澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

「野党は共闘、野党は共闘!」ー反安倍勢力糾合の世論を盛り上げよう

本日(10月16日)の朝日に、「共産・志位氏『連合政府実現なら日米安保廃棄を凍結』」の大きな記事。共産党の戦争法廃止に向けた、国民連合政府構想が大きな関心を呼んでいる。

「共産党の志位和夫委員長は15日、東京都内の日本外国特派員協会で会見し、安全保障関連法を廃止するために提唱する「国民連合政府」が実現すれば、「日米安保条約の枠組みで対応する。急迫不正の時には自衛隊を活用する」と述べ、党綱領で掲げる日米安保条約の廃棄や自衛隊の解消などの政策を凍結する考えを示した。安倍政権に対抗する野党の結集をめざし、現実的な対応を強調したものだ。

志位氏は会見で「私たちは国民連合政府という政権構想が、現時点で安倍政権に代わる唯一の現実的で合理的な政権構想だと確信している」と話した。さらに「戦争法廃止、立憲主義の回復という国民的大義での大同団結ができれば、相違点は横に置き、一致点で合意形成を図る」と語った。」

また、朝日の記事では、「共産、野党結集へ動く」「『安保法廃止』本気アピール」との見出しで、「(戦争法)成立後の同月19日には、党中央委員会総会を開き、「戦争法廃止、立憲主義を取り戻す。この一点で一致するすべての政党・団体・個人が共同して『国民連合政府』を樹立しよう」と宣言。その上で野党間の政策的な違いについても「互いに留保・凍結して大同団結しよう」と呼びかけた。」とまとめられている。

「戦争法を廃止して立憲主義を取り戻す」この一点を大義とし、この一点での共闘で、選挙協力をし、国民連合政府を作ろうというのが共産党の提案である。そのあまりの大胆さに、やや戸惑いを禁じ得ない。他の多くの課題を切り捨ててこの一点の共闘で本当によいのか。各政党や政治勢力がそれぞれに持つ理念や主張を棚上げできるのか。何より、この提案が反安倍勢力の総結集に現実性を持つものなのだろうか…。

かつて、民主連合政府構想というものがあった。1970年代の遅くない時期に、「革新三目標」で一致できる諸勢力を糾合して、民主的な統一戦線政府を作ろうと、共産党が呼びかけたものである。

革新勢力がさしあたって一致できる目標とされた、「革新三目標」とは、
(1)日米軍事同盟と手を切り、真に独立した非核・非同盟・中立の日本をめざす
(2)大資本中心、軍拡優先の政治を打破し、国民のいのちと暮らし、教育をまもる政治を実行する
(3)軍国主義の全面復活・強化、日本型ファシズムの実現に反対し、議会の民主的運営と民主主義を確立する
というものであった。

「安保廃棄」・「経済民主化」・「政治的民主主義の確立」の3点。これなら、革新の3課題であり3目標である。違和感はなかった。今度の提案は、まずは安保廃棄は棚上げだ。自衛隊の存続も認める。集団的自衛権の行使は容認しないが、自衛のための武力行使までは認めることになる。

安全保障以外にも課題は多い。沖縄・原発・TPP・雇用・福祉・教育・近隣外交…。はたして、敢えて「戦争法廃止して立憲主義を取り戻す」の一点で、選挙協力が可能だろうか。政府の運営ができるのだろうか。

逡巡は残しつつも、結局のところ、いま反安倍勢力を結集するスローガンを考えて、「戦争法廃止」「立憲主義の回復」以上のものも、以外のものも思いつかない。思い至ったのは、今求められているのは、「革新の統一」ではない。反安倍勢力の結集は革新の課題ではなく、保守をも含めた民主主義・立憲主義の課題だということ。だから、逡巡は不要ではないのか。

私は、安倍政権打倒のためなら、悪魔との契約も辞さない立場だ。それに比べれば安保廃棄も自衛隊違憲も脇に置く課題でよいと言うべきなのだ。安保ハンタイ、自衛隊イケンは、自らの見解と留保しつつも、大同団結の輪の中で「戦争法廃止」「立憲主義の回復」の声を上げよう。「美しい日本を取り戻す」のではない。戦争法を廃止して、「まともな立憲主義に基づく日本を取り戻す」ためにだ。

戦争法国会の最終盤、国会を取り囲むデモの中から印象的なシュプレヒコールが巻きおこった。「野党は共闘、野党は共闘」。院内から、デモの現場に議事の様子を報告に駆けつけた野党議員に対してのもの。

戦争法案の廃案を求めるデモのうねりが、野党共闘の背を押したのだ。法が成立したからといって、この事態を放置しておくことはできない。今度は戦争法を廃止する闘いを続けなければならない。そのためには、選挙に勝つしかない。選挙に勝って反安倍勢力の暫定政権を作らねばならない。いち早くこの世論の声に応えたのが共産党だが、共闘は相手あってのもの。他党・他勢力の立場を尊重して、大きな共闘の成立にに尽力して欲しいと思う。

同じ朝日の報道では、「国民連合政府を持ちかける共産党との連携に、民主党内の大半は後ろ向きだ。岡田克也代表は15日の都内での講演で、「同じ政権を作るのはかなりハードルが高い。基本的な政策の違いが現時点で多過ぎる」と否定的な考えを示した。」という。

まだまだ、国民のシュプレヒコールの音量が足りないようだ。
精一杯声を出そう。「野党は共闘、野党は共闘!」「反安倍勢力は一つにまとまれ」「選挙で足の引っ張り合いをするな」「小異を捨てて大同に就け」「国民の大義につけ」「戦争法廃止で大同団結をせよ」
(2015年10月16日・連続929回)

週刊誌ですら、これだけのことをやっている。もっと大規模に戦争法賛成議員の落選運動を展開しよう

昔、二条河原の落首が庶民の鬱憤を代弁した。
今、電車の中吊り広告がこれに代わっている。

週刊誌の中吊り広告に落首ほどの品格はなく、権勢・権力に抵抗の気概があるわけでもない。とはいえ、ときにその記事の見出しに目を瞠る。庶民の気分をよく表わすものとして中吊りは貴重だ。これを見れば記事の中身は推察できる。だから週刊誌本体を買う必要がない。買えば、損したと思うに決まっている。

本日発刊の「週刊文春」10月22日号の中吊りが読ませる。大小さまざまの見出しが躍って、10月7日発足の第3次安倍改造内閣に対する国民の評価が如実に表現されている。

 ああ「一億総活躍」という名の的外れ
 〈アベノミクス新三本の矢〉
 ■「デフレ脱却」もできないのにゴキゲン安倍総理のズレ加減
 ■徳岡孝夫「私らみたいな年寄りに活躍と言われても…」
 ■安倍ブレーンも認める「出生率1・80は難しい」

 「19人総活躍内閣」は国民の模範ですよね
 ▼「パンツ泥棒」の常習犯! 高木毅 復興大臣
  「いきなり家に押し入り二階の箪笥を開けて…」
 ▼新政権の目玉 河野太郎 脱原発はどうした?
 ▼紅の新大臣 丸川珠代がすがる「パワーストーン」
 ▼馳浩文科相 本誌だけが掴んだ献金疑惑!

