昨日(10月5日)、文部科学省は「『高等学校における政治的教養と政治的活動について』(昭和44年文部省初等中等教育局長通達)の見直しに係る関係団体ヒアリング」を実施した。
一部のメディアが「高校生のデモ参加容認」と見出しを打っているが、多くの高校生が、「えっ? いままでデモ参加はいけなかったの?」と怪訝な思いだろう。「文科省が18歳選挙権の実施に向けて、高校生の政治的活動を全面禁止してきた1969年通知を廃止し、新通知案を発表した。」「全面禁止は見直したものの、禁止・制限を強調する内容」「ヒアリングのあと、今月中にも正式に通知することになる」と報じられている。ところが、新通知案の全文を掲載するメディアが見つからない。
総じての「新通知案」に対するメディアの評価は、「校外での政治活動は一定条件下で容認する」「校内では引き続き高校側に抑制的な対応を求める内容」(毎日)という代物。高校生を未成熟な保護対象としてのみ見る基本姿勢に変更はない。「現政権を支持する票は欲しいが、政治的な意見表明は抑制して、秩序に従順な態度を訓育する」ことに必死なのだ。
いつの世にも、政権は批判を嫌う。主権者からの権限委託が政権の正当性の根拠なのだが、政治批判をするような主権者は大嫌い。温和しく批判精神のない、従順な主権者を育てたくてしょうがない、そのホンネが窺える。
69年通達(「高等学校における政治的教養と政治的活動について」(昭和44年文部省初等中等教育局長通達)は、いまよく読んでおくべきだ。政府というもののホンネがよく分かる、政治教育の資料として恰好なものではないか。
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/t19691031001/t19691031001.html
「文部省初等中等教育局長通達」として、宛先は「各都道府県教育委員会教育長・各都道府県知事・付属高等学校をおく各国立大学長・各国立高等学校長」となっている。発出の日付は、1969年10月31日。大学紛争影響下の時代、「70年安保」の前年でもあって、「最近、一部の高等学校生徒の間に違法または暴力的な政治的活動に参加したり、授業妨害や学校封鎖などを行なったりする事例が発生しているのは遺憾なことであります」と当時の状況が述べられ、長期的には「このようなことを未然に防止するとともに問題に適切に対処するためには、政治的教養を豊かにする教育のいっそうの改善充実を図る」こと、短期的には「政治的活動に対する学校の適切な指導が必要」と、この通達の動機や趣旨が冒頭に述べられている。
かなりの長文である。「高校生の政治的教養の涵養」について言及しなければならないタテマエと「政治的活動の抑制」のホンネとの結びつけについての苦心の作である。もちろん、ホンネの部分が分厚く語られている。
同通達は「高等学校教育と政治的教養」を教育基本法から説き起こす。
「教育基本法第8条第1項(現行教基法14条1項)に規定する『良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない。』ということは、国家・社会の有為な形成者として必要な資質の育成を目的とする学校教育においても、当然要請されていることであり、日本国憲法のもとにおける議会制民主主義を尊重し、推進しようとする国民を育成するにあたつて欠くことのできないものである。」
ここで、「良識ある公民=議会制民主主義の尊重・推進」と矮小化し短絡していることなどは措くとして、国(文科省)も、タテマエとしては高校段階での政治教育を認めざるを得ないことを確認しておく必要がある。
問題は、その政治教育の中身である。ここにホンネが表れる。
「政治的教養の教育は、教育基本法第8条第2項(現行教基法14条2項)で禁止している『特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動』、いわゆる党派教育やその他の政治的活動とは峻別すること。」
「政治的教養教育」と「党派教育・政治活動」との峻別の要求である。おそらく、ここがポイント。教育が、現実の政治を素材とし、生徒の主体性を尊重すれば、「党派教育・政治活動」とレッテルを貼られて非難される。生の素材をことごとく排除し、他人事として授業をすれば、「政治的教養教育」の実践と称賛される。その間に、無限のグラデーションがあることになろう。
同通達は、「高等学校における政治的教養の教育のねらい」を述べている。歯に衣を着せた文章。ホンネの翻訳が必要だ。
「将来、良識ある公民となるため、政治的教養を高めていく自主的な努力が必要なことを自覚させること。」
(将来、従順な被統治者に育つよう、「出る釘は当たれる」「長いものには巻かれろ」と自覚する生徒を育てる)
「日本国憲法のもとでの議会制民主主義についての理解を深め、これを尊重し、推進する意義をじゆうぶん認識させること。」
(直接民主主義的契機の重要性を教えてはならない。選挙の投票日だけが国民が主権者で、そのほかは議員や内閣にお任せしておくのが、議会制民主主義だと叩き込むこと)
「国家・社会の秩序の維持や国民の福祉の増進等のために不可欠な国家や政治の公共的な役割等についてじゆうぶん認識させること。」
(「憲法は権利の体系だ」などと生意気なことは言わせない。大事なのは「秩序の維持」「公共性の尊重」、これが政治教育の核心なのだ)
また、同通達は、「現実の具体的な政治的事象の取り扱いについての留意事項」の項を設けて「特定の政党やその他の政治的団体の政策・主義主張や活動等にかかわる現実の具体的な政治的事象については、特に次のような点に留意する必要がある」と言っている。ここが彼らのホンネのホンネ。ここだけは、全文を掲載しておこう。ホンネ丸見えではないか。
(1) 現実の具体的な政治的事象は、内容が複雑であり、評価の定まつていないものも多く、現実の利害の関連等もあつて国民の中に種々の見解があるので、指導にあたつては、客観的かつ公正な指導資料に基づくとともに、教師の個人的な主義主張を避けて公正な態度で指導するよう留意すること。
なお、現実の具体的な政治的事象には、教師自身も教材としてじゆうぶん理解し、消化して客観的に取り扱うことに困難なものがあり、ともすれば教師の個人的な見解や主義主張がはいりこむおそれがあるので、慎重に取り扱うこと。
(2) 上述したように現実の具体的な政治的事象については、種々の見解があり、一つの見解が絶対的に正しく、他のものは誤りであると断定することは困難であるばかりでなく、また議会制民主主義のもとにおいては、国民のひとりひとりが種々の政策の中から自ら適当と思うものを選択するところに政治の原理があるので、学校における政治的事象の指導においては、一つの結論をだすよりも結論に至るまでの過程の理解がたいせつであることを生徒に納得させること。
なお、教師の見解そのものも種々の見解の中の一つであることをじゆうぶん認識して教師の見解が生徒に特定の影響を与えてしまうことのないよう注意すること。
(3) 現実の具体的な政治的事象は、取り扱い上慎重を期さなければならない性格のものであるので、必要がある場合には、校長を中心に学校としての指導方針を確立すること。
(4) 教師は、その言動が生徒の人格形成に与える影響がきわめて大きいことに留意し、学校の内外を問わずその地位を利用して特定の政治的立場に立つて生徒に接することのないよう、また不用意に地位を利用した結果とならないようにすること。
なお、国立および公立学校の教師については、特に法令でその政治的行為が禁止されている。
(5) 教師は、国立・公立および私立のいずれの学校を問わず、それぞれ個人としての意見をもち立場をとることは自由であるが、教育基本法第六条に規定されているように全体の奉仕者であるので、いやしくも教師としては中立かつ公正な立場で生徒を指導すること。
さらに、同通達は、「生徒の政治的活動が望ましくない理由」を述べている。おそらくは、当局側が生徒や現場教師との「論戦」を想定して、理論付をしたものと思われる。
