえる」という深刻な標題を掲げた社説の次の一節。
「首相は、解釈の変更によって集団的自衛権の行使容認を実現しようとしている。その理論的支柱となっているのが安保法制懇である。長年にわたり積み重ねてきた政府答弁を、何の法的根拠もない私的懇談会の報告書を基に内閣の解釈変更で覆すことができるなら立憲主義、民主主義の否定につながり、9条の法規範としての意味が失われる。」
そのとおり。安保法制懇は、何の権限ももたず、何の権威もない。時の政権の意を体する人物たちが国会のなすべきことを掠めとろうとしているだけの話しではないか。

砂川事件大法廷判決が、解釈改憲の論拠にはならないとする社説も多い。中国新聞は標題に「憲法の解釈変更 砂川判決 論拠にならぬ」とする社説を掲げて、自民党高村正彦氏の論旨を批判し、さらに、この判決がアメリカの圧力によるものである疑惑濃厚であることから、論拠として引用するにふさわしいものでない趣旨を述べている。

また、限定的にせよ、集団的自衛権行使容認と原則を替えることの危険性を説く社説も多い。原則を放棄すれば、限定の歯止めがなくなるのは必定という指摘と、以下のとおり海外出兵の要請を断れなくなるとするものがある。
「ベトナム戦争の際、集団的自衛権の行使で韓国軍が派遣され多数の死者が出た。イラク戦争に英国は集団的自衛権を行使して兵士を送り込み、米国に次ぐ死者を出した。日本は、戦争終結後に人道復興支援で陸自を派遣したが、一人の犠牲者もなく民間人を傷つけることもなかった。9条が歯止めとして機能したからだ。あの時日本が集団的自衛権の行使が可能だったら、米国からの戦闘派遣要請を断れなかっただろう。」(沖縄タイムス)

また、毎日、朝日、日経、NHK、北海道新聞、沖縄タイムス、琉球新報などが、世論調査を発表し、あるいは直近の調査を引用している。

特筆すべきは、毎日の調査結果。「9条改正反対51%ー前年比14ポイント増」というもの。
「毎日新聞が3日の憲法記念日を前に行った全国世論調査によると、憲法9条を「改正すべきだと思わない」との回答は51%と半数を超え、「思う」の36%を15ポイント上回った。昨年4月の調査では、同じ質問に対し「思う」46%、「思わない」37%だった。安倍晋三首相が改憲ではなく憲法解釈変更によって集団的自衛権の行使を認めようとしていることも影響したとみられる。
 9条の改正反対はすべての年代で賛成を上回った。安倍内閣支持層では改正賛成51%、反対36%だったのに対し、不支持層では反対が75%に達し、賛成は18%にとどまった。集団的自衛権の行使を認めるべきではないと考える層では、改正反対が79%と圧倒的。認めるべきだと考える層(全面的と限定的の合計)は賛成が54%だったが、反対も36%を占めた。」

つまり、「9条改正賛成派」対「9条改正反対派」の比率は、
 昨年の調査では、46%対37%で、改正賛成派が多数だった。その差9ポイント。
 今年の調査では、36%対51%で、反対派が逆転した。しかも、その差は15ポイントである。
9条改正反対派は、1年で実に14%増えたのである。賛成派は10%も減らした。こと、憲法問題に関する限り、「安倍ノー」の世論が圧倒しているといって良い。ものを書き、口にし、語りかけることは無意味ではない。確実に世論を動かし得る。自信を持とう。
(2014年5月3日)

籾井勝人の「だまし討ち」に怒る

NHK・籾井勝人会長。これほど任務にふさわしからぬ人はない。また、この人ほど人格識見のなさを天下に晒した例も少なかろう。このみっともない会長人事が、NHKの権威も信頼も傷つけた。安倍政権の足をさえ引っ張っている。「NHKの新年度予算審理が終了すれば辞任するだろう」「自分で辞める気がなくても、政権が詰め腹を切らせるにちがいない」「政権にその気がなくても、NHKの総体が、まさかこんな会長を居座らせることはないだろう」。誰もがそう思っていた。ところが、そうはなっていない。それどころではなく、籾井のNHK乗っ取りが始まった。籾井の逆襲である。このままではたいへんなことになる。まさしく、「政府が右と言えば、左ということのできない」NHKになりさがる。これは、民主主義の危機にほかならない。

4月22日のNHK経営委員会でのできごとは、ある程度のことは各紙に報道されていた。しかし、昨日(5月1日)発行の週刊新潮の記事を読んで愕然とした。タイトルは、「NHKには独裁者がよく似合う」「『私が人事を決める』とすごんだ籾井会長の『経営委員会語録』」というもの。これほど深刻な事態とは知らなかった。視聴者・国民の受信料支払い凍結運動がどうしても必要だ。それ以外に籾井会長を辞任に追い込む手段はなさそうだ。受信料支払い凍結が、日本の民主主義の危機を救う。

週刊新潮の記事は、経営委員会委員長代行の上村達男さんを中心に書かれている。私は、弁護士としては消費者問題分野での活動家である。消費者問題の最大課題はは、新自由主義的な規制緩和路線との対決。商法や金融商品取引法の専門家としての上村さんは、規制緩和至上主義を厳しく批判する立ち場で消費者族とは肌合いの合う研究者。企業コンプライアンスに関しては厳格な立ち場を崩さない方だから、NHKの経営委員としては誰が見ても適格であろう。

その上村さんであればこそ、籾井会長の言動に批判の言が鋭くなることは当然のこと。籾井会長は、この批判を何とか封じなければならない。その批判封じの手段が、「根回し」と「だまし討ち」だったようだ。昨年の12月20日、宇都宮選対から同様の「だまし討ち」の目に遭った私としては、上村さんの怒りがよく分かる。

4月22日NHK経営委員会議事録は、本日(5月2日)現在未公開である。経過は新潮の記事によるしかないが、その内容は具体的で信頼性は高い。なによりも、後に議事録公開があるのだから、いい加減なことは書けなかろう。

籾井の逆襲は、露骨な人事権の濫用を手段とするもの。4月22日に明らかになったのは、理事の人事について。NHKの理事は10人いる。籾井会長就任の際に、辞表を書かされたとして話題になった、あの10名。安倍政権や籾井会長への親疎が一様でない。籾井としては、手の内の者で人事を固めたい。優遇する者を作り出してこれを子飼いとしたい。NHKの合理的経営のための人事ではなく、自らの地歩を固めるための人事。そして、安倍政権への期待に応える人事である。

22日の経営委員会の各委員の席には、予め封筒がおいてあったという。封筒にハサミを入れて出てきたのが籾井会長の理事に関する人事案。「一瞥してカッとなった上村達男経営委員会委員長代行と籾井会長の間でバトルが繰り広げられたという」。

承認を求める理事人事の提案を封筒に入れて当日提出するとは、常識的に考えがたいやり方。経営委員会の当日に人事案を示すなどはこれまで前例のないことと報道されている。やられた方の違和感が察せられる。この日、上村さんの「なんでこういうことになるのですか!」という問に、会長は「情報が漏れるからだ」と答えている。おまえたちを信頼していないという宣言である。