 入閣拒否 小泉進次郎「一人ぼっちの党内野党宣言」 常井健一
 池上彰 「一億総動員」「一億火の玉」的発想は時代錯誤だ

安倍内閣に対する「いやーな感じ」が満載。庶民の気持ちをよく表している。
それだけでない。第2次安倍改造内閣の閣僚人事に瑕疵ありとして、高木毅復興大臣を「『パンツ泥棒』の常習犯!」と呼ぶ。これは穏やかでない。

週刊新潮のトップも大同小異。
 やっぱり見落とされた〈新大臣〉「身体検査」の落第判定
 ・「下着ドロボー」が「大臣閣下」にご出世で「高木毅」〈復興相〉の資質
  〈「安倍内閣」が踏んだ大型地雷!〉
 ・「暴力団」事務所に出入りの過去がある株成金の「森山裕」〈農水相〉

こちらは、復興相を「パンツ泥棒」ではなく「下着ドロボー」と呼ぶ。そして、「暴力団」事務所に出入りの農水相だ。

注目すべきは、週刊誌がそれぞれの「新大臣・身体検査」を実行して落第判定をしていることだ。国民総がかりで、戦争法賛成議員の「身体検査」を行おうではないか。まずは、来年7月の参議院議員選挙・地方区への立候補者だ。徹底した身体検査とその公表によって違憲立法加担議員を落選させよう。

この議員を対象として、ホームページに一覧表を掲載し、あらゆる公開情報を貼り付けていく。一つは、国会議員としての資質に問題ありとする情報の収集だ。「パンツ泥棒」や「暴力団」との交際、体罰容認などの類の言行録の集大成。これを誰もが閲覧可能なホームページに掲載して、アクセス数を増やす努力をしよう。

もう一つが、金の流れについての身体検査だ。保守政治家は金に汚い。叩けばきっとホコリが出て来る。政治資金収支報告書や政党交付金使途等報告書、選挙運動費用収支報告書、議員資産公開法にもとづく公開制度などにもとづくあらゆる公開資料を掲載する。公開期間切れとなったものについては情報公開請求をする。こうした公開資料を付き合わせ分析し、複数情報の整理によって問題点を洗い出そう。

資金の「入り」についても「出」についても、不当不正を徹底して追求し、あるいは公開質問状を発し、あるいは言論をもっての批判を加え、立件可能な事案があれば躊躇なく告発しよう。

週刊誌ですら、相当のことをやっている。多くの国民の知恵と力を結集すれば、自民・公明・次世代・元気・改革各党の違憲立法加担議員の追放をできないはずはない。
(2015年10月15日・連続928回)

石井啓一国交相(公明党)よ、君の姿勢が問われている。

昨日(10月13日)、翁長雄志沖縄県知事が、米軍辺野古新基地建設のための公有水面埋め立承認を取り消し文書をもって沖縄防衛局に通知した。圧倒的な県民世論を背景にしての英断だが、翁長知事のぶれない硬骨の姿勢にあらためて敬意を表したい。

政治的には、この知事の動きで勝負あったというべきだろう。安倍政権は、辺野古新基地建設断念をオバマに報告すべきなのだ。次のように言ってみてはどうだろう。

「大統領閣下、ワタクシ安倍はご要望に応えるべく精一杯の努力はいたしましたが、結局辺野古新基地建設は断念せざるを得ません。地元沖縄県民の世論がこれを許さないからです。」「ワタクシも、かなり汚い手を使って、金の力で地元民の分断と切り崩しを謀ったのですが、ますます評判が悪くなるばかり。もうあきらめざるを得ない事態なのです。」「ご認識なかったかも知れませんが、日本は民主主義を標榜する国なのです。地元沖縄の基地反対世論が、ここまで盛り上がり明確になった以上は、もはやこれを押し潰そうとすることは逆効果。」「おそらくは、ホンネとタテマエの両面において価値観を同じくするお国のこと。民主主義のタテマエで処理をせざるを得ない事態に立ち至った事情を、ご了承いただけるものと拝察いたします。」

ところが、安倍政権はこういう賢明な態度を採らなかった。昨日(13日)国(安倍内閣)は海域埋立の法的根拠を失ったが、埋め立てを強行する構えを崩さず、本日(14日)行政不服審査法に基づく審査請求と執行停止の申立を行った。悪あがきというほかはない。

国が、審査請求を申し立てた先は、公有水面埋立法を管轄する国土交通大臣。その任にあるのは、今月7日付で就任したばかりの新米大臣・石井啓一(公明党)である。その石井啓一の姿勢が、いま厳しく問われている。

翁長知事の埋め立て承認取り消しによって、安倍政権対オール沖縄の対立構造が鮮明になった。また、この問題こそが、戦争法反対闘争後の「安倍対反安倍」の全国的対決を再現するテーマである。戦争法反対運動で構図が明らかとなった、「安倍・自・公」対「野党連合・市民・学生・若者・女性・学者」の対立のテーマでもある。この対立が形づくるせめぎ合いのど真ん中に、公明党の石井が出てきたのだ。

下駄の雪同然に自民にくっついてその存在感を喪失し、支持率も大きく下げた公明党の大臣である。安倍内閣の一員として、「やっぱり下駄の雪」で終わるのか、それとも沖縄県民に向き合って「さすが平和の党」と評判を取り戻すのか。さあ、ここがロドースだ。飛んで見ろ。

とりわけ注目されるのは、国からの審査請求と同時になされた執行停止申立の取り扱いである。県知事の埋め立て承認が取消された現在、国は埋立工事を続行できる立場にはない。行政不服審査法第34条1項が「審査請求は、処分の効力、処分の執行又は手続きの続行を妨げない」(国が知事の承認取消を不服として審査請求をしても、取消処分の効力は続行する)と、執行不停止を原則としているからである。

但し、同条2項「処分庁の上級行政庁である審査庁は、必要があると認めるときは、審査請求人の申立てにより又は職権で、執行停止をすることができる」に基づいて、国交相の執行停止決定があれば、国は審査請求が裁決に至るまでの審議期間の埋立工事続行が可能となる。

石井啓一よ、公明党よ。安倍自民の下駄の雪との批判を覚悟で執行停止申立を認容するか、それともオール沖縄の世論に配慮して執行停止の申立を却下するか。沖縄県民だけでなく、心ある国民が固唾を飲んで見守っているぞ。憲法の民主主義と恒久平和主義も見守っている。おそらくは「平和の党」に期待する創価学会員もだ。公明党の姿勢が厳しく鋭く問われているのだ。

メディアの代表的な見方は下記のようなもの。
「承認が取り消されたものの、政府は行政不服審査法に基づいて公有水面埋立法を所管する国土交通相に不服審査請求し、取り消しの一時停止も求めるため、政府の移設作業が大幅に中断する可能性は低い。」(毎日)
国土交通相とて所詮は安倍内閣という同じ穴のムジナだからという見方だ。しかし、果たしてそうだろうか。

普段は馴染みのない、カタカナ書きの公有水面埋立法を繙いてみる。
第4条1項の本文が興味を惹く。「都道府県知事ハ埋立ノ免許ノ出願左ノ各号ニ適合スト認ムル場合ヲ除クノ外埋立ノ免許ヲ為スコトヲ得ズ」という。つまり、原則不許可で、限定列挙した要件に適合する場合以外には許可をしてはならないという建て付けなのだ。

問題は、同条1号「国土利用上適正且合理的ナルコト」、及び2号「其ノ埋立ガ環境保全及災害防止ニ付十分配慮セラレタルモノナルコト」の免許要件である。「左の各号の一に適合」ではなく、「左の各号に適合」しなければならないのだから、その全部に適合しなければ「免許(国が許可を求める場合は、「免許」が「承認」になる。法42条1項)をしてはならない」ということなのだ。

取消処分の理由は、「前知事の承認には瑕疵が認められた」ということにある。要するに、「法4条1項1号と2号の要件を満たしていないことが明らかになった」としてその詳細が縷々述べられている。