「生徒は未成年者であり、民事上、刑事上などにおいて成年者と異なつた扱いをされるとともに選挙権等の参政権が与えられていないことなどからも明らかであるように、国家・社会としては未成年者が政治的活動を行なうことを期待していないし、むしろ行なわないよう要請しているともいえること。」
「心身ともに発達の過程にある生徒が政治的活動を行なうことは、じゆうぶんな判断力や社会的経験をもたない時点で特定の政治的な立場の影響を受けることとなり、将来広い視野に立つて判断することが困難となるおそれがある。したがつて教育的立場からは、生徒が特定の政治的影響を受けることのないよう保護する必要があること。」
「生徒が政治的活動を行なうことは、学校が将来国家・社会の有為な形成者として必要な資質を養うために行なつている政治的教養の教育の目的の実現を阻害するおそれがあり、教育上望ましくないこと。」
「生徒の政治的活動は、学校外での活動であつても何らかの形で学校内に持ちこまれ、現実には学校の外と内との区別なく行なわれ、他の生徒に好ましくない影響を与えること。」
「現在一部の生徒が行なつている政治的活動の中には、違法なもの、暴力的なもの、あるいはそのような活動になる可能性の強いものがあり、このような行為は許されないことはいうまでもないが、このような活動に参加することは非理性的な衝動に押し流され不測の事態を招くことにもなりやすいので生徒の心身の安全に危険があること。」
「生徒が政治的活動を行なうことにより、学校や家庭での学習がおろそかになるとともに、それに没頭して勉学への意欲を失なつてしまうおそれがあること。」
これを翻訳すれば、(高校生は子どもじゃないか。そこのところをよく弁えて、おとなしく、役所や校長の言うとおりにお勉強だけをしていればよいのだよ。いま、政治に関心をもつと碌な大人にならないよ)。翻訳するまでもないか。
追い打ちをかけて通達は次のように言う。
「生徒の政治的活動の規制」については、「基本的人権といえども、公共の福祉の観点からの制約が認められるものである」から問題ない。
「教科・科目の授業はいうまでもなく、クラブ活動、生徒会活動等の教科以外の教育活動も学校の教育活動の一環であるから、生徒がその本来の目的を逸脱して、政治的活動の手段としてこれらの場を利用することは許されないことであり、学校が禁止するのは当然であること。なお、学校がこれらの活動を黙認することは、教育基本法第8条第2項(現行14条2項)の趣旨に反することとなる。」
「生徒が学校内に政治的な団体や組織を結成することや、放課後、休日等においても学校の構内で政治的な文書の掲示や配布、集会の開催などの政治的活動を行なうことは、教育上望ましくないばかりでなく、特に、教育の場が政治的に中立であることが要請されていること、他の生徒に与える影響および学校施設の管理の面等から、教育に支障があるので学校がこれを制限、禁止するのは当然であること。」
「放課後、休日等に学校外で行なわれる生徒の政治的活動は、一般人にとつては自由である政治的活動であつても、前述したように生徒が心身ともに発達の過程にあつて、学校の指導のもとに政治的教養の基礎をつちかつている段階であることなどにかんがみ、学校が教育上の観点から望ましくないとして生徒を指導することは当然であること。特に違法なもの、暴力的なものを禁止することはいうまでもないことであるが、そのような活動になるおそれのある政治的活動についても制限、禁止することが必要である。」
この最後がすさまじい。「放課後、休日等に学校外で行なわれる生徒の政治的活動」まで、違法・暴力的でなくても、そのおそれがあれば、「制限、禁止することが必要である」という。無茶苦茶と言うほかはない。さすがにここだけは、18歳選挙権の実施の情勢にふさわしくないと、見直されることになるようだ。それで、「高校生のデモ参加容認」ということになる。
こんな通達が、今どき現実にあることに一驚するしかない。日本ははたして、民主主義国家なのだろうか。欧米諸国から、「価値観を同じくする国」と見てもらえるのだろうか。そして、今回、この通達の全体が、どのように見直されるのだろうか。基本的な理念が見直されるのか否か、しっかりと見極めたい。子どもの権利条約や、国際人権規約など国際水準から見て、日本の民主化度や人権確立の程度が測られ試されている。
(2015年10月6日・連続919回)
私の手許に一冊の書物がある。これは、私にとっての特別のものだ。
表題は、「花巻が育んだ救世軍の母 山室機恵子の生涯」。「宮沢賢治に通底する生き方」と副題が付いている。社会事業者であり、キリスト者であった山室機恵子の400頁におよぶ本格的な評伝。著者は、知人の安原みどりさん。
鎌倉市雪ノ下の「銀の鈴社」からの出版で、発行日が2015年9月25日とされているが、そのとき著者は既に亡くなっている。この著の「あとがき」のあとに、異例の「お礼の言葉」という1頁が添えられている。
お礼の言葉は、「『山室機恵子の生涯』を出版することができ、望外の幸せを感じております」と始まっている。多方面の著作への協力者に対して、「皆さまには、言い尽くせない感謝の気持ちでいっぱいです。心よりお礼申しあげます」と結ばれている。「2015年8月」とだけあって、日の特定はない。みどりさんは、8月28日に逝去されている。癌での覚悟の死であったという。毛すじほども取り乱すところのない、「お礼の言葉」を書いたのはいったい何日だったのだろうか。
9月3日の告別式での夫君・安原幸彦さんのご挨拶で、みどりさんがこの著書の最後の校正稿を脱稿したのは逝去の2日前、8月26日であったと知らされた。この評伝の著作に取りかかったのが、死を宣告され覚悟して後のことだという。自分の生きた証しとして、最期に一冊の著書を書き上げた、その壮絶にしてみごとな生き方に感服するしかない。
この著作は評伝であるから、著者は、41歳の若さで帰天した山室機恵子の臨終の場面に触れざるを得ない。その描写はかなりの長文にわたるものであるが、夫・山室軍平(牧師)は後に「私は、今日までいまだかつてあれ程、生死を超越した高貴なる最期をみたことがない」と感嘆していた事実を紹介し、「聖職者として多くの人の最期を看取った軍平に、かく言わしめた機恵子の精神性の高さ」を称賛している。おそらくは、自らの最期もかくあれかしと意識しての執筆であったろうし、それを現実のものとされたのであろう。
安原みどりさんは、私と同郷岩手県の生まれ。賢治の母校である盛岡一高(旧制盛岡中学)を卒業後、賢治の妹・宮沢トシの母校である日本女子大学を卒業している。機恵子を、自己を犠牲にして生涯を弱き者のために捧げ尽くした宗教者として、賢治の生き方に通底するものを見て、世に紹介したいと思い立ったのであろう。実は、賢治と機恵子とは、ともに生家は花巻市豊沢町。宮澤家と、機恵子の実家佐藤家とは、わずか数軒をへだつだけの近所で、親しい間柄だったという。
この書の最後に、5頁余におよぶ参考文献リストが並んでいる。この厖大な資料を渉猟しての労作を簡単には紹介できない。前書きに当たる「はじめに」が、著者自身の要約とも読める内容となっている。ここから抜粋して、この著の紹介としたい。
日本救世軍の歩みは、そのまま日本の社会福祉の歩みであるといわれる。その「日本救世軍の母」と呼ばれる山室機恵子は、1874(明治7)年12月5日に花巻で生まれた。機恵子の生家のすぐ近所に宮沢賢治の実家がある。機恵子の先祖は南部藩の家老で、機恵子は武士道の精神で育てられ、生家の家風は「世のため身を捨てて尽くす」であった。機恵子はこの使命感を持って明治女学校に進み、桂村正久から洗礼を受けキリスト者になった。
機恵子が明治女学校を卒業した1895(明治28)年は、くしくもイギリスの救世軍が日本に進出し、山室軍平が救世軍に挺身した年でもある。救世軍は1865年にロンドンのスラム街でウィリアム・ブース夫妻によって創設され、貧民救済の社会事業と、救霊事業(キリスト教伝道)を世界に広めていた。当時の救世軍は「西洋法華」と嘲笑され、迫害を受け、山室軍平はその真価もまだ世に知られない、無名の青年にすぎなかった。