人事案の提案書には、理事10名の名前と担務が記入されていたという。内2人が新理事の起用。2人の理事が退任することになる提案である。実は、4月25日に任期が切れる理事は4人だった。そのうち2人を再任、2人を退任とした。それとは別に、籾井会長は前日(21日)に2人の専務理事を呼び出して、「退任を迫った」という。「その両者とも、今年の2月に再任されたばかり。そんな無茶苦茶な話しはないと断られ」ている。会長は、できるだけ、自分の手の内の者で理事を固める腹だったのだ。

さらに問題は、担務にある。「理事の担務で最も重要なのが放送統括、2番目が国際放送統括、3番目が経営企画統括」なのだそうだ。籾井は、理事の中で「唯一の籾井派」と言われる人物を専務理事に昇格させて、放送統括と国際放送統括を兼務させた。この二つを一人の理事が握ったことは史上初。そして、経営企画統括は新たに理事になった人物。菅官房長官と親しいとされているという。「ここまで露骨な人事は聞いたことがないですね」と新潮は中堅職員の解説を掲載している。

退任した2人の理事が異例の挨拶をしている。1人は、「経営委員は何をやっているのか」と怒りを隠さなかったそうだ。なぜ、その権限を行使して籾井会長を罷免させないのか、という意味。「前代未聞のこと」であろう。もう1人も、涙を浮かべて、「現場はたいへんなんです。一生懸命やっているのに可哀想だ」と述べたという。愚かな会長の言動で、第一線の職員が迷惑していることについての精いっぱいの表現なのだろう。

ところが、である。この日出席の経営委員は11名(1人欠席)。そのうち、2人だけが籾井会長の人事提案に同意を留保したという。9人は同意に回ったわけだ。籾井にしてみれば、慣例に反して人事提案を封緘してハサミを入れさせるなどは、経営委員の神経を逆撫でする危険な行為であることは承知の上。事前の根回しなしには考えられない手法である。経営委員の何人に根回ししたのかは分からない。しかし、上村さんを筆頭とする「うるさがた」を除く根回しで、大丈夫だと踏んでの提案であったに違いない。なにしろ、「安倍友(あべとも)人事」による経営委員会なのだから。

上村さんは、事前の根回し工作を知らされず、経営委員会内部では結局は孤立させられた。籾井提案同意が9、留保2の勢力分布である。権力を握る者の、根回しとだまし討ちの効果である。

新潮記事は、さらに警告する。「5月末には、要の局長、部長級人事があるようです。籾井さんは、今度はここに手を突っ込むと噂されています」と言うのだ。そして「歴代の会長や理事たちは、手を替え品を替え政権と距離を置きながらやってきたものを、これからはツーカーでやろうとしているとしか思えない」というNHK幹部の声を紹介している。週刊新潮に政権べったりを批判されるNHKなのだ。このままで良かろうはずがない。

新潮記事は、「クレジットカード払いが主流になっている中、受信料が減ることはまずないが、もし減っていた場合、籾井さんは窮地に立たされることになるでしょう」という元理事の言葉を引用して、最後をこう結んでいる。「今回の独裁的人事が、受信料の不払いを加速させる可能性があることもお忘れなく」

以上が、受信料支払い凍結運動開始の日に発売の週刊誌の記事である。頃や良し、籾井勝人会長辞任に要求を高く掲げて、国民の手で会長を辞任させ、報道における民主主義を勝ち取ろうではないか。
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          受信料支払い凍結運動にご参加を
具体的な受信料支払い凍結の手続については、下記のURLに詳細である。是非とも参照の上、民主主義擁護のための運動にご参加ください。
http://kgcomshky.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/nhk-933f.html

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支払い凍結と並んで、NHK籾井会長、百田・長谷川両経営委員の辞任・罷免を求める署名運動も継続中です。こちらにもご協力をお願いします。
運動の趣旨と具体的な手続に付いては、下記URLからどうぞ
http://kgcomshky.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-3030-1.html
http://chn.ge/1eySG24
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    NHKに対する「安倍首相お友だち人事」への抗議を
☆抗議先は以下のとおり
 ※郵便の場合
  〒150-8001(住所記入不要)NHK放送センター ハートプラザ行
 ※電話の場合 0570?066?066(NHKふれあいセンター)
 ※ファクスの場合 03?5453?4000
 ※メールの場合 下記URLに送信書式のフォーマット
    http://www.nhk.or.jp/css/goiken/mail.html
☆抗議内容の大綱は
  *籾井勝人会長は即刻辞任せよ。
  *経営委員会は、籾井勝人会長を罷免せよ。
  *百田尚樹・長谷川三千子両経営委員は即時辞任せよ。
  *経営委員会は、百田尚樹・長谷川三千子両経営委員に辞任勧告せよ。
こちらもよろしくお願いします。
(2014年5月2日)

NHK受信料支払い凍結運動始まる

風薫る5月。季節は晩春から初夏に移りつつある。
手許の歳時記に
  メーデー歌雪形の出る岳の街(北沢昇)
という句がある。岩手山に鷲の雪形を見るころの、盛岡でのメーデーを思い起こす。

季節は美しい。しかし今年の5月は、集団的自衛権行使容認の是非をめぐる論争に明け暮れることになる。また、教員委員会制度をめぐる論議も熱している。既に国会提出となっている地教行法改正問題も山場を迎えようとしている。穏やかならざる5月の予感。

昨年の憲法記念日は、96条先行改正論をめぐる論議が白熱し、立憲主義を大切にしなければならないとする世論が広く浸透し社会に定着した。今年の、集団的自衛権論争はまさしくその延長線上にある。国会内の論議を尽くすこともなく、国民に意見を求めることもなく、時の政権が憲法の解釈の枉げて、実質的に憲法を改正してしまおうというのだ。憲法をないがしろにすること、これにすぐるものはない。

安保法制懇とは私的な機関に過ぎない。何の権限ももたず、何の権威もない。時の政権の意を体する人物たちが国会のなすべきことを掠めとろうとしているのだ。

また、教育基本法は実質において憲法の一部である。旧憲法が教育勅語と一対をなしていたごとくに、現行日本国憲法とセットをなすものである。1947年制定の改正前教育基本法冒頭の一文、「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。」は、その理念を高く掲げるものとして戦後教育の理念を象徴するものであった。

これを削り取ったのが、第1次安倍晋三内閣である。そして、第2次の現政権は、戦後レジームの重要な柱のひとつである教育委員会制度そのものに襲いかかっている。政治権力からの教育の独立のための教育委員会の大骨を抜いてしまおうというのだ。それが、地教行法の改正問題である。

明後日に迫った、憲法記念日の各紙の社説に、立憲主義や教育の独立の理念に立脚した、骨太の堂々たる見解を期待する。

そして本日、NHK受信料支払い凍結運動が開始となる。
その運動への全面支援の立ち場から、「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」によるNHK経営委員会と会長ら宛の運動開始通告書を転載しておきたい。
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                                    2014年5月1日
NHK経営委員会 御中
NHK会長 籾井勝人様
NHK副会長 堂本 光様
NHK理事
                  ご  通  知
         籾井勝人氏のNHK会長辞任を停止条件として
         本日より受信料支払い凍結運動を開始しました