その中で圧倒的に紙幅が割かれているのが「環境保全措置(の欠如)」についての叙述。項目だけを列挙すれば以下のとおりである。
 1 辺野古周辺の生態系
 2 ウミガメ類
 3 サンゴ類
 4 海草藻類
 5 ジュゴン
 6 埋立土砂による外来種の侵入
 7 航空機騒音・低周波音

そして、総論として強調されているのは、「いったん埋立が実施されると現況の自然への回帰がほぼ不可能」という悲鳴なのだ。

石井啓一よ、公明党よ。「安全保障こそが公共の利益、ウミガメやサンゴやジュゴンどころではない」などとのたもうてはならない。ウミガメもジュゴンも、人類を包み込んでいる生態系の貴重な一部なのだ。失われた自然環境や生態系は回復不可能ではないか。審査請求にたいする裁決が出るまでの間、広大な海を破壊し尽くす、あの工事をストップせよ。執行停止の名による環境破壊の続行を認めてはならない。

いま、環境保全・生態系維持は錦の御旗だ。この理念に反感を持つものはいない。逆らえる者はない。これを尊重せよ。ピンチをチャンスに変えよ。安倍晋三には、「法の原則と環境保全の重要性からこうなりました。長い目で見ればこの方が内閣支持率の向上につながりますよ」と報告すれば済むことではないか。さすれば、石井の名が上がる。公明党の支持率も上向くことになるだろう。

でなければ、公明党がどこまでも自民党の下駄の雪であり、公明党出身閣僚も同じ穴のムジナであることを天下にさらけ出すことになる。石井の名を下げ、公明党の支持率をさらに急降下させることになるだろう。
(2015年10月14日・連続927回)

街頭で訴えるー「立憲主義・民主主義・平和主義破壊に対する怒りを忘却してはならない」

本郷三丁目交差点をご通行中の皆さま、「本郷・湯島九条の会」からの訴えです。少しの時間、耳をお貸しください。

95日もの会期延長をした、異例ずくめの通常国会が幕を閉じました。この国会で、安倍政権と自公両党は、私たち国民が大切にしてきた、かけがえのない三つの宝を深く傷つけました。

その一つは、立憲主義。
もう一つは、民主主義。
そして、恒久平和主義。

安倍政権は、立憲主義を蹂躙し、民主主義を踏みにじり、恒久平和主義を侵害したのです。あらためて、安倍晋三とその取り巻きに、そして自民・公明の与党に対し、満腔の怒りをもって抗議します。

いうまでもなく、我が国は憲法に基づく政治を標榜しています。憲法の手続によって政治権力が形作られ、憲法が権力の暴走なきよう制約しています。立法・行政・司法のすべての分野における国家の権力作用は、憲法に基づかねばなりません。

ところが、安倍晋三とその一味は、憲法9条が邪魔でしょうがない。日本を戦争のできる国に作りかえようとたくらんできました。本来、そのためには憲法自身が定める憲法改正手続を経るしか方法はありません。しかし、それは国民世論が許さぬことで、およそ現実性がないと悟らざるを得ませんでした。

そこで安倍は、抜け道を考えました。まず、憲法改正の手続条項を変更して、改憲のハードルを下げようとしたのです。ところが、このたくらみが世論の反撃に遭って大失敗。「プレーヤーがルールを変えようとは僭越至極」「やり方が汚い。姑息」「裏口入学的やり方ではないか」。悪評散々で引っ込めなければならなくなりました。これが一昨年の春から夏にかけてのこと。

それでも彼はあきらめず、別の手を考えました。「たまたま今、議会内の議席数は与党で圧倒的多数を占めている。それなら、法律で憲法9条を実質的に変えてしまおう」。昨年の7月1日、閣議決定で集団的自衛権行使容認を宣言し、これに基づく法案をこしらえました。憲法を壊す、下克上の法律。戦争法を無理矢理成立させることで、立憲主義を蹂躙したのです。

そして皆さん。先月17日夕刻のことを思い出してください。あの特別委員会の採決の模様を。いや、正確には採決などはなかった。採決と称する怒号と混乱の模様を。

私は、「人間かまくら」という言葉をこのとき始めて耳にしました。委員長を取り巻いて、野党の抗議を遮断したあの人間かまくらを作った人たちは、特別委員会の与党委員ではなく、自民党議員の秘書連中だったというではありませんか。ルール無視。力づくでの採決もどきの混乱を、採決あったとしたのです。

もちろん、速記録には、「発言する者多く、議場騒然、聴取不能」とだけ書かれていました。採決不存在というほかはないのです。ところが、10月11日になって、速記録に加筆が行われた。11の法案について、「質疑を終局した後、いずれも可決すべきものと決定した」「なお、両案について附帯決議を行った」というのです。あの混乱のなか、それはあり得ない。明らかな捏造です。これは、民主主義を踏みにじる暴挙と指摘せざるを得ません。

このようなやり方で成立したとされた戦争法は、憲法の恒久平和主義を侵害する内容です。この11本の法律を束にして、政府与党は「平和安全法制」と呼んでいます。また、マスコミの多くは「安全保障法制」、略して「安保法制」という言葉を使っています。しかし、この法律に反対する私たちは、ズバリ「戦争法」と名付けました。一定の要件が整えば、日本も戦争をすることができると定める法律だから戦争法。文字どおり、日本を戦争のできる国とする法律だから、戦争法なのです。

平和憲法は一切の戦争と武力行使を禁じたはずではありませんか。最大限譲歩しても、現に侵略を受けた場合の自衛のための武力行使容認に限られる。それ以外の戦争も武力の行使もできるはずがない。そのような常識で、戦後70年を過ごしてきた日本ですが、トンデモナイ安倍内閣は、自衛のための武力行使に限らず、集団的自衛権行使を容認する法を成立させたのです。他国の戦争を買ってまで、戦争に参加しようというのです。

私たちは70年前、戦争の惨禍を繰り返さないことを誓って、平和国家日本を再生しました。そのとき、なぜあのような悲惨で無謀な戦争をしてしまったのか、十分な反省をしたはずです。その答の一つが、民主主義の不存在でした。戦前、国民は主権者ではなく、統治の対象たる臣民でしかありませんでした。自分たちの運命を自分たち自身で決めることのできる立場になかったのです。情報に接する権利も、意見を発して政治に反映させる権利も、まことに不十分でしかありませんでした。民主主義がなかったから、戦争に突き進んでしまったのです。

今まだ私たちは民主主義を失ってはいません。今からでも遅くはありません。主権者として、戦争を可能とする戦争法廃止を強く求め、平和を壊す安倍政権にノーを突きつけましょう。私たちは、選挙の日一日だけの主権者ではない。いま、安倍政権は、選挙によって多数の支持を受けたとする傲慢をひけらかしていますが、戦争法成立には多くの国民の怒りが沸騰しています。

この怒りを忘れず持続しようではありませんか。来年7月に行われる参議院選挙まで、怒りを持ち続け、この選挙にぶつけようではありませんか。

水島朝穂さんが、ヒトラーの「わが闘争」に、「大衆の理解力は小さいが、その代わり忘却力は大きい」「宣伝はこれに依拠せよ」というくだりがあると指摘しています。いま、安倍晋三もヒトラーを真似して、国民の忘却に期待し、依拠しようとしています。しかし、安倍に言いたい。「主権者を『忘却力が大きい』と舐めてはならない」と。