機恵子は明治女学校出の才媛にふさわしい良縁には目もくれず、「山室となら世のために尽くすという信念を実現できる」と決心し、山室軍平と結婚した。機恵子は花嫁道具を揃える両親に「50歳まで着られる地味な着物を作って下さい。救世軍で着物をこさえるつもりはありませんから」と言い、軍平の収入が7円、家賃3円50銭、11畳半だけの広さしかない伝道所兼自宅の長屋生活に突入した。いわばシンデレラ・ストーリーとは逆の人生を果敢にも選択したのである。
機恵子は8人の子を生み育てながら、貧民救済・廃娼運動・東北凶作地子女救済・結核療養所設立などの先駆的社会事業のため東奔西走したが、病に倒れ41歳で逝去した。
機恵子は「私が救世軍に投じた精神は、武士道をもってキリスト教を受け入れ、これをもって世に尽くすことにありました。お金や地位を求める生活を送らなかったことを満足に思っています」「幸福はただ十字架の傍にあります」と遺言して帰天した。
機恵子の生き方は質素な生活をし、自分を勘定に入れずに、東奔西走し困窮した人のため自分を犠牲にして尽くすもので、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の詩を彷彿とさせる。賢治が「世界全体が幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない」として羅須地人協会を設立し農民と共に生きた精神も、宗教は異なるが機恵子と通底するものがある。
賢治の実弟、宮沢清六は著書『兄のトランク』の中で「若い頃の賢治の思想に強い影響を与えたものに基督教の精神があった。私共のすぐ後には日本救世軍の母とよばれた山室軍平夫人、機恵子が居られた。私の祖父と父が『佐藤庄五郎(機恵子の実父)さんと長女のおきえさんの精神は実に見上げたものだ』と口癖のように言っていたから、若い賢治がこの立派な基督教の実践者たちの思想と行動に影響されない筈はなかったと思われる。そしてその精神が、後年の賢治の作品の奥底に流れていることが首肯されるのである」と書いている。
宮沢賢治を知らない人はいないが、機恵子没後百年になる現代では、機恵子を知る人はほとんどおらず、故郷岩手ですら知られていない。機恵子は「よいことをする時は、なるべく目立たないようにするのですよ」とこどもに教え、右手の善行を左手にも知らせず天に財を積んだ。
津田梅子、羽仁もと子、矢島揖子、新渡戸稲造、内村鑑三など、多くの著名人が軍平、機恵子を支援したが、善行を当然の事として黙すキリスト者に代って、関係性を詳らかにするのも意義があることだろう。家庭を持ち働く女性の元祖でもあった機恵子の生涯を顕彰してみたいと思う。
安原みどりさんが、機恵子の生き方のどこに感銘を受け共感し、この書を執筆しようと思い立ったのか、痛いほど伝わってくる。この著作を完成させたみどりさんの感受性と生き方にも学びたいと思う。
また、機恵子が伴侶として山室軍平を選んだことを、自分が安原幸彦さんを選んだことと重ね合わせてもいたのだろう。機恵子も、みどりさんも、自らの意思で幸せな人生を送ったのだと思う。
合掌。
(2015年10月5日・連続第918回)
富国・強兵、強兵・富国。
キョウヘイ・フコク、フコク・キョウヘイ。
なんとすばらしいハーモニー。
富国と強兵とは、表と裏、一体にして不二。
強兵のための富国であり、富国のための強兵ではないか。
アベノミクスは、実は民生のための経済政策ではない。
「格差が広がった。貧困が深刻化した」
それでよいのだ。強兵のための富国政策なのだから。
そして、富国のための強兵策が、積極的平和主義。
富国と強兵とが相支え相補いあって、
戦後レジームからの脱却を可能とする。
昔日の強い軍国日本を取り戻すことができる。
それこそ、ワタクシ安倍晋三と仲間たちの目論むところ。
第二次安倍内閣成立当初は、はじめは処女のごとくの喩えそのままの経済政策優先。これがアベノミクスの表向きの姿だ。2015年選挙がない年には戦争法のごり押し。そして、戦争法の無理が一段落した今、また経済政策に逆戻り。新アベノミクスだ。富国から強兵、強兵からまた富国へ。
富国も強兵も、すべてはお国のため。国民はお国のために子を産み、子を育て、子を国家に役立てることになる。当たり前の話ではないか。国の子は、「強兵」に育つか、産業戦士に育てるのか、二つに一つだ。どちらもいやだという、利己的な若者の跋扈には、追々箍をはめていかねばならない。
戦争は必ずしも起きなくてもよい。しかし、戦争ができるような国の秩序はどうしても作っておかねばならない。強兵あっての有利な外交であり、強兵こそ富国の支えではないか。
強兵策の最大のハードルは、私が最も忌むところの日本国憲法だ。憲法9条こそ私の天敵。一刻も早くこの天敵を成敗して、戦争のできる憲法に作り替えたいのだが、急いては事をし損じるの喩え。やむなく、急がば回れの解釈改憲。そして、もっぱら違憲と評判の安保関連2法だ。
戦争ができる国の秩序には、法整備が不可欠だが、しばらくはこれでよかろう。この法律と、特定秘密保護法の組み合わせで、相当のことまではできるようになった。また、いつか、「我が国を取り巻く防衛環境が変わった」という魔法の杖をもう一振りすれば、戦前並の国防保安法や国家総動員法、そして治安維持法の制定も夢じゃない。
今回は、公明党によく働いていただいた。しかし、このように働いてくれる政党は、公明党ばかりではない。いつの世にも、政権与党につながって甘い汁を吸いたい政党や政治家がすり寄って来るものなのだ。それと組んで、もう一押しの強兵策。
しかし、強面ばかりでは民意が離れる。民意を掌握する要諦は、期待を長く引っ張ることだ。今は豊かにならないが、我慢すればそのうちに豊かになれるという幻想を与え続けることなのだ。3本の矢がうまくいかなければ、新しい別の矢を3本放てばよい。それも的に当たらなければ、目先を変えてもう4、5本射てばよい。下手な鉄砲も数の喩え、何本も射ることによって、まぐれでもいくつか当たればよいのだ。いや、当たる可能性があると信じさせればよいだけのこと。
えっ、なに? それは詐欺の手口ではないかだと? 教えていただきたい。政治と詐欺の違いを。政治家と詐欺師の言に、いったいどんな違いがあると言うのか。
(2015年10月4日・連続917回)
本日は、第13回の「被処分者の会」定期総会。会の正式名称は、「『日の丸・君が代』不当処分撤回を求める被処分者の会」である。
石原第2期都政下での悪名高い10・23通達の発出が、2003年10月23日。2004年3月と4月の卒業式・入学式以来今日まで、思想・信条や信仰から、あるいは教員としての良心において「日の丸・君が代」強制に服することができないとして懲戒処分を受けた教員は延べ474名。
その処分に承服することはできないとし、処分取消の集団訴訟を主たる目的に「被処分者の会」が結成された。自覚した個人が明確な目標をもって結成した自律的な組織である。その会の毎年1度の定期総会が今年で13回目となった。思えば、これまで既に長い闘いである。しかも道は半ば。まだ先は遠い。
しかし、被処分者の総会は今年も明るい雰囲気であった。総会議案書の中の次の一文が目を惹いた。
「今次総会は、安倍政権が憲法違反の戦争法を強行成立させた直後に、各裁判が新たな裁判を迎える中で行われます。私たちは、『子どもたちを戦場に送らない』決意のもと、憲法を守る闘いと、『日の丸・君が代』強制反対の闘いを一体のものとして闘い抜きます。再雇用二次訴訟の地裁での勝訴、河原井さん・根津さんの停職処分取消と損害賠償を命じた東京高裁の逆転勝訴判決などこの間の各訴訟での私たちの不屈の闘いは、都教委を確実に追い詰めています。」
事務局長報告の中では、次のように語られた。