                     NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ
                     共同代表 湯山哲守・醍醐 聰
 去る4月21日、当会は貴委員会ならびに貴職宛に、4月末日までに、経営委員会が籾井勝人氏をNHK会長から罷免するか、籾井氏が自ら会長職辞任を決断されるよう申し入れをし、期日までにこの申し入れが受け入れられない場合は、受信料の支払いを向う半年間、凍結する運動を起こすことをご通知しました。
 しかし、本日、NHK視聴者部に問い合わせたところ、4月末日に至っても、籾井氏がなおNHK会長職にとどまっておられることを確認しました。
 4月21日以降も、籾井会長は2人の専務理事に辞任を求めたものの拒否されたと報道されたり、本年度の新人入局式で、会長を罷免させる手続きを定めた放送法の条項は読まなくてもよいという趣旨の発言をされ、その真意を経営委員会で質されたりするといった異常な事態が続いています。
 会長就任会見での数々の暴言以来、収まる気配がない籾井氏のNHK会長としてあるまじき言動を見るにつけ、いまや籾井氏が会長職にとどまられること自体が、NHKにとって害あって益なしになっていると言って過言でありません。そのため、当会と同様に、受信料の支払いを一時凍結してでも、籾井氏がNHK会長職を一刻も早く辞されるよう望む声がNHK内外で急速に広がっています。
 こうした声に連携し、それをさらに広めるために、当会は、先に予告させていただいたとおり、本日(2014年5月1日)から、受信料の支払いを凍結する運動を開始するとともに、この運動への参加を視聴者各位に呼びかけることにしたことをご通知いたします。
 この運動は、先に予告しましたとおり、期間を半年と定めた運動ですが(かりに半年後に至っても籾井氏が会長職にとどまっておられる場合、凍結をさらに続けるかどうかは参加者の判断に委ねることとしています)、今後、半年を待たず、籾井氏が会長職を辞される場合は、その時点で凍結分も含め、受信料の支払いを再開することにしています。

 もとより、私たちは、視聴者の受信料で運営財源を支えられていることがNHKにとって政治権力や商業的圧力から自立した公正公平な放送を行うための強固な基盤になっていることを十分承知しています。そのため、現在の受信料制度を大枠として堅持することを支持しており、当会が提起する受信料支払い凍結運動は、「受信料不払い」運動とは明確に一線を画するものです。
 しかし、視聴者がNHKと結ぶ受信契約は税金のような片務性の公契約ではなく、視聴者とNHKの相互の信頼関係の上に成り立つ双務契約です。この点で、「政府が右といったら左とは言えない」などと公共放送の自立性を端から理解しない籾井氏が会長職に居座り続けたのでは、視聴者は、NHKが公共放送にふさわしい自主自律の放送を提供するという信頼を保てません。このような場合、籾井氏が会長を辞任されることが、視聴者からの信頼を回復するのに必要な最低限の措置であり、そのような措置が講じられるまで視聴者が受信料支払い義務の履行を停止する抗弁の権利を行使するのは条理にかなったことです。
 また、オバマ大統領も先日、従軍慰安婦は女性の人権をはなはだしく侵害するものだと発言しました。そうした従軍慰安婦を「どこの国にもあったこと」などと平然と発言した籾井氏は公共放送の会長として失格です。そのような人物に私たち視聴者が支払う受信料から年額3,092万円もの報酬が支払われることをとうてい、納得できません。
 経営委員会ならびに籾井会長におかれましては、こうした多くの視聴者の意思を代弁する当会の受信料凍結運動の趣旨を重く受けとめていただき、籾井氏の会長罷免または自主的な辞職を一日も早く、決断されるよう、強く要望いたします。
                                          以上
具体的な受信料支払い凍結の手続については、下記のURLに詳細である。是非とも参照の上、民主主義擁護のための運動にご参加いただきたい。
http://kgcomshky.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/nhk-933f.html

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支払い凍結と並んで、NHK籾井会長、百田・長谷川両経営委員の辞任・罷免を求める署名運動も継続中です。こちらにもご協力をお願いします。

運動の趣旨と具体的な手続に付いては、下記URLからどうぞ
http://kgcomshky.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-3030-1.html
http://chn.ge/1eySG24
  *******************************************************************
    NHKに対する「安倍首相お友だち人事」への抗議を
☆抗議先は以下のとおり
 ※郵便の場合
  〒150-8001(住所記入不要)NHK放送センター ハートプラザ行
 ※電話の場合 0570?066?066(NHKふれあいセンター)
 ※ファクスの場合 03?5453?4000
 ※メールの場合 下記URLに送信書式のフォーマット
    http://www.nhk.or.jp/css/goiken/mail.html
☆抗議内容の大綱は
  *籾井勝人会長は即刻辞任せよ。
  *経営委員会は、籾井勝人会長を罷免せよ。
  *百田尚樹・長谷川三千子両経営委員は即時辞任せよ。
  *経営委員会は、百田尚樹・長谷川三千子両経営委員に辞任勧告せよ。
こちらもよろしくお願いします。
(2014年5月1日)

人種差別発言への制裁の厳しさに学ぶ

アメリカで人気のスポーツといえば、アメフト、野球に続いて、バスケットボールなのだそうだ。プロ組織であるNBA(National Basketball Association)には、全30チームが所属し、その全資産価値は110億ドル(約9500億円)に及ぶとか。

その人気のプロスポーツ選手の76%が黒人ということだが、その選手に儲けさせてもらっているはずのチームオーナーの差別発言で全米が揺れている。この事件で、改めて知る。ヘイトスピーチへの制裁の厳しさを。社会に、人種差別は許さないという明確な合意ができているのだ。

29日、NBAは人種差別発言があったとして、人気チームクリッパーズのオーナーであるドナルド・スターリング氏を永久追放処分としたうえ、最高額となる250万ドル(約2億6000万円)の罰金を科した。この罰金は反差別運動を進める団体に寄付されるとのことだ。

スターリング氏とは、不動産業界での成功者として名高い人とのこと。その差別発言というのは、4月上旬のスティビアーノという女性(知人、交際相手、あるいは恋人などとされている)との会話の中でのこと。その録音テープが、芸能専門サイトで暴露された。会話では、その女性と元レーカーズのスーパースター、マジック・ジョンソン氏らとの交友関係に、スターリング氏が不快感を示している。スティビアーノさんがジョンソン氏と一緒に納まる写真を画像共有サイトに投稿したことから、「黒人と一緒の写真を公開するなんて、ひどく不愉快だ」「イスラエルに行ってみろ。黒人は犬扱いだぞ」などと激怒。彼女が反論すると、「それなら私のチームの試合に来るな。そして黒人を連れてくるな」と言い放った、という(CNNなど)。

時事の配信では、「なぜマイノリティー(白人以外の人種)と写真を撮るのか。君(知人女性)が黒人と関係があることを吹聴するのは不愉快だ。君は何をしてもいい。彼らと性的関係を結んでもいい。ただ、私の(チームの)試合にだけは連れて来ないでくれ。(インターネット上で)黒人と一緒にうろつく姿をさらす必要はない。彼(マジック・ジョンソン氏)は尊敬に値する人物だが、私の試合に連れて来るのは、よしてほしい。」というもの。