私たちは反安倍勢力を総結集して、自公両党との選挙戦を勝ち抜こうという試みに賛意を表します。立憲主義・民主主義・平和主義の破壊に加担した、自民・公明そして、次世代、改革・元気各党の議員の落選運動を始めようではありませんか。国民自身のこの手で、立憲主義・民主主義・平和主義を再構築しようではありませんか。
(2015年10月13日・連続926回)

「次選挙2度と間違いいたしません」ー投句川柳欄に見る戦争法批判の国民世論

「仲畑万能川柳」(略して「万柳」)欄は、毎日新聞の名物である。川柳こそは庶民の文藝。俳句という高踏趣味に畏れをなす人も、川柳となれば親しめる。誰だってちょっと指を折ってみたくもなる。だから投句川柳欄を持つ紙誌は数知れない。その中で、専門誌は別として、毎日「万柳」欄の規模を凌駕するものはないだろう。質も高い。

とはいうものの、「万柳」欄の時事・政治ネタの量と質はイマイチなのだ。最大の欠点は紙面掲載が遅いこと。せっかくの素材の鮮度が落ちて、伸びた蕎麦状態での掲載となることがしばしばである。

それでも、この度の戦争法問題、ようやく万柳欄を賑わしている。10月10日(土)と11日(日)の掲載句全36句を、勝手にネタ分類して並べ直してみる。

☆政治ネタ(20句)
 強行が破壊していく民主主義   神戸 中林照明
 多数決そこまでやっていいんかい 大阪 佐伯弘史
 多数決なんでも出来ます違憲でも 太宰府 可坊
 頭数最も発揮される国会(とこ)  矢板 次男坊
 ねじれてたほうがよかった国会は 湖西 宮司孝男
 丁寧な説明聞かず会期終え    千葉 びんちゃん
 次選挙2度と間違いいたしません 射水 江守正
 中国に?アメリカにでしょ負けたのは 香芝 シャウザウ
 美容院初めて政治談議した    東京 寿々姫
 学生の褌借りる民主党       西脇 八重子の子
 1年も経てば忘れるさと自民    湖西 宮司孝男
 平和の党支持母体にも背を向ける 横浜 クロさん
 いわゆると断固で出来た安保法  中間 哀路兄
 ならぬものならぬと言えぬ法制局 生駒 鹿せんべ
 じいちゃんが赤紙のこと話し出し  糸島 宮崎善輝
 訪米とゴルフが好きな安倍総理  東京 ほろりん
 自民党ナンバーツーが見当たらず 越谷 小藤正明
 侍(もののふ)は野田氏一人か自民党 安中 坂東太郎
 沖縄の返し忘れたままの空    八王子 佐々木冬彦
 責任は誰にも無くて稼働する   春日井 斎藤清美

☆国際ネタ(2句)
 この国に生まれただけでもうけもん 会津若松 遠藤剛
 難民にやっぱし神は不平等     大崎 髀肉嘆

☆五輪スポーツ・ネタ(8句)
 東京で出た世界新建設費      仙台 はらほろひ
 新しいことば覚えたエンブレム   福岡 鳥の声
 ベルギーと聞いて連想エンブレム  福岡 ナベトモ
 エンブレムグリコの下に五輪入れ  泉佐野 興好爺
 マイナンバーカードデザイン大丈夫? 秦野 マッキー
 五郎丸初めて知って初めて見    津 紅金魚
 ラグビーで三大新聞スポーツ紙   横浜 ジラム  
 真央の名をスピンさせても真央と見え 柏原 ミストラル

☆企業ネタ(2句)
 あんなテがあったかさすがVW   鴻巣 雷作
 東芝を見限りそうなサザエさん   和歌山 かぎかっこ

☆結婚ネタ(2句)
 福山が結婚ライバルひとり減り   名古屋 伊藤昌之
 わが妻は福山などに動じない    横浜 おっぺす

☆ノンジャンル(2句)
 何もない戦後にあった解放感    福岡 猫懐
 カレンダー見てるよに咲く彼岸花  鎌ケ谷 ありの実

いつもは満載の社会ネタ、職場ネタ、家族・夫婦ネタ、老齢ネタ、学校ネタ、恋愛ネタがなく、圧倒的に政治ネタ。それも、戦争法への批判が大多数。政治ネタに次いで五輪ネタの句数が多いが、さして面白い句はない。

野暮は承知で、少々の解説をこころみたい。

 強行が破壊していく民主主義   
 多数決そこまでやっていいんかい 
 多数決なんでも出来ます違憲でも 
 頭数最も発揮される国会(とこ) 
 いわゆると断固で出来た安保法  
 丁寧な説明聞かず会期終え    
 中国に?アメリカにでしょ負けたのは 

以上7句は、安倍内閣と自公による民主主義の形骸化と立憲主義の破壊を弾劾している。「アメリカにでしょ」の句は、戦争法提案の根拠とされた中国敵視政策への批判。これを採用した選者のセンスは見上げたもの。

批判さるべきは安倍だけではない。与党の数の暴力を可能としたのは選挙民である。そこで、
 ねじれてたほうがよかった国会は 
という嘆きとなり、
 次選挙2度と間違いいたしません 
と反省することになる。自公候補に票を投じたことは疑いもなく間違いだったのだ。この国民の反省と、
 1年も経てば忘れるさと自民
という自民(公明も)のうそぶきとの勝負となる。まずは、来夏の参院選で切り結ばねばならない。

注目すべきは、戦争法案反対運動の広がりである。
 美容院初めて政治談議した    
 じいちゃんが赤紙のこと話し出し
 
普段はオシャレ談義をする場で、この度は「戦争怖いね」「安倍さんってイヤな感じ。アブナイね」と話しが弾んだという。また、これまで黙していたじいちゃんも、いよいよ語らねばならぬときと悟ったというのだ。

 学生の褌借りる民主党      
これは、シールズの活躍へのコメントたが、投句者も選者も小意地が悪い。

そして安倍・自民党への批判が
 訪米とゴルフが好きな安倍総理  
 自民党ナンバーツーが見当たらず 
 侍(もののふ)は野田氏一人か自民党
 
野田聖子を党内唯一のもののふと言う。すると他はすべからく怯懦の徒か。
公明党への批判は、
 平和の党支持母体にも背を向ける 
法制局への批判もある。
 ならぬものならぬと言えぬ法制局 

戦争法以外の政治ネタは、沖縄と原発である。
 沖縄の返し忘れたままの空    
 責任は誰にも無くて稼働する   

以前の句で、次のようなものもあった。いずれもぎょっとさせる内容。
 政治家がみんな軍服着てる夢      鎌倉 狩野稔
 戦士にはさせぬと母は男(お)の子抱く 寝屋川 きよつぐ

この万能川柳欄に表れている庶民の感覚は健全である。明らかに今世論は、安倍政権と自公与党の暴走に怒り、あるいは危うさを感じている。前回選挙で与党に議席を与えすぎたことを反省し、次は与党に票をやりたくないと考えている。この怒りや危惧を持続できるか否か、それが我が国の民主主義の歴史に大きな影響を与えそうなのだ。

なお、本日(10月12日)の万柳欄は、通常モードに戻った。
時事・政治ネタは、次の一句のみ。
 バカだなアなんで戦争したと孫   西宮 B型人間

そのとおりだ。子や孫から「バカだなア」と言われぬように、「アベ政治を許さない」運動をしっかりとやり遂げたい。
(2015年10月12日・連続925回)

これが「親密な同盟国・アメリカ」の戦争だ?映画「ドローン・オブ・ウォー」の恐怖

久しぶりに映画館に足を運んだ。観たのは「ドローン・オブ・ウォー」。作品としての出来よりは、この戦闘がフィクションではなく事実であることという重みに圧倒された。これが、戦争法で日本と固く結ばれた「同盟国アメリカ」の無法の実態だ。一見をお勧めしたい。