「都教委のやり方は、あまりに独善的で強引なんです。だから、このところ都教委は裁判に負けつづけています。いまは、1引き分けをはさんで、都教委は裁判に6連敗です。1引分けを0.5に数えれば、6.5連敗です。
13年12月 「授業をしていたのに処分」福島さん東京地裁勝訴
14年10月 再任用拒否(杉浦さん)事件 東京高裁勝訴
14年12月 条件付き採用免職事件 東京地裁勝訴
(15年1月 東京君が代第3次訴訟 東京地裁判決 減給以上取消)
15年 2月 分限免職処分事件 東京地裁執行停止決定
15年 5月 再雇用拒否第2次訴訟 東京地裁勝訴判決
15年 5月 根津・河原井さん停職処分取消訴訟 東京高裁逆転勝訴
すべてが、『日の丸・君が代』強制関連事件ではありませんし、またすべてが被処分者の会の事件でもありません。しかし、これは私たちが一体となった闘いの粘り強い闘いの成果で、都教委は明らかに追い詰められています。私たちは自信をもって奮闘し続けます」
都教委の訴訟での連敗記録は、大阪と並ぶ恥ずべきものと言わねばならない。東京都の教育行政は明らかに暴走しており、裁判所から警告が発せられ、ブレーキがかけられているのだ。10月中にまた2件の判決が予定されている。都教委の連敗記録はさらに続くことになるだろう。
また、戦争法案反対の集会やデモには、被処分者の会から連日多数が参加したと報告された。多くの人が、日の丸・君が代を戦争の歴史と関連づけて、その強制を受け容れがたいとした。いま、はからずもその認識の先見性が明確化される事態を迎えている。
次のような発言があった。
「10年前には、『日の丸・君が代を戦争と結びつけるなんて、今どき何と大袈裟な』と思われるような雰囲気があった。でもいまや、日の丸・君が代強制と戦争との結びつきは、切実なリアリティをもって実感される時代となった」
闘いには、旗と歌が必要だ。
一揆の押し出しの先頭には、小丸のむしろ旗が掲げられた。
官軍は誰も見たことのない錦の御旗を捧げ持った。
大元帥は、各連隊に連隊旗を親授した。
そして、日の丸と君が代は、皇国の軍国主義と侵略主義の象徴となり、億兆心を一にし戦意を鼓舞する小道具となった。
彼の地ドイツで1935年国旗とされたハーケンクロイツは、45年の敗戦とともに旧時代の象徴とされて、いまに至るもその掲揚が禁止されている。しかし、旧体制を徹底して克服し得なかったここ日本では、「日の丸・君が代」が国旗国歌として生き残っている。
「日の丸・君が代」と戦争との大いなる関わり。これまでは、過去の戦争との歴史的関わりだけを問題にしてきた。これからは、日の丸・君が代と近未来の戦争との関連を現実のものとして問わなければならない。
(2015年10月3日・連続916回)
「口は禍の元」という言葉には違和感がある。禍の源は、腹の底に潜んでいるものであって、口に責任転嫁してはならない。普段はこれを口の門から出ぬよう注意をしているのだが、時にこれがうっかり外に出る。このうっかり出た言葉を、「失言」と言うのは不正確。実はそれこそ腹の底に潜めていたホンネなのだ。
3日前のこと。菅義偉官房長官は、「『直撃LIVE グッディ!』(フジテレビ)に出演し、歌手の福山雅治さんと俳優の吹石一恵さんの結婚について、『本当、良かったですよね。結婚を機に、やはりママさんたちが、一緒に子供を産みたいとか、そういう形で国家に貢献してくれればいいなと思っています。たくさん産んでください』と発言した」。そう、報じられている。第1次安倍政権で、柳沢伯夫厚生労働相(当時)が、女性を「産む機械」に例えた発言で批判を受けた。あれと同根のホンネ。
そのホンネが、「違和感を感じる」「政治家の口にすることではない」などと批判され叩かれている。叩いている世論の健全さが好もしい。違和感の根源は、「子どもを産むことが、すなわち国家に貢献すること」という認識にある。菅の腹の底に潜んでいる、「国民は国家のために子どもを産むことこそ」「国家のために子どもがいる」というホンネが批判されているのだ。
ことは憲法の根本的な理解に関わる。国家のための個人か。個人のための国家か。いうまでもない。個人のために国家がある。個人が集まって協議して国家を作るのだ。国家が必要だから、あった方が便利だから、国家を作る。国家が個人に先んじて存在するわけではない。どんな国家が使い勝手がよく、どんな国家が国民にとって安全で安心か、その設計は個人が集まって知恵を絞るこになる。不具合が見つかれば作り直す。もう要らないとなったら、国家などなくしてもよいのだ。
「子どもを産むことは国家に貢献するから価値がある」とは逆さまの発想。けっして、「子どもは国家のために産むものではない」のだ。すべての子どもは、この世に生まれるだけでこの上ない価値がある。しかし、国家は個人に役に立つことによってはじめて、その限りおいてその存在に価値が認められる。
半世紀ほどの昔、ジョン・F・ケネディという政治家がいた。彼は国民に、「国があなたのために何をしてくれるのかを問うのではなく、あなたが国のために何を成すことができるのかを問うて欲しい。」と呼びかけた。国民の自尊心をくすぐる狙いの発言として有効ではあったが、その論理は完全な権力者の発想であって、民主主義者の言葉ではない。
国旗国歌強制の問題もまったく同じだ。「国旗国歌=国家」であるから、個人は国旗国歌の前で、実は国家と対峙している。国旗国歌への敬意表明の行為の強制は、国家への忠誠の強制と同じこと。個人の僕に過ぎないはずの国家が、個人を凌駕し優越して、国民個人を僕とする下克上が起きることになる。これを背理であり、倒錯だと言うのだ。
「国家のために子どもを産め」のホンネも、「国旗に正対して起立し、国歌を斉唱せよ」の強制も、同じことなのだ。
国家のために子どもを産み、国家のために子どもを育て、その子は国家のためにはたらき、国家のために戦って、国家のために死ぬ。これが、20世紀の前半まで、日本国民に押しつけられた国民の道徳だった。しかも、その国家の中心に天皇が据えられ、「命を捨てよ君のため」と、忠死が強制された。
「お国のために子供を産め」という菅らのホンネには、あの天皇制が臣民に押しつけた尊大さを思い出させるものがある。だから、世論は本能的に警戒の反応を示したのだ。「誰の子どもも殺させない」と、名言を喝破したママの会の母親は、愛する子を国家に取られて戦場に送り込まれる恐怖を感得したからこそ、戦争法反対の行動に起ち上がったのだ。政権はそのことをちっとも学んでいないのだ。子どもの貧困を深刻化し子育ての条件の整備も怠ってきたこの政権が、「国家のために産めよ増やせよ」とは、いったい何ごとか。
「お国のために」「国家のために」というスローガンに欺されてはならない。
(2015年10月2日・連続915回)
以前から内定と報道されていたことだが、宮崎緑(千葉商科大学教授・元ニュースキャスター)が東京都の教育委員になった。昨日(9月30日)「任命に係る議会の同意」を得たことでの正式決定。任期は4年間、本日(2015年10月1日)から2019年9月30日までである。
これで、東京都の教育委員は下記の6人となった。
教育長 中井敬三 ?18年 3月31日
委 員 木村 孟 ?16年10月19日
委 員 乙武洋匡 ?17年 2月27日
委 員 山口 香 ?15年12月20日
委 員 遠藤勝裕 ?18年 3月12日
委 員 宮崎 緑 ?19年9月30日
率直に申しあげて東京都教育委員の評判はきわめて悪い。石原都政時代のお友だち人事で、鳥海厳、米長邦雄、横山洋吉ら札付きの右翼が任命され教育現場を荒廃させてきたからである。石原都政が過去のものになってからも、残滓を引きずって真っ当な姿勢を取り戻していない。
今年、東京都内23区の教育委員会の一つとして、「つくる会」系の中学校歴史・公民の教科書を採択していない。都教委だけが、突出して、歴史・公民ともに、育鵬社版を採用しているのだ。これひとつ見ても、都教委はおかしい。
都立高等学校の歴史教科書の各学校ごとの採択についても、実教出版株式会社の「高校日本史」を採択するなと各校に圧力をかけている。この教科書に、次の記述があるからだというのだ。