NBAは調査により、差別発言をした男性をスターリング氏と特定し、同氏も認めた。NBAのシルバー・コミッショナーは、「私は氏の発言に激怒しているし、人々の怒りも理解している」「もはやNBAに氏の居場所はない」という厳しい非難。

問題は全米で関心を集め反響は凄まじい。バスケットボール好きで知られるオバマ大統領はアジア歴訪中に声明を発表し、「無知で極めて攻撃的な差別発言」と非難した。「無知な人間は自らの無知を宣伝したがる。米国はいまだに人種差別や奴隷制度の名残と闘っているのだ」と述べたという報道もある。

プレーオフに出場しているクリッパーズのドク・リバーズ監督や選手も抗議の姿勢を示し、チームの公式サイトは「WE ARE ONE(私たちは一つ)」の一文を掲載した。

マイケル・ジョーダン氏ら元NBAのスター選手が続々と不快感や「激しい怒り」を表明。
当のジョンソン氏は27日、米スポーツ中継専門局に「スポーツはあらゆる人種が競い合うからすばらしいんだ。もはや彼(スターリング氏)にチームを保有する資格はない」と強く非難。さらに「黒人も(不動産王で有名な)あんたの不動産を借り、あんたのチームでプレーし、あんたのためにコーチを務めている。俺はホントに怒っている」と訴えた。

注目すべきは、スポンサーの動向である。AFPの報道では以下のとおり。

「主要スポンサーである米カジノ経営のチュマッシュ・カジノ・リゾート(Chumash Casino Resort)と中古車販売業のカーマックス(CarMax)は28日、クリッパーズとの契約を解除した。カーマックス社は、スターリング氏の発言について「完全に受け入れがたい」とコメントし、さらに声明で、「これらの見解は、すべての個人を尊重するカーマックス社の文化と真っ向から対立するものである」と述べた。米国先住民が経営するチュマッシュ・カジノは、米スポーツ専門チャンネルESPNに対して、「どのようなグループに対しても悪意や危害を生じさせるような、いかなる発言も無視できない。わが社はクリッパーズのスポンサーから撤退する」と語った。
米格安航空会社ヴァージン・アメリカ(Virgin America)の代理人は、TMZに対して、「ファンや選手の応援は続けるが、ヴァージン・アメリカはロサンゼルス・クリッパーズのスポンサー契約を終了することを決断した」と述べた。
ラップ音楽界のスター、ショーン・コムズ(Sean ‘Diddy’ Combs)が所有するミネラルウオーター販売のアクアハイドレート(AQUAhydrate)は、ツイッター(Twitter)で契約の一時停止を発表。さらにステート・ファーム保険会社(State Farm Insurance)も調査が継続するなかで、一時凍結した。
また、クリッパーズのブレイク・グリフィン(Blake Griffin)がNBAオールスターゲームのスラムダンクコンテストで跳び越えた車として知られる韓国・起亜自動車(Kia Motors)をはじめ、ヨコハマタイヤ(Yokohama Tires)、レッドブル(Red Bull)、スプリント(Sprint)、ランバー・リクイデーターズ(Lumber Liquidators)も、同チームとのスポンサー契約を凍結している。
米長距離列車アムトラック(Amtrak)は、米紙USAトゥデイ(USA Today)に対し、「レギュラーシーズンが終了した2週間前に、クリッパーズとの契約は満了となっており、チームと契約していた形跡は、いかなるものも除去する」と述べた。」

差別発言をするチームのスポンサー契約は経済的にペイしないという即断なのだ。社会の風が企業にそのような判断をさせている。

それにしても、公開の場での発言ではない。いわば密室での2人きりの場での会話。しかも、このテープを持ち込んだのはスティビアーノさん自身で、その目的はスターリング家から約180万ドル(約1億8400万円)を着服したとして訴訟を起こされていることへの報復であろうとの報道もなされている。そのような場における、そのよう事情あっての発言でも、人種差別発言は許さない、という社会の合意が見て取れる。

ヘイトスピーチへの制裁の厳しさ、その果敢で迅速な対応に、学ぶべきものは大きい。
(2014年4月30日)

昭和の日に、旧天皇制の時代状況を考える。

本日は、昭和の日。昭和天皇と諡された裕仁の誕生日。かつての天長節である。
祝日法では、「昭和の日」の趣旨を「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」としている。「激動の日々」とは、天皇制ファシズムと戦争の嵐の時代のこと。「復興を遂げた昭和の時代を顧み」とは、敗戦を機として社会と国家の原理が大転換したことを指し、「国の将来に思いをいたす」とは再びの戦前を繰り返してはならないと決意をすること。

いうまでもなく昭和という時代は1945年8月敗戦の前と後に2分される。戦前は富国強兵を国是とし侵略戦争と植民地支配の軍国主義の時代であった。戦後は一転して、「再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることの決意」から再出発した平和憲法に支えられた時代。戦前が天皇のために滅私奉公を強いられた時代であり、戦後が国民個人の自由や人権を尊重すべき原則の時代といってもよい。

国や社会の将来に思いをいたすためには、過去に目を閉ざしてはならない。昭和の日とは、なにゆえに戦争が生じたのか、誰にどのような戦争責任があるのか、を主権者としてじっくりと考えるべき日。とりわけ、この日には昭和天皇の戦争責任について思いをいたさなければならない。同時に、「戦後レジームからの脱却」などと叫ぶ政権の歴史認識検証の日でもある。

かつて、祝日には学校で、「祝日大祭日唱歌」なるものを歌った。1893(明治26)年8月12日文部省告示によって「小学校ニ於テ祝日大祭日ノ儀式ヲ行フノ際唱歌用ニ供スル歌詞並楽譜」として『祝日大祭日歌詞並楽譜』8編が撰定された。その「第七」が「天長節」という唱歌。歌詞を見るだに、気恥ずかしくなる。

  今日の吉き日は 大君の。
  うまれたまひし 吉き日なり。
  今日の吉き日は みひかりの。
  さし出でたまひし 吉き日なり。
  ひかり遍き 君が代を。
  いはへ諸人 もろともに。
  めぐみ遍き 君が代を。
  いはへ諸人 もろともに。

なお、全編を挙げれば、以下のとおり。
  第一  君が代 
  第二  勅語奉答
  第三  一月一日
  第四  元始祭
  第五  紀元節
  第六  神嘗祭
  第七  天長節
  第八  新嘗祭

あまり知られていない、「第二 勅語奉答」の歌詞も挙げておこう。こんなものを子どもたちに歌わせていたのだ。こちらは、気恥ずかしさを通り越して、腹が立つ。なお、作詞者は旧幕臣の勝海舟だという。

  あやに畏き 天皇(すめらぎ)の。
  あやに尊き 天皇の。
  あやに尊く 畏くも。
  下し賜へり 大勅語(おほみこと)。
  是ぞめでたき 日の本の。
  国の教(をしへ)の 基(もとゐ)なる。
  是ぞめでたき 日の本の。
  人の教の 鑑(かがみ)なる。
  あやに畏き 天皇の。
  勅語(みこと)のままに 勤(いそし)みて。
  あやに尊き 天皇の。
  大御心(おほみこころ)に 答へまつらむ。