アフガニスタンの「テロリスト」に対する「標的殺害」が、12000キロ離れたアメリカ本土で行われている。現地では、上空遙かにドローン(機種はプレデター)が地上を旋回しつつ標的の監視を続ける。そのドローンに操縦者の姿はなく、操縦桿を握って標的にミサイルを撃ち込むのは、ラスベガス空軍基地の冷房の効いたコンテナのなかの「パイロット」たち。そのアメリカ空軍兵士たちは、眉ひとつ動かすことなく、淡々と指1本で標的殺害の任務を遂行していく。害虫をひねり潰すように。観客の背筋は凍るが、これは近未来空想物語ではなく、現実に現在アメリカ軍が行っていることだという。この作品の映画化にはスポンサーがつかず、アンドリュー・ニコル監督が苦労して自分で資金集めをした。さもありなんという内容だ。興行的な成功を願わざるを得ない。

主人公はもとF-16戦闘機パイロットの空軍少佐。朝、子どもたちを学校に送ったあと自家用車で出勤し、階級章をつけた軍服を着て8時間の戦闘任務に就く。勤務の後には美しい妻の待つマイホームへ帰宅する。

戦闘はモニターとコントローラーで行われ、テレビゲームと寸分変わらない。戦闘につきものの汗と血も飛び散らないし、すざましい爆音もない。巻き上がる爆風は画像の中だけのこと。静かに行われる一方的虐殺である。一瞬のうちに殺された者には何が起こったかわからない。非対称戦闘の極限の図だ。

先日、ドローン攻撃ではないが、アフガニスタン北部のクンドゥスで「国境なき医師団」の病院が空爆され33人もの死者が出たという報道があった。抗議を受け、10月6日アフガン駐留米軍司令官が誤爆を認め、米国防総省長官が犠牲者に深い遺憾の意を表した。治療と安全の場であるはずの病院において、血や肉が飛び散り、轟音が響く阿鼻叫喚の光景が繰りひろげられた。国境なき医師団は「ここは病院だ、攻撃をやめろ」と1時間にわたって連絡をとったが無駄だったと言っている。

映画の中でも、主人公の逡巡を無視し、戦争犯罪ではないかという不安を押しつぶす命令が出される。テロリストとされた標的だけでなく、その家族、攻撃後に救助に集まってきた非戦闘員、女性や子ども、葬列に集まってきた人々までも、容赦なく殺害される。「不都合な攻撃については記録を残すな」という命令さえ頻繁に出される。国境なき医師団の抗議で2015年10月3日のアメリカ軍の殺害攻撃の不当性は世界に広く知られたが、開戦以来人知れず殺害されたその他の民間人犠牲者の数は想像を絶する多数にのぼるようだ。そのなかには、ドローンによる容赦ない攻撃の犠牲者も数多くいるだろう。

良心のかけらが残っていた主人公は、自らが安全な立場で屠殺同然の戦闘をすることに耐えられず、戦地勤務を希望するが叶えられない。そして、徐々にPTSD(心的外傷後ストレス傷害)におちいる。子どもを抱きしめながら、庭でバーベキューパーティをしながら、どこまでも晴れ渡るロスアンジェルスの青空を不安げにみあげる。アフガンの人たちは空爆を恐れて、空が曇ることを願って生きているという。

その後主人公にはお定まりの家庭崩壊がおこる。しかし、主人公が退役してもピンポイント戦闘の空軍志願兵は、いくらでもゲームセンターでスカウトできるという。実戦の経験などいらない。3,4日のゲーム指導で安全に闘う空軍兵士は大量生産できるのだ。少しでも想像力と人間性があり、戦闘に耐えられない者はふるい落とされ、精神異常のサイコパス連中だけが残っていく。

「我々がアメリカをテロリストから守っているのだ」「我々が攻撃をやめても相手がやめるはずはない」「しかし、我々の攻撃がさらなるテロリストをつくり出している」「そのうち自爆テロをしている者や子どもも我々同様ドローンを持つだろう」「お互いに終わりの無い殺しあいを永遠に続けなければならない」という映画の中の会話が不気味だ。アメリカがコンピューター戦争を続ければ、中東のテロリストだけでなく、必要とあらば、ロシアも中国も北朝鮮もドローン戦争に参加するだろう。

インドは、アメリカのドローンをコンピューター操作によってほぼ無傷で捕獲し、その能力を誇示した。インドも、ドローン戦争に参戦することになるかもしれない。核戦争よりずっと殺しのハードルは低いのだから、世界中で「ドローン・オブ・ウォー」が繰りひろげられる時代が来るかも知れない。

戦争法を持つに至った日本である。他国から敵とみなされる事態となれば、見上げた空が晴れていれば、攻撃を覚悟しなければならない不安な日々が待っている。映画「天空の蜂」ほど大仕掛けな脅しなど必要ない。敵国やテロリストのドローン一機と指一本に震え上がらなければならないことになる。恐ろしい現実だ。
(2015年10月12日・連続924回)

小渕優子議員の法的責任ー違憲議員落選運動に関連して考える

昨日(10月9日)、小渕優子議員の元秘書2名に対する政治資金規正法違反(虚偽記載など)被告事件の判決が言い渡された。東京地裁(園原敏彦裁判長)は、被告人・折田謙一郎(群馬県中之条町の前町長)に禁錮2年執行猶予3年(求刑禁錮2年)、被告人加辺守喜(小渕議員の資金管理団体の元会計責任者)に禁錮1年執行猶予3年(求刑禁錮1年)の判決を言い渡した。

「判決によると、両被告は小渕氏の資金管理団体『未来産業研究会』(東京)の2009?13年分の政治資金収支報告書で、未来研から地元・群馬側の政治団体に計約5600万円の寄付があったように装ううその記載をした。また、折田被告は群馬側の政治団体の収支報告書でも、計約2億円のうその記載をするなどした。」(朝日)

同裁判長は「政治資金の収支について、国民の疑惑を回避できさえすればいいとする姿勢が垣間見え、厳しい非難に値する」「政治活動に対する国民の監視と批判の機会をないがしろにする悪質な犯行」と述べたという。私には、この裁判所の「国民の監視と批判の機会」という指摘が、たいへんに心強い。

戦争法案に賛成した違憲議員の落選運動が話題となっている今、改めて政治資金規正法第1条を掲げておきたい。まずは、この条文を熟読玩味しなければならない。

第1条(目的) この法律は、議会制民主政治の下における政党その他の政治団体の機能の重要性及び公職の候補者の責務の重要性にかんがみ、政治団体及び公職の候補者により行われる政治活動が国民の不断の監視と批判の下に行われるようにするため、政治団体の届出、政治団体に係る政治資金の収支の公開並びに政治団体及び公職の候補者に係る政治資金の授受の規正その他の措置を講ずることにより、政治活動の公明と公正を確保し、もつて民主政治の健全な発達に寄与することを目的とする。

法は、「国民の不断の監視」の条件を整える。「不断の監視」の上の批判は、主権者国民がそれぞれになすべきことだ。そのことを法が期待していると言うべきであろう。

ところで、小渕優子の秘書2人は有罪になった。議員自身はどう責任を取るのか。また、国民がその責任をどう追及するか、それこそが問題ではないか。

私は、これまで小渕を「ドリル姫」と呼んできた。「東京地検特捜部が(14年)10月に小渕氏の関係先に家宅捜索に入る以前に、関係先にあったパソコンのハードディスク(HD)が壊されていたことが、関係者への取材で分かった。一部のパソコンのHDは電気ドリルで穴が開けられた状態で見つかった」(毎日)からである。わざわざ、ハードディスク(HD)をドリルで破壊することは通常あり得ない。証拠隠滅の意図からなされたとするのが常識的な考え方。今回、その責任についての報道がないのが気にかかる。