「国旗・国歌法をめぐっては、日の丸・君が代がアジアに対する侵略戦争ではたした役割とともに、思想・良心の自由、とりわけ内心の自由をどう保障するかが議論となった。政府は、この法律によって国民に国旗掲揚、国歌斉唱などを強制するものではないことを国会審議で明らかにした。しかし一部の自治体で公務員への強制の動きがある。」
この記述の真実性に疑問の余地はない。しかし、都教委は「一部の自治体で公務員への強制の動きがある。」が、自分への批判だと思い当たって面白くないのだ。バカバカしさに呆れるしかない。
このような都教委ではあるが、乙武洋匡や山口香の任命は明らかに、石原都政の時代には考えられない人事であった。アンシャンレジームからの脱出にひとすじの光明を灯すものとの印象を受けた。しかし、今日まで、その希望は現実とならないままにややもすれば立ち消えそうになっていた。そこに宮崎緑である。
「人格が高潔で、教育、学術及び文化に関し識見を有する」というのが、教育委員の要件である。教育委員の諸氏に、そんなレベルの立派な仕事を期待するものではない。ごく普通の感覚で、教育行政に責任を持ってもらいたい。
私は、新任の教育委員にお願いをしてきた。
明日の主権者を育てる教育環境を整備する重責を担っていることを自覚していただきたい。自分の目で、「日の丸・君が代」強制問題の資料をよくお読みいただきたい。そして、自分の頭でこの問題をよく考えいただきたい。事務局職員の作った要約レジメだけを読んでいたのでは、あなたの職責を全うしたことにはならない。都民への責任を果たしたことにはならない。
長いものではないから、少なくとも、代表的な最高裁判決はよくお読み願いたい。教育庁の事務局に頼らずとも、その程度の検索能力はお持ちだろう。最高裁判決が、都教委の「日の丸・君が代」強制を苦々しく見ていることをよく理解していただけるはず。多数意見でさえ、処分は原則戒告に限り、それ以上の重い処分は違法として取り消している。このことだけでも都教委の恥ではないか。半数を超す最高裁裁判官が補足意見を付して、「日の丸・君が代」強制を都教委のイニシャチブでなんとか解決せよとしてる事実を重く受け止めねばならない。さらに、筋の通った少数意見が「日の丸・君が代」強制は違憲だと厳しく批判していることも知ってもらわねばならない。「日の丸・君が代」強制に反対している弁護団の見解にも耳を傾けてもらいたい。
少なくとも、「日の丸・君が代」強制が真面目な教師を悩ませていることを、憲法や教育基本法が想定している教育のあり方を荒廃させていることをご理解いただきたい。
もう、10年も前のことになるが、関東弁護士会連合会の広報紙「関弁連だより」の「わたしと司法」という欄に、宮崎緑インタビュー記事がある。
そこで、大学での活動を聞かれて、宮崎はこう語っている。
「政策情報学です。20世紀までの学問は,専門化,細分化されて,1つ1つは研ぎすまされたけれど,「木を見て森を見ず」というところがあったと思います。「森」がわしづかみで見えるような学問的な受け皿がなければ新しい時代の対応はできないであろうという考えから今学術会議等でもアカデミズムの再編が課題になっています。そこで,新しく作られたのが政策情報学です。
政策情報学部というのは日本では初めての学部です。物事に対するアプローチが様々な角度から行われ,斬新なことをすることが可能です。「政策」情報学と言っていますが,これは,公的機関の意思決定だけではなくて,企業でもいいし,個人のポリシーでもいいんです。意思決定全てが対象です。」
同氏には、ぜひとも専門としている政策情報学の手法で、10・23通達発出とその後の全過程を対象に分析してしていただきたい。都教委が「日の丸・君が代」強制に踏った意思決定の真の意図・動機をつぶさに検証していただきたい。検証の資料としては、都教委を被告とする山ほどある裁判資料で十分だろう。
そのようにして、「木を見て森を見ず」ということに陥ることなく、「森」をわしづかみで見えるようにして、新しい時代への的確な対応をお願いしたい。それこそ、同氏の任務であり職責ではないか。
たくさんの裁判を抱えていることは、都教委の自慢にはならない。しかも、その多くで都教委は敗訴しているのだ。裁判所からも批判されるその体質を改め、処分の繰りかえしに終止符を打つ努力をお願いしたい。
宮崎緑・新教育委員任用を、石原や石原後継時代とはひと味違ったニュー舛添人事だと思いたい。宮崎新委員の動向に期待しつつ見守りたい。
(2015年10月1日・連続914回)
本日(9月30日)、東京地検特捜部は「日本歯科医師連盟」(日歯連)の幹部3人を、「迂回寄付を巡る政治資金規正法違反」で逮捕した。しかし、ザル法ももたまには役に立つではないか、と言ってはおられない。改めて、政治資金規正法について考えてみたい。
選挙戦とは言論を武器とした闘いである。政治戦一般も同じことだ。候補者や政治家のそれぞれの陣営が、有権者に対して言論で働きかけ、「我が陣営こそ有権者に利益をもたらす政策をもっている」「そしてそれを確実に実行する」と力説して有権者からの支持を競い合う競争をしているのだ。運動の主体は候補者個人であるよりは各候補者を取り巻き支持する有権者集団であり、勝敗の審判は有権者の投票として現れる。
選挙戦の武器は言論に限られる。これが民主主義の公理としてあるルールだ。カネはその最大の攪乱要素である。政策の優劣ではなく、選挙資金の多寡で投票結果が決まり、議席が左右されるとしたら…トンデモナイ事態ではないか。とはいうものの、実は現実の政界は、とりわけ保守政界は、トンデモナイ事態になっていて、ここから抜け出せない現実にあることが公知の事実となっている。
たとえば、「規制緩和を目指して官僚と闘う政治家」に、行政からの規制に服する立場にある事業者から8億円ものカネが提供されたりするのだ。げに、民主主義の敵はカネである。カネに汚い政治家と、カネで政治を操ろうと陰でうごめくスポンサーと。このような輩がはびこって、害虫さながらに完全な駆除はなかなか難しい。
これを規制しようというのが政治資金規正法なのだが、これがザル法であることは天下に周知の事実である。この法律の理念はとても良く書けている。しかし、所詮はこの法をザルにした選挙で議席を得ている政治家たちが作った法律。ザルの目は粗く大きい。
本日の日歯連幹部3人の逮捕は、「迂回寄付を巡る政治資金規正法違反」容疑とされているが、「迂回寄付禁止違反罪」という犯罪構成要件があるわけではない。規制法の量的規制を脱法しようとして、不自然な迂回寄付の形式をとったが、その実質において「虚偽記載」であり、「量的制限超過」として同法違反になると認定されたのだという。やや分かりにくい。
被疑事実は、被疑者らにおいて「2013年参院選の際、日歯連が組織候補として擁立した石井みどり参院議員(自民)=比例代表=の関連政治団体『石井みどり中央後援会』に対して同年1月と3月に2回、日歯連から政治団体間の年間寄付上限額(5000万円)を超過した合計9500万円を寄付。さらに、うち5000万円については同年1月23日に西村正美参院議員(民主)=比例代表=の関連政治団体「西村まさみ中央後援会」に寄付し、石井後援会に同日、同額を寄付した。これが「迂回寄付」に当たり、政治資金収支報告書に虚偽の記載をしたとされている。」(毎日)
よく読めば分からないでもないが、あまりに回りくどい。文章を読む意欲を失う。犯罪をもっと厳しく取締り、分かり易くするための法改正が必要だ。ザルの目を限りなく小さくする、あるいは目を塞いでしまおうということだ。
これも毎日新聞に、二人の有識者のコメントが紹介され、はからずも意見が一致している。私も大賛成だ。
「政治資金制度に詳しい神戸学院大の上脇博之教授(憲法学)は、04年の事件を踏まえ、『前回の事件をきちんと反省していない表れだ。(支援する候補を)当選させるために(資金が)いくら必要かをまず考え、それを実行するために、あの手この手を使って法の網をくぐり抜けようとしたのだろう』と組織としての問題を指摘。その上で政治資金規正法のあり方について、『企業・団体献金をまず禁止して、迂回献金についても厳格に制限すべきだ』と話す。」