なお、現天皇明仁が誕生したとき(1933年12月23日)には「皇太子さまお生まれになった」(作詞北原白秋・作曲中山晋平)という奉祝歌がつくられ唱われた。

  日の出だ日の出に 鳴つた鳴つた ポーオポー
  サイレンサイレン ランランチンゴン 夜明けの鐘まで
  天皇陛下喜び みんなみんなかしは手
  うれしいな母さん 皇太子さまお生まれなつた

  日の出だ日の出に 鳴つた鳴つた ポーオポー
  サイレンサイレン ランランチンゴン 夜明けの鐘まで
  皇后陛下お大事に みんなみんな涙で
  ありがとお日さま 皇太子さまお生まれなつた

  日の出だ日の出に 鳴つた鳴つた ポーオポー
  サイレンサイレン ランランチンゴン 夜明けの鐘まで
  日本中が大喜び みんなみんな子供が
  うれしいなありがと 皇太子さまお生まれなつた

天皇(皇太子)誕生への祝意強制の社会的同調圧力には、背筋が冷たくなるものを感じる。天皇を中心とした「君が代」の時代は、戦争と植民地支配の時代であり、自由のない時代であった。今日、昭和の日は、「君が代」の時代を決して繰り返してはならない、その決意を刻むべき日である。
(2014年4月29日)

NHK受信料支払い半年間凍結運動への訴訟リスクについて

4月21日付の日刊ゲンダイが、市民団体「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」による籾井勝人会長ら辞任要求運動を大きく紹介した。その要求貫徹のための実効手段として、「受信料半年間支払い凍結」を視聴者に呼びかける運動に関して、次の記事を掲載している。

「気になるのは“凍結運動”に賛同した場合のリスクだ。最近、NHKは受信料を払わない個人に対して容赦なく支払いを求める訴えを起こしているからだ。」

この記事を書いたゲンダイ記者は、NHK会長辞任要求運動へのシンパシーを隠そうともしていない。その記者にして、提訴されることを「気になるリスク」と表現している。誰だって、訴訟の被告などになりたくはない。裁判所から呼び出しが来るだけで気が滅入る。中には、「得難い経験をするチャンス」「法廷で思う存分言いたいことを言ってやろう」「敗訴したところで、たいした金額ではない」という方もいようが、所詮はごく少数派。

なによりも、「提訴されることを、気になるリスク」とする普通の感覚の持ち主にNHK批判の運動に参加してもらう必要がある。安倍政権のNHK支配を阻止する大きなうねりをつくるためには、避けられるものなら提訴リスクは避けた方がよいに決まっている。

提訴リスクの有無の検証として、ゲンダイは、以下の紀藤正樹さんのコメントをもち出した。ゲンダイから見て、紀藤さんは穏当で適切なコメンテーターなのだろう。

「弁護士の紀藤正樹氏はこう言う。訴えられたら負ける可能性はあります。ただ、果たしてNHKが裁判に訴えられるかどうか。判決が出るまで、普通は5カ月程度はかかる。半年後には支払う可能性が高いのに、わざわざ裁判を起こすのかどうか。しかも、賛同者が数万人になったら裁判費用は巨額になる。1人当たり1万円程度の受信料のために、訴訟費用だけで赤字になってしまう。なにより、裁判沙汰になったら、世論を喚起し、運動が拡大する可能性がある。損得を計算したら訴えるとは考えづらい」
目くばりの行き届いた、なかなかのコメントではないか。

まずは、「訴えられたら負ける可能性はあります」という。「勝ち味はありません」「絶対負けます」とは言わない。しかし、もちろん、「法廷で断固闘えば勝てます」などと無責任なことも言わない。「万が一訴えられたら、正々堂々と法廷で自分の意見を言いましょう」とも言ってくれないが、これはやむを得ないところ。

「果たしてNHKが裁判に訴えられるかどうか。…(NHKが)訴えるとは考えづらい」というのが結論となっている。訴訟における勝敗の帰趨とは別の問題で、NHKが原告となって、「半年間受信料凍結運動参加者」に受信料支払い請求の裁判を起こすことは、実際にはあり得ないだろうという。私も同意見だ。

その理由は3点挙げられている。第1点が、審理に要する期間の問題である。予定された賃料支払い凍結期間(半年)のうちに判決言い渡しが間に合うかといえば、「それは無理」というのが常識的な判断。どうせ無駄になるような裁判に、手間暇とコストをかけるような愚を犯すはずはないだろう、ということ。凍結期間が短く限定されていることから、ある程度の審理期間の必要性が不可避な提訴という手段が実効性をもたないというわけだ。

第2点がNHKにとっての訴訟コストの問題。「賛同者が数万人になったら裁判費用は巨額になる。1人当たり1万円程度の受信料のために、訴訟費用だけで赤字になってしまう」ことが目に見えている。NHKの受信料請求の訴訟提起の動機は、決して訴訟で債権回収を企図しようというのではない。謂わば、一罰百戒の威嚇効果を狙ってのものだ。提訴1件当たりの収支を計算すればコスト割れしていることは必定。だから提訴数を増大することは困難である。さらに、凍結運動参加者が増えれば、到底コストの点でペイするはずもなく、お手上げとなってしまう。

第3点が、「裁判沙汰になったら、世論を喚起し、運動が拡大する可能性がある」との指摘。私もそのとおりだと思う。籾井発言は誰の目にも不当なもの。籾井辞めよという世論を顧みないための受信料支払い凍結ではないか。しかも、時期を半年と区切ってのもの。この運動は、目的も手段も、極めて妥当なものではないか。これに対して、NHKが報復的な提訴で対抗すれば、火に油を注ぐことになるだろう。その点からも、NHKが「受信料支払い凍結者」への提訴は考えにくい。

また、ゲンダイ紙面には、もう一人(「NHK関係者」)のコメントが紹介されている。「もし、受信料の支払い凍結運動が大きくなったら、籾井さんは辞めざるをえないでしょう。なにしろ、NHKの事業収入6997億円のうち、受信料収入は6725億円と96%を占める。単純計算でも契約者の1割が1カ月間“支払い凍結”しただけで56億円の収入が途絶え、NHKの業務はマヒしてしまう。かつてNHKのドンと呼ばれた海老沢会長も“受信料の不払い”が急増したことで辞任に追い込まれています」

常識的に考えて、訴訟を提起されて被告となるリスクは限りなく小さい。そして、NHKに対する影響という意味での効果は絶大。これは、実によく練られた運動だと思う。本日が4月28日。籾井会長がNHKを救うための辞任の期限まであと48時間ほどである。
(2014年4月28日)

自民党と日本会議の地方議会改憲決議運動に警戒を

一昨日、ある会合で「教科書ネット21」の俵義文さんと同席の機会を得た。教育問題を最重要課題のひとつと位置づけた安倍政権の「教育再生」政策は、地教行法、教科書無償化措置法、学校教育法の改正、教科書採択基準の変更、道徳の教科化等々、目まぐるしい。俵さんは、その対応に忙殺されているが、さすがに豊富な資料で、的確に要点を指摘している。