しかし、ドリル姫の呼称は引っ込めてもよい。今後は、尻尾2本を切って生き延びようとしている「トカゲ姫」ではどうだろうか。

本日の各紙の中では、毎日と読売の社説がこの問題に触れている。読み較べて、さすがに毎日の社説に説得力があるが、この問題に限っては読売の姿勢も悪くない。なかなかの迫力。タイトルは、「元秘書2人有罪 小渕氏はいつ説明するのか」と、小渕優子の責任を徹底して追求している。

冒頭の一文が、「議員自らが説明責任を果たしていない中で、元秘書への判決が出た。閣僚を2回も務めた政治家として、みっともないと言うほかない。」というもの。

そう、小渕優子は「みっともない」のだ。分かり易く、言い得て妙である。「小渕氏自身は嫌疑不十分で不起訴となったが、実態を見過ごしてきた責任は極めて重い。」「小渕氏は昨年10月の経産相辞任の際、『説明責任を果たす』と約束した。それから約1年が経過しながら、自らの口で説明していないのは、どうしたことか。」と、読売社説も手厳しい。

読売社説の結論はこうだ。
「政治資金を巡る問題が浮上する度に、『知らなかった』『秘書に任せていた』といった政治家の弁明が繰り返されてきた。その姿勢が、国民の政治不信を増幅させたのは否めない。政治家が自らの政治資金の流れに責任を持つよう、政治資金規正法にも、公職選挙法のような連座制の導入を検討すべきだろう。」

一方、毎日である。タイトルは、「元秘書有罪 小渕氏の重い政治責任」
小渕自身の責任を次のように、まとめている。
「問題の表面化から約1年になる。小渕氏は弁護士ら第三者にまず調査を委ね、自ら説明責任を果たすと約束した。だが、約束はいまだ果たされていない。」
「巨額の簿外支出の使途は何だったのか。報告書に目を通し、秘書たちを指導・監督する政治家としての役割をなぜ放棄してきたのか。」

そして、かなり具体的に問題が小渕だけに留まるものでないことに言及する。
「小渕氏の関係政治団体では、父の故恵三元首相時代から、飲食・交際費の簿外支出が行われ、これを具体的な使途の説明がいらない『事務所費』に紛れ込ませて処理してきたとされる。しかし、国会議員の不適切な事務所費問題が発覚して以後、こうした処理が難しくなり、今回のような関係団体を使ったつじつま合わせが始まったという。」
「他の議員事務所でもこうした処理が行われているとの指摘がある。」
「国会はそうした疑念を呼ばぬよう、でたらめな処理の抜け道をふさぐ方策を考えなくてはならない。」
「1人の政治家が複数の政治団体を持ち、その間で資金移動できる制度が適切なのか。資金移動が必要だとしても、それを公開してチェックできるようにする仕組みが不可欠だ。」
「また、こうした事件のたび、秘書だけが刑事責任を問われ、事件の幕が引かれることでいいのか。」

そして、最後をこう締めくくっている。
「会計責任者の選任・監督に『相当な注意を怠った場合』しか政治家が罰せられない現行法のハードルが高すぎる。少なくとも秘書や会計責任者の有罪が確定すれば、一定期間、政治家本人の公民権を停止して政治の舞台から退場させるべきだろう。」

両社説とも、現行法での小渕の法的責任追求は困難との前提での政治資金規正法改正の提案となっている。具体的には、会計責任者が有罪になっ場合の、当該管理団体代表者となっている議員ないし候補者の公民権を停止する連座制の創設である。大歓迎だ。是非、実現してもらいたい。

しかし、このことは現行法でも可能なのだ。
政治団体(当然に、資金管理団体を含む)の会計責任者に収支報告書に虚偽記載等の犯罪が成立した場合、「代表者が当該政治団体の会計責任者の選任及び監督について相当の注意を怠つたときは、50万円以下の罰金に処する。」(政治資金規正法第25条第2項)と定める。秘書2人が会計責任者として有罪になったのだから、その選任及び監督について相当の注意を怠つたとされれば、代表者・小渕優子の犯罪も成立する。

しかも、この政治団体の責任者の罪は、過失犯(重過失を要せず、軽過失で犯罪が成立する)であるところ、会計責任者の虚偽記載罪が成立した場合には、当然に過失の存在が推定されてしかるべきである。資金管理団体を主宰する政治家が自らの政治資金の正確な収支報告書に責任をもつべき注意義務が存在することは当然だからである。

当該代表者において、特別な措置をとったにもかかわらず会計責任者の虚偽記載を防止できなかったという特殊な事情のない限り、会計責任者の犯罪成立があれば直ちにその選任監督の刑事責任も生じるものと考えてしかるべきべきである。

なお、資金管理団体を主宰する議員・小渕優子が有罪となり罰金刑が確定した場合には、政治資金規正法第28条第1項によって、その裁判確定の日から5年間公職選挙法に規定する選挙権及び被選挙権を失う。その結果、小渕は公職選挙法99条の規定に基づき、衆議院議員としての地位を失うことになる。

以上の措置は、現行法でも可能なのだ。問題は、政治資金規正法25条2項適用のハードルが運用上高くなっているというだけのことである。しかし、毎日社説が言うとおり、「会計責任者の選任・監督に『相当な注意を怠った場合』しか政治家が罰せられない現行法のハードルが高すぎる。」のであれば、政治家無過失でも公民権を失わしめる連座制を創設することが望ましいのは当然のことである。

政治資金規正法をその目的規定に沿うべく厳格に改正して、遷座制導入には大いに賛成するにしても、法改正までは政治家の責任を追及することが困難だと躊躇するようなことがあってはならない。落選運動では、現行法を徹底して活用しよう。
(2015年10月10日・連続923回)

またまたの都教委敗訴。教育委員には厳格な教育的指導が必要だ。ーこんなことで東京の教育本当にイインカイ?

昨日(10月8日)、東京地裁民事19部(清水響裁判長)は、元小学校音楽専科教員Kさんの懲戒処分取消請求訴訟で都教委の懲戒処分を取り消す判決を言い渡した。またまたの都教委敗訴判決。すっかり、敗訴判決が定着した都教委となった。

Kさんは、卒業式における「君が代」斉唱の際のピアノ伴奏を命じられて、信仰上の理由から服することができなかったのだ。このことが、職務命令違反として懲戒処分となったものだが、裁判所はこの懲戒処分を取り消した。はからずも、宮崎緑新教育委員の就任記念祝賀判決としても意義のあるものとなっている。

被処分者の会からの報告では、「今回の判決により、都教委が係わる教育裁判で、都教委は7連敗となりました。司法の目から見ても都教委は『非常識』ということです。なお、都教委中井教育長は『今回の判決は誠に遺憾で、今後、内容を確認し、訴訟対応をとっていく』と控訴の意向を示しています。」とのこと。

本日のブログでは、被処分者の会がいう「都教委の非常識」を解説したい。多少面倒でも、是非ご理解いただきたい。東京都教育委員の6人にも、この拙文をお読みいただけたらありがたい。