「税理士の浦野広明・立正大法学部客員教授(税法学)は『政治活動が厳しく制限されている日歯のような団体が、政治団体(日歯連)を使って政治的な活動をしていること自体が問題。企業・団体献金という制度があるから事件が再び繰り返された。廃止を検討すべきだ』と話した。」
現行法は日歯連から政治家への寄付を認めたうえで、寄付の金額を規制している。これがよくない。企業や団体からの献金を認めていることが、ザルのザルたる所以なのだ。企業(株式会社や企業連合)献金も、団体(労組・業界団体)献金も禁止しなければならない。そうすることによって、日歯連から流れ出たカネが直接に石井後援会に入ろうが、いったんどこかの団体を経由し、いくつかの流れに分岐して迂回して政治家の手に渡ろうが、金額の多寡を問うこともなく、すべてアウトになる。つまり、政治資金や選挙資金は、個人の献金に限るとするのだ。個人のカネだけが浄財。もっとも、大金持個人が政治を左右することのないよう、現行法のとおりに年間の寄付額の上限を定めておく必要はあろう。
考えてもみよ。日歯連からの9500万円のカネの出所の源は、日本中の歯科医の懐ではないか。日本中の歯科医がこぞって自民党を支持しているはずがない。歯科医から強制徴収した金を、日歯連の財政とし、これを自民党や自民党候補の後援会の資金に回すなど、歯科医一人ひとりの思想良心・政治信条を侵害する所為ではないか。
政治資金の拠出は有権者個人に限る。政治資金の拠出はいかなる形でも強制されてはならない。そして、誰の目にも政治資金の動きが明瞭になるように、時を移さず公開すべきことが要請される(現在は、年1回の収支報告で足りる)。こうして、透明性を徹底することによってはじめて、カネが政治を支配する現状を変えていくことができる。これは世直しといってよい。
そしてもう一つの問題点。政治資金の貸付が、いまはエアポケット同然の規制外に放置されている。だから突然、スポンサーから政治家に8億円もの闇の金が渡ったことが明るみに出て、世間を驚かせることになる。この巨額のカネが、政治資金規正法に基づく政治資金収支報告書にも、公職選挙法上の選挙運動費用収支報告書にも、まったく記載がないことが咎められない。この法の不備を、整備しなければならない。
企業・団体献金の禁止と政党助成金制度の廃止。この二つが、政治とカネの関係を正常化する二大テーマなのだ。そして、政治資金・選挙資金の貸し付けの規制についても、しつこく主張し続けよう。
(2015年9月30日連続913回)
9月25日午後1時。醍醐聰さんと私とで、「安保関連法案採決不存在の確認と法案審議の再開を求める申し入れ」の署名32,101筆を持参して、山?参院議長と特別委員会鴻池委員長の各議員事務室に赴いた。もちろん事前のアポを取ってのことである。醍醐さんの事前のアポは、ファクスで残されている。鴻池議員宛の文面は以下のとおり。
参議院「我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会」
委員長 鴻池祥肇様
申し入れ文書と署名提出のご連絡と面会のお願い
先ほどお電話をし、金子様に応対いただきました東京大学名誉教授の醍醐聰と申します。
このたび、私どもは9月17日の参議院安保特別委員会で行われたとされる5件の採決(いわゆる「安保関連法案」の「採決」を含む)は参議院規則で定められた表決等に関する規則に照らして種々、大きな問題を孕んでいると考え、貴職ならびに参議院議長・山崎正昭様宛に書面で申し入れをさせていただくこととしました。
つきましては、先ほどのお電話でお伝えしましたように、急なお願いではありますが、明日、9月25日の午後1時過ぎに貴職の国会事務所へ有志の内の2,3名(今のところ、澤藤統一郎と醍醐聰)が出向かせていただき、申し入れ文書を提出させていただきたく、お願いいたします。
なお、私どもは9月21日以降、この申し入れについて賛同署名を募りましたところ、本日9月24日13時の時点で2万6千筆を超える賛同が寄せられました。明日、これらの名簿も併せて提出させていただきたいたいと考えております。
また、貴国会事務所に出向かせていただきました折には、短時間の面会もお願いしたく、ご検討をお願いいたします。
池住義憲(元立教大学大学院特任教授)
生方 卓(明治大学准教授)
浦田賢治(早稲田大学名誉教授)
小野塚知二(東京大学・経済学研究科・教授)
奥田愛基(SEALDs)
小中陽太郎(作家・ジャーナリスト)
澤藤統一郎(弁護士)
清水雅彦(日本体育大学教授)
醍醐 聰(東京大学名誉教授)
高麻敏子・高麻亘男(自営業)
藤田高景(村山首相談話を継承し発展させる会・理事長)
森 英樹(名古屋大学名誉教授)
以上のとおり、アポの趣旨は明瞭である。署名の内容を摘記して、これを提出したい旨明記してある。電話番号もファクス番号も伝えている。にもかかわらず、9月25日約束の時刻に参議院議員会館の鴻池事務所に赴いた私たちは意外な「お・も・て・な・し」を受けた。鎌田亘顕(かまだひろあき)秘書は、「申入書だけは受けとるが、署名簿は受領してよいものかどうか判断できない。議員本人の判断を得るまで、お預かりできない」という対応に終始したのだ。「署名簿など受けとりたくはない」という態度が見え見えだった。
署名者の数は、わずか5日間で32,101。メディアも組織も介さない、メールの鎖で繋がった市民の一人ひとりの怒りや憂いや望みが、集積されて3万2000を超えたのだ。期限を区切って5日間としたのは、会期が終了する以前に議長と委員長とに提出しようとのことだったからだ。
この緊急の署名を鴻池事務所は受領せず、「いまは議員本人が不在なのだから署名を受けとる判断は私にはできない」と繰り返すのみ。「では今日中に議員と連絡を取っていただきたい」というと、「週明けにならなければお返事はできない」。やむを得ず、私の名刺を渡し、秘書氏からの名刺をもらって議員本人の指示を仰いだ上での回答期限を9月29日(本日)とした。回答の方法は鎌田秘書から澤藤の事務所に電話をいれることと約された。
ここまでが、9月25日の話。そして週明けの昨日と今日、当然に鴻池事務所から連絡があるだろうと待ち続けた。署名を受けとるとなれば、追加分を含めて議員の手許に持参しなければならないと思ってのことだ。
28日月曜日、何の音沙汰もなかった。本日29日午後4時になっても何の連絡もない。やむなく、こちらから電話をしてみた。女性職員が電話に出た。
「弁護士の澤藤と申します。秘書の鎌田さんをお願いします。」
『鎌田は本日は地元におりまして、事務所にはおりません。』
(えっ? いったいなんだ、それは。)
「25日にそちらに伺った者で、そのとき持参した署名簿を受領するか否かのお返事を29日までにいただけるということで、電話をお待ちしていたのです。連絡が取れませんか」
『折り返し電話をさせるよう伝えます』
私の電話番号を伝えて、
「4時半まで待ちますので、よろしくお願いします。」
といったん電話を切った。
4時18分に、鴻池事務所から電話がかかって来た。鎌田秘書からではなく、女性職員が次のように述べた。
『直接に鎌田とは連絡が取れませんでしたので、事務所としてお返事いたします。
申入書は受領いたしました。
しかし、署名簿は受領しません。
既に本会議も終わっている現在、この署名は鴻池が受領すべき内容ではないと思われます。鴻池ではなく、参議院なり、別のふさわしい機関に提出をしていただくようおねがいします。署名簿と言えば、大事なものですから、そのようにお願いいたします。』
「それは、鴻池さんから直接のご指示ですか。」
『そうです。議員から下りてきたものです。』
「鴻池さん、申入書には目を通されたのですか。」
『見ています。』
「いつご覧になったのですか。」