「下村博文文科相や義家弘介氏(自民党教育再生実行本部)らによる地教行法の改正も教科書無償化措置法の改正も、つくる会系(育鵬社)教科書採択を最大化をはかる内容となっている」「つくる会系勢力は、前回の採択時に総力をあげて運動したが、失敗したという総括をしている。自分たちの教科書の採択が伸びない原因を、『教育委員会の抵抗』と位置づけ、政治の言うことを聞く教委に変えてしまおうというのが、今回改案の主たる動機だ」「教科書無償化措置法改正による採択地区細分化も同様の思惑。われわれは、『教科書採択は本来教員の意見が十分に反映される制度でなければならない。だから広域採択には反対』と言ってきた。今、彼らは『市郡単位から、市町村単位に採択地区を変更すれば、つくる会系教科書の採択が増える』と見込んでいる。そのため、その政策に関する限りわれわれと奇妙な一致を見ている」ということが大要。そう整理されると、なるほどよく分かる。

ところで、俵さんの話が教科書・教育から離れて、改憲問題に及んだ。
「安倍政権やこれに連なる保守勢力は、明文改憲に失敗して解釈改憲路線を走っているとされているが、決して明文改憲をあきらめたわけではない。地道に草の根の改憲運動が続けられている。その中で、最も警戒すべきが日本会議の地方議連による地方議会決議運動だ。既に、8県議会が3月議会で『憲法改正の早期実現を求める意見書』を採択している。今後警戒して、この動きを封じる工夫をしなければならない」

8県議会とは、石川、千葉、富山、兵庫、愛媛、香川、熊本、鹿児島。
採択されたのは、典型的には次のような内容。

      *************************************************
       国会に憲法改正の早期実現を求める意見書
現憲法が昭和22年5月3日に施行されて以来、今日に至るまでの約70年間に我が国をめぐる内外の諸情勢は劇的に変化を遂げている。すなわち、我が国を取り巻く東アジア情勢は、一刻の猶予も許されない事態に直面しており、さらには、家庭、教育、環境などの諸問題や大規模災害等への対応が求められている。
国民が現憲法と現実との乖離の解消を望んでいることは、各種世論調査において、憲法改正の支持が常に過半数に達していることにより明らかであり、各政党、各報道機関、民間団体からも具体的な改憲案が提唱されている。
しかし、平成19年に日本国憲法の改正手続に関する法律が制定されたことに伴い、両院に設置された憲法審査会の活動開始が平成23年にずれ込むなど、憲法改正発議に向けた審議は進展していない。成文憲法を持っている世界各国では現実に合わせるための憲法改正を行っており、日本国民が憲法規定の是非をみずからが判断する国民投票を一度も体験しないままの現状を解消することは、国権の最高機関として国民から国政を負託されている国会の責務である。
よって、国会におかれては、下記の項目を実行されるよう強く要望する。
                  記
  憲法改正案に対して国民が判断できる機会を早急に設けるため、両院の憲法審査会において憲法改正案を早期に作成し、次期国政選挙までに国民投票を実現すること。

以上、地方自治法第99条の規定により意見書を提出する。
        平成26年3月17日
                熊 本 県 議 会 議 長 藤 川 ? 夫
衆議院議長 伊 吹 文 明 様
参議院議長 山 崎 正 昭 様
       *************************************************

日本会議とは右翼勢力の元締めとなる組織、その会長は三好達・元最高裁長官。自由民主党を中心に280名の日本会議国会議員懇談会を擁しているだけでなく、日本会議地方議員連盟を抱えている。その数1700人と豪語している。
その地方議員連盟の〈基本方針〉は以下のとおり。
1、皇室を尊び、伝統文化を尊重し「誇りある日本」の国づくりをめざす。
2、わが国の国柄に基づいた「新憲法」「新教育基本法」を提唱し、この制定をめざす。
3、独立国家の主権と名誉を守る外交と安全保障を実現する。
4、祖国への誇りと愛情をもった青少年の健全育成へ向け、教育改革に取り組む。

〈運動方針〉は以下のとおり。
「誇りある国づくり」を掲げ、皇室・憲法・防衛・教育等の課題に取り組む日本会議と連携し、地方議会を拠点に、次のような運動を推進します。
?改正された教育基本法に基づき、国旗国歌、日教組、偏向教科書問題など、教育改革に取り組みます。
?青少年の健全育成や、ジェンダーフリー思想から家族の絆を守る運動を推進します。
?議会制度を破壊しかねない自治基本条例への反対など保守の良識を地方行政に働きかけます。

キーワードは、皇室、憲法、教育、防衛、そして家族である。いま、その地方議員連盟が課題としているのが、地方議会における「憲法改正の早期実現を求める意見書」の採択なのだ。自民党が県連に指示し、自民と日本会議とが一体となって運動を推進している。維新も賛成にまわっている。

日本会議はもともとが元号法制化促進運動の中から立ち上がっている。元号法制定促進決議や、靖国神社公式参拝要請決議の運動をやってきた。公式参拝要請決議は37の県議会、1548の市長村議会で成立している。そして今、憲法改正促進決議への取り組みである。

なお、今年も日本会議を中心とする右派勢力は5月3日に公開憲法フォーラムを開催の予定。テーマは、「国家のあり方を問う―憲法改正の早期実現をー」。中央の集会では、櫻井よしこ、船田元、西修、百田尚樹が発言するという。各地方での集会では、長谷川三千子の名も見える。

改憲問題も教育問題も、そしてNHK問題も元号法も靖国も、根は一つの問題なのだ。小選挙区制のマジックで底上げされた安倍極右政権が、今がチャンスと跳梁している。一つ一つの課題において、抵抗し続けていかねばならないと思う。
(2014年4月27日)

渡辺喜美さん政治家はお辞めなさい

私が盛岡にいたころ、もう30年余の以前のことだ。地元紙で宮古市内の教会を主宰していたキリスト教の牧師さんの不祥事疑惑が報じられた。不祥事の内容は、教会が経営する施設の建設に絡むものだったが、詳しくは憶えていない。

この事件、疑惑が疑惑のまま葬られた。任意の捜査もあった記憶だが、刑事事件としての立件はなく、関係する役所の部門も動かなかった。結局は地元紙の先走った大袈裟な報道という印象だけを残して幕引きとなった。その幕引きの際に、「日本キリスト教団奥羽教区」が声明を出した。「この疑惑に関しては徹底して内部調査を遂げて、責任の有無を解明する」という趣旨のもの。誰もが、常識的に体裁だけの声明だと受けとめた。私もそう思った。

ところが、半年ほど後だったと思う。誰もが事件を忘れたころになって、教団の調査結果が発表され、これが地元の各紙を賑わせた。詳細な事実経過の認定がなされ、渦中の牧師さんの弁明は虚偽だと断罪された。その牧師さんは解任されたと記憶している。大きな衝撃を受けたのだから、私の記憶の大筋に間違いはない。

教団が、身内の不祥事を暴かねばならない必然性はなかった。調査結果を無難なものにすることもできた。しかし、調査を担当した者たちは、キリスト者として真実に向かいあった。おそらくは神に恥じない態度を自らに課したのであろう。いささかも身内に甘い態度はとらなかった。真実に忠実な姿勢を貫いた結果が、隠せるものを隠すことなく、身内に有罪を宣告したのだ。わたしは、このときキリスト教というもの、クリスチャンというものを大したものだと思った。この組織には、間違いなく自浄能力がある。