中学校の公民授業以来おなじみのとおり、日本国憲法の統治機構は、他の文明諸国同様に三権分立の制度を採用している。権力の集中を防いで国民の人権を擁護するためであることも、ご存じのとおりである。司法は、立法・行政の各部門の行為の合憲性・適法性をチェックする役割を担っている。このことを、憲法81条は「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。」と表現している。この条文は「最高裁は」としているが、最高裁に直接提訴はできない。したがって、下級審も憲法判断をする。憲法適合性だけでなく、法律への適合性も。その最終審が最高裁となる。

なんとなく、「裁判所こそは憲法の番人、人権の砦。立法や行政に違憲・違法・不当を行う不心得者があれば、裁判所が是正してくれる。だから法の支配は安泰だ」などという俗信が蔓延しているのではないだろうか。残念ながら、現実の制度運用はそんな国民の期待に応えるものにはなっていない。

合憲と違憲、合法と違法の区別は、くっきり二分されているわけではない。グラデーションのどこで線引きするかは常に微妙な問題だ。しかも、立法にも行政にも、裁量権という「判断権限の余地ないし幅」が広くあるとされている。さらに、司法は自分ならこうするという判断を示すわけではない。立法や行政のやっていることの違法・不当が目に余り、「到底目をつぶって放置してはおけない」と考えるときだけ、口を出して是正するのだ。だから、判決が、立法や行政の行為を違憲・違法と宣告するのは、実はなかなかにないことなのだ。これは、見方によっては司法が機能していないとも言える。司法運用の現実は、立法にも行政にも、この上なく大甘なのである。これで、司法が憲法が期待している役割を果たしていると言えるのか、心配せざるを得ないほどなのだ。

この三権分立における運用の実態を、司法消極主義と言っている。立法や行政に対して司法が謙抑的であるとも表現される。立法府は主権者の選挙によって構成される国権の最高機関(憲法41条)であり、行政府も国会が構成するのだから、間接的に有権者の意思に基づくものである。それに対して、司法は民意を反映した構成とはなっていない。「だから、司法消極主義にはそれなりの正当性の根拠がある」ともされ、「いや、到底憲法が想定する司法の役割を果たしていない。その結果、権力の横暴による人権侵害が放置されているではないか」と批判をされてもいる。私は、実務家の実感として後者の立場にあるが、いまはその当否についての議論は措く。

ともかく、現実の三権分立の制度運用において、司法はきわめて消極的なのだ。裁判所が、行政にものを言って、行政のやることを違憲・違法・裁量権の濫用、などとチェックするなどは滅多にないことなのだ。だから、行政庁が司法から「あなたのやってることは違法」「だから処分は取り消す」とアウトの宣告を受けることは、たいへんに恥ずべきことと受け止めなければならない。教育部門においてはなおさらのことである。都教委の諸君は、この辺の感覚がお分かりでない。もしかしたら、単なる鈍感ではなくて、司法の判断など無視しようという魂胆を秘めているのではないだろうか。

行政は厳格に法に従ってなされなければならない。たった1件でも、裁判所から、「違法」「処分取消」の判決を受けたら、そのことを深刻に反省し、違法を犯したプロセスを検証し、責任を明確にして再発防止の策を講じなければならない。そうしてこそ、再びの敗訴判決の恥を繰り返さぬことが可能となる。それが、都民に奉仕すべき都政の真っ当なありかたである。

ところが、都教委という組織は、真っ当ならざることこの上ない。すでに、いくつもの最高裁判決において違憲判断だけはかろうじてまぬがれたものの、「褒められたやり方ではない」「なんとか教育現場正常化の努力をせよ」「処分の量定は、社会観念上著しく妥当性を欠いて裁量権の範囲を逸脱している」と敗訴していながら、これを深刻に反省した形跡がない。むしろ、判決に抵抗し敵愾心を燃やしているようにさえ見える。だから、下級審の判決で最近7連敗となっているのだ。昨日のKさん事件判決は、その典型というべきだろう。

行政訴訟の類型はいくつかあるが、そのメインは行政処分の取消請求訴訟である。Kさんは、懲戒処分の取消請求訴訟を提起した。その提訴の前に東京都人事委員会に審査請求を申し立て、人事委員会の裁決を経ている。こうしてはじめてめて、行政訴訟を提起する手続的要件を具備したことになる。

都教委がKさんに対してした原処分は、「停職1か月」であった。これは、Kさんが同種の行為により過去4回の懲戒処分を受けていたことを理由としてのもの。「停職1か月」の間は、給与の支給がないだけでなく学校に出て授業をすることができない。

これに対して、人事委員会は、いわゆる「修正裁決」をして「減給10分の1・1月」に処分の量定を落とした。

しかし、Kさんはこの減給の裁決をも不服として、裁判所に取消請求の訴訟を提起した。この場合の請求の内容は、「『人事委員会裁決で修正された都教委の減給処分』を取り消せ」というやや込み入ったものとなるが、裁判所はこれを認め、判決は減給処分を違法として取り消した。

 都教委処分(停職)⇒人事委員会修正裁決(減給)⇒地裁判決(減給も取消)

つまりは、ホップ、ステップ、ジャンプで、Kさんの処分は取り消されたのだ。もちろん、まだ判決は確定してない。が、都教委は自分の間違いを反省すべきなのだ。控訴して争う愚は避けるべきだ。仮に、控訴してもこの判決は確実に上級審で維持されるだろう。その場合の本判決の意味はより大きなものになる。

判決書は全55頁とかなりのボリューム。一見して、丁寧な書きぶりが印象的だ。

Kさんがキリスト者であり、Kさんの所属する日本聖公会が、君が代を「神聖不可侵な天皇の統治する御代が永遠に続き、栄えることを祈願する歌であるとの解釈を示していること」「都教委による「君が代」の強制が思想良心の自由及び信教の自由に反するとして、その即時中止を求める旨の声明文を採択していること」を認定している。

そして、裁量権濫用については、次のように判断している。
「教職員に直接の不利益が及ぶ減給処分は…学校の規律や秩序の保持等の必要性と処分による不利益の内容との権衡の観点から当該処分を選択することの相当性を基礎づける具体的な事情が認められる場合であることを要する」との判断枠組みを前提に、「これまでに懲戒処分を4回受けているが、その態様はいずれも積極的に式典の進行を妨害する内容の非違行為ではない」「本件不伴奏が原告の信仰等に基づくものであり、これにより卒業式の進行上、具体的な支障が生じたとは認められないこと等を考慮すると、…都の裁量権を考慮しても、減給は重すぎる」
したがって、「処分は裁量権の逸脱濫用に当たるとして違法、これを取り消す」との結論となっている。

飽くまで、最高裁判決が許容する枠組みの中でのことではあるが、できるだけ、憲法に忠実に、行政の暴走から人権を擁護しようという姿勢を見て取ることができる。

それにしても、だ。中井敬三教育長のコメントは、困ったものである。
どうして、「今回の判決は誠に遺憾で、内容を確認し訴訟対応をとっていく」としか言えないのだろうか。相変わらずの頑な姿勢。言葉の上だけの強がりかも知れないが、この悪役ぶりはもう痛々しい。

「処分は違法との裁判所のご指摘をいただきました。法に従わねばならない立場にあるものとして、この判決を重大なものとして受け止め真摯に対応いたします」と、このくらいのことがどうして言えないのだろうか。

何度、敗訴を重ねたら、この人たちは「反省」とか「再発防止策」の必要に思い当たるのだろうか。都教委の各教育委員には、都民からの厳しい教育的指導が必要ではないか。

しかしもう彼らは敗訴判決には慣れっこになって、再教育や指導を受け付けない、反省とは無縁の境地に飛んで行ってしまったのだろうか。
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10月17日集会はこの判決で一層盛りあがることになる。是非ご参加をいただきたい。
『学校に自由と人権を!10・17集会』
  子どもたちを戦場に送るな!
  ―「日の丸・君が代」強制反対! 10・23通達撤回!―