『25日から、今日までの間のいつかだと思います。』
「ちょうど『金帰火来』の期間にあたりますが、地元にいらっしゃっていたのではありませんか。」
『いえ、ずっと東京におりました」
「そちらからお電話いただけるということでお待ちしていたのですが、私が電話をしなければすっぽかされるところだったのでしょうか」
『内部の連絡態勢が悪くて申し訳ありません』
ざっと以上のやり取りで、これ以上の会話の継続は無駄と判断した。
鴻池議員には、国民の声に耳を傾けようという誠実さがない。彼に多少なりとも、議員として国民の声に耳を傾けねばならないという真摯さがあれば、署名簿を受領すべきであった。異論はあっても、耳に痛い批判でも、議員たる者は国民の声を誠実に聞く耳を持たねばならない。
電話とファクスによる事前のアポで、どのような署名を持参するかは伝えてあるのだから、受けとるべき署名であるか否かの判断がつかないはずはない。筋違いの署名であればともかく、議会制民主主義の根幹に関わる事態についての国民の批判ではないか。これに聞く耳を持たないとは、言語道断。恐るべき、聞く耳もたずの議員というほかはない。
繰り返すが、われわれがこの署名活動を急いだのは、会期内に持参しようとしてのことである。会期末が27日だから、25日午前10時で署名を締めて、集計して持参した。ところが、このときには受領せず、グスグスしておいて、あとになって「本会議は終わったから受領できない」とは何ごとか。
意見はいろいろ異なるところはあるだろう。言い分もあるに違いない。その意見を堂々と述べれば議論になる。ところが、「本会議は終わったから」では、議論を逃げたことにしかならない。こういう小ずるさ、姑息さは、意見の相違以前の問題として批判されねばならない。委員長として問答無用で、意見を封じた体質が滲み出ているのだ。
鴻池議員は、「もう本会議は終わった」「あの『強行採決』も過去のもの」とうそぶいているのだ。何度でも繰り返そう。国民にとって何よりも大切なことは、この違憲の法案審議が突然打ち切られて、暴力的に採決があつたとされてしまったこの事態を記憶し続けることだ。法案の廃止に向けてどんな対策を構想するにせよ、その原点にある法案審議の暴力を忘れず記憶し続けることだ。採決があったとされているあの混乱の事態が立憲主義と民主主義とそして平和主義を壊したのだ。決議など不存在、あったのは騒然たる混乱と自民党の「だまし討ち」の暴挙だけだ。
このことをけっして忘れず、こだわり続けよう。
(2015年9月29日・連続912回)
いつものように、新宗教新聞(2015年9月25日号)が届いた。紙面に目をやって、多少の驚きと感動を禁じ得ない。
第1面が、「安保法案 強行採決に反対、抗議」の大見出しの記事と、「新宗連声明『立憲主義 根底から揺るがす』」という「安全保障関連法案の参議院強行採決に対する声明」の紹介・解説で埋めつくされている。
新宗連は、政教分離問題でこそ政治と関わらざるを得ないが、それ以外のテーマでは政治色を押さえた姿勢だったはず。その主張は、どちらかと言えば革新色であるよりは保守色が濃厚との印象だった。ただ、命を大切にする宗教者の立場から平和や人権問題に真面目に取り組んでいるという姿勢を好しく見ていた。
その新宗連が、第1面のほぼ全部を、安保法案強行採決に抗議の記事にした。その大要は以下のとおり。
「安全保障関連法案が9月17日午後の参議院平和安全法制特別委員会、翌18日の本会議で与党ほか賛成多数で可決された。新宗連は19日、保積秀胤理事長名で『安全保障関連法案の参議院強行採決に対する声明』を発表。採決を『わが国の最高法規である日本国憲法の規範性を毀損するもの』と憂慮し、立憲主義の危機を訴えた。今回の参議院採決に前後して、宗教界から反対声明が相次いで発表された。
立正佼成会は9月19日、『安全保障関連法案可決に対する緊急声明』を発表。冒頭で『多くの国民が本法案に反対するなかでの強行採決は、誠に遺憾』と述べ、政府に対していかなる外交問題にも『安全保障関連法で容認された武力行使を回避し、対話による信頼醸成に基づく平和的解決に向けて、最大限の努力をするよう強く要望いたします』と訴えた。
このほか、宗教界からの安保法案及び強行採決に対する抗議声明・見解は17日に日本バプテスト連盟理事会が、18日に日本福音ルーテル教社会委員会が発表。また、19日には真宗大谷派(東本願寺)が里雄康意宗務総長名で、日本カトリック正義と平和協議会は勝谷太治会長名で発表した。」
8月30日の総がかり国会包囲大行動の模様を伝える記事の中に、「メーンステージの国会正門前には『南無妙法蓮華経』と『南無阿弥陀仏』ののぼり、創価学会の三色旗もはためき、僧侶や創価学会員が一般参加者とともにシュプレヒコールを繰り返した。…『宗教者九条の和』を代表し宮城泰年聖護院門跡が法案反対を訴えた」とある。
新宗連の「安全保障関連法案の参議院強行採決に対する声明」を紹介しておきたい。
「新日本宗教団体連合会は、日本の行方に大きな影響をもたらす安全保障関連法案が、参議院特別委員会で強行採決され成立したことに対し、わが国の最高法規である日本国憲法の規範性を毀損するものと深く憂慮いたします。国民主権を定める憲法のもと、正規の憲法改正手続きを経ず、政府による『解釈改憲』によって国の基本政策を大きく変えることは、わが国の立憲主義を根底から揺るがすものといわざるを得ません。
同法案については、多くの憲法学者から『憲法違反』となることが指摘され、また、内閣法制局長官経験者からも『憲法違反』との指摘がなされました。しかし、国会審議では国民が納得する説明がなされず、さらに審議の結果、法文の定義、解釈が不明確であることが判明するなど、数々の問題を有していることが明らかになりました。こうしたなかで『良識の府』、参議院においても採決が強行されたことは、与野党による広範な議論と合意によって成案を得る議会制民主主義を破壊するものであります。
政府及びすべての国会議員に対して、戦後、わが国が培ってきた自由と民主主義、それを支える立憲主義が政府の『解釈改憲』によって二度と損なわれることがないよう、重ねて強く訴えるものであります。
平成27年9月19日
新日本宗教団体連合会
理事長 保積 秀胤」
真面目に社会と関わろうする姿勢を持ち、真面目にものごとを考えようとする集団は、必然的にこのような政権批判の声明を出すことになるのだ。かつては、「真面目な集団=反自民」ではなかった。しかし今や、宗教団体でも平和団体でも、女性団体でも消費者団体でも、「真面目な集団=反安倍政権」の図式が確立していると考えざるをえない。新宗連がそのよい実例ではないか。願わくは、この姿勢をぜひ来年夏の参院選挙まで持続して、安倍政権の追い落としに力を貸していただきたい。
**************************************************************************
同じ、新宗教新聞の4面に私の名前が出ていた。
9月11日の全国霊感商法対策全国弁連(事務局長・山口広弁護士)全国集会の紹介記事。スラップ訴訟ミニシンポでの私の発言が次のような記事になっている。
「澤藤統一郎弁護士は、健康食品会社DHCが渡辺喜美・みんなの等代表(当時)に8億円を貸し付けたことをブログで批判。現在、同社から損害賠償を求める提訴を受け、係争中であることを説明した。スラップ訴訟の対応策に、『萎縮しないこと、却下を求めること、反訴を認容させること』などを挙げ、言論の自由を奪うスラップ訴訟を抑える立法に向かうべきと方針を示した」
私は、スラップ訴訟という言葉を社会に浸透させたいと思っている。そして、スラップを恥ずべき行為であり、訴訟の原告を恥ずべき人物・企業と指弾する世論をつくりたいとも願っている。その恥ずべきスラップの常連企業としてDHCの名が、至るところで話題となることを熱烈に歓迎する。新宗教新聞には、感謝を申しあげたい。