一人の牧師の不祥事は印象に薄く、その非違を糺した教団の潔癖さ、厳正さが印象に刻み込まれて、私はキリスト教への畏敬の念を深めた。このローカルなニュースが、岩手靖国訴訟の原告団の中心に位置した2人の牧師(井上二郎さん・渡辺敬直さん)との信頼関係の構築に少なからぬ影響があったと思う。

医療過誤でも、製造物責任でも、欠陥住宅でも、運転事故でも、また舌禍でも筆禍でも、人には過ちがつきまとう。その過ちにどう対処するかで、人は測られる。場合によっては、間違ったことへの対応のみごとさで、却って信頼を勝ち得ることすらある。とりわけ、組織に属する個人が過ちを犯した場合、組織がどのようにその過ちについての透明性・公開性を徹底して説明責任を全うするか。それによって、その組織の将来の命運が分かれると言って過言でない。自浄能力のない組織には、未来がない。企業でも、官庁でも、政党でも、民主運動組織でも。

そんな目で見た、みんなの党前代表の「8億円『借り入れ』事件調査結果」は、世人の信頼を勝ちうるものとはなっていない。「やっぱりこの程度の調査しかできないのか」という失望感が大きい。とはいうものの、私は24頁に過ぎないこの報告書を読む機会に恵まれない。だから、「この党に将来はない」と切って捨てるだけの自信はまだない。みんなの党のホームページには掲載されるだろうと待っていたが、どうもその気はなさそうだ。マスコミ各社には配布されたようだが、これをアップしてくれたところは見あたらない。

党のホームページに掲載された記者会見の動画と、各社の報道を見る限りと断ってのことだが、どのメディアも納得していない。

調査の諮問事項は3点あったはず。
(1) 公職選挙法違反の事実の有無
(2) 政治資金規正法違反の事実の有無
(3) 社会的道義的に問題がないか
そのいずれについても、党は問題ないことが確認されたといい、各社とも問題が残ったとしている。

毎日の要約が分かりやすい。
「報告書は、借入金が渡辺氏自身の選挙費用に使用された事実はなく、『渡辺氏から党に、供託金(2回の国政選挙で計3億5400万円)等の選挙資金として貸し付けられた』とし、公職選挙法違反にはならないとした。さらに『政治団体ではなく渡辺氏個人に対する融資と確認した』との理由で、政治資金規正法違反にも当たらないとした。
渡辺氏が『妻の口座に5億円近くがそっくり残っていた』とした点については、『2012年から13年に計5億円が渡辺氏の口座から妻の口座に移動』と説明。『投資や運用はされず、普通預金口座のまま』と指摘し、『政界再編に備えたという渡辺氏の説明を裏付ける事実』とした。
そのうえで、渡辺氏が3年10カ月間で約5500万円、妻は1年4カ月間に約3500万円を使ったと明らかにした。渡辺氏は使途を『党首と党首夫人として、党勢拡大のための活動に関連して、会合や情報収集で使用した』と説明したが、利用明細書の入手は一部にとどまったという。
また、渡辺氏は吉田氏以外の複数の第三者から計6億1500万円を借り入れ、うち1億4500万円が未返済であることも判明した。渡辺氏の意向で第三者の名前は明らかになっていない。」

以上の説明の限りでは「(2) 政治資金規正法違反」の疑惑濃厚といわざるを得ない。「党首と党首夫人として、党勢拡大のための活動に関連して、会合や情報収集で使用した」金は明らかに政治資金なのだから、その明細を特定して届出の有無を確認しなくてはならない。それができていないことは、政治資金規正法違反のないことの解明には至っていない。

また、「(3) 社会的道義的に問題」だらけではないか。法は、金で政治が歪められることを防止するために、政治資金の透明性の確保を要求しているのだ。表に出せない汚い金をこそこそと動かしているからには、道義的責任は明々白々だ。渡辺は「『法的にも社会的・道義的にも問題ないとの判断をいただいた』とのコメントを発表した」という。本当にそう思っているのなら、調査委員はカムフラージュに使われたに過ぎない。

そして、「(1) 公職選挙法違反の事実の有無」である。選挙運動費用収支報告書と預金通帳の字面だけを見ていれば、違法は見えてこない。調査とは、字面だけでは見えてこないものに切り込まねばならない。DHCの吉田から出た金で供託金が支払われた選挙に関して、選挙運動費用はどうまかなわれたのか、疑惑の使途不明金が、報告書に記載されていない選挙運動費用として注ぎこまれた事実はないのか、その調査がおこなれて初めて疑惑の有無についての結論が出せる。浅尾慶一郎党代表の記者会見では、「任意の調査の限界」を強調するだけのもので、本気で調査をやる気も、やらせる気も、感じられない。

次のようにも報道されている(毎日)。疑惑だらけだ。
「9000万円の用途は主にカード代金の決済だった。記者会見では、決済の明細内容への質問が集中。飲食店や旅館の宿泊代、交通費などが含まれるとしたが、三谷座長らが明確にあげたのは、被ばくした牛の保護をしている非営利団体へのわら代の寄付だけだった。渡辺前代表は明細書を『個人のプライバシー』を盾に、一部を塗りつぶして提出したといい、三谷氏は『これ以上は任意の調査なのでできない』とお手上げ状態であることも明かした。」

「渡辺前代表へ2012年衆院選前に5億円が貸し付けられたのは、夫人が化粧品会社会長に『離婚する』とのメールを送った当日だった。12日後に2億円、翌年には計3億円が移動し『関連があるのでは』という点も検討されたが、『離婚したままだが、すぐに復縁し現在は事実婚状態』とする渡辺氏の説明を調査チームは『不合理ではない』と受け入れた。」

本日の東京社説が次のように指摘している。
「渡辺氏は以前、これらの支出を党勢拡大のためと説明していた。だとしたら党の政治資金であり、個人的な支出と結論づけるのは無理があるのではないか。
このような論法がまかり通るなら、個人的な支出だと言い張り、政治資金や選挙運動費用を収支報告書に記載しないことが横行しかねない。そうなれば法による規制はさらに形骸化する。」
「渡辺氏が8億円とは別に、5カ所から計6億1500万円を借りていたことも新たに分かった。ところが、誰から借りたのか、何に使ったのかは、全く解明されていない。やはり強制力を持たない身内による調査では限界がある。司直の出番を待たずとも、国会に真相解明の意欲があるのなら、証人喚問に踏みきるしかあるまい。」
これが、衆目の一致するところ。

やはり、「渡辺喜美さん政治家はお辞めなさい」というほかはない。そして、前代表の議員辞職があろうとなかろうと、みんなの党に未来はなかろう。
(2014年4月26日)

靖国参拝についての粟屋憲太郎君発言に拍手する

私は、1963年4月に大学の教養学部に入学した。半世紀も前のことになる。文系のクラス編成は、第2外国語取得者ごとになされた。ドイツ語既修者がA、未修者がB、フランス語既修者がC、未修者がD、そして中国語は未既修を分けずにEの記号を付されたクラスとされた。スペイン語クラスも、ロシア語クラスもなかった。私は、「Eクラス」で中国語を学んだ。クラス全員で27人。圧倒的な西高東低の時代の絶対少数派。

東西冷戦のさなかで、西側諸国の人民中国へのアレルギーは強かった。中国を承認する国は少なかったのだから無理もない。もちろん、日中間の国交もなかった。イギリスだけが早くから中国を承認していたのが不思議なくらい。1964年1月に、ドゴールのフランスが突然に中国を承認して、歴史は大きく変わった。64年以後Eクラスの人数も大幅に増えることになる。

63年入学までの絶対少数派Eクラスの内部結束は固かった。革命をなし遂げた中国共産党に共鳴する向きが主流であったが、必ずしもみんながそうではなかった。反権力・反権威・叛骨・在野精神などを共通に育んだのでなかったか。思想傾向などを超えて親密な交流が今も続いている。20歳前後の生き方の方向を決めようという時期をともにした友人はかけがえがない。みんな、さしてエラクはなっていない。久しぶりに会えば、肩書などはまったく無視して昔に帰る。

そのクラスメートの中から研究者の道に進んだ者が3名ある。そのうちの一人が粟屋憲太郎君。定年まで立教大学の教授だった。現代史の研究家として、とりわけ東京裁判の研究者として高名である。しばらく体調を崩していたが、先日のクラス会では元気な様子だった。

その席で、近々中国に出掛ける予定と言っていた。上海交通大学が、東京裁判の研究部門をもっており、そこでの講座を担当するとのこと。同大学名誉教授になっているとも言っていた。Eクラス出身者らしい活躍ぶり。

その彼が、いま、北京のようだ。たまたま一昨日(4月23日)のCRI(中国国際放送局)ネット配信記事に、粟屋君の談話が紹介されている。「歴史学者の粟屋氏、『靖国参拝は政教分離に相反する』」という標題。

「日本の新藤義孝総務大臣をはじめ、政治家約150人が靖国神社を参拝したことについて、北京を訪問している日本の歴史学者、粟屋憲太郎さんはCRIの記者に対し、靖国神社の歴史観を批判し、参拝は『政教分離の原則に相反するもの』だと訴えています。
 粟屋さんは『日本は、政治が右向きの中で、これだけ多くの国会議員が靖国神社を参拝したということは、たいへん残念なことだ。参拝する行為は、日本国憲法で規定している政教分離の政策に相反している』と話しています。
 日本現代史の専門家で、東京裁判の研究で知られる粟屋さんは『日本がサンフランシスコ講和条約で、東京裁判の判決を受諾している以上、A級戦犯を神として祀ることはまったくおかしいことだ』と指摘しています。
 また、『靖国神社にある遊就館を見れば、大東亜戦争肯定論であることがわかる。参拝により、戦争に含まれている国家犯罪などの問題を隠し、その正当化を図ろうとしているのが、靖国神社の歴史観である。そのような場所に現職の大臣までが参拝しているとは、全くどうかしていると思う』と憤慨しました。
 さらに粟屋さんは、1945年6月にフィリピンのルソン島で戦死した父親を例に挙げ、『家族に何も相談なく、靖国神社が父を祭神にした。それを撤回してくれと言っても、取り下げようとしない。そういう形で祀られた戦死者も多い』と話し、政教分離の原則からも『戦争犠牲者の哀悼は無宗教の千鳥ヶ淵戦没者墓苑で行うべきで、長い目から見れば、国は新しい追悼施設を作るべきだ』と主張しています」

第2次大戦で反ファシズム連合国に敗れた日本が、国際社会に復帰することが許容された条件が、サンフランシスコ講和条約第11条「極東国際軍事裁判所並びに国内外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判の受諾」であった。憲法前文に謳われた「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることの決意」の具体化でもある。靖国に東京裁判で有罪となったA級戦犯を合祀すること、それに現職の大臣までが参拝することは、東京裁判受諾の国際誓約を反故にすることではないか。靖国と、靖国派政治家への彼の怒りが伝わってくる。

それにしても、粟屋君が「靖国の遺児」だとは知らなかった。インタビューに応じた言葉にも、理屈だけのものではない、情念のほとばしりが見て取れる。日本の良心を代表しての中国での発言に、賛意と敬意を惜しまない。

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       「ダイオウグソクムシ」(大王具足虫)の死の謎
今日は水族館の話。各地の水族館で「ダイオウグソクムシ」が人気を呼んでいる。ダイオウグソクムシは節足動物門等脚目スナホリムシ科の甲殻類で、ダンゴムシやワラジムシの仲間で最大のもの。ダイオウの名前がついているとおり、成長すれば体長50センチ、体重1キロ余になるという。メキシコ湾や西太平洋の深海に住み、沈んできた死骸の掃除をして生きている。

数年前、江ノ島水族館で、ピクリとも動かないダイオウグソクムシを、こちらもじっと動かず辛抱強く観たことがある。海水のなかに落ちてふやけた巨大なダンゴムシのようだった。いったい生きているのか、死んでいるのか、最後までわからなかった。

鳥羽水族館のダイオウグソクムシが、5年と43日絶食したまま、本年2月14日午後5時半頃死亡したと報じられた。「NO.1」と名付けられた、このダイオウグソクムシは死亡時、「水族館での飼育日数は2350日(6年と158日)、2009年1月2日に50グラムのアジを食べて以降、絶食日数は1869日(5年と43日)に達していた」(産経新聞3月14日)。2007年メキシコ湾から送られてきた時の体長29センチ、体重1キロのまま、死亡時までほぼ変化がなかったという。

生態については、鳥羽水族館の飼育員の森滝丈也さんが克明な飼育日記をつけており、正確な記録があるという。森滝さんは、水槽の水質、水温はもとより、餌は新鮮なイカ、ホッケ、サンマ、ニシン、シシャモ、ブリ、それでだめなら腐ったニシンと手を変え品を変えて、工夫を凝らして飼育に励んだ。NO.1は水族館に来て9カ月目と1年4カ月目に新鮮なシマアジを食べたその後は、何も口にしなくなってしまったらしい。絶食が報道されると、動画サイトには1年間に300万ものアクセスがあったという。その祈りも届かず、NO.1は絶命した。

NO.1の死後、森滝さんは「食べなくても生きることができる秘密」を解明するために解剖を行った。とうぜん「餓死」が疑われたが、甲羅の裏側など肉も痩せておらず、どうもそうではなさそうだ。不思議なことに、胃の内部は淡褐色の液体で満たされており、酵母様真菌が増殖していた。

もともと、ダイオウグソクムシは食が細く、1年間ぐらいの絶食は珍しくないらしい。新江ノ島水族館でも、3カ月に1度しか餌は与えていない。結局NO.1の生と死の謎は解明されなかつた。胃の中の酵母様真菌と長期間の絶食の関連性は、今後の研究にゆだねられた。

1日3度の食事作りに追われて家庭の主婦やスリムな体型維持に苦労している人にとって、NO.1の生き方ほど魅力的なものはない。iPS細胞やSTAP現象に勝るとも劣らない研究テーマとなるはずだ。1日も早くNO.1の生の秘密を解明してもらいたい。

もし、ヨーグルト状の酵母様真菌を3カ月に1回食べれば生きてゆけるとなったら…、人類は食糧獲得の競争から解放される。食事のための労働からも解放される。地上は、ダンゴムシ様人間の天国となるだろう…か。
(2014年4月25日)

澤藤統一郎の憲法日記 © 2014. Theme Squared created by Rodrigo Ghedin.