 2015年10月17日(土)
  13時開場 13時30分開会 16時30分終了
  豊島区民センター6F文化ホール(池袋駅東口 徒歩5分)
  アクセス地図
   http://www.toshima-mirai.jp/center/a_kumin/
☆資料代 500円
☆集会の主な内容
 講演 「イラクから見る日本?暴力の連鎖の中で考える平和憲法」
    高遠菜穂子さん(イラク支援ボランティア)
 歌のメッセージ 中川五郎さん(フォークシンガー)
 特別報告 「『君が代』訴訟の新しい動きと勝利への展望」 
    澤藤統一郎弁護士(東京「君が代」裁判弁護団副団長)
(2015年10月9日・連続922回)

あゝ河野太郎よ、君を泣く

君、矜持を捨てることなかれ
気骨を失うことなかれ
筆を抑えることなかれ
膝を屈することなかれ

折節正しき言行の
末頼もしき君なれば、
君への期待はまさりしも
よもや安倍の風情にへつらって、
閣僚人事に名を連ね、
魂売るとは思いきや
いかでか理由は知らねども、
ブログを消すとはなさけなや
親の情けはまさりしを
安倍に屈して生きよとて、
五十二までを育てしや

かつては党のあるじにて
正統保守の良心と
令名高き親の名を
嗣いで来たりし君なれば
君 籠絡さるることなかれ
自分を廉く売るなかれ

安倍の自民は
風前の塵と吹き飛ぶときならん
世論の支持の急落は
民意と天意のなせるわざ
君の出番にあらざるぞ
この出陣は情けなや

君は知らじな民の瞋恚
憲法九条は猛虎の尾
安倍と一緒に踏むなかれ

ああ河野太郎よ君を泣く
節を屈することなかれ
脱原発を述べし君
「核のゴミには目をつぶり、
やみくもに再稼働しようというのは無責任」
安倍を批判の舌の根の
乾かぬうちの入閣で、
はや その気骨は挫けたか

若き麒麟と勇ましく
国家秘密法に反対の狼煙を上げし谷垣も
老いては駄馬になりさがる
君 同じ轍を踏むなかれ

安倍のお粗末内閣の
名簿に君の名を見つけ
民のなげきのいたましや
まことの保守はすでになく
右翼の輩がのさばりぬ

安倍を批判の頼もしき
君の言葉が潰えなば
ああまた誰をたのむべき
君 膝を屈することなかれ
(2015年10月8日・連続921回)

「学校に自由と人権を!10・17集会」のご案内

毎年10月に、「10・23通達」に抗議する市民集会が行われる。今年は、「子どもたちを戦場に送るな!?「日の丸・君が代」強制反対! 10・23通達撤回!?」という副題を付しての集会。

集会の日時・場所等は以下のとおり。
 2015年10月17日(土)
  13時開場 13時30分開会 16時30分終了
  豊島区民センター6F文化ホール(池袋駅東口 徒歩5分)
  アクセス地図は
  http://www.toshima-mirai.jp/center/a_kumin/

集会のメインの企画は、高遠菜穂子さん(イラク支援ボランティア)の講演
 「イラクから見る日本?暴力の連鎖の中で考える平和憲法」というもの。
そして、歌のメッセージ 中川五郎さん(フォークシンガー)が花を添える。
私も、東京「君が代」裁判弁護団副団長として特別報告を担当する。
 「『君が代』訴訟の新しい動きと勝利への展望」 澤藤統一郎弁護士

この集会の主催は、以下の「10・23通達関連裁判訴訟団・元訴訟団」14団体を糾合する実行委員会。
「日の丸・君が代」不当処分撤回を求める被処分者の会/「日の丸・君が代」強制反対・再雇用拒否撤回を求める第2次原告団/東京「再雇用拒否」第3次原告団/東京・教育の自由裁判をすすめる会/「日の丸・君が代」強制反対 予防訴訟をひきつぐ会/「君が代」不当処分撤回を求める会(東京教組)/「日の丸・君が代」強制に反対し子どもと教育を守る会(都教組八王子支部)/東京都障害児学校教職員組合/東京都障害児学校労働組合/アイム‘89・東京教育労働者組合/都高教有志被処分者連絡会/「良心・表現の自由を!」声をあげる市民の会/河原井さん根津さんらの「君が代」解雇をさせない会/府中「君が代」処分を考える会

国民の激しい抵抗に遭いながら、戦争法が強行成立とされた直後の今年の集会である。例年にも増して、戦争と「日の丸・君が代」強制、平和とナショナリズム、国際平和をどう構築していくべきか、を切実に考える集会となるはず。「子どもたちを戦場に送るな」というスローガンにリアリティが感じられるではないか。

是非、ご参加をお願いしたい。なお、参加費は資料代として500円。
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私の報告は「訴訟の新しい動き」と「勝利への展望」を語るもの

私は、10・23通達関連の判決の動向を、次のように4期に分けて把握している。
   高揚期⇒受難期⇒回復・安定期⇒再高揚期
いまは、「再高揚期」にあるとして、展望を語ることになる。
レジメの一部を抜粋して掲載しておく。興味のある方は、集会に足をお運びいただきたい。

☆「10・23通達」関連訴訟判決全体の流れ
 1 高揚期
  ※再発防止研修執行停止申立⇒須藤決定(04年7月)研修内容に歯止め
  ※予防訴訟一審判決(難波判決)の全面勝訴(06年9月)
 2 受難期
  ※ピアノ伴奏強制事件の合憲最高裁判決(07年2月)
     ⇒これに続く下級裁判所のヒラメ判決・コピペ判決
  ※「君が代」解雇裁判・一審佐村浩之判決(07年6月)が嚆矢
    取消訴訟一審判決(09年3月)も敗訴。
    難波判決 高裁逆転敗訴(11年1月)まで。
 3 回復・安定期
  ※取り消し訴訟(第1次訴訟)に東京高裁大橋判決(11年3月)
    全原告(162名)について裁量権濫用として違法・処分取消
  ※君が代裁判1次訴訟最高裁判決(12年1月)
    河原井さん・根津さん処分取消訴訟最高裁判決(12年1月)
    君が代裁判2次訴訟最高裁判決(13年9月)
    間接制約論(その積極面と消極面) 累積加重システムの破綻
    原則・減給以上は裁量権濫用として違法取消の定着
 4 再高揚期
  ※いま確実に新しい下級審判決の動向
  ※最高裁判例の枠の中で可能な限り憲法に忠実な判断を。
   10・23通達関連だけでなく、都教委の受難・権威失墜の時代

☆新しい諸判決と、その要因  
   13年12月 「授業をしていたのに処分」福島さん東京地裁勝訴・確定
  14年10月 再任用拒否(杉浦さん)事件 東京高裁勝訴・確定
  14年12月 条件付き採用免職事件 東京地裁勝訴 復職
 (15年1月 東京君が代第3次訴訟地裁判決 減給以上取消)一部確定
  15年 2月 分限免職処分事件 東京地裁執行停止決定
  15年 5月 再雇用拒否第2次訴訟 東京地裁勝訴判決
  15年 5月 根津・河原井さん停職処分取消訴訟 東京高裁逆転勝訴
 ※最高裁判決と補足意見の積極面が生きてきている。
 ※粘り強く闘い続けたことの(一定の)成果というべきではないか。(以下略)
(2015年10月7日・連続920回)

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