が、この記事だけだとややインパクトを欠く。DHC・吉田嘉明からの損害賠償請求額が6000万円だと具体的な金額を挙げていただけたら、もう少し世間に注目したいただける記事になったのではなかろうか。また、「係争中」はそのとおりだが、原告(DHC・吉田)全面敗訴の一審判決が既に出ていることも、DHCは同種他事件でも敗訴続きであることなども書いて欲しいところではあった。ここまで、書いていただけたら、被告にされた私の気持ちも晴れやかになるのだが。
(2015年9月28日・連続911回)
同窓の村田忠禧さん(元横浜国大教授)から、「データに基づく『中国脅威論』批判」という興味深い未発表論文をメールでいただいた。小さな文字でA4・10頁びっしりというかなり長文のもの。ごく一部を摘出して概要をご紹介したい。
安倍政権は、最後まで戦争法案の立法事実を示すことができないまま、「採決を強行」した。が、この間「安全保障環境の変化」「日本を取り巻く国際環境の変化」は、再三強調された。そして最終盤に至って中国脅威論を公言するようになった。そこでは、近年の中国の国防費の伸長が語られた。村田論文は、この「国防費の伸長を根拠とする中国脅威論」に対する批判である。時宜を得た重要なものだと思う。どこかの雑誌に掲載してもらいたいと思う。
この論文の基本的立場は、小見出しを拾い出して、「事実に基づく判断の必要性」「中国の軍事費の増大は異常なのか」「経済発展と並行して考察すべき」「『防衛白書 2015』の恣意的な分析」「これから中国は軍事大国の道を歩むのか」「平和と発展こそ時代の潮流」とつなげると、ほぼご理解いただけるものと思う。
政権や右翼が喧伝する中国脅威論は、「9月1日付け『朝日新聞』に「安倍晋三首相が安全保障関連法案を審議する参院特別委員会で『中国は急速な軍拡を進めている。27年間で41倍に軍事費を増やしている』と述べた」(同論文からの引用)という如くのものである。この安倍答弁の数値の出所は「防衛白書2015」であるが、村田論文は、その数値操作のからくりを明らかにして、「客観的姿勢に欠けた、きわめて恣意的な情報操作であり、中国脅威論を煽る安倍政権の体質をよく表現している。」と言う。
この安倍答弁の対極に次のような見解があるという。
自衛隊陸上幕僚長を務めた経験のある冨澤暉氏は近著『逆説の軍事論』(バジリコ出版、2015年6月刊)において日本で盛んに喧伝されている「中国脅威論」の誤りを次のように指摘している。
「第一に、中国の軍事力を総合的に捉えずに、断片的な情報で判断していることです。例えば、中国の軍事費は20年近く10%以上の伸びを続けているという情報だけで動揺し、冷静な判断力を失ってしまう。私が自衛隊に入隊した1960年から1978年まで、わが国の防衛費も10%以上の伸び率で増加していました。(1968年だけは9.6%ですが四捨五入で10%とします)。私はまさに、その最中にいた者ですが、我が自衛隊が軍拡しているという実感を味わったことは一度もありませんでした。また、外国から『日本は軍拡しており、けしからん』と非難された記憶もありません。『自衛隊の予算も少しはよくなったものだ』と感じるようになったのは、1982年頃からの数年でしたが、当時の防衛費の伸び率は5?7%程度だったと思います。経済の高度成長期には、どんな数字も伸びるものです。その数字の背景や中身がどのようなものかを確かめてから議論しなければ何もわかりません。」(126?7頁)
安倍首相をはじめ、多くの「中国脅威論」を喧伝する面々は、この軍事専門家の意見に耳を傾けるべきではなかろうか。
軍事費の増大=軍備拡張、海外進出と短絡的に捉えると大きな判断ミスを犯す…判断ミスを犯さないようにするには、客観的な判断ができるよう、可能な限り多角的、重層的、客観的、総合的な分析を加える努力が必要である。
この基本姿勢に立って、同論文は、米・中・日・独4カ国の国防費の推移を、多角的、重層的、客観的に検証している。ストックホルム国際平和研究所が発表する各国軍事費のデータによれば、1990年を基準として2014年における国防費の伸びは、下記のとおりであるという。
米 1.99倍
中 21.12倍
日 2.11倍
世銀のPPPレート(購買力平価)に引き直すと、以下のとおりだという。
米 1.99倍
中 12.97倍
日 2.41倍
この間の、各国のGDPの伸びには次のように、著しい差異がある。
米 2.91倍
中 32.95倍
日 2.21倍
日本だけが、GDPの伸びを上まわる国防費の伸びを示していることになる。
その結果、GDPに占める軍事費の割合が、注目すべき数値となっている。
90年 00年 10年 14年
米 5.12% 米 2.93% 米 4.57% 米 3.50%
中 2.53% 中 1.86% 中 2.07% 中 2.08%
日 0.80% 日 0.97% 日 0.98% 日 0.99%
中国には、経済発展とそれによる国力の伸張に相応した以上の軍事力の拡大は見られないことになる。
なお、GDPに占める軍事費の割合の90年?14年の平均値は、
米 3.86%
中 2.02%
日 0.96%
独 1.15%
であるという。アメリカが突出した軍事国家であることが明瞭であり、このことは国民一人あたりの軍事費負担(14年)が、次のとおりであるという。
米 1891ドル
中 155ドル
日 360ドル
独 560ドル
14年の一人当たり軍事費を、中国を1とした場合、米国は12.2、日本は2.3、ドイツは3.6となる。もし日本の一人当たり軍事費を「正常」である、と仮定するなら、中国の軍事費は14年の値の2.3倍になっても「正常」の範囲内にあり、大騒ぎすることはないことになる。
軍事費は国土面積の大きさにも関係する。14年の軍事費をそれぞれの国の面積で除した値(1000ha当たり)は次の通りとなる。
米国62、 中国23、 日本121、 ドイツ130。
中国を1とすると米国2.7、日本5.3、ドイツ5.7となる。
中国は国土面積では米国とほぼ同じだが、一人当たり軍事費では米国の37%に過ぎない。むしろ中国の国土面積の25分の1ほどしかない日本の軍事費の多さが目につく。もちろん領海をも含めれば得られる値は変わってくるが、大幅な違いにはならないであろう。
同論文は、中国の軍事力の質の問題には触れるところがないが、安倍流無責任中国軍拡脅威論には、十分な反論になっているものと思う。
中国は、既に世界第二の大国になった。アメリカをも追い越すときがくる。その軍事力が規模において日本を凌駕するものとなることは、当然のことと受容せざるを得ない。その中国を「脅威」とする視点だけでは、日本の進路の安定は望めない。村田論文は、最後を次のように結んでいる。
「人民解放軍の30万人削減宣言は中国が『平和大国』として発展する方向を示したものと捉えことができる。ただし軍事費の削減は一方的に実現できるものではない。関係する国々が同一歩調を採らないと目標は実現できない。この機会に日本も積極的姿勢を示し、日中の相互信頼関係の回復に役立つ具体的措置を打ち出すべきである。」
「中国の発展は改革開放政策のたまものである。おりしも科学技術革命の進展と経済のグローバル化が全世界的規模で展開される時代と重なった。中国はこの時代の潮流に積極的に対応し、今では世界経済の重要な牽引力、エンジンになっている。隣国である日本は大国となった中国の変化、発展の影響を大いに受ける。中国の発展を日本の発展にとって『脅威』と見るのか、それとも『好機』と見るのか。安易な『軍事脅威論』に惑わされず、時代の潮流をしっかり見据え、事実に即した冷静、客観的は判断をすべきである。」
中国を礼賛するつもりはない。その人権状況には批判の目を向けたいと思う。また、いかなる国に対しても、軍拡に反対する国際世論を形成しなければならないと思う。
しかし、安倍流の中国脅威論の煽動や、これをさらに煽り立てる右翼潮流には、具体的な反論が必要であり、その点で村田論文は貴重なものになっていると思う。
(2015年9月27日・連続910